人形は屑と踊る   作:D・ヒナ

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ep1.5 オレと悪魔と

夜も更け人々が眠りに就く頃、オルガは外のちょっとした段差に腰掛け外の空気を味わっていた。それに気付いたふくよかな男は声を掛けるべくその方へ歩く。

「眠れないのオルガ?」

「お前もだろビスケット」

オルガがビスケットと呼ばれた男にそう言うと、彼は自嘲するように小さく笑った。

「それもそうだ。なんせ胡散臭さすぎる」

「確かに。あのお嬢さんはただの天然っぽいけど、その立場は本物。ギャラルホルンが直接動いてもおかしくない大物だ。それが何でCGS(ウチ)みたいな小さな会社に」

「どうであれ、俺らに選ぶ自由は無い。例え罠でも、罠ごと噛み砕くまでさ」

ビスケットの言葉に繋げるようにしてオルガが言う。それにビスケットは「それもそうだね」と納得した。

「そういえば、三日月は?」

「見張りついでのランニングだ。なんかあったのか?」

「いや、昭弘がトレーニングしてるとこに続く廊下に何人かの足音がしてさ。それで行ってみたら昭弘一人だけで」

「ああ、それなら多分キャロルだ。またあの赤い人形の所にでも行ってるんだろ」

 

 

 

「ミカ、済まないな。もう二週間も動かしてやれてない。……といっても、この言葉さえも聞こえているか分からんが」

キャロルは地面に座り込み、背を丸くして機能を停止させている赤い髪の人形に謝罪の言葉を言う。それにミカと呼ばれた人形は反応しなかった。

「……また、会いに来るからな」

キャロルはミカに小さく口づけをして、その部屋を去った。

 

 

 

風の吹く音だけが彼の頭を満たしていた。心地いい夜風に誘われ、彼は意識を闇の中に引きずり込まれそうになる。が、ヘルメット越しの打撃に意識は現実に吹っ飛ばされた。

「いぃっづ……」

痛みの源は何かと振り向くと、彼の仲間が銃の逆さに持って呆れていた。

「ほら、あと少しで夜明けだ。そしたら交た」

そこで仲間の言葉が途切れ、彼が不思議に思い振り向くと、そこで彼の意識は途絶えた。それを見ていた者が三人居た。一人は今も硝煙の上がっているライフル銃を握ったまま伏せている。もう一人は双眼鏡を持ったまま伏せている。そして最後の一人はガリィ、右手に信号弾が詰められた拳銃を持ちその右手を高く掲げている。

「あーらよっと」

ガリィは可愛らしい掛け声と共にその引き金を引いた。直後、爆発音と共に信号弾が撃ちあがり周囲を照らした。それを見た者は様々な行動を取った。内の一人は兵器庫に走り、また別の一人は部下を怒鳴りつけた。

ややあって、そこは光に包まれ、爆ぜた。

 

 

 

「何があった!?」

他の少年兵と共に兵器庫に辿り着いたキャロルが開口一番に叫ぶ。

「敵襲だ!ここはモビルワーカーに包囲されてる!」

それに応えたのはシノで、彼は仲間に楕円形の機械を背中に付けられていた。

「出陣か!?」

「おうよ!シノ隊がアイツらを足止めしてっからよ!戻ってきた時には世話になるぜ!」

シノはそう叫んで、車輪や砲台の取り付けられた桃色に塗装された鉄塊の中に乗り込んだ。そしてその鉄塊はエンジン音と共に震え、出口へ走った。

「(モビルワーカーに阿頼耶識システム、か。モビルワーカーはともかく、阿頼耶識はごめんだな)」

キャロルはそう思いつつ、搭乗員に取り付ける楕円形の機械を取りに行った。

「係は居るか!?モビルワーカー準備急げ!」

「今行く!」

キャロルは仲間と共に走り、兵士達を戦場へ赴かせた。途中、壱番組の連中が怒鳴る為にわざわざ兵器庫にやってきたが、それはキャロルの思考の邪魔にもならなかった。

「(クーデリアとかいう奴が来てからここが襲われた。という事は…!)」

「マスター、大丈夫ですか?」

キャロルが声のする方に振り向くと、そこにはガリィが居た。前時代でもありえなさそうなギクシャクした動きでこちらに向かってくる。

「どうしたガリィ?」

「一応の報告をば。これで主力の操縦士は全て出撃しました。一応の休憩は取れそうですよ」

「そうか。ありがとう。それで」

「あのお嬢様、ですね?大丈夫ですよ、レイアが護衛に行きました」

「……そうか。それならいいんだ」

そう言って地面に座ろうとした矢先、ビスケットの声に止められた。

「おーいみんな!やってもらいたい事がある!」

「……何だ?」

 

