オルガ達によって、クーデリアの護衛の決行が決まり、その為の会議が今日行われた。その結果決まったのは、鉄華団はギャラルホルンを敵に回している為、民間企業である“オルクス商会”という不安定極まりないものを利用する事になった事、そして、その地球への足である
「ミカ!どうだ、調子は?」
整備場にやってきたオルガが膝をついて鎮座しているバルバトスに向かって叫ぶ。彼の隣にはビスケットも居た。
「うーん、いいんじゃない?多分」
オルガの声に応え、椅子ごと操縦室から出て来た三日月がそう言う。
「多分って…」
ビスケットが「上に、持って行けそうですか?」と、バルバトスの脚部パーツを弄っていた雪之丞に訊く。
「さあな。俺は元々モビルワーカー専門なんだぞ?しかもコイツは何百年も前、厄災戦の時の機体と来やがる。せめてキャロルの謹慎を解いてくれ、そしたら一時間で仕上げられるぜ」
「そう言わねぇで頼むぜおやっさん。いや、アイツの謹慎もちょっとやり過ぎたとは思っちゃいるが……」
その頃、当の本人は…。
「マスター、こんなトコで油売ってていいんですかぁ?」
薄暗い、何処かの部屋で昼寝をしているキャロルをガリィが指で突っつきながら訊く。その横には依然として、ダラリとしたままのミカの機体がある。
「いいんだ。オレの肉体は特別製なのは知っているだろう?トレーニングの必要は無いし、勉学に関しても完璧だ。仕事も謹慎中だしな」
「でもマスター、ここに来てから前にアルじゃないですか。ソレが」
そう言って、ガリィはキャロルのズボンを引っぺがして、そのホムンクルスだった頃には決して見る事が無かったモノを露わにさせた。それに怒ったキャロルがガリィを全力で蹴っ飛ばす。
「ああ、あんよが上手…」
「いつの間にお前のプログラムにエラーが生じたんだ?クソっ…」
「……私、マスターがいつか襲われちゃうかもしれないってハラハラしながらお仕事してるんですよ?なんせマスター、その感じだと完璧に女の子になっちゃったみたいですし。身重になったマスターを見るのは嫌です。だからもうちょっと自分をつよーくして貰わないと…」
「大丈夫だ、オレはそこまで落ちぶれていない」
そう言うキャロルは、いつの間にかさっき脱がされたばかりのズボンを履きこなしていた。ジャケットもアイマスクとしてでは無く、本来の使い方をされている。キャロルは外に続く扉のある方へ向かっていた。
「ちょっとマスター、何処行くんです?」
「食堂だ。そろそろ昼食の時間だからな」
「あーあ、マスターは食べ物食べれて羨ましいです。暇だったら私にも胃袋付けてくださいよ」
「断る。ミカの調整と、グレイズの改修でオレは疲れ切っているんだ」
「ええー?何であの鉄塊は可愛がって、このガリィちゃんは可愛がってくれないんですかー」
バルバトスの整備をそれっぽく終わらせた三日月は、休憩と食事の為に食堂に向かっていた。そして、その途中にガリィと談笑しているキャロルを見つけた。第一、キャロルの方はあまり笑っていなかったが。三日月は彼女と話をする為に彼女の名を呼ぶ。
「何だ?」
「おやっさんが目立たずに来てくれって言ってたよ。仮にも謹慎中の奴を呼び出すのはあんまり良く無いから夜あたりに静かにって」
「雪之丞が?分かった、道具を用意しておいてくれと言っておいてくれ」
「分かった。それでさ、話したい事があるんだけど、立ち話も面倒だから、一緒にメシ食わない?」
「あ?ああ、分かった…」
ガリィが「愛の告白ですかね?」とちょっかいを掛ける。キャロルはそれを無視した。
キャロルは席につくなり、溜め息を吐いた。
「壱軍のクソ野郎共を相手にしないで済むのは何時ぶりだろうか」
「キャロルは来てから一か月しか経ってないでしょ。さ、食べよ」
そう言って三日月は少し賑やかになった飯を食べ始めた。キャロルもそれに倣って、飯を食べ始める。
「それで?話っての何なんだ?」
「この間来てた、クッキーとクラッカって子、居たでしょ?その子達の農園に手伝いに行こうと思ってるんだ」
「へぇ、それはまた唐突だな」
「最近クーデリアが難しい顔しててさ。ちょっとした息抜きと、俺達の事を知って貰う為に行こうと思ってるんだ」
