そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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夜空に瞬くどの星よりも

 どくんと心臓が跳ね上がり、胸の奥が熱くなる。目の前が白く染まってちかちかと明滅した。

 

 エリーと繋がった時に味わった、重い眩暈(めまい)にも似た感覚。自分の魔力と相手の魔力を絡み合わせ、魔力の高低差を均してチューニングしているような状態だ。

 

 飛行機に乗って上空まで上がって行くと耳が痛くなる航空性中耳炎と同じようなものと言えるかもしれない。身体の内部が魔力圧の上昇という変化に適応しようとしているのだろう。

 

 やはりエリーと和合(アンサンブル)した時と同様に、俺を苛む違和感や不快感は次第に解消された。

 

「と、徹……あなた、自分が何をしているのかわかっているんですか……」

 

 唖然という表情で、リニスさんは俺の肩を掴む。声はどこまでも平坦で抑揚がない。ちょっとどころではなくすごく怖い。

 

「ああ、わかってるよ。わかった上でこの方法を取ってるんだ」

 

「なぜわざわざそんな危険を冒すのですか?!」

 

 今度は爆発するような勢いで声を荒げた。肩を揺さぶり、彼女は俺に問う。

 

「安全な方法があれば俺だってそっちを取るけど、現状可能で成功率の高い手段がこれだった。というより、これ以外は思いつかなかったな」

 

「あの子を守るのが難しいのなら、あの子がいる区画を避けて徹の仲間の女の子に砲撃を撃ってもらえばいいじゃないですか!」

 

「その手は一度考えたけど、駄目だった。魔導炉の中核にクリムゾンがいるのだとしても正確な位置なんかわからないし、下手に加減なんかして力が弱まれば、魔導炉を貫いて爆風を払い飛ばすだけの火力を出せない。なのはのリスクが高くなるような手を採用はできない」

 

 俺の反論にリニスさんはたじろいだ。彼女自身、まともな策は一つしか思いついておらず、その策の盲点もすでに理解していた。

 

 なのはに魔導炉の硬い外装を貫くだけの砲撃を放ってもらいつつ、さらに魔導炉の重要機構が詰まった中核の分厚い防壁を焼き払い、それでいてクリムゾンの本体を傷つけない火力を実現させろというのはまず不可能だ。クリムゾンがいる場所だけ避けて砲撃を撃とうにも、正確な座標が不明な以上はできない。

 

「で、ですが、あの子と魔力の波長を合わせたところで何になるというのですか! 徹の魔力が多少上がるだけでしょう?! 融合(ユニゾン)もどきをする必要性を感じません!」

 

「ユニゾンもどきとはひどいな。和合(アンサンブル)だ。狙いは俺の魔力の底上げじゃない。クリムゾンと繋がりを持つことが大事なんだ」

 

 エリーと一体化した時は戦闘中で、圧倒的な戦力差を埋めるために行なった。クリムゾンは離れた位置にいるので厳密に完全な和合(アンサンブル)とは言えないが、今回和合に至ったのは戦いのためではない。和合状態による繋がりを利用した防御手段の構築のためだ。

 

 エリーと一体化して魔法を行使した時、エリーから魔力を貸してもらい、俺の魔法適性を使用して魔法を発動させた。俺がメインでエリーがサブというような構図になる。

その構図を逆向きにできるのではと、俺は考えた。

 

 和合は心を一つとすることで、互いの持つ長所を活かすことができる状態だ。簡略化すれば気持ちを揃え、互いを魔力の線で繋ぐことと言える。

 

 ならば、魔法を発動させる場所も変えられる。

 

 俺が魔法を発動させるための型と言い換えることができる術式をクリムゾンの本体にまで送り、その型にクリムゾンが魔力を注ぎ込めば、魔導師が魔法を発動させる工程をこなしていくのと同じ操作をすることになる。同じ効果を得られるのだ。

 

 すなわち、俺が防御魔法の術式をクリムゾンに送り、クリムゾンが魔力を流し入れれば防御魔法が発動する。クリムゾンと、クリムゾンを閉じ込めている頑強な装甲の間に障壁を張れば、なのはの砲撃で装甲を貫くことができ、かつクリムゾンの本体は傷つけずに守ることができる。

 

 全ての条件をクリアする、たった一つの方策だ。

 

「あいつは魔力はあっても魔法を使えないから俺が防御魔法を構築して、クリムゾンは構築された障壁に魔力を満たして可能な限りブラッシュアップする。これならなのはたちに気苦労をかけず、最低限の安全性は保たれた上でクリムゾンを暗い世界から引っ張り出すことができる」

 

「…………っ」

 

 これなら安心できるだろ、と言外に訊いたのだが、リニスさんは複雑な表情をして返答しない。

 

 わなわなと震え、俺の腕を引っ張る。

 

