ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第十四話 任務(だっかん)

 アンリエッタ・ド・トリステイン。言わずと知れたトリステイン王国の王女である。

 当年とって御年十七歳、十六のルイズとは一つしか違わない。その年齢の近さと国内最大の権勢を誇る大公爵家の血筋を買われ、幼少時ルイズは王女の遊び相手を仰せつかっていた。

 だが彼女にとって、そしてそれを決めた大人達にとっても計算外だったのは、王女がとんでもない『やんちゃ』であったことであろう。

 城の中庭で蝶を追いかけ、泥だらけになって侍従長に叱られるのは序の口、菓子を取り合ってはお互い泣くまでつかみ合うわ、ままごとを巡っての喧嘩ではアンリエッタのボディブローがルイズの意識を刈り取り、鮮やかなTKOを奪ってみせたことすらあったと言う。

 

(当時の家臣達はさぞや苦労したんでしょうねぇ……)

 

 それが目の前で繰り広げられる茶番を見たトモの正直な感想だった。

 

「ああ、ルイズ! 懐かしいわ!」

「いけません姫殿下! こんな下賎なところへお越しになるなんて!」

「そんな堅苦しいことを言わないで! 貴女と私はお友達、お友達じゃないの!」

 

 最初は畏まっていたルイズも、時間が経つにつれて次第に態度が軟化していった。

 抱き合いつつも交わされる思い出話がやたら物騒だったのはご愛嬌と言って良いのだろう。

 

「感激ですわ、そんな昔のことを覚えていて下さったなんて……。私のことなど、とっくにお忘れになられていたと思っていましたわ」

「忘れる訳無いじゃない! あの頃は毎日が楽しかったわ、何にも悩みなんて無かったもの……」

 

 先程までのハイテンションから一転、深く憂いを帯びたその台詞に首を傾げるルイズ。

 

「……どうかなされましたか、姫様?」

 

 その様子を見たルイズの質問に、窓の外の月を見上げて溜め息を吐いたアンリエッタがその手を取って笑みを浮かべる。それは傍目にも無理をしていると判るような、そんな笑顔だった。

 

「結婚するのよ、私」

「それは…………おめでとうございます」

 

 アンリエッタのその言葉を聞いたルイズは、彼女が何を憂いているのかを正確に把握した。

 けれどそれを口にはせず、代わりに固い声色で当たり障りの無い祝福を掛けるに留めた。

 

「……何なんでしょうか、この大根芝居」

「言うなよ旦那。本人にしてみりゃ大真面目なんだろうさ」

 

 どこかわざとらしさの漂う二人の姿に、小声で突っ込むトモとデルフリンガー。

 そこでようやく王女はルイズの背後に控えていた一人と一本に気付いたらしい。彼女はルイズとトモ達を交互に見比べ、何かに感づいた様にはにかんだ笑みを浮かべた。

 

「あら、ごめんなさい! もしかしてお邪魔だったかしら?」

「それは勘繰り過ぎと言うものです。敢えて何が?、とは言いませんが」

「あ……ええと、彼は私の使い魔です」

 

 頬を染めるアンリエッタに、トモは憮然とした顔で突っ込みを入れた。

 そしてルイズの紹介を聞き、王女はキョトンとした面持ちで彼をまじまじと見詰める。

 

「使い魔、ですか? 人間にしか見えませんが」

「ご覧の通りの人間です。人間以外の何かに見えるなら医者をお薦めしますよ」

「……申し訳ありません姫様。彼はこちらの常識や礼節にまだ疎いもので」

 

 慇懃な態度こそ崩さないものの、容赦の欠片も無い言葉にアンリエッタの頬が引き攣った。

 不躾を通り越して喧嘩を売っているトモの台詞に、頭を抑えながらルイズが謝罪する。

 何しろ相手は『何者にも仕えない』と言い切った男だ。今更王家の、それも他国の王族の威光など歯牙にもかける筈も無いのだが、表向き『ルイズの使い魔』と言う立場に居る彼の無礼はそのまま彼女の、引いてはヴァリエール公爵家の面子に拘る。

