煙の戦士のアカデミア 作:どーあん
「実技総合成績出ました」
真っ暗な部屋に映し出されるディスプレイに、試験結果が投影された。
何の試験結果かと言えば当然雄英高校の入試結果であり、1位から順番に受験生の名前と獲得したポイントが映し出されていた。
ようやく終わったか…試験結果を見て、審査をしていた雄英高校の教師達はそう思った。
毎年のことだが、試験結果の集計には時間がかかる。
それは倍率300倍という圧倒的なまでの受験生の数もあるし、審査方法の問題でもあった。
ディスプレイに映し出される結果には、ギミックをいかに破壊したかを表す通称
そしてその横に表示される
救助ポイントは受験生達には知らされていない項目であり、いかに周りを助けたか、ヒーローたる行動をしていたかを教師達がポイント化をしたものだ。
モラウが予想した通り、雄英高校の受験には戦闘向きの個性だけに有利にならないよう、またヒーローとしての資質の部分を評価するためにこのポイントを設けていた。
これはより良い人材を発掘する為に必要なことではあるのだが、1人1人採点しなければいけないのでとにかく時間がかかる。
敵ポイントのようにただ倒したギミックを集計すればいいのではなく、受験生達の行動をよく観察してポイントを付けていかねばならないので、とにかく精神が磨耗する。
そんな大変な作業であるが、この場でその作業を適当にするものはいなかった。
それは、雄英高校の教師としてのプライドもあるし、何よりも、子供達の未来を担う教師という職についているからこそ手は抜けない。
適当な採点をして、本来合格していた生徒が落ちてしまうなんてことがあってはいけない。
それは教師達の共通の思いであった。
審査が終わった教師達は安堵の息を漏らしながら、受験生の中でめぼしい人間を吟味する。
「救助ポイント0で2位とはなぁ!!」
画面に尖った髪と野心に燃える目が特徴の男が映る。
男は縦横無尽に市街地を飛び回り、ギミックを破壊していた。
その圧倒的なまでの火力と機動力、そして後半でも動きが落ちないタフネス、その全てがプロヒーローを以てしても唸らざるを得ない才能であった。
男のポイントは敵ポイントだけで77…これは他の受験生達を突き放す圧倒的な数字であった。
しかし、救助ポイントが0ということに人格面での心配を残す結果であるとも言えた。
「対照的に敵ポイント0で8位」
「アレに立ち向かったのは過去にもいたけど、ぶっ飛ばしたのは久しく見てないね……」
2位の男と対照ということで話題に上がったのは、緑髪の弱々しい印象を受ける少年であった。
不安そうに辺りを見渡しておどおどしている姿は、とても好成績を残した受験生とは思えない態度ではあったが、それでも彼は教師達の記憶に残る偉業を成し遂げた。
お邪魔ギミックの正面からの打倒。
瓦礫に挟まる少女を見た少年は、今まで何故発揮していなかったのか分からない超パワーで跳躍し、拳一発でビル程もある巨大なギミックを破壊した。
それを見た教師達は久しく見ていない光景に湧いていた。
しかし、冷静になって見てみると疑問を感じる所は多々ある。
少年の腕と足は、そのパワーを使った反動か見るも無惨に壊れ、助けが入らなければ着地すらままならない状態に落ち入っていた。
そのことに対して教師達からは疑問が飛び交う。
何故自身の個性で怪我を、何故急に行動を変えたのか。
少年に対する疑問は尽きない。
しかし、そんな議論を大きな声で中断させる男がいた。
「細けぇことはいいんだよ!!俺はあいつを気に入った!!」
そう言ったのは、審査の時号令の合図を務めたプレゼントマイク。
彼は持ち前の通る明るい声で、ざわざわと話し合いをする教師達を一喝した。
理論も何もない言葉だが、彼の性格を分かっている教師達はやれやれと首を振りながらも納得する。
そんな風に少年の話題は終わり、いよいよといった感じで別の受験生に注目が集まる。
それは勿論、まだ話題に出ていない1位の受験生だ。
「敵ポイントが45ポイントで救助ポイントが75。救助ポイントでここまで稼ぐ奴はあまり見ないな…」