「ほう、つまりクーデリア達も来るという訳か」
「ビスケットも来るよ。あの二人はビスケットの妹なんだ」
「そうだったのか。どうりで仲が良い訳だ。ところで、何故その話をオレに?」
「キャロルって謹慎中なんでしょ?暇だと思って」
「そんな理由でか…。それで?足はどうする」
「この前キャロルは動かしたモビルワーカーあるでしょ?あれ確かまだ使って無かったから、あれで行こうと思うんだけど。いい?」
「ああ、いいぞ。道案内は頼む」
「分かった、じゃ」
三日月は唐突に立ち上がり、食器を返しに行ってしまった。
「嘘だろ?食べるのが早すぎる」
「兵士たるもの、食える時に、食える分だけ食う。そうある必要があるらしいですよ。マスターも見習っては?」
「断る。オレはオレだ」
そう言ってキャロルは黙々と飯を口に運び始めた。
「まさに不毛の大地だな。しかし、何故こんな所に?」
ガエリオはそれを見ながら、隣に居るマクギリスに問う。彼は双眼鏡で荒野をじっと観察していた。
「クーデリア・藍那・バーンスタインが行方をくらました」
「クーデリア?資料にあった、“ノアキスの七月会議”のか?」
マクギリスはその言葉に答えず、ただ、その双眼鏡をガエリオに手渡した。ガエリオはそれを使って、荒野を見る。双眼鏡を通して見えた荒野には、不自然な隆起があった。
「何だ?あれは」
「ここで数日前、戦闘が行われたという情報があってな。そしてその前日、彼女の父、ノーマン・バーンステインはコーラルのもとを訪れている」
「それは…、コーラルが彼女が狙ったって事か?そうか、行方不明の一個中隊はここで…」
「彼女の身柄が拘束出来れば、統制局の覚えもめでたいだろうからな。我々の監査など、どうという事も無い程に」
「これはまた、面倒だな。……調査を急ごう。ノエル!車の用意だ」
「了解しました」
キャロル達はモビルワーカーに乗って、とある農園に来ていた。それにクーデリアは少し、落ち着かないでいた。傍にいるフミタンは、従者らしく、ゆっくりと辺りを見渡している。
「あの…ここは?」
「サクラちゃんの畑」
三日月がぶっきらぼうに答える。
「サクラちゃん?」
「ウチの婆ちゃんです」
「それで、なんで私をこんな所に?」
それに答える間もなく、アトラの三日月を呼ぶ声が響く。その方を見ると、アトラがこちらに手を振りながら、駆けてくるのが見えた。
「あら?アトラさん。アトラさんも来ていたの?」
「あ、はい。クーデリアさんも来ていたんですね。それに、ガリィさんも」
そう言って、アトラはバツが悪そうな顔をした。キャロルはそれを見てガリィに問いただすが、知らないの一点張りだった。
「お兄ちゃーん!」
「三日月、お兄ー!」
アトラの来た方から、クッキーとクラッカが駆けてくるのが見えた。ビスケットはその二人を抱き寄せ、数日ぶりの再会を喜びあった。
「あ、クーデリアも居る!」
「キャロルも居る!」
「お野菜ちゃんと斬れるようになった?」
「えっ?……ああ、まぁ」
二人に言葉にドギマギしているクーデリアに、キャロルが「しっかりしろ、年上だぞ?」と、それっぽい言葉をやるが、結局言葉は上手く出ず、その者の言葉に上書きされた。
「来たね」
二人に続いてやってきた老人が、一行の顔を見ながら言った。装いは動きやすそうな作業着で、背中には帽子を長いリボンで押さえつけている。
「サクラちゃん」
「これで全部かい?今回は随分と女を連れてきたね」
サクラのその言葉に、キャロルが間髪入れずに、「オレは男だ」と言った。
「……よし、じゃ始めるよ」
三日月はその言葉に返事をした後、モビルワーカーにコートを被せる。キャロルもそれに倣って、コートを乗せた。
「済まない、三日月。こういうのは初めてでな。どうすればいい?」
「トラクターで刈り取ったトウモロコシを、そこにあるカゴに詰めていく。それだけ」
そう言い終わる頃には、三日月はもう仕事の準備を終えていた。隣に居たアトラも今、準備を終えた。
「……クーデリアさん、連れて来たんだ」
