ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第八話 奪還(くえすと)

「ちょっと買い過ぎたかも知れないわね」

「……これが、ちょっとの量ですか?」

 

 シルフィードを預けていた竜舎の前で、トモはうずたかく積まれた箱の山を見上げた。

 帰る段になってようやくシルフィードの積載量を思い出したルイズ達が明後日の方向を向く。

 彼女達の頬に伝わる冷や汗に、彼は天を仰いでから対策を提言する。

 

「……後で届けてもらいましょう。宅配業者とかは居ないんですか?」

「「「あっ!!」」」

 

 かくして身軽になった一行を乗せ、シルフィードは帰還の途につく。

 荷物の山を前にした時の絶望的な表情とは一転して妙に晴れやかに大空を舞う風竜の背で、トモとデルフリンガーは自己紹介を交わしていた。

 

『……じゃあ旦那はそのサムライってやつで、あれはサムライに伝わる剣技なんだな?』

「ええ、そうです。普通は打刀って言うバスタードソードくらいの大きさの刀を使うんですが、デルフリンガー君位の大きさの刀もありますから」

『ほう、そうなのか?』

 

 朗らかに会話を交わす一人と一本を眺めながら、ルイズは今までとこれからに思いを馳せる。

 魔法学院に入学して以来、ルイズの周りには敵しか居なかった。

 憐れみ、侮蔑、嘲笑。その他諸々の悪意が渦巻く中、彼女は常に一人だった。

 そんな環境が、ここ最近になって変わりつつある。

 相変わらずキュルケはからかってくるし、ギーシュは気障でモンモランシーは嫉妬深いのは変わっていない。しかしキュルケのからかいからは嫌みが抜け、ギーシュやモンモランシーも彼女を侮蔑する事無く友人として付き合っている。タバサはよく解らないが仲は悪くないと思う。シエスタはあの事件以降、ルイズ専属として働いている。中々に『出来る』彼女に、これは良い出会いだったと思わずにはいられない。

 

(……あの胸だけは気に入らないけど……)

 

 若干黒い思考が挟まるが、ルイズが彼女を高く買っているのは事実だ。

 オスマンやコルベールとも接する機会は増えた。オスマンのセクハラぶりには辟易するが、よく見ると決定的な間違いは犯していない事が分かる。あれもくだらないギャグと同じで、コミュニケーションを円滑にする手段なのだろう。

 コルベールは元々学院一の変人教師として知られていた。だが、その人となりを知るにつれ、それらの噂が事実を表していないことにルイズは気付いた。

 彼は火の系統を平和的に利用することを目指している。それに時々、平和ボケした他の教師とは違う剣呑な空気を漂わせていることがあった。おそらく過去に何かあって、それが彼の目的を産んだのではないかとルイズは推察している。

 

(こうやって考えてみると、それぞれに背負うものがあるのよね……)

 

 ルイズは貴族だ。だから貴族の責務を背負う義務があり、故に平民を統べる権利がある。

 だけどあの決闘の際、彼女は義務を忘れて権利だけを貪ろうとしていた貴族達の醜い姿を目の当たりにした。そんな貴族達にどれ程平民が追い詰められていたのかも。

 あの時のシエスタの叫びは、そのまま平民達の慟哭でもあったのだ。

 もしも、それに気付かずに貴族として民を導く立場になったとして、ルイズは果たして彼女の望む貴族になれただろうか?