「これだけ言っても分かりませんか……っ! なぜっ……徹がそんな危ない橋を渡らないといけないんですか! 他の組織ではそうそうない程優秀な魔導師がたくさん揃っているのに、なぜ徹がそこまで身体を張らなければいけないんですか! その和合とやらを維持するのも細い糸の上を歩くような綱渡りに等しいでしょうし、それに……っ、もし……もしあの子の気が、変わって……と、徹を……」

 

 ようやくリニスさんが何を言わんとしているのかを理解した。リニスさんがあの子と呼ぶ、クリムゾン。もちろんそのクリムゾンのことも(うれ)いているのだろうが、同じくらいに俺のことにも気を揉んでくれていたのだ。

 

 親身になって気遣ってくれているのはとても嬉しいが、俺が身体を張っているという捉え方は少し勘違いを孕んでいる。

 

 その誤解についても釈明したいが、それよりもっと大事なことがある。リニスさんは、口に出してはいけない大事なラインを踏み越えようとしている。

 

 俺の身を(おもんぱか)ってのことだとは思うが、その一言を放っては手遅れになる。クリムゾンとリニスさんの間の溝が決定的なものになってしまう。それだけは言わせてはならない。

 

 耳にかかる邪魔くさい髪を小指で払い、空いている右手、その指先をリニスさんの唇に当てる。それ以上はダメ、と知らせるように。

 

「クリムゾンは、もう大丈夫だ。もうあんな捨て鉢な真似はしない。自分勝手なことはしないよ。口は悪いけど、あれでいい子だからな」

 

 クリムゾンは、リニスさんから受けた恥辱を忘れもしないし許しもしていない。暗い世界でひとり孤独に居たことを、聞こえてくる終焉の足音に身体を震わせていたことを、決して忘れることはできないのだろう。

 

 その記憶はトラウマとなって少女の心に影を落としている。記憶が薄れない限り、トラウマを払拭しない限り、自分を悪用してきた魔導師を許したりなどできないのだ。

 

 しかし、今こうして間接的にではあるがクリムゾンは俺を挟んでリニスさんと一緒にいる。怒りをぶつけ怨みを晴らす機会、やろうと思えば復讐できるチャンスにありながら、クリムゾンはそうしない。

 

 一対一で直接一緒にはいられないだろうし、真っ向から会話するのも難しいだろうが、それでもクリムゾンは変わりつつある。これからもずっとリニスさんのことを許しはしないかもしれないが、一歩か半歩か、ごく小さな距離であっても、たしかにクリムゾンは歩み寄ってくれたのだ。

 

 ここでもう一度溝を深めさせてはいけない。

 

「俺を通して、だけど……クリムゾンはリニスさんを疑うのをやめてくれた。信用はできない、許すこともできないけど、疑いもしないって言ってくれたよ。その怒りや憎しみを(こら)えることがクリムゾンにとってどれほど耐え難いかは俺には想像することしかできないけど、相当凄いことなんだと思う。だからさ、リニスさんもクリムゾンを疑わないであげてほしいんだ。あいつもあいつで大変なことをやらかそうとしてたけど、自分の行く末に絶望してみんなに危害を加えようとしてたけど……そんな意思はもうないんだ。だから疑わないであげてくれ」

 

 口元に当てた右手を離し、俺の肩に置かれたリニスさんの手の上に置く。

 

 彼女は目を伏せながら、ぽそり、ぽそりと言葉を紡いだ。

 

「……私は、あの子を救いたいなどと口では偉そうなことを言っていながら、心の底ではまだ信じきれていなかったんですね……。自分の浅薄さが恨めしいです」

 

「クリムゾンに対する不信も小指の先くらいにはあったのかもしれないけど、リニスさんは俺のことを心配してくれてたんだろ? 思い詰めることじゃない」

 

「そうですよ、本を正せば徹が悪いんです」

 

「なんと鮮やかな手のひら返し……」

 

「うるさいですよ」

 

 ぺち、と俺の手を払い、リニスさんは目を逸らした。

 

 左半身がずん、と重くなる。リニスさんがしなだれかかるように身体を傾けていた。

 

 バランスが崩れて座っているのに少しよろける。揺れた拍子に前髪が視界に入った。

 

 耳にかかる程度に長くなった自分の髪は深い赤色に染まっている。完全に一体化していないからか、頭髪に変化はあるが身体の性別までは変わっていないようだ。

 

 俺とクリムゾンの状態に反発するかもしれないと想像していたが、ネックレスの台座に鎮するエリーは予想に反して穏やかな光を灯していた。

 

 思えば、エリーは随分クリムゾンを気に掛けていた。他人と極力関係を持たないエリーにしては珍しく、多くの言葉を投げ掛けていた。

 

 それはきっと、クリムゾンの境遇と自分の境遇をどこかで重ね合わせていたからなのだろう。自分という存在の本質を捻じ曲げられて歪められていく苦しみを知っているから、どうすればよかったのか、そしてこれからどうすればいいのかを示唆していた。

 

 ただ、エリーは優しいばかりではなく厳しくもあるので、突き放すような言い回しも多かった。本人に考えさせる余地を残すあたり、エリーらしいとも言える。

 

