ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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さる4月4日、ゼロの使い魔の作者ヤマグチノボル先生が永眠されました。
遅くなりましたがこの場を借りて先生のご冥福をお祈りさせていただきます。




第十八話 試合(けっとう)

 『剣士はメイジに勝てない』、それがハルケギニアの常識だ。

 なぜそう言われるのか? その答えは酷く単純だ。

 読んで字の如く、剣士は剣の届く範囲内でなければ戦えない。

 対してメイジは剣士の間合いの外から攻撃できる。

 たったそれだけのシンプルな理由だが、剣士からすれば絶望と同義であろう。

 

 故に剣士がメイジ相手に勝機を掴むには、常に自分の間合いを保たねばならない。

 逆に言えば、メイジであろうとも間合いを計り損ねれば敗北する可能性があるのだ。

 

(だから剣士は初手から決して寄せ付けるな!、だったかな)

 

 対メイジ殺しの鉄則を思い返しながら、ワルドは四歩目を踏む。

 互いに五歩ずつ、合わせて十歩。剣士の間合いには遠くとも、メイジに取っては射程距離。だからこそ彼ははトモの提案を呑んだのである。

 先手からこれほど間合いを広げると言うのは自殺行為、しかし遥か東方のロバ・アル・カリイエ出身だと言うのなら知らなくても仕方ない。むしろ些か強弁ではあるが、ハルケギニアの流儀を叩き込む絶好の機会だとさえ言えるのだ。

 

(少々心苦しいが……、互いに実戦に身を置いているんだ。よもや卑怯とは言うまい?)

 

 交わした杖剣を構え直し、ワルドは最後の一歩と同時に身を翻す。

 そして余裕たっぷりに『エア・ハンマー』のルーンを唱えようとした彼の目に……

 十歩の距離を一瞬で詰めたトモが、大きくデルフリンガーを振りかぶる姿が映った。

 

「なっ!?」

 

 慌ててルーンの詠唱を止め、杖剣を掲げて受け止めるワルド。

 甲高い金属音を上げてデルフリンガーの幅広の刃が阻まれるや、ワルドは大剣をいなして反撃に繋げる。しかしその切っ先は一瞬早く飛び退ったトモに擦りもしなかった。

 

「……早いな!」

「お互い様でしょう? 今のを防がれるとは思いませんでした!」

 

 ワルドの驚嘆に無念を滲ませつつ、トモは大剣を素早く巡らせて逆袈裟に切り上げる。後手に回ったワルドが杖剣で捌き、その勢いを利用して杖剣を振るう。が、それを予測していたのだろう。

 トモは軽く身を捻り、杖剣を避ける。鮮やかな回避に目を見張る間もなく、ワルドは轟音を上げて迫る刃を紙一重で躱す。だが即座に繰り出した反撃は、トモの影さえ捉えられずに空を切る。

 まるで幻影を相手にしているかのような手応えの無さ。ワルドは先刻の余裕を失いつつあった。

 

 

 

***

 

 

 

「凄い……! これが魔法衛士隊の隊長なのか……!!」

 

 このメイジにあるまじき剣戟の応酬を目の当たりにしたギーシュが、感嘆の唸りを上げた。

 あの中庭での決闘でシエスタは先手(イニシアチブ)を取ろうとしていた。だから彼女の仲間であるトモが先手(イニシアチブ)を取ってくるのは予想していた。

 だが、その必殺の一手をあろうことか『剣技』で防いだワルドの戦い方は流石に予想外だった。

 

(……いや、メイジとて剣を使わない道理は無い。むしろ魔法より隙が少ないのだから、積極的に使っていくべきなんだ!)

 

 一般にメイジは武器を使う戦士を見下す風潮がある。しかし魔法衛士隊を始めとした実戦重視のメイジが杖剣のような『武器の機能を持った杖』を好むのは、他ならぬメイジ自身がその威力を認めている事に他ならない。少なくともギーシュは目前の決闘をそう解釈していた。

 

(『魔法』と『剣』の併用、それが魔法衛士隊の強さの秘密か!!)

