ゼロの使い魔 〜使い魔は冒険者〜   作:まほうつかい

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第九話 作戦(ねまわし)

 『破壊の杖』、学院の秘宝たるそれは名に反してどう見ても杖に見えない外見をしていた。

 鉄でも銅でも無い未知の金属で作られたそれは非常に軽く、1メイル程の太い筒に精密な小物がくっ付いており、何よりそれを振っても魔法は発動せず、『ディティクトマジック』を掛けても全く反応が無い。幾人ものメイジがその秘められた力を解き放たんと挑んだが、杖は黙秘を保ったまま今日まで死蔵されていたのだと言う。

 

「それ、本当に杖なんですか? 使えない道具ほど意味の無いものはありませんよ?」

「私もそう思うわ。けれど学院長が一度だけ使われる所を見たらしいの。それを見て『破壊の杖』って名付けたのも学院長だったし」

「そんな訳で『破壊の杖』は学院の秘宝とされたんですが、まさかフーケに狙われるとは思いもよりませんでした」

 

 日も落ちかけた黄昏時、フーケの隠れ家を目指す馬車の上でルイズ達は夕食代わりの弁当を囲みながら話に興じていた。無論、話題は『破壊の杖』の由来についてである。

 手綱を握るロングビルも交え、ああだこうだと憶測をする一行。

 そんな中、ルイズだけが険しい顔で考え込んでいた。

 

(……どうしよう。どうしたら勝てるのかしら? あのフーケに)

 

 キュルケやタバサ、そして己の使い魔が談笑するのを横目で見ながら、ルイズは焦る。

 彼女にはキュルケ達のような戦う力が無い。魔法も使えず、剣も扱えないルイズはただの無力な小娘でしかない。オスマンはフーケとは無理に戦わなくて良いと言ってくれたが、それは賊の出方次第で変わってくる。最悪、交戦になればルイズは足手まといに早変わりだ。

 

「……『貴族は魔法を持ってその精神とする』、か」

 

 ルイズは常々両親や教師達から繰り返し聞かされた言葉を口にする。

 彼女はそれを『貴族は魔法を使えなければならない』と言う意味に取っていたし、恐らく学院の生徒たちも皆そのように受け止めていると思う。

しかしルイズはこの言葉の真の意味を知った。それは────

 

(────貴族の誇りを貫くには、それ相応の実力がいるって事なのね)

 

 ならば、今のルイズは貴族と言えるのだろうか?

 自分の無力がこれほど恨めしく思えたのは初めてだった。

 

 落ち込むルイズに、そっと弁当が差し出されたのはそんな時だった。

 焼きたてのパンに切れ目を入れて肉や野菜を挟んだ、単純ながらも見慣れない料理が漂わせる香ばしい香りは、塞ぎ込む彼女の胃袋さえも刺激して食欲をそそる。

 

「食べておかないと持ちませんよ? 腹が減っては戦が出来ぬと言いますし」

「……いただくわ。ありがとう、シエスタ」

 

 それを差し出していたのは、何故か着いて来たシエスタであった。

 

 

 

***

 

 

 

 それは彼女達が出立する直前のこと。

 慌ただしく準備を整えるトモ達の前に現れたシエスタは一行に加わりたいと言い出したのだ。

 

「お願いします! 私も連れて行って下さい!!」

「分かりました」

「「「「ちょっ!?」」」」

 

 あっさり同行に同意したトモに驚くルイズ達。

 

「何考えてるの! シエスタはメイドなのよ?」

「ですが冒険者でもあります」

 

 慌てたルイズの抗議にトモは冷静に答える。

 

「冒険者は一人で戦う訳ではありません。仲間と組んで戦うこともあるんです」

 

 冒険者が数名寄り合って作る集団のことを『ギルド』と呼ぶ。様々な恩恵があるらしいがギルドの掛け持ちは出来ず、ギルドを脱退すればその恩恵を受けられなくなる。現在トモの周りに、いやこのハルケギニアにいる冒険者はシエスタだけ。必然的に彼がギルドを組む相手は彼女しかいない事になる。

 

「ギルドを組む利点は色々あるんですが、今一番重要なのは『耳打ち』ですね」

 

 同じギルドのメンバーは、聖印を通じてどんなに離れた所からでも意思疎通が可能になる。これを『耳打ち』と言う。一見地味だが便利なので重宝される恩恵の一つらしい。

 

「例えば先行した偵察と連絡を取るとか、離れた所にいる別働隊に指示を送るとか、ですね」

「!?」

 

 言わば人数限定の携帯電話や無線のようなもの。

 情報が未だ人伝にしか行き渡らないハルケギニアにおいて、一瞬にして情報伝達を可能にするそれがもたらす恩恵は莫大なものになるだろう。

 

