ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第五話 決闘(しつけ)

 ヴェストリの広場。

 トリステイン魔法学院の中庭に位置するそこは、生徒達の語らいの場であり、憩いの場でもある。

 しかし今、ここは熱狂と興奮、そして戸惑いが渦巻くるつぼと化していた。

 

 決闘と言う前時代的な、それでいてプライトをくすぐるイベントに熱狂するもの。

 逸る心を抑え、命を懸けた戦いを今か今かと興奮しながら待ち望むもの。

 そして最も多いのが─────ここに至る経緯に戸惑うもの、だった。

 

「……なあ、ギーシュに決闘を挑んだメイドって、お前知ってるか?」

「ああ。黒い髪のメイドだろ? 結構可愛かったな」

「でさ、どう思う? 正直な話、正気の沙汰とは思えないんだけれど……」

「まあな。決闘を挑んだメイドもそうだけど、受けたあいつも大概だよな」

「しかも理由が二股がバレたから、だってさ。意味分かんないよ」

「貴族に逆らうだけでもヤバいのに、決闘までって、本気かな?」

「──────おい、どうやら本気だったらしいぞ。あれを見ろ」

 

 下馬評に花を咲かせていた野次馬達が注目する中、件の挑戦者……黒髪のメイドが現れる。

 ……その手に一本のモップを携えて。

 

「……まさか、あれで戦うつもりじゃないだろうな?」

「そのまさか、みたいだぜ」

 

 顔を引きつらせたギーシュの指摘に、メイドは堂々とした態度で啖呵を切る。

 

「おいおい、随分勇ましいじゃないか。惚れそうだ」

「相手は平民だぞ? それにお前、一年の子を狙っていたろう?」

「……ああ、そうだよ。あのケティって一年生をな」

「……全面的に俺が悪かった」

 

 そして互いに名乗りを交わす。決闘前の礼儀だ。

 ギーシュの傲慢な名乗り上げに対し、慇懃に礼を尽くした名乗りを返すメイド。

 可憐な容姿と裏腹に、苛烈な闘志を漲らせる少女の気迫に空気が張りつめる。

 

「……良いな」

「ああ、良いなコレ。この緊張感は癖になりそうだ」

「違ぇよバカ。あのメイドのことだよ」

「ああ言うのがお前の好みなのか? 尻に敷かれそうだが」

「…………良いな」

「たった今、お前との友情を考え直したくなったよ」

 

 両者の放つ覇気に押され、野次馬のざわめきが小さくなっていく。

 やがて完全に静まり返った広場に一陣の風が吹き、

 

「骨の一本二本は覚悟してもらおう! 『ワルキューレ』っ!!」

「そんなものはとっくに覚悟の上です! 行きます!!」

 

 二人の決闘は開始された。

 

 

 

***

 

 

 

 ギーシュが造花の杖を振るう。薔薇を形作る七枚の花弁、その内の一枚がひらりと舞い落ちて鎧を纏った女戦士の姿を形作る。

 これぞギーシュの得意技、『ワルキューレ』であった。彼は最大で七体の『ワルキューレ』を操れる。尤も、この場に現れた『ワルキューレ』は一体だけ。

 

(メイドを叩きのめすには一体で充分過ぎるくらいだ!!)

 

 ギーシュの目算は間違いではない。事実、平民への無礼討ちにしてもゴーレムを持ち出すのはやり過ぎと言えるだろう。けれどそれは失策であった。少なくとも今のシエスタに対しては。

 

『ギーシュの得意技? 確か、悪趣味な形のゴーレムを使っていたと思うけど』

 

 事前にルイズからもたらされた情報そのままの、捻りの全く無い行動。何の警戒も無く、惰性で行ってしまった手順。それは大きな隙となってシエスタの前に曝け出される。

 決闘の先手(イニシアチブ)は彼女が取った。

 

「ええぇいっ!!!」

「何いっ!?」

 

 力任せに薙ぎ払われたモップの一撃は、けれど寸での所で『ワルキューレ』に弾かれた。青銅の塊たる『ワルキューレ』に弾かれてなお傷一つ無いモップの頑丈さに驚きながらも、ギーシュは目の前のメイドへの認識を改めた。