 

 今、ルイズの意識に大きな変化が訪れようとしていた。

 それを導いたのは間違いなく彼女の使い魔である。

 自由闊達、奔放無頼、皮肉屋で口が達者な『冒険者』。いつか神を殺す、そんなあやふやな目的に人生を捧げた彼の生き様はルイズには理解出来ない。理解出来ない筈だった。

 けれど彼女は思い浮かべずにはいられない。彼とシエスタと見知らぬ仲間達と共に、迷宮を踏破し怪物達を倒し、強大な神に挑む己の姿を。

 その姿はルイズを強く惹き付けて止まない。けれど彼女は貴族なのだ。

 始祖に帰依するものとして、冒険者と言う異端に踏み込む事は許されない。

 

(止めよ、止め。益体もないこと考えても仕様がないわ)

 

 頭を振って思考停止。何かを訴え続ける心を無視して視線を正面に向ける。

 そして視界に飛び込んで来たそれに、彼女は呆気にとられた。

 

「………は?」

 

 五つの塔に囲まれた学院の本塔、それを殴り付ける巨大なゴーレムと言う非日常の光景に。

 

 

 

***

 

 

 

 ゴーレムとは本来『形なきもの』を意味し、土塊から産まれた人間の原型たる泥人形のことを指すと言う。それが転じて土から創られ、魔法によって動く人形を総じてゴーレムと呼称するようになったらしい。

 

(それが本当なら、差詰め『アレ』は巨人の原型ってところかしら?)

 

 魔法学院の強固な『固定化』を掛けられた本塔を蹂躙する巨大ゴ−レム。

 それを目の当たりにしながら、ルイズはそんな豆知識を思い浮かべていた。

 もちろん現実逃避である。

 彼女だけではない。一行を乗せたシルフィードも含め、みな唐突に起きた非現実な出来事に呆気にとられている。だが一行の中でただ一人だけ、即座に行動を開始した人物が居た。

 

「タバサさん、シルフィードを『アレ』の手が届かない高度に上げて、『アレ』の上空を旋回させて下さい! ご主人、キュルケさん! 『アレ』に見覚えはありませんか!?」

 

 トモの台詞に我に返ったタバサがシルフィードに指示を出す。

 急上昇するシルフィードの力強い羽撃きに、ルイズとキュルケが続けて我に返った。

 

「ちょ、ちょっと待って! キュルケ、あれは学院の関係者じゃないわよね?」

「そ、そうね。少なくとも学院をすすんで壊そうとする関係者は居ないと思うわ」

 

 全長三十メイル程のゴーレムは、上空を舞う風竜などおかまいなしに本塔を殴り続ける。

 そこに何があるのかを思い出したキュルケは、ゴーレムを操る人物の目的を見抜く。

 

「ねえ、あの辺って、宝物庫のある辺りじゃない?」

「まさか、賊? 有り得ないわ、ここにどれだけのメイジが詰めていると思ってるの!?」

「実際に襲われているじゃないですか! なら有り得ないことじゃありません!!」

 

 まだ混乱しているらしいルイズを一喝し、トモはゴーレムの様子を窺う。

 相変わらずゴーレムは壁を殴り続けていた。だだっ子のような力任せのそれは、しかし微笑ましさなど一切持ち合わせない純粋な暴力である。

 良く見ればゴーレムの肩に人影が見えた。恐らくあれがゴーレムを操る術者なのだろうが、有効な攻撃手段が手元に無い。トモは接近戦が専門だし、魔法もこの距離では精密さに欠ける。

 かと言って距離を詰めようにも、あの巨体に迂闊に近付けば瞬く間にシルフィードごと挽肉にされてしまうのがオチだ。

 

「とりあえず、この場は見逃す他は無さそうですね」

 

 悔しさを滲ませつつ、トモはそう漏らした。

 諦めた訳ではない。この場は見逃して泳がせて、先廻って捕縛するつもりだった。

 とりあえずもっと高度を上げるように指示を出そうとしたトモは、ルイズが杖を振り上げるのを見てギョッとした。

 

「ご主人! やめ──」

「魔法を使えるから貴族じゃないわ、敵に背中を見せないから貴族なのよ!」

 

 ルイズはトモの呟きを額面通りに捕らえてしまっていた。

 言葉が足りなさ過ぎたのである。

 何より、ルイズはトモに失望してしまった。

 『決して諦めずに運命を切り開く』、その言葉が口先だけだと思ってしまったのだ。

 

(見てなさい、私は決して諦めないわよ!!)