「頭数を揃えて行くなら、固まるよりも分散した方が有利です。私とシエスタさんがギルドを組み、二手に分かれて連絡を取り合う。そうすれば賊がどう動いても対応出来ますから」

 

 それは未知なる戦術が完成した瞬間であった。

 タイムラグの無い、完全な情報共有を軸にした二面作戦。軍略に疎いルイズであってさえ、それがどれほど有用かが理解出来るくらい画期的な作戦である。

 ただ、問題があるとすれば……

 

「ねえ、それってキュルケ達にも事情をばらすことになるんじゃない?」

「あっ!」

 

 

 

***

 

 

 

「……確かに学院長に誓ったんじゃ、本当のことも言えないでしょうね。それにしても……」

「……如何なる困難にも決して諦めない、まるで『イーヴァルディの勇者』のよう」

 

 結局、トモはキュルケ達にも冒険者のことを明かした。

 オスマンに事情を説明して許可は得たものの、『冒険者の洗礼』などの深い部分は教えてはならぬと厳命されている。故にトモが語ったのは冒険者の由来とその目的だけだったのだが、余りに荒唐無稽な話にキュルケは呆れ、タバサは何故か瞳を輝かせた。

 

「神を殺す、ねぇ。そんな目的の為に一生を台無しにするなんて、私だったら考えられないわ」

「冒険者の目的はそこに集約しますからね。それを諦めないのが冒険者なんですよ」

「……シエスタが冒険者になったのは、ギーシュとの決闘の時?」

「はい。ですが無我夢中でしたので詳しいことは……、その辺りはトモさんの方が詳しいかと」

 

 呆れ顔のキュルケとは対照的に興味津々のタバサ。

 彼らの出自を元より知っていたロングビルはひたすら手綱を握るのみ。もっきゅもっきゅとシエスタお手製のサンドイッチを頬張りながらそれを眺めていたルイズは、口の中のものを飲み込んでからトモに尋ねる。

 

「それで、どういう作戦で行くの?」

「とりあえず隠れ家までは纏まって行動しましょう。ですが基本は私とご主人とロングビルさん、シエスタさんとキュルケさんとタバサさんに分かれるつもりです」

「タバサ達をシルフィードに乗せて空中警戒させて、私達は地上から隠れ家に近付くのね?」

「正解です。よく解りましたね、ご主人?」

 

 ルイズの推論に、トモは軽く驚いて賞賛を送る。

 だが当の本人は褒められても余り嬉しくなかった。

 

「だってミス・ロングビルは土のラインでしょ? 貴方だって接近しなければ戦えないし、私の爆発も狙いが甘いから遠距離向きじゃないわ」

「あら、貴女のそれって失敗なんじゃないのルイズ?」

 

 混ぜっ返すキュルケに鼻を鳴らし、ルイズは落ち着いて反論する。

 

「失敗だろうがなんだろうが、フーケに有効なら使うまでよ」

 

 その言葉を聞いたキュルケはルイズの評価を上方修正した。少なくとも失敗魔法を失敗とせず、有効な戦力の一つとして数える程度にはコンプレックスも解消されたらしい。

 

「どっちにしろ空中からならキュルケの火が最も有効でしょう? だったら後は消去法よ。わざわざシエスタを連れて来たこともそうだし、これ位見抜けなかったら間抜けにも程があるわ」

 

 元々座学は優秀だったのだ。頭の回転は決して遅くない。

 そこに状況を冷静に判断出来る精神力が備われば、彼女は一流の軍師足り得る人材なのだ。

 

(面白くなって来たわね)

 

 本来なら強敵の誕生は忌むべき事態だ。だがツェルプストーの家系は代々情熱を燃やすことに命を懸ける一族、恋であれ、戦であれ、全身全霊を掛けて倒すべき強敵がいる幸運を喜びこそすれ、それを嘆くような真似は有り得ない。

 このまま行けばきっと彼女は自分の情熱を燃え上がらせる強敵となるだろう────キュルケは今からそれが楽しみであった。その為にまず目の前の脅威から生きて帰ろう。キュルケは自分の頬を叩いて気合いを込め直した。

 

「……何やってるのキュルケ? いきなり自分のほっぺた叩いたりして?」

「ん〜? ルイズがいきなりまともな事言い出すから、夢じゃないかなって思っただけよ」

「な、な、何ですってぇ!?」

 

(まあ、今はからかい甲斐のあるお隣さんで充分かしらね)

 

 キュルケはじゃれ付く子猫のようなルイズをあしらいながら、そんな事を思っていた。

 