 他者に対して排他的な印象が強くあったので、エリーのそのあたりの精神的な成長はとても嬉しく思う。一つだけ付け加えると、穏やかに輝いて寛大さを表現するのはいいけれど、どうせなら悔しげにぷるぷる震えるのも隠したほうがよかった。

 

 ちょっとの間だけ我慢してくれな、とエリーに声を掛ける。ぷるぷるとバイブレーションしつつ『いえ、お構いなく』みたいな光を放つが、とても弱々しい。寛大な心は長くは持たなかったようだ。

 

 よしよし、とエリーを撫でていると実働部隊のなのはから念話が入った。チャージはすぐに完了する、とのこと。伝達を受け『十秒後に砲撃よろしく』と俺が言うと元気よく『了解』と返ってきた。『がんばるから! 徹お兄ちゃん、私がんばるからね!』と念を押して何度も繰り返したなのはは頼りになるが、勢いが激しすぎてなぜか怖くなった。

 

 設定した十秒はとても短いように感じるけれど、あまり長くても変に緊張するだけだ。この手のカウントダウンは短いくらいでちょうどいい。

 

「そろそろ作戦を開始する。なのはは十秒後に砲撃する。リニスさんはその少し前に魔導炉の魔力供給ラインを操作してくれ」

 

「わかりました。徹、そちらは任せましたよ」

 

 左半身にリニスさんを、右手にエリーの温もりを感じながら目を瞑り、クリムゾンの魔力に集中する。繋がった魔力の線を辿り、クリムゾンの本体にまでジャンプする。頭のてっぺんから抜けるように、意識が移動した。

 

 

 

 

 

 

 認識できるのは、真っ暗で閉鎖的な空間。気が滅入る黒。四方を闇に染め上げられた世界。

 

 脳内で呟くように、耳元で囁かれるように、クリムゾンの声が響いた。

 

「遅かったじゃねぇか、徹。待ってたぜ!」

 

「なんでお前はそんなに楽しそうなんだよ……」

 

 圧し潰されそうな黒色だけの世界に、クリムゾンがいた。

 

 遠足前日の小学生みたいなテンション以外は変わりない。一種のギャンブルがこれから始まるというのに気負いも緊張もなかった。

 

「だって俺、今めちゃくちゃ幸せなんだっ! これが人と一つになるってことなんだなぁ……もう、死んでもいいや」

 

「待てこら、お前を助けるためにみんな手伝ってくれてんのに何言ってんだ」

 

「わっかんねぇかなぁ、そんくらい嬉しいって言ってんの! あの青いやつはずっとこんな幸せを感じてたのかぁ……ずりぃなぁ」

 

「エリーがアンサンブルをしたのは今日が初めてだったけどな」

 

「マジで?! そんじゃ俺、あの青いやつにもう追いついちまったんだな! あいつ嫉妬するんじゃねぇの? 悪いことしちゃったな、かはは!」

 

「悪いことしたと思ってるやつはそんな風に笑わないからな」

 

「ちょ、ちょっとくらいは本当に思ってるって……青いのが俺を気にかけてくれてたのも、今ならわかるし……。だ、だから、そんなにおこんなよ……ごめんなさい……」

 

「はい、よろしい」

 

 一言ぴしゃりと(たしな)めて気を引き締める。気は強いくせにメンタルは俺以上にやわなクリムゾンには、これだけでも効果(こうか)覿面(てきめん)だった。

 

 すぐになのはの砲撃が始まる。巨大な魔導炉の分厚い装甲があるのですぐにエネルギーが中核まで到達するとは思えないが、すぐにでも発動できるよう準備は済ませておかなければいけない。

 

「リニスさんの身体で魔法を使ってたんだから、だいたいやり方はわかるよな。今回は俺の身体で魔法を使うだけだ」

 

「おう、すぐにでもできるぜ。……なんか、あの女の魔法とはかなり違うような……強度とか」

 

「おっと、それ以上は言うなよ。俺もお前に負けず劣らず傷つきやすいんだ」

 

「かはは、なんだそりゃ。しかしあんた、こんな適性であの女とよくやり合えてたな。許せねぇし、やっぱりまだむかつくけど、俺、あの女の能力だけは買ってんだ。こんだけ差があってあの女と互角とか、あんたどうなってんだよ」

 

「『こんな』とか言ってくれんな。色々創意工夫してるんだ。それに全然互角じゃないからな。ペース配分を考えてなかったし、長期戦になればなるほど戦況は悪くなるし、遠距離戦は為す術もないし、もう泣きそうだった」

 

 俺がそう冗談めかして言えば、かははとクリムゾンは気持ちよく笑った。

 

 正直、気を張っていたと言えば嘘になる。

 

