ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第四話 反抗(せんせんふこく)

 トリステイン魔法学院の二年生、ギーシュ・ド・グラモンは『土』系統のメイジである。

 二つ名は『青銅』。その名の通り彼は青銅を操ることに関しては天才的で、青銅製のゴーレムを一度に七体も操ることが出来る。ことゴーレムに置いては二年生随一と言えるだろう。

 だが裏を返せばギーシュはそれだけが取り柄のメイジでしかないのだ。

 ドット、ライン、トライアングル、スクエアに分けられるメイジのランクにおいて、彼は最下級のドットである。そして未だにランクはドットのままで成長していない。

 

「いつまで僕を無視しているつもりだ! いい加減にしないとただでは済ませないぞ!!」

 

 ギーシュは四人兄弟の末っ子である。厳格な父を持つものの、母と兄達から溺愛されて育った彼の根底には未だ幼い子供のような『甘え』がこびり付いていた。

 ストレスに弱く、些細なことで癇癪を起こす、魔法と言う危険物を持った子供。

 

 目の前で訳の分からない会話を交わす二人を怒鳴りつけるギーシュ。

 その姿はまさに幼い子供そのものだった。

 

 

 

***

 

 

 

「私は貴女に与えましょう。

 ──────『運命を切り開く力』を!!」

 

 トモの言葉に、シエスタの目が揺れる。

 そこに宿る光は疑問のようでもあり、動揺のようでもあり、儚い期待のようにも思えた。

 

「力……ですか? それは一体……?」

「その力を得られるかどうかは貴女次第です。逆境に身を晒しても諦めない人間でなければ、『運命を切り開く』事は出来ないのですから」

 

 運命を切り開く。随分な大言壮語だが、それが出来るのは一部の人間だけだ。

 そう、それこそ『伝説の勇者』でもなければ不可能だろう。

 

「もしも貴女がこのまま運命に流されることを選ぶなら、私の助力はここまでです。そして再び理不尽な貴族の怒りにも逆らわず、運命に流されるように生きる日常が始まるのでしょうね」

 

 ああ、それがいい。それでいい。

 貴族様に目を付けられても、殺されるよりはマシだ。

 

(……本当に?)

 

「ですが運命に流されることを良しとしないで立ち向かう決意を抱くのであれば、私は貴女に『新たな道』を示しましょう」

 

 やめてくれ。

 しがない平民に過ぎない私に、そんな大それた決意なんか出来る訳が無いだろう?

 

(……本当に、それでいいの?)

 

「その道は険しく、道程も長い。

 踏破出来た人間は一人もおらず、何処まで続いているのかさえ分からない」

 

 なんだそれは。そんな危ないものに私を誘わないでくれ。

 私はただ安穏に生きていたいだけだ。

 

(……本当は、もう分かっているんでしょう?)

 

「その道を選ぶなら最初の道案内は務めましょう。

 ですがその決断を下すのは貴女でなければなりません」

 

 やめろ、やめてくれ、そんな道を指し示さないでくれ。

 

 だって、このままでは──────

 

「だって人生は、貴女自身の取り分なんですから」

 

 その眩しく輝く道に、

 

((──────踏み入りたくて、うずうずしているんだから!))

 

 シエスタの瞳に炎が踊る。それに気付いたものは居ない。

 ……いや、たった一人だけ、それを見届けた人間が居た。

 

「……私の人生は私の取り分。そうおっしゃいましたね?」

 

 内心の葛藤を制し、シエスタは頭一つ高いトモを見上げてそう尋ねる。

 そして彼は、彼女の言葉を肯定した。

 

「そうです。それを元手にどんな賭けに打って出ようが、それは自由です。勝てば億万長者、負ければ尻の毛まで毟られて素寒貧。ただ一つだけ言えるのは、それは決して貯金出来ずに目減りしていくものだ、って事だけですかね」

「成程、それは大変ですね」

 

 世間話のように気安い会話。されど、そこに込められた意味は重い。

 