 

 彼もメイジの一員である。故に魔法の有利を微塵も疑っていなかったし、思ってすら居ない。

 とは言えギーシュも規格外の戦士(シエスタ)と交戦しているし、『ルーンの詠唱』と言う魔法の不利も実戦で経験済みだ。だからこそワルドの取った戦術がどれほど有効なのかが解るのだ。

 

(……もしシエスタと戦わなければ、僕は剣技の有用性に気付けなかっただろう。いや、もしかしたら平民が使うと言うだけで、武器そのものを認めなかったかも知れない)

 

 そしてそれが傲慢な思い違いである事にも気付かないまま、武器を取って戦う誰かに討たれて死ぬ未来を想像し、ギーシュは己の未熟さを噛み締めていた。

 武門の名家に生まれ、元帥杖を預かる父を持ちながら、戦いを侮って散る愚か者。もしもあの決闘を知らずに生きていたのなら、そんな屈辱と羞恥に塗れた最期が待っていたのだろうか?

 

(けれど僕はあの敗北を知った、この決闘を知った! ならば変われる、変えて見せる!

 ……そうだ、僕は生まれ変わったんだ! あの情けないギーシュから、部門の名家たるに相応しい『ギーシュ・ド・グラモン』に!!)

 

 時には百勝を挙げるより、価値ある一敗を識ることこそが人を成長させる。

 ギーシュは今、正しく『価値ある一敗』を識ることが出来たのだ。

 そして彼は己の胸の内に生まれた宝物(けいけん)の価値に気付かないまま、自分が目指すべき二(・)人(・)の決闘の行く末を見守るのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 唸りを上げて迫る大剣を寸前で躱すと同時に入れた反撃は、その影に掠ることなく空を切る。

 魔法を使おうとすれば先手(イニシアチブ)を打たれ、ルーン詠唱を妨げられて不発に終わる。

 そんな巧妙な強敵(トモ)の剣技に翻弄されていたワルド。しかし冷静にその『剣技』を観察していた彼の目は、トモの技量を正確に看破していた。

 

(……やはり、だ。彼の剣技そのものは僕と同じか、僅かに劣っている程度でしかない!)

 

 ワルドも何人かメイジ殺しの剣士とは渡り合って来たし、中には彼の剣技では太刀打ち出来ない達人も居た。そう言う達人に比べれば、トモの剣技は攻撃の速度こそ人並み外れては居るものの、決して抗えないとは言えない程度の腕前に見える。

 

(……だと言うのに!)

 

 そう、技量が互角であってもそれを支える身体能力が文字通り桁違いなのが問題なのだ。

 

(僕とて『閃光』の二つ名を持つメイジだ! なのに、その僕でさえ追いつけない早さを、こともあろうに素の身体能力だけで成し遂げるとは信じられん!!)

 

 ワルドの二つ名は彼の得意魔法から来ているが、その敏捷さも由来の一つである。

 だがそれも魔法の後押しがあればこそ、素の身体能力ではどう頑張ってもトモの速度に追いつけない。否、既にワルドはトモの剣速に着いて行けないのだ。トモの技量が身体に追い着いていないからこそ、彼はどうにか互角に戦えている。

 

「はあっ!!」

「ちぇえええいっ!!」

 

 杖剣を振るって攻撃すると見せかけてルーンの詠唱に入ろうとするが、真っ向から振り下ろされた大剣に邪魔される。紙一重で躱すものの、ルーンの詠唱は中断せざるを得ない。

 もはや何度目になるのか解らない攻防に、ワルドは遂にその事を認めた。

 

(くっ、屈辱だが認めよう。─────君は、僕より強い!)

 

 剣の腕では互角でも、身体能力にこれほどの開きがあっては勝ち目はない。もしもこれが試合ではなく実戦であれば、今頃ワルドの首は胴体と泣き別れになっていた筈だ。

 そして己の力不足を認めたワルドから焦りが消える。そして優雅にマントを翻して飛び退り、間合いを空けようと飛び退る。

 それを看破して追撃に入るトモの面前に現れる閃光、それは文字通り閃光のような早さをもって繰り出されたワルドの突き。この手番(ターン)において、初めてワルドが先手(イニシアチブ)を取った瞬間だった。

 

「う、おおおおっ!?」

 

 突然現れた杖剣の刃を無理矢理避けるが、無理が祟って姿勢を崩すトモ。そこへ駄目押しとばかりに突き立てられるワルドの杖から、トモはバック転の要領で距離を取りつつ体勢を整える。

 けれどワルドはそれ以上追撃を仕掛けない。千載一遇である筈のチャンスを不意にしながらも、彼は再び杖剣を正面に構える。まるで仕切り直しだと言わんばかりに。

 

 

 

***

 

 

 

(……やっぱり。あの速さに誤摩化されていたけれど、彼自身は達人には及ばない……!)