 胃と頭の痛みに耐えつつ、ルイズは紹介を続行した。

 

「こちらはトリステイン王国第一王女、アンリエッタ・ド・トリステイン殿下よ。姫様、彼は冒険者と呼ばれる人々の一人で、ヤナギダ・トモと言います」

「……あ、初めまして。私、アンリエッタと申します。以後よしなに」

「失礼しました。私はヤナギダ・トモと申します。ヤナギダが家名で、トモが名になります」

 

 ルイズの紹介でようやく名乗りを交わす二人だったが、トモの名乗りを聞いたアンリエッタが不思議そうに尋ねる。

 

「……家名をお持ちのようですが、もしや貴族の方ですか?」

「いえ、私の故郷では国民全員が家名を持っているんです」

「国民全員が、ですか? そのような国は存じませんが、どちらの国からいらしたのでしょうか?」

 

 小首を傾げながら王女が問う。その疑問に答えたのはルイズであった。

 

「姫様、彼はロバ・アル・カリイエより遠い所、ニホンって国から召喚されたんです」

「まあ、ロバ・アル・カリイエよりも遠いところからですって!? ルイズ、貴女って昔からどこか変わっていたけれど、相変わらずね!」

 

 ころころと笑うアンリエッタと、どう返していいのか判らず憮然とするルイズに、今度はトモが水を向ける。

 

「で、アンリエッタ姫殿下は一体何用でこんな夜更けにこちらまでいらしたので?」

「あ、……そうでした。ですが……」

 

 ちらちらとトモの顔色をうかがう王女に、トモは肩を竦めて溜め息をつく。

 

「判りました。席を外しましょう」

「……いいえ、ここにいて頂戴」

 

 しかし空気を読んで出て行こうとしたトモを、ルイズが引き止める。そしてそんな彼女の行動に驚く王女に、ルイズは彼の同席の利点を説いた。

 

「姫様、彼はこう見えてかなりの切れ者です。もしかしたら力になってくれるかもしれません」

「……ルイズがそう言うのであれば。ですがこの場でお話ししたことは他言無用に願います」

「……仕方ありません。お話しだけは伺いましょう」

 

 不承不承と言った体で王女に向き直るトモ。

 だが肝心の王女は憂い顔で俯いたまま、一向に語り出そうとしない。その姿にトモが何かを言おうとする直前、ルイズが割り込む様に口を開いた。

 

「察するにゲルマニアの皇帝との婚約に関する何かだと思いますが、違いますか?」

「えっ!?」

 

 ルイズの爆弾発言に意表を突かれたのだろう。思わず取り乱すアンリエッタに、ルイズはまるで試験の答え合わせでもしているかの様に淡々と己の推察を語り始めた。

 

「姫様はゲルマニアからお帰りになる途中で学院にご行幸されています。そして先程ご結婚なさるとお話しになられました。ならばこの二つは関連性が高い。ゲルマニアの皇帝にはまだ皇子がいませんし、ならばその相手は十中八九、皇帝自身となりましょう。……違いますか?」

「……凄いわルイズ、その通りよ。たったそれだけで良く判ったわね?」

「簡単な推理ですわ。この程度、アカデミーの論文を読み解くより容易いことです」

 

 そうは言うが、たったそれだけの材料で真実を暴いたのは驚嘆に値する。

 ルイズの慧眼を知って安心したのだろう。アンリエッタは婚約の経緯を語り始めた。

 

 アルビオンで反乱が起きたこと。

 王室は善戦したが力及ばず、今にも滅亡しそうなこと。

 反乱軍の掲げる目標から、アルビオンの次はトリステインに矛先が向くのは確実なこと。

 それに対抗する為にゲルマニアと同盟を結ぶこと。

 その見返りとしてゲルマニア皇室へ嫁がねばならないこと。

 