「ああ、それともう一つありました」

「何でしょう?」

「賭けに負けたツケを他人に押し付けてはいけない、ですね」

「それはまた何とも素敵なお話しですわ。……では行って参ります」

 

 それは何より重たい決断。だが彼女に後悔は無い。

 

「宣戦布告ですね。精々派手に行きましょうか」

「ええ、精々派手に行きましょう」

 

 頷き合うと、二人はようやくそこに目を向けた。視線の先には怒りで顔を真っ赤に染めた気障男、ギーシュが居る。シエスタは先程までの怯えが嘘のように軽々と、そして堂々と歩み寄り、スカートの裾を摘んで一礼。

 

「……ごめんあそばせ!!」

「ぷべっ!?」

 

 そして彼女の豹変に戸惑うギーシュに、目の覚めるような平手を叩き付けた。

 

「な、何をするだァ──────ッ!!」

「あら失礼。何分下賎な平民の身の上でして、貴族樣方の作法は良く存じませんので」

 

 蒸気を吹き出さんばかりに怒り心頭のギーシュに、慇懃な態度でいなすシエスタ。

 余りにも急展開過ぎて置いてけぼりの野次馬を余所に、二人は次の演目に差し掛かっていた。

 

「し、し、使用人の分際で、よくもこの僕を平手打ちにしたな! もう許さんッ!!」

「生憎手袋の持ち合わせがないもので、平手で代用してみたのですが。お気に召しませんでしたか?」

「お気に召すも何も……って、手袋の代わり!? 正気か君は!?」

 

 更に言い募ろうとしたギーシュが、彼女の言葉の意味を悟って愕然となった。

 見れば周囲の野次馬の中にもそれを理解したものが居るらしく、あちらこちらでざわめいている。

 

「正気も正気、本気も本気ですとも。私ことトリステイン魔法学院の使用人シエスタは、『青銅』のギーシュに決闘を申し込みます!」

 

 シエスタの宣言を聞き、ざわめきは増々広がっていく。「あのメイド、頭大丈夫か?」、「可哀想に、余りの恐怖で精神を……」等と言う呟きも混ざり始める。

 

「い、いや、幾ら平民とは言え、女性に手を挙げるのはグラモンの男としては………」

「おや、お逃げになると? 武家の名門たるグラモン家のお方が、たかが平民のメイドに挑まれた程度でお逃げになるのですか?」

「何だとッ!! ……いいだろう、その決闘を受けようじゃないか!

 ヴェストリの広場に来るがいい! 君に貴族への礼儀を叩き込んでやろう!!」

 

 シエスタの挑発にあっさり引っ掛かかったギーシュが踵を返す。

 友人らしき生徒達が諌めようとするが、彼は聞く耳も持たずに食堂から歩み去った。

 その姿を見送ったシエスタとトモに、血相を変えたルイズが駆け寄る。

 途中からではあったが一部始終を見ていた彼女は、これを引き起こした元凶に詰め寄った。

 

「何考えてるの! け、決闘なんて……しかもメイドに!」

「ふむ、これでも一応勝算はあるんですがね。とりあえずシエスタさん、人目の付かなさそうな場所をご存知ありませんか?」

「はい?」

 

 唐突に振られた話にシエスタが面食らう。その質問の意味を取り違えたルイズが爆発した。

 

「あ、あンた! まさかこの子を手込めにするつもり!?」

「いいえ、『冒険者』関係なので人に見られたくないんです」

「……ボウケンシャ? 何ですそれ?」

 

 初めて耳にする言葉に眉を顰めるシエスタ。

 方やその意味を知るルイズは盛大に衝撃を受けていた。

 

「ち、ちょっと! それってどういう……」

「申し訳ありませんが時間が余りありません。あ、それとシエスタさん、お金か貴金属みたいな『価値のあるもの』をお持ちでしたら持って来て下さい」

「え? ええ、持ってますが……何に使うんです?」

「説明してる暇がありません。今はとにかく動きましょう」

 

 そう言うが早いか、トモはシエスタを連れて食堂を出る。慌てて後を追うルイズ。

 残された生徒達もまた唐突に開催されたイベントに騒然となりながらも、好奇心と野次馬根性の赴くままヴェストリの広場を目指すのであった。

 