 

(成程、大言壮語にはそれなりの理由があったという訳か)

 

 魔法を使うには準備が必要だ。杖を振るう、ルーンを詠唱する、あるいはマジックアイテムを起動するなどの準備は、同時にメイジにとって最大の隙でもある。

 そこを突かれれば如何にメイジとて平民に倒されることもあろう。

 それがメイドの狙いだったのだ。

 

(多分、ルイズ辺りの入れ知恵だろうな)

 

 この様子だと他にも策が在るかも知れないとギーシュは気合いを入れ直す。

 それは同時にシエスタの付け込むべき隙が消え去ったことを意味していた。

 

 ギーシュの表情から油断が消える様を見て、シエスタは作戦が失敗したのを悟った。

 彼女にトモから示された作戦とは「とにかく先手を打て」、それだけである。

 所詮は平民と高をくくり、油断し切った相手なら初手を取るのは容易。逆に言えば、それ以外で彼女が優位に立てる部分は無いと言うことだ。

 

(しまったなぁ……、これじゃ『もう一つ』の方に賭けるしか無いじゃない!)

 

 目論見通り初手を取ったまではいいが、まさか防がれるとは思わなかった。どうせやるなら『ワルキューレ』を造り出される前に片をつけねばならなかったのだ。

 無論トモもそのつもりで策を授けている。だからこれはシエスタ自身の失敗であった。

 これで彼女は文字通り『運を天に委ねて』決闘に望まねばならなくなった。

 

 この手番(ターン)はお互いに悪手の指し合いとなっただけに終わる。

 

 そしてお互い仕切り直しの第二戦、先手(イニシアチブ)を取ったのはギーシュ。

 踊り掛かる『ワルキューレ』の攻撃をギリギリで躱し、シエスタはモップを槍のように携えてギーシュに突撃する。術者狙いのその攻撃は、けれどそれを予測していた彼によって阻まれた。

 

「そこだっ!!」

「えっ!?……きゃっ!!」

 

 攻撃すると見せかけたのは罠。そのまま一回転して叩き込まれた裏拳をどうにか避けた彼女に、ギーシュは容赦なく追撃を仕掛けた。

 風を切って振り回される青銅の拳のラッシュを紙一重で捌き続けるシエスタ。

 勝負は持久戦に持ち込まれた。

 

 

 

***

 

 

 

 大方の予想を裏切り、意外に善戦する彼女に野次馬達がざわめき出す。

 野次馬達が見たいのは『決闘』ではなく『貴族に楯突く平民が叩きのめされる姿』なのだ。

 平民がメイジに、貴族に勝てるなどとは思い付くことさえ出来ない彼らにとって、一連の戦闘は『シエスタが奮闘している』ではなく、『ギーシュが不甲斐無い』としか捉えられない。

 野次馬のフラストレーションは徐々に高まりつつあった。

 

 もう何度目になるかも判らない金属製のストレートパンチをモップで捌く。どこにでもありそうなモップの柄は、しかし幾度となく『ワルキューレ』の拳が直撃したと言うのに罅一つ無い。

 当然だ。見た目こそただのモップだが、これも立派な神器。運命の神によって『壊れない』と言う祝福を受けているのだから。

 だが素人同然の冒険者(シエスタ)が繰り出した突きは『ワルキューレ』の青銅の肌に弾かれる。

 相手は金属、しかもメイジに操られるゴーレムだ。通常の青銅よりは頑丈なのだろう。

 反撃に備えるシエスタ、その目の前で『ワルキューレ』が唐突に頽れる。何のつもりか、と訝しんだ次の瞬間、青銅の弾丸が彼女を襲った。

 陸上のクラウチングスタートのように『ワルキューレ』がしゃがみ込んで力を溜め、全身のバネを使って体当たりを敢行したのである。突然襲い掛かって来た大質量の弾丸を咄嗟にモップで受け止めるシエスタ。しかし体格に劣る彼女にそれを止める術は無い。

