そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「ジュエルシード、封印!」

 

 何回か外しはしたものの砲撃を直撃させることに成功し、猫とジュエルシードの分離に成功した。

 

はぁ、と安心と疲労のため息をつき、動き通しだった身体を木を背にして休める。

 

周りは大猫との戦いで凄惨な残痕を作っていた。

 

猫が作った3筋の爪痕が、地面だけではなく木々にも残っている。

 

私が放った射撃魔法や砲撃魔法、大猫に当たらなかったそれらは地面に大きな穴を穿ち、元の状態とは大きく変貌を遂げてしまった。

 

これ……どうしよう……。

 

草むらを消し飛ばし、木立を圧し折り、大猫以上に環境に打撃を与えていそうですこし心配になってきた。

 

「なのは、徹兄さんから念話が来た! 未確認がこちらに向かってきて……」

 

 戦闘中も、色々とフォローをしてくれていたユーノくんが、声を張り上げた。

 

徹さんから念話で報告を受けたみたいだけど、その声が途中で途切れたため、疑問に思って目を向ける。

 

私の肩に乗っていたユーノくんが、小さな身体で精一杯跳躍してジュエルシードの前まで出て、突然障壁を張った。

 

『警戒してください、マスター』

 

 いきなりどうしたの? と声をかけようとした私に、レイジングハートが機先を制する。

 

二人ともどうしたんだろう、というのん気な考えは次の瞬間消え失せた。

 

「いい反応速度……」

 

 突如視界に飛び込んできた金色が、ユーノくんが張った薄緑色の障壁に黒い斧を打ち付けたから。

 

今の今まで、未確認の敵のことを忘れていた自分を、叱りつけたい気持ちになる。

 

なぜ、徹さんが自分と別行動を取っているのか。

 

なぜ、自分が急いでジュエルシードを封印しようとしていたのか。

 

すべては目の前の敵が、この領域に入ったからだったのに。

 

「なのは! ジュエルシードを早くレイジングハートに入れて!」

 

「う、うん!」

 

 動きが悪くなっていた頭がユーノくんの言葉でやっと回り、目の前の状況を処理し始める。

 

杖を握る左手を前に突き出し、ジュエルシードを取り込んでもらおうと近づけたけど、レイジングハートは取り込むよりも先に桜色の障壁を展開した。

 

未確認の敵はユーノくんの障壁を迂回し、接近してくる。

 

「やらせないっ……」

 

 金色髪の少女は、私が指示を出す前にレイジングハートが張った障壁を、力尽くで押し込みジュエルシードから遠ざけ、右足で突き上げるように空中へ蹴り飛ばした。

 

飛行魔法を使い、力の流れに逆らわないように上空へ上がることで威力を逃がす。

 

シールド越しでもかなりの圧力を感じた。

 

レイジングハートが咄嗟に防御をしてくれてなかったら、最初の一撃で墜とされてたかもしれない。

 

「ありがとね、レイジングハート」

 

『お気になさらず。それよりも目の前の相手です』

 

 大猫に抉られ私の魔法で弾け飛び木々が倒されて、その結果、小さな広場のようになった空間を眼下に収めて、こちらへ攻撃を仕掛けてきた敵へ目を向ける。

 

 太陽の光をきらきらと反射させる金色の艶のある長い髪はツインテールにしてまとめられている。

 

端整で綺麗な顔だけど今は苦悩の色が強い。

 

昔の、一人ぼっちでいた時の私のような寂しい目をした同い年くらいの少女。

 

 彼女が何のために、どういう理由でジュエルシードを集めているのかはわからない。

 

でもあんな……見ていて悲しくなるような目をしながら、辛そうに戦ってまで収集しようとしているということだけで、ジュエルシードを探すに足る相当な理由があるということは想像できる。

 

だから私は問う、きっと徹さんだって同じことをするだろう。

 

「君は、何のためにジュエルシードを探すの?! これは危険なもので……」

 

「この子も聞くんだ……あなたに教える義務も道理もない。どいて、邪魔するなら無理矢理にでも……」

 

 金色の少女は、私が言い切る前に言葉をかぶせた。

 

