ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第三話 勧誘(なかま)

「あら失礼。私はキュルケ、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。二つ名は『微熱』よ」

 

 そう言ってチェシャ猫の笑みを浮かべる女性(キュルケ)

 男なら誰でも釘付けになりそうな蠱惑的な微笑みにも拘らず、トモは何事も無かったかのように居住まいを正して一礼を送り、堂々と名乗り上げる。

 

「初めまして。私はヤナギダ・トモと申します。

 先日よりこの部屋の主、ミス・ヴァリエールの使い魔を務めております」

「え?……じゃああの子、本当に平民を召喚したのね。うふふっ、面白くなって来たわ」

 

 不吉な事を言いながらほくそ笑むキュルケに、トモは若干引きながら釘を刺す。

 

「お手柔らかにお願いしますね。主人はどうも精神面が弱いようですので」

「あら? からかわないで、じゃないのね」

「素直に私の言葉を聞き入れて下さるのならそれでも良かったのでしょうが、どうも一筋縄とはいかない方とお見受けしますので」

「うふふ、よく解ったわね。その通りよ」

 

 スラスラと出てくるキュルケの人物評に当の本人が相づちを打つ。

 丁度そのときトモの背後の扉が開き、学院の制服に着替えたルイズが顔を出す。そしてキュルケの顔を見るなり、爽やかな朝に相応しくない苦々しい表情を浮かべた。

 

「待たせたわねって、ツェルプストー!?」

「朝から随分なご挨拶ね、ヴァリエール。貴女の使い魔はまともな挨拶をしてくれたわよ?」

 

 キュルケの台詞を聞いたルイズは所々引き攣った笑顔を浮かべ、トモに迫る。

 

「ど、ど、どういうことかしら、釈明があるなら聞くわよ?」

「どうもこうも、普通に挨拶しただけですよ? 人として当然の礼儀だと思いますが」

 

 その言葉にキュルケは微笑を浮かべて何度も頷く。対するルイズはぐうの音も出ない。

 『人として当然の礼儀』と持ち出されては否定出来よう筈が無い、貴族云々以前に人間の器が小さい事を晒す事になってしまう。

 たった一言で反撃の機会を潰す恐るべき話術に、昨晩から翻弄されっ放しのルイズは内心の焦りを隠して鷹揚に頷いてみせた。

 

「そ、そうね。私の使い魔ならその程度の礼儀はあってしかるべきだわ」

「お誉めに与り恐悦至極。ではそろそろ参りましょうご主人様、朝食の時間に遅れてしまいます。

 よろしければミス・ツェルプストーもご一緒にいかがですか?」

「な、な、何言ってるのかしらこの使い魔は! よりによってツェルプストーと一緒ですって!?」

「良いも悪いも、目的地は同じでしょうに。察するにミス・ツェルプストーとご主人様は何かしらの確執があるようですが、それは朝食を取り損ねる程重要なものなのですか?」

「ぬぐぐ……!」

 

 ああ言えばこう言う。実にやりづらいことこの上ないが、言われれば確かに食事をすっぽかす程重大な事ではない。空腹のまま授業を受けると言う苦行はルイズとて願い下げだ。

 葛藤を押し殺してルイズはキュルケに向かい、殊更慇懃無礼な態度で頭を下げる。

 

「先程は失礼致しましたわミス・ツェルプストー。そろそろ時間ですし、一緒に参りませんこと?」

「あら奇遇ですわねミス・ヴァリエール。私も丁度そのように思っていた所ですわ」

 

 おほほうふふと張り付いた笑顔で心にも無いお世辞を交わす二人に、トモは呆れて行動を促す。

 

「……お二方、お時間はよろしいので?」

 

 そう言えば随分時間が経ってしまっている。

 これ以上睨み合っていたら本当に朝食を逃すことになるだろう。

 

「そうね、とりあえず続きは食後で良いかしらツェルプストー?」

「異論は無いわね。じゃあ行きましょうかヴァリエール?」

「いってらっしゃいませ」

 

 食堂に向かいかけた二人を見送るトモ。それに気付いたルイズは怪訝な顔をする。

 

「いってらっしゃいって、貴方はどうするの?」

「昨日申し上げた通り、厨房で賄いでも分けて頂くことにします」

「貴方の分くらい用意させるわよ?」

「いえ、出過ぎた真似をして主人の顔に泥を塗っては使い魔の恥ですので」

 

