そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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危険と隣り合わせの安全

 弾道上に出現したのは澄んだ空色の障壁。斜めに配置されていて、接触した魔力弾の軌道を斜めに逸らす役割を成す。この障壁が同時に十、作り出される。

 

 当然、たかだか十枚程度では、雪崩を打つように殺到する魔力弾の軍勢を一つ残らず捌くのは不可能だ。

 

 だから選別した。直撃コースからずれているものは見逃し、俺の身体を捉える弾道の魔力弾にのみ、障壁で逸らす。そうすることで障壁の作業数を減少させるが、被弾しないものを見極めて配置してもなお、弾丸の数は多い。障壁の数は足りない。

 

「『浮鏡』の真骨頂は……ここからだ」

 

 この障壁数では壁として不足していることなど理解している。織り込み済みなのだ。

 

 彼女の射撃魔法の数が多いことなんて最初からわかりきっていた。命中精度にも優れていることなんて他の魔法を体感すれば嫌でもわかる。

 

 威力についても空恐ろしいものがあることだろう。破壊力も併せ持つ無数の魔力弾を浴びれば、エリーの魔力を束ねた障壁といえど長くは持つまい。

 

 弾幕用と銘打っていて防御結界などと大層な名を冠しているのには、相応の理由があることを証明する。

 

「躱すだけの空間もないのなら、作ればいいだけだ。生憎と、使えそうな弾丸(材料)はいっぱいあるしな」

 

 障壁に着弾した魔力弾は本来のルートを大きく逸して、矛先を変える。俺を狙っていた他の魔力弾に接触し、爆発する。

 

 これを、狙っていた。『浮鏡』の用途はここにある。

 

 相手の射撃魔法を弾き、他の魔力弾と衝突、誘爆させることで数を減らし、漆黒に染まる死地から空白を切り出す。

 

 この術式の切っ掛けになったのはエリーが使った半球状の障壁、バリアタイプにカテゴライズされる防御魔法だ。その魔法のプログラムには障壁に触れたものを弾き飛ばす、という副次的な効果がある。そのコードを抜き取り、俺が普段頻繁に使っているシールドタイプの防御魔法に組み込んだものが、対弾幕防御結界『浮鏡』だ。

 

 ちなみに、結界と呼称しているけれど、結界魔法とはなんの縁もゆかりもない。破壊の嵐から安全地帯をくり抜くという意味合いで名付けたに過ぎない。

 

「っ……分厚い上に、冗長な弾幕だこと……」

 

 被弾しない弾道のものは完全に無視。直撃するもののみにタスクを限定しているが、それでも処理速度はかつかつだ。

 

 自分の身体をすっぽり覆うくらいの障壁を張るよりかは幾分現実的な策かと思えたが、一概に正しい行動であると判断できなくなってきた。なによりの問題は、演算が複雑すぎたことだ。

 

 魔力弾の入射角、反射させたい方向。ぶつけたい魔力弾に正確に当てようとすれば、さらに反射させた魔力弾の速度や、誘爆させたい魔力弾の速度・相対距離・対象の大きさまで加味しなければならなくなる。それらを踏まえた上で、障壁の角度・強度・実行したいプログラムを選定して魔法を発動させるための演算をしなければならない。

 

 薄氷の上を歩むが如き危うさだが、あらん限りに魔力をつぎ込んで障壁を展開・維持補強するより余程マシである。いつまでもエリーにおんぶに抱っこではいられない。エリーも危惧していたのだ、あまり力を使いすぎれば、深く繋がりすぎれば、元の姿に戻れなくなるし、最悪、魂まで融け合うと。

 

 魔力は重要なファクターだが、それだけに頼る力任せな戦い方ではいけないのだ。工夫し、知恵を絞り、技術と組み合わせて初めて、豊富な魔力が生きてくるのだから。

 

「くそ、多いな……っ」

 

 押し寄せる黒き弾丸の波を、一番近いものから弾いては誘爆させる。

 

 細工を施した障壁を展開し、役目を果たせば魔法を解除し、また違う魔力弾に角度を合わせて展開する、という工程を繰り返す。障壁を展開したまま動かせれば都合がいいのだが、それは現状の防御魔法のフォーマットでは不可能だ。元来防御魔法は足を止め、身を守る盾として使われているのだから、あちらこちらへ盾を動かす意味などなかったのだろう。魔法の基盤を組み立てた先人たちに文句をつけても詮なきことだ。

 

「んっ、く……。そろそろ、か……」

 

 『浮鏡』を使って撃ち落としていくが、弾丸の雨にいつまでも対処し続けるのは難しい。

 

 このままではいずれ、波に呑まれる。

 

「仕返しの、時間だ……」

 

 なので、呑まれる前に次のカードを切るとする。

 

 隙は、攻めている時に生じやすい。防御に徹していたのは反転のタイミングを見計らうためだ。

 

「この従順な五十の騎兵で……利息分くらいは返してやるぞ」

 

 撃ち込まれ続ける魔力弾への対処に思考を割きつつ、誘導弾を操作する。演算能力の酷使に頭がじんわりと熱を帯びるが、ここが正念場と踏ん張る。

 

 総員突撃の命令を受けた騎兵隊は、彼女の黒い魔力弾の壁を迂回するように左右や上方へと移動を始めた。

 