最初ぼそぼそと呟いてたから聞こえなかったけど、その後は、拒絶の意思を明確に表し、その手に持つ黒い斧を握りなおす。

 

斧についている金色の宝石のようなものが1、2回瞬くように光る。

 

「どかないんだ、わかった。行くよ……バルディッシュ」

 

 どかないもなにも、わけを聞かないとどうすることもできないよ。

 

何も声に出せない私を尻目に、彼女は斧をこちらに向けてきた。

 

彼女の周囲に金色の球状の光が3つ浮かんでいる、私でも攻撃に使われるもの、ということくらいはわかる。

 

「待って! 話をしたいだけなの! 戦う必要なんかないよ!」

 

「本当に……揃いも揃って、もうっ……。話してどうにかなるものじゃないっ」

 

『Fire』

 

 彼女の悲痛な叫びと、それを覆うようなタイミングでバルディッシュと呼ばれたデバイスが射撃魔法を発動させた。

 

3つの球状の光から放たれた槍のような形をした弾丸を、浮き上がるようにして回避する。

 

弾速は早くてもその軌道は直線、曲がったり追尾してくるようなものじゃないみたい。

 

なら、発射のタイミングさえ分かれば躱すこともできる、と思う。

 

 私のはるか後方へと飛翔していく魔力の弾丸は、二発が地面へぶつかり、一発は湖へと飛び込んだ。

 

地面にぶつかったものは、まるで畳を返すように木々を根っこからひっくり返し、砂埃を空高くまで巻き上げた。

 

湖へ向かった魔力弾は、爆弾でも爆発させたのかと思うほどに水柱を作った。

 

その威力を目にして、慄くと同時に舌を巻く。

 

「話を聞いてっ! 戦うつもりはないのっ!」

 

 もうあの子は言葉を交わすつもりはないのか、攻撃の手をゆるめようとはしない。

 

初めての空中での機動と実戦だからすこしふらつくけど、なんとか避ける。

 

3つの発射体は連続で発射することもできるようで、動きを止めると危なそう。

 

 ふと気づくと彼女の姿が見えない、発射体に気を取られて見失ってしまった。

 

発射体は遠隔でも操作できるんだ、すごい、あの子!

 

 背骨の代わりに氷柱を突っ込まれたような悪寒を感じて後ろを振り向くと、持っていた斧を大きな鎌に変形させた彼女の姿があった。

 

鎌の刃の部分は魔力で構成されているみたいで金色に輝き、彼女のバリアジャケットと相まって死神のそれのように見える。

 

反応が遅れたせいで防御魔法を使う暇もなく、杖の形体のレイジングハートで攻撃を受け止める。

 

「待ってよっ、戦うつもりなんて……」

 

「なら邪魔しないで、関わらないで。邪魔するならさっきの……徹っていう男の人と同じように墜とすしかなくなる」

 

 彼女の言葉に視界が赤く染まる。

 

これが頭に血が上るっていうのかな、初めての感覚だけど。

 

「徹さんにっ……徹お兄ちゃんに、何をしたのっ!?」

 

 この子は今なんて言ったのだろう、徹さんを墜とした?

 

強くて優しくて格好いい、私の光を傷付けたの?

 

「レイジングハートっ!」

 

『は、はいっ、カノンモード!』

 

 もういい……怪我するかもしれないけど、力尽くで話をしてもらうもん。

 

この子は話を聞いてくれないし、いきなり攻撃してくるし、なによりも徹さんを傷付けた。

 

この子がここにいる時点で、その考えに辿り着いてもおかしくなかったのに。

 

 徹さんは自ら、時間稼ぎを買って出てくれた。

 

それなら持てる力の全てをもって、足止めしようとするはず。

 

なのにこうして、この子が私と相対しているということは、徹さんは今『足止めできない状態にある』ということ。

 

徹さんは、少しくらいの怪我で自分の役目を放り出すような人じゃない、たぶんすぐに動けないほどにダメージを受けたんだ。

 

そして、そんな状態に追い込んだのは間違いなくこの子。

 

なら反省してもらう、という意味を込めて痛い目を見てもらうのも間違いじゃないはず。

 

 うんっ、これなら徹さんもユーノくんも許してくれるよねっ!