 そして話が今回の行幸に差し掛かると、アンリエッタはそれまでの饒舌が嘘の様に口籠る。

 しかしルイズとトモの無言の催促に折れたのか、おずおずと言った様子で口を開いた。

 

「……アルビオンの叛徒共は当然この同盟を望んでいません。ですので、彼らは血眼になって婚姻を妨げる為の材料を探している筈です」

「あるんですね? 心当たりが」

 

 ルイズの容赦無い追求に、とうとうアンリエッタは顔を覆って泣き崩れた。

 

「おお、始祖ブリミルよ! この不幸な姫をお救いください!」

「……茶番は結構ですから、その心当たりとやらを教えていただけませんか?」

 

 王女の大袈裟なリアクションに呆れたトモが続きを促す。両手で覆われたアンリエッタの表情は見えないが、こめかみがひくついてる所を見ると内心穏やかとは言えないようだ。

 

「……私が以前したためた一通の手紙です。もしもそれがアルビオンの貴族達に渡ったら、彼らはすぐにゲルマニアの皇帝に届けるでしょう」

「手紙……?」

 

 手紙一通で婚約が破綻すると聞き、ルイズの脳細胞がフル回転を始めた。

 婚約を解消する理由として一般的なのは浮気である。その証拠にされるなら、その手紙とやらは恋文で決まりだろう。だが先王の過保護もあって箱入り状態だった王女にそんな相手が居た等とは、一番身近にいたルイズでさえ聞いたことも無い。

 ……いや、以前行われたラグドリアン湖畔での園遊会で、王女に懇願されたルイズが王女の身代わりを務めた事があった。思い当たるとしたらそれ以外には無い。

 園遊会に出席していた人物をリストアップ、年の差や身分の違いで振るいに掛ける。

 

 ……そして思い至った可能性に、彼女は血の気を失った顔で王女に詰め寄った。

 

「まさか、ウェールズ皇太子に恋文を!? 敵陣のまっただ中ではありませんか!!」

「……そうです。若気の至りでウェールズ様にお送りした恋文の中で、私は永久の愛を始祖に誓ってしまったのです」

「な!?」

 

 あまりの浅慮に、ルイズは目眩を起こしかける。

 しかし傍に控えていたトモには、それがどれほどの脅威なのかが判らなかったらしい。

 泣き崩れる王女と蒼白な主人とは対照的に、いっそ場違いなまでの冷静さで疑問を投げ掛けた。

 

「よく解りませんが、たかが手紙一通でそこまで大事になるものなんですか?」

「……始祖に誓った愛は撤回出来ないの。たとえ若気の至りでも、証拠が残っているのならそれは有効だわ。そして相手がいる上で他人と婚約したのなら……それは重婚の罪になるのよ」

 

 大国と呼んでもいいゲルマニアの皇帝が小国に過ぎないトリステインとの婚姻を欲するのは、正統な王家の血を取り込む事で自らの権勢を固めるためである。だが重婚の罪を犯した王女との婚姻など、ゲルマニアにとっては不名誉でしかない。却ってゲルマニアの正当性を貶めるだけだ。

 発覚すれば婚約は取り消され、同盟も白紙に戻るだろう。

 そうなればトリステインは一国で叛徒共を相手にしなければならなくなる。王家を滅ぼす程の力を持った彼らに立ち向かえる戦力なぞ、この国に無いのは一目瞭然。

 若気の至りで済ませるには重大過ぎる失態であった。

 

「……成程、それは大問題ですわ。ですが姫様、このことはマザリーニ卿には?」

「言える訳ありませんわ! これを知れば枢機卿がどれほど怒ることか……!!」

「国難よりも保身が第一ですか。トップがこうなら貴族だってああもなりますか」

 