8位の少年の救助ポイントも目を見張るものがあったが、それをも超える好成績であった。
画面に映るのは、白髪が特徴の少年モラウ、それと別の画面で試験場各所にばらまかれた煙の戦士達。
モラウのこの好成績は実力というのもあるが、何よりも大きかったのはこの試験との相性であった。
自律する戦闘能力を持った戦士を分散させてギミックを壊す、手数が多い分単純に効率がいい、他の受験生が身一つでやっていることを大人数で同時にやるのだ、効率は桁違いだった。
「応用力で言ったらプロでも見ないレベルだな。ある程度の性能を持った煙人形を数十体出せる、それだけで人手が必要な災害救助で大きく役に立つ」
「そうだな。さらに言えば煙人形が本人の目の届かない所でもちゃんと機能している。あらかじめ条件を決めてプログラム的に動いているのか。何にしても他の受験生の邪魔にならないよう動き、時には救助を行うとは素晴らしい性能だ……」
「だけどその割に敵ポイントは伸びなかったな。あれだけの頭数があれば2位の少年くらいポイントが伸びてもおかしくなさそうだが…」
「ギミックを倒すことより、妨害認定されないように他の受験生の救助とサポートを優先させてたからだろ。それにお邪魔ギミックの対処に時間を使っていたからな。しょうがないことだろう」
様々な議論が飛び交う。類を見ない盛り上がり方だが、それだけモラウの個性の応用力が高いということだった。
「個性も確かに凄いが、それを使う本人のレベルも高い。お邪魔ギミックを壊す手際はまるでプロヒーローだ。明らかに実戦慣れしているような余裕も見られる。だが、一体どこでこんな技術を…」
ある教師が言ったその一言で更に教師達はざわつく。
モラウは確かにその個性に目を向けられがちだが、それを扱う本人のレベルも異様に高い。
人生がかかった受験とは思えない余裕な態度と、周りを見て行動する判断力は、明らかに実戦経験があるものの動きだった。
しかし、そんな実戦経験を積む機会など、ヒーロー免許を持っていない中学生にはあろうはずがない。
教師達もそれが分かっているからこそ、モラウの出自に注目が集まる。
「両親共にプロヒーローらしい。その影響があるのかもしれないな」
「プロヒーロー!?一体誰だ!?」
プロヒーローの息子…それならばこのレベルの高さもうなづける。
ヒーロー直々に教えていたのだろう…そんな想像を教師達はした。
そこに納得がいけば、気になるはそれが誰かというこだ。
「スモークマンとバニーオーラだ。どっちも海外から日本に活動を移してきたヒーローだな」
「スモークマンとバニーオーラ!?それってどっちも…」
教師達は聞き覚えのある名前に驚き、だからこそその後の言葉に詰まった。
それは、そのヒーローの現状を知っているからだった。
「……知っての通りどちらも既に亡くなっている。5年前にな……」
「両親を亡くして辛いだろうに、それでもヒーロー志望でくるとは中々のガッツだな」
「そうだな、でもまだ15歳だ、見た目上はなんとも無さそうだが、心には深い傷を負っている筈だ。そこら辺は俺達でフォローしてやらねばいけないな」
ヒーローとは基本的にお人好しだ。他人の不幸を憂い、自分のことよりも他者を優先する。
だからこそ、不幸な経歴を持つ少年に同情し涙する。
しんみりとした雰囲気が流れるが、そんな時間はすぐに終わりを告げる。
「いつまでも余計な話をしてる場合じゃないでしょう。もっと大事な話がある筈だ。無駄話に時間を割くのは合理的じゃない」
流れを切ってそう発言したのは無造作に伸びた髪と剃られておらず野暮ったく伸びているヒゲが特徴的な暗そうな男だった。
男の名前は相澤 消太。ヒーロー名はイレイザーヘッド。
どこまでも合理性を望む彼は、目の前で繰り返される無駄話に釘を刺す。
それは一見すると冷たい態度に見え、他の教師からは反感を買ってしまう。
「なんだと!それはちょっと冷たいんじゃないか!?教育者としてそういう態度は……」
「勝手に他所様の過去を深掘りして同情するのが教育者ですかね。本人にまだ会ってすらいないのに。
