今日は結衣の提案から試すことになった。おそらく、何故かここにいる葉山くんを使うのだろう。
「川崎さんって最近悪い方に変わっちゃったんでしょ? それならもう一回変えてしまえば良いんだよ!」
んな、オセロじゃねぇんだから。
「それで? そこの葉山くんを呼んだのは何故?」
「イヤだな〜ゆきのん、女の子が変わる理由なんて1つしかないじゃん。その……こ、恋……とか」
あんまりにも突拍子の無いこと言うから、場の空気が一瞬で死んだんですけど。
「えっ? もしかして、俺が告白するのか? もっと適任がいると思うが……」
「ん〜でも、川崎さんのタイプがどんな人か分からないから、万人受けする隼人くんかな? それに、一度隼人くんの依頼解決したから受けてくれるかなって」
サラリと怖いこと言うな。葉山くんドン引きしとるぞ、本当に女子って恋愛事は容赦ないな。
結衣プロデュース「ジゴロ葉山のっ、ラブコメきゅんきゅん胸きゅん作戦!」は予想通り失敗した。
いや、葉山くんは期待以上の活躍を見せてくれたのだが、川崎さんは恋に恋する乙女では無かったようだ。
結果として葉山くんは赤っ恥をかき、八幡と材木座は余程葉山くんの不幸が嬉しかったのか大爆笑していた。
そして、現在の時刻は午後八時半。
あれから一度解散し川崎さんの勤務先と思われるホテル・ロイヤルオークラの最上階に位置するバー「エンジェル・ラダー天使の階」へ向かう事になった。
このランク店はドレスコードが基本なのだが、正直あのメンツで理解してそうなのは雪乃と八幡だけだろう。
待ち合わせ場所に着くと既に全員集まっていて、どうやら待たせてしまったようだ。
「みんな集まっているな? では、行こうか」
「蒲生先輩、遅刻で……す……よ」
ん? 何故か全員固まっているな? 別に変な格好はしてないが……
うん、やはり八幡と雪乃以外はちと厳しいな。まぁ材木座は論外だけど。
「わぁー蒲生先輩、すっごく似合ってますね!」
「あれいくらだよ? 絶対高校生が着るもんじゃねぇ」
「ぶふぉん。流石は蒲生氏である」
男三人衆は比較的早く立ち直ったが、女子二人は未だフリーズしている。
「おい、雪乃どうするんだ? 結衣は正直チェックが入るかもしれないぞ」
「え、えぇそうね。由比ヶ浜さんには私の家で着替えて貰うとして……問題は貴方よ。それE○menegildo ○egnaの品じゃない。高校生の貴方には到底買えないと思うのだけど」
「あぁ金持ちの知り合いに無理やり押し付けられてな。まぁ度々使っている」
これは本当だ。アイツが誘ってくる店は皆ドレスコード必須だから、このランクのスーツを何着か仕立てられた。
「それを貰えるなんて、とんだ道楽者に気に入られているのね……はぁ由比ヶ浜さん行きましょう。では、準備が出来たら連絡するわ」
雪乃は未だフリーズしている結衣を引きづりながら去っていった。
「彩加、材木座もわざわざ来てもらったのにすまんな。時間もあるし何処か食いに行くか? もちろん奢るが」
『ラーメンで!』
えぇ……ラーメンは匂いつくんだけどなぁ……
ラーメンを食べ終わった頃、雪乃から連絡が入り急ぎホテルへ向かうことに。
ロビーで待つこと数分、綺麗に着飾った美女がやって来た。これを見ただけでも今日来たかいがあるってもんだ。
ペアは雪乃と俺、八幡と結衣に分かれ最上階へ。
そこには、まさに大人の空間が広がっていた。明かりはどこか優しく俺達を包み込み、ジャズの生演奏が心地よい空気を作っている。
結衣と八幡は慣れていないからか、挙動不審になっており今にも帰りたいと顔が物語っていた。
「八幡、背筋を伸ばして胸を張れ。顎は引く。俺の背中だけ見ていろ」
そのままスタッフに導かれ一面ガラス張りの窓の前、その中でも端の方にあるバーカウンターに辿り着く。
そこには薄幸の美女と呼べばいいのか、スラリと背が高く憂いを秘めた表情と泣きぼくろが特徴的なバーテンダーがいた。