 防御魔法は滞りなく準備できていて、すぐにでも展開できる。なのはの砲撃は魔導炉の装甲を噛み砕くだけの破壊力が保証されているが、こちらはクリムゾン自身の魔力がある。腕を上げた今のなのはなら俺の障壁群『魚鱗』を貫けるだろうが、クリムゾンの魔力を上乗せすればそう易易とはいかない。

 

 だからこそ、冗談を言って笑いあったりしていた。だからこそ、こんな緩んだ空気だった。

 

 しかし、気を抜いていいような状況ではなかったことを、俺とクリムゾンは思い知ることになる。

 

『チャージ完了っ! 見ててね、徹お兄ちゃん! いくよっ、全力全開……』

 

 冷や水は念話から浴びせられた。キュートななのはの、愛らしい声。いつもであれば神妙にして耳を(そばだ)てているところだが、俺には死刑宣告のように聞こえた。

 

『スターライト……っ!』

 

「って砲撃そっちか! そういえばディバインバスターを使って、とは言ってなかった俺!」

 

 俺の手抜かりであったことは言うまでもない。魔導炉を破壊してくれ、と言われれば、確実に消し飛ばすべく威力の高い魔法を選ぶのは当然だ。

 

 しかし、なぜ、という戸惑いが脳裏に渦巻く。

 

「なぁ……徹。この魔導炉の装甲板ってな、すごい密度と厚みがあんのよ。それこそ外の気配なんて一切合切遮断するくれぇのやつ。それが何枚も使われてんだ、魔導炉が魔力圧に負けねぇようにな」

 

「…………ああ」

 

「その分厚い装甲板を貫いてここまで届くほどの魔力波って、これどうなの。あんたの仲間にはなにがいんの?」

 

「………………」

 

 戸惑いの源泉は、この威圧感だ。尋常ならざる魔力波が、魔導炉の中核にまでびりびりと轟いていた。まだ発射前にも(かかわ)らず、である。

 

「なんで……なんでスターライトブレイカーでここまでの魔力量が……」

 

 系統的には同じ砲撃魔法だが、ディバインバスターとスターライトブレイカーはもはや別物だ。砲撃魔法という枠組みだけは一緒だが、性質がまるっきり異なる。豆腐と醤油くらい違う。ルーツは変わらないのにこのくらい違う。

 

 ディバインバスターは術師の魔力によって構成されているが、スターライトブレイカーは術師の魔力だけではさほどの威力にまで至らない。だからこそ、驚きも強い。なぜスターライトブレイカーが魔導炉の中枢にまで届くレベルのエネルギー量を有しているのか。

 

 原因を考えた時、ユーノのセリフが思い起こされた。『周囲の魔力を集めている』という言葉を。

 

「まさか……魔導炉から漏れ出してる魔力粒子まで引っ張って取り込んだのか?!」

 

 フェイトとなのはの戦い、その決着をつける最後の一撃として放たれたスターライトブレイカーは、周囲に散らばってしまった魔力を集めて作られていた。その時、なのはの元へと集められていた魔力は、なのはのものだけではなかった。魔法に変換されきれず、或いは余って周辺に散らばってしまったフェイトの魔力すらも引き寄せていた。

 

 周囲の魔力残滓を集めて放つ術式。その収集する対象は、魔導師からの余剰魔力だけではなかったということなのか。

 

「お、おいおい……なんだそりゃ。今はそんな魔法があんのかよ……。進歩しちまったもんだなぁ……」

 

「元からあったわけじゃなくて、新しく作ったらしいけどな……」

 

「作った、って……。いや作れるのもびっくりだけどよぉ、作ろうと思ったことに一番驚くぜ……。どんな敵を想定したらあんな魔法を作ろうと思えるんだよ……」

 

「……俺を倒そうと思って創作した、って聞いた……」

 

「……あんた、なにやらかしたんだ。正直に言ってみ? 相当なことしたんだろ? 相手は女みてぇだな……押し倒したのか?」

 

「違う! そんなことしないししてない! 恨まれてるからとかじゃなくて、ただ俺との練習試合で勝ちたいからって……」

 

「こう言っちゃなんだけどよ、あんたを倒すのにあそこまでの魔力はいらねぇと俺は思うぜ」

 

「うるさい。俺だってわかってる。ていうか論点はそこじゃないだろう。今まさに放たれようとしているあの砲撃をどう防ぐかだ。俺がなのはに嫌われてるかもしれないとか……そんな、ことは、関係ない……」

 

「自分で言って傷つくなよ……。お、俺が偏見で言っただけだから大丈夫だって、嫌われてねぇよ。純粋に勝負を楽しむための手札の一つとして作ったんだろうぜ。攻撃手段は多いに越したことねぇし!」

 

「……ん、ありがとう……」

 

「ほら、徹の言う通りあれを防ぐ方法を考えようぜ。あの魔力圧じゃあ魔導炉もそうは持ちこたえらんねぇ。時間はねぇよ」

 

「そうだな……」

 

 なのはに本当はどう思われているのか。そんなことを考えているとどつぼにはまりそうだったので頭から振るい落とす。

 

