ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第十五話 出発(しゅつげき)

 学院長秘書、ミス・ロングビルはここ最近多忙であった。

 学院長と枢機卿の推薦を受けたロマリア派遣が間近に迫っていたからである。

 

「まったく、何でいきなりお姫様が学院に来たりするんだか」

 

 一週間後に迫った出発の日に備え、ようやく準備を終えたところに降ってわいたアンリエッタ王女の行幸。虎の子の一張羅を引っ張りだすために、せっかく纏めた旅装を紐解く羽目になったことに愚痴りながら、彼女は自らの『右腕』に目を落とす。

 

(あいつらもまあ用心深いことで。……それとも用意周到って言うべきなのかね、これは)

 

 ルイズ達との取り決めの中で、ついでの様に提案された『それ』。

 これだけ頭が回るのなら、さぞや立派な泥棒か詐欺師になれるだろう。

 あながち間違いでもない未来予想図を思い浮かべ、思わず苦笑を漏らしたそのとき、

 

「随分ご機嫌だな」

「!?」

 

 背後から掛けられた、見知らぬ誰かの声。

 いつの間にか……そう、いつの間にか彼女の背後に人影があった。先刻までこの部屋には確かに彼女しか居なかった筈なのに。

 

「探したぞ。こんなところに潜んでいたとはな」

「……深夜に女性の部屋に忍び込んでおいて、随分なものの言い様ですね?」

 

 腰に差した杖に手を伸ばしながら、ロングビルは油断無く人影を観察する。

 背が高く、全身を覆う黒いマントから長い杖の先が覗いている。おそらく軍人が好んで使うレイピアタイプの杖剣だ。けれどその表情を窺うことは出来ない。

 何故なら、怪人は不気味な白い仮面で顔を隠しているからだ。

 

(…………コイツ、強い……!!)

 

 ロングビル、いやフーケの背中にじっとりと脂汗が浮かぶ。

 これ程の窮地に陥ったのは冒険者達を敵に回した時以来、だがあの時のように丸く治まると言う期待はするだけ無駄だろう。

 

(騒ぎを聞きつけた誰かか駆けつけるまで時間を稼ぐしかない……、やってやろうじゃないの!)

 

 吹き飛ばされるのを覚悟しながら引き抜かれた杖は、けれど怪人の台詞に押し止められた。

 

「私は争いに来た訳じゃない。杖を引け『土くれ』……いや『マチルダ・オブ・サウスゴータ』」

「んなっ!?」

 

 男の投げた爆弾は、彼女の度肝を抜くには充分過ぎた。

 既に知るものの居ない筈の本名を呼ばれたフーケが驚愕する。

 

「アンタ一体何者だ? 何故その名前を知っている? ……いや、そもそもどうやって私を見つけ出した!?」

 

 有能な秘書の仮面を脱ぎ捨てて叫ぶのも無理も無い。今やその名を知るものは彼女の家族と『冒険者』達しか居ないのだから。

 没落貴族である『サウスゴータ』の息女の名前くらいは調べも付く。しかし『マチルダ』と『フーケ』、『ロングビル』が同一人物だとは知りようがない。そんなフーケの内心を悟ったのか、怪人は仮面の奥で嘲る様に鼻を鳴らす。

 

「ふん。蛇の道は蛇、貴様とサウスゴータを結びつける証拠なぞいくらでもあるわ。……それに平民の衛兵なぞ役に立たん。べらべらといらんことまで喋っておったぞ」

 

 衛兵達は『フーケ』の正体がロングビルであることなど知らない。彼らはただ、襲撃の際に教師陣が見せた失態を面白おかしく語っただけだ。

 学院の秘宝を狙ってフーケが襲撃をかけたこと、その際に学院の教師の大半が留守にしていたこと、暫く経ってからようやく結成された追撃部隊には教師は一人も参加しておらず、皆怖じ気づいて尻込みしていたこと。そして学院の秘宝を取り返して来たのが学生と平民達であったこと。

 

 ─────尾ひれのつきまくったそれは、さぞかし旨い酒の肴になったことだろう。

 

「衛兵が? ……それは盲点だったね」

 

 まさかの情報漏洩に舌打ちするフーケ。

 そんな彼女に白仮面はとんでもない提案を持ち掛けた。

 

「私と来い『土くれ』。共に『聖地』を取り戻そう」

「『聖地』だぁ!? 寝言は寝てから言いな!!」

 

