ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第十六話 襲撃(まちぶせ)

 一つの岩から削り出された建物が、山道を挟んで張り出した渓谷の崖を穿つ街並。

 港町ラ・ロシェールはそんな街である。そんな渓谷に翳されて昼なお薄暗い町並みから一本外れた裏通りの奥深く、そこに『金の酒樽亭』は存在していた。

 

「アルビオンの王様はもう終わりだね!」

「いやはや、『共和制』って奴の始まりなのか!」

「では『共和制』に乾杯!」

 

 一見すると廃屋の様にしか見えない店内で、強面のごろつき紛いな男たちが手にしたジョッキを掲げて乾杯を交わしていた。彼らは今や叛徒である筈の貴族派から『王党派』と呼ばれているアルビオン王国軍から逃げ出した傭兵達である。

 王国への忠誠だの新体制への移行だのはどうでもいい。肝心なのは金払いがいいか悪いか、そして生きるか死ぬかの違いだけだ。支払われた金と自分の命が釣り合うなら負けるまで雇われてやる。だが最後まで付き合うつもりは無い。

 そんな彼らだからこそ『彼女達』に目を付けられたのだろうか。

 

 立て付けの悪いはね扉が耳障りな音を立てる。男たちの無遠慮な視線が突き刺さるのも気にせず現れたのは、フードを目深に被った長身の女だった。

 

「……アンタ達、傭兵かい?」

 

 街娘のような蓮っ葉な言葉遣い、だが育ちの良さが窺える上品な声色という矛盾した女の台詞に傭兵達は互いに顔を見合わせる。

 

「……姐さん、あんた貴族かい?」

「メイジではあるけどね、貴族じゃないよ。それより、私に雇われる気はあるかい? ……金なら、ホラ」

 

 傭兵達に纏め役である一番年嵩の男が放った疑問に答えた女は袋を投げ出す。重たい音を響かせてテーブルに落ちたそれの中身を見て、男の目の色が変わった。

 

「おほ、エキュー金貨じゃねぇか! ……こんだけ貰えるなら充分だ。いいだろう、雇われてやるよお嬢さん。それで何をすればいいんだ俺達は?」

「悪いけど、私は代理人だよ。もうすぐ雇い主が来るだろうから……」

 

 女がそこまで言いかけたその時、再びはね扉が耳障りな音を立てる。傭兵達の視線が新たに現れた人物を捉えるや、店内にどよめきが走った。

 なぜならその人物は怪しい仮面で顔を隠していたからである。

 

「連中が出発した。少し手間取っていたようだがな」

「そうかい。こっちはたった今傭兵を雇ったばっかりだよ」

 

 女との遣り取りに傭兵達はこの白仮面が雇い主だと理解した。

 

「貴様らはアルビオンの王党派に雇われていたのか?」

「先月まではな。負けるような奴は主人じゃ無ぇよ」

 

 白仮面の質問に答えた男の言葉に傭兵達がどっと湧く。

 だが続けて放たれた怪人の言葉で店内は凍り付いた。

 

「金は言い値を払う。だが俺は甘っちょろい王様じゃない。逃げれば殺す」

 

 不気味なほど静かなその台詞に、百戦錬磨の傭兵達は脂汗を流して頷く以外出来なかった。

 

 

 

***

 

 

 

 魔法学院からラ・ロシェールまでは早馬で二日ほど、だが翼あるグリフォンなら無休憩で一日あれば着ける。しかし流石のグリフォンとて五人も載せることは出来ない。

 故にルイズとワルド以外の一行は馬を乗り換えながら街道を直走る羽目になった。

 

「ラ・ロシェールまで止まらずに行くつもりだったんだが……」

「戦力を分散する訳にはいきませんわ。私達は偵察がてら彼らに合わせましょう」

 

 馬に合わせてゆったりと飛ぶグリフォンの騎上で、ワルドを嗜めるルイズ。

 そのグリフォンに追い付こうと全速で走る三騎の馬のうち、一騎だけがやや遅れ気味だった。言うまでも無くトモを乗せた馬である。

 

「……彼は馬の乗り方が下手だね。まるで初心者のようだ」

「ようだ、じゃ無くて初心者そのものですわ。彼の国では馬自体珍しかったそうですし」

「ほう? ではどうやって移動していたのかな」

「馬を使わない乗り合い馬車のようなものが発達していたそうですわ。仕組みの方は専門外とかで教えてくれませんでしたが」

 

 ワルドに抱え込まれるような格好でグリフォンに跨がるルイズが、未だ硬い口調で話すのは偽装のためだ。ワルドは気にし過ぎだと言うが、ルイズはそうは思わなかったらしい。

 

「いつ、どこで、誰が見ているのかなんて分かりませんもの」

「気にし過ぎじゃないかい? 僕としてはもっと気安く接して欲しいんだが……」

「いいえ。貴族派が何らかの行動を起こすことを念頭に置かないと、いざと言う時に備えられませんわ。任務を終えてから昔みたいにいっぱいお話ししましょう?」

「ふふっ、そうだね。ならば増々急がねば!」

「……彼らを置いて行かないでくださいね?」

 

 何故かやたら急ごうとするワルドを諫めたのは、これで何度目だろうか? いい加減注意もおざなりになって来た彼女をひたと見据え、彼はとんでもないことを言い出した。

 

「随分彼らを気にするね。もしかして、あの中の誰かと恋仲なのかな?」

「へ?」

 

 突拍子も無いその言葉に、ルイズは硬直する。

 

「違うのかい? やたら彼らの肩を持つようだったし、もしかしたらと思ったんだが」

「……ち、違いますわ。彼らは……そう、仲間! 仲間なんですもの!」

 

慌てて否定するルイズに、ワルドは悪戯っぽく微笑む。

 

「それは良かった。婚約者に恋人が居るなんて聞いたら、きっと僕は生きていられないからね」

「……大袈裟ですわ。第一、婚約者とは言っても親同士が決めたことじゃなくって?」

 

呆れたようなルイズの言葉にワルドは戯ける。

 