 

 もしも彼がその思惑を全て語っていれば、ルイズもこんな勘違いはしなかっただろう。

 あるいは呟きを漏らさなければ、状況は変わっていた筈だ。

 ここに来てから初めてとも言える、トモの失態であった。

 

「『ファイヤーボール』!!」

 

 勇ましく振るわれた杖からは何も出ず、代わりに本塔の壁が爆発四散した。

 そこへゴーレムの腕が突き刺さる。人影はゴーレムの腕を伝い、悠々と宝物庫の中に消える。

 そして再び姿を現した時、人影は大きな箱を抱えていた。

 それを見ていたルイズの頬に冷や汗が伝う。

 

「も、もしかして……やっちゃった、かしら?」

「「「………」」」

「だ、大丈夫! 今度は外さないから!!」

 

 ジト目の一同から顔を逸らし、ルイズはゴーレムに向けて再び杖を向ける。

 しかしゴーレムは学院の城壁を突き崩し、猛然と逃走を開始した。

 

「大変! 逃げるわよ!!」

「……追って」

『きゅぃいいいいっ!』

 

 タバサの簡潔な命令に従い、シルフィードは猛然とゴーレムを追い始めた。

 鈍重な見掛けとは裏腹にかなりの速度があるものの、最速を謳われる風竜には関係無い。

 瞬く間に追い付き、ルイズが再び杖を振り上げる目の前で、ゴーレムは突然崩れ落ちた。

 

「え……?」

 

 突然のことに目を白黒させる一同。

 ゴーレムはたちまち土の塊に姿を変え、小山のように降り積もる。

 そしてその肩にいた筈の人影は、煙のように消え失せていた。

 

 

 

***

 

 

 

 魔法学院の宝物庫、いや『元』宝物庫に集まった教師の数は驚く程少なかった。

 

「なんじゃ、これっぽっちしかおらんのか! この非常時に何たることか!」

「お、お言葉ですがオールド・オスマン。何分今日は『虚無の曜日』でして……、教師の方々も出払ってしまい、残っていたのは私たちしか……」

 

 不甲斐無い教師達に憤慨するオスマンに、残っていた数少ない教師の一人であるシュヴルーズが青い顔で釈明する。しかし彼女は運が良かった。もし賊が夜に現れたのなら、今晩の当直であるシュヴルーズが全責任を負わされていた筈だったのだから。

 我が身の幸運を始祖に感謝するシュヴルーズ。そんな彼女を横目にしながら、オスマンは壁に残された賊のメッセージを読み上げる。

 

「破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ、か……。近頃噂になっとる盗賊が、とうとう学院に狙いをつけたということかの」

 

 それはトリステインの貴族にとって恐怖の代名詞とも言える名前であった。

 主にマジックアイテム、魔法の付与された物品を専門に狙う盗賊で、盗みに入る際に『練金』でどんなに強固な壁や扉も土塊に変えてしまうことからそう呼ばれている。性別すら不明なほど謎に包まれており、唯一判明しているのは土のトライアングルメイジらしいと言うことだけ。

 そして犯行現場にふざけたメッセージを書き残していくことでも知られた盗賊であった。

 

「嘗められたものじゃな。言わばメイジの総本山たる学院に白昼堂々襲い掛かるとは……。もっともこの様では嘗められても仕方無いのかも知れんの」

「何を呑気な……! すぐに王室に連絡して、衛士隊を差し向けてもらわないと!」

 

 怒り半分に自嘲半分のオスマンに、駆けつけたコルベールが詰め寄った。

 しかしオスマンは首を横に振る。

 

「それはいかんぞミスタ・コルベール。これは魔法学院の問題じゃ。身に掛かる火の粉を己で払えずして、貴族は名乗れん。その上ここには王家からの預かりものもあるのじゃ、信頼して預けたものが盗まれましたでは学院の信用に関わってしまうぞい」

 