 

 

***

 

 

 

 トリステイン魔法学院の学院長とは多忙を極める役職である。

 故にオスマンと秘書のロングビルは昼食を学院長室で摂るのが慣例になっていた。

 酷く焦燥したコルベールが学院長室の扉を壊す勢いで突入して来たのは、二人が遅めの昼食に手をつけようとした、まさにその時だった。

 

「おおおおおオールド・オスマン! ねねねねね眠りの鐘の使用許可を!」

「落ち着きたまえミスタ・コルベット。一体何事かね?」

「そそそそれどころではありません! いいい一刻も早くあれを止めなければ!」

 

 オスマンが名前を間違えたにも拘らずツッコミが入らない、それを見たオスマンとロングビルが思わず顔を見合わせる。

 コルベールがツッコミを忘れる程の異常事態。

 何かが起きていることを感じさせるには充分過ぎた。

 

「ミスタ・コルベール、いいから落ち着いて話したまえ。学院の秘宝を使うからにはそれなりの大義名分が必要なことぐらいは知っておるじゃろう?」

「これをどうぞ、ミスタ・コルベール。気を鎮めるには丁度良いと思いますわ」

 

 オスマンが居住まいを正し、ロングビルが昼食に付いていたワインを差し出す。

 

「じ、実はヴェストリの広場で決闘騒ぎが起こりまして、それを止める為に眠りの鐘を使わせて頂きたいのです!」

「何じゃ、また貴族の悪餓鬼共が騒いでおるのか。そんなもん秘宝を使うまでも無かろうに」

 

 差し出されたワインを一息で飲み干したコルベールから事情を聞いて呆れ返るオスマン。貴族同士の決闘は禁止されているものの、決闘の名を借りた子供の喧嘩なら日常茶飯事。だからこの反応も仕方が無い。

 しかしコルベールは首を振ると、信じ難い言葉を吐き出した。

 

「決闘を受けたのは二年生のギーシュ・ド・グラモン!

 ……そして決闘を申し込んだのは、学院のメイドです!」

「「えっ?」」

 

 間抜けな声を漏らし、思わず惚けるオスマンとロングビル。

 それはそうだろう、何処の世界に貴族に決闘を申し込むメイドが居ると言うのか!

 

「……冗談じゃ、ないのじゃな?」

「冗談じゃありません! 本当のことです!」

「な、何を考えているんですの、そのメイド! 自殺行為ですわ!」

「私にも分かりません! とにかく早く止めないと、彼女の命に関わります!」

 

 二股が発覚した挙げ句その責任をメイドに押し付けようとした男子生徒が、そのメイドに決闘を申し込まれた。経緯だけ聞けば何の喜劇だとしか思えない話だが、その結末はどう考えても悲劇しか浮かばない。

 

「しかしじゃ。この学院に勤めておるメイドならその辺りのことは弁えておる筈。何が彼女をそうさせたのじゃろうな?」

 

 オスマンの疑問も当然だろう。しかしコルベールの答えは彼の想像の斜め上を行った。

 

「そ、それが……昨日召喚された彼が『力を与える』とか何とか言ってそそのかしたらしいのです!」

「何じゃと!?」

 

 昨晩学院長室を訪れた異国の男。壮大な神話を語り、誰にも従わないと明言した彼がメイドを誑かしたと言う。しかしオスマンはその言い様に疑問を抱いた。

 

「待ちたまえコルベール君、彼は確かに『力を与える』と言ったのかね?」

「人伝なので正確ではないのですが、複数の証言もあったので本当ではないかと……」

 

 『力を与える』。彼らメイジにとって『力』とは魔法を指すが、平民のメイドに魔法は使えない。

 ならば『力』とは何だろうか? 平民でも使える『武器』? それとも何らかの『戦術』?