「おや、僕の小さなルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」

「そんな訳ありませんわ! それに、もう小さくありませんことよ?」

「僕にとっては未だに小さな女の子さ。覚えているかい? あのお屋敷の中庭で……」

 

 その台詞を聞いた途端、ルイズの脳裏に夢の情景が甦る。忘れ去られた中庭、池に浮かぶ小舟、毛布に包まって泣く幼い自分、迎えに来てくれた少年と、そして……

 

(……?、何だったかしら、何か……あったような気がするんだけれど……)

 

 霞んでしまった夢の情景に首を捻るが、思い出せないのなら大した事ではなかろうと意識の外へ追い出し、ルイズは微笑み返した。

 

「……そうね、貴方はいつでも私の味方で居てくれたわ」

「そうだね。僕も君に相応しい男になろうと必死だった。何があっても君を守れる貴族になって君を迎えに行くんだと誓って、一生懸命軍務に奉公したものさ」

「本当に領地には帰ってこなかったものね。お父上がランスの戦で亡くなられて……」

「ああ。陛下は父を良くご存知だったし、特別に計らって戴けたお陰で魔法衛士隊にも入隊出来た。色々苦労はしたけれど、ようやくあの日の誓いを果たせる日が来たよ」

 

 ルイズにとって、ワルドは初恋の人だった。

 同時に、夢に見るまで思い出せなかったくらい遠い日の思い出の人でもあった。

 婚約者だと言うのも父同士が交わした戯れのような約束にしかすぎない。けれどそんなあやふやな絆を支えに、彼は今日まで頑張っていたのだと言う。

 ワルドの事を好きか嫌いかと問われれば、間違いなく好きに傾く。しかしそれは、家族や友人に向けるような「好き」であり、恋人に向けるそれとは違う。

 このままでいいのだろうか、そんな思いがルイズの中で渦をまく。

 彼の預かり知らぬ事とは言え、彼女は既に真っ当な貴族とは言い難い。運命に立ち向かう誓いを立てた『冒険者』と言う立派な『異端』なのである。

 自分の都合に彼を巻き込みたくはない。けれど彼の思いに喜びを感じる自分も居て、ルイズはどうしていいのかよく解らなくなっていた。

 

「お互い久しぶりに合うんだ、この旅は良い機会さ。一緒に旅を続けていれば、昔みたいに打ち解けられるよ」

「……そうね。焦らずのんびりと行きましょう。お互いのためにもね」

 

 いつの間にか昔の口調に戻っていた事に、ルイズは気付いていなかった。

 

 

 

***

 

 

 

 乗馬はただ馬に跨がっていればいいと言うものではない。縦横無尽に揺れる馬の背で、馬に負担がかからないように進みたい方向へ誘導しなければならないからだ。

 少なくとも初心者が馬を全力で走らせるなんて真似、無謀以外の何者でもない。

 

「……大丈夫かい? 顔色が悪いどころじゃないけれど」

「だ、大丈夫です。どうにか着いて行けてますから」

 

 慣れない馬の背で長時間過ごすと言うのは相当な負担である。貴族として乗馬の嗜みくらいは経験のあるギーシュでさえそう思うのだ。初心者のトモにとっては拷問にも近い苦痛であろう。

 しかしギーシュとて余裕がある訳ではない。ルイズとワルドを乗せたグリフォンは、時折彼らを置いて行こうとするかのように速度を上げるからだ。その度にルイズに嗜められては速度を緩めるので距離はそう離れていないものの、着いて行く立場の彼らにとっては重圧である。

 

「もう一日近く走りっ放しだぞ? どうなってるんだ、魔法衛士隊は化け物か」

「ですが、一応私達に合わせては下さっている様ですよ?」

 

 乗り馴れているとは言え、あまりの強行軍にぐったりしつつあるギーシュが漏らした台詞に、多少余裕のあるシエスタがフォローを入れる。そんな光景を繰り返すうち、夜闇に覆われた険しい山々の合間にぽつりぽつりと明かりが灯る様が見えて来た。

 

「あ、ほら、ラ・ロシェールの入口が見えてきましたよ! この分なら夜明け前くらいには着きますから、もう少しの辛抱です!」

「……私の目には山にしか見えませんが、どこが『港町』なんでしょうか?」

 

 シエスタが遠くに霞む渓谷を指差し、疲れきった一行を励ます。しかしトモから投げかけられた疑問にギーシュとシエスタは顔を見合わせ、そこでようやく彼の出自を思い出した。

 

「そう言えばトモさんはロバ・アル・カリイエ出身でしたっけ。 それならばご存じないかもしれませんね」

「君はアルビオンを知らないのかい? ならば楽しみにしていたまえ、いろいろ驚くだろうから」

 

 そんな二人の様子に首を捻りながら、トモは矢継ぎ早に質問を重ねて行く。

 

「あの山の向こうに海があるとか?」

「いや、見ての通り此処から先は山しか無いよ」

「じゃあ船はどこから出るんです?」

「ラ・ロシェールからに決まっているさ」

 

 トモの質問攻めにギーシュは一つ一つ丁寧に答えるが、肝心の所はぼかしたまま。シエスタはと言うと、吹き出しそうになるのを必死に堪えて微妙な表情になっている。

 山道を直走り、やがて東の空がぼんやりと明るくなってラ・ロシェールの街並がはっきり見えるようになった頃、突如ルイズの警告が二人の脳裏に響いた。

 

『気を付けて! 怪しい連中が待ち伏せてる!』

「止まりなさい、ギーシュ君! 敵襲です!!」

「えっ? 何だって!?」

 

 咄嗟に馬を止めたトモ達の制止に戸惑うギーシュ。

 冒険者ではなく、聖印も持たない彼にはルイズの警告が届かない。

 やや離れて立ち止まった彼めがけて火の点った松明が投げ込まれた。

 

「う、うわぁっ!?」

「ギーシュ君、今行きます! シエスタさん!」

「はいっ!」

 