 

 今までの流れをつぶさに観察していたキュルケは、奇しくもワルドがたどり着いた答えと同じ結論に至った。ツェルプストー家はゲルマニアでも有数の武門、当然その子女である彼女の観察眼もそれなりに肥えている。時折繰り出される鋭い剣閃や武器屋で見せた必殺技、何より恐ろしいまでの身体能力の所為で見誤っていたが、彼女の審美眼がトモの剣技を『かろうじて一流、悪くて二流の最上』程度であると看破させていた。

 

(とは言え、相手は曲がりなりにも魔法衛士隊の隊長。それでも互角以上に戦えるのは、あの馬鹿馬鹿しいくらいの速さのおかげ、なのよねぇ)

 

 彼がただの平民ではなく、『神』に戦いを挑む『冒険者』なる存在である事は知っている。

 ただ、それは『知って』はいても『理解している』訳ではない。キュルケはそれを言葉や知識では無く、目の前の決闘から実感せざるを得なかった。

 以前トモから聞き出した話によると、冒険者は自分の力量を数値化して把握しているらしい。そして素早さを表す彼の敏捷の数値は10Lv。人間の平均値が約3Lvほど、最大でも6Lvが限界であると言うから常人の二倍近い速さを持っていることになる。文字通り人間を超えた『超人』と呼ぶに相応しい能力だろう。

 余談だがサムライである彼のクラスレベルは2しかない。対するワルドの剣士としてのLvは3から4、彼女の下した『かろうじて一流、悪くて二流の最上』と言う例えはかなり正鵠を突いていた。

 

(……全く、貴方達と一緒に居るとメイジの常識がぐらつきそうになるわ。多分、それを今一番実感しているのはあの色男さんなんでしょうけれど)

 

 そしてキュルケの考察はこの決闘を提案した本人へと移る。

 見た目は間違いなく合格だ。キリっとした髭も凛々しい青年貴族、そのうえトリステインの魔法衛士隊隊長と言うエリートキャリアでもある。しかも王国有数の大貴族たるヴァリエール家の、三女とは言え子女の婚約者ともなれば将来は約束されたも同然だろう。

 なのにキュルケの食指は動かない。相手がヴァリエールの婚約者であるにも拘らず、だ。

 

(うーん、おひげが素敵なお兄様なんだけど……、どうにも胡散臭いのよね)

 

 意外だが、キュルケの情熱は誰にでも向けられるものではない。

 見た目もさることながら、何より彼女の琴線に触れる『イイ男』であることが重要なのだ。

 先刻も言及したが、ワルドの見た目は間違いなく合格ラインである。だがキュルケは彼から漂う胡散臭さを何となく感じており、微熱を向けることを躊躇わせていた。まあ、明確な根拠も無いあやふやなものではあるのだが。

 

 そのワルドが防戦一方の戦局を打開しようと間合いを空ける。その目論見を看破し、すかさず距離を詰めようとするトモの目前に、突然鋭い杖剣の切っ先が現れる。

 

「えっ!?」

 

 急変した戦局に驚くキュルケだったが、それも一瞬のこと。次の瞬間にはワルドが取った戦法の見事さに感心していた。

 

(速くて捕まえられないなら、向こうから攻撃に当たるようにしたって所かしら?)

 

 自身が引くことで追撃を誘い、予想された進路上に突きを放つ。

 たったそれだけのシンプルな策であったが、その効果は絶大だった。

 無理矢理に杖剣を避けたことで姿勢を崩したトモに繰り出されるワルドの追撃。しかしトモはそれを後ろに転がる要領で躱し、跳ね上がるようにして体勢を整える。

 何故かワルドはそれ以上の追撃を入れようともせず、杖剣を胸の前に掲げて構えを取り直す。

 だがキュルケは、ワルドがそれまで放っていた焦りの感情が消えるのを感じ取った。

 

(仕切り直しってことね、ここからが本番かしら? 頑張ってね色男さん?)

 

 その言葉は果たしてワルドとトモ、どちらに向けられたものだったのだろうか?