 実際のところ、防ぐ方法といってもそれほど選択肢があるわけではない。単純に言い換えれば当初の予定と同じく『障壁を張る』しかないのだ。

 

 ただ誤算は、放たれる砲撃がディバインバスターではなかったということ。威力が跳ね上がっているスターライトブレイカーが相手となると、俺の『魚鱗』では歯が立たない。

 

 行動の方向性は障壁で守ることのみ。多重障壁群『魚鱗』では確実に防ぎきれない。となれば、取るべき手段など一つしかない。

 

「クリムゾン、お前魔力はたくさんあるんだよな?」

 

「おいおい、なんだよその質問は。そりゃ青いのに比べりゃ見劣りするだろうけど、これでもロストロギアだぜ? あるに決まってんだろ」

 

「それなら全力で手伝ってもらうからな。使う術式を書き換える。ちょっと待っててくれ」

 

 防御魔法に手を加える。これしかない。

 

 幸い消費魔力量は気にしなくていいのだから、硬度のみに傾注したプログラムを組める。発動させる時の演算を考慮するとあまり無節操に複雑な術式にはできないけれど。

 

 早速取り掛かった俺に、クリムゾンの声が届く。どこか引きつったような、余裕のない声色だった。

 

「待っててやりてぇんだけど、そんなに時間はねぇみたいだ……」

 

 クリムゾンが震えながら言い終わったのとほぼ同時に、俺の脳内になのはの声が響いた。

 

 なのはの発声は『スターライト』までだったのだ。もちろんその後に続く言葉が放たれる。

 

『ブレイカーっ!』

 

 大気の流れすら変えてしまいかねないほどのエネルギー量だった。

 

 一瞬の静寂ののち、周囲からけたたましい大音響が響く。焼き尽くす音、薙ぎ払う音、装甲なんぞものともせずにあらゆるものを吹き飛ばす音。

 

 魔法を発動させて一秒足らずで、クリムゾンが囚われている中核部の装甲板までなのはの砲撃は到達した。しかしここで砲撃は少し足踏みすることになる。クリムゾンというロストロギアを囲っている檻なだけあって、なのはの砲撃に対してもよく耐えていた。

 

 だが、そう長時間を凌げるものではない。現に最後の装甲板に刻まれた(ひび)から、桜色の閃光が小さく見え始めた。

 

「初めて、俺を閉じ込めてる壁が頼もしく思えたぜ……」

 

「バカなことを言ってんな。こっちはもう少しかかる。間に合いそうにないんだ。さっき教えた術式を張って時間を稼いでくれ」

 

「あの鱗みたいにいくつも防御魔法を使っているやつか? あれを張っても強度から考えてそんなに持たねぇよ。どうやっても三秒も絶対に持たせらんねぇ。下手すりゃ一秒耐えずに吹っ飛ぶぜ」

 

「時間稼ぎって言ったろ。ほんの少しでもいい、あとちょっとだけ時間がほしい。もうすぐで術式への処置が終わる」

 

「わかった……急いでくれよ」

 

 罅は次第に多く、そして大きくなる。装甲板の亀裂から覗いている桜色の光はその輝きを増すばかり。いつこちら側にまで押し寄せてくるかわからない。

 

 装甲板から一際大きな破砕音。その数瞬のちに、スターライトブレイカーはとうとう魔導炉の分厚い防壁を突破した。

 

「ぎりぎり、セーフか? おい徹……この魔法重たすぎるぜ。よくこんなもん戦闘中に使えるな」

 

「こんなもん呼ばわりするな、何度も俺の身を守ってきた障壁だぞ。演算に慣れれば処理も早くなるんだよ」

 

 桜吹雪を連想させる光景に押し潰されるかと思ったが、ほんの少しだけ先んじる形で俺たちの前方に障壁が出現した。クリムゾンが間に合わせてくれたようだ。

 

 目の前に張られた障壁は俺の注文通り、密度変更型障壁を複数重ねた多重障壁術式『魚鱗』。魚の鱗を模した盾は、少女の魔力色である夕暮れ空のような色彩に染め上げられていた。

 

「処理とか言ってる時点であんたちょっとおかしいからな。あんたがデバイス持ってねぇ理由がわかった気がすんぜ。そりゃこんだけ自分でやれてりゃ外部に頼まねぇでもいいんだろうな」

 

「時々デバイスがあったらなあ、とは思うぞ。それより、ちゃんと障壁の維持に力入れてるのか? 一層目が早々に吹き飛んだぞ」

 

「喋りながらでも魔力は全力で注ぎ込んでるっての。それでも持たせらんねぇんだよ。あ、やばい……二層目砕け散った……」

 

 クリムゾンの魔力もあって障壁は想像以上に持っているが、時間の問題だ。周辺に漂っていた魔導炉から漏れ出た魔力粒子をたらふく取り込んだスターライトブレイカーは、歩みを遅くしたものの、しかし悠然と進攻する。

 