 

 

***

 

 

 

 じゃれ合うルイズとキュルケを尻目に、タバサはトモに疑問を呈していた。

 

「……教えて。学院長に誓う時、貴方は何故条件を細かく設定した?」

 

 オスマンの命令は『秘宝の奪還』である。だから『賊の捕縛』は別な任務であると言えなくもない。しかし通常ならこの二つはワンセットで捉えられるだろう。

 だからあえて優先順位を問いただし、任務を分解したトモの行動は、彼女からすれば不可解そのものだった。

 

「ああ、あれは冒険者の誓約(クエスト)ですよ」

「……誓約(クエスト)?」

 

 冒険者は何者にも仕えないとは言っても限度がある。働かねば喰えないのは冒険者であっても同じことなのだ。だが働くと言うことは雇用主に仕えることでもある。

 そこで考え出されたのが『誓約(クエスト)』であった。

 これは要するに『依頼を果たすことを運命神に誓う』形にすることで、雇用者に仕えるのではないと言う『こじつけ』だ。国家や組織、あるいは個人が依頼を出し、冒険者がそれを引き受けて報酬を得る。それが冒険者の主な収入源だそうだ。

 

「仕事の内容を吟味して、優先順位を決めるのは冒険者の常識ですから」

 

 名の知れた盗賊であるフーケを捕縛するより、隙を見て秘宝を取り返す方がリスクは少ない。特にシルフィードと言うアドバンテージを持つ自分達なら、『秘宝の奪還』だけに狙いを絞って行動した方が成功率は高くなる。

 

「それに誓約(クエスト)自体にも恩恵はあるんですよ」

 

 神に立てた誓いを守り、見事誓約(クエスト)を達成した冒険者は運命神から報賞が贈られる。

 その代わり、クエストに失敗するととんでもないペナルティが課せられてしまう。

 ペナルティの内容は様々だが、中には命を落とすような危険なものもある。

 まさにリスクを負って生きる冒険者を体現したシステムと言えるだろう。

 

「あのまま命令を受諾すれば、それはオールド・オスマンに恭順することになります。ですから誓約(クエスト)を受ける形にしたんですよ。それならこちらにもメリットはありますし」

「メリット?」

「ああ、利点があるって意味です。……ふむ、どうやら通じる言葉と通じない言葉があるようです。この件が片付いたら言語比較表でも作って、共通する部分を調べても面白いかもしれません」

「……冒険者はそんなことまでする?」

 

 意外なものを見た顔のタバサに、トモは頷いてみせる。

 

「ええ。冒険者の能力は天井知らずですから、鍛えれば鍛えただけ能力も上がります。それは筋力や素早さのみならず、知力や精神力と言った部分にも及びます。セージ(賢者)みたいな学者系クラスもありますし、腕の良いアルケミスト(錬金術師)なら神器並みの効果を持つ秘薬を、一般人にも効くように作り直す事も出来ますから」

 

 淡々と語るトモの言葉。だがタバサはその内容に衝撃を受けていた。

 彼女は現在、とある理由からエルフの秘薬の解毒法を探している。トモ達に近付いたのもその一環だが、冒険者の秘薬は運命神から賜った神器であり、彼ら以外には使えない。

 だが冒険者に、アルケミスト(錬金術師)になればそれに手が届くかもしれないのだ。

 胸中に燃え上がる激情の焔に押されるまま、タバサは冒険者(トモ)に尋ねた。

 

「私も、冒険者になれる?」

「無理ですね」

 

 あまりにも明確な拒絶にタバサは呆然とする。そんな彼女に構わずトモは言葉を続けた。

 

「冒険者になる方法はオールド・オスマンから厳重に口止めされています。ですが、それがなくとも私は冒険者を増やすつもりはありません」

「どうして? 何故シエスタは良くて、私は駄目?」

「シエスタさんは運命に立ち向かう意志を無理矢理押さえつけられていました。ですが……」

 

 そこまで言うと、トモはタバサを正面から見据える。

 その眼光に込められた鋭い意志の輝きに怯むタバサに、トモはその言葉を突きつけた。

 

「自分から立ち向かう意志を殺している貴女に、冒険者を名乗る資格はありません」

「!!」

 

 タバサはその台詞に狼狽える。

 トモのその言葉が、彼女を取り巻く事情を指しているように聞こえたからだ。

 

「……何処まで知っている?」

「知る知らないじゃありません。貴女の目がそう言っているんです」

「……目!?」

「昔から『目は口ほどにものを言い』と言うくらいですからね。目には感情が表れ易いですし、その人を推し量るのには目を見るのがとても重要なんですよ」

 