 ハルケギニアの東に位置する『聖地』は、ブリミル教にとって特別な場所である。

 数百年前、長命と尖った耳と進んだ文明を持つエルフによって奪われて以来、『聖地』の奪還は全ブリミル教徒の悲願となった。けれど強力な先住魔法と恐るべき武器によって武装した彼らは非常に手強く、系統魔法を旨とするメイジ達は未だに辛酸を嘗め続けている。

 

「はん、百人総掛かりでも勝てない相手に喧嘩を売るなんざよっぽどの物好きだね! 心中の誘いなら余所に行きな!!」

 

 怪人の妄言をフーケは一蹴する。しかし白仮面はさらに言葉を重ねた。

 

「百人で勝てぬなら千人で掛かれば良い。ハルケギニアを統一すれば不可能じゃないさ」

「ハルケギニア統一だって!? 正気かい!?」

 

 伝統にこだわり気位だけは高いトリステイン、実力主義故に蛮国とも陰口されるゲルマニア、政変以降きなぐさい噂が絶えぬガリア、そして憎き故郷アルビオン……。

 様々な国家が群雄割拠するハルケギニアで、全ての国が肩を並べるなど有り得ない。

 壮絶な足の引っ張り合いに終始することは確実であろう。

 だが目の前の怪人は自信たっぷりに頷く。

 

「我々はハルケギニアの将来を憂い、国境を越えて繋がった貴族の連盟だ。無能な王家を打倒し、有能な貴族が政を行う。そして我々の手で統一されたハルケギニアの総力をもってエルフ共を駆逐するのだ!」

「王家を打倒!? ……そうか、アルビオンで謀反を起こしたってのはアンタ達だったのかい!」

 

 フーケの言葉に重々しく頷き、白仮面は杖に手をかけて最後通告を突付けた。

 

「我々は優秀なメイジが一人でも多く欲しい。同士になれマチルダ。さもなくば此処で死ね」

「……知られたからには、って奴かい。自分でべらべら喋っておいてそれは無いだろうに」

 

 溜め息を吐きながらフーケを両手を上に挙げる。降参の意思表示だった。

 

「やっぱり貴族って連中は嫌いだよ。人の都合なんかこれっぽっちも考えやしない。ええい、解ったよ。どことなりと連れて行きな」

「案外聞き分けがいいのだな」

「まだ死にたくは無いからね。それより、アンタ達の組織は何て言うのさ?」

 

 フーケの問いに、怪人は仮面の奥でくくくっ、と笑うと初めて名乗りを告げた。

 

「レコン・キスタだ。……着いてこいマチルダ。早速やってもらいたい仕事がある」

「着替えの時間位くれないかい? それともこんな格好でつれ回す気?」

「……外で待っていよう。手早く済ませるんだな」

 

 そう言い残すと白仮面はマントを翻して足早に部屋を出て行く。

 残されたフーケは夜会服の裾に手をかけようとして、ふと『右腕』に目をやった。

 

「あの子達、このことを予測していたのかしら? まさかね」

 

 

 

***

 

 

 

 明くる日の早朝。

 朝靄が立ち籠める学院の厩舎で、ルイズ達は出発の準備を整えていた。

 

「ね、ねえ君。これはやっぱり貴族としてどうかと思うんだが」

「またそれですか? お忍びの任務なんですから、それ位は当然だと思いますが」

 

 不満そうなギーシュの台詞に、溜め息を吐きつつトモが返す。

 そんな彼らが纏うのは質素な厚手の丈夫な服に、最小限の荷物。

 まるで平民の旅人のような衣装である。

 

「これから渡る先は敵地なんですよ? 身分を吹聴して回る訳にはいかないでしょう」

「それにあんな大荷物抱えてアルビオンに向かうつもり? いざと言うときのために最小限にしとけって言ったでしょ」

「し、しかしだね……」

 

 昨晩、王女から命令を受けたルイズ達は翌朝出発することを決めて解散。

 その際にトモは「荷物は最小限に、身元がバレる服装は厳禁」と言い含めていた。

 しかし今朝、集合場所に現れたギーシュは舞踏会にでも出るのかと言わさんばかりの服装で、山のような大荷物と共に現れたのだ。もっとも、それを予測していたルイズとトモによってその場で着替えさせられ、シエスタが予めまとめておいた荷物に差し替えられたのだが。

 