 そのまま跳ね飛ばされて地面に叩き付けられる。衝撃に肺が軋み、一瞬息が止まった。

 咳き込みながら立ち上がろうとするシエスタの目前に『ワルキューレ』が迫る。両手を組んで振り下ろされる鉄槌。何とかモップで受け止めたものの、追い討ちをかけるように何度も鉄槌が振り下ろされる。逃げ場が無い状況で繰り出される攻撃。ダメージが蓄積していくにつれ、モップを握る手が段々緩んでいく。

 

 このままではジリ貧になると踏み、シエスタは一か八かの賭けに出た。

 『ワルキューレ』が手を振りかざすタイミングに合わせて身体を真横に転がす。突然目標を見失った『ワルキューレ』がたたらを踏み、その隙に体勢を立て直そうとした彼女の腹に途轍も無く重たい衝撃が走る。寸前で彼女の目論みに気付いたギーシュが『ワルキューレ』の間接を無理矢理捩じ曲げ、蹴り飛ばしたのだ。ゴーレムだからこそ出来る荒技だった。

 容赦のない一撃であったが、シエスタは何とか堪え切った。

 とは言え、彼女の受けたダメージは深刻である。熱いものが胃を逆流する。耐え切れずに吐き出すと、吐瀉物に混じって赤いものが見えた。内蔵を傷付けたのだろう。

 それでも尚、諤々と震える足を叱咤してモップを杖に立ち上がるシエスタに、ギーシュは驚愕しながらも降伏を迫る。

 

「……も、もういいだろう? それ以上の抵抗は無意味だ、今すぐ詫びれば許してやる!!」

「…………何を今更。むしろ詫びてもらうのはこちらの方では?」

 

 口の周りを朱に染め、震える身体に鞭打って再びモップを構えるシエスタのことを、彼は理解出来なかった。痛くない筈が無い。死ぬのが怖くない筈も無い。なのにそれでも尚立ち向かってくる彼女が、そこまで貴族に逆らう理由が、ギーシュには理解出来なかったのだ。

 

「……どうして君はそこまでして貴族に楯突く? 何の意味があってこんなことをする!?」

「何を勘違いされているのか存じませんが、私は貴族様に逆らっている訳ではありませんよ?」

「馬鹿な! ここまでやっておいてそんな詭弁が……」

 

 ギーシュの問いに飄々と答えるシエスタ。

 その言葉に激昂しかけ、しかしギーシュは続く台詞に言葉を失った。

 

「私はただ、自分のお尻も拭けない生意気な子供を全力で躾けているだけですもの」

 

 満身創痍の姿とは対照的な晴れやかな笑み。そばかすの残る顔に似合いの可憐な表情にギーシュは一瞬だけ見惚れ、すぐに振り払う。

 あれは敵だ。それも彼が全く理解出来ない未知なる敵だ。ならば遠慮はいらない!

 

「そうか、あくまでも僕を侮辱するのか。……最早手加減無用、全力で君を裁いてやろう!」

「お気遣いは無用です! 私はとっくに手加減なんてしていませんから!!」

 

 啖呵と共に、シエスタはモップを構えて突撃する。力任せの素人戦法だ。余裕を持ってギーシュは『ワルキューレ』でモップを弾こうとする。

 そして『ワルキューレ』の拳は宙を切り、青銅のゴーレムが空を舞う。

 

「……は?」

 

 それを見たギーシュの目が点になる。

 野次馬達もまた、たった今目の前で起きた信じ難い出来事に唖然とせざるを得ない。

 そんな観客達を余所に事態はどんどん進んでいく。ボロボロになっていく『ワルキューレ』の姿に、ギーシュはそれが事実であることを知った。

 

 満身創痍の筈のメイドが歴戦の戦士のように鋭く動き、『ワルキューレ』を弾き飛ばしたという、冗談みたいな光景が。

 

 

 

***

 

 

 

 冒険者の『スキル』とは、冒険者が必要だと求める事で『目覚める』技能である。

 もちろん持っているだけで鍛えなければ宝の持ち腐れだが、全くのど素人であっても『目覚める』ことでそこそこには戦える程度にはなれるのだと、冒険者の先輩(トモ)は語った。

 