 どうやら自分の事情を知られた訳ではないようだ。しかしタバサは安心出来なかった。

 たかが『目を見て』そこまで解るならば、これ以上親しくするのは危険だ。彼女の特殊な事情が暴かれかねない。けれどタバサはこの主従に深く関わり過ぎた。今更離れるのは不自然過ぎる。

 

(今は現状維持に務める。それしか無い)

 

 この妙に勘の鋭い使い魔は、タバサにとって毒にも薬にも成り得る存在だ。

 故に切り札でもあり、奥の手でもある。

 今後の基本方針を固め、タバサは馬車の進行方向に目を向けた。

 当面の心配事は、その先にいる筈だったから。

 

 

 

***

 

 

 

 『土くれ』のフーケは大胆不敵、神出鬼没を売りにする盗賊である。

 だが、決して警戒心が薄い訳ではない。むしろ盗みに入る際は下調べを入念に行い、確実に盗める確信が付いてから実行に移すタイプだ。噂になるほど派手に盗みを働いても、その尻尾さえ掴ませない手管がそれを証明している。

 そのフーケは現在────滅茶苦茶焦っていた。

 

(不覚……やっぱりいい加減な情報を元に動くモンじゃ無いね)

 

 魔法学院の宝物庫はスクウェアクラスのメイジが数人掛りで『固定化』を掛けており、フーケが得意とする練金が通用しない。ならば他の手段を、と情報を集めていた矢先に『宝物庫の壁は物理的な力に弱い』と言う話を聞いたのである。

 既に下調べにかなりの時間を割いていたフーケは即座にその案を採用、実行に移すべく虎視眈々と教師陣の隙を窺っていた。そして今日、『フリッグの舞踏会』の衣装合わせを兼ねてトリスタニアに足を伸ばすと言う一人の教師を焚き付け、教師の大半を外出させたフーケは早速ゴーレムを用いて宝物庫の破壊を試みたのであるが……

 

 自慢の巨大ゴーレムの拳は宝物庫の壁に全く歯が立たなかったのだ。

 

 いくら殴り付けてもびくともしない壁にフーケが諦めかけたその時、たまたま現場に居合わせた生徒の得体の知れない魔法が誤爆、宝物庫の壁に大穴が開いた。これ幸いと宝物庫の中に侵入し、見事目的の『破壊の杖』を手に入れたまでは良かったのだが、その後がいけない。

 盗み出した『破壊の杖』は全く使い方が解らなかった。これでは売り物にならない。

 その為、教師陣をおびき寄せて使い方を探ろうと罠を仕掛ければ、引っ掛かったのがなんと生徒だったと言う体たらく。

 その上、あの得体の知れない魔法を使った生徒がフーケ追撃に参加している。慎重を期するフーケに取ってはイレギュラー要素満載の事態は頭痛の種でしかないのに。

 

(あの連中が付いて来たとなれば……苦戦は必死だね)

 

 何より、あの自称『冒険者』なる輩を敵に回すのは避けたかった。

 武器による直接戦闘しか出来ないとは言え、ああも見事に青銅のゴーレムを粉砕してみせた彼奴らと事を構えるのはリスクが大き過ぎる。

 かと言って『破壊の杖』を諦めるにはかけた苦労が割に合わない。

 

(全く……どうしたモンかねぇ……)

 

 もうすぐ追撃に出た生徒達が廃屋に辿り着いてしまう。フーケは焦りながらも、事態の解決に向けて必死に頭を捻っていた。

 

 

 

***

 

 

 

「あれです。あの廃屋にフーケが入って行くのを見ました」

 

 そう言ってロングビルが指差したのは、森の中の空き地にぽつんと建つ樵小屋らしき建物だった。

 

「……要はフーケを出し抜くこと。ならば囮が効果的」

 

 タバサが提案したのは囮を使ってフーケを誘い出す作戦だった。

 ゴーレムを作り出すには土が必要、フーケが戦う為には小屋の外に出るしかない。

 その隙を突いて別働隊が小屋に侵入し、『破壊の杖』を見つけ出して奪還する。

 それが作戦の概要だった。

 

「ならばその囮、私に任せてもらえますか?」

 

 囮を買って出たのはトモだった。そのまま彼は自分の腹案を明かす。

 

「タバサさん、シルフィードにシエスタさんとキュルケさんを乗せて空中で待機して下さい。キュルケさんはシエスタさんから合図があったら魔法で空爆をお願いします。シエスタさんは常に『耳打ち』に注意して下さい。聞き逃しがあったら大変ですから」

 

 そしてトモはルイズとロングビルに、廃屋を挟んだ反対側に向かうよう指示を出した。

 