 それはおそらく、キュルケにすら解らなかったに違いなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「……正直に言おう、僕は君を侮っていたらしい。まさか速さが売りの『風』メイジが追い着けない速さとはね。僕も達人と剣を交わした数は少なくないが、君ほどの剣士は居なかったよ」

 

 ワルドの唐突な告白にトモの目が細まる。台詞の中身だけ聞けば降参の意思表示のようだが、その身に纏う気迫がそうではないことを全力で主張していた。

 

「それはそれは、お誉めに与り恐悦至極。とでも返せば宜しいのでしょうか?」

「まさか! 僕はこれでも魔法衛士隊を預かる身なんだ。この程度で降参なんかしていたら、部下と女王陛下に合わす顔が無い」

 

 トモの慇懃無礼な挑発に大袈裟に肩を竦め、ワルドは羽帽子を深く被り直す。

 そして再び杖剣を構えると、先程までの焦りが嘘のように不適な笑みを浮かべた。

 

「君の実力は見せてもらったからね。今度はこちらの番さ。

 ─────魔法衛士隊のメイジがただ魔法を唱える訳じゃないところをお見せしよう」

 

 言うが速いか、マントを翻してワルドが疾る。先手(イニシアチブ)を許したトモが迎え撃とうとデルフリンガーを青眼に構えるのと同時に、鋭い切っ先が連続して突き入れられた。

 しかしそれは決してトモの速さを上回るものではなく、大剣の一薙ぎで打ち払われる。

 だがワルドはそれに構う事なく攻撃を続行する。後手に回ったトモの耳に、一定のリズムをもったワルドの呟きが聞こえて来たのはそんな時であった。

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

「!、やべぇぞ旦那、魔法が来るぜ!!」

 

 それはデルフリンガーの警告とどちらが速かったのだろうか?

 跳ねた空気が巨大な鉄槌となってトモに襲いかかった。 咄嗟に剣を掲げるも形持たぬ暴風を防ぎ切る事は出来ず、彼は風に舞う木の葉のように吹き飛ばされる。

 

「ああっ!」

「これは、決まったかしら?」

「……決着」

 

「…………何よ、」

 

 その場に居た全員が彼の敗北を確信する中で、唯一ルイズだけがそれに気付いていた。

 

「やっぱり詐欺師じゃないの」

 

 十メイル以上も吹き飛ばされ、積み上げられた樽に激突するトモ。ガラガラと崩れ落ちた樽に埋もれた彼の手から大剣が零れ落ちる。それを踏みつけたワルドは杖剣を樽の山に突きつけた。

 

「さあ、これで終わりだ使い魔くん。降参したまえ」

 

 降伏を促すその言葉に、樽の山からは何の反応も返ってこない。不審に思ったワルドが再び降伏を促すが、樽の山は沈黙したままだった。

 

(む、もしや打ち所でも悪かったのか? 気を失った程度であればいいのだが)

 

 流石にやり過ぎたか、と樽の山に『レビテーション』を掛ける。

 そして次の瞬間、ふわりと浮かんだ樽の一つが突然ワルドに襲いかかって来た。

 

「何ぃっ!?」

 

 いや、襲いかかって来たのは樽ではない。樽の陰に隠れていたトモであった。

 その手に光るのは大振りのナイフ、その刃は不意を討たれたワルドの脇腹を掠めるように閃き、慌てた彼が身を引くと同時に踏みつけられていたデルフリンガーを拾い上げる。

 

「おおっ、旦那! 無事だったか!!」

「……インテリジェンスソード? 変わった剣を使っているね」

 

 突然喋り始めたデルフリンガーに驚いたワルドが目を丸くするのにも構わず、トモは無言でデルフリンガーを左腰に帯びるように構えると、左足を引いて右半身を突き出すように構える。

 ほとんどワルドに背を向けるまでに身を捻った奇妙な構え。

 

「あっ、あの構えは!」

「……勝負に出たわね」

 

 その構えに見覚えのあるシエスタとルイズがそれぞれ驚きと期待に声を上げた。

 それだけではない。その構えを知るキュルケとタバサは元より、それを知らぬ筈のギーシュや相対するワルドもまた、そのただならぬ気配に息を呑む。

 

「……それは、何だい?」

 

 僅かに震えの混じったワルドの問い掛けに、トモは一言で返す。

 

「……抜刀術」

 

 そう、それこそは彼の現行最大の必殺技たる『居合い斬り』の構えであった。

 

 

 

***

 

 

 

(……間違いない! 彼の本当の武器は剣技でも速さでもなく、間合いの取り方にある……!)

 

 一連の勝負をつぶさに観察していたタバサは、トモの強さについて仲間たちよりも一歩踏み込んだ観点を得ていた。

 確かに彼は速い。けれど本当に速さだけで魔法衛士隊隊長の肩書きを持つワルドを圧倒出来るものなのだろうか?