 ……否、昨晩ここに現れた彼は何と名乗っていただろうか。そう、確か……

 

「よもや『冒険者』の力を与える、とでも言うのか!?」

「馬鹿な、彼女は平民ですぞ!? 神に挑むなんて大それた真似が……」

「いいえ、神に挑むと言うのであれば、貴族に逆らうなんて大したことじゃありませんわ!」

 

 運命を切り開き神に挑む『冒険者』の力。それを与えられると言うのならば、メイドの態度にも納得は行く。オスマンは即座に壁に立て掛けられた『遠見の鏡』を起動させた。しかし映し出されたヴェストリの広場にはギーシュと野次馬の姿はあれど、肝心のメイド達の姿が無い。

 

「メイドの名は?」

「確か……シエスタだったかと」

「ふむ、タルブから来ていたメイドだったかな? それならば……」

 

 オスマンが杖を振ると鏡に映る情景が変わり、メイド達が寝泊まりする寮の一室が映し出される。

 鏡の向こうで件のメイドと昨晩の彼、そして彼を呼び出した女生徒が何かを相談しているようだ。

 と思った次の瞬間、メイドの手に銀色に光る何かが出現した。そしてその何かに小壜らしきものを押し付けると、今度は細長い何かが姿を現す。

 

「何じゃ今のは。どう見る、二人とも?」

「『練金』でしょうか? にしては、杖を振る様子が……」

「そもそも、ミス・ヴァリエールは魔法が使えません。当然『練金』もです」

 

 『練金』は土系統では最も初歩の魔法だ。物質を作り替え、質量すら自在に操る魔法だが、あの場にそれが使えるメイジは居ない筈だ。

 

「と、言うことはあれが『冒険者』の力なのか? 何とも地味な……」

「それどころじゃありませんオールド・オスマン! このままでは彼女が……!」

「うむ! ミス・ロングビル、すまんが眠りの鐘を準備しておいてくれ!

 モーソトグニルが続けて三回鳴いたら鳴らすんじゃ!」

「分かりましたわ! すぐ準備します!!」

 

 学院長の使い魔であるハツカネズミを肩に乗せ、ロングビルは大慌てで走り出す。

 残った二人が『遠見の鏡』に目を戻すのと、メイド達が広場に現れるのは同時であった。

 

 

 

***

 

 

 

 さて、学院長室から出歯亀されているなど思いもよらないトモ達一行が訪れたのは、シエスタの寮室であった。四人部屋を同僚と共同で使っているが今は皆出払っていてもぬけの殻、人目につかないと言う点では格好の場所と言えた。

 

「さて、始めましょうか。ではシエスタさん、利き腕の掌を上に向けてもらえますか?」

「はい……こうですか?」

 

 ルイズが放つプレッシャーを背に、トモは差し出されたシエスタの掌に自分の手を重ねる。

 

「……これで準備は整いました。最後に確認しますが、本当にいいんですね?

 今ならまだ間に合いますよ?」

「はい、構いません。神に挑むと言うのはよく解りませんが、このまま流されるように生きるよりは上等でしょうから」

 

 ここに来る道すがら、トモは冒険者のことを大雑把に説明していた。

 その余りに壮大で途方も無い目的に驚くものの、シエスタは自分の選択を撤回しなかった。

 既に喧嘩は売ってしまったのだ。今更止めろと言われても止められないし、何よりも『運命を切り開く』というフレーズが彼女の心を捉えて放さない。流されるままに生きたこれまでのツケ、清算出来るのなら清算してやりたかった。

 

「その気持ちを忘れないで下さい。『諦めないこと』、それが冒険者の基本にして極意ですから。

 ……では私の後に続いて復唱して下さい。心の底から『冒険者になりたい』、『絶対諦めない』、あるいは『絶対に神様をぶん殴る』と強く念じながら」

 

 言われてシエスタは思い浮かべる。故郷の村で過ごした日々を、学院に奉公に出てからの日々を。

 ──────貴族に下げたくもない頭を下げ、己が良心を裏切り続けた日々を。

 

「大迷宮におわす運命神よ、我に運命を切り開く資格あらば、我を認め給え」

「だ、大迷宮におわす運命神よ、我に運命を切り開く資格あらば、我を認め給え!!」

 

 朗々と響くその言葉。ルーンの響きにも似た旋律ながら、そこに込められたのは全く異なる意志。

 シエスタとて敬虔なブリミル教徒だ。異端の恐ろしさは肌に染みている。けれど彼女は今、自らその異端に足を踏み入れた。

 

(私の人生を切り開けるのなら、始祖にだって喧嘩を売ります!! だから──────!!!)