「私が正面から近付いて中の様子を伺います。フーケが居た場合は挑発しておびき寄せますので、気付かれないように廃屋に侵入して下さい。『破壊の杖』を見つけた場合は爆発で合図を。決してフーケやゴーレムに攻撃を当てないように! 別働隊がいることに気付かれてしまいます」

 

 フーケに見つかったらキュルケ達とトモが遅延戦闘を仕掛け、その間にロングビルとルイズが『破壊の杖』を奪還する。成功したら再び爆発で知らせるので、それを合図にタバサはトモを回収して退却。その後ルイズ達と合流してシルフィードで学院まで逃げ帰るのだ。

 

「馬車は置いて行くことになりますが、後で回収すれば良いでしょう。とにかくこの作戦の肝は如何にフーケを出し抜くか、ですから」

「でしたら『破壊の杖』探しはミス・ヴァリエールにお任せして、私もフーケと戦った方が良くありませんか?」

「ミス・ロングビルは土のメイジでしょう? ならばゴーレム出現の予兆を察知することは出来ませんか?」

「それは……、出来なくもありませんが」

「だったらご主人と一緒に行動してもらって、万一フーケがそちらに現れる気配があったら即座に撤退してもらえますか? 安全の為にはその方が良いと思います」

 

 ルイズは作戦の内容を吟味する。

 出来ることならフーケの捕縛もしたい所だが、現状の戦力では危険の方が大きいし、何より戦闘が始まればルイズは足手まといにしかならなくなる。

 ならばトモの言う通り、ここは秘宝の奪還に絞った方が良い。

 

「私に異論は無いわ。その作戦で行きましょう」

「……異議なし」

「わ、私もそれが良いと思います」

「私も賛成ね。無駄な労力は払わない方が良いわ」

「…………仕方ありません。了解しました」

 

 ルイズの賛成を皮切りに、満場一致でトモの案が採用される。

 そしてトモはシエスタに聖印を差し出してギルドの結成に望んだ。

 

「シエスタさん、聖印を重ねて頂けますか?」

「は、はい!」

 

 トモの差し出した聖印にシエスタの聖印が重ねられる。

 そしてトモは宣言の言葉を謳い上げた。

 

「我ら、苦楽を共にせんことを誓う! さすれば我ら、共に歩む仲間なり!」

「わ、我ら、苦楽を共にせんことを誓う! さすれば我ら、共に歩む仲間なり!」

 

 トモの台詞をなぞるようにシエスタもまた謳い上げる。

 刹那、一瞬だけ聖印が輝くのをルイズは見た。

 

「……これで良し。『もしもし。シエスタさん、聞こえますか?』」

「わっ!?」

 

 突然聞こえて来た声にシエスタは度肝を抜かれる。まるで耳元で囁かれたかのようにはっきり聞こえたその台詞を、けれどもトモは口にしていなかった。

 

「声を伝えたい相手を思い浮かべて聖印に話し掛ければ伝わります。慣れてくると声に出さずに会話も出来ますが、とりあえず今はそこまでしなくても良いでしょう」

「……内緒話とかに便利ね」

 

 少し呆れるルイズだが、これで作戦が遂行出来るようになったのだ。

 とにかく今は目の前の脅威に立ち向かうことを考えなければならない。

 

「ではご主人、森伝いに回り込んで下さい。タバサさんは皆を連れてシルフィードの所へ。用意が出来たらシエスタさんは私に『耳打ち』をお願いします」

「解ったわ。ミス・ロングビル、ゴーレムの予兆を感じ取ったらすぐ教えて下さいね」

「解りました。ではミスタ・ヤナギダ、私達はこれで……」

「お願いします。では始めましょう」

 

 皆が行動を始めたのを見送ると、トモはデルフリンガーを抜き放つ。

 

「おっ、いよいよ出番か!?」

「静かに! いざと言うときは頼りにさせてもらいますよ、デルフ君」

 

 鞘から解放された途端に喋り出したデルフリンガーを嗜めつつトモは慎重に廃屋に近付き、窓から室内を覗き込む。埃の積もったテーブル、足の折れた椅子、崩れた暖炉、積み上げられた薪、中身の入ってない酒壜など、大小様々なものが雑多に転がる小屋の中に人間の気配はない。人が隠れられそうな場所も見つからなかった。

 

「……居ませんね」

「逃げられたか?」

 

 ぽつりと漏らした一言を、デルフリンガーが混ぜっ返す。

 だが、トモの表情は険しさを増した。

 廃屋に不釣り合いな真新しい箱が埃まみれの部屋に安置されていた。トモは少し考え、シエスタを通じてタバサに幾つかの指示を出すと廃屋の裏に回り、ルイズ達と合流する。

 