『わざと決闘を長引かせて、スキルの覚醒を待つ』

 

 冒険者を名乗る使い魔が示した、奇跡と偶然に頼った策とも呼べない零か全かの大博打。

 己の命を賭け金にした一世一代の大勝負に、シエスタは勝利したのだ。

 

「おぉおおおおぉおおおおっ!!!」

 

 シエスタが勇ましい雄叫びを上げ、目の霞む疾さで刺突を繰り出す。

 それは空中に放り出された『ワルキューレ』を少しずつ削り取り、

 

「はあぁあっ!!」

 

 仕上げとばかりに青銅のゴーレムを軽々と放り投げ、シエスタはモップを構えて突進する。

 

「おりゃぁああああああぁあぁああああああっ!!!!!」

 

 可憐な容姿に似合わぬ雄々しき雄叫びと共に突き立てられたモップは、青銅製の『ワルキューレ』を易々と貫いて呆然と立つギーシュの腕を強かに打ち据えた。

 

「ぐわっ!?」

 

 想外な剛力にて繰り出された一撃は、盾となった『ワルキューレ』のお陰で威力が半減してしても尚、杖を取り落とすには充分だった。

 彼が杖を手放すと同時に『ワルキューレ』の動きが止まる。慌てて杖に手を伸ばすも、横から伸びたモップが一瞬早くそれを弾き飛ばす。自身を覆う影に見上げてみれば、そこには『ワルキューレ』を貫いたモップを振りかざしたシエスタの姿があった。

 

(あ、死ぬ)

 

 青銅のゴーレムすら貫いたモップである。ギーシュの頭蓋骨程度なら素焼きの壷並みに容易く砕くに違いない。

 彼の脳裏に走馬灯が走る。兄達に可愛がられた幼少時代、父に憧れ魔法に励むもドットを越えられなかった少年時代、志を抱きながら学院の門を潜った新入生時代、そして……

 

(志? はて、僕は何を志していたんだろうか?)

 

 引き延ばされた時間の中、彼が思い浮かべたのはそんな疑問だった。

 だがその答えを得るよりも早くシエスタの右手が閃き──────ギーシュの頬を打った。

 

「はぶっ!?」

「悪い事をしたら、まず『ごめんなさい』でしょう?」

 

 呆然とするギーシュに向かい、子供を諭すように語るシエスタ。

 突然の事態に混乱した彼が黙り込んでいると、彼女はもう一度その手を閃かせた。

 

「ひぶっ!?」

「悪い事をしたら、まず『ごめんなさい』でしょう?」

 

 頬の痛みで涙目になったギーシュに対し、シエスタはあくまで冷静に問い詰める。

 その様にルイズは厳格だった母を思い出して震え上がった。

 

「へぶっ!?」

「悪い事をしたら、まず『ごめんなさい』でしょう?」

 

 未だ現実に戻ってこないギーシュに三度閃く平手打ち。

 その段になってやっと観客達も理解できた。

 彼女は、シエスタはギーシュを叱っているのだ、と。

 

 四度目の平手を喰らわせるべく振り上げられた右手を見て、ようやく現実へと帰還したギーシュは慌ててそれを遮った。

 

「分かった! 謝る! 謝るからもう止めてくれ!!」

「じゃあ自分の何が悪かったのか、誰に謝らなければいけないのか、きちんと言えますか?」

 

 振り上げられた手が下ろされるのを見て安堵したのも束の間、シエスタの言葉にぐっと詰まるギーシュ。貴族が平民に頭を下げるなど前代未聞、出来る訳が無い。

 しかし再び沈黙する彼に向かい平手が構えられると、安いプライドは呆気なく崩壊した。

 

「君に八つ当たりした僕が悪いんだ! こう言えばいいんだぶびゃっ!?」

「……全然理解出来てないじゃないですか」

 

 渋々口にした反省は平手に遮られた。

 返す手の甲で反対の頬を打ち据え、もう一度平手を打ち付ける。所謂往復ビンタを喰らったギーシュは訳が分からず呆然とする。己の非を認めて謝罪したではないか。何故、更に責められねばならないのか、と。