 松明の炎に驚き、激しく暴れ出した馬から放り出された彼の頭上に矢の雨が降り注ぐ。

 鋭い鏃の切っ先に己の死を予感し、ギーシュは思わず目を閉じるが、しかし今にも頭蓋を貫こうとしていた矢は白刃に振り払われた。

 それぞれの獲物を握り締めたトモとシエスタが、彼を庇って矢の雨に立ち塞がったのだ。

 

「ミスタ・グラモン、私の後ろに!」

 

 凄まじい早さでデルフリンガーを振るうトモに、信じ難い勢いでモップを振り回すシエスタ。二人に叩き落とされた矢が音を立てて地面に突き刺さる。

 それを目の当たりにしながらギーシュは悔しさに顔を歪めた。

 

「くっ、ワルキューレさえ、攻撃さえ届けば………!!」

 

 だが敵は切り立った崖の向こう、ゴーレムでは手も足も出ない。同様にトモの剣もシエスタのモップも届かず、状況はかなり不利だった。歯噛みするギーシュの目前で風が揺らめき、小さな竜巻が矢を弾き飛ばす。ルイズと共に空を舞うワルドの援護だ。

 だがトモ達に取ってはまさに余計なお世話、遠距離攻撃に欠けるこの面子で唯一の遠隔攻撃持ちが守りに走っても意味が無い。

 それはワルドも理解していた。だから彼は涼しい顔の婚約者に「僕達は奴らを討とう」と提案したのだが、彼女は憂いなど無いかのように軽く答えた。

 

「ああ、それは大丈夫よ。もうすぐ来るんじゃないかしら?」

 

 何が?、と言う彼の疑問は、次の瞬間驚愕へと変わる。

 何故か矢が彼らとは逆方向の上空に向けて放たれたのだ。

 そして先程と同じく小さな竜巻がそれを弾き飛ばす。だがワルドは何もしていない。

 ほどなくして崖の上から弓手が転がり落ち、大きな影が舞い降りて来る。やがてトモ達の目前に着地した見覚えのある風竜の背に乗っていたのは、これまた見覚えのある二人組だった。

 

「ハァイ、お・待・た・せ!」

「お待たせ、じゃありませんよ。何しに来たんですか、キュルケさん?」

 

 そこに居たのは学院の制服に簡単な旅装を纏ったキュルケとタバサであった。

 よほど慌てて出立したのだろう。身だしなみに気を使うキュルケには珍しく、制服は縒れて鞄からは荷物の端が飛び出している。タバサに至っては制服と小鞄一つと言う有様だった。大地に降り立ったキュルケは寝癖塗れの髪をかきあげ、寝不足で血走った目でトモにウインクを送る。

 

「それはもちろん、助けに来たからに決まってるじゃない」

「……まあ、出発にもたついた辺りでバレるかな、とは思ってましたが」

 

 「俺の出番これだけかよ!」と不満げなデルフリンガーを鞘に納め、トモは溜め息を吐いた。

 転がり落ちた際に強かに身体を打ち付け、うめき声を上げてのたうち回っているところをギーシュに『練金』で拘束される男たちを指差し、キュルケは口を尖らせる。

 

「何よぅ、結果的に助かったんだし良いじゃないの! ……って、タバサ!?」

「……朝、貴方達とそこの貴族が出掛けようとするのを私が目撃した。後を着けようとしたらキュルケも着いて来た。だから悪いのは私」

 

 あくまではぐらかそうとするキュルケを押さえ、タバサが事の真相を暴露する。

 彼女は今朝、こそこそと旅支度を整えて出掛けようとする彼女達を目撃したのだ。ルイズ達『冒険者』がこぞって出掛けるとしたら、それは『クエスト』以外に有り得ない。ならば先回りして彼女達の『クエスト』を間近で観察し、冒険者の力を知る手掛かりにしようと考えた。

 だが慌てて旅支度を揃え、朝食がまだだとごねるシルフィードを杖で脅していざ出立と言う時、同じく旅支度を整えたキュルケが現れて同行を申し出たのである。

 

『貴女が何か背負っているのは知っているわ。でも困ってる親友を見捨てる程、ツェルプストーの女は薄情じゃないのよ!』

 

 これは自分の問題だと説得するタバサに、キュルケはそう叩き付けた。

 シルフィードの背中に陣取って頑として降りようとしない彼女に、これ以上の説得は無意味と悟ったタバサは渋々彼女を連れてトモ達を追いかけ……

 

「……で、追い付いてみたら襲われてたから、恩を売る絶好の機会だと思って……」

「あいつらを一人残らず焼き払う、と激怒するキュルケを宥めるのには苦労した」

「ちょっ! 何でバラすのよタバサ!?」

 

 ……まあ、そんな訳で誰にとっても意外な援軍として活躍する事になったのだ。

 しれっとするタバサに顔を真っ赤にしたキュルケが詰め寄るのを見物していたトモだったが、ふと先程のルイズの言葉を思い出して首を傾げる。

 

「そう言えば、何でご主人はキュルケさん達が来るって解ったんですか?」

「そう言えばそうですね。……もしかして、見えていたとか?」

「まさか! シルフィードには高いところを飛んでもらっていたし、そこのグリフォンが貴女達の所に降りてから私達も動いたのよ? そうそう気付かれる筈が……」

「それは僕も気になっていたな。ルイズ、何を根拠に彼女達の援軍を予測したんだい? 見える限りでは何も無かったと思うが……」

 

 彼らの疑問はもっともだ。この場面で援軍が来るとは誰も思わないだろう。

 だがそんな当たり前の疑問に、ルイズは一同が思いもしなかった答えを出した。

 

「別に? この二人ならここら辺で出て来るんじゃないかなって思っただけよ」

「「「「「………ゑ?」」」」」

 

 その言葉に呆気にとられる一同。

 呆然とする彼らに、ルイズは悪戯小僧のような笑みを浮かべてネタばらしをする。

 

「大した事じゃないわ。私がやったのは出かける時に、タバサに私達の姿を見せただけだもの」

「…………あっ! じゃああの時、わざわざ遠回りしたのって……!?」

 

 思い当たる節があったのか、シエスタが驚愕の声を上げる。

 