 なのはに念話で『もう砲撃は止めてくれていい。ていうか止めて』と伝えたが、『集めた魔力全部撃たないと危ないから……』と返された。車とかと同じみたいで、なのはは急には止まれないらしい。こちらが頼んだことなので文句が言える道理はないけれど。

やはり当初の目的通りこちらが防ぎ切る他に手は残されていない。

 

「やばいやばいっ! 三層目は半壊、四層目にも傷が入ってきてんぞ! ちょ、徹! 壊れていくペース上がってんだけどどうなってんの?!」

 

「もともとは一層目の障壁で受けた衝撃を後ろの障壁群で分散吸収するのが狙いだからな。一、二層目を剥ぎ取られた時点で本来の減衰効果は失われているといってもいい」

 

「冷静に分析してんじゃねぇよ! まだなのかよ、あんたの策ってのは! 早くしてくれよ……ほんと、もう、やばい……」

 

「もう少しだ、踏ん張ってくれ」

 

「むりっ! もうむりっ! ほんとに限界なんだもん!」

 

「そこをなんとか。あとちょっと。すぐに終わるから」

 

「だめだめだめっ、ほんとにだめだって! いまでも超がんばってるんだもん、これ以上はどうしようもないってぇっ!」

 

 障壁四層構造の『魚鱗』。その一層目と二層目は爆散して大気へと還った。三層目は半壊、というよりももう四分の三壊くらいにはぼろぼろ。四層目は細かな傷が入り始めた。

 

 クリムゾンも懸命に魔力を送り込んではいるが、圧倒的な威力の前に後退の一途だ。じわじわと確実に近づいてくる脅威に、クリムゾンは涙声になってきている。どんな困難にもめげない不撓不屈(ふとうふくつ)の精神を持ち合わせていないようだ。

 

 気持ちで負ければ勝負も負ける。クリムゾンはメンタル面に課題があるようだ。

 

 もうすぐ完了を迎える術式の改造をしながら、クリムゾンにエールという名の叱咤を送る。

 

「お前ならやれる、なんとかできる。もう少しの辛抱だ、頑張ってくれ」

 

「ぐすっ……もう、がんばってるのにっ。おれ、がんばってるのにぃ……」

 

「この件が一段落ついたら、いろんなとこ見に行こうな。地元で景色の綺麗な場所を教えてもらったんだ。お前にも見せてやりたい」

 

「……っ! っ、ぐすっ……そう、だ。俺はこんな暗闇から抜け出して外に出てやるんだ……。徹と一緒にいろんなもの、いろんな世界を見んだからっ。こんなとこで……諦めねぇっ!」

 

 いままで苦痛や困難から逃げてきたクリムゾンの、一世一代の奮起。

 

 この少女はメンタルが脆くて打たれ弱くて、一度なにかに(つまづ)けばすぐにへこたれてめげてしまう。一歩踏み出して努力を継続するということを避けてきた代償と言える。

 

 しかし、この少女に秘められたポテンシャルは本来相当に高いはずなのだ。俺の予想を上回るほどに、高いはずなのだ。

 

「おっ……おぉああっ!」

 

 気合いが込められた掛け声とともに、クリムゾンは魔力を放出した。障壁自体の強度を高めるとともに、障壁に走った亀裂に魔力を注ぎ込んで応急的な措置を講じる。

 

 どれほど魔力で強化しても、使っている魔法が俺の防御魔法なのでいくらか押し込まれるが、それでもその進攻を大幅に遅らせた。

 

 クリムゾンの懸命の働きで作り出された時間は、いいところ数秒。僅か数秒、されどその数秒が明暗を分ける。

 

「よく凌いでくれた、クリムゾン。おかげで間に合った!」

 

 新しい防御術式の構築が完了した。

 

 術式に穴や不備がないか確認はしておきたかったが、生憎そんな余裕はない。完成した直後に術式の演算を開始、展開する。

 

 一応発動はしたのでプログラミングに致命的な欠陥はなかったようだ。なのはの砲撃に耐え切れるかどうかはここからだが、取り敢えずは一安心できた。

 

「あんたには……ほんとにデバイスなんかいらねぇよ……。術式の計算をし始めてから発動までが、早すぎだ……」

 

「お前の魔力があってこそだけどな。俺だけの魔力を使ってやればこの魔法一つでガス切れもあり得る。計算は……慣れだ」

 

「つったって、これはめちゃくちゃだろ……。まさかさっきの魔法を……四つ重ねる(・・・・・)とか……」

 

 なのはの砲撃、スターライトブレイカーは効果範囲が恐ろしく広い。障壁が小さ過ぎると、障壁の端を逸れたエネルギーが背後に回り込んでくる恐れもあった。

 

 なので防御面積の広い『魚鱗』をベースに新しく組み立てた。

 

 密度変更型障壁を鱗のように並べ、その上に同じように配置された障壁を四層に重ねるのが『魚鱗』。『魚鱗』でも相応の防御力があるはずなのだが、今回はそれだけでは足りないので更に増やした。