 だがその疑問は、続くシエスタの台詞にガラガラと崩れ去った。

 

「貴方が謝るべきは私じゃなくて、貴方が泣かせた二人のレディです。あの方達が貴方に寄せた好意を、貴方は最低の行為で裏切った。その上、自分の非を認めず他人に責任転嫁した」

 

 頬を押さえて目を見開くギーシュを見据え、シエスタは断罪の言葉を吐いた。

 

「貴方は男として最低の不義理を働いたんです!」

 

 男として最低。その言葉はギーシュの自尊心にひびを入れるに充分だった。

 グラモンの男は代々女性を大切にする。だがそれは決して女性を弄ぶことではない。『命を惜しむな、名を惜しめ』という家訓は体面を守れと言う意味ではなく、か弱い女性を守り抜く為に死ぬことこそ、グラモンの男にとって最大の名誉なのだと言う戒めなのだ。

 ギーシュはよりによって、その家訓に自ら泥を塗ったのである。

 

 絶句するギーシュに、シエスタは「ちゃんと謝って下さいね!」と念を押して踵を返した。

 その後ろ姿にハッと我に返り、ギーシュは慌てて引き止めようとする。

 

「どこへ行くんだ! まだ勝負はついていないぞ!」

「いいえ、既に決着はつきました。貴方の負けですよ、ギーシュ君」

 

 だがそれは第三者の横槍によって妨げられた。

 いつの間にかギーシュの傍に立っていた男……トモが決闘の終了を告げたのだ。

 

「ふざけるな! 僕はまだ戦える!!」

「貴族の決闘は杖を落とした方の負け。そうですよね、ご主人!」

「あっ、そうよ! ギーシュ、貴方とっくに杖を落としたじゃない、だから貴方の負けよ!」

 

 そうルイズに言われて初めて、ギーシュは杖を落としていたことに気付いた。

 あの時、シエスタの攻撃で杖を取り落とした時点で既に決着は着いていたのだ。にも拘らず彼は決闘を続行しようとした。もし杖を拾っていたのなら、彼は決闘の作法を穢す卑怯者の誹りを受けていたことだろう。結果としてギーシュはシエスタに誇りを守ってもらったのである。

 

「あ……ああっ! なんて事だ、僕は……僕は!!」

 

 己が何をしでかそうとしていたのかを知り愕然とするギーシュ。決闘の高揚も、自己への陶酔も、怒りの熱狂も冷め切った今だからこそ、その事実を冷静に受け入れられた。

 ルイズはその姿を痛ましく思う。ここまでやり込められれば最早貴族の体面すら保てまい。

 だが彼がここまで追い詰められたのは自業自得、二人の女生徒に真摯に接していれば、あるいはシエスタに責任を押し付けなければ、こうはならなかっただろう。だから彼女は彼を哀れに思うものの、彼に同情するつもりは全く無かった。

 ボロボロと涙を零しつつ己の行いを悔いるギーシュに、トモは無慈悲にも追い討ちをかける。

 

「いかがですか? 自分が信じたものの脆さを突きつけられた感想は?」

「ちょっ!」

「……君も僕を笑うのかい? 笑いたければ笑いたまえ。貴族の誇りを持ち出しながら、自分で誇りを傷付けた愚かな僕を」

 

 無慈悲な台詞にルイズは咎めようとすよりも、ギーシュが自嘲気味に答える方が早かった。

 決闘が始まる前までの自信に溢れた姿は何処にも無く、ひたすら己を卑下する小物と化した彼に、トモは溜め息を一つ吐いて語り始めた。

 

「……かつて、栄華を極めながら一敗地に塗れ、玉座から引きずり下ろされた王様が居ました。

 王様はかつての栄光を取り戻す為にとある国の皇帝に仕え、一軍の司令まで上り詰めました」

 

 突如始まったお伽話にキョトンとするルイズとギーシュ。そんな二人に構わずトモは語り続ける。

 

「しかし、王様は敗北します。再び王様に土を付けた敵に、王様は復讐を誓いました。

 幾人もの部下を送り込み、策略を練って罠を仕掛け、最後には卑怯にも闇討ちまで使いました。

 ……けれど、敵はそれら全てを乗り越えてしまったのです。そう、まるでお伽話の勇者のように」

 

 それを聞いた二人の脳裏にある存在が浮かび上がる。

 平民に伝わる伝説、『イーヴァルディの勇者』。その敵のあり方は正しく伝説の勇者そのものだった。ならば、それに立ち塞がる王様とは一体何者だろう?