 

 

「こっちだ!」

金髪の男に言われるがまま整備班は走っていた。その中にはキャロルとガリィも居る。

「おいヤマギ!こっちはエイハブ・リアクターとかいう奴が使われている発電室じゃなかったか!?」

「そう、そこが目的地だ!」

そう言ってヤマギは素早く扉のロックを解除し、中に入る。そこには、まるで甲冑のような巨大な鉄塊が座っていた。

「何だこれは…!?」

「おう来たか!お前ら手伝え!」

呆気に取られているキャロルに黒色のガタイの良い男の声が掛かる。

雪之丞(ゆきのじょう)!何だこれは!?」

「うっせぇぞキャロル!喋る暇あるなら外すの手伝え!いいか!外すのはコイツに絡みついてる電線だけだからな!」

雪之丞と呼ばれた男はキャロルを一蹴しつつ、指示を出す。気付けば他の仲間は既に仕事に取り掛かっていた。

「ああクソ!やってやる!」

キャロルも機械の下へ走り、作業を始める。コードを外し、外し、外し続けると、所々が消耗や破損したパーツが見え始めた。

「コイツの古くなったパーツはどうする!?」

「ちょっと待ってろ!……ああ、コイツらで行けるだろう。使い方は分かるな?」

そう言って雪之丞はキャロルに道具箱に渡す。

「……分かった、やってみせる」

キャロルはその道具箱を受け取り作業を再開する。

「さてと、肝心なのは阿頼耶識だ。アイツが早く来てくれればいいんだが……」

 

 

 

ビスケットは走る、依頼主を守る為に。しばらく走り、クーデリアが居る部屋の扉が見える。そして余計な人形も。

「レイア…さん!?」

「どうした?」

レイアは扉の前に寄りかかり扉の開閉を止めていた。

「クーデリアさんを連れに来ました。そこを退いてください」

「ああ、すまない」

ビスケットの言葉に従い、レイアは扉から身を退ける。

「失礼します!クーデリアさんは……ああ居た」

扉を開け、中に入るとベッドに腰掛け布にくるまれているクーデリアが居た。

「急いで来てくださいクーデリアさん!」

ビスケットは説明もせずにクーデリアの手を掴み走り出す。

「派手な無礼。謝罪する」

「礼はいいです!私は自分で走れます!」

「そうも言ってられません。万が一の事もあるので…!」

そう言ってビスケットはクーデリアの手を離さない。そうしてやや走った後、三人はある扉の前に辿り着く。ビスケットは焦る手を抑えつつそのロックを解除しようと入力を開始する。

「何処まで行くのですか?私はフミタンを待たねばならないのです」

「あのままあそこに居たら死にますよ!」

普段は温厚なビスケットが大声を出した珍しい瞬間だった。それにはクーデリアもレイアも驚いた。

「し、死ぬ?私は死ぬのですか?」

「地味に同意。されどそうはさせない」

「そうです、そうならないように努力してるんです…!」

ビスケットがそれを言い終わると同時に扉が開く。そして彼が一番にそこを通り、他二名も彼に続く。そしてそこに見えたのは巨大な鉄塊と、それを弄る少年達だった。

「おやっさん!」

「ああ、もう始めてるぞ。本当にいいのか?」

「頼みます。俺はまだこれからやる事があるから!」

そう言ってビスケットは部屋から走り去っていく。

「……ガリィ、何をしている?」

「何って、思い出の節約よ」

レイアの目線の先には地面に仰向けになって寝ているガリィが居た。彼女は悪びれる様子も無くくつろいでいる。

「寝ているならお嬢様の護衛を頼む。地味に人手が足りない」

「あっそ。んじゃぁマスター達の邪魔にならない所に置いといて」

「了解。しかし、ガリィの態度に地味に不満」

レイアはそんな事を言いつつ、クーデリアをガリィの横に立たせた。そしてキャロルの下へ向かう。

「ちょっと、邪魔なんですけど」

「し、失礼しました……」

ガリィとクーデリアの間に不穏な空気が流れているが、鉄塊の作業は中盤に差し掛かっていた。鉄塊のパーツは新しい者に取り替えられ、鉄塊からは少しの威圧感が放たれていた。