 あくまで主を立てながら、自身の特殊な事情を匂わせつつ自らが譲歩する形でルイズの干渉を断ち切る言い回し。食事の許可は昨日出しているので主に逆らった訳ではないし、実際施しを与えるのは学園の使用人達なので彼女が関わる余地はない。

 これで使い魔を縛り得るカードがまた一枚手札から消えてしまった。

 その上天敵たるツェルプストーが証人である。今更命令を取り消す訳にもいかない。

 

(本当にコイツ冒険者なのかしら? 詐欺師じゃなくて?)

 

 この絶妙なタイミングも狙ったものなのだろう。ルイズは諸手を上げて降参せざるを得なかった。

 

「……じゃあ食事が終わったらこの部屋で待機して。次の授業には使い魔同伴が必須だから」

「了解しました。ではいってらっしゃいませご主人様」

 

 深々と頭を下げる使い魔の見送りを受け、今度こそ二人はアルウィーズの食堂へ向かう。

 

「そう言えば、貴女何を使い魔にしたの?」

「そうそう、聞いてよルイズ! 何と火竜山脈のサラマンダーを引き当てたのよ!」

「へぇ、そう言えば貴女『火』のメイジだったわね。それに引き換え私は……はぁ……」

「あら、貴女の使い魔だって『当たり』でしょう? あんな機転の効く使い魔なんて居ないわよ?」

「……手、出したらただじゃおかないわよ?」

 

 きゃいきゃいと雑談を交わしながら遠ざかる後ろ姿が見えなくなった頃、トモも朝食を確保するべく厨房へ向うのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 ルイズの後に着いて教室に足を踏み入れた途端、トモは驚嘆する。

 

「これは凄い、ここに居る全部が昨日呼び出された『使い魔』ですか!」

 

 トモの目前に広がる珍獣奇獣の大サーカス。主らしき生徒の椅子に留まる烏や足下で毛づくろいをする猫はまだしも、六本足の蜥蜴や宙に浮く目玉、下半身が蛸の異形に至るまで。

 女帝宜しく周囲に男子生徒を侍らせたキュルケの足下では、尾の先端に火を点したサラマンダーが眠りこけている。古今東西ありとあらゆる幻獣が大学の講義室のような教室を埋め尽くしていた。

 

「いやはや眼福眼福。よもやバグベアーやスキュラまでこの目に出来るとは!」

「貴方の故郷にはバグベアーとか居ないの?」

「バグベアーは良質の武器の原料になるんです。乱獲された所為で滅多にお目には掛かれませんね」

「……狩っちゃ駄目よ?」

「加工スキルは持ってませんから大丈夫です」

 

 じゃあスキルがあったら狩っていたのかしら? そんな不安を覚えたルイズは「狩り禁止!」と念押しして空いている席に座る。当然のように隣に座るトモを少しだけ険しい表情で見るが、結局諦めて正面を向く。丁度そのとき、ふくよかな体型の中年女性が教壇に現れた。

 教室を埋め尽くす珍獣達を見回し、上機嫌で講義の開始を告げる。

 

「皆さん、無事に使い魔召喚を成功させたようですわね。このシュヴルーズ、毎年この時期がとても楽しみなのですよ」

 

 そう言ってもう一度教室を見回すシュヴルーズ。ふと、その視線がルイズとトモに向けられた。

 

「ミス・ヴァリエール、学院長からお話しは窺っています。ええと、ミスタ・ヤナギーダでしたね?

 初めまして、『赤土』のシュヴルーズと申します」

 

 シュヴルーズの言葉に教室内の視線が二人に集まる。それをものともせず、トモは立ち上がって見事な答礼を返した。

 

「初めまして。私はヤナギダ・トモ、ヤナギダが家名でトモが名前になります。

 極東は日本国、こちらで言うロバ・アル・カリイエよりミス・ヴァリエールの招聘を受け、先日より使い魔を務めさせて頂いております」

 

 トリステインのマナーとは違うものの、礼節を感じさせる名乗りであった。

 この一連の流れに生徒達は呆気に取られた。からかいの言葉を用意していた小太りの少年に至っては、口を開けた状態で固まっている始末だ。

 