 故に自力で解決するんじゃよ──そう言うと、オスマンは目撃者の方へ目を向ける。

 そこに居たのはある意味で馴染みの面々だった。

 ルイズは何故か悲壮感すら漂う程の緊張を漲らせている。逆にトモは憎らしいほどいつも通りの態度で、一緒に呼び出されたキュルケとタバサのコンビと談笑していた。対極的な主従の姿に戸惑いながらも、オスマンは普段は隠している威厳を表に出して命じた。

 

「詳しく説明したまえ」

 

 その言葉にトモが反応するよりも早く、ルイズが進みでて説明を始める。

 トリスタニアから帰って来た途端、襲撃に出くわしたこと。

 使い魔の機転を自ら潰してしまったこと。

 ゴーレムを狙った魔法が誤爆して宝物庫の壁を破壊したこと。

 それが盗賊に宝を盗み出される隙を与えてしまったこと。

 逃げる盗賊を追いかけて結局見失ったこと。

 

「……ゴーレムは崩れて土の塊になってしまいました。賊の姿も一緒に消え失せ、その人となりも全く分からず仕舞いでした」

「成程、よく解った。ミス・ヴァリエール、下がって宜しい」

 

 話を聞いたオスマンは内心で嘆息する。

 事情を話している間、ルイズは俯いて血の気が引く程握り締めた拳を震わせていた。

 ゴーレムを見失った後、トモから話を聞いたルイズは自分の思い込みが全ての原因だと感じていたのである。無論、そんなことは無い。鮮やかな引き際を見せたフーケをあのまま泳がせていても、結局見失っていただろうことは想像に難くない。

 けれど立派な貴族たろうとするこの誇り高い少女は、自らの過ちを許せなかった。

 

 もしも、あの時血気に逸って攻撃したりせずに泳がしておいたなら?

 もしも、あの時壁を破壊しなかったなら?

 

 後から後から湧き出る後悔が彼女を押し潰す。しかしルイズは目を逸らさない。

 後悔と責任感が渦巻く内心を押し殺し、当事者としての義務を果たそうとする彼女の危うさを感じたオスマンは、わざと突き放してルイズを守ろうとしたのである。

 だが、その心遣いは一人の教師によって無駄に終わった。

 

「なんて事をしてくれたのかね、ミス・ヴァリエール! 君が余計なことをしなければ学院の秘宝は盗まれずに済んだのに!」

 

 口角に泡を飛ばしてルイズを糾弾したのはギトーと言う教師だった。

 学院でも珍しいスクウェアクラスの教師で、本人もそれを笠に着て自分の系統である風が最強と言って憚らない。直情径行の気があり、非常に感情的で物事を自身の尺度で図ると言う小物の条件を満たす男でもあった。風と言う自身の系統を裏切り、空気を読まぬ発言に場をかき乱されることもしばしばある。

 それがよりにもよって今この場で発動したのだ。

 

「そもそも魔法も満足に使えない劣等生の君に何が出来ると言うのかね!? ミス・タバサにでも後を任せて、さっさと引っ込んでいれば良かったものを!」

 

 蒼白になったルイズの目が潤む。けれども彼女は反論もしないでじっと耐えた。

 涙を堪えて投げ掛けられる罵声をただただ受け入れる彼女に、ギトーは一方的に捲し立てた。

 その言い草にコルベールやオスマンだけでなく、キュルケやタバサもむっとした顔になる。

 そして皆がギトーの暴言を諌めようと口を開けようとした刹那、

 

「大体、『ゼロ』の分際で───」

「お言葉が過ぎるんじゃないですかね、先生?」

 

 ギトーの口を塞いだのはオスマンでもコルベールでもキュルケでもタバサでもなかった。

 一歩進み出てルイズを背後に庇い、ギトーを睨み付けていたのは平民の使い魔、トモだった。

 

「何だ貴様は! 平民風情が邪魔をするな!!」

 

 青筋を立てて怒るギトーを無表情に一瞥し、トモは慇懃に一礼する。

 