「…………」

 

 彼女はちらりと俺の誘導弾へ一瞥を投げると、未だ周囲に漂っている予備戦力で迎え撃つ。

 

 いかにエリーの魔力でブーストしているといえど、魔力での底上げには限界がある。懸命にコントロールはするが、速度という面において遥かに劣る俺の射撃魔法はすぐに彼女の魔力弾に射抜かれた。

 

「使えるな、この弾殻(シェル)は」

 

 確実に射抜かれたはず(・・)の俺の射撃魔法だが、しかし消滅せず、依然として彼女へと突貫する。

 

 仕組みは至ってシンプル。射撃魔法をすっぽりと包むように膜を張ったのだ。ある程度の強度を有している魔力の膜を突き破られる前に、膜の内側にいる誘導弾は膜を放棄して難を逃れる。ちょうど、烏賊(いか)が墨を吐いて逃げるのと要領は似ている。

 

 元は彼女の体外から噴出されている魔力の衣を突破してダメージを与えるために考えたのだが、誘導弾の撃墜も防げるとは思わぬ収穫だ。

 

「さあ、どうくる……。躱すか、防ぐか? それとも弾幕で撃ち墜とすか?」

 

 俺の誘導弾を墜とそうする魔力弾は当初、ぱらぱらと散発的なものだったが、厄介さを感じ取ったのか危険性を理解したのか、誘導弾に向けられる魔力弾の数が多くなった。ホールの壁や天井を這うように進む誘導弾を、魔力弾は躍起になって狙い続ける。

 

 彼女の魔力弾が誘導弾に向けられたことで、第一波から二波、三波と動く暇も与えずに俺へと襲いかかってきていた弾幕が幾分か薄くなった。その分誘導弾を墜とすための迎撃は苛烈を極めているが、弾幕の処理に割かれていた演算のリソースを誘導弾のコントロールへと充てることができるので、誘導弾を警戒してくれればしてくれるほど俺としては動きが取りやすくなる上、生命のリスクも減る。俺にとっては、いい流れだと言える。

 

 ただ、このままずっと風向きがフォローのままとは限らない。

 

「魔力弾による迎撃に専念、か……。五発も当てることができれば御の字だが……潜り抜けられるのか、これ……」

 

 五十あった誘導弾は、道程を三割進んだところで半数が墜とされ、半ばを過ぎれば七割が潰されていた。残機は十五、彼女(トップ)への道はようやく中腹、砲火は近づけば近づくほどに激しさを増す。

 

 操縦する個数が五十から十五に急減したことで一つ一つを精確に操ることができるようになりはしたが、あまりに減ってしまうと望んだ役割が期待できなくなる。かといって、誘導弾のコントロールに気を取られ過ぎては未だ継続されている俺への弾幕の対処をし損なう。

 

 一番望ましいのは、出来る限り多くの誘導弾を彼女に叩き込むこと。次点で誘導弾はすべて墜とされてもいいから、未だ彼女の周囲に相当数浮かんでいる待機状態の魔力弾をなるべく多く消費させること。最悪なのは相手の残弾を大して減らさずに、早々に全機撃墜されることだ。

 

 袋小路に足を踏み入れる前になにか策を講じておきたいが、いかんせん、目的が明確に定まっていない現状、なにを基準に考えを始めればいいかがわからない。リニスさんを元に戻す妙策があればそれを起点に考えを煮詰めていけるのだが、俺はまだ手掛かりを見つけられていない。

 

 誘導弾は刻々と数を減らしていく。七合目まで到達したのは、とうとう十機を切った。残り九機。

 

 牽制するように、魔力弾は断続しながら俺にも向けられている。好き勝手にはやらせない、と圧力を受けているような気分だ。

 

『主様。申し訳有りませんが、もう一度彼奴に近づいてもらえないでしょうか』

 

 魔力弾を捌きつつ解決策を模索していると、長らく沈黙を保っていたエリーが口を開いた。

 

『……あれに、か?』

 

 視線の先、黒の彼女を見やる。かなり量を減らしたとはいえ、待機状態の魔力弾はまだ一個中隊規模でありそうだ。

 

 あの中に飛び込んで、さらに突っ切って彼女に接近するというのは、些かハードなお願いである。

 

『先ほど……ほんの一瞬近づいた時、なにか不穏な魔力の流れを感じたのです』

 

『そりゃあ、あんな事になってるんだから不穏で剣呑な魔力なんて、少しどころかたくさんするだろう。俺だって危ないことはわかる』

 

『そういう意味ではなくて……どう説明すれば良いか悩みますが……どことなく彼奴以外の魔力の気配がしたのです』

 

『彼奴以外……リニスさんの魔力じゃない魔力がある、ってことか?』

 

『そうです。忘却してしまいたい記憶ですが、私は一度、彼奴の魔力を受けたことがあります。以前に受けた魔力とは波長が異なっているのです。その原因を探りたいのです』

 

『リニスさんはプレシアさんの使い魔だ。主人であるプレシアさんの魔力が、従者であるリニスさんに流れ込んでいるだけなんじゃないか?』

 

『お言葉ですが、それはありえません。主様のお考え通りであれば、鉄蔵で奴に辱めを受けた際と今とで同じ波長をしているはずです』

 