(ふぅん、これを狙っていた訳ね)

 

 この一連の流れ、実はトモが発案した結果である。

 昨晩、学院長室で話し合った際に彼が要求したのは

 

『トモがロバ・アル・カリイエ出身であると口裏を合わせる』

『ルイズの使い魔になることを了承する代わりにトモの身分を保障する』

『それらを学院の全教師に伝えておく』

 

 の三つ。

 東方の出身であるならハルケギニアの常識に疎くとも仕方が無い。しかも平民とは言え使い魔で主は国内最大の大貴族たるヴァリエール、その上オールド・オスマンの保証付き。

 これでは余計なちょっかいも出せまい。

 身を守りつつ、自分の立ち位置を保ち、その上ある程度の自由すら獲得する。まさに一石三鳥の計画だった。

 

(コイツやっぱり詐欺師だわ……)

 

 まんまと目論見通りになったことに脅威を感じつつも、ルイズはそんな感想を抱くのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 バラバラに吹き飛んだ教卓、割れた窓ガラス、煤けた石壁。

 滅茶苦茶になった教室を、ルイズとトモは無言で片付けていた。

 痛い程の沈黙。最初に口を開いたのはルイズだった。

 

「……可笑しいでしょう? 魔法が使えないのに貴族だなんて。

 どんな魔法も爆発させる、だから『ゼロ』。成功確率『ゼロ』のルイズってわけ」

 

 そう、この惨状を引き起こしたのはルイズの魔法だった。

 ルイズの魔法は爆発する。彼女を指名したシュヴルーズはそれを知らなかった。その結果、爆発に巻き込まれた彼女はルイズに罰として教室の片付けを命じて失神したのである。

 

「昔からそうだった。どんなに努力しても、どんなに頑張っても、系統魔法どころかコモンマジックさえ使えない。ルーンはそらで唱えられる位勉強したわ。魔法の杖だって何本も使い潰すくらい練習した。……それでも、駄目だった」

 

 俯きながら、絞り出すように弱音を吐くルイズ。その姿からは普段の気の強さが失われていた。

 

「お父様もお母様も凄いメイジだし、エレオノール姉様はアカデミーの研究員をしているわ。

 ちぃ姉様はお体が弱いけれど、魔法に関しては天才なの。……家族の中で私だけ、私だけが使えない。本当に……嫌になるわ」

 

 それは独白と言う名の悲鳴だった。トリステイン有数の大貴族の家に生まれながら魔法が使えなかったルイズは、ずっとその矛盾に苦しんでいたのだ。

 

「……貴方が召喚されたとき、本当に嬉しかった。やっと魔法が使えたんだ、もう『ゼロ』なんかじゃないんだ、って。呼ばれたのが人間だったなんて、思いもしなかったけれど」

 

 そこまで言うと、ルイズは手を止めてトモに向き直る。

 彼もまた手を止め、ルイズの視線を受け止めた。

 

「使い魔になることを望まないものを召喚したのは、魔法が使えないくせに貴族を名乗る私に下された始祖の天罰なのかも知れないわね。──────笑えるでしょう? 私は結局、貴族にもメイジにもなれずに周りに迷惑を掛けるだけの落ちこぼれなんだもの」

 

 血の気の引いた握り拳。ルイズの小さな両手が真っ白になるほど力が込められたそれを見て、彼は少しだけ考え込み、突然おとぎ話のように語り始めた。

 

「昔々、ある所に一人の男が住んでいました」

 

 唐突に語り始めたトモに胡乱な目を向けるルイズ。それに構わず、彼の話は続く。

 

「男は青い正義感と理想に燃えてとある街の自警団に志願しました。

 しかし彼はそこで理想を裏切る現実を見てしまいました」

 

 自警団とは裁判権を持たない衛士のようなもので、衛士の足りない街や村の有志によって運営されている。その性質上、大半が平民の志願者で構成されているので、そう言う事もあるだろう。

 けれど理想を裏切る現実とは何だろう? 首を傾げるルイズに、トモは衝撃的な事実を明かす。

 

「自警団は犯罪者達から賄賂を受け取り、それを見逃していたのです」

 

 それを聞いたルイズが憤る。憎むべき犯罪者と手を組むなんて、平民には誇りは無いのか、と。

 