 

「されば我、神に挑む冒険者なり!」

「されば我、神に挑む冒険者なり!!」

 

 世界に宣誓が果たされる。その瞬間トモとシエスタは、祝福の鐘の音を確かに聞き届けた。

 そしてトモが手を離すと、シエスタの掌には三本の剣を重ねた形の聖印が光っていた。

 

「これは……!」

「……まさか一回で成功するとは」

 

 突然現れた聖印に見入るシエスタに、トモの不吉な呟きが聞こえる。

 それは傍で見届けたルイズにも聞こえたらしい。

 

「何よそれ! 勝算があるとか言って、行き当たりばったりじゃないの!!」

「い、いや……この『冒険者の洗礼』って、普通は一回じゃ成功しないんです。私だって何十回も試してやっと成功したんですよ? それが一発で……複雑な気分ですよ。あんなに苦労した私の努力は何だったんでしょうね?」

「ええと、その……ご、御愁傷様です?」

 

 落ち込むトモにずれた慰めを掛けるシエスタ。微妙な空気が辺りを漂う。

 だがいつまでもこうしているわけにはいかない。トモは自らの頬を叩くと、気合いを入れ直して次のステップに進んだ。

 

「さて、それが運命神様の聖印です。三本の剣はそれぞれ運命と未来、そして神に挑むことを意味しているそうですよ。……では、次は神器を手に入れましょう。シエスタさん、『価値のあるもの』はどれ位持ってますか?」

 

 水を向けられたシエスタの顔が曇った。彼女は稼ぎの大半を故郷に送っている為、あまり現金の持ち合わせが無い。その様子にルイズも事情を察し、おずおずとシエスタに申し出る。

 

「その……お金が無いなら立て替えるわよ? 元はと言えば私の使い魔が悪いんだし」

「それは出来ません。あくまで神器を欲する本人が所有しているものと交換でないと」

「でもこの子、お金、持ってなさそうよ?」

「お金でなくてもいいんです。何らかの『価値がある』と認められるものであれば……」

 

 主従の会話、その内容にシエスタは一条の希望を見出した。

 

「あの、お金でなくてもいいんですよね? 一寸待って下さい」

 

 そう言ってシエスタは私物を入れてある棚をひっくり返し、一本の小壜を引っ張り出す。

 

「これ、学院から貰った最初のお給金で買った香水なんです。勿体無くてあんまり使ってないんですけれど、これでどうでしょうか?」

「どれどれ……ごめんシエスタ。これあんまりいい香水じゃないわよ? そんなにするとは……」

「いえ、たとえ安物でも本人が価値を認めているのであれば大丈夫です。……入手出来る神器はお値段相当のものになりますが」

 

 小壜の中身は少し前に平民の間で流行った香水だった。平民向けだけにお値段もそれなりで、シエスタでも何とか入手出来た代物である。目の肥えた貴族であるルイズからすれば安物にも程がある粗悪品だが、どうやらこれでも神器は得られるらしい。随分安っぽい奇跡であった。

 

「では何にしましょう? 武器、防具、アイテム……ここは無難に武器にしときますか?」

「まあ、勝つ為には武器は必要だし、それでいいんじゃないかしら?」

「そうですね。まあ、貴族様に喧嘩売って骨の一本二本程度で済めば儲け物ですし、だったら全身の骨を砕かれる前に貴族様を叩きのめせる武器が欲しいですね」

「……可愛い顔して割と過激なのね貴女。ちょっとぞくっと来たわよ」

 

 物騒なことを言い出すシエスタにルイズがドン引きする中、トモは神器の入手方法を説明する。

 とは言ってもそんなに難しいことではない。何が欲しいのかを思い浮かべながら神器に香水の小壜を押し付けるだけだ。

 

