煙の戦士のアカデミア   作:どーあん

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煙の戦士

「はいスタートぉぉぉぉ!」

 

甲高い男の叫び声。それが辺りに響き渡った。

夥しいビル群…その入り口に並ぶ大量の人。数百人はいるだろうか、そんな大勢の人間が状況が分からずに辺りを見渡して様子を確認している。

咄嗟のことにどうするべきか分からないのだろう…スタートの合図が切られているにも関わらずに、周りがどう動くかに自分の行動を委ねていた。

 

それはプロから見れば失格なのだろう。実戦には合図などない、その時々で自分の頭で考えて行動しなければいけないのだ。

しかし、それを彼らに求めるのは酷というものだろう。

彼らはまだ中学生…もっと正確に言うならば雄英高校の受験生。

 

そんな彼らも一般的な中学生からしてみれば極めて優秀な部類のものが集まっている。

ヒーローを目指すものの最高峰…倍率300倍を超える雄英高校を受験できている時点で実力が認められたもの達だ。

しかし、ほとんどのものが初めてである実践形式の試験…それと受験のプレッシャー。それが彼らに正常な判断能力を失わせる。

 

「オイオイオイ!実践にスタートの合図はないゼェえええ!!!」

 

迷う受験生達の尻を蹴るように試験官の声が響く。

それに伴ってようやく動き出す受験生達。

我先にと試験場の中へと走っていく。

目指す先は試験場内に配置されているギミック。

ランダムに配置されたそれらは倒すことでポイントを得ることができ、そのポイントを多く集めたものが合格になる。

厳密には少しだけ違うのだが、受験生達に表向きに知らされているのはそれだけだ。

 

だからこそ、試験が始まったからには、これから起こるのは受験生同士のポイントの奪い合いだ。

ギミックの数は有限…遅れれば狩り尽くされ、不利な状況になってしまう。

受験生達はそれが分かっているからこそとにかく走る。誰よりも早くギミックに到達するために。

 

しかし、物事には何事も常識通りという訳ではなく、入り口に佇みスタートを切っていない一人の男がいた。

その男は一言で言えば異様な男だった。

超個性社会と言われる現代において、異様の基準は限りなく上がっているはずだが、それでも目立つ風貌だった。

 

肩にかかるほどに伸ばされた白髪を左右に分けて、何故かグラサンをかけている。

堀の深い顔は、彼が日本人ではないことを容易に想像させた。

180を超えているであろう中学生としては高い身長…そして鍛え上げられていることが分かる盛り上がった筋肉。

そしてなによりも目を引くのが彼が持っている煙管だろう。

彼と同じくらいの大きさの煙管…それはかなりの重量なはずなのだが、彼はそれを苦もなさそうに持ち上げている。

 

彼は煙管を口元に当てて勢いよく吸っていた。

試験を捨ててしまったのだろうか、それは本人にしか分からないことだが、少なくとも周りからはそう見えるであろう。

少なくとも試験官はそう思った。

 

「オイオイオイ!!そこの白髪の奴!!!試験はもう始まってるゼェ!!呑気に吸ってる場合かよ!!!」

 

試験官の男の声が彼だけに向けて放たれる。

本来であれば試験官として話しかけるべきではないのだろうが、試験官の男…プレゼントマイクの愛称で知られるヒーロー…は、見過ごせなかった。

人生がかかっていると言っても過言ではない受験…それを棒にするような彼の姿勢はプレゼントマイクには勿体なく見えた。

 

そんな心配の声は勿論彼にも届いており、彼は煙管で吸いながら、片方の手を突き上げて親指を立てた。

心配するなと言いたいのだろうか…それはプレゼントマイクには分からなかったが、彼の中学生離れの風貌に相まって、それは様になっていた。

 

彼は煙管を離し、手の平を口の前に出してそこに口から空気を吐き出す。

空気と共に吐き出されるのは大量の煙…通常であればすぐに天に昇り消えてしまうであろうそれは、何故かその場に留まり、形をなしていく。

 

紫煙機兵隊(ディープパープル)

 

彼の個性の産物であるそれは、煙でありながら実態を持った人型の戦士だ。

精巧に作られたそれらは一つ一つがそれなりの戦力を持つ。

そんな戦士が十数体…彼の周りを囲うように展開された。

 