「男はその現実を知り、苦悩しました。過ちを正そうと足掻き、その度にへし折られ……やがて男はその矛盾から目を逸らすようになったのです。

 自警団が守るべき住民達、けれどそれを脅かす犯罪者もまたその街の住人。

 みんなやっている事だから、自分もやる。そう考える様になってしまったのです」

 

 ルイズの怒りはもはや頂点に達していた。

 しかしその一方で、彼女はどこかその男に共感していた。

 

 どんなに頑張ろうが、終わる事の無い徒労はやがて毒のようにその身を蝕む。

 そしていつかはへし折られる。その男のように……今のルイズのように。

 

 けれどトモの語りは止まらない。ほんの少しだけ力を込めて、彼はとある男の人生を語り続ける。

 まるでへし折れたルイズの心を鼓舞するように。

 

「ある日、男は街の片隅に設置されたゴミ箱を漁る自警団員に出会いました。何をしているのかと問う男に、自警団員はとある犯罪の証拠を探しているのだと答えます。その証拠があれば犯人を捕まえる事が出来るかもしれない、だから町中のゴミ箱を探しているのだと言う自警団員に、男は尋ねました」

 

『この街全てのゴミ箱を探しても、その証拠が見つからなかったらどうするんだ?』

 

 それはルイズにとっても胸の痛む質問であろう。

 どれだけ頑張っても結果が得られない、それどころか全ての努力が徒労に終わる無力感。

 それは正に彼女が置かれた状況そのものだったのだから。

 

 だからこそ、その台詞に続く言葉はルイズの胸に響いたのだ。

 

「その問い掛けに、自警団員はこう答えました」

 

『そうだな…わたしは『結果』だけを求めてはいない。 『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがるものだ。近道した時真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく。大切なのは『真実に向かおうとする意志』だと思っている。 向かおうとする意志さえあれば、たとえ今回は犯人が逃げたとしても、いつかはたどり着くだろう? 向かっているわけだからな……違うかい?』

 

 ルイズの目が大きく見開かれる。

 

 そう、『魔法を使う』と言う『結果』だけを追い求めたのはルイズも同じなのだ。

 そして『結果』だけを追い求めた挙げ句、彼女の心はへし折られたのではなかっただろうか?

 

 何かに目覚めつつあるルイズに頷きつつ、トモは語りを再開する。

 

「その自警団員の言葉を聞き、男は自分が『理想』と言う『結果』を求めるあまり、『向かおうとする意志』を失っていた事に気付いたのです。……後に男は心から尊敬するべき人物と出会い、仲間達と共に巨悪に立ち向かって命を落とします。けれどその『意志』は彼の仲間達に受け継がれ、悪を倒す原動力となったのでした」

 

 そこでトモは一旦語るのを止め、ルイズに向き直る。

 彼女も伏せていた顔を上げ、彼に向かい合う。

 

「冒険者も同じです。『神を倒す』と言う目標ばかりを見ていては前に進むことなど出来ません。

 前を行くものに焦り、目標の遠さに心が挫ければそれで終わり。けれど後ろを振り返って遅れたものを見下していては目標に達することは有り得ません。大事なのは前に進むこと、ほんの一歩、周りがどんなに早く歩こうが構わずに自分の一歩を確実に踏み出していけば、いつか目標に辿り着ける。自分が駄目でも、いつか誰かが果たしてくれると信じて一歩ずつ、決して歩みを止めない。

 ……大切なのは、そこですから」

 

 それだけを言い切ると、トモは再び掃除に戻った。

 ルイズも黙って片付けに戻り、教室は再び沈黙に満たされる。

 

 黙々と流れる時間。永遠に続くかと思われた沈黙を破ったのはルイズの言葉だった。

 

「……それが、冒険者の生き方?」

 

 不意に投げ掛けられた質問に、トモは手を休めないまま答える。

 

「生き方と言うか、諦めない為のコツとでも言いましょうか、そんなものです。

 ……諦めない限り、運命は変えられる。それが冒険者と言う生き物ですから」

 

 それは何と言う激しい人生なのだろうか。

 報われる保障すらないにも拘らず、ひたすら前に向かって進む生き様。

 これが──────冒険者、なのか。

 

「……嫌になった事は無いの? 諦めたくなった事は?」

 