 王女ともあろうものから出たとは思えない言葉に、トモは苛立ちを覚え始めたようだ。

 だがルイズはそれを咎めない。そして癇癪を起こした子供の様にただ泣き喚く王女の手を取り、強引に立ち上がらせる。突然のルイズの奇行に目を白黒させて泣き止むアンリエッタに、彼女は険しい表情を浮かべて口を開きかけた。

 

「……姫様、それについてですが……」

 

 けれどその言葉は、突然扉を蹴破って飛び込んできた人影に遮られた。

 

「その一件、このギーシュ・ド・グラモンにお任せください!!」

 

 転がる様に王女の目前に膝をついたのは、薔薇の造花をくわえたギーシュ。

 王女の行幸中は夜這いを自粛しようと言う空気に耐えられず、禁を破って女子寮に足を向けた彼はたまたま王女を見掛けて後を着け、今の今まで扉の外で聞き耳を立てていたのである。

 

「お話しは全て窺いました! この未曾有の国難、不肖このグラモン家の四男たるギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けいただければ存外の幸せ! どうか姫殿下におかれましては大船に乗ったお気持ちでお任せいただだだだだだっ!?」

 

 しかし必死の自己アピールは、トモが敢行したウメボシ(こめかみに拳を押し付けてグリグリすること。親指を握りこんで中指を立てると効果絶大)によって止められた。

 

「な、何をするんだね君ぃ!?」

「それはこちらの台詞です! 何を勝手に引き受けてるんですか!?」

 

 涙目で痛むこめかみをさすりながらの抗議を、トモはこめかみを引き攣りつつも却下する。

 腕組みしながら無表情で迫る彼にビビりながらも、ギーシュは更に言い募ろうとするが、

 

「……そうね。あなたに任せるわギーシュ」

 

 ルイズが発した一言が全てを塗り替えた。

 

 驚愕に目を見開くアンリエッタと喜色に染まるギーシュを余所に、慌てて詰め寄る使い魔とその主人の会話は既に口喧嘩の様相を見せていた。

 

「ちょっ、本気ですか? どう聞いても自殺行為にしか聞こえなかったんですが先刻の話!?」

「ギーシュだけじゃ頼り無いわね。私達も着いていくわよ? 勿論、シエスタも」

「それこそ本気ですか!? 学生に頼むことじゃないでしょうこんなの!?」

 

 あくまでも冷静なルイズと、普段の感情の薄さをかなぐり捨てて当たり散らすトモ。

 先刻とは真逆の姿に、ギーシュとアンリエッタが目を瞬かせる。

 

「まあまあ、少し落ち着きなさいよ。別に私が何か頼まれた訳じゃないし」

「これが落ち着いていられますか! どうせこのお姫様の頼み事なんて決まってます!」

「ええ、そうね。多分『密書を取り返して欲しい』って所かしら?」

 

 ルイズの台詞は正鵠を得ていたらしい。

 目を剥くアンリエッタに、激昂したトモの言葉が突き刺さった。

 

「判っているならどうして平然としているんですか!? このお姫様はよりによってお友達に『死んでこい』って言ってるんですよ!?」

「!?」

 

 『死んでこい』。よく考えてみれば、いやよく考えなくてもその通りである。

 

『内乱の最中の敵地に乗り込み、敵が血眼になって探し求める『重婚の証拠』を取り返す』

 

 彼女がルイズに頼もうとしていたことを簡潔に書けばこうなるだろう。困難な任務どころではない、まさに特攻そのものの任務。それを彼女は『幼馴染み』と言うか細い縁だけを頼ってルイズに押し付けようとしていた。

 そのことに今、ようやく気付いたのだ。

 

「あの、ルイズ……」

「別に、私だってそのことぐらいは気付いてるわよ」

「「「えっ!?」」」

 

 恐る恐る口を挟もうとするアンリエッタ、その口を噤ませるルイズの爆弾発言。

 いや、彼女だけではない。事態を呆然と見ていたギーシュも、激しくルイズに詰め寄っていたトモさえも、その言葉に仰天して絶句していた。

 