「どうしたの? 作戦変更?」

「フーケが居ません。ですがお宝を追いて逃げたとも思えません。十中八九、罠でしょう」

 

『あら、良く感づいたわね』

「「!?」」

 

 周辺を警戒しながらおそるおそる近寄り、打ち合わせに無い行動に疑問を呈するルイズと罠の可能性を指摘するトモ。二人の会話に第三者が割り込むのと、廃屋が粉々に吹き飛んだのは全く同時の出来事だった。

 

「来ました! 至急救援求むだそうです!」

「解った」

 

 シルフィードに乗って上空を旋回していたシエスタが『耳打ち』の着信を報告すると、タバサは即座に使い魔を急降下させた。暗闇の中で、あの時見掛けた巨大ゴーレムが立ち上がり、廃屋を殴り飛ばしているのが見える。そして、接近するにつれて徐々にそのディテールが判別出来るようになって行くにつれ、彼女達の顔が引き攣って行く。

 

「ちょっ! あれって……!」

「……不覚」

「な、ミス・ロングビル!?」

 

 三十メイルを越す巨大な土ゴーレム。

 握り締められたその手に囚われていたのは、間違いなくミス・ロングビルその人であった。

 

 

 

***

 

 

 

『あら、良く感づいたわね』

「「!?」」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、咄嗟にトモはルイズを抱えて飛び退いた。次の瞬間、廃屋は粉々になって爆散する。もうもうと立ち籠める土煙の中から現れたのは巨大なゴーレム。

 その肩には黒いローブを纏った人影が見えた。

 

「フーケのゴーレム? いつの間に!?」

 

 驚愕するルイズを庇い、手にしたデルフリンガーを構え直すトモ。

 

「今、上空の三人に救援を要請しました。私が時間を稼ぎますのでご主人は皆と合流して下さい」

「何言ってるのよ! 私も戦うわ!!」

 

 突然の戦力外通告にルイズは異議を唱える。

 対するトモはゴーレムから目を離さないまま、彼女に言い聞かせた。

 

「私が囮になってる間に、あの廃屋の残骸から『破壊の杖』を見つけ出してください。発見次第、最初に決めた通り学院に逃げ帰ります! 秘宝を発見したら、シエスタさんを通して合流地点を指示して下さい。森の木々を上手く使えば、私一人なら何とかなりますから」

 

 流れるような説得に反論の為の言葉を詰まらせるルイズ。渋々ながら納得した彼女は背後に居る筈の緑髪の秘書を呼んだ。

 

「……解ったわ。ミス・ロングビル、私達は一旦引きましょう! ……ミス・ロングビル?」

 

 呼び掛けに返事が無いことを不審に思い、後ろを振り返るルイズの目に映ったのは鬱蒼と茂る森の木々だけ。そこに居る筈のロングビルは煙のごとく消え失せていた。

 

「え、ミス? 一体何処に……?」

「危ない、ご主人!!」

 

 戸惑うルイズを突き飛ばし、自らも飛び退るトモ。一瞬遅れて二人が居た場所にゴーレムの拳が突き刺さる。響く轟音、立ち上る土煙と飛礫が飛び交う中、ルイズはそれを見て顔色を変えた。

 

「……こう来ましたか」

「な……人質ってわけ!? この卑怯者!!」

 

 二人の目前に立ち塞がる三十メイルを越す巨大な土ゴーレム。

 握り締められたその手に囚われていたのは、間違いなくミス・ロングビルその人であった。

 

 

 

***

 

 

 

 殊更強調するように突き出された腕。その拳の中で、気を失っているのかぐったりと俯くロングビル。今にも握りつぶされそうな彼女の姿に、地上のルイズ達はおろか上空のキュルケ達も手を出せずに居た。

 

「そうだ、腕に集中砲火を浴びせてやれば!」

「駄目。あの高さではミス・ロングビルがただでは済まない」

「じ、じゃあゴーレムの足を斬りつけて倒すとか!?」

「あの太い足をですか!? 無理です!!」

 

 ルイズ達を追い回すゴーレムを追うシルフィードの背で、キュルケ達はああだこうだと対策を練るが、一向に良い案は浮かばない。試しにと飛ばした魔法はゴーレムの表面を削っただけで、足止めにもならなかった。ならばシエスタの槍術で、とモップを構えて突貫するも接近する度に駄々っ子のように振り回される腕が邪魔をする。地上のルイズ達も逃げるのが精一杯のようで、反撃に出る余裕は無いらしい。キュルケが挙げる対策に駄目出ししながら、タバサは打開策を検討していた。