それよりも審査で少し言いたいことがある」
反感の言葉をシャットアウトして、相澤は自分の意見を通した。
そんな彼の様子を見て、相澤の古くからの友人であるプレゼントマイクは、相澤をフォローするように言葉を発した。
「審査で言いたいことぉ!?順位はもう出てるぜぇ!後はそれ通りに採用してくだけだろ?」
「…問題は試験の採点だ。採用の人数的に漏れてはいるが、見込みがある生徒がいた」
合理性の塊とも言える相澤には珍しい回りくどい言い方だった。
そんないつもと様子が少し違う相澤に当然周りの人間も気付く。
「君は38位の彼のことを言ってるのかい?相澤君?」
「えぇ……そうです。根津校長……」
相澤の言葉に答えたのは、雄英の最高責任者でもある校長だった。
雄英高校の校長…一体どんな人物かと思うと思うが、それは人ではなかった。
クルクルと回る椅子にちょこんと座るそれは、ネズミであった。
顔に傷があるネズミは、明らかに人の言葉を話している。
その正体は個性を発現させたネズミだ、個性により人間よりも高スペックな頭脳を得たネズミが、雄英高校の校長であった。
根津は、持ち前の頭脳で相澤が言いたいことを理解する。
38位の少年。心操人使。その少年の審査については少しだけ揉め事があった。
まずは少年が洗脳の個性を使い人命救助を行ったことが妨害にあたるかどうか…この問題についてはすぐ結論が出た。
あたらない。
それは当然のことだった。ヒーローを養成する学校が人助けをしたものを妨害で失格にするなどあり得ない。
しかし、困ったのはこの後だ。
洗脳されて人命救助を行ったもの達のポイントについて、心操によって操られていなければ得ていたであろう敵ポイント…その埋め合わせをどうするか、そこでかなりの論議があった。
ポイントを与えないというのはあり得ないし、しかしそのポイントをどう与えるか、どの程度与えるかで揉めた。
壮絶な議論の末、結局は根津の一声で全ては決まった。
「うん…!洗脳によって救助活動を行ったものに救助ポイントを10ポイント、洗脳をした心操君に救助ポイント25ポイント。心操君にもう少しポイントをあげたいが、彼の行動はもう1人の指示によるもの。
自発的な行動ではないことを考えてこのくらいが妥当じゃないかい?」
根津のその提案に皆が賛成し、その話は一度終わった。
しかし、相澤には一つだけ納得出来ないことがあった。
「心操は洗脳によって救助ポイントを得ました。敵ポイントの17ポイントと合算して42ポイント。これでも例年なら受かっているラインです。
しかし、皮肉にもその心操の行動で得たポイントで心操を超えたものが2名いました。
総合ポイントで言えば心操は落ちています。しかし、この試験で明らかに向かない個性でこの成績…そして、自らの個性が試験に向いていないと分かりながらも腐らずに最善を模索する姿勢や、ギミックの弱点を周りを見て瞬時に判断する力。
そして言葉をかけるだけで相手を無力化できる洗脳は、現場において大変有用な個性だと思います……何卒もう一度考えていただきたい」
相澤は根津を真剣な表情で見る。
その姿勢に驚いたのは周りのヒーローだった。
いつも冷徹で合理性の化け物のような相澤が、1人の受験生にここまで固執する理由が分からなかったからだ。
そして、それは相澤自身もよく分かっていなかった。
客観的に相澤の分析をするならば、この試験方法への懐疑的な精神が表に出てきたということだろうか。
この試験は救助ポイントというものが存在してはいるが、明らかに戦闘向き個性に有利なようにできている。
比較的脆いギミック達は、戦闘向き個性ならばあまり考えずとも壊せてポイントを稼げる。
しかし、救済ポイントを稼ぐということは難しい…表向き知らされていない項目だというのもあるし、現場で本当に難しいのは救助だ…それには周りを見て冷静な判断をこなす頭と、実際に現場をこなして得る経験がなければいけない。
しかしそんな経験が当然中学生にある筈はなく、結局は毎年合格するのは戦闘向きの個性ばかりだ。
しかし、そんな状況に相澤は思うのだ。