 そんな疑問を抱いたタバサの観察眼が見いだした真実、それは─────

 

大剣(デルフリンガー)細剣(レイピア)が持つ間合いの違い』

 

 ─────と言うものだった。

 

 ワルドが使う杖剣は軍人が好んで使う細剣(レイピア)型の杖剣である。

 対するトモが使っているのは1.5メイルに届く幅広の大剣(デルフリンガー)だ。

 いくら高度な『固定化』が掛けられているとしても、その剛剣を受け止めるには細剣(レイピア)では些か頼り無い。事実、最初の一合以降ワルドは捌くことに専念しているではないか。

 

(……ううん、あの奇襲が『受け止めると危険』だと印象づける為の作戦だったとしたら……?)

 

 ならば話は変わってくる。

 最初の一合で『受けることの不利』を理解させ、回避に徹させることで反撃の目を潰す。後は細剣(レイピア)の間合いの外で、大剣(デルフリンガー)の間合いに入る位置に留まるだけだ。

 

(あの杖剣を当てるには間合いを詰めるしか無い。けれど今の子爵では二の足を踏んでしまう)

 

 何より恐ろしいのは、トモが杖剣の間合いから一歩外れた位置を保っていることだろう。

 ワルドが一歩踏み込めば一歩下がる。たったそれだけで彼の攻撃は掠りもしなくなるのだ。

 そしてその位置は同時にデルフリンガーの攻撃射程でもある。一歩下がったところで間合いが外れることは無いのだから、彼の優位は崩れない。

 それと気付かれないように戦況を操作して敵に本領を発揮させない、まるで策略の手本のような状況を作り出したトモの作戦。それを知ったタバサの目が鋭く光った。

 

(技量の差を身体能力と策略で埋める『冒険者』の戦い方。それを取り入れることが出来たなら、私はもっと強くなれる筈……!)

 

 驚いたことに、タバサはトモの技量がワルドに劣ることを早くから見抜いていた。

 だからこそ、この茶番のような決闘に付き合っていたのだ。

 『決して諦めない』、トモが語った冒険者の基本にして極意。それが欠けているが故に冒険者になれないのなら、せめて冒険者の強さの秘密を解き明かして自身の成長に繋げたい。

 そうして貪欲に強さを求め、いつの日か『悲願』を達成するのだ。

 知らず知らずのうちに杖を握る手に力を込めながら、タバサは決闘の行く末を追う。

 

「……正直に言おう、僕は君を侮っていたらしい。まさか速さが売りの『風』メイジが追い着けない速さとはね。僕も達人と剣を交わした数は少なくないが、君ほどの剣士は居なかったよ」

 

 どうやら考え込んでいる間に仕切り直しが行われたようだ。

 慇懃なトモの挑発を軽く受け流し、マントを翻して突進するワルド。連続して放たれた突きは当然のようにトモに払い除けられるが、ワルドはそれに頓着すること無く攻撃を続けている。

 攻守こそ逆転しているものの、ワルドの攻撃がトモに掠りもしないのは先刻と同じ。ワルドの思惑が読めずに首を捻るタバサだったが、遅れて聞こえて来た詠唱にその意図を悟った。

 

(あれは軍人の使う……剣技詠唱!)

 

 それは剣と魔法を扱う軍人なら基本中の基本とも言える動作であった。

 これは杖を剣のように扱いながらあらゆる動作に合わせて詠唱を完成させると言うものだ。

 ただし動作を途中で取りやめたりすると効果が発揮されないので、これを使う為には詠唱者が戦局を握っていること、すなわち『攻勢であること』が第一条件になる。

 先刻まで詠唱もろくに出来なかったのはこの所為だ。だからワルドは攻撃が通じないと理解しつつも、一見無謀にさえ見える突撃を敢行したのだろう。

 果たしてその目論見は成功した。

 

 風の塊が跳ね上がり、トモの身体を吹き飛ばす。空中高く跳ね飛ばされた身体は積み上げられていた樽の山に激突、山を崩しながらトモの姿が樽に埋もれて行く。

 

「……決着」

 

 あれでは流石に一溜まりもないだろう。あっけない幕切れに落胆しつつも他の二人と同様に決着がついたと判断したタバサの横で、ルイズだけが毛色の違う呟きを漏らしたことに気が付いた。

 

「何よ、やっぱり詐欺師じゃないの」

 

 詐欺師? はて、何のことだろうか?