『てつぐら? ああ、倉庫のことか。……まあ、たしかにそうだな、あれは辱めといっても差し支えない扱いだったな』

 

『トラウマの一つなのでその件については蒸し返さないでください。あと話の主旨をずらさないでください。大事なところなのです』

 

『あ、はい。ごめんなさい……』

 

『続けてもよろしいでしょうか』

 

『はい……どうぞ』

 

『主様のお考えの反証として一つ、付け加えます。使い魔は主人となる魔導師から魔力を貰うことでその存在を維持していますが、魔法を行使するための魔力は主人である魔導師と切り離されています。使い魔が独立して魔力を持っているのです。主人の魔力が混ざる余地はありません』

 

『うむ……なるほど』

 

 エリーに言われて、初めて使い魔の深部に目を向けたような気がした。

 

 使い魔は主人から魔力を得ることで存在を保つことができている。使い魔の優秀さに比例して、主人が消費する魔力は増加する。

 

 この辺りの説明はユーノやクロノから受けていたが、そこから先を考えようとはしていなかった。

 

 少し目を向ければすぐわかりそうなことだった。フェイトとアルフを例に挙げれば簡単だ。

 

 フェイトには魔力変換資質なるものがあるらしい。詳しい仕組みは知らないが、魔法を使うと術式本来の効果とは別に電気の効果が付随する。

 

 もしアルフがフェイトの魔力を使って魔法を行使したのであればアルフの魔法にも電撃が帯びているはずだが、そんな様子は一度として見ていないし、また、受けてもいない。

 

 そもそも使い魔にだってリンカーコアがあるのだから、やはり主人から送られる魔力とは別に、使い魔が自分で使える魔力があるのだろう。成る程、エリーの言うことは正しかった。

 

 ここで、疑問が二つ浮上する。

 

『なんでエリーはそんなこと知ってるんだ?』

 

 これが一つ目である。

 

『主様は何故ご自身が言葉を喋ることができるか、何故言語を認識し意味を理解できるか、わかりますか?』

 

『な、なにそれ。んん……わ、わからないな。なぜか喋れるし、なぜか耳に入ったら言葉がわかる。複雑な理屈とかはわからない。ただ、そういうものだとしか……』

 

『それとおおよそ同じ感覚です。いつ、どこで、どうやって知り得た知識なのかは私にもわかりません。ですが、なぜか知っているのです。主様への回答とすれば、膨大な量の知識が私の中に蓄積されていて、今回はその内の一つを(ひもと)いた。このようなところでしょう』

 

『そ、そうか。……わかった、ありがとう』

 

 怜悧に過ぎる返答を頂いては、俺からは返す言葉がなかった。

 

 エリーは時折俺でも御しきれないテンションの高さと勢いで会話のイニシアチブを取ったり、かと思えば今のように淡々と冷静に、理屈でもって反論したりする。いやはや、実に頼りになる相棒なことだ。

 

 どうあれ、疑問一は解消された。次は疑問二だ。

 

 これまでの話は解説で、前振りで、導入部分。ここからが要点だ。

 

『それで、だ。リニスさんの主人の、プレシアさんの魔力が混じっているんじゃないんだとしたら、いったいなにがリニスさんの身体に渦巻いているんだ。リニスさんに、なにが起きている』

 

 エリーは、黒色の魔力を羽織る彼女に、視線の先のリニスさんではないリニスさんに、本人以外の魔力を感じたと言う。しかし、使い魔の性質上、主人の魔力ではないとも言う。かくいう俺も、今の彼女からは違う雰囲気を感じ取っている。

 

 エリーの知識や感覚、そして俺の勘が合っているとしたら、なにが彼女の身に巣食っているのか。

 

 エリーの答えは早かった。

 

『それを調べる為に、主様には彼奴に近づいて欲しいのです』

 

『ああ……それで接近してこい、に繋がるのか……。納得したよ……』

 

『先は心構えをしていなかったのではっきりとはわかりませんでしたが、次に接近した時は探知を試みます。出来得る限りの情報を抜き取ってやります。……主様、謹しんでお願い致します』

 

 彼女に肉薄するには越えなきゃいけない壁がいくつもある。その中でも一番目に見えて困難で難関なのが魔力弾だ。

 

 頑張れば数えられる程度に減ってはいても、やりたい放題ばかすか連射してもまだ百を下回ってはいない射撃魔法。懸念は他にもあるが、目下最大の難点はここだ。

 

 魔力弾をどうにかしなければ、彼女に近づく前に蜂の巣よりも穴だらけになる事が目に見えている。人間の残骸とは思えない肉片が辺り一面に散らばることとなるだろう。その光景がありありと眼に浮かぶ。

 

 答えなんて、決まっていた。

 

『はっは……了解だ、任せとけ』

 

 乾いた笑いをこぼしながらではあるが、俺はエリーにはっきりと、肯定の意思を表明した。

 

 危険なことは重々理解している。虎穴に入らずんば云々などと(ことわざ)はあるが、今回は虎の口に自ら頭を突っ込むようなものだ。

 

 いくら、さしものエリーの守護といえど、それを上回る力で来られれば潰される。

 

 黒の彼女はエリーが展開した障壁を、まるで濡れたトイレットペーパーかのように容易く貫いた。しかも素手で――正確には、かの鋭き爪で、であるが。

 