「申し遅れました。私はミス・ヴァリエールに招聘されて使い魔を務めておりますヤナギダ・トモと申すもの。極東は日本国、こちらで言うロバ・アル・カリイエより召喚の儀にて呼び出され、オールド・オスマンの保護を受けて学院にお世話になっております」

「使い魔だと? ……そうか、『ゼロ』に召喚された平民とは貴様のことか!」

 

 あくまで慇懃な態度を崩さないトモに、ギトーは見下し切った目を向ける。

 何も珍しいことではない。平民は貴族に仕えるもの、その固定観念は生徒のみならず教師にとっても常識だったからだ。むしろオスマンやコルベールの方が異端なのである。

 六千年の貴族優位社会が育てた偏見は、余りにも強固に貴族自身を縛っていた。

 

「その使い魔が何の用だ! まさか主人を庇い立てするつもりか!?」

「いいえ、賊に付け入る隙を与えてしまったのはご主人の落ち度です。それに付いては異論はありません」

 

 その言葉を聞いたオスマン達は驚愕し、ルイズは絶望した。

 遂に使い魔にまで見放されてしまった、と。

 けれど続く言葉を聞くや否や、彼女は困惑する事になる。

 

「私はただ、先生の思い違いを正して差し上げようとしたまでです」

 

(思い違い? 一体、何のこと……?)

 

 ルイズの動揺を余所に、トモとギトーの対決は始まった。

 先手(イニシアチブ)を取ったのはトモである。

 

「ところで、先生は他の先生方のようにお出かけにはなっておられないのですね?」

「当然だ、学院の危機に備えずして何が教師か!」

 

 実際にはその気性に辟易した同僚が誘わなかっただけだが、それを知らないギトーは胸を張る。

 

「成程、その割には盗賊を迎撃する際にお姿を見掛けませんでしたが?」

「ぐっ!?」

 

 そう、何と言おうがフーケに立ち向かったのはルイズ達だけなのだ。

 ちなみにギトーはその時、パニックになって正装に着替えていた。同じパニックであっても、ルイズのそれに比べれば全然無意味な行動である。

 言葉に詰まるギトーに、トモは更なる追撃を掛けた。

 

「それにご主人は少なくとも貴族の義務を果たそうとしておりました。結果的には賊にしてやられましたが、その件について追求される筋合いは無いのでは?」

「うぐっ!?」

 

 貴族の義務を持ち出して来たトモに、ギトーは何も言い返せない。

 実際はともかく、建前としての高貴なるものの義務(noblesseoblige)は未だに残り、貴族はそれに準じた行動を取るべきとされている。ルイズはそれを実践しただけだ。それを否定することは貴族の名誉を穢したと思われても仕方が無い所行であった。

 再び詰まるギトーに、トモは止めの一言を放つ。

 

「何より私とご主人への暴言は、そのままヴァリエール家とオールド・オスマンの体面に直結します。引いては貴方の家名に泥を塗ることになりますよ?」

「ぐはっ!!」

 

 それはド・ロレーヌにも語った事実の再確認でしかない。

 けれど、それはギトーの頭に昇った血を一気に引き下げるには充分な威力を持っていた。

 ルイズとトモにうかつなことを言えば、ギトーは爵位と名誉と職を一気に失う事になる。

 最早彼に逃げ場所は無い。

 

「おのれ、虎の威を借る狐如きが……!」

 

 憎々しげに吐き捨てるギトー。その言葉を聞いたトモは飄々とした態度を崩さずに言い放つ。

 

「虎からすれば卑怯者でしょうが、狐からすれば生き残る為に考え出した知恵ですよ? 力の振るいどころを間違えた貴方に、狐を誹謗する権利があるのですか?」

 

 虎に喰われかけた狐が咄嗟に吐いた嘘、『自分は獣の王様である』を証明する為に狐の後を着けた虎。狐を見る度に逃げ出す獣達に嘘を信じ、狐に礼を尽くした虎は結局最後まで獣達が狐ではなく、その後ろに控えた虎に怯えていた事に気付けなかったと言う故事。