 意味が分からず首を捻るタバサの目の前で、ワルドが樽に『レビテーション』を掛けている。

 ふわり、と音も無く浮かび上がる樽。しかしその影に紛れるように立ち上がった人影を見た瞬間、彼女は先刻のルイズの台詞の意味を完全に理解した。

 

(何てこと……! やられた振りをして相手を油断させて、反撃に繋げるなんて……!)

 

 通常、メイジが力仕事をすることは無い。大抵の場合は『念力』で済ませてしまうからだ。

 それを知っていたトモはわざとやられた振りをしてワルドの油断を誘い、『レビテーション』で浮かんだ樽に隠れての不意打ちを目論んだのだ。

 わざわざ剣を手放したのは信憑性を増すためと、近くに子爵をおびき寄せるため。自分に不利な状況を作ることで自身に有利な状況へ誘導すると言う、まさに詐欺師の面目躍如な作戦だった。

 しかしワルドも徒者ではない。凡庸なメイジならともかく、彼は魔法衛士隊の隊長なのだから。

 

「何ぃっ!?」

 

 全くの不意打ちだったナイフを紙一重で躱すワルド。しかし無理が祟ってか、デルフリンガーを押さえていた足が宙に泳ぐ。その一瞬の隙にトモは素早く大剣を拾い上げ、再び距離を取る。

 鮮やかな攻防、その一連の流れを目撃したタバサは最初の結論が間違っていたことに気付いた。

 

(……私は彼の武器が『間合いの取り方』だと考えた。確かにそれも武器には違いないけれど、それだけじゃ無い! 彼の本当の強みはそれらを最大限有効に使いこなす『判断力』と『決断力』、そして『精神力』にこそある……!!)

 

 自身の技量がワルドに劣っていることを見抜いた『判断力』、その差を補完する為に速度を使って間合いを保つことを選んだ『決断力』、剣技詠唱を用いたワルドの戦法を覆す為にわざと攻撃を食らって見せた『精神力』。この三つが彼の技能と身体能力を十全に活用させている。

 そしてその中心となる意思(おもい)こそが、冒険者の資格たる『諦めない心』なのだ。少なくともタバサはそう理解した。

 そしてそれが自分に足りない『資格』であると言うことも。

 

 そんなタバサの思考を尻目に、事態は更に変化して行く。大剣を腰だめに構えたトモが、身体を大きく捻じる奇妙な構えを取り始めたのだ。彼女はそれがいつかの武器屋で見せた構えであることを思い出し、トモがあの大技で決着を付けるつもりなのだと気付いた。

 

「……それは、何だい?」

「……抜刀術」

 

 言葉少なに交わされた遣り取りが緊張感を高めて行く。

 二人の気迫に引き込まれつつも、タバサは心の何処かにもやもやしたものを感じていた。

 

 

 

***

 

 

 

 細く漏れる呼気が静まり返った練兵場に谺する。

 日本の剣術など知らない筈のワルドでさえ警戒せざるを得ない気迫を放ち、それと気付かぬ程の摺り足でじり、じりと彼我の距離を詰めるトモ。

 抜刀術は日本剣術における奥義だが、同時に一度技を放てば後の無い乾坤一擲の戦法でもある。

 故に一撃必殺であり、一発限りの博打技なのだ。

 

 幽玄の如き呼吸音が不意に途絶え─────刹那のうちに爆発する!

 

「いぇえええええええぃっ!」

 

 練兵場を揺るがす気合いと共に白光が弧を描く。あまりの速さに閃光と化した斬撃が三日月の軌道を描く。されど『閃光』を迎え撃つワルドもまた『閃光』であった。

 斬撃が放たれると同時にバックステップ。先刻まで散々悩まされた『間合いギリギリでの回避』のワルド版と言ったところか? だが─────

 

(馬鹿な、足りない!?)

 

 長刀であることを考慮に入れ、十分に取った筈の間合いが想定よりも近い。

 そもそも日本の剣術において最も重要視されていたのが『間合い』の取り方である。当然、それを悟らせない為の技法も確立していた。その中の一つに含まれるのが『継ぎ足』と呼ばれる足さばきだ。起点となる後足を前足に引きつけ、大きく踏み込んで間合いを詰めるそれは初見の相手ならば見破るのは難しい。

 ワルドの見立てよりも半歩ほど踏み込んだ斬撃は、真っすぐ彼の胴体に吸い込まれて行く。この絶体絶命の危機の中で、ワルドはその場にいる誰もが仰天する奇策を繰り出した。

 

「『エア・ハンマー』っ!!!」

「なっ!?」

 