 射砲撃や大規模魔法も驚嘆に値する威力だったが、近接攻撃に関してはまた(おもむき)が違う。射撃はまずスフィアを設置していたし、大槍の時は前準備に多少の時間がかかっていた。どれにしたところで破壊力についてはほとほと目を覆いたくなるものだが、それでも射砲撃は攻撃前に準備があった。

 

 しかし、近接戦闘では予備動作など一切ない。ただ肉薄して腕を振り抜いて爪を突き立てるのみ。たったそれだけで、エリーの魔力で編まれた障壁を突き破るだけの威力を弾き出していた。俺の主力である接近戦をこれまで仕掛けられなかった理由が、あの一合にある。

 

 当たり所が悪ければ一発貰っただけで沈みかねない。当たり所が良くても継戦能力に障る。だからこそ距離を取っていた。

 

 その恐怖心を乗り越えてでも近づこうと思ったのは解決への糸筋が見えたからだ。それがたとえ、今にも切れてしまいそうなほど細くとも。

 

 エリーの直感を試してみることでリニスさんを元に戻せる方法が見つかるかもしれないのなら、火中に身を投じるのも(やぶさ)かでない。

 

『具申しておいてこのようなことを言うのは大変憚るものがあるのですが、どうやって近づく心算(こころづもり)ですか?』

 

『ほんと……お前が言うなって感じだよ。……誘導弾が残っている今のうちが勝負だと思ってる。誘導弾で向こうの魔力弾を消費させて、ついでに彼女の注意も逸らせることができれば上出来だな』

 

『思い通りに事が運んだとして、実際に近づく際にはどういった方法を取るのですか?』

 

『そりゃあお前、あれだよ。障壁張って吶喊(とっかん)だ』

 

『……思い通りに事が運ばなかった場合は、どうするのですか……?』

 

『決まってるだろ。障壁張って吶喊だ。玉砕を覚悟してな』

 

『……主様らしいです』

 

『お褒めの言葉をありがとう。これ以上誘導弾が少なくなる前に突っ込む。エリーも覚悟しといてくれ』

 

『いつだって、主様と共に果てる心構えは出来ております』

 

『不吉なことは口にしないでいい』

 

 エリーと作戦会議を詰めている間に、俺の誘導弾は黒の彼女へ更に接近している。八合目を突破し、目標までの道のりは残り二割を切った。対して勇敢なる我が兵士はさらに三、撃ち墜とされている。五十もあった誘導弾をたかだか数十メートルを進ませる間に四十以上も減らすとは、なんと愚かな術者なことか。

 

 とはいえ、六機が未だ健在だ。相手の魔力弾のターゲットから外れるのは至難であるが、機動制御のリソースを六つに集中させることができるので、ここからはそうそう減らしはしないはずだ。

 

 本格的に本陣に攻め入られてきたことからか、黒色の魔力弾はほぼ誘導弾の始末に向いている。俺に向いている弾幕量は最初の半分近くにまで減少していた。

手を打つならば、ここしかない。

 

「っ……んっ……。突撃用意……」

 

 頭の奥で、ちりっ、と火花が散ったような熱と軽い痛みが走った。

 

 『浮鏡』の連続使用に加え、多数の誘導弾のコントロールにより、俺の自前の脳みそ(デバイス)に熱が溜まり始めた。演算処理の数が桁違いに多過ぎたことが原因だ。エリーと一体化していなければとうにオーバーヒートしているのは確実である。

 

 この山場を乗り越えれば少しは楽になるはずだ、と自分に言い聞かせて床を踏みしめる。

 

 エリーからの魔力供給を全身に通わせ、接近時の速度を出すために特に下半身に集中させる。

 

 爆発寸前まで高めるが、まだ彼女の元まで駆けはしない。絶好のタイミングは、まだだ。

 

『……主様、まだ行かないのですか? 誘導弾が残っている今こそ行くべきだと愚考します』

 

 エリーがそわそわと不安げに進言する。

 

『まだだ。彼女の意表を突いたその時に出る……』

 

 俺はエリーの進言を退ける。

 

 誘導弾は更に距離を詰める。九合目を通過する寸前に逃げ場を失った一機が撃墜。残り、五。

 

『誘導弾を全て墜とされた後では手遅れになってしまいます。時宜(じぎ)にかなった処置を……主様っ』

 

 また一つ誘導弾が破壊されたのを俺の目を通して見ていたエリーが再度、意見を述べる。

 

『焦んなって、エリー。まだ早すぎるんだ。お前だってパートナーが早漏なんて嫌だろ? 待ってなさい』

 

 エリーの申し出を、俺は冗談ではぐらかして回避する。そろそろ会話にすら思考のリソースを回せなくなってきているので、エリーへの対応が雑なのはこの際見逃してもらおう。

 

 ケーブルが断線してスパークを起こしているかのように、頭がじんじんと熱くなっている。マルチタスクを限界まで併用し、弾幕の処理と、残された誘導弾五発の制御を行っているのが要因だが、まだ無理を押さなければならない。

 

『わ、私は……主様がそ……そ、早漏だろうと遅漏だろうと変わらぬ愛を捧げております!』

 

『そうかい……ありがとう。もう少しの……辛抱だ』

 

『ひゃ、はい! …………あ、主様っ、それはどちらの意味のもう少しなのでしょうか?!』

 