 

「だったらあのゴーレムを操ってるフーケを見つけ出してふん縛ってやれば!」

「……それ! 森の外周に『ファイヤーボール』を打ち込んで炙り出す。シエスタ、連絡を」

「あ、はい!」

 

 テンパっていたキュルケが出した苦し紛れの案を、タバサはアレンジしつつ採用する。

 タバサの指示にシエスタは慌ててトモに『耳打ち』するが、その返答は信じ難いものだった。

 

「えっ!? でも、それじゃ……はい、わかりました! ……ミス・タバサ、トモさんからの伝言です! 『予定に変更なし、先程の指示通りに行動されたし』だそうです!」

「……!?」

「どうして!? このままじゃどうにもならないじゃない!!」

 

 理に合わぬ返答に戸惑うキュルケ。だがタバサは事前の打ち合わせ通り、シルフィードをゴーレムの攻撃範囲ギリギリで旋回させながらその後を追いかける。

 

「ちょっと、タバサ!?」

「……彼が何の考えも無しに指示を出すとは考えにくい。おそらく何らかの策を立てている。ならば独断専行は彼の作戦を破綻させる可能性が高い。今は指示通りに動くのが賢明」

 

 タバサの推察を聞いたキュルケとシエスタは揃って嘆息する。

 

「……仕方無いわね。ねぇシエスタ、彼からの指示に変更は無いのね?」

「はい、そのまま続けて欲しいとしか聞いていません」

 

 シエスタの返答に、キュルケは増々渋面になって行く。

 無理も無い、ゴーレムが出現する直前にシエスタを通じて出された指示は……

 

「……『何があっても手出しは無用。魔法を温存しつつ、緊急に備えられたし』、か。じゃあ今はその『緊急』じゃないのかしら?」

 

(それとも今以上の何かを警戒しているの? それがゴーレムよりも危険だと?)

 

 キュルケは台詞の後半を飲み込み、口には出さなかった。

 何となくではあるが、それが正解のような気がしたからだ。

 やがてシエスタに新たな耳打ちが届く。それは彼女達が待ち望んでいた膠着した事態を動かす一言であった。

 

「……来ました! 森に逃げ込んだら二手に分かれるので、ミス・ヴァリエールを回収して欲しいとのことです!」

「ルイズを? ……そうか、彼の足なら一人で逃げた方が効率が良いんだわ! ルイズを回収するまでの囮になるつもりね!」

 

 シエスタに入った『耳打ち』とキュルケの推察に頷き、タバサはシルフィードを森の上空へ羽撃かせる。最初の予定では馬車のある辺りを集合場所にしていたが、とてもそこまで戻っていられない。となればルイズを探し出して回収する必要があるのだが……それは非常に困難であった。

 唯でさえ鬱蒼とした薄暗い森の中を、月明かりだけを頼りに捜索する苦労は並大抵のことではない。しかも彼女達の背後にはあの巨大ゴーレムが居る。あまりにも悪条件が揃い過ぎていた。

 

「キュルケ、シエスタ、森の中に注目して。彼女を見つけるには足下が暗過ぎる」

 

 タバサの要請を受け、キュルケ達は目を皿のようにして森に注目する。

 ルイズ達が森に逃げ込んだのは、丁度その時であった。

 

 

 

***

 

 

 

「右です!」

「うひゃぁあああああっ!!」

「今度は左!」

「うきゃぁあああああっ!!」

 

 ルイズは走っていた。時折背後を着いて走るトモから方向を指示される度、淑女にあるまじき悲鳴を上げながら必死に逃げ惑う。

 そして彼女が方向転換する度に、ゴーレムの足がルイズの居た辺りを踏み抜いて行くのだ。

 まさに命懸けの鬼ごっこ。捕まってしまえばきっと彼女の艶やかなピンクブロンドの髪も、可憐な美貌も、ささやかな胸も、全部挽肉にされてしまうだろう。

 一目散に森の茂みを目指す二人。廃屋のある空き地はそう広くもないのに、森の木々がやけに遠く見える。その木々を翳めるように飛ぶ大きな影。先程シエスタに『耳打ち』した通り、ルイズを回収しようとシルフィードが低空飛行しているのだ。

 

「ご主人! とにかくタバサさん達と合流を! ここは一旦引いて体勢を立て直します!!」

「駄目よ!!」

 

 トモの指示を拒絶するルイズ。ここに至って我儘が再発したかと言葉を重ねて説得しようとするトモに向けられた眼差し。そこには驕りも稚気も無く、ただ誰かを思う気高さだけがあった。

 