「結構条件つけたから作るのに時間がかかっちまったな。条件は人間は攻撃せず機械だけを徹底的に排除。そしてさらに他の受験生の救助も条件につける。

ギミックがどれくらいの強さか分からねぇから一体一体に多くのオーラを込めた。

予想以上に数が少なくなったがまぁ充分だろう……」

 

ここに来て彼が初めてそう呟いた。

誰に向かって言ったのか分からないその独白は、この場の最善を考えて作ったそれらの性能の最終確認だ。

試験のルール上他の受験生の邪魔をしてはいけないので、かなり注意して作らねばならない…だからこその確認だった。

 

「さぁ散れ!」

 

彼の言葉を合図に一斉に駆け出す煙の戦士達。

 

その戦士達の活躍を期待しながら、彼もようやく試験場へと駆け出した。

その力強い踏み込みは、彼自身の活躍も期待させるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

受験生が入り混じる試験場。市街地を模したそれに無作為に放たれるギミックを処理するためには、様々な能力が求められる。

情報取集能力、機動力、判断力、そして単純な戦闘能力。

戦闘に向いた個性ならば容易に処理できるかもしれないが、集まった受験生が全てそうかと言われるとそうではなく、そういったもの達はギミックの処理に苦戦することになる。

表向き戦闘向き個性に圧倒的優位に作られた試験は、容赦なく力ないものを振り落とす。

 

そんな試験に打ちのめされたものがここにも一人いた。

紫の髪に目の隈が特徴的な男…心操人使は、あちこちでギミックを倒す強力な個性の持ち主達を見ながら唇を噛み締めて悔しそうに拳を震わせる。

あちこちで派手に戦う戦闘向きの個性の持ち主達。それは心操にはないもので、それを自由に使ってギミックを倒すもの達は、心操には眩しく見えた。

 

それはまるでヒーローとはこういうものだと言っているようで、敵のような個性だと揶揄される自分はヒーローになる資格はないかもしれないと、少しだけ考えさせられてしまう。

しかし、そんなことを思うのはほんの一瞬だ。

今は試験中であり、自分がやるべきことは一体でも多くギミックを倒すことだろうと心操は思った。

 

幸いにも、見た目は巨大なメカであるそれらは案外脆く、現状個性が使えず無個性に等しい心操にも上手く狙いを定めればなんとか壊すことが出来た。

しかし、それでも他の受験生に比べれば微々たるものだ。

心操が必死の思いで倒したギミックを、他のもの達は容易く倒していく。

自分が一体倒す時間で二体〜三体あるいはそれ以上…このままでは差が開く一方であった。

 

(クソ……!このままこんな密集したとこでちんたらやってたら絶対に追いつけない。なんとか他の奴らがいない所へ行かないと)

 

倒したギミックの破片を投げ捨てて、心操は人がいないであろう路地裏に入っていく。

なりふり構わず全力で走り、路地裏を目指す。

狙い通り辺りに受験生はいない…ならば後はギミックがいるかどうか、こんな路地裏にまでギミックが配置されているかはわからなかったので、これはある意味賭けだった。

しかし、地力で劣る心操は賭けにでなければ合格は絶対にできない。

 

(頼むからギミックが配置されていてくれ!)

 

そんな風に願いを込めながら路地裏を覗く。

 

「………よし!ギミックはいる!」

 

路地裏をうろつく数体のギミック…大小様々なそれらは心操を発見したようで、一斉に向かってくる。

 

『標的発見!ブッ殺ス!』

 

『殺ス!殺ス!』

 

好き勝手に喋るギミック達…仮にも教育機関の試験で使うロボの言葉遣いかとツッコミを入れたくなるが、今の心操にはそんな余裕はなかった。

とにかく一体でも多く倒す…そう覚悟を決めて、辺りに落ちている使えそうなパイプを拾い上げて武器にする。

 

それぞれのギミックの脆い部分は周囲を観察していたことで分かっていた。

横取りの心配はないだろうが、それでも素早く処理せねばいけない。

 

心操はパイプを振り上げて、ギミックの頭の部分を思いっきりぶっ叩く。

それだけでギミックは機能を停止して動かなくなる。

 

(こいつは頭……こいつは胴……こいつは分かりづらいが右胸に動力源がある……!)