「川崎さん。私は総武校三年の蒲生剛健です。こちらは同じ部活の仲間達、少しお時間よろしいかな?」
「そっか……バレちゃったか……」
彼女は隠し立てすることなく、どこか諦めたような雰囲気を漂わせていた。
各自ドリンクを頼み、早速本題を切り出す。
「実は弟さんから相談をいただいてね。最近、姉の様子がおかしいってね」
「はぁ大志のやつ……どういう繋がりか知らないけどあたしから大志に言っておくから気にしなくていいよ……だからもう関わらないで」
もう関わるな……か。残念ながらそれで納得するなら首を出してはいない。
雪乃はチラッと腕時計を確認すると、川崎さんに鋭い視線を向けた。
「22時40分……シンデレラならあと一時間ちょっと猶予があったけれど、あなたの魔法はもう解けているわ」
雪乃がそう切り出すと二人の間でオシャレな掛け合いが続く、傍から見たら絵になるような一場面なのに、中身は皮肉とあてこすりを繰り返すインファイトの殴り合いだ。
キャットファイトなんて可愛いもんじゃない、獰猛な雌ライオンの生存競争、お互い笑顔なのに目が笑っておらずグラスが凶器に見えてくるのは気の所為であろうか……あれ? お二人のイメージアニマルって猫とヤマネコですよね? いつの間にクラスアップしたんですか?
ふと横を見ると結衣はガタガタ震え、八幡は巻き込まれないよう気配を薄くしている。流石に止めに入るか。
「二人共、そこまでにしなさい。他にもお客さんがいるんだぞ。川崎さん、私達は貴女を脅しに来たんじゃない、むしろ助けに来たんだ。このままバイトを続けてもいずれ露見する、そうなれば学校側も動かざるをえないだろう」
「そんなの覚悟の上だよ。あたしは……あたしは……」
川崎さんはきっと好きで働いてるんじゃないんだろう。彼女の言葉には葛藤した上で出した信念を感じた。
「……少し時間を置こう。俺達はこれで帰るから、仕事終わりに会えないか? 関係者を集めておくから、五時半に通り沿いのマックで待ってるよ」
川崎さんが力なく傾いたのを見届けると俺達は店を後にした。
「ごー先輩どうするの? 正直私達じゃもう……」
結衣が不安そうに呟くと雪乃も反応した。
「そうね、彼女の決心は固いようだけれど」
「八幡はもう分かってるんだろ?」
「いや、まぁそうッスね。ある程度はって感じですけど、蒲生先輩が説得した方がいいんじゃないですか?」
「同年代の言葉の方が伝わるだろう。だが、今のままじゃ聞く耳を持たないからな。まずは彼女の心を開かせる事が出来る大志くんに手伝って貰おう」
朝方、川崎さんはマックまで来てくれた。
おそらく彼女がバイトをする理由は大学の学費、予備校代を稼ぐためだろう。それなら給与の高い深夜バイトをしていた理由がつく。
しかしそれで勉強が疎かになっては本末転倒、学費が用意出来ても受験に失敗すれば元も子もない。
では、どうするか。答えは詐欺まがいの錬金術を考えていた八幡ならすぐさま導きだせるだろう。
「なぁ、スカラシップって知ってる?」
俺達は欠伸混じりに遠ざかって行く二つの影を眺めていた。
「あれで良かったのかしら……」
「問題を解決するなら百万、二百万と用意するしかないだろう。だが、それは奉仕部のやり方では無い。
まぁ大丈夫さ、家族の為に自分自身で解決しようとあそこまで覚悟を決めたんだ。そのリソースを勉強に使えばスカラシップを取ることも夢じゃない。大学推薦も見えてくるさ。
どうしても心配なら勉強を見てやれば良い、雪乃の得意分野だろ? 学年首席さん?」
「ふっ安い挑発ね。人の勉強を見るくらい難しいことではないわ」
やっと笑ったな……まぁ今回は色々思うところがあったんだろ。
「それより、結衣はちゃんと勉強したんだろうな?」
すると、結衣が突然挙動不審になった……
「ふぇっ? し、してるよーもうバッチリ!」
「はぁ……まずは由比ヶ浜さんをどうにかしないといけないわね」
「ゆきのん!?」
……こんなやり取りがいつまでも続けば良いのに。
奉仕部崩壊の足音はゆっくりと近付いていた。