「ミス・ロングビルが囚われているのよ、彼女を見捨てては行けないわ!」

「ですがこのままではジリ貧です! 勝てる相手では────」

「勝てる勝てないじゃないの! 仲間を見捨てるなんて、私には出来ない!!」

 

 それは『貴族』でも『メイジ』でもない、『ルイズ』自身の心からの叫び。

 『敵に背中を見せないのが貴族』だとか、『メイジの責任だから』とかではなく、ルイズと言う人間が自ら選んだ選択肢だった。

 

「私に出来ることなら何でもやるわ! だから────彼女を救いなさい!」

 

 トモはルイズの使い魔ではない。あくまで使い魔の振りをしているだけだ。

 だから彼女には彼に命令する権利はない。けれどその命令に、トモは力強く頷いてみせた。

 

「……了解!」

 

 言うが早いか、トモは身を翻してゴーレムに走り寄る。

 

「デルフ君、出番です!」

 

 デルフリンガーを振るってゴーレムの足を深く斬りつける。

 しかし元が土だけにさっくりと開いた刀傷は見る見るうちに小さくなってゆく。

 

「自動修復? お手軽な外見のくせになんて高性能な!!」

「大きさを考えろよ旦那! あれっぽっちじゃかすり傷にもならねえぜ!!」

 

 すかさず二の太刀を振るう。だがその刃は甲高い金属音を立てて止まる。

 いつの間にかゴーレムの足が鋼鉄に変わっていた。その隙を突いて飛んで来た拳を避け、トモはゴーレムと距離を置いて構え直す。

 けれどゴーレムはその場から一歩も動かない。いや、動けないようだった。

 

「どうやら鋼鉄の足では動けないようです。もう一度斬り付けてやりましょう」

「いやいやいや、斬れないから! 俺っちそんなに丈夫じゃないから!!」

「ごたごた言ってる暇はありません! 行きますよ!」

「いやぁあああああっ! 折れる折れる折れるぅうううううっ! らめぇえええええっ!!」

 

 泣き喚くデルフリンガーを構え、トモはゴーレムに再び走り寄った。唸りを上げて飛来する拳をかいくぐり、鋼鉄と化した足にデルフリンガーを叩き付けるべく居合いの構えを取る。

 

 それが、致命的な隙となった。

 

 居合いの体勢で立ち止まったトモの脇腹に、ゴーレムの足刀が突き刺さった。

 足払いをかけるように振るわれたゴーレムの右足が、立ち止まったトモを弾き飛ばす。

 

「ぐはっ!!」

「だ、旦那ぁあああっ!?」

 

 激痛で霞む視界にゴーレムの姿を捉えたトモは、自分がまんまと嵌められた事に気付いた。

 いつの間にかゴーレムの右足が土に戻っていたのだ。鋼鉄と化した左足は囮で、動けない振りをして誘い込まれた。そうと知らずに、トモはまんまと敵の思惑に嵌められたのだ。

 

「………これは参りました、ねぇ……」

「おい旦那!? くそっ、初陣で相方を失うなんて冗談じゃねぇぞ!!」

 

 デルフリンガーを杖にしてよろよろと立ち上がるトモ。そんな彼にとどめを刺すべく地響きを立てて近付いてくるゴーレム。最早彼の命は風前の灯だった。

 けれども次の瞬間、ゴーレムが勢い良く燃え上がった。

 突然のことに目を瞬かせるトモの目の前で、今度はゴーレムが凍り付く。かと思いきや再び炎上し、再度凍り付いたゴーレムの動きが止まったその時、強烈な爆発がゴーレムを揺るがした。

 右足の股関節に当たる部分が粉々に吹き飛び、バランスを崩したゴーレムが自重を支え切れずに倒れ込む。そのままゴーレムは崩れ落ち、ただの土くれに戻ってしまった。

 

「……何事ですか?」

 

 呆然とする彼の目の前に大きな影が舞い降りる。キュルケ達を乗せたシルフィードだ。

 そしてその一行の中に気絶したままのロングビルと、それを支えながらこちらに手を振るルイズの姿を見つけたトモは、何が起きたのかを理解した。

 

「大したもんだ! あの嬢ちゃん、えれぇ事を考えついたもんだぜ!!」

「……選んだんですね。いろいろ小細工をした甲斐がありました」

 

 デルフリンガーががなり立てる喜びの声に紛れ、その呟きは誰にも届かないまま宙に溶けた。

 

 

 

 

 

 

ギルド名:未定

 

・ギルドスキル:耳打ち(※1)

 




(※1)どんなに離れていても聖印を通じて会話が出来る。そのため、別々に行動しているシーンであってもPC同士の会話が可能。この効果は同一のギルドメンバーのみに適用される。
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