 

正確に弱点のみを突いて攻撃していく。

火力で劣る心操は、無駄な攻撃で使う時間はない。

それが分かっているからこそ、攻撃は最小限に、一振りを大切に扱う。

とにかく早く、一体でも多く、そんな必死の心操の思いに呼応するように体は動き、ギミックをこれまでとは比べ物にならないスピードで倒していく。

 

ギミックの残骸が積み上がっていく。

パイプを振るい続ける心操。もう体力は限界に近いが、ギミックを倒すたびに気力は上向きになっていく。

 

(いけるかもしれない……ヒーロー向きな個性じゃなくたって……!)

 

憧れていた派手な個性持ち、その反対に馬鹿にされる自らの個性。

ヒーロー向きじゃないことは心操にだってわかっている。でも、憧れてしまったのだ。

笑顔で皆を助けるヒーローに。

 

「やれる…!俺だってヒーローになれる!」

 

心操は自分に思い込ませるようにそう言った。

最早パイプを握る手も限界が近く、痙攣が出始めた。

おそらく何日かは筋肉痛で悩まされるだろう。しかしそんなことは関係なかった。

ヒーローになれるかもしれないのだ。ここで手を離すことなどあり得ない。

 

迫り来るギミック…他のものより大きいそれは、その分ポイントも多い。

疲れで鉛のように重い体に鞭を打ち、パイプを振るう。

疲れがあるにも関わらずに正確に弱点を突いたそれは、ギミックの機能を停止させた。

 

「ふぅ、とりあえずここにいる分は全部か。時間がねぇ、早く移動しないと!」

 

一息つきたいと訴える体を無視して、心操は素早く次の目的へ思考を切り替え始める。

その素早い判断力は、心操の利点だ。

しかし、この場でそれは悪い方向に働いた。

 

『殺ス!ブッ殺ス!!』

 

大きなギミックに隠れて見えなかった比較的小柄なそれ…次へと切り替えた心操の思考の隙を突くように現れたそれは、心操の目の前まで迫っていた。

 

「しまっ……」

 

しまった。それを言う時間すらなかった。

すでに心操の目の前にまで迫ったそれは、最早回避は間に合わない。

それを悟った心操はダメだと分かりながらも反射で目を瞑り、衝撃に備える。

 

(クソ……やっぱりこんな個性じゃ無理だってのかよ……!)

 

思わずそんなことを思った。

一筋の光が差したと思ったら結局はこれだ…心操はただただ悔しかった。

ギュッと拳を握り衝撃を待つ。

 

しかし、いつまで経っても衝撃はこなかった。

心操は何が起きたか分からずに、恐る恐るゆっくりと目を開ける。

 

目を開けた心操の前の光景は衝撃のものだった。

心操の前には自分よりも大きな背中…そしてそれと同じくらいの大きさの煙管をギミックへと振り下ろした男の姿だった。

心操は男が潰したギミックを見て驚いた。

 

比較的脆く小さいギミックであるが、それがぐしゃぐしゃにつぶされていた。

一体どんな力を加えればそこまで潰れるのだろうか…心操には想像もつかなかった。

心操が驚いている間…男はゆっくりと心操へと振り返り言葉を発した。

 

「よぉ……大丈夫か?人の獲物を取る気はなかったが、どうにも対応できてなさそうだったんでな。悪く思うなよ」

 

低い声だった。中学生とは思えない力強い男の声。

そんな声が男にはよく似合っていた。

ずれたグラサンを直し、巻き上がった埃を落とすその姿は、1分1秒を争う試験の最中だとは思えないくらい余裕に見えた。

 

「あぁ、いや、正直助かった。アンタが来なかったらダウンしてたよ」

 

呆然とする心操だったが、なんとか言葉を返すことが出来た。

 

「そりゃよかった。時間も残り少ないしお互い頑張ろうぜ…!」

 

親指を立ててそう言う男。

そんな男が心操には眩しく見えた。

この試験では受験生同士というのは言うならば敵同士だ。

限られたポイント争う敵…なのにも関わらずこの男はそんなことは関係ないという風に心操を助けた。

同じ状況にあった時、自分に同じことができるだろうか。心操はそう自問した。

 

出来ないかもしれない…これが実際の現場なら助けるだろうが、この試験の場では恐らく見捨ててしまうだろう。

試験である以上大怪我を負うようには出来ていないだろうし、怪我をしても雄英には優秀な治療個性持ちがいる。

それを言い訳にして自分は見捨ててしまうだろう…心操はそう結論づけた。

 