 『強者に媚を売ってその名を悪用する卑怯者』の代名詞と化した有名な故事だが、見方を変えれば『危機をチャンスに変えた知恵者』となりうるのだ。狐はただ自分の力を存分に振るっただけ、力を持ちながら使いもしなかったものにそれを否定する権利は無い。

 もはや完全に言葉を失ったギトーを一顧だにせず、トモはオスマンに向き直る。

 

「失礼しました。何分、聞くに堪えない世迷い言だったもので」

「……謝るのはこちらの方じゃ。ミス・ヴァリエール、ミスタ・ギトーの暴言、全教師に変わって儂が謝罪しよう。済まなんだな」

「い、いえ、そんな! お顔を上げて下さいオールド・オスマン!」

 

 ルイズは自らに向かって下げられた頭に慌てふためく。

 ギトーの言葉は刺があったとは言え、概ねその通りだと彼女は思っている。だから、オスマンが謝る理由が分からなかった。

 一方、オスマンはギトーの浅慮に腹を立てつつ、トモの言葉に驚嘆していた。

 確かにルイズのしでかしたことは問題だった。けれど今のルイズはいっぱいいっぱい、これ以上追い詰めれば彼女がどうなってしまうのか分からない。だからオスマンは一旦突き放して事件から遠ざけ、適当な罰を与えて罪悪感を軽減させようとしたのだ。

 しかしその思惑はギトーによって潰されてしまった。このまま彼女を遠ざければそのまま責任感に押し潰され、二度と立ち直れなくなってしまっただろう。

 だからトモはルイズの罪を肯定した上で教師たちの責任を追及し、その所在をうやむやにする事で彼女の名誉とその心を守ったのだ。

 

(……敵わんなぁ。これでミス・ヴァリエールは少なくとも己の罪業に潰されることは無くなるじゃろう。その上、ギトー君を生贄にすることで学院に責任を分散しおった。これで儂の提案も説得力を持つ事になる。……ここまで読んでおったのかの?)

 

 碌に顔を合わせたことの無いギトーの心理をここまで読み切って仕掛けたのなら、トモは一角の戦術家だ。それも最小の犠牲で自分と主に有利な展開を引っ張って来るような一級品である。

 敵に回すには恐ろしい部類の人物だった。

 だが、今はその支援砲火が有り難い。オスマンが提案しようとしていた策にこれほどの説得力が産まれたのだ、使わない手は無い。

 

「……こほん。えー、先程も言った通り、フーケの一件はあくまで『学院の問題』として処理せねばならん。故に儂ら自身で解決するのじゃ。そこでフーケの捜索隊を編成したいと思う。我と思うものは杖を掲げよ」

 

 有志を募ってフーケを追撃し、秘宝を取り返して襲撃の事実を隠蔽する。

 それがオスマンの考えであった。破壊された本塔は魔法の暴発とでもすれば良い。

 肝心なのは宝物庫の中身が揃っていることなのである。

 

「……どうした? 何故、誰も杖を上げんのかね?」

 

 しかし彼の思惑に対し、教師たちは沈黙によって応えた。

 あれほど調子の良いことを言っていたギトーですら、青い顔で首を左右に振るばかり。他の教師に至っては困ったように顔を見合わせるだけで、杖を掲げる素振りすら見せない。

 皆、怖れていたのだ。日が傾きかけていたとは言え、白昼堂々と巨大ゴーレムで魔法学院に乗り込んでくる盗賊に、尻込みしていたのだ。

 

「おらんのかね? フーケを捕まえて名を上げようとする勇敢な貴族は誰もおらんのかね!?」

 

 オスマンは舌打ちをしたくなった。

 数が少ないとは言え、ここに居るのはメイジを養成する為に国中から集められたエキスパートである。それがこの体たらく、この様では折角のトモの援護も意味を成さず、盗賊を逃した学院の名誉は地に落ちるだろう。