「それにタバサが来るなら十中八九、キュルケも着いて来る筈よ。貴女の性格なら首を突っ込んで来るのは確実だしね」

「……け、けど、そんなあやふやな根拠だけで確信出来るものなのかい?」

 

 ワルドの問いに、彼女はちらりと目を向けて言葉を重ねた。

 

「根拠ならありますわ。彼女の使い魔……シルフィードが」

「シルフィードが?」

「ええ。追いかける手段が無ければ諦めもつくでしょうが、彼女達にはシルフィードが居ます。ならば追いかけないと言う選択は取りませんわ。タバサのシルフィードなら私達に見つからないように後を着けるのなんて簡単でしょうし、何より馬に合わせてゆっくり進む私達を見失うなんて有り得ませんもの」

 

 そしてタバサは、いや、その場に居た全員がルイズの策略を理解した。

 タバサが冒険者にご執心なのは彼女も知っていた。だからルイズ達が旅立つ姿をわざと見せつけ、

彼女が追って来れるぎりぎりの速度を保ち、そうやって誰にも、そう本人にさえ気付かれないまま、彼女達を『見えない援軍』に仕立て上げたのだ。

 ルイズの底知れぬ神算鬼謀に戦く一同に、ルイズ自身は肩をすくめて溜め息をつく。

 

「……もっとも、これは保険のつもりだったのよ。本命は別にあったんだけど……」

「本命、ですか?」

「ええ、『キュルケ達を拘束する』って言う本命が、ね」

「「「「「なっ!?」」」」」

 

 あまりに意外なその言葉に度肝を抜かれる一同。しかしその中で、唯一冷静なままだったトモが言葉を失った一同を代表するかのように訪ねる。

 

「だったら最初から誘うような真似をしなければ良いでしょうに。一体全体、何故そんな事を?」

 

 その言葉に、しかしルイズは首を横に振った。

 

「私たちが居なくなったことを知れば、まずタバサが動くわ。……そうよね?」

 

 問いかけられたタバサが小さく頷く。

 それを見たルイズがさらに言葉を続ける。

 

「タバサが動くなら当然キュルケも動くわ。……でもキュルケ達は留学生、国外からのお客様なのよ? 万一の事があったら大変だし、何より王家の秘事に関わらせて怪我でもさせたら外交問題に発展するでしょう?」

 

 そこまで説明したところで、不意にトモが何かを閃いたように手を叩く。

 

「成程。見つからない様にするのではなくてわざと見つかり易くして、逆に彼女達の行動を縛った訳ですか。確かに大人しくしている御仁でもありませんし、ならばいっそ逮捕、拘束と言う手段を行使した方が確実でしょうね」

 

 それを聞いた一同、特に名指しされた二人は納得せざるを得なかった。

 

 ルイズが危惧していたのは彼女達の不在を知ったタバサの反応である。

 彼女が『冒険者』に固執している事はルイズも知っていた。そんなタバサが『冒険者』の手掛かりである自分達を見失った時、どのような行動に出るだろうか?

 あちこち探しまわる程度ならばまだ良い。だが万が一、ルイズ達がアルビオンへ向かった事を知り、後を追いかけるようなことになれば国際問題に発展する危険性がある。

 そこでルイズは発想を転換した。

 任務を誤摩化したり、旅立ちを隠したりせず、むしろ堂々と見せつけてわざと追ってこさせる。

 そうして着いて来たところを待ち伏せし、適当な罪を被せて身柄を拘束させるのだ。

 

「自発的に後を着けて来る分には何かあってもこっちの責任にはならないわ。むしろ王家から下された極秘任務に勝手に着いて来たんだし、逮捕拘束も許されるでしょう?」

 

 そうして身柄を押さえ、任務が終わってから訴えを取り下げれば国際問題にはならないだろう。

 何せ『他国の留学生』の身分で『王家の極秘任務』を探ったのだ。重罪とは行かなくても、これが表に出ればゲルマニアやガリアの体面を傷つけるのは間違いない。国力の低いトリステインに痛くもない腹を探られるくらいなら、自国の貴族子弟がやらかした問題の一つや二つ、目を瞑って見なかったことにするだろう。

 それがルイズの策の全貌であった。

 

「いやはや、僕の婚約者はとんでもない策士だね。鼻を高くすれば良いのか、それとも将来を不安に思うべきか、分からないよ」

 

 肩をすくめて呆れるワルドとは対照的に、キュルケとタバサは肩を震わせて俯いている。

 タバサは己がルイズの手のひらで踊らされていたことに、キュルケはルイズにそれほど嫌われていたと言う事実に打ちのめされていた。

 そんな中、唯一余裕を崩していなかったトモが口を開く。

 

「そんなに心配でしたか? 彼女達の身の安全が」

「「「「「………はい?」」」」」

 

 トモの台詞に再び目を丸くする一同。

 そしてルイズはと言うと、右手で顔を押さえて「あちゃあ……」と漏らしていた。

 

「やっぱり判っちゃったか……、出来ればバラさないで欲しかったんだけど」

「偽悪趣味も程々に願いますよ? 恩を押し付ける輩よりは断然マシですが」

 

 そう、ルイズは二人を嫌ってこのような策を練ったのではない。むしろ二人の身の安全を保障するためにこの策を考えだしたのだ。

 内乱のさなかのアルビオンで、幾ら腕が立つとは言え一学生の、しかも見目麗しい女生徒が無事で済む確率は低い。

 ならば最初から同行を申し出るか? それこそ愚策だ。ルイズ自身が言った通りタバサ達は国外からの留学生、ましてキュルケはゲルマニア人なのである。彼女を関わらせるのは任務の内容的にもよろしくない。彼女達を同行させる選択肢をルイズは一番最初に切り捨てていた。

 

 何より重要なのは二人の身の安全。そこでルイズが目を付けたのが『牢獄』である。

 何しろちょっとやそっとではびくともしない頑丈な建物に、厳重な監視網。警戒する対象が中か外かの違いはあれど、少なくとも中に居る限り安全は保障される。

 無実の罪になるので謝罪と賠償は必須だが、任務に巻き込まれて死亡と言う最悪の結果よりはまし、そう考えたルイズは自ら悪役を演じる決意を固めた。自分の貴族としての体面は傷付くし、キュルケ達との交流も途絶えるだろうが、それでも彼女達を失うよりは遥かに良い。