だからこそ心操は気になった。目の前の男が何故自分を助けたのかを。

時間がないことはわかっているが、聞かねば後悔する気がした。

 

「アンタはなんで助けてくれたんだ?そんなことしたってアンタに得はないだろ」

 

それを聞いた男はグラサンをずらし驚いたような目で心操を見て、そしてすぐに笑った。

 

「ハハハ!それを聞くのはナンセンスだろ!俺達ヒーロー目指してんだ…!人助けに理由なんてねぇよ!」

 

「あぁ、そうだな。ヒーローってのはそういうもんだ……!」

 

噛み締めるように心操はそう言った。

心操が目指したヒーローとはそういう存在だった。

損得なんて関係ない。困った人がいれば助けるのだ。

それがヒーロー…敵と揶揄されてきた心操だからこそ、心は誰よりもヒーローであるべきだった。

 

それを思い出した心操は顔を思いっきり叩き、自分に喝を入れる。

 

下を向いていた顔を上げた時、そこにいたのは紛れもないヒーローだった。

 

心操のその顔を見て、男は笑いながら心操の肩を叩いた。

 

「いい顔になったなボウズ!それでこそヒーローだ!」

 

「ボウズって、同い年だろ!」

 

「よぉし!時間もねぇ、ラストスパートと行くか…!」

 

「俺の話を聞けっ!」

 

心操がそこまで言ったところで、辺り一帯が大きく揺れた。

それに素早く男は反応し、心操に指示を出す。

 

「ここじゃあ建物が倒れてきたらどうしようもない!大通りに出るぞ…!」

 

「…おう…!」

 

二人は素早く路地裏から抜け出し、大通りに出る。

そこで二人は運がいいのか悪いのか、揺れの原因と対面することになった。

 

それは今までのギミックとは比べ物にならないほどに巨大なギミック。

それを見て心操は説明会の時に言われたことを思い出した。

 

「あれがお邪魔ギミックか!アンタ、あんなの相手にしてても仕方ねぇ!逃げるぞ…!」

 

お邪魔ギミックはポイントにならない。

それを説明会で聞いていた心操はすぐに逃げることを提案する。

それが普通の判断だ…あれだけの大きさ、倒せるとも思えないし倒せた所でポイントにならないのでは意味がない。

 

「いや、あれ止めるぞ」

 

そんな心操の提案を男はすぐに一蹴した。

心操はそれの訳がわからず、思わず男に向けて吠えた。

 

「なんで!?他の奴らだって逃げてる!わざわざあんなのに時間を割く必要はないだろ!」

 

「落ち着け、あのギミックにばっか目がいって周りが見えてないぞ」

 

「周り?周りだって逃げて」

 

そこまで言って心操は言葉を止めた。

お邪魔ギミックに目がいって見えていなかったが、逃げ遅れているものが何人かいた。

巨体が起こした揺れが起こした瓦礫に怪我をしたのか、明らかに動きが鈍いものもいた。

 

「お前個性は?」

 

男が心操に向けて言った。

それに心操は少しだけトラウマを思い出し言葉が詰まるが、明らかに急を擁する状況。速やかに応える。

 

「俺の個性は洗脳だ。言葉をかけて答えた相手を洗脳できる」

 

改めて自分で言うとなんて敵らしい個性だろうか…心操はそう自嘲した。

しかし、それを聞いた男は笑った。

 

「いい個性だ!この場じゃ2番目にいい個性だよ!一番は勿論俺だがな…!」

 

「いい個性って、こんな個性じゃ何も!」

 

何も出来ない…それを心操自身分かっていた。

しかし、男はそれを否定する。

 

「いいやそんなことはねぇよ!洗脳で力ありそうな奴片っ端から連れてこい!それで逃げ遅れてる奴らを助けてやれ!」

 

助ける…それを自分の個性で出来るとは心操は思っていなかった。

敵のような個性だからと人助けに使うことを頭から外していた。

だからこそ男の言葉は心操に響いた。

 

「こんな個性でも人助けが出来るのか……こんな敵みたいな個性でも……!」

 

グッと拳を握り締めて反芻する。

そんな心操を見て、男は思いっきり背中を叩いた。

 

「あぁ…出来る…!お前はヒーローになれるんだ……!」

 