「姫様。姫様がこちらにいらしたのはその為でしょう? いえ、学院へのご行幸自体は偶然だったのでしょうね。おそらく、マザリーニ枢機卿あたりが言い出したことでは?」

 

 ルイズの指摘にこくこくと頷くアンリエッタ。

 

「でしょうね。……ただ、ここに私が居ることをどなたから、おそらく私の旧知の人物からお聞きになり、愚痴をこぼしに来る途中で思い付いた、そうではありませんか?」

 

 今回の魔法学院訪問は突然過ぎた。

 しかし公人ともなれば気軽に出向くことなど出来ない。ならば本来この訪問は予定に入っておらず、突然誰かが言い出して変えさせたのだろう。もしアンリエッタが言い出したとしても、マザリーニが賛成すまい。なら、この予定変更はマザリーニ自身が言い出した可能性が高い。

 だがマザリーニはここにルイズが在学しているとは言い出さないだろう。この王女が思ったよりもお転婆であることを、彼は誰よりも良く知っているのだから。

 

 故に王女に彼女のことを教えたのは他の誰かと言うことになる。

 

 ルイズはその人物に心当たりがあった。おそらく気晴らしの為の共通の話題として持ち出したのではないだろうか? それが彼にも思いがけない方向に転がってしまっただけだ。

 アンリエッタとてただの学生にこんなことを頼みに来た訳ではあるまい。

 最初は旧知の彼女に愚痴でも零したかっただけだったのだろう。しかし意外に機転の効くルイズを目の当たりにして、追い詰められていた王女はそんな彼女に縋ることを思い付いたのだ。

 

 顔面を蒼白にして、時折呻き声を漏らすだけの彼女をさておき、トモはルイズに尋ねる。

 

「それが判っていて、どうして引き受けるんです?」

「姫様が学生にすぎない私に頼ろうとするぐらい、宮廷に味方が居ないからよ。正確には、アルビオンの間者が入り込んでいるから、ね」

 

 その言葉に動揺したのはアンリエッタだけではなかった。

 血の気を失って真っ青になったギーシュがルイズに迫る。

 

「どどど、どういうことだい? 何で宮廷にアルビオンの間者が!?」

「ねぇギーシュ、貴方も先刻の話を聞いていたんでしょう? 姫様の婚約を破棄させる材料を探すのだったら、アルビオンよりトリステインやゲルマニアを探るって事ぐらい判るわよね?」

 

 そう言われて、ようやくギーシュも理解出来た。

 確かにアルビオンの叛徒共がそんなものを探すなら、地元よりもトリステインやゲルマニアを狙うのは自明の理。全てを排除するのはいかに魔法衛士隊とて不可能だったに違いない。

 そう言った『敵がどこに居るか判らない』状態である王女が、敵にバレたら即付け込まれるような恋文の存在を誰に相談出来ると言うのだろうか?

 

「……お話しは判りました。ですが、わざわざご主人が出向く必要は無いでしょうに。枢機卿にでも連絡して、信用出来る貴族か誰かを派遣してもらえば済むのでは?」

 

 だがトモだけは納得いかないらしい。更に言い募る彼に、ルイズは最後の理由を語った。

 

「それは、私達が『冒険者』だからよ」

「ちょっと、ご主人!?」

「「冒険者?」」

 

 その言葉に慌てるトモ、そしてその言葉に戸惑うアンリエッタとギーシュ。

 未だに冒険者のことは秘匿されている。知っているのはごく一部、これだけ付き合いの深いギーシュでさえ冒険者の事は知らされていないのだ。

 それをあっさりバラしたルイズ。けれど彼女は飄々として言葉を続けた。

 

「私達の存在はいつまでも隠し仰せるものじゃないわ。遅かれ早かれ、いつかはバレる……なら、早いうちに対策をとるべきよ」

「……それで王女様を巻き込もうと?」

「あら、それ位はいいじゃないの。こっちは命を賭けるんだもの、これぐらいの報酬が無ければ割に合わないわ」

「……確か、彼女を巻き込んで隠蔽工作を頼んでいた気がしますが」

「あそこにバレるのと姫様にバレるのとでは意味が違うわ。トリステインでの事なら姫様のご威光で何とかなるし」

 