 それが彼女の行き着いた答えであった。

 

「ご主人は役者には向いてませんね。割とバレバレでしたよ?」

「そりゃ貴方と比べたら大部分の人間は役者に向いてないわよ。あーあ、折角の作戦が……」

 

 朗らかに殺伐とした会話を交わす主従の姿に、呆気に取られていた一同が再起動を果たす。

 そして一同を代表するかの様にキュルケが二人に詰め寄った。

 

「ちょちょちょ、ちょっと待って! それってつまり、襲われる事も織り込み済みってこと!?」

「それなんだけど、襲撃を受けるのはラ・ロシェールに着いてからだと思ってたのよね。この時期アルビオンに向かう貴族なんて警戒されて当然だもの」

「アルビオン!? 貴女達、あの内乱真っ最中の国へ一体何をしに行くのよ!?」

 

 目的地を知って蒼くなるキュルケ。

 タバサも相当な衝撃を受けたらしい。顔色が若干白くなっている。

 

「でも実際に襲われたのはラ・ロシェールに入る前だわ。確実に情報が漏れているわね」

「おそらくだが、僕の不在から嗅ぎ付けられたんだろう。ルイズの危惧が当たってしまったな」

「問題はどの程度まで知られているのか、ですね。連中を問いただして探りましょう」

「そんなに素直に話すかしら?」

「おそらく出自を誤摩化して来ますね。物取りでも名乗って来るんじゃありませんか?」

「貴族相手に物取り、しかも一目で魔法衛士隊と判る相手に? 有り得ないわよ、そんなの」

 

 トモの意見を即座に却下するルイズ。

 と、そこへ会話に入れなかったので襲撃者を尋問していたギーシュが戻って来た。

 

「子爵、あいつらはただの物取りだと言っています。捨て置いても問題は無いかと」

「「「「「「……………」」」」」」

 

 有り得ないことがあっさり有り得た事に、一同は言葉を失う。

 その沈黙をどう取り違えたのか、「ふふん、僕に任せてくれればこの通り!」とふんぞり返るギーシュにトモはデコピンを叩き込んだ。

 

「あからさまに言い訳じゃないですか!」

「ぶふぇっ!?」

 

 体力5のデコピンの威力に悶絶したギーシュを放って、ルイズ達は拘束された男たちに向き合う。

 

「……さて、君たちの素性を訊かせてもらおうか」

「へっ、あっちの兄ちゃんにも言っただろう? 俺達ゃただの物取りさ」

「もうすぐ夜明けですよ? こんな時間に出没する物取りが居る訳無いでしょう」

 

 改めてワルドが尋問を開始する。早速はぐらかす男達の矛盾を指摘するトモ。

 

「……へっ、これくらいの時間の方が獲物も油断するってモンだぜ」

「なら宿屋や野宿している旅人を襲った方が確実でしょう? こんな時間にほっつき歩くような旅人なんてそうそう居る訳有りませんし」

「…………へっ、朝一番の船に駆け込む奴らは良いカモなんでな」

「平民の商人や旅人ならともかく、幻獣に騎乗している貴族をですか? あからさまに貴族だと分かる獲物を狙う博打を、ただの物取りがしますかね?」

「………………へっ、貴族様ならたんまりと金を持ち歩いているからな」

「じゃあ何で攻撃を中断したんですか? メイジ相手に攻撃の手を休めるなんて、反撃して下さいと言っているようなものなのに」

「……………………」

 

 言葉を重ねるうちにどんどん男達の顔色が悪くなるが、どんなに矛盾を指摘されても彼らは証言を覆そうとしない。丁々発止の遣り取りが続き、不毛な言い争いに発展しかけたあたりで、呆れたワルドが遮る様に発言した。

 

「もういい、僕に任せたまえ。魔法衛士隊でもこんな奴らは良く相手にしていたから慣れている」

「……ふむ。では後はお任せします」

 

 そう言ってトモと入れ替わったワルドは杖を抜き、青白い光を纏わせる。風系統の軍人が好んで使う『エア・ニードル』の魔法だ。

 そしてワルドはそれを躊躇い無く男の手に突き刺した。

 

「ぐわぁあああああああっ!?!?」

「なっ!?」

 

 激痛で蹲る男を見下し、ワルドは冷たい声で尋問を開始する。

 けれどそれは先程までトモが行っていたような『温い』ものでは無かった。

 

「さて、お前達に許されるのは二つだけだ。真実を語って生き延びるか、黙秘を貫き全身を切り刻まれて死ぬか……好きな方を選びたまえ」

「ひぃいいいっ、話す! 全部話すから命だけは助けてくれ!!」

 

 執行人の眼前に引っ立てられた死刑囚の如く、怯え切った男達がいとも簡単に口を割る。

 自分達は傭兵で、ラ・ロシェールで怪しい二人組に雇われた事、片方は滅多に見ない美人で、もう片方は白い仮面を被った正体不明の人物だった事。

 高額の報酬につられて引き受けた事、此処を『グリフォンに乗った貴族』が通りかかったら襲うよう命じられた事、だが決して殺してはいけない事、『グリフォンに乗った貴族』以外は皆殺しにして構わない事、そして逃げたら殺すと脅された事………。

 

「……それで全部か? 隠し立てするならその首刎ねてやるまでだが」

「本当だ! これで全部なんだ、嘘は言ってねぇ! 信じてくれ!!」

 

 その必死な姿に嘘は言っていないと判断したワルドが一行に向き直る。

 

「どう思う?」

「……『グリフォンに乗った貴族』って言うのはワルド様の事ね。姫様の護衛が単独で動いたのを知って、揺さぶりをかけたってところかしら」

「だとしたら、任務については知られていない可能性が高いな。おそらく同行者を殺すなりして、こちらの出方を見るつもりだったのかな?」

「仮面を被った人物と言うのはアルビオンの貴族派でしょうね。自分達の正体を探られない様に変装を……って、どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