 

「繰り返される戦いの中で武人の誇りを失った王様に向かい、敵の一人がこう言いました。

 『男の戦いには、勝ち負けより大事なものがある』。

 結局卑怯な手すら破れ、再び敗北してしまった王様はその言葉に酷く動揺しました。王様も分かっていたのです。王様はまた王様に戻りたかったのではなく、自分が敗北した敵に一矢報いたかっただけなんだと。──────地に落ちた自分の誇りを、取り戻したかっただけなんだと」

 

 その台詞にルイズとギーシュは見た。

 全身を朱に染め、悔し涙を払って再び立ち上がる武人の姿を。

 

「王様は全てを捨てました。栄光も名誉も身分も何もかも。全てを捨てた王様はひたすら自分を鍛えに鍛え、そして正々堂々最後の一戦を挑んだのです。

 ……そして王様は負けました。全てを捨てて尚勝てなかったにも拘らず、王様は満足していました。全身全霊を込めた戦いに臨めたことに、最後には敵にすら自分を認めさせたことに。

 ──────失った誇りを、取り戻せたことに」

 

 それは苛烈な生き様を誇った武人の伝説。

 目的を見失い誇りを傷付け、けれど最期には誇りを取り戻した男の生涯だった。

 お伽話を語り終えたトモは、ギーシュをピタリと見据える。

 その真摯な眼差しに、ギーシュは言葉を失った。

 

「……貴方はそこで何をしているんですか? 一度負けたくらいで、貴方の人生は終わったんですか? 間違えたのなら正しなさい。罪を犯したなら償いなさい。何が間違っていたのかは、もう分かっている筈です。誇りを失った王様がそうであったように、一敗地に塗れた今からこそが貴方の本当の人生なんですよ」

 

 その言葉は何よりも重くギーシュの魂に響いた。彼が失ったものはまだ取り返せる。けれどここで躊躇っていてはいつまで経っても取り返せないだろう。

 ギーシュは己の手に目をやる。そこに杖は無かった。

 戦いの最中にシエスタに弾かれ、少し離れた所に転がっていたた杖を拾い上げる。青銅の薔薇は花弁を二枚失っていたが、残った五枚はしっかりとくっ付いていた。

 

「…………重い、な。僕の杖がこんなに重いとは気付かなかったよ」

 

 暫く己の杖を眺めていたギーシュがぽつりと漏らす。けれどそこには一片の影も無かった。

 そのまま薔薇の造花を高く掲げる。そして観客達が見守る中、彼は杖を手放す。

 そして足下に落ちた杖にざわめく観客達に向かい、ギーシュは高らかに宣言した。

 

「……諸君! この決闘、僕の負けだ!」

 

 広場の隅々にまで届く、良く通る声。

 敗者にも拘らず、そこには敗北への悔恨も、勝者への怨恨も全く感じられない。

 

「そして僕は僕が傷付けた三人のレディに謝罪したい!!

 ──────ミス・ロッタ、ミス・モンモランシー、そしてミス・シエスタ。僕の不甲斐無さで傷付けたことに対し、心よりお詫び申し上げる!!」

 

 その宣言と共に頭を下げた彼に、ざわめきが一層大きくなる。貴族であるケティとモンモランシーはともかく、平民のシエスタにさえ謝罪したと言う前代未聞の出来事に野次馬達の度肝が抜かれたのだ。

 

「……君たちにも迷惑を掛けた。済まなかったな」

「え? い、いや、私たちは───」

「私たちは何もしていません。只あなた方の背中を押しただけです。それよりも……」

 

 慌てふためくルイズとは裏腹に、あくまで冷静なトモにギーシュは鷹揚に頷いてみせる。

 