「仮にも王族に会うのに、夜会服の一つも無いと言うのは……」

「緊急事態です。略装で充分でしょう」

「あんまり大荷物だと夜盗に狙われ易くなりますよ? 用心に越したことはないです」

 

 未だぶつぶつと零すギーシュをトモとシエスタが宥めている。

 それを横目で見ながら、ルイズは胸元に目を落とす。そこには革紐を通して即席のネックレスにされた指輪が光っていた。

 

『いいですか? ルイズ、これは貴女に貸したものです。必ず返して下さいね』

 

 トリステインの国宝『水のルビー』。

 アンリエッタからお守り兼身分証明として手渡されたものだ。

 もう一つ預かっているものがあるのだが、それは無くさぬように隠し持っている。

 ……どこに仕舞ってあるのかは、乙女の尊厳に懸けて黙秘しておこう。

 

「姫様も随分心配性ね。私達が散々煽った所為でもあるんでしょうけれど」

「ご主人がそれを言いますか? ……私も似たようなものですが」

 

 指輪を渡して来たときの王女の必死な顔を思い出して苦笑いを浮かべるルイズに、すかさずトモのツッコミが入る。あまりの無礼に事情を聞かされたシエスタが卒倒した昨夜の出来事を、二人ともやり過ぎたとは微塵も思っていなかった。

 

「姫様、結構過保護にされてたもの。それに国王様が亡くなった後は、そう言ったごたごたから遠ざけられていたらしいし、だから今まで知る機会が無かったんでしょうね」

 

 蝶よ花よと育てられた箱入り娘に、王族の責任は重過ぎた。

 本来なら社交界で徐々に磨かれて行く筈だったそれを、貴族達の都合で捩じ曲げられて今の形に納まった、と言うのがルイズの見立てである。

 

「ですが薬が効き過ぎたかもしれません。副作用には充分注意しないと」

 

 一方、トモは王女が現実を受け入れられなかった場合を危惧しているらしい。

 王女に暴走されれば全てが水の泡、せっかく刺した釘も無意味に終わる。出来ればこの旅の間だけでも大人しくしていて欲しいものだ、とトモは思う。

 

「ああ、それは多分大丈夫よ」

 

 しかしルイズはそんな彼の懸念を笑い飛ばした。

 その余裕あふれる態度から、トモは彼女が何かしらの対策を立てていたと推測する。

 

「……何か仕込みました?」

「一応、念のためにね」

 

 しかしルイズはそれを明かそうとはしない。トモの方も詳しく追求する気はないのか、それ以上は何も訪ねようとしなかった。

 ギーシュが困り顔で懇願をしてきたのは、丁度そんな時であった。

 

「お願いがあるんだが、僕の使い魔を連れて行ってもいいだろうか?」

「使い魔? ギーシュ、貴方の使い魔って何だっけ?」

 

 ルイズの酷い一言に、ギーシュは思わずずっこける。

 気を取り直して立ち上がり、地面を何回か叩くとそこから茶色の何かが顔を出した。

 

「紹介するよ。僕の使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデだ」

「わあ、大きなモグラさんですねぇ」

 

 シエスタの言う通り、それは小熊程の大きさのモグラであった。

 髭と鼻をひくつかせるその顔は愛嬌があると言えなくもない。

 

「ああヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね! どばどばミミズは一杯食べて来たかい?」

「……なんだか急に可哀想な人に見えてきました」

「しっ、聞こえるわよ! 私もそう思うけど!」

 

 モグラに頬擦りする美少年という非常に困るものを見せつけられ、げんなりする二人。

 と、急にヴェルダンデが鼻先をひくつかせ、ルイズに擦り寄って来た。

 

「え? 何よこのモグラ……って、きゃあっ!」

 

 次の瞬間、突然ヴェルダンデがルイズを押し倒し、鼻先で体中をまさぐり始める。

 羞恥とくすぐったさで地面をのたうち回るルイズ。いつもの服装なら盛大に曝け出されたであろう下着は、厚手のズボンに隠されていたので無事であった。

 

「ちぃっ、惜しい!」

「……ギーシュ君、後でお話しがあります。まずは君の使い魔を止めて欲しいんですが」

「あっ、そうだ、そうだね。済まないルイズ! 止せ、止してくれヴェルダンデ、主に僕の世間体的な意味で!」

 