 

 我ながら単純な考えである。『魚鱗』一つで足りないのなら、その数を増やしてしまえばいい。

 

 『魚鱗』を四つ連ならせた分厚い壁。障壁同士を密着させているため、数が多ければ多いほど外部からの衝撃を吸収することができる。実質の防衛能力は『魚鱗』四つ分以上となるだろう。

 

 とはいえクリムゾンとの仮和合(アンサンブル)、一体化を前提として構築しているため、消費魔力は度外視無視している。到底戦闘中に俺個人では使えそうにない、ピーキーな性能となってしまった。

 

 名付けるならば、重層防壁『龍殻』といったところか。大仰な名を冠しているのはその防御力とバカげた消費魔力のダブルミーニングだ。こんな大食いの魔法を使う機会はおそらくはもうないだろう。ないほうが俺としても嬉しい。

 

「そろそろなのはの照射も終わる、か? なんとかなったな……」

 

 魔導炉を食い千切った桜色の奔流が次第に弱まり始める。視界の全面を覆い尽くしていたエネルギーは細く小さくなり、そして消えた。

 

 赤黒い球体の周囲の光景は、作戦の開始前と後とで一変している。

 

 クリムゾンを捕らえていた暗い箱は綺麗さっぱり取り払われ、魔導炉の外が見えた。

 

 なのはのあまりの破壊力を有した砲撃により消し飛んだのだろう、瓦礫はほとんど見当たらない。そのことから、魔導炉が内包する魔力による爆発はおおよそ全てなのはのスターライトブレイカーに飲み込まれたと考えられる。

 

 頼りになると同時に末恐ろしい威力である。

 

 床と接していた部分にはちらほら残骸が残っているが、ほとんどはスターライトブレイカーによって壁に穿たれた大穴から外に吐き出されたようだ。魔導炉が備えられていたエリアはやけに閑散としてしまった。

 

 奥のほうにはなのはと思しき人影と、その隣にユーノらしき人影も見える。

 

 二人の影を遮る形で、解除されずに残っている『龍殻』があった。なんとか形は保たれたままで。

 

 なのはのスターライトブレイカーは魔導炉を洗い流した上で、俺とクリムゾンが協力して展開した『魚鱗』を突破した。結果として『龍殻』は貫けなかったとはいえ、それでも四層構造の一層目を完璧に撃ち抜き、二層目の半ばまで食い込んでいる。

 

 そりゃあ魔力が周りにたくさんあったとしても、これは凄まじいの一言に尽きる。なのはは絶対に怒らせてはいけない、そう胸に刻んだ。

 

 これ以上なく頼みを果たしてくれたことへの感謝と、浮遊しているクリムゾンの本体に追撃しないよう、なのはに念話を送る。

 

 小型犬を撫で回すが如くなのはを褒めに褒めちぎり、気を良くしたなのはが『もっときれいに片付けたほうがいいかな?』などと言ってきたのを全力で抑え、次いでユーノにも連絡を取る。ユーノには前もってそのあとをどうするかを言い含めておいたので言葉は少なく済んだ。

 

 気がかりは震えていたユーノの声くらいなものである。おそらくなのはのスターライトブレイカーを間近で目睹(もくと)したことが原因だろう。発生すると思われた魔導炉からの爆風を、魔導炉本体諸共吹き飛ばした砲撃をかぶりつきで目撃すれば、()もあらんとしか言いようがない。

 

 夕暮れ色のクリムゾンの空間から、球状の本体を通して外の世界を眺める。俺は隣に寄り添うように立つ少女に話しかけた。

 

「クリムゾン、見ろよ。まだ時の庭園の中だし、殺風景で景観もくそもないけど……外の景色だ。お前が望んだ、外の世界だ」

 

 俺の声が届いているのかいないのか、少女はぽつりと呟く。

 

「明るいなぁ……。目が、眩みそうだ……。魔導炉も、本当になくなったんだな……身体が軽い。どこまでも飛んでいけそうだ」

 

「……ああ。お前を縛りつける鎖はもうない。お前を閉じ込める檻は、もうない」

 

「パーツの一つになってた期間が長くて忘れてた……こんなにいいもんだったんだな。『外』って……こんなにも色取り取りで、鮮やかだったんだ……」

 

「こんなものじゃないぞ。もっと様々な色があって、風景がある。これからはもっと、いろんなものを見れるんだ」

 

 呆然と立ち尽くして『外』を見つめる少女は、右手で俺の服の裾を掴み、左手を顔に当てる。

 

「そうだなぁ……っ、これからはいっぱい見れんだよな。これよりももっときれいな景色も、いっぱい……。でも、久しぶりに見たこの光景は、ちゃんと……憶えておきたいんだ。なのに、なのによぉ……」

 

 雫が地面を叩く音が聞こえた気がした。視線を向けずとも少女が今、どんな顔をしているかはわかってしまった。

 