 

 ワルドと証言の内容を考察していたルイズが黙ったままのトモに気付いて声をかける。『エア・ニードル』が突き立った手を押さえて悶える男を見詰めていたトモは、その言葉に我に返ったように慌てて会話に加わった。

 

「いえ。何でもありません。……そうですね、ご主人の見立てが正解だと思います。おそらく時間稼ぎも兼ねているんでしょうが」

「時間稼ぎ?」

「そうです。先程ご主人が言われた通り、連中は私達をラ・ロシェールで迎撃するつもりなのでしょう。その為の兵力をかき集める時間が欲しかったんだと思いますよ」

「成程、斥候を兼ねた足止めと言う事か。まんまと嵌ってしまったな」

 

 頭を掻きむしり、悔しげに言い捨てるワルド。

 そんな彼を促し、ルイズは再びグリフォンに乗り込む。

 そして馬三匹とグリフォンに風竜を足した一行は街の灯りを目指し、山道を駆け抜けて行った。

 

 

 

***

 

 

 

 その日、貴族や豪商御用達の老舗『女神の杵』亭は早朝から慌ただしかった。

 夜が明けたばかりだと言うのに貴族が五人も押し掛けて来たのだ。従者も二人付いている。

 しかし押し掛けて来た貴族はほぼ身一つの上に馬三頭にグリフォンと風竜が一匹ずつと言う纏まりの無い構成。まして主より従者の数が少ないとくれば誰とて怪しむ。

 面倒事を嫌った店主は丁重に断ろうとして、その中に有名人の姿を認めて固まった。

 

「急で悪いが密命でね。済まないがすぐに部屋を用意してくれるかな? 相部屋で構わないから」

 

 魔法衛士隊隊長ワルド子爵、トリステインでも有数の実力者の言葉が決め手となり、『女神の杵』亭は時ならぬ客人を迎え入れようと天地をひっくり返す大騒ぎとなった。

 

「なんだか申し訳ないですね。私達の所為でこんな大騒ぎになってしまって」

「ほほほ本当にそそそうですねねねね」

「……もうちょっと楽になさいなシエスタ」

 

 一生懸命眠気と戦う従業員を見たトモがそう漏らす。その隣では一生縁がなかった筈の高級宿にガチガチに緊張したシエスタがガクガク震えていた。そんな彼女をルイズが宥めているうち、乗船交渉のため『桟橋』へ出向いていたワルドが戻って来る。

 

「アルビオン行きの船は明後日、いやもう明日だな。とにかく明日にならないと出ないそうだよ」

「あら、どうして今日は船が出ないんですの? ……ええと、ミスタ?」

 

 席に着くなり困った顔で告げるワルドに理由を尋ねようとしたキュルケが言葉に詰まる。今更ながらワルドの名前を聞くのを忘れていたのを思い出したのだ。

 ワルドも名乗っていなかった事に思い至り、苦笑いしながら自己紹介をする。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊の隊長ワルド子爵だ。君たちは?」

「あら、これはご丁寧に。私はゲルマニアからの留学生でキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーと申します。こちらに居るのがガリアからの留学生でタバサ。二人ともルイズの級友ですわ」

 

 キュルケの自己紹介を聞いたワルドが片眉を上げ、ルイズを見る。その視線に気が付いた彼女は肩を竦めて頷いた。

 

「……成程、何やら深い事情がありそうだから追求は止めておこう。だが此処から先は王家の秘事に関わる事だからね。済まないが一休みしたら学院に戻ってくれないだろうか? さもなくば先程ルイズが言った通り、衛士に逮捕してもらうしか無いんだが」

「それは先程の問いに答えていただけたら考えますわ、ミスタ・ワルド?」

 

 ワルドの言葉にキュルケが噛み付く。恋多き彼女にしては珍しい反応である。

 

「今夜は『スヴェル』の月夜だろう? だから明日の朝、アルビオンが最もラ・ロシェールに近付くんだ」

「ふむ、ならば今日はゆっくり休めますね。とりあえず昼まで一眠りしましょう。昼食をいただいてから情報収集に務め、夕方またここに集合。これで宜しいですか?」

 

 トモの提案に一同首を縦に振る。襲撃と強行軍の疲れもあって、全員とにかく早く休みたかったのだ。それを見たワルドが鍵束を取り出す。

 

「とりあえず貴族用が三部屋と従者用が一部屋取れた。部屋割りだがミス・ツェルプストーとミス・タバサが相部屋、ギーシュ君が一人部屋でどうだろう? トモ君とシエスタ君は済まないが偽装の為だ。従者用の部屋で良いかね?」

「今更偽装も意味ないとは思いますが了解しました。シエスタさんは?」

「え? あ、こ、困ります! 流石に男の方と同室は……、あ、いえ、トモさんが嫌って訳じゃないですよ?」

 

 従者にしては態度の大きいトモ達に、その正体を推測しているのであろうひそひそ話に興じる従業員達を横目で見ながらトモはシエスタに話を振る。

 同意を求められた彼女が真っ赤になってわたわたしているのを見て、キュルケが苦笑いしながら助け舟を出した。

 

「仕様がないわね、シエスタは私達のところにいらっしゃいな。タバサも良い?」

「……問題ない」

 

 ワルドに睨まれ、慌てて立ち去る従業員を見送りながらタバサは生返事を返す。

 と、そこでトモが名を呼ばれなかった人物に気付いた。

 

「あれ? ご主人はどうするんですか?」

「僕と同室だ」

 

 その言葉にギョッとするルイズ。キュルケ達も唖然としてワルドを見た。

 

「あ、あの、ワルド様? それはまだ早過ぎると思いますわ。ほら、私達まだ結婚している訳じゃありませんもの」

 

 顔を赤くしながら抗議するルイズをひたと見据え、ワルドは理由を告げる。

 

「大事な話があるんだ。二人きりで話がしたい」

「午後の探索に支障がない程度でお願いしますよ? では……」

「あっ……」

 