 おそらく対峙の合間に詠唱していたであろう『風』魔法が再び跳ねる。しかしそれが向かった先はトモではなく、何と詠唱したワルド自身であった。

 見えざる戦鎚が彼を弾き飛ばす。そして目標を失った白刃が空しく空を薙ぎ、不発に終わった乾坤一擲の必殺技は一転して致命的な隙を曝け出す。

 

「『エア・カッター』っ!!」

「!、しまった!」

 

 それを見逃すワルドではない。即座に放たれた魔法がトモの右手に握られた剣を正確に射抜き、大技の直後で握力の緩んだ右手はその衝撃に耐えられなかった。そして策によるものではなく、純全に武器を失ったトモの喉元に杖剣が突付けられる。

 

「……今度こそ勝負有り、だな」

 

 杖剣を握るワルドが不敵に笑う。それに答えるようにトモは両手を挙げて降参の意を示した。

 

「……やれやれ、もう少し粘れるかと思ったのですが」

「正直言ってここまで追い詰められるとは思っても見なかったよ。……特に最後の一撃には肝を冷やしたよ。君程の剣士は今まで見た事が無い」

「それはどうも。ですが負けは負け、本当に魔法と言うのは厄介ですね」

 

 その言葉を聞き、ワルドは頷く。

 

「そうさ。幾ら剣の腕が立とうと、魔法がある限り剣士はメイジに勝てないのが道理だよ」

「ご忠告どうも、今後は注意することにしましょう」

 

 朗らかに笑う青い顔のワルド、神妙な様子でいつもの薄い笑みを湛えるトモと言う、一目ではどちらが勝者なのか区別がつかない顔色の二人。

 口々にやり過ぎを諌める声や敢闘を讃えつつ駆け寄って来たキュルケ達を押しのけ、ワルドはルイズに向かって語りかけた。

 

「……これで判ったろうルイズ。どんなに強くとも、平民の彼では君を守れない」

「だって貴方は魔法衛士隊の隊長じゃないの。強くて当たり前でしょう?」

「そうだよ。けれど僕達が行くのはアルビオンだ。敵を選ぶ余裕なんて無い。それとも君は強力な敵を目の前にして、私達は弱いです、だから杖を収めて下さいなんて言うつもりかい?」

「……呆れた。それを言うためにこんな決闘を持ち掛けたの?」

 

 ワルドの物言いに呆れるルイズ。己の強さを誇示したい、などと言う子供染みた理由にばつの悪そうな顔をしたワルドは釈明しようとするが、それを遮ってトモが助け舟を出す。

 

「ご主人、子爵の言うことももっともです。とりあえずお互いの実力も測れましたし、時間もありませんから早速情報収集へ向かいましょう」

 

 その言葉にルイズはとりあえず矛を収めることにする。そして目の前で起きた超人バトルに興奮しているギーシュ達を宥めるトモとワルドを横目にしながら、一人思案に暮れるのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 渓谷に挟まれたラ・ロシェールでは、午後の日差しもどこか陰りを帯びている。

 それは一本外れた裏通りにある『金の酒樽亭』を、より陰鬱な雰囲気に彩っていた。

 

「あいつら無茶苦茶だ、冗談じゃねえ!!」

「ジョーンズがやられた、だと……!? 畜生!!」

 

 『金の酒樽亭』に先遣隊の面々が逃げ込んで来たのはつい先程のこと。

 そして伝えられた仲間の死に様は、傭兵達を驚愕させるのには十分過ぎた。

 

「糞っ! あいつら殺してやる!!」

「どうやってだ? あいつらがどこに居るかも判らねえのに!!」

「けどよ、このままじゃ俺達もジョーンズみてぇに殺されるかも知れねぇんだぞ!!」

「……殺しはしない。お前達が俺の命令に従う限りはな」

 

 いきり立つ傭兵の背後からかけられる声。ざわめいていた酒場が一瞬で静まり、そして一斉に声の出元……はね扉に顔を向ける。

 そこに居たのは白い仮面を被った人影と、その一歩後ろで佇む妙齢の女性。今の今まで話題に上がっていた雇い主、その本人達であった。

 

「手前ぇっ! よくものこのこと────」

「馬鹿、やめろ!! 死にたいのか!?」

 

 激昂して踊り掛かろうとする傭兵を仲間が止める間に、白仮面の背後に控えていた女が抱えていた袋を机に放り投げた。重たい響きと共にテーブルを揺らした袋の口が緩み、大量のエキュー金貨が零れ落ちる。その尋常ではない輝きに、傭兵達の動きが止まる。