その言葉に三日月は何気なく「うん」と、返し、アトラはそれに素っ気なく返事をした。その少し後、カゴが少し持ちづらく感じたのか、三日月はカゴを揺する。その時、一緒に彼の左手首にあった、ブレスレットも揺れた。
「あ、それ」
「え?…ああ、アトラが作ってくれたんでしょ?」
その言葉の間に、アトラの顔はみるみる赤くなっていく。
「う、うん。それ、お守りなの。私とお揃い」
「うん、ありがとう。アトラ」
「あーらあらあらあらあら。良い雰囲気ですねぇ、ハイタツガール!」
その二人の間に割り込んだのが、ガリィだった。彼女はカゴをお手玉のように空中で回している。
「仕事終わりにでも告白してはいかがぁ?」
「なっ!?ガリィさん何てこと言うんですか!」
「こういうのは落ち着いた、血や鉄なんかとは無縁の場所でやるのがいいんですよ。ね?さぁさご決断を!」
「あ…、え…、その…」
ガリィのいやらしい顔がアトラに迫っていく。アトラは恥ずかしさとまだあまり親しくない人がグイグイと迫っている事による恐怖に縮こまってしまった。
「相変わらずだなお前は!」
刹那、キャロルのドロップキックがガリィに炸裂し、ガリィはトウモロコシの山の中に突き刺さった。彼女の脚が、地面を求めて空を切っている。
「助かりました。ありがとうございます」
「礼はいい。それよりも、アイツ、お前のことそこまでらしいぞ」
そう言って、キャロルは三日月の方を指さす。三日月は黙々と、トウモロコシをカゴに詰めていた。
「出来るだけ距離を縮めておけ」
「は、はい…」
「……三日月、オジョウサマのお付きはいいのか?」
キャロルがトウモロコシをカゴに詰めながら、何故かこちらに流れてきた彼に訊く。
「いいよ。あっちはアトラとフミタンが様子見てくれてるし」
彼もまた、トウモロコシをカゴに詰めながら、キャロルの言葉に答える。
「それで、何でオレを連れてきた?」
「何で、って?」
「人というのは、自分の行動にある程度の阻害が入ると、快く思わない生き物だ。お前みたいな正直者が、お前のやろうとしていた事を邪魔しかけた奴をこんなプライベートな所に連れてこないだろうと思ってな」
その言葉が終わった少し後に、三日月はカゴを地面に置いた後、大きく伸びをする。そして、休憩の時間だと言わんばかりに、何処か遠くの所を見た。
「キャロルはさ、賢いよね。それこそ、何十年も生きてるおやっさんよりも。でも、キャロルは壱軍の奴も、ギャラルホルンの奴も、殺そうとはしなかった。そんだけ賢かったら、この火星で起きてる事もよく分かってるだろ?殺した方が身のためだって事も」
「つまりアレと?お前と一緒ぐらいのチビのくせに、行動が大人ぶってて気に入らないと?」
「気に入らないとは思って無いよ。でも、変だなって」
「そうか、…そうか。なら、何から話すとしたものか……」
キャロルは、三日月に、言える事だけを、ありったけ話した、たっぷりと“翻訳”をしてから。「自身の父は医者のような事をしており、それを疎んだ人々によって殺された事。」、「ある少女と大喧嘩をして、様々な事を知った事。」、等々、彼女に沢山の影響を与えた物事を話した。その話を聴いた三日月は、ゆっくりと息を吐いてから、こう言った。
「なんていうか、お父さんも、その子も、お人よしだね」
「ああ」
「で、キャロルはどうなの?」
「オレは、もうお人よしにはなれないし、殺す事からも逃れられない。オレはこの手で、何十、何千もの人を殺してきた。手はもう血に染まりきっている。きっとオレは、これからもきっと、多くの人を殺すだろう。……だがな、もう、良い奴は殺さない。そう、心に決めた。だから、出来る限り、手を取り合う努力をしてみようと思う。あの時みたいに」
キャロルに言葉に、三日月は「ふーん」と言って、仕事に戻ってしまった。キャロルもそれに続いて、仕事を再開する。
瞬間、何かのクラクションと、急なブレーキの時に出る音、そしてクッキーとクラッカの悲鳴が彼らの耳に突き刺さる。
三日月は何も言わずに、音の聞こえた方へ駆け出す。キャロルもそれに続いて走り出すが、すぐに何処かからやってきたガリィにトウモロコシの藪の中に引きずり込まれた。