「っ。お嬢様、危ないから退いといた方がいいですよ」

ガリィは起き上がりつつクーデリアにそう言い、彼女を脇へ退ける。そうすると、まるでそれが合図であったかのように壁がシャッターのように開き、中から白いモビルワーカーが現れた。上には少年が乗っており、その背中からコードがモビルワーカーまで伸びている。

「おお三日月、来たか!」

雪之丞は待ちかねたと顔に書きながら天井にあったフックをパネルで手繰り寄せる。その間にモビルワーカーは雪之丞の前までゆっくりと足を運んでいた。

「ここでいい?」

三日月と呼ばれた少年が雪之丞に問うと、彼は「ああ」とだけ言って道具箱から電動ドライバーのような物を取り出した。

「んじゃまずはお前のコイツを取っちまうからな」

そう言って彼は三日月の背中に取りつけられたコードを取る。

「そして、こいつも、取り外す」

雪之丞が何か作業をすると、モビルワーカーのパーツがアゴのように動き内部の骨組みや器官を露わにさせる。そして雪之丞はその内の一つである椅子のようなパーツのネジを取り始める。

「おやっさん。椅子(これ)、どうすんの?」

甲冑(あれ)はマルバの野郎が転売目的で秘蔵してたもんでな、コックピット周りは使う用が無ぇからゴッソリ抜かれちまってるんだ。だから、コイツを利用する」

雪之丞がそれを言い終えると同時に椅子のようなパーツがガタリと音を立て、機体から独立する。

「モビルワーカーのシステムで動くの?」

いつの間にかモビルワーカーから降り、雪之丞の作業の様子を眺めていた三日月が彼に問う。

「ああ、システム自体は元々在ったモノを使う」

雪之丞は三日月の問いの答えると、「ホレ」と言ってタブレット端末を三日月に与える。そして、「一度目を通しておけ」と続けた。三日月はそれを申し訳なさそうな目をしながら、押し返す事で拒否した。雪之丞はそれに困惑したが、すぐに「ああ、だったな」と納得した。

「まぁ欲しいのは阿頼耶識のインターフェイスの部分だ。大戦時代のモビルスーツは大体このシステムだ」

「阿頼耶識?」

雪之丞の言葉に反応してクーデリアが声を上げる。

「それは、成長期の子供にしか定着しない、特殊なナノマシンを使用する危険で人道に反したシステムだと」

クーデリアは口早に言うが、それは一行にとってただのノイズでしかなかった。

「ナノマシンによって脳に空間認識を司る機関を疑似的に形成し、それを通じて外部の機器、この場合、モビルスーツの情報を直接脳で処理出来るようにするシステムだ」

雪之丞がそんな事を話している間に、三日月は椅子のようなパーツにそれを持ち上げる為のフックを取り付けていた。三日月の合図でフックに釣られてパーツも上昇し、甲冑の下まで行く。

「こんなモンでも無きゃあ、学も無ぇコイツみてぇのにこんなモン動かせる訳無ぇだろ」

「ですが!」

雪之丞はクーデリアの声に上書きするように三日月に詰め寄りながら「けどなぁ三日月、モビルスーツからの情報のフィードバックはモビルワーカーの比じゃねぇ」と注意喚起をする。

「下手したらお前の脳神経は」

「いいよ。別に元々大して使ってないし」

雪之丞の心配は三日月の言葉に押し切られ、雪之丞は「お前なぁ」と呆れた。

「何で」

クーデリアのイラ立った声が一帯に広がる。何事かと作業中の人間の内の幾らかは声の源の方を見る。

「そんなに簡単に?自分の命が大切では無いのですか!?」

「うるさいぞ女!」

いつの間にかリフトに乗って、阿頼耶識を甲冑の胸の辺りに取り付けていたキャロルがわざわざ手を止めながら叫んだ。

「コイツらは命の価値が良く分かってるからこそ、ここまで命張れるんだ。お前みたいな女郎とは違って仲間の命の事を想ってるからソイツもそこまで言えるんだ!」

キャロルはそれだけ言うと、仲間に小さく謝りながら止めていた手を再び動かし始めた。

「……私は」「……オレは」

革命の乙女の、傷の入った声が部屋に響いた。

 