ずっとかけて欲しかった言葉。

敵だと揶揄されて笑われるなかで、ヒーローを目指しているとは言いづらかった。

それでもずっと思いは秘めていたのだ。

ヒーローになりたい、そして皆にそれを認めて欲しかった。

後指を差される中で、そんなことを気にせず背中を押してくれる人が欲しかった。

 

とっくに諦めていたが、そんな男は目の前にいたのだ。

心操は痺れる背中に何か熱いものが巡ることを感じながら、勢いよく走り出した。

 

言葉を交わすことはしなかった。

 

そうしたら泣いてしまいそうだったから……泣き顔で人助けなどできないであろうから。

 

駆ける心操の背中を見て、男は満足そうに笑い、すぐにお邪魔ギミックを見つめて真剣な表情になる。

 

「俺は俺の仕事をするか」

 

そう言うと男は発動していた紫煙機兵隊を解除した。

そうするとみるみるうちに力が溢れ出てくるのを感じた。

紫煙機兵隊に使っていた分の力を戻したのだ。それは当然のことだった。

 

戻した力を男はすぐに使う。

掌に男にしか見えない球状オーラのようなものを出す。

それは紫煙機兵隊の核。これに煙で形を作り、戦士達は出来上がる。

 

「とりあえず頭数が必要だ…!命令は単純で性能も最低…!それなら60はいける…!」

 

男が現在出せる紫煙機兵隊の限界は正確には78体。これに現在の体調を考慮して、今現在の限界は60体だった。

 

大量に作った反動で体から力が抜けるのを感じながら、男は紫煙機兵隊を操る。

作戦を完成させるための位置どりをさせ、自らは煙をさらに吐き出す。

 

それによって出来たのは、一本の太い煙の綱だった。

煙ということで見た目上は脆く見えるそれは、実は鉄以上の硬度を誇る。

それを紫煙機兵隊につかませて、左右に配置する。

男が準備をすすめていると、横から声がかけられる。

 

「おーい!!とりあえず頭数連れてきたぞ!!」

 

手を振りながら大声で言う心操、時間がないなかでそこまで大人数を集めることは男は期待していなかったが、心操は男の予想を超える人数を連れてきた。

恐らく恥も外聞も捨ててとにかく叫んだのであろう、若干枯れている声からそんなことを男は感じた。

 

「よし!とりあえず逃げ遅れてる奴らの避難を頼む!ギミックは俺の方でなんとかする!」

 

「おう!!とりあえず救助だ!瓦礫をどかすぞ!!」

 

心操は周りの者たちにそう指示を出す。

男もそれに加わる。

思ったよりも多い人数が集まったおかげか避難はある程度早く終わり、一先ずギミックと距離を離すことができた。

しかし、ギミック自体を止めなければこの後も被害が拡大するかもしれない。

それを阻止するために、男は動き始めた。

 

「避難はとりあえず終わった!ギミックはどうする!?」

 

心操が不安そうに言った。

それもそうだ。心操はギミックを倒す方法を聞いていない。

あんな大きなものをたった1人の人間がどうにか出来るとは心操は思わなかった。

しかし、そんな心操の心配を他所に男は自信満々に言う。

 

「下準備は終わってる!後はあのデカブツを寝かすだけだ!」

 

男はひたすらに気を伺う。タイミングは一瞬…身逃すわけにはいけなかった。

ギミックが悠々と地面を踏み締める。

一歩一歩が地割れを起こすほどの重量。

だからこそ、その重量を利用する。

 

ギミックが次の一歩を踏み出すその瞬間…男は大声で指示を出した。

 

「今だ…!!引け!」

 

左右に配置された紫煙機兵隊がその合図を聞いて思いっきり綱を引く。

引かれた綱はピンと真っ直ぐに張り、ギミックの足に引っかかる。

凄まじい脚力に綱を引く手が負けそうになるが、なんとか持ち堪え、ギミックの重心を崩すことに成功する。

重心さえ崩れれば後は自明の理だった。

ギミックは自身の重量を上手く支えることが出来ず、前のめりにゆっくりと倒れる。

 

地震が起きた。

そう錯覚するほど大きな揺れは、近くにいた2人には特に大きく感じた。

心操は尻餅をつき、倒れたギミックを信じられないといった顔で見つめる。

 

そんな心操の前に男は立って、手を差し出した。

それを暫し呆然と見つめた心操は、ニヤリと笑いながらその手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタの名前は?」