 だから震えながら掲げられた杖を発見した時、彼が杖の主を確認せずに捜索を命じたとて無理はあるまい。

 

「おお、行ってくれるのか! ならばお主に頼もう……って、お主は!?」

「馬鹿な、ミス・ヴァリエール!?」

 

 そう、高く掲げられた杖はルイズのものであった。

 驚愕する一同を見渡し、彼女は吼える。

 

「誰も掲げないなら、私が行きます! 元を正せば賊に付け入る隙を与えたのも私の責任、ならばその雪辱は自分で晴らしてみせますわ!」

「いけません、貴女は生徒なんですよ!? こんな危険にさらす訳には……!?」

 

 コルベールがルイズを説得しようとするが、続けて掲げられた杖を見て絶句した。

 そこに居たのはキュルケとタバサ。片や不敵な微笑みを浮かべ、片やいつも通りの無表情で、ルイズよりも高く杖を掲げている。

 

「君たちまで、何を!?」

「ヴァリエールに遅れをとるのはツェルプストーの恥ですもの」

「……二人が心配」

 

 何でも無いことのように言ってのける二人に、ルイズは心の中で感謝を捧げる。

 キュルケもタバサも、フーケの件には直接の関係が無い。たまたまその場に居合わせた二人を巻き込んでしまったのはルイズである。けれどその事を二人とも責めたりはしなかった。その上、彼女の雪辱戦を援護するとまで言ってくれたのだ。その心遣いにルイズはただただ感謝する。

 

「……やっぱり私は反対です! 今からでも衛士隊に……!」

「お待ちくださいミスタ・コルベール。この件、私とご主人にお任せください」

 

 教え子達が危険に晒されることを良しとせず、コルベールが再度衛士隊への連絡を提案しようとする。それを止めたのは、ギトーをやり込めてから一言も発しなかったトモであった。

 

「な、君まで……! 分かっているのかね? このままでは彼女達が……!」

「全部理解しておりますとも。だからこそ、止めるべきではないと思うのです」

 

 そう言うと、トモはコルベールにだけ聞こえるように囁く。

 

「……今のご主人は自信を喪失しています。それも以前のような上辺だけのものでは無く、魂とも言うべき大事な部分の、です。多少の危険はあっても、何らかの形でご主人自身が解決に関わるようにしなければ、ご主人は今度こそ限界を迎えてしまうでしょう」

「う、し、しかし……」

「何も盗賊本人を捕らえずとも良いのです。犯人に繋がる重要な証拠やアジトの手掛かりを見つけるだけでも、ご主人の救いになるはずですから」

「う、ううむ……」

 

 トモの言うことも分かる。だが、いくら彼女の為とは言えど、教え子をむざむざ危険な所へ向かわせるのは躊躇われた。苦悩するコルベール、だがその迷いを断ち切ったのはオスマンの言葉であった。

 

「ならば君たちに頼むとしよう」

「そんな、オールド・オスマン、私は反対です! 生徒を危険な目に遭わせる訳には……!」

 

 事態の推移に置いていかれたシュヴルーズが今更反対を示す。

 しかしオスマンが「では、君が行くかね?」と尋ねた途端、彼女は火が消えたように口籠った。

 

「まあ、コルベール君やミセス・シュヴルーズの心配も分かる。じゃが、彼女達は犯人を見ておるのじゃ。捜索においてこれほど有利なものは無い。その上、ミス・タバサは若くしてシュヴァリエの称号を持つ騎士じゃと聞いておるし、ミス・ツェルプストーはゲルマニア随一の軍閥の家系じゃろう?」

 

 それを聞いた教師達にどよめきが走る。

 シュヴァリエは序列こそ最下位ではあるが、他の爵位とは違い相応の功績を挙げたものだけに与えられる称号だからだ。タバサの歳でシュヴァリエに叙勲されるのは異例である。キュルケも思わず「それ本当!?」と本人に確認したくらいだ。