「武器が欲しいと念じながら小壜を聖印に触れさせて下さい。そうすれば貴女のクラスで使える香水と同じ価値の神器が現れる筈です」

「はい、分かりました! ……武器が欲しい武器が欲しい武器が欲しいあの気障野郎をお掃除出来る武器が欲しい……」

「怖っ! なんか凄い怖いわよ! ……って、え!?」

 

 トモのアドバイスに従い、ぶつぶつ呟きながら聖印に小壜を押し付けるシエスタにドン引きするルイズの目が驚愕に見開かれる。聖印に吸い込まれるように小壜が消えたのだ。

 その代わりに現れたのは……

 

「「「モップ……?」」」

 

 そう、そこにあったのは何の変哲も無いモップだった。新品らしく、染み一つない毛先をだらんとぶら下げ、モップはそこに立っていた。

 

「な……なんで、モップ……?」

「え、私これで戦うんですか? 冗談ですよね?」

 

 唖然とするルイズと狼狽するシエスタ。同じく呆然としていたトモがそれを見て我に返る。

 

「シエスタさん、ステータスを確認してもらえますか!?」

「え、ステータスって……どうするんですか?」

「聖印に触れてステータス確認って念じれば分かります! 至急確認して下さい!」

 

 トモの指示に従い、シエスタは聖印を祈るように両手で握り締めて念じる。

 するとじわっと滲み出るように脳裏に何かが浮かび上がった。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

※シエスタ

 

種属/ヒューマン

 

種属特性

・弱者の意地:1

 

体力:4(+1)/知力:3/感覚:6(+1)/敏捷:3/

器用:6(+2、−1)/魅力:5/精神:4/幸運:14 ※()内は今回加算された補正値

 

HP:10/10 MP:10/10 SP:10/10 ※数値は現在値/最大値

 

EXP:17 所持金:20スゥ

 

保有クラスとスキル

・ハウスキーパー(※1):1

 ・清掃術(※2):1

・ハンター(※3):1

 ・解体術(※4):1

 

装備品

・メイド服(※5)/モップ(※6)/運命神の聖印

 

所持品

・なし

 

進行中クエスト

・ギーシュと決闘(期限:本日中)

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

「は……はは………あはは……」

「しっかり! しっかりしてシエスタ!」

「……これは酷い」

 

 シエスタのステータスは想像以上に酷かった。何しろ戦闘系の技能が全く無いのである。

 

 ハウスキーパー(家政婦)? 掃除や洗濯でどうやって戦うのだ。

 

 ハンター(狩人)? ギーシュを狩った後なら役に立つかも知れないが、決闘では役に立たない。

 

 与えられた神器がモップだった理由がよく解る。確かにメイドが使うならこれ以上に相応しいものは無いだろう。壊れたように虚ろに笑い続けるシエスタを揺さぶり、何とか現実に引き戻そうとするルイズ。ある意味修羅場だった。

 

「もういいんですミス・ヴァリエール。所詮平民の私には冒険者なんて大それた真似、最初っから無理だったんですよ。あはは……」

「なに言ってるの! 貴女さっき諦めないって誓ったばっかりじゃないの!

 諦めない限り何とかするのが冒険者なんでしょう!?」

「……そうですね。まだ手はあります」

 

 その言葉を聞いた二人の手が止まる。思わず向けた視線の先で、トモは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 




(※1)家事全般を得意とする一般技能系のクラス。器用に+Lvのボーナス補正を加える。
(※2)掃除をする為の技能。判定の達成値に+Lvを加える。
(※3)狩りの技術に精通した一般技能系のクラス。器用に+Lvのボーナス補正を加える。
(※4)獲物を加工する為の技能。判定の達成値に+Lvを加える。
(※5)文字通りただのメイド服。判定にファンブルすると破損する(ファンブル値に+1)。重量:0.5
(※6)清掃用具。レンジ近距離、物理ダメージ及び清掃の達成値に+1(貫通効果あり)。重量:1
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