 我ながら意地が悪い質問だな、と思いつつもルイズは問わずにいられない。

 けれどそれに対し、トモは驚くほど簡単に答えた。

 

「そんなの、幾らでもありますよ」

 

 えっ、と思わず漏らした驚きの声。

 意外なものを聞いた、と言うルイズの反応にちらりと視線を送り、トモは言葉を重ねる。

 

「私達を聖人君子か何かだと思いましたか? 生憎と私達も人間ですので」

 

 人間だから気弱になる事もあるし、何もかも投げ出したくなる時もある。

 けれどそこで踏みとどまるか否かで冒険者と一般人の道が別れるのだと言う。

 

「……そうですね、私も冒険者になるまでは随分掛かりました。もう止めよう、なんて思ったのだって一度や二度じゃありません。だけどその度に思い返すのですよ、先刻の言葉を」

 

 『大切なのは前に向かう意志』。

 その言葉を思い返す度、彼は挫けそうな心を奮い立たせて前を向く。

 そこに横たわる苦難の海に、一筋の光る道を見出す為に。

 

「大丈夫です。私でさえ歩いて来た道ですから、ご主人も出来ます。私が保障しますよ。

 ……まずは目の前の瓦礫から片付けないといけませんね」

 

 戯けたようにそう言って、教卓だったものを教室の外に運び出すトモ。

 その後ろ姿を見送って、ルイズはほんの少しだけ微笑みを浮かべた。

 

「……お節介な男ね。本当に、その通りだわ」

 

 再び教室が無言に満たされるが、それはほんの少しだけ温かいようにも感じられた。

 

 

 

***

 

 

 

 教室を片付け終えたのは昼食の直前であった。アルヴィーズの食堂へ向かうルイズと分かれ、厨房を訪れたトモはシエスタの姿を探すが見つからない。どうやら配膳に出ているらしい。

 

「すいませんマルトーさん。賄いを分けて頂きにまいりました」

「おう、使い魔の兄ちゃんか! すまねぇな、今ちょっと手が離せないんで待っててくれ!」

 

 トモは大人しく厨房の邪魔にならなさそうな所に引っ込み、一段落するのを待つ事にする。

 配膳の盆にずらりと並んだデザートらしきケーキをぼんやり眺めていると、マルトーがシチューの盛られた深皿を持って現れた。

 

「よう、待たせたな! ……なんだ兄ちゃん、覇気が無いぜ?」

「ええ、ちょっとご主人のことで悩んでましてね。マルトーさんはご主人のことをご存知ですか?」

「確かヴァリエールの三女様、だよな? 貴族様なのに魔法が使えないとか何とか……」

「どうやらそれを酷く気に病んでいるようでしてね。どうやって慰めようかと考えていたんですよ」

「……まあ、こればっかりは平民じゃあなあ……」

「それもありますが、何分あの年頃の娘さんが苦手でして。正直、どうすれば良いのか見当もつかないんですよ」

「なんか、嫁入り前の娘を持つ親父みたいな悩みだな」

「生憎独り身ですよ。……ん? 何だかホールの方が騒がしいようですが」

 

 食事をしながらたわいもない会話をしていたトモの耳に、昼時のざわめきとは違う音が入ってくる。様子を見に行ったマルトーだったが、すぐに青い顔で戻って来た。

 

「大変だ! シエスタが貴族に絡まれてる!」

「何ですって!」

 

 慌てて飛び出したトモが目にしたのは、何やら大声で喚き立てる金髪の男子生徒と、涙目になって頭を下げるシエスタであった。

 

「何をしているんですが! か弱い女性を泣かせるなんて、紳士失格でしょう!」

「……何だね君は。良いから退きたまえ、僕は今このメイドに礼儀の何たるかを教育しているんだ」

「いいんです、私なんかを庇ったらトモさん、貴方まで……!」

 

 生徒とシエスタの間に割って入り、仲裁を試みるトモ。だが男子生徒は眼中に無いかのように追い払う仕草を見せ、シエスタはトモの腕を掴んで押しとどめようとする。

 

「状況が分かりませんね、何があったんですか?」

「なんだ、事情を知らないのに出しゃばって来たのか? なら教えて上げよう、感謝したまえ」

 

 気障ったらしい仕草で髪を跳ね上げ、男子生徒──ギーシュと言うらしい──の説明が始まった。

 