この試験は合理的じゃない……
例えば、相澤も能力だけでいえばこの試験との相性は最悪だ。
抹消という相手の個性を消す個性は、ロボット相手になんの役にも立たない。
しかし、そんな相澤はプロヒーローとして極めて優秀な活躍をしている。
メディアに出ないため知名度はないが、それでもプロヒーローの間ではその有用性は周知の事実である。
そんな相澤が心操を見た時に思ったのだ。
こいつは見込みがある。
私情かもしれないが、それでもプロに必要な人材だと、そう思ったのだ。
根津に向かって頭を下げる相澤。
そんな相澤を周りは緊張の表情で見つめる。
誰も相澤に茶々を入れようとはしなかった。それは、この場で発言すべきは根津だと分かっていたからだ。
相澤の様子を、根津は外側からはなんとも読み取れない表情で見ていた。
外からはただ呆然としているだけにも見えるが、その実ハイスペックな頭で考えを巡らせているのだろう…それは根津を知る者には容易に想像が出来た。
たっぷりと間をおき、根津は答える。
「そうだね。確かに心操君は逸材だと思う。しかし、それによって試験の順位を変えることは出来ない。相澤君ならわかるだろう?」
無慈悲…しかしそれは正論だった。
いくら見込みあると思っても、試験の結果は既に出ていて、変えることは出来ない。
「しかし、救助ポイントの見直しをしていただければ順位が繰り上がる可能性もあります」
「救助ポイントについてはあれが限度だよ。散々議論した結果で、他の先生方もそれで納得していた筈だ。そんな状況でもう一度審査を行うのは贔屓していると思われてもしょうがないことだ。試験には公平性がないといけないのは分かってくれるだろう?」
「はい…分かりました。お時間を取らせてすみませんでした」
相澤は素直に引いた。それは、自分の方が分が悪いことを言っているということが相澤にも分かっていたからだ。
これ以上ゴネたところで変更はない、なのにゴネ続けるのはそれこそ合理性がないことだった。
引き下がる相澤に、根津は待ったの声をかけた。
「早とちりはいけないよ相澤君!試験の順位は変えないと言ったが、それ以外に変えられるものがあるだろう?」
「それは…!まさか……!」
相澤は根津が言わんとすることをすぐに察した。
「あぁその通り!定員数を増やせばいいのさ!A組とB組で1人づつ、そうすれば心操君も合格さ!」
一般試験の定員数は本来36。しかし、クラスに1人づつ増やせば38になり、38位の心操も受かる。
言葉にすれば簡単だが、それは重い決断だった。
「しかし校長!雄英高校は国立高校です!仮にも国が決めた定員を覆すなんて、無理がありますよ!」
ある教師からそんな心配そうな声が聞こえる。
「責任は全て僕がとる!それに、ここはヒーローを養成する学校だよ?機械的に定員を守るだけじゃなくて、必要だと思う人材を取っていくことも必要なのさ!」
胸を張ってそう言う根津。
その姿はネズミでありながら、間違いなく人の心を持った優しい教育者であった。
そんな根津に相澤はもう一度頭を下げ、感謝の言葉を述べた。
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自分はこの世界の住人ではないような、そんな疎外感があった。
それを自覚したのは物心ついてすぐで、周りと自分との差に違和感を感じていた。
別段見た目がというわけではない、自分も周りも、見た目に差があれど立派な人間だ。
しかし、そんな見た目の話ではなく、魂そのものが別世界の住人のもののような…そんな気持ち悪い感覚が常にあった。
両親は普通の人達だった。
優しく、強く、そして温かい…プロヒーローであるらしい彼らは自分のことを息子として扱う。
それ自体は普通のことなのだ。
この2人は自分の親で、自分の名前はモラウ。
それも頭では分かっているし、実際血も繋がっている。
顔もよく似たこの2人は勿論俺の親なのだろう。
だが、2人の顔を見るたびに、俺の心は言う。
この2人は俺の親ではない。
なんて親不孝な考えなのだろうか、それを分かってはいたが、頭で分かっても心が訴えかけてくるのだ。