 

「前金の倍だ。無論死んだ男の分も含めてある。仕事に成功したらこれの三倍出そう」

「……どういう事だ? こんなにポンポン金を出すなんて、手前ら一体何モンなんだ?」

 

 傭兵を取りまとめていた古参の男が漏らした疑問に、白仮面は首を振る事で答えた。

 

「相手について調べが足りなかったのはこちらの落ち度だ。相手はスクウェア、魔法衛士隊の隊長にトライアングルが二人。その内一人はシュヴァリエだ。その上無名だが腕の立つ『メイジ殺し』が二人に、とんでもなく頭の切れる参謀役が付いている。かなり手強いぞ」

「ま、魔法衛士隊の隊長だと!? なんだその連中は!?」

「馬鹿言うな! そんな奴らに勝てる訳無いだろうが!!」

 

 余りと言えば余りの事に、傭兵達はこの世の終わりが来たかの如く騒ぎ出す。

 当然であろう。スクウェアで魔法衛士隊の隊長といえばあの『閃光』の事だろうし、シュヴァリエ持ちのトライアングルはそれだけで脅威になる。しかも『メイジ殺し』に参謀が付いて来るとなれば最早軍隊と変わりない。敵に回すには最悪の布陣、それを相手にすると言っているのだ。文句の一つも生まれようと言うもの。

 だが傭兵達の罵詈雑言にもたじろぐ事なく、白仮面は余裕を崩さない。

 何しろこの怪人達は、そんな最悪の敵に対する秘密兵器を用意していたのだから。

 

「安心しろ。今夜の襲撃にはお前達だけじゃなく、彼女も付いて行く。貴様らは彼女の襲撃を援護するだけで良い」

 

 男の言葉を受けた女がフードを撥ね除ける。零れ落ちる『緑色』の長い髪を払い、女は未だ騒ぎ続ける傭兵達に向かって名乗りを上げた。

 

「あたしはロングビル。アンタ達にはこう名乗った方が早いか。『土くれ』のフーケ、ってね!」

『『土くれ』ェ!?』

 

 トリステインにその名を轟かす大盗賊に、男達の驚愕の声が唱和する。

 その反応に女……フーケは大きく頷き、傭兵達にその『作戦』を明かした。

 

「……ってのがアタシの作戦さ。簡単だろ?」

「た、確かに簡単だけど、何なんだ? 何をするつもりなんだアンタ達は!?」

 

 『ひよっ子に毛が生えた程度のメイジを襲う』、大金と共に持ち掛けられたそれは簡単な仕事の筈だった。しかし相手は手強く、逃げ出した仲間は本当に殺された。そして今度はあの『土くれ』が仲間だと言う。此処までくればどんなに巡りの悪い頭の持ち主でも「これはヤバイ」と思い始めるだろう。

 しかし仮面と『土くれ』はその言葉を取り合わず、淡々と告げる。

 

「……金は充分に払う。逃げ出さなければ殺しもしない。だがな……」

 

 そこまで言うと、白仮面は傭兵達を睨み付けた。

 仮面に隠されて見えない筈の目に射抜かれた男達の背に冷たいものが走る。

 

「……逃げるのならば、裏切るのならば……貴様らの命は無いものと思え」

 

 壊れた様に首を縦に振る傭兵達を横目に見ながら、フーケは『右腕』をさする。

 フーケに取ってもこの作戦は『博打』なのだ。だが、もはやこれ以外彼女がとれる手段が無いのも事実であった。

 

(とにかくあの子たちに接触することが第一だよ。それから後は……ぶっつけ本番だね)

 

 不安はある。焦りもある。けれどフーケはそれを怖れない。

 その姿は正しく『冒険者』そのものの姿であった。

 

 

 

 

 

 

エネミーデータ

・『閃光』のワルド:Lv6 敏捷値:6/攻撃値:10/防御値:4 HP/MP:20/40

 トリステイン騎士の頂点、魔法衛士隊「グリフォン隊」の隊長。

 衛士達のエースであり、実戦経験も豊富な『風』のスクウェアメイジである。

 ・保有スキル/エア・ニードル(※1):Lv3/エア・ハンマー:Lv2/

  エア・カッター:Lv2/レビテーション:Lv1

  ファイター:Lv3相当として扱う

 

 

 




(※1)杖を中心に風の刃を纏わせる『風』魔法。
    武器のダメージタイプを魔法ダメージに変更し、+Lvの補正を加える。
   (クリティカル値からー1)。
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