 

試験が終わり、雄英関係者であろう者たちが怪我人の手当てに奔走するのを横目で見ながら、心操はそう言った。

今更なような気がしたが、心操は男の名前を知らなかった。

試験中は聞けるような状況ではなかったので、当たり前のことではあるが。

 

「あぁ…そういえば言ってなかったな。俺の名前はモラウ=マッカーナーシ。覚えておいて損はないぜ」

 

「日本人ぽくないと思ってたが外人だったか、モラウ、うん、覚えた」

 

「それで…?お前の名前は?まさか自分だけ聞くわけじゃないだろ?」

 

モラウは不敵に笑いそういった。

 

「俺は心操、心操人使だ!」

 

噛み締めるように心操は言った。

別段自己紹介など慣れたものではあるが、今日は少しだけいつもとは違うように感じた。

それは目の前の男にあてられたからか、今の心操には分からなかった。

 

「心操か、覚えておくぜ。また会うだろうからな…!」

 

手を突き出し握手を求めるモラウ。

しかし、その手に心操は応えられなかった。

 

「悪いが、多分これきりだ。お前は受かってるんだろうよ。そんな凄い個性に身体能力。最後にギミックに時間を取られたとはいえ相当ポイント稼いでるんだろ…?俺はダメだ。どう考えてもポイントが足りない…!」

 

それは薄々わかっていたことだった。

この試験ではほぼ無個性と変わらない心操は、どう考えたって戦闘向きの者たちと比べればポイントは低いだろう。

それに最後はポイントにならないお邪魔ギミックに時間を使ってしまった。

 

「お邪魔ギミックに時間を使ったことは後悔してない。お前のおかげで俺が目指していたヒーローを思い出せたからな。それに最後に洗脳で他の受験生の時間を奪っちまった。人助けとはいえこの試験は他の受験生の妨害禁止。俺の行動が受験生の邪魔をしたと捉えられる可能性もある。

 まぁとりあえず俺は落ちた。お前とは、違う」

 

それをモラウは黙って聞いていた。

しかし、最後まで聞くと強引に心操の手を掴み、無理やり握手の形を取る。

 

「おい!俺の話聞いてっ!」

 

「聞いてたさ…!聞いた上で言ってんだ!お前とはまた近いうちに会うってな!」

 

「な!?何を根拠に……!」

 

何の根拠もない慰めだ…心操はそう思った。

しかし、モラウの目を見たらそんな思いは飛んでいってしまった。

グラサンを外し、真剣にこちらを見つめるモラウは、慰めで言っているようには到底思えなかった。

 

「なぁ心操、ヒーローに大事なことはなんだと思う?敵をたくさん倒せる力か?違うだろ…?人を守れる力だ。ヒーローの本質は人助けなんだ。それを天下の雄英が分かっていないと思うか…?

 大体この試験は明らかに戦闘向けに有利だ。でも、戦闘で役に立たなくたって人助けが出来る個性だってある。

ならそれを評価する項目だってあるはずだ。違うか…?」

 

「そうかもしれないが、そんなものは確かめようがない……」

 

「うじうじするなよ!お前は今日しっかりヒーローしてた!そんなお前を落とすようなら俺は雄英を自分から辞退するぜ」

 

ヒーローしてた…その言葉がどれほど心操の心に響くか。モラウは分かっているのだろうか。

心操の目の前の男は、あったばかりにも関わらず、何故こうも心を揺さぶってくるのか。

誰にも認められず、卑屈になっていた自分を今日ヒーローにしてくれたのはモラウだ。

そこまで考えた時、心操の目からは涙が溢れ出ていた。

それは試験が終わったことでの安心感もあるのだろう。

 

「おいおい泣くなよ!今泣いたら受かった時に流す涙がなくなっちまうぜ?」

 

「うるさい!お前のせいだろ……!お前がヒーローになれるなんて言うから、そんなこと言われたら、もう諦められなくなっちまうだろうが…!」

 

「なんだ?諦めたかったのか?」

 

「そんな訳あるか!ともかく!俺は雄英でヒーローになってやる…!だからお前も俺が落ちてても辞退なんてするな!俺は落ちてたって普通科からヒーロー目指してやる!そん時にライバルがいなかったら張り合いがねぇだろ……!」

 

涙を拭い、心操は啖呵を切った。

 

それが実現するかどうかは…今は誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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