 もう少し、もう少しだけ生き延びてくれ、と念じながら、土煙や砂埃、爆煙や瓦礫、密度が高すぎる魔力弾の影などで不明瞭な視界の中、針の穴を通すような緻密な計算で誘導弾を操作する。

 

 九合目の半ばを過ぎて、魔力弾を密集させてぶつけるという驚異の面攻撃に二機が捕まった。残りは左右の壁を這う二機と、天井を舐めるように進む一機。

 

 数を更に減らし、作戦の成否が危うくなってきたその瞬間、ようやく時機が訪れた。

 

『はっ、はは……。良い子にしてよく待っていたな、エリー……』

 

 壁や天井から直角に曲がれば目標に着弾する位置にまで誘導弾が来た時、待機されてあった魔力弾、その全弾が迎撃に充てられた。俺と彼女の間で浮遊して壁の役割を成していたものを含めて、すべてである。

 

 念には念を入れてか、黒の彼女は杖身の中間を右手で持ち、しゅん、と風切り音を立てて一回転させた。回転させて持ち直した頃には、前後左右に頭上までをもカバーできる球状の障壁で身体を覆っていた。

 

 彼女は全方位に対して有効な防御魔法を展開させていて、魔力弾の壁は失われている。

 

『行くぞッ!』

 

『あ、やはりこういう意味で……』

 

『なにか言ったか?』

 

『いえなんでもありませんお供致します!』

 

『お、おう』

 

 待ちに待った、絶好のチャンスが到来した。

 

 膂力(りょりょく)を足に送り、床から返るエネルギーを推進力にコンバートさせる。『襲歩』による、急速接近。炸薬に点火するように両の足で強く踏み込み、床を爆ぜさせた。

 

 視界の端が引き伸ばされる加速感を味わいながら、正面を見据える。

 

 彼女は黒真珠のような球体の防御魔法に包まれたままだ。その周囲を、禍々しく(おびただ)しい量の流星群が通過する。最後の生き残りだった三機の誘導弾は躱す間もなく、その魔力弾の大群にちっぽけな空色の魔力素まで払い飛ばされて、食い尽くされた。

 

 これにより、総勢五十の誘導弾は一つも攻撃目標に辿り着くことなく、空気に溶けて消えた。

 

『全ての魔力弾が取り払われるのを待っていたのですね。さすがのご慧眼です』

 

『いや、ここまで上手くいくとは思ってなかった。それに全弾を迎撃に向かわせるってのは……なんか予想外、というか不可解って、いうか……』

 

(いず)れにしても主様の策略が(はま)ったのですから、凄いことです』

 

『それは、そうなんだけど……まあいいや。彼女への探知ってどれくらい時間がかかりそうなんだ?』

 

『それほど長い時間は取らせません。主様の演算能力を少々お借りすることになりますが……』

 

『そっちは好きに使ってくれ。ただ肉弾戦になるだろうから、身体のコントロール権だけはこっちに置いといてほしい』

 

『承知致しました。では、その手筈で』

 

 切羽詰まった状況なので潤沢な魔力に物を言わせ、魔力で全身の姿勢を整えながら『襲歩』を連続で使用する。数十メートルの空間を一息で踏み潰した。

 

「う、おおぉぉッ!」

 

 勢いを乗せて魔力付与まで纏った右のガントレットの拳部分を、黒真珠に叩きつける。重たく硬い手応えののち、クラックが全体に走る。甲高い音を響かせて黒い球状の防壁は砕け散った。

 

「おっし……ッ?!」

 

 黒の欠片が花びらのように散る中、俺を射抜くような炯眼(けいがん)があった。

 

 黒真珠に包まれていた彼女は一歩分下がって俺の拳撃をやり過ごし、右腕を振り上げていた。俺の頭をかち割ろうと袈裟懸けに振り下ろされる。

 

「んっ、む……」

 

 急いで上半身を反らして回避した。

 

 彼女の障壁に打ち据えたことで、戻すのが遅れた右の手甲に杖が掠める。ちっ、と音がしたところを見れば、僅かではあるにしろ接触した部分が綺麗に抉り取られていた。杖の軌道がもう少し腕に合わさっていれば右手がなくなっていたところである。

 

「…………」

 

 ぞくり、と肝を冷やした。生身の部分に攻撃されたらどうなるだろう、などと考え出したら足が震えそうになるが、肝と一緒に冷えた頭が違和感の影を捉える。

 

 彼女の破壊力の高い打撃は有無を言わさぬ脅威なので可能な限り避け、射撃魔法を展開されない程度の距離を維持し、エリーの解析を待つ予定だった。現在の位置では彼女から近過ぎる。予定に(のっと)るのであれば後退して(しか)るべき状況だ。

 

 しかし俺は、杖を精一杯伸ばせば当たるこの距離に(とど)まった。違和感や不可解な点が散見されるこの距離で足をとめた。

 

『あ、主様! 何を……っ、危険です!』

 

『エリー、魔力の分析に集中してなさい』

 

『しかし、近過ぎます。距離を……』

 

『エリー』

 

『……はい』

 

『良い子』

 

 心配するエリーを宥め、俺は黒の彼女へと神経を尖らせる。

 