「おいガリィ!?何をしてい…」
ガリィは人差し指を口の前にやって、キャロルに黙るよう促す。ガリィとて軽口だが、意味の無い事はしない人形だ。キャロルはそれに従い、三日月の様子を見る。
三日月は家族同然の少女達の為に走る。しばらく走った頃、彼の視界の先には一台の自動車が停まっていた。淡い青色の、走破性の良さそうな車だった。そして、その先にはぐったりと、二人共々倒れているクッキーとクラッカが居た。周囲に空のカゴを転がしたまま、何も言わずにそこに倒れている。
少し後、車の中から呑気な声をした、緑髪の若者――ノエルが姿を現す。二人の様子を見ながらも、意識を確かめる言葉を発していた。三日月が、殺意で固められる。彼はものを言わせぬ勢いで、若者の首を掴み、持ち上げる。車に押し付ける事で、逃げ道を作らせないようにもした。後ろから少女の声が聞こえてくるが、そんな事はどうでもいい。今はクッキーとクラッカを傷つけたコイツを殺す。
「いい加減にしないか」
背後から、頭を小突かれ、彼の意識は元に戻った。背後を見ると、呆れた表情で三日月を見る、サクラが居た。その横には、普通に立っている、クッキーとクラッカも居る。三日月は彼女の言葉に従い、若者から手を離した。
「わ、私達が飛び出しちゃって…」
「あの車が避けてくれたの」
「こちらの不注意だった。謝罪しよう」
そう謝ったのは、車から出て来た金髪の男性――マクギリスだった。その横には、あまり良い表情をしているとは言えない紫髪の男性――ガエリオも居る。
「おぉーい!クッキー、クラッカ!」
ビスケットが遅れてやってくる。その表情は心配のそれで満たされていたが、すぐにそれは別のものに濁らされた。
彼が目を付けたのは、車にあった、獅子と角笛のマーク、すなわちギャラルホルンのマークだった。それにより、ビスケットに警戒の感情が生まれた。そして、それを警戒していたのは、ビスケットだけでは無かった。クーデリアらに、キャロルとガリィだった。しかし、キャロル達の警戒はもっと別のモノに向けられていた。
「あれ、どう見てもアレですよね」
ガリィがノエルの体にぶら下げられた剣を見ながら確認する。
「ああ、誰が見てもアレだ」
キャロルもノエルのソレを見て、ガリィの言葉に応える。
「……アレって何か分かってます?」
「忘れるものか。“ダインスレイヴ”、人間のありとあらゆる負が込められた魔剣。……しかし、何故アレがここに?」
「知りませんよ。でも、アレって完全聖遺物ですよね?マスター、もしかして」
「いいや。あの時、エルフナインに持ち出させたのが全部だ。だから、完全聖遺物であるアレがここにある筈が無い。そも、聖遺物なんてものがあれば、今頃、オレ達の記憶媒体にその情報が刻まれているだろう」
「ですよねぇ。何で今更ここに…、あ、帰るみたいですよ」
「ギャラルホルンにダインスレイヴ。コレはもしかすると……」
「なんやかんやありましたけど、何とか終わりましたねぇ」
ガリィがキャロルの操縦するモビルワーカーに揺られながら、呑気に呟く。
「なんやかんやなものか。オレ達はギャラルホルンの親玉と直接、顔を合わせたんだぞ。もし、顔写真か似顔絵でも配布されたとしたら……」
「不安な事はあるけど、クヨクヨしてても仕方ないよ。ほら、鉄華団の…ってあれ?」
ビスケットの言葉に若干の困惑が見える。キャロルは基地内の少し開けた場所にモビルワーカーを停めた後、装甲を開く。そこから見える、懐かしい建物の周りには、いつもは有り得ない見物人が居た。
「あ、三日月さんにキャロルさん!アレ、見てください!」
その中の一人だったタカキが、建物の屋根を見るように言う。
そこには、華があった。白い屋根に真っ赤に咲いた、紋章があった。
「これが、鉄華団のマークだ。……中々イイだろ」
集団の中に居た、オルガが三日月に言う。
「うん」
「ミカ」
「ん?」
「これを、俺らで守っていくんだ」
「そっか。じゃあ、キャロルも一緒か」
「どうしてそこでオレが出る。…が、気持ちは有難いな」
夕暮れに染まった一行の微笑みが、そこに深く染みついて、新たな想い出が生まれた。