 

 

ブシュ、と音を立てて阿頼耶識の接合部分が飛び出す。それに合わせて背中の突起を押し付けると、それは綺麗に合体した。

「立ち上げるぞ」

雪之丞の合図の直後、モニターに文字が表示される。

「これ何て読むの?」

雪之丞はそれに少しの思考の後

「ガンダムフレームタイプ、ば、ばろ?」

そこでドギマギしていた。そんな事をしている間に三日月に異変が生じる。急に彼の目が見開かれたかと思うと、彼の体が跳ね上がり、まるで見えない何かに引き伸ばされているかのように体を引きつらせていた。

「お、おい三日月!」

「おやっさん!」

いつしか部屋に入ってきていたビスケットからの声が一帯に響く。

「準備は!?もう上は持たない!」

「いやぁそれが三日月の様子がヤベェ!」

「そんな!」

「…バルバトス……」

場の絶望にヒビを入れるようにして三日月が小さく喋る。急いでそちらの方を見ると、さっきまでの苦しみが無かったかのように三日月は端末を操作していた。しかし肉体への負担は無くなっていないらしく、鼻からは赤い血がダクダクと流れていた。

「さっきの奴、コイツの名前だって…」

「三日月、大丈夫なのか?」

「うん、だから急ごう」

その言葉を兆候に、まるで彼の心境を表しているかのようなコックピットの蓋が、雪之丞が退くのも待たずに閉じようと迫ってきていた。それを見て雪之丞は落ち着いて身をコックピットから引き抜く。そして、三日月はバルバトスの中に取り込まれた。

「行けるってよ!ヤマギ、リフトアップだ!」

雪之丞がリフトから乗り出しながら叫ぶ。

「はい!」

「よし、ヤマギ。三番から出すよ」

ビスケットの言葉に驚き、ヤマギは「でもあそこは出口が塞がってて」と反論するが、「あそこが一番戦場に近い!」と言われた。

「はっはい!」

「……やってやれよ三日月。敗北は許さんからな」

少女の少女らしからぬ声が誰に聞かれるでもなく消えた。

 

 

 

「足を止めるな!あと少し、あと少しで!」

「オルガ、何かこっち見てる!」

荒野を走る一台のモビルワーカーを深緑のモビルスーツが睨む。

――「貴様が、指揮をしているのか?」

スピーカーを通して男の声が響く。余裕に満ちた、上機嫌な声だった。

「死ぬ死ぬ死ぬぅ!」

その声に怖じ気づいたユージンがモビルワーカーの速度を最高まで上昇させる。その態度にオルガは「死なねぇ!」と叱責する。その頃、拠点の照明器具の灯りが全て消えた。

「死んでたまるか。このままじゃ」

モビルスーツの右手に握られたライフルの弾が近くの地面に当たり、その衝撃でモビルワーカーが跳ねる。

「こんな所じゃ」

モビルスーツの背中に付いたスラスターから青い炎が放出され、その勢いでモビルスーツがモビルワーカーに接近する。

「終われねぇ!だろ?」

――「フッハッハッハァ!」

男の、最高潮に達した笑いがスピーカーから響く。

「ミカァ!」

直後、目の前が爆ぜたかと思うと、地中からメイスを持ったバルバトスが飛び出してきた。そして、勢いを維持したままバルバトスはメイスをモビルスーツに振り下ろした。モビルスーツが砕け、パイロットの心臓の鼓動が止まる。

「行こう、みんなで」




キャロル、随分と良い思いをしているようだな。負の想いしか残らなかった、ボクとは違って…!
「そんなに怒っちゃ可愛いお顔が台無しよ?でも一番可愛いのはティキなんだけどね!」
五月蠅いな、この人形。……まぁ良い。コイツも復讐の大事なピースなのだから。

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