 

そろそろ我慢の限界なのっ!

 

「許さないんだからぁっ! ディバインシューター!」

 

 豹変した私の態度に驚いたのか彼女は少し固まっていたが、魔法の発動を即座に感じ取り距離を取った。

 

放たれた私の魔力弾は彼女をしつこく追い回すけど、速度に勝る彼女は、いともたやすく回避した。

 

別にそれはいい、だってそこまでは……私の思った通りなんだから!

 

「レストリクトロック!」

 

「なっ……捕縛魔法っ!」

 

 躱しても躱してもいつまでも、親の仇とばかりに執拗に追いかけてくる誘導弾を鬱陶しく思ったのか、鎌の刃で切り落としていた彼女の手首と足首に、桜色の捕獲輪がかかる。

 

誘導弾に集中してしまっていた彼女を、捕縛魔法の範囲内に移動させるのはそこまで苦労しなかった。

 

 この捕縛魔法は砲撃・射撃魔法と飛行魔法しかない私にレイジングハートが『これで動きを止めれば砲撃を当てやすくなります』と勧めてくれたもの。

 

これから練習しようと思っていて、まだろくに練習できてないけど……今は少しの間、自由を奪えればそれでいい。

 

身動きを封じられた彼女の目の前で、音叉の形をしたレイジングハートを突き出して宣告する。

 

「ディバインバスター!!」

 

『ちょ、この距離でですか!? でぃ、ディバインバスター!』

 

 4つの魔法陣の帯をレイジングハートにまとわせ、自分の前方一直線の空間を焼き払う。

 

視界が桜色に染まる、反動が身体を後ろに押すけど、足元の魔法陣を精一杯踏ん張って下がらないようにする。

 

この魔法はチャージする時間が長いのが難点だけど、その分、威力と貫通力はユーノくんの折り紙つき。

 

この距離なら一撃で墜としてみせる! 徹さんの痛みを、少しは味わってもらわないと!

 

 桜色の砲撃が数秒経って、光が細く小さくなり、消えた。

 

光が消えたとき、金色髪の彼女はどこにもいなかった。

 

「い、いない! なんでっ!」

 

 基本的に魔法は非殺傷設定、通称、スタン設定と呼ばれる状態になっていて、人の命を脅かさないようになっている、とユーノくんが教えてくれた。

 

さっきのディバインバスターで全身きれいに消し飛んだ、とは考えられない。

 

それに私自身の経験や努力が足りなくて、人を蒸発させるような出力はまだ出せないのに。

 

「少し焦りはしたけど……捕縛魔法が荒削りすぎる。抜け出すのにそう時間はかからなかった」

 

 自分より少し上空で、彼女の声がした。

 

視線を少し上げると、金色に輝いて回転しながら近づいてくるブーメランのようなものが、すぐ目の前に迫る。

 

その後方には、さっきまであった鎌の魔力刃の部分を瞬時に再生・回復している彼女の姿、ということは投げつけられたのはあの鎌の魔力刃みたい。

 

「プロテクション!」

 

 急いで障壁を張る。

 

これで魔力刃を弾き飛ばして、誘導弾を撃ちながら立ち回って、隙ができれば砲撃する。

 

頭の中でこれからどうするかを考えていたけれど、予期せぬところに致命的な穴があった。

 

「なんで、この刃っ……弾けないっ!」

 

 相手の攻撃を弾き飛ばして防ぐこの障壁で、ここまで食らいつくなんて……そういう性能を持った攻撃なの?

 

いまだに、がりがりとバリアを削る衝撃を与えながらバリアに食らいつく魔力刃にてこずっていると、私の耳に、小さく彼女の声が届いた。

 

「……セイバーブラスト」

 

『了解、Saber Blast』

 

 その言葉と同時に、障壁に噛み付いていた魔力刃が爆散した。

 

障壁は傷つけられていたこともあり、容易く砕け散る。

 

当然、近くにいた私はその爆発から逃れる術はなく、できることといえば痛みを覚悟を決める、ということだけ。

 

全身を強打するような衝撃に、意識が遠のいていく。

 

飛行魔法を継続することもできない。

 

 落下する私の上を通り、ジュエルシードを目指して飛行する彼女