「分かっているさ。三人のレディには改めて謝罪に……」

「納得がいくかぁっ!!」

 

 ギーシュの台詞を遮ったのは一人の男子生徒の叫び声だった。血走った目で観客から抜け出し、大股で歩み寄って来た生徒に呆気にとられるトモとルイズ。ギーシュはその生徒に見覚えがあった。確か同じ二年生で風のラインメイジ、ヴィリエ・ド・ロレーヌと言った筈だ。

 

「何事かねミスタ・ロレーヌ。見ての通り決着は着いている筈だが……?」

「引っ込んでいろ負け犬が! 貴族に楯突いた平民に頭を下げるなんて、正気か貴様!?」

 

 余りの言い草にギーシュとルイズの眉が跳ね上がる。言い返そうとしたルイズを押し止め、トモは一歩踏み出してヴィリエに相対した。

 

「何が不満なんですか? 当人同士で決着が着いた以上、第三者が出て来る理由は無い筈です」

「喧しい! ドットメイジ如きに勝った程度で平民風情が調子に乗るな!!」

「平民風情、ですか……。では、どうなさるおつもりで?」

 

 あくまで慇懃な態度を崩さないトモに、すっかり逆上したヴィリエが杖を突きつける。

 

「決まっているだろう! 貴族の矜持を傷付けたお前達を叩きのめしてやる!

 ──────決闘だ!!」

 

かくして当事者達の誰もが望まなかった第二幕が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────────────────────

 

※シエスタ

 

種属/ヒューマン

 

体力:6(+2)/知力:3/感覚:6/敏捷:3/器用:6/魅力:5/精神:4/幸運:14

※()内は今回加算された補正値

 

HP:2/11(+1) MP:9/10 SP:10/10 ※数値は現在値/最大値

 

EXP:7 所持金:20スゥ

 

総合レベル:3

・ハウスキーパー:1

 ・清掃術:1

・ハンター:1

 ・解体術:1

・ファイター(※1):1

 ・連続攻撃(※2):1

 

装備品(アクセサリー)

・メイド服/モップ

 

所持品(アイテム)

・運命神の聖印

 

進行中クエスト

・ギーシュと決闘(期限:終了)

 

───────────────────────────────────────────

 

エネミーデータ

・『青銅』のギーシュ(Lv:1) 敏捷値:5/攻撃値:6/防御値:4 HP/MP:10/14

 土のドットメイジ。精神的に脆く、挑発に乗り易い。杖を手放すと戦闘不能になる。

 ・保有スキル:練金Lv1(※3)/ゴーレムLv2(※4)

 

・ワルキューレ(Lv:1) 敏捷値:1/攻撃値:6/防御値:5 HP/MP:20/ー

 ギーシュによって作り出されたゴーレム。ギーシュが杖を手放すと戦闘不能になる。

 

 

 

 

 

 




(※1)武器の扱いに長けたウォーリア系のクラス。能力値補正/体力
(※2)単一の目標に連続して攻撃出来る戦技。攻撃判定をLv回追加出来る。
(※3)土属性の物質一つを違う物質に変化させる『土』魔法。生物に対しては使えない。ギーシュが練金出来る金属は青銅までである。
(※4)ゴーレムを作り出して操作する『土』魔法。1ターンに1体生成可能。ギーシュは最大7体まで生成・操作が出来る。

※選択ルール:貫通(採用にはGMの許可が必要)
・槍や弓矢、銃などの貫通効果のある武器を使ってクリティカルした場合、クリティカルごとに同一レンジ内に隣接する1体を攻撃対象に追加する。この場合、与えるダメージは1体ごとにエネミーの防御値を引いた値になる。
例:防御値5の対象Aに貫通が発生し、隣接していた対象Bを攻撃対象に加えた場合、Aに与えたダメージが12点とすると、Bには12−5=7点のダメージが与えられることになる。

※選択ルール:プレイ中のスキル獲得(採用にはGMの許可が必要)
 ・PCが取得に充分なEXPを保持している場合に限り、1セッション中に1回だけプレイヤーは任意のタイミングでスキルを獲得出来る。但しこれは特例であり、予めGMに許可を得なければならない。
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