 そのキュルケも優秀な軍人を多数輩出したことで知られる名門の出だ。戦争の度にヴァリエール家と戦って来た経験は伊達ではない。

 

「本人達も二年では珍しいトライアングルメイジじゃ。系統は違うとは言え、同じトライアングルのフーケにそうそう引けを取ることはあるまい。ミス・ヴァリエールもトリステイン最大の大貴族の息女じゃし、何よりフーケと交戦した唯一のメイジじゃ! 杖も掲げんボンクラ共より余程信用がおけるわい!」

 

 そう言って居並ぶ教師陣を睨み付けるオスマンに、気まずそうに視線を逸らす教師達。

 

「その使い魔であるミスタ・ヤナギーダも一流の『メイジ殺し』じゃ! さあ、彼女達に優ると思うものがいるなら、一歩前に出て代わりに志願したまえ!」

 

 冒険者であることを伏せるため『メイジ殺し』────武器や策略でメイジを出し抜く平民の傭兵の総称────にされたトモが教師達を睨め付ける。

 たじろぐ一同が一歩も動かないのを確認すると、オスマンはルイズ達に向き直った。

 

「魔法学院は諸君らの努力に期待する。ただし、自身の命を第一にすること! 死ぬような真似は決して許さぬ、これは厳命じゃ!!」

「「「杖にかけて!!」」」

 

 ルイズとキュルケとタバサは直立不動で答えた後、恭しく一礼する。

 トモだけが何も言わずに控えていた。

 

「頼んだぞい。ところで、ミス・ロングビルはどうしたのかね? 姿が見えんようじゃが……」

「そう言えば、襲撃直後辺りから姿が見えないようですが……どこへ行ったのでしょうか?」

 

 オスマンとコルベールが互いに首を捻り合っていた時、噂のロングビルが慌てた様子で現れた。

 

「何処へ行っていたんですか!? 大変なことが起こったのですぞ!?」

「承知しています! オールド・オスマン、賊の居場所が分かりました!!」

「何じゃと!」

 

 ロングビルの報告に、オスマンのみならずその場にいた全員が度肝を抜かれた。

 

「ゴーレムが逃走した時、私は偶然黒ずくめのローブ姿の男を目撃したのです! さてはコイツが賊に違いないと後を着けたところ、近くの森にあった廃屋へ入っていくのを確認しました!」

「でかした! おそらくその廃屋がフーケの隠れ家じゃろう、そこは近いのかね?」

「馬で四時間程といった辺りでしょうか。今から向かうと恐らく夜になってしまうと思いますが」

 

 思わぬ知らせに考え込むオスマン。

 相手は名うての盗賊である。先刻はああ言ったが、危険な相手には違いない。如何に実力者揃いとは言え、未だ学生に過ぎない彼女達に危ない真似はさせたくなかった。

 

「……ではミス・ロングビル、馬車を用意させよう。彼女達をその廃屋まで案内してほしい。君たちにはフーケを見張ってもらおう。無理にフーケを捕まえようとせんで良いからの」

「では私たちの命が最優先で、次点は秘宝の奪還。フーケの捕縛はおまけとして考えれば良いのですね?」

 

 オスマンが下した命令を、それまで口を噤んでいたトモが簡潔にまとめる。

 

「そうじゃ。あくまで目的は秘宝の奪還なのでな」

 

 その言葉に頷いたトモは姿勢を正し、胸元の聖印にその手を重ねて重々しく宣言する。

 

「冒険者ヤナギダ・トモは捜索隊の身を守り、学院の秘宝を奪還することをここに誓う。

 ──────宣誓(クエスト)!」

 

 三本の剣を重ねた聖印が銀光を放つ。

 一行を乗せた馬車が学院を出立したのは、それから少し経った頃だった。

 

 

 

 

 

 

新規クエスト追加

 

・『破壊の杖』の奪還(期限:翌日まで)

 

 

 

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