「あ……あの、ルイズ……?そんなに堂々と私の前で宣言されても……」

「……腹黒い、腹黒いよルイズ……ああモンモランシー、僕はどうすればいいんだい?」

 

 肝心のところをぼかした会話ながら、どうにもきな臭い雰囲気を台詞の端々から嗅ぎ取ったギーシュとアンリエッタの頬が引き攣る。

 一般人と王族の目の前であるため、異端がどうとかロマリアに工作とかフーケを抱き込んだとか言える訳も無く、詳しいことを省いての会話なので内容が不明なのだ。にも拘らず王女を利用する気満々であることが丸分かりな言葉の応酬、内容不明である故に口を挟めないのがもどかしい。

 そんな悶々とする二人をさておき、トモはルイズの答えに納得したようだ。

 

「成程、それならこちらにも益がありそうですね。とは言え、無茶なことには変わりありませんが」

「まぁね、それ位でなきゃこの命も遣いどころが無いってものよ。それに……」

 

 そこまで言うと、ルイズは意味ありげに王女に視線を向ける。

 

「実は反対する気、無いんでしょう? 先刻からやたら怒鳴ってるのは、姫様に自分のしでかしたことを自覚させるため、違うかしら?」

「!!」

 

 ルイズの言葉に目を見張る王女。

 図星を指されたトモは一瞬だけ目を見開き、再びいつもの無表情っぽい薄笑いに戻る。

 

「……やれやれ、見抜かれてましたか。もうご主人をからかえなくなりますね」

 

 ルイズの指摘通り、トモは爆発した振りをして王女の悪行を列挙していたのである。

 直接指摘するよりも、ルイズの身の危険を強調して『お前の所為だ』と迂遠に問い詰めた方が理解し易いだろうと考えたのだ。少々意地の悪い方法だが効果は覿面だったらしい。

 

「……からかうとかは後で追求するとして、貴方も賛成なら問題は無いわ。姫様、私達三人にお任せください」

「無理、無理よルイズ! ああ、なんてこと! 私は貴女達に取り返しのつかないことを……!!」

「そんな弱気でどうしますか、姫様!!」

 

 追求はするんですね、とぼやくトモを尻目にルイズは王女に向き直り、改めて奪還の任務を引き受ける意向を示す。

 一方のアンリエッタと言えば、蒼白を通り越して今にも折れそうな顔色で震えていた。散々脅されたために、今更自分の罪業に恐れを為し始めていたのである。

 だがそんな彼女を、ルイズは一喝した。

 

「貴女はこのトリステインを背負う王家の方なのですよ? 貴女は唯、一言命令を下すだけで宜しいのです、『国のために死ね』と!」

「そんな! ルイズ、貴女は……!!」

「杖は私が振るいましょう。ルーンを唱え、剣を構え、槍を突いて敵陣を走破し、皇太子の元へ向かいましょう。ですがそれをさせるのは姫様、貴女の命令です! 貴女の意志で私達を戦地に送るのです! 貴女の一言が、私達と立ち塞がる敵の生死を決めるのです!」

「あ、ああ……!」

「さあ、ご命令を! トリステイン王国第一王女、アンリエッタ・ド・トリステイン殿下!!」

 

 アンリエッタは涙目になって首を小刻みに振る。

 

 自分の立場がこんなに恐ろしいものだなんて知らなかった。

 自分の一言がこんなにも重いものだなんて知らなかった。

 ─────自分がこんなに何も知らなかったなんて、思いもしなかった………!!