そんな違和感から逃げるように、俺はよく家を抜け出して体を鍛えた。
体の鍛え方なんて知らない筈なのに、俺の体は何故か知っているかのように動く。
体を鍛えている間だけは、違和感を忘れられた。
それに気がついた俺は、毎日家を飛び出してヘトヘトになって帰ってくる生活を暫く続けた。
そんな生活を続けていると両親は心配しだしたが、それは笑顔で誤魔化した。
その時の作り物の笑顔は、我ながら気持ち悪かったのを覚えている。
そんな生活が変わったのは4歳の頃、ある日突然、俺は体から溢れ出る生命力のようなものに気がついた
溢れ出るそれは自らの意思で自在に姿を変えて、量も大量に出すとかなり疲れるが、大量に出せば出すほど身体能力は跳ねあがった。
急な超常の力の覚醒に、その時ばかりは同年代の子供のようにはしゃいだ。
興奮しすぎていつの間にかヘロヘロになっていたが、そんなことが気にならないくらいの興奮だった。
クタクタの体に鞭を打って帰路につく。
そんな帰り道にふとこんなことを思った。
他の人達からも生命力は出ているのだろうか。
そう思いすれ違う人々に対して目を凝らす。
そうすると力は目に集まって、いつもよりも視力が良くなった。
この状態ならば見えるはず…そう期待を込めてみた世界は無だった。
無…その表現は少し違うだろうか。正確に言うならば、全くいつもと変わらなかった。
いつもと変わらずに歩く人々…それが無性に怖かった。
それは俺がこの世界の住人ではないと言っているようで、産まれてから感じていた違和感を証明してしまったように感じた。
あまりのことに泣きながら家に帰ったことを覚えている。
恥も外聞もなく、いつもは変に落ち着いて大人ぶっていたのにも関わらず、それを台無しにする勢いで泣いた。
周りを見たくなくて、急いで家に駆け込んで、状況が分からずただあたふたして泣いている自分を見る両親に飛びついた。
そのまま心配そうに声をかけてくる両親を無視して泣いて、泣き止んだ時には辺りは真っ暗だった。
なんとか落ち着いた頭で、こんなことを考えてしまった。
両親からは力が出ているのか…
正直それを思いついた時は怖かった。
ここで見てしまって、両親から何も出ていなかったら。
しかし、俺はそんな思いを振り切って目に力を集めた。
それは、藁にもすがる思いだった。
両親からだけでも繋がりを感じたい、そう思った。
両目に集中し力を集める。
僅かな希望に縋り目を開いた時、見えたのは僅かに両親から漏れる力だった。
その日から、俺の違和感は少しだけ消えた。
▲
「合格か。まぁ当たり前だがな……」
誰もいない部屋で1人、モラウは呟いた。
それはマンションの高層階の部屋だった。
モラウは窓から夜景を見ながら、持っていたダンベルを置いた。
雄英高校…そこに行けば何か変わるだろうか、モラウはしみじみとそんなことを思った。
この世界に感じる違和感、それが消えたわけではない。
違和感の正体をずっと探ってはいるが、未だにピンとくるものはない。
惜しい所まで行っている気はするのだが、伸ばした手は後少しの所で空を切ってしまう。
「こればっかりはのんびり考えるしかないか、焦ってもどうしようもない…」
気持ちを切り替えてダンベルを拾い上げ筋トレを続ける。
筋トレ中は違和感が和らぐ、それは昔から変わっていない。
モラウにとって昔から変わったことなど多くはない。
4歳の時にオーラが見えるようになった時、煙管に出会い能力が発現した時、そして両親が死んだ時、思いつく変化はそれくらいだろうか。
しかし、それすらも何故か既視感を感じた。
もうすでに一度経験しているかのような、そんな感覚が後から付いてくる。
思えば入試の時のあの余裕もそうだ、無意識に何かと比べていた。
あの時と比べればなんと甘い試験だろうか…そう思った。果たしてあの時とはどの時なのか、モラウに入試の時以上の実践経験はないはずなのだが、それは分からなかった。
「だが、いつでも新鮮に感じるものもある」
人助けをした後の笑顔…それは何故だがいつも新鮮だった。