 ジト目で睨み付けて来るトモとシエスタの視線に押され、ギーシュは慌ててヴェルダンデを制止する。が、ヴェルダンデはそれに構わず盛んにルイズの胸元を鼻先で突き回す。

 これ以上ルイズを辱める訳にもいかない。トモが背中のデルフリンガーに手をかけ、シエスタがモップを構えたその瞬間、一陣の風がヴェルダンデを吹き飛ばした。

 

「ああっ、ヴェルダンデ! 誰だ、こんなことをする奴は!!」

「済まない。婚約者の危機に居ても立っても居られなくてね」

 

 気障な台詞とともに朝霧の中から現れたのは、羽根帽子を被った長身の青年だった。銀糸でグリフォンの刺繍が施された見事なマントを羽織っている。

 それを見たギーシュの目が大きく見開かれた。青年には見覚えが無かったが、そのマントのことは良く知っていたから。

 

「そ……そんな……魔法衛士隊、だって……?」

 

 絞り出す様なギーシュの問い掛けに、青年は頷きを返した。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ。 姫殿下より君たちの護衛を命ぜられ、こうして馳せ参じた次第だ」

「「魔法衛士隊の隊長!?」」

 

 ギーシュとシエスタの驚愕が重なる。魔法衛士隊と言えばトリステイン騎士の頂点、王族とはまた違った意味で雲の上の人であった。

 

「そうですか、ご助力感謝します。私はヤナギダ・トモ、ロバ・アル・カリイエよりご主人に召喚された使い魔です」

「使い魔? 君がルイズの? ……失礼、まさか人とは思わなかったもので」

 

 トモの自己紹介に一瞬だけ目を見開き、青年……ワルドは帽子を取って一礼する。

 

「初めまして、僕はジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。僕の婚約者がお世話になっているよ」

「いえ……婚約者?」

「ああ、ルイズのことさ。まあ、親同士が決めたことなんだけれどね」

「「えええっ!?」」

 

 再びギーシュとシエスタの驚愕が重なった。

 トモはと言うと、眉がそれと気付かない程度に跳ね上がるだけ。

 逆に慌てたのはルイズである。ワルドの発言に顔を真っ赤にしながら、それでも淑女然とした態度を崩さずに抗議する。

 

「もう、ワルド様ったら! それにしても姫様も大胆ね、グリフォン隊の隊長を派遣するなんて」

「お忍び故に大人数を動かすわけにはいかない。だから僕が指名されたと言う訳さ」

「量より質、ってことでしょうけれど……、仮にも隊長の肩書きがついた人物の単独任務なんて、アルビオンの貴族派にとって大いに興味を引く事柄でしてよ? そこから私達の存在を嗅ぎ付けられる可能性もありますし、もしかしたら待ち伏せも覚悟しないといけないかも………」

 

 ルイズが並べた懸念に、ワルドは驚いた顔で敬服する。

 

「これは驚いた! 僕の婚約者はいつの間に一流の策士になったんだい?」

「ですがご主人の懸念ももっともです。それに……」

 

 そこまで言うと、トモはワルドの服装に視線を向ける。

 グリフォン隊のマントもそうだが、立派な羽根帽子に貴族らしく洗練されたローブ、おおよそお忍びの任務には向かない姿と言えるだろう。

 その視線の意味に気付いたのか、ワルドも肩を竦めて首を振っていた。

 

「何しろ急な話だったのでね。旅装は揃っていても、流石に偽装までは手が回らなかったんだ」

「いえ、それは仕方がありません。グリフォン隊と言うことは、乗騎も?」

 

 ワルドが口笛を吹くと、鷲の頭と獅子の身体を持った幻獣グリフォンが現れる。

 顔を寄せて擦り寄るグリフォンを撫でながら、彼は困った様に頬を掻く。

 

「無論、こいつで行くつもりだったよ。けれど、どうやら君たちの思惑を外してしまったようだね」

「……まあ、いいでしょう。ですが、このままでは悪目立ちに過ぎるでしょうし……」

 

 腕を組み、頭を捻って計画を修正して行くトモとルイズ。こう言ったことに関しては彼らが適任であることを知っているシエスタとギーシュは口を挟もうとはしない。

 だから、それを知らないワルドが思わず口を挟んだのは仕方が無かったことなのだろう。

 

「ふむ、ならば僕の従者の振りをすればいい。何かあっても従者までは狙われないだろうし」

「「却下」」

 

 即座に切り捨てる二人に、ワルドの口元が引き攣った。

 