 振り下ろした杖を躱された彼女だが、体勢を崩すことはなかった。様子を観察するようにほんの一瞬動きを止め、やはり頭部を狙う形で、今度は横一閃に薙ぎ払う。

 

 それを屈んで躱すと同時に一歩踏み込み、彼女の右腹側部へ左拳を打ち込んだ。

 

 彼女の身体が少しばかり(かし)いだ。あまり苦しんでいるようには見えないが、初めて有効打を与えることができた。

 

 びりびりと俺の全身が粟立つ。殺気や敵意が一際大きくなったように感じられた。

 

 視界の端で彼女の腕が霞んだのを捉え、すぐさま飛び退く。寸前まで俺がいた場所に、杭を刺し込むかのように杖の柄があった。俺が動いていなければ、頭から杖が生えていたことだろう。

 

 拳撃を受けたお腹を痛がる素振りなど微塵も見せず、彼女はもはや役割がメイスと化した杖を構えて俺を見据える。睨めつけるような瞳は凍りつきそうなほど冷たかった。

 

『見ているだけで寿命が縮みそうです……。彼奴から離れてください主様』

 

 自分の役割に集中しなさい、とついさっき言ったばかりだというのに、またもエリーが進言してきた。

 

『エリーに寿命らしい寿命ってあったの?』

 

『ものの例えです。それより、一発で致命的なのですよ? 忘れていませんか』

 

『忘れてないよ。それに怪我してもエリーが治してくれるだろ? 怪我を治せる原理はわからないけど、まあ大丈夫だ』

 

『傷が酷ければそれだけ時間は掛かりますし、治す間もなく死んでしまうとどうすることもできないのです。どうか……どうか、ご自愛ください。もう主様が傷つくところは見たくありません……』

 

『む……んん……』

 

 しんみりとした口調で言われてしまうと、良心の呵責(かしゃく)に苛まれて誤魔化せなくなる。エリーの嘆願は俺に負傷してほしくないがためのものだ。その気持ちを無碍(むげ)に跳ね除けることはできなかった。

 

 居心地の悪さを紛らわせるために乱れた長い髪を撫でつけながら、俺は口を開く。

 

『ああ、わかったよ。でももう、この距離でなら一度として攻撃を受けない自信がある』

 

『主様、それはどういう……っ! 主様!』

 

 エリーとの話の最中、彼女が動いた。杖を上段に構えて、一気に振り下ろす。当たればスイカ割りの要領で辺り一面を真っ赤に染め上げることだろう。

 

『大丈夫だって、エリー。言っただろ……』

 

 だが、いくら威力があったとしても、いくら振るわれる腕が速かったとしても、動きが読めていれば回避に難はない。フェイントすら挟まないのであれば、カウンターを合わせることも容易い。

 

 右前方へ右足を送り、爪先を支点にしてくるりとターン。頭上から下ろされる鉄槌を回避する。

 

 空色の髪がふわりと扇状に広がった。戦っていると時々忘れてしまうが、こういう時に、今の自分の身体は女性のものなのだな、と改めて実感する。

 

 回転した際の遠心力を乗せ、彼女の左外側胸部に打ち据えた。

 

『……もう、当たる気はしないって』

 

 ある程度の衝撃はあったのか、彼女は口を開いて肺から空気を漏れさせていた。化け物そこのけの魔力を有しているさしもの彼女といえど、呼吸器官を圧迫されればそれなりに人間らしい反応を示すようだ。

 

 距離を空けたがっているかのように、彼女は俺の腹のど真ん中に照準を合わせた左足の蹴りを仕掛けてきた。

 

 俺は右足を一歩下げ、重心を右足に移動させて半回転。捻転させた力も上乗せし、左の掌底を彼女の鳩尾に叩き込む。

 

 エリーの魔力の出力を増やしたおかげで、彼女の身体に纏わりつく黒い魔力の上からでもダメージを(とお)すことができている。危険を冒した甲斐は、確かにあった。

 

 彼女は被撃箇所を庇いつつ、たたらを踏むように一歩二歩と後退する。

 

 彼女の瞳の奥に、暗い怨みの炎が灯っているのを視た気がした。

 

『す、すごいです、主様……。ですが……どうやって』

 

『簡単だ。彼女はリニスさんであって、リニスさんじゃない。機械みたいなものだ』

 

 この距離で幾度か打ち合って、確信した。黒色の魔力を纏う彼女はリニスさんの身体であるにもかかわらず、リニスさんの精神が反映されていない。一定の距離にいる敵に対して一定の攻撃しかしないのだ。

 

 放つ一撃は途轍もなく重いし、動きも鋭敏、攻撃方法の選択肢はアトランダムな部分もある。だが、繰り出されるものはいずれも直線的でフェイントなどもない。接近されていては使い辛いと考えているのか、射撃魔法も一切なし。

 

 リニスさんの意識が半分でもあったのなら、こんなことはあり得ない。

 

 今になって思えば、遠距離からの射撃戦でも気になるところはあった。同じ攻撃を続けて行い、それだけでは仕留められないと判断したらすっぱりとやめ、射撃魔法という括りでは同じだが系統がまるっきり異なるタイプの遠距離魔法で攻める。

 

 一つ一つの魔法自体は強力だが、それらの魔法を戦況ごとに巧く噛み合わせることができていない。ばらばらなのだ、連携が取れていない。

 