「視界がぼやけてしかたねぇんだっ……。徹が見せてくれた外の景色を目に焼きつけたいのに……前が見えねぇっ……」

 

 嗚咽を押し殺しているのが伝わる。声は不安定に途切れて、力ない。裾を握る手は、弱々しく震えていた。

 

 俺は左手を少女の頭に乗せる。

 

「俺が憶えとくから別にいいよ」

 

「かははっ、俺が憶えてなきゃ意味ねぇよ」

 

 クリムゾンは左手で涙を拭いながら、聞いてるこちらが気持ちよくなるほど爽快に笑う。戦闘中の邪気が孕んだものでもなく、悲愴感を漂わせたものでもない。ただ本当に晴れやかに、笑顔を見せた。

 

「あんたのおかげで……消えずにすんだ。あんたを信じてよかった」

 

「俺だけじゃない。みんなが手伝ってくれたからだし、なによりお前が頑張ったからこそだ。お前自身の努力の成果だ。血眼になって頑張ってみるのもたまには悪くないだろ?」

 

「こんな気分になれんなら、そうだな……がんばんのも悪くねぇや。あんたがいてくれてよかった」

 

 裾を引っ張って、少女は身体ごと俺に向く。それを見て俺も向き直る。

 

 夕焼け色の空間で、透明な雫が少女の目元で輝いた。一片の曇りもない、些かの不安もない笑顔だった。

 

「そういえば……」

 

「ん? どうした、徹?」

 

 出会ったばかりの時とは、いやこうしている今も出会ってさほど間がないのだが、リニスさんから身体の支配を奪って、顔を合わせて言葉を交わしたすぐの頃と比べると、目の前の少女は随分と変わった。

 

 ひねた性格は変わりないが、歪んでいた部分が少しはマシになったように思う。 暗い願望を抱くに至った根源を解決したからだろう、顔つきが変わった。乱暴な言葉使いはそのままだが、人を小馬鹿にしたような口調もなくなっている。同じ立ち位置で、同じ目線で、対等な相手として俺と喋っている。

 

 かなり棘があったもんなあ、などとクリムゾンとの会話を想起して、一つ思い出した。クリムゾンから、恐らくは冗談や嫌味で言ってきた言葉を。

 

「あれはまだ有効なのか?」

 

「あれ? どれ? なんの話だ?」

 

 クリムゾンは小首を傾げる。本人も何の気なしに口にしたので忘れているのだろう。

 

「お前の命名権の話だ」

 

「あ、あんた……まだ憶えてたのか、それ」

 

「どうなんだ?」

 

「ま、まだ……有効だけど。……そ、それがなんだよっ」

 

 俺を見上げていた少女は突然目を逸らす。目線は宙を泳ぎ、落ち着きがなくなる。心なし顔も紅潮させていた。期待しているような、でもそれを隠しているような、そんな仕草。

 

「それじゃあ、気に入るかはわからないけど……『あかね』、っていうのはどうだろう」

 

 正直気恥ずかしい気持ちはあるが、意を決して口にした。

 

 泳がせていた視線は俺のそれと合わさる。目を見開かせて、惚けたように口をあけていた。

 

 気に入らなかったのか、俺のネーミングセンスに愕然としているのか、それとも満足してくれているのか、その表情から読み取ることはできない。

 

 俺は続けて理由を述べる。

 

「お前の瞳の色と同じ、髪の色と同じ、この空間の色と同じ……茜色から取った、んだけど……」

 

 目立った反応を示さない少女を見て胸中には不安が渦巻く。これで『チェンジ』とか言われたら傷つくどころの沙汰ではない。

 

 少女はゆっくりと俺の言葉を飲み込み、小さな手を動かした。目元を隠し、頭に触れて、薄い胸元で止まる。

 

「あかね……あかね。初めてだ……。人の名前、みたいだ……」

 

 時間をかけて、瞳を閉じた。自分の胸の奥、心の奥底に沈めて大事に保管するように復唱した。

 

 気に入ってくれた様子なのは嬉しいが、一つ納得できない箇所がある。

 

「『みたい』じゃないだろうが」

 

 頭に乗っけたままの左手で、あかね(・・・)の髪をくしゃくしゃっとする。小さな悲鳴とかすかな抵抗を感じたが、気にせず続けた。

 

「お前の……あかね(・・・)の名前なんだから、人の名前だろうが」

 

 存分にアカネ色の頭をくしゃくしゃにして、やっと手を離す。

 

「かははっ、やっぱあんたは最高だよっ!」

 

 少女は赤く染まった頬を濡らしながら、瞳を透き通った涙で煌めかせて、乱れた髪も整えずに見上げる。

 

「隣に立てて、俺は幸せだ。ありがと、徹」

 

その微笑みは、夜空に瞬くどの星よりも、燦然と輝いていた。




これにてリニスさんと魔導炉絡みの案件は決着です。

次は(おそらく)親玉へと突撃します。長かったリニスさんと魔導炉編の読破、お疲れ様です。

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