 

 今更ながらの後悔は彼女にとって何の意味も為さない。既に賽は振られてしまった。

 彼女は自分自身の手で、彼女の大切な『お友達』に命令しなければならないのだ。

 

「い……いや……わ、私……何もしてないのに………好きで王女になった訳じゃないのに……!」

「……誰だって好きで自分に生まれて来た訳じゃありませんよ」

 

 遂に泣き出したアンリエッタに掛けられる厳しい言葉。

 ルイズと王女の遣り取りを黙って見ていたトモが険しい表情で彼女を見下ろしていた。

 

「けれど生まれは変えられません。それが嫌なら自分自身で変えていくしか無いんです。貴女が此処で泣き喚こうが、何にも変わりませんよ。何もしないで、何も変えないで、不平不満をダラダラ流すだけならば、貴女はトリステインを火の海に変えた王女として、歴史に残るだけでしょう」

「ひぃっ……!」

 

 なんて事を言うのだろうか、この男は!

 トリステインを火の海に変える? そんな悪行を為した王女として名が残る?

 ……そんなのは嫌だ、嫌に決まっている!

 

「わ……私は一体、どうすれば……」

「それを私達に聞いてどうするんですか? それを決めるのが王族の務めでしょうに。それが出来るからこそ、貴族も平民も王に従うのですから」

 

 涙ながらの訴えも冷たく断じられる。それはまさに刃の様な言葉であった。

 孤立無援。アンリエッタはしゃくり上げながら思う。どうしてこうなった?

 

 ─────決まっている。自分が何もしなかったからだ。

 

 味方を作る努力をしなかった。こうなる前に枢機卿に相談しなかった。

 何より、自分の立場を理解しようとしなかった。

 何もしなかったツケが、今此処に噴出しているだけ。

 悪いのは全て自分。何もしなかったが故に大切な『お友達』からすら見放されて、こうして泣き崩れる羽目に陥ったのだから。

 

 ルイズの部屋に沈黙が落ちる。

 誰も口を開こうとしない。皆、黙って啜り泣く王女を見詰めているだけ。

 時間にして数分か、数時間か。沈黙を破ったのは、アンリエッタだった。

 

「……貴方は、私が何もしていないとおっしゃいましたね? このままならば、稀代の悪女として歴史に名を残すと」

「そうですね。その通りです」

「先程ルイズは私に『死ね』と命令しろ、と言いました。あれは貴方がそう言わせたのですか?」

「違います。私はただ変わる機会をご主人に与えただけ。あの台詞も、そこに至る考え方も、ご主人が自力で辿り着いたものです」

「貴方は、何もしてこなかった私に、何かをする資格があると思いますか?」

「何かをするのに資格はいらないでしょう。今まで何もしなかったのなら、今から何かするべきだと思いますよ」

 

 それを聞くと、アンリエッタは眦に残った涙を拭き払う。

 そこには先程までとは打って変わり、毅然とした表情が浮かんでいた。

 

「ルイズ・フランソワーズ・ド・ラ・ヴァリエール、及びその使い魔ヤナギダ・トモ、そしてギーシュ・ド・グラモン、貴方がたに命じます。アルビオンに向かい、ウェールズ皇太子から件の手紙を受け取り、私の元に届けなさい。必ず、生きて私に直接渡すのですよ。これも……命令です!」

 

 王女が下した命令に、ギーシュは背筋を伸ばして杖を掲げ、「杖に懸けて!」と誓う。

 そしてトモとルイズは胸元に輝く三本の剣を組み合わせた聖印にその手を重ねて宣言した。

 

「「我ら『アブソリュート・ゼロ』は必ず手紙を奪還することをここに誓う。

 ──────宣誓(クエスト)!」」

 

 三本の剣を重ねた聖印が銀光を放ち、運命神と王女にクエストが結ばれる。

 こうして冒険者パーティ『アブソリュート・ゼロ』最初のクエストは幕を上げた。

 

 

 

 

 

 

ギルド『アブソリュート・ゼロ』進行中クエスト

・手紙の奪還(期限:アンリエッタの婚姻まで)

 

 

 

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