 動きの一つ一つが洗練されていて、かつ巧妙に次の一手の布石を打ち、気づかぬうちに術中に嵌められている。それがリニスさんの怖いところで、もっとも警戒すべき点だったのだ。

 

 今の彼女からは、単純な力としての圧力はあるが、策を(めぐ)らせ罠を張って追い詰める感じはまるでしない。

 

 力もスピードも脅威の度合いは(はなは)だしいが、厄介さや攻め辛さに欠ける。本音を言ってしまえば、現在の彼女より魔力という数値において格段に見劣りするリニスさんのほうが難敵であった。

 

『彼奴であって、彼奴でない……?』

 

『エリーの予感が当たったみたいだ。リニスさんの身体の中に、リニスさんではない何かがいる……』

 

 後退して生まれた二歩分の距離を詰めようと、じわりじわりと反撃に注意しながら近寄るが、彼女は俺が近づいた分だけ離れていく。

 

 彼女は距離を取りつつ、俺の様子を観察しているようだ。情報を収集しているような、そんな気持ちの悪さがあった。

 

 このまま集中力を持続させて接近戦で翻弄すれば、火力で劣っていても手数で圧倒できる。驕りでもなんでもなく、そんな自信があった。

 

 でも、最後の一歩がどうしても踏み切れない。漠然とした不安感が躊躇となって、足を、身体を止めてしまうのだ。

 

『主様、これは好機ではないのですか? 遠距離からでは膨大な魔力を後ろ盾とした飽和攻撃にどうしてと押されてしまいますが、近距離では主様に分があります。攻めるべきは今では……』

 

『わかってる。わかってはいるんだ……』

 

 今であれば勝算がある、今のうちに取り押されるべきだ、というエリーの言は至極もっともだ。射撃戦はともかく、格闘戦なら上回っているのだから俺だって頭では理解できている。

 

 しかし、戦力の計算だけで動けるほど、人間という生き物は理性的ではないし単純に作られてはいない。

 

 首輪と鎖で繋がれた猛獣が目の前にいるとする。導線に火がついた爆弾が自分の近くを転がっているとする。観察者がその光景を認識しているその瞬間を切り取れば確かに安全だが、それは危険と隣り合わせの安全だ。

 

 爪や牙が届かないところから猛獣の頭蓋を砕けば、怪我をせずに退治できるだろう。火が導線を辿って爆弾の火薬に着火するまでに火を消せば、爆炎も爆風も受けないで処理できる。だからといって、簡単に近づけるかといったらそんなことはない。

 

 挙げた例よりも複雑で、かつ不確定要素が絡んでいる黒の彼女に近づくのはかなりの気構えを要する。

 

 今なら、この距離なら比較的安全。そうわかってはいても、手を伸ばすのを、足を踏み出すのをためらい、攻めあぐねてしまうのだ。

 

 彼女はまだ、戦況を覆すような切り札を残している。ここにきて、確証も根拠もないただの直感が俺の決心に掣肘(せいちゅう)を加える。

 

 殴りかかるわけでもなく、かといって距離をとるわけでもなく、現状維持に努めるという消極的な対処のみに甘んじることとなった。大事な場面においての自分のメンタルの弱さを痛感する。

 

 苦い気持ちを紛らわせるためにエリーに水を向ける。

 

『彼女の動きには不自然さがある。少し様子を見る。それより本来の目的だ。探知は終わったのか?』

 

『……主様がそれを是とするのならば、私はその命に従いましょう。探知分析でしたらもう(しばら)く……今終了しました』

 

『どうだった? なにかわかったか?』

 

『それが……大変理解に苦しむ状態とでも言いましょうか……。一言で表すのならば、人間として、もちろん使い魔という存在としても常識からかけ離れた状態です』

 

『……常識からかけ離れた?』

 

『はい。人間とエネルギー結晶体で一体化している私たちも充分に異常と言えますが、異常さの度合いであれば彼奴も比肩します。彼奴本来の魔力以外の魔力エネルギーが、彼奴へと送り込まれています。しかも、その魔力エネルギーは彼奴の近くや内側からではなく他所から送られてきているものです。前述しました通り、それは……』

 

『主人となる魔導師……つまりプレシアさんから送られている魔力ではない。そういうことだよな』

 

『仰る通りです。漏れ出ている魔力や波長から推測するに、既に一人間が作り出せる魔力量を一足飛びに超えています。しかも彼奴は抑制制御すべき魔力量にあって、送られてくる魔力の出力を減少させるどころか増加させているのです。あれだけの魔力を内包して、未だに人間としての形を保っていることに、私は驚きを禁じ得ません』

 

『なるほどな……粗方の察しはついた。エリー、よくやった』

 

『私は特には……。主様の能力の一部をお借りしたからこそ出来たことなので』

 

『謙遜しなくていい。俺には魔力分布を精査して情報を抜き出すことなんてできない。胸を張っていいぞ』

 

『あ……あ、あり、有り難きお言葉、痛み入りゅます。……痛み入りましゅ……ます』

 

 常識からかけ離れたエネルギー量、プレシアさん(主人)から送力されたものではない外部からの提供、増加の一途の魔力。エリーが解析した情報のおかげで、彼女の力の源、リニスさんの変調の原因に見当がついた。