 その遣り取りに動じる事も無く、トモは鍵束の一つを拾い上げて部屋に向かった。

 慌ててルイズが呼び止めようとするが既に遅く、その後ろ姿は従者向けの部屋へと消える。

 一瞬こちらを振り向いたが、その表情を窺い知る事は出来なかった。

 

「……どうしたの、彼? 何だかちょっとおかしいわよ?」

「そうだね。普段なら『幼女趣味とは随分なご趣味ですね』位は言いそうブぁっ!?」

 

 何の気無しに軽口を叩いた瞬間、後頭部を強打されてテーブルに沈むギーシュ。

 いつの間にか彼の後ろに回り込み、重そうな鉄扇を優雅に扇いだルイズがその美貌に相応しい可憐な笑みを浮かべて一同を見やる。

 

「あらあら、ギーシュったらこんなところで寝ちゃうなんて……。さあワルド様、彼を部屋まで送りがてら私達も参りましょう?」

「「「「イエス、マム!!!」」」」

 

 ワルドを含めた全員が直立不動で敬礼を返す。タバサでさえそれに逆らえなかった。

 重たい鉄扇で貴族の子女らしく優雅に口元を隠して「ほほほ」と笑ってみせるルイズが、かつて敵対したどんな相手よりも遥かに恐ろしかったのだ。

 

(笑顔は本来攻撃的なものだと言うけど、あれはそんなチャチなものじゃ断じて無い)

 

 タバサは脂汗を流しながら、ギーシュを『レビテーション』で持ち上げてびくびくしながら歩くワルドと、その後ろを着いて行く桃色の後ろ姿を見送る。まだ目を覚まさないギーシュを文字通り部屋に叩き込み、ルイズ達の姿がこの宿で一番上等な部屋に消えていくのを見届けた一同から安堵の溜息が漏れた。

 

「……私、これからはルイズをからかうの、止めるわ」

「あの、穏便にミス・ヴァリエールを起こす方法、ご存じありませんか?」

 

 ダラダラと脂汗を流しながら今後の付き合い方を模索するキュルケとシエスタに、タバサは額に滲んだ冷や汗を拭き取りながら「諦めろ」と言おうとして……、不意に思考の海に沈んだ。

 

(それよりも、彼は一体……?)

 

 先程の襲撃以降、トモの様子がおかしいのは皆気付いている。

 ……けれどタバサは何となくその理由を察していた。

 

(……でも、それは有り得ない。本当にそうだったとしても、私達に出来る事は無い)

 

 彼女にも覚えがある。

 それを乗り越える為には尋常じゃない苦労が伴うが、乗り越えられれば案外楽だ。

 だが彼にその方法が使えるだろうか? 彼が『冒険者』、決して諦めないことが信条の人間である以上、その道を選ぶとは到底思えない。

 そこまで考えが及んだところで、タバサはとある可能性を思い付く。

 『冒険者である事』と『タバサのようになる事』は、もしかしたら水と油の様に相反すると言う事ではないのか?

 ひょっとしたら、彼の言う『冒険者の資格』とはそう言う事なのだろうか?

 

「……?、どうしたのタバサ?」

 

 だとしたら期待外れにも程がある。タバサがそれを『諦めた』のは、それを犠牲にしてでも成し遂げたい『目的』があったからに他ならない。その覚悟こそ彼女の支えであり、故に非情に徹する事を良しとしない『冒険者』の道は彼女にとって何の意味も無い。

 

「ちょっと、タバサ、顔色が悪いわよ?どこか痛いの?」

 

 けれど彼が使ってみせた秘薬、あれだけは別だ。

 どんなに高級な『水の秘薬』だろうとそれは魔法の効果を高める為のものであり、メイジが居なくてはただの水。しかし彼が使った秘薬は飲み干すだけで傷を癒した。それも重傷だった彼を即座に戦線復帰させるほど強力に、だ。そう言った『冒険者』の秘薬の中にはタバサが求める効能を持つものもあるかも知れない。それを『諦める』のはまだ早い。

 

「タバサ? タバサ?」

「ミス・タバサ、どうされました?」

 

 問題は他にもある。ルイズ達が使っていた秘薬は『冒険者』にしか扱えない。

 だが、それとなく聞き出したところトモの故郷では『冒険者』の活躍により一般人も恩恵を受けていたと言う。タバサはそこに光明を見出す。

 

(『神器』は駄目でも、『クラススキル』なら……)

 

 ハルケギニアの医療は『水』の系統頼り。タバサも『水』と『風』ではあるが、彼女は治癒術を得意としていない。だが『冒険者』には治療に特化したクラスがある。

 

(それさえあれば、私の『目的』を果たす事が出来るかも知れない……!)

 

 思い出すのは少し前に戦ったサンク勝負だ。あの時はイカサマを見抜けずに後一歩まで追い詰められたが、自分の使い魔の機転で切り抜けられた。しかし今度の相手はちんけなイカサマ野郎とは違い、正真正銘凄腕のギャンブラーだ。そう何度も幸運は彼女に微笑むまい。

 この勝負においてルイズ達は『切り札』だ。タバサに配られた手札は少なくとも、この『切り札』なら場をひっくり返すだけの力がある。

 

(……やはり暫くは彼らと付き合う必要がある。この遠征で、彼らからどれだけのものを引き出せるかが鍵)

 

 とりあえずの方針を固め、思考の海から還って来たタバサの頬に柔らかい何かが当てられた。

 それがシエスタの掌であると認識する間もなく、その見掛けからは想像もできない剛力のビンタがタバサの小さな身体を吹き飛ばした。

 

「ぶほっ!?」

「ああっ、ちょっとシエスタ! やり過ぎよ!!」

「ええっ!? ででででも、気付けにはこれが一番だって曾祖父ちゃんが……!!」

 

 実は冒険者の中で最大の筋力を誇る武闘派メイドの目の覚めるような一撃は、思惑とは裏腹にタバサの意識を刈り取ってしまった。椅子から吹っ飛んだ親友の惨状にキュルケは愕然とし、曾祖父譲りの気合い入れが齎した惨劇にシエスタは戸惑う。

 そんな三人の様を遠巻きに見ていた従業員達の顎がかくんっ、と落ちる。

 