「何故だい? いい案だと思うけれど」

「お忍びの任務に従者を連れて歩く軍人がどこに居ますか? 鋭い人ならまず偽装を疑いますよ」

「それより問題はグリフォン隊隊長が単独で動いてる、って事ね。ちょっかい出されることが前提なら、いっそ一緒に居ても不自然じゃない理由を考えましょう」

「それは……、確かにそうだね」

 

 そこまで言われればワルドとて考え直さざるを得ない。

 

「……ご主人、子爵とはどれ位親しいので?」

「え? そうね、小さい頃は領地も近かったし、結構親しかったわよ? 十年前くらいにワルド様が爵位を継いでからは疎遠になっちゃったけど……」

「そうだね、軍務に掛かりっ放しだったから領地にはほとんど帰れなかったからな……」

「ふむ。では、少なくとも幼馴染み程度には親しかった、と考えて宜しいですね?」

「……何か思い付いたの?」

 

 一連の遣り取りに何か突破口でも見出したのだろうか?

 こういう悪知恵において、彼は他の追随を許さない。それを知っているルイズに水を向けられたトモは「ええ、まあ」と曖昧に頷くと、今度はワルドに矛先を向けた。

 

「では子爵、公務ではなく私的な理由で護衛などを引き受ける、と言うのは良くあることですか?」

「良くあるとは言えないが、それが公務や政治に支障を来さない限りはままあるな。……もしや、ルイズを?」

 

 唐突に振られた話にも関わらず、ワルドは即座に質問の意味を理解した。

 

「ええ、ご主人の護衛として派遣されたことにしましょう。ご主人、申し訳ありませんが制服に着替えていただけますか?」

「……学院の生徒がアルビオンを訪れる理由はどうするの? 姫様のことは秘密なのよ?」

「学院から一時帰省した留学生の友人を捜しに行く、と言うのはどうでしょうか。中々帰ってこないから心配になったとか何とか」

「そうね、貴族のお嬢様が冒険紛いの遊覧旅行としゃれ込んだ、ってところかしら」

 

 目の前で展開される策略に、ワルドは瞠目するばかり。

 要するにこの二人は『世間知らずの学生』と言う身分を逆手に取り、本当の目的を上手くぼかしながら自分が護衛に就く理由をごく自然にでっち上げているのだ。

 老獪なマザリーニ枢機卿には劣るものの、充分に及第点を出せる作戦であった。

 

「……君たちは凄いな。いつの間にそんな知識を?」

「私は東方で何でも屋みたいなことを生業にしていました。その所為ですね」

「私は……魔法が使えないから、知識だけは完璧にしておこうって思って……」

 

 ワルドの問い掛けにスラスラと答えるトモに対し、ルイズの言い訳はどうにも辿々しい。

 冒険者の秘密を明かせないにしても、これではないか隠しているのが丸わかりだ。

 とうとう彼女は「着替えてきます!」と言い残し、寮塔へ駆け込んでしまった。

 慌ててシエスタが後を追う。

 その後ろ姿を見送ったトモはギーシュにも制服に着替えてくるように指示を出した。

 

「え? でも、先刻この服に着替えろって……?」

「先程の話を聞いていましたか? その旅装じゃ、学院の生徒とその護衛に偽装出来ないでしょう」

 

 呆れたようなトモの指摘に、ギーシュも慌てて寮室へ駆け込むことになる。

 残されたトモとワルドの間に、何とも気まずい空気が流れた。

 そんな空気を吹き飛ばそうと思ったのか、殊更気さくにワルドはトモに語りかけた。

 

「ねえ君、ルイズの使い魔と言うことはいつも一緒に居るんだろう? 学院での彼女はどんな感じなんだい?」

「そうですね……実技はともかく、座学は優秀みたいですよ? 残念ながら私はこちらの魔法に明るくないので、具体的にどうこう言えないのですが」

 

 表面上は朗らかな会話を交わす二人。

 そしてトモはルイズ達が戻るまで、貼付けた笑顔を崩さなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「随分かかりましたね? 寮室からここまで直線でそんなに離れてませんよ?」

「い、いえ、ルイズ様が……」

「駄目よシエスタ、ネタばらしはもう少し後でね」

「……また何か仕込んだのかい、ルイズ? 正直、お腹いっぱいなんだけれど」

「ふむ、僕の婚約者はいろいろ謎が多いみたいだね」

 

 すっかり日も高くなった頃、騒がしく出発した一行の姿を学院長室から見送るアンリエッタ。

 どうも増援として送ったワルド子爵と何やら悶着があったらしい。実用一辺倒な旅装から学院の制服に着替えた一幕は、王女にとっても予想外であった。

 

「……もしかしたら、余計なことだったのかもしれませんね。ですがルイズ、貴女達には無事に帰って来て欲しいの。私の我侭に巻き込んだ所為で、大切なお友達を失ったりしたら私は……」

 

 祈るような呟きはそこで途切れた。

 思い返すのは昨晩、すべてを引き受けたルイズが残した一言。

 

『一度私たちを信じてくださったのなら、どうか最後まで信じきってくださいな。それだけが姫様の『大切なお友達』からのお願いですわ』

 

 大きく頭を振って雑念を払い、王女は真直ぐルイズ達を見る。

 彼女達は自分の失態を取り戻すために立ち上がったのだ。それを信じなくてどうする?

 彼女は王族であり、貴族と平民を束ねるもの。それを自覚しなかったが故に、アンリエッタは『大切なお友達』を戦地に送ることになったのだ。それを知りつつも敢えて困難な任務を引き受けてくれた彼女達に贈る言葉は『祈り』ではなく、『信頼』であるべきだ。

 

「ルイズ、そして皆さん。私は貴女達を信じて待ちましょう。だから必ず、無事に帰って来なさい」

 

 毅然として彼らを見送るアンリエッタの後ろ姿を、オールド・オスマンとマザリーニ枢機卿が眩しそうに見ていた。

 昨晩、マザリーニの部屋に突然現れた彼女から事の顛末を聞かされた枢機卿はそれこそ飛び上がらんばかりに驚いた。重婚の証拠となる恋文の存在もそうだが、何よりそれを取り返すべく動いたのがヴァリエールの公女であったことが拙い。下手をすればトリステイン最大の貴族が謀反を起こす可能性だってあるのだ。

 しかしアンリエッタは一歩も引かず、逆に彼を説得し始めた。

 

 これは自分の失態であることは重々承知していること。

 それを教えてくれたのがルイズ達であること。

 国宝である『水のルビー』をルイズに渡しているので、最早一蓮托生であること。

 ルイズ達に万が一のことがあった場合、王女自らが責任を取ること。

 ヴァリエール公爵には直接自分が説明に当たること。

 そしてそれを防ぐために出来る限りのことをしたいので知恵を貸して欲しいこと。

 

 男子三日会わざれば刮目して見よ、の格言通り、いや、たった一晩で王族の責務の重大さを知り、一回りも二周りも大きく成長した王女の姿に思わず気圧されたマザリーニ。

 そして湧き上がる喜びと感動。

 先刻まで王族の覚悟なぞ欠片も持たなかった小娘が、一瞬にして『高貴なるものの義務』に相応しい気高さを身につけたのだ。これほど喜ばしいことは無い。感涙にむせび泣くマザリーニを宥め、アンリエッタはルイズ支援のための策を立てる。

 軍を使うことは出来ない。

 そんなことをすればたちまち貴族派に嗅ぎ付けられてしまうだろう。

 なら気付かれない様に護衛する? 論外だ。

 彼ら自身が見つからない様に動こうとしているのだ。

 それを更に影から守ろうなんて不可能に近い。

 

「結論は、メイジも傭兵もものともせず、雲霞の如き敵兵に囲まれた皇太子の元へルイズ達を届け、無事に帰って来れる……そんな方法ね」

「正しく無理難題……ですが、おそらくこの国でたった一人だけ、その無謀を叶えることの出来る人物が居ます。彼を使いましょう」

 

 指名されたのはルイズが学院に居ることを教えたグリフォン隊隊長、即ちワルドである。

 この困難な任務を彼は「姫殿下と婚約者の危機とあらば」と進んで引き受けでくれた。

 その忠誠に感謝しつつも、マザリーニは零さずには居られなかった。

 

「……それにしても、オールド・オスマンは良い生徒をお持ちのようだ。ともすれば不敬として処罰されかねないと言うのに、身を挺して姫殿下を諭すとは……」

 

 枢機卿の周囲にはそのような気骨のある人物などおらず、不満や侮蔑を隠そうともしないくせに媚びへつらう奴らばかり。一命を賭して王女を諌めるような忠臣など望める筈も無い。

 だから、そんな生徒を育てたオスマンが羨ましくて仕方が無い。

 

「ほっほっほっ、それは買いかぶりと言うものじゃろう。むしろ子爵のような忠臣を持った枢機卿こそ羨ましいがの」

 

 だがオスマンにしてみれば見当違いも甚だしい。

 あの『冒険者』が召喚されて以来、彼の胃が休まる日は無いと言っても過言ではなかった。

 召喚直後の一幕や決闘騒ぎ、そしてフーケ襲撃とその後の顛末。異様に口の回るあの男に加え、最近はルイズと言う黒幕が現れたことで彼の気苦労は増えるばかり。今回の件にしても、あの二人が噛んでいると知った時点で全て放り出して雲隠れを考えたほどだ。

 

(全く、彼が来てからと言うもの頭が痛いことばかりじゃわい)

 

 これまでとこれからを考えると頭痛がして来る。

 思わず頭を抑えるオスマンだったが、事態は突然飛び込んで来たコルベールによって更に深刻なものとなった。

 

「おおおおオールド・オスマン、大変です! ミス・ロングビルが失踪しました!!」

「何じゃと!? 一体いつ!?」

 

 息も絶え絶えに語られた衝撃的な報告に目を剥くオスマン。

 そんな彼に、コルベールは懐から何かを取り出しながら話を続ける。

 

「つい先程、見回りをしていたメイドがミスの部屋が開いているのを発見したのです! 部屋は既にもぬけの殻、そして『これ』が脱ぎ捨てられたドレスの『右腕』に……!」

「むぅ、それは…………!?」

 

 差し出された『それ』を見たオスマンは顔を青褪めさせた。

 マザリーニは意味が分からず首を捻っている。

 

「何と言うことだ、こんな時に……!」

「で、ですが、このままでは………!」

 

 狼狽するオスマンと浮き足立つコルベール。右往左往する二人を諌めたのは、今や豆粒よりも小さくなったルイズ達の後ろ姿を見送り続けている王女であった。

 

「お静かに願います、オールド・オスマン。日の出より大分経ったとは言え、まだ休んでいる生徒も居ることでしょう?」

「ぬ、しかし……!?」

「何があったのか説明していただけますか? もしかしたら力になれるかもしれません」

 

 毅然とした態度を崩さず詳しい説明を求めるアンリエッタに、オスマンとコルベールは顔を見合わせた。

 

「……少々取り乱しましたな。ですがこれは学院の問題、姫殿下におかれましては……」

「構いません。こちらの事情に学院を巻き込んだのです。その分は埋め合わせるべきですわ」

 

 ぴしゃりと言い放つその姿に、オスマン達は再び顔を見合わせる。

 目配せの応酬の末、コルベールは己が握り締める『それ』の意味を説明した。

 

「…………と、言う次第で……」

「なんと! それは一大事ですぞ!!」

「……ですが、余りにも時期が合い過ぎています。もしかしたら、ルイズ達の件と何か関わり合いがあるやも知れません」

 

 その説明に驚くマザリーニとは対照的に、アンリエッタは冷静にこの件とルイズ達の任務の関わりを指摘する。

 

「うぬ、なれば早速彼女達に増援を……!」

「なりません。少数精鋭に留めた意味をお忘れですか?」

「しかし殿下……!!」

 

 慌てふためくオスマン達を嗜め、アンリエッタは朝靄の晴れつつある蒼穹の空を見上げる。

 

「既に杖は振られたのです。ならば彼らの忠誠を信じずして何としますか?」

「む、ぐ………そうじゃの、そうであった。確かに彼らなら道中にどんな困難があろうとも、必ず乗り越えてくれますでしょうな」

 

 その言葉にマザリーニはワルドを思い浮かべ、彼以外はあの男の姿を思い浮かべる。

 一見無表情にも見える薄い微笑みで、思いもしない事をしでかす正体不明の謎の男。

 

『何かをするのに資格はいらないでしょう。今まで何もしなかったのなら、今から何かするべきだと思いますよ』

 

 東方から来たと言うトモの言葉を思い出し、アンリエッタは既に見えなくなった後ろ姿に目を向けた。

 

「彼らを信じましょう。そして、私達は私達が出来ることをするのです。

 ─────彼らが帰って来た時、胸を張って迎え入れるために」

 

 力強く言い切るその姿は、まさにクエストを誓った時のルイズ達そのものであった。

 

 

 

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