 

 この推測が正しくても喜べるような気分にはなりはしないが、確認の為に念話を送る。送信先は、別行動中のなのは。

 

『なのは。そっちはどうなってる? 押さえたか?』

 

『ふぇっ……ど、どちらさまですか……?なんでわたしの名前……』

 

 ついさっき別れたばかりだというのに、なぜかなのはの声がとても久し振りに聞いたように感じる。愛らしい声をまた聞くことができて嬉しいが、俺の声を忘れてしまっていることは若干どころではないショックがあった。

 

『なのは……ちょっと離れただけなのに俺の声を忘れたのか。ひどいな。徹だ、逢坂徹』

 

『え……え? 徹お兄ちゃ……えぇっ?! だって声……えぇっ?!』

 

 念話時の発声は、実際には口に出さずに、言うなれば頭の中で会話しているようなもの。声が変化することはないように思うが、なのはの反応からすると念話でも俺の声は女性仕様になっているのかもしれない。

 

 声が変わっていたから俺だと気付かなかったと思っていた方がいくらか幸せだ。はっきりさせないように言及はしないでおこう。

 

 パニック状態のなのはには悪いが、火急の要もあるのだ。話を急がせてもらう。

 

『そっちはどうだ? 魔導炉を押さえることはできたか? 薄情なお姫様』

 

『わ、わたし、はくじょーなんかじゃないもん!』

 

『お姫様は否定しないんだな。それで首尾は』

 

『むむむ……よくわからないけど、この意地悪さはたしかに徹お兄ちゃんだ。無事だったんだね、よかった……ほんとに』

 

『ああ、お陰様でな』

 

『えっと、徹お兄ちゃんと別れたあとは道なりに進んで、魔導炉を見つけたよ。くぐつ兵がいっぱいいたけど突破できた』

 

『……見つけてから、魔導炉をどうした? 壊したのか、それとも機能停止にしたのか?』

 

『それが……暴走状態がひどくて、近寄ることもできないの。遠くから砲撃も撃ってみたんだけど……』

 

『成果は上がらなかった、と』

 

『……ごめんなさい。せっかく徹お兄ちゃんが時間を稼いでくれてるのに……』

 

『いや、いいんだ。予想通りだった。これで魔導炉が壊れていたりとかしたら、一から考え直さないといけないところだった』

 

『予想通りって……わたしじゃ役に立たないって思ってたの……?』

 

『違う違う、それはこっちの話だ。気に病むことないからな』

 

『こっちの話って、わたしだって「こっち側」のはずなのに……。わたし役立たずなんだ……だから徹お兄ちゃんに仲間はずれにされるんだ……』

 

『変なところで卑屈になるなよ。仲間外れになんかしてないって。帰ったらいっぱい褒めてやるから今は気を取り直してくれ』

 

『……うん、わかった。がんばる』

 

『おう、その意気だ。話を纏めると、魔導炉は過度な暴走状態にあって物理的に止めることはできない、ってことでいいんだな?』

 

『うん。……わたしに力が足りないせいで……』

 

『いやいや違う違う。責めてるわけじゃない。それになのはでぶっ壊せないんなら誰にもできないって』

 

『ぶっ壊す……。わたし、そんな暴力的な女の子だと思われてたんだ……』

 

『…………』

 

『……ひっく。ほ、本当に思われてたんだあぁっ……うぅぅ』

 

 俺としたことが言葉に詰まってしまった。なのはのスターライトブレイカーを目の当たりにして、小指の中ほどくらいにはそう感じてしまっていたことが一因だろう。

 

 しかし、どうしたものだろうか。今日のなのはは随分とネガティブだ。

 

俺が言い回しのチョイスをしくじったとはいえ、誤解を解いて丁寧に慰めているゆとりはない。かくなる上は。

 

『暴力的などという曖昧模糊で不確かな表現の定義は日を改め、ディスカッションを重ねて結論づけるとしよう』

 

 早口で小難しい言葉を羅列してまくし立て、意識を別の方向に向けるというあまりに大人げない手法に出た。

 

 大人げはないかもしれないが、こういう小狡いやり口が大人である。

 

『あ、合間妹子? ていぎ、ですかっしょん……?』

 

『ともかく、何が起こるかわからないから魔導炉からは離れて俺の指示を待っててくれ。傀儡兵が出てこないとも限らないから、周りには気をつけてな。身の危険を感じたらすぐに障壁を張ること、いいか?』

 

『え、えと、はい。わかったよ、徹お兄ちゃん』

 

『それじゃあ、またすぐに会おう』

 

『うんっ、すぐに! 絶対に、また……約束だからね!』

 

『あんまり何回も言うと死亡フラグみたいなんだけど……ああ、約束だ。じゃあな』

 

 最後に俺が死亡フラグ云々と言ったせいでなのはが騒いでいたが、それに答える前になのはとの念話を切ってしまった。

 

 最後のほうはいつもの元気ななのはに戻っていたし、まあ別に問題はないだろう、と考えることを放棄する。遠くから、ドゴォンと大きな爆発音と建物が崩れ落ちたような音が鳴り響いた。その爆発となのはとの因果関係はないと信じたい。




駆け足になってはいけないと思うあまりに牛歩になるという悪循環。簡潔に済ませるということの難しさを体感しました。

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