「……ミス・ツェルプストー、ミス・タバサは多分お疲れになられたんだと思います。あの強行軍の直後に先刻のミス・ヴァリエールの剣幕では……」

「それもそうね。私も何だか疲れちゃったし、もう休みましょう。そうしましょう」

 

 従業員達の視線に気付いたシエスタが平静を取り繕い、それに気付いたキュルケも追随する。良く見ればキュルケは冷や汗を流し、シエスタは若干青ざめていたのだが。

 

「と、とにかくミス・タバサをお連れしましょう……よっと」

 

 誤摩化す様にタバサと一行の荷物を抱え、シエスタは指定された部屋に向かう。

 

「ミス・ツェルプストー、申し訳ありませんがドアを開けていただけますか?」

「……仕様が無いわね。ちょっと待ってて、今開けるから」

 

 二つあるベッドの片割れにタバサを横たえる姿は、兄弟の面倒を見るうちに身に付いた母性溢れる仕草も相俟って、遊び疲れた子供を寝かし付けるお母さんにしか見えない。キュルケはその光景を微笑みながら見守る。

 

「……何か?」

「いいえ、何でも無いわ。……このままじゃ眠れそうに無いな、って思っただけよ」

「そうですね、それでしたら何か頂いて来ましょうか?」

「それくらいなら自分で頼めるわよ。それよりタバサの事、お願いね」

 

 そう言ってキュルケは先程から遠巻きに彼女達を見ていた従業員達に向かう。真直ぐ自分達に向かって来る彼女に慌てて姿勢を正す従業員達に、キュルケは「楽にしてて良いわよ」と言いつつ軽めの酒を頼む。

 

「それでしたらヴァンショー(※ホットワインの事)が宜しいかと」

 

 春も半ばを過ぎたとは言え、山間部にあるラ・ロシェールはまだ肌寒い。いささか季節外れではあるがヴァンショーの温もりは有り難かった。

 

「じゃあ、それを三杯持って来てもらえるかしら?」

「さ、『三杯』ですか? ……いえ、承りました。すぐにお部屋にお持ちします」

 

 お願いね、といって踵を返すキュルケの後ろ姿を従業員達は惚けた様に見送る。

 いや、従業員達は実際に呆気に取られていたのだ。

 

 『貴族を張り倒す従者』と『それを咎めない貴族』と言う、決して有り得ないものを目撃したが故に。そしてごく自然に従者と酒を酌み交わす貴族の存在に。

 

 キュルケもシエスタも意識して振る舞っている訳ではない。フーケ追撃、いや決闘の日以来の付き合いでお互い遠慮が無くなった、それだけだ。

 最低限の礼儀こそ守るものの、彼女達の関係は『友達』と言って差し支えない。特にフーケ戦以降の関係は、秘密を共有する『戦友』とも言えた。

 先程の暴挙にしても、キュルケはシエスタに悪意が無い事ぐらい承知している。むしろ純粋な善意の行動であり、いつものじゃれ合いの延長だとしか思っていない。

 

 だが事情を知らぬものから見れば、それはやはり『有り得ない』としか言えないのだ。

 ハルケギニアにおいて平民と貴族を隔てる断崖は絶対に乗り越えられぬもの。特にトリステインではそれが顕著だ。なにせ貴族と平民が同じ席に付くことすら不敬とされるのだから。

 だからこそ、その『不敬』をあっさりと許すキュルケと、それを平然と受け入れるシエスタが理解出来ない。キュルケの口ぶりから察するに、気絶した少女もそれを受け入れるのだろう。

 

(あの奔放な振る舞いからしてトリステインの貴族様じゃ無さそうだけど……)

 

 従業員は蜂蜜と砕いた香辛料を入れた赤ワインを火にかけながら考える。

 地味なコートを羽織った従者も随分気安く貴族に接していたし、おそらくその主であろう少女がメイドにかけていた気遣いはまるで手のかかる姉妹に向けるそれだ。

 

(─────あれを羨ましいと思うのは、間違ってるのかね?)

 

 貴族と平民、従者と主、そんな関係を超越したような彼女達の在り方。

 もしもそれが彼女達だけではなく、自分達も含めたハルケギニアの全てで繰り広げられたなら、それはどれほど優しい世界なのだろうか?

 そこまで考えたところで従業員は苦笑する。平民は貴族に従うもの、それがブリミル降臨から六千年もの間変わらぬ『常識』なのだ。

 

(そうさ、あの嬢ちゃん達が『非常識』なだけなんだ。あたし達には関係無いよ)

 

 ワインを煮立たせないように注意しながら、香辛料の香りが十分に移った事を確認してから暖めた陶製のカップに注ぐ。マドラーの代わりにシナモンで軽くかき混ぜれば出来上がりだ。

 出来上がった『三杯』のヴァンショーを慎重に運ぶ従業員はそう結論付ける。けれどその瞳には諦観以外の何かが微かに揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

エネミーデータ

・傭兵団(弓):Lv1 敏捷値:2/攻撃値:6/防御値:3 HP/MP:20/10

 主に弓矢を使う雇われの兵士達。モブ(※1)として扱う。

 忠誠心は低く、報酬に見合わない仕事なら逃げ出してしまう。所謂ザコ。

 ・保有スキル/矢の雨(※2):Lv1/破れかぶれ(※3)Lv2

 

 

 




(※1)集団を1体のエネミーとして扱うこと。
(※2)矢を一斉に放ち、広範囲に渡って攻撃する弓技。
    レンジ遠距離、範囲内の対象全体に物理ダメージ(Lv)d6を与える。
(※3)一か八かの捨て身の攻撃をする自爆技。発動にはMPを2倍消費する。
    レンジ密着、物理ダメージを(Lv)倍にするが、防御値を0にする。
    これを使用したターンはパッシブも含め、一切の行動が出来ない。

※選択ルール:範囲攻撃(採用にはGMの許可が必要)
・複数の対象を同時に攻撃出来るルール。
 中心となる目標から指定された範囲内にいるエネミーを攻撃対象に出来る。
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