 過剰な装飾や余計な表現を取り払って纏めよう。

 

 ことの発端はギーシュが落とした香水の小壜をシエスタが拾って渡そうとしたことであった。

 しかし彼は受け取りを拒否。けれど落としたのは確実なので暫く問答していると、その香水がモンモランシーなる女生徒の作であると誰かが看破する。

 騒ぎが大きくなる中、一年のケティなる女生徒が現れてギーシュを非難。

 何でも先日遠乗りに出掛けた仲らしいが、件の香水の作者と二股を掛けられていたらしい。

 鮮やかな平手を送って涙目で去るケティと入れ替わりに、今度は当のモンモランシーが登場。

 ギーシュの頭からワインを浴びせ、絶縁を言い渡して去っていったと言う。

 その後何を思ったのかギーシュがシエスタを詰り始めた。

 最初にとぼけた時に素直に引っ込んでいれば二人のレディの名誉は傷つかなかったと、とんでもない言い掛りをつけたのだ。突然のことに涙目になりながら頭を下げるシエスタになおも言い募ろうとした処で、トモが仲裁に入ったのだった。

 

「と、言う訳なのさ。分かったら下がりたまえ給仕君」

 

 気障なポーズを決めつつ世迷い言を吐くギーシュを捨て置き、トモはシエスタに確認を取る。

 

「彼の言うことは本当ですか? だとしてもシエスタさんには全く非が無いようですが」

「……はい、本当です。でも、貴族様に逆らったりしたら最悪無礼討ちで殺されてしまったりするんです。どんなに理不尽であっても、逆らいさえしなければ命だけは助かるんです。だから……」

 

 唇を噛み締め、俯くシエスタ。スカートを握りしめる拳が震えているのを見たトモは、やおらシエスタの肩を掴んで顔を上げさせた。先程から背後で「僕を無視するんじゃない!」と五月蝿いギーシュを意図的に無視して、彼はシエスタに問い掛ける。

 

「それで、いいんですか? それが、貴女の本心なんですか?

 ……貴女はそれで、本当に納得出来るんですか?」

 

 それは問いただすと言うより言い聞かせるような、不思議に耳に残る言葉だった。シエスタの黒い目にたちまち涙があふれる。自分が泣いていることすら気付かないまま、シエスタは思いの丈を吐き出した。

 

「だったらどうすればいいんですか!? 魔法が使えない、たったそれだけで平民は生死すら握られてしまうんです! たとえそれが全くの逆恨みだったとしても、平民には逆らうことすら許されません!! 無力な私に、一体何が出来るって言うんですか!!!!」

 

 彼女の激白に、野次馬達が鼻白む。

 平民が、平民風情が貴族に楯突くのか。何様のつもりだ!

 そこかしこから注がれる視線に、シエスタは自分が何を口走ったのかを悟り、さあっと青褪める。

 真っ暗な未来を思い浮かべ、足がガクガク震える彼女を目の当たりにしながらも、トモはなお言葉を重ねて行く。

 

「……シエスタさん、貴女は正しい」

 

 シエスタの両肩を掴み、正面から語り掛けるトモ。

 再びあの耳に残る不思議な旋律で紡がれる言葉が、徐々に彼女の頭に染み込んで行く。

 

「貴女はただ職務を果たしただけです。なのに貴女は無実の罪を押し付けられて、膝を屈してしまいました。それは貴女に力が無かったから。

 ……貴女が『運命を切り開く』だけの力を持っていなかったから」

 

 シエスタの心に染み込んでいくそれは、鼓舞。

 

「諦めは人を殺します。何も生まず、何も為さず、ただただ与えられた運命に従うだけの生ける死人となって人生を徒に失ってゆく」

 

 理不尽な仕打ちへの怒りが。女性を辱めた不義への義憤が。己の正義を貫かんとする不屈が。

 

「貴女が諦めることを諦めるのなら、押し付けられた運命に立ち向かう勇気があるのなら」

 

 貴族への恐怖で無理矢理心の隅に追いやられた様々なものが、トモの言葉に目を覚ます。

 

「私は貴女に与えましょう。

 ──────『運命を切り開く力』を!!」

 

 今、新たな戦士がハルケギニアで産声を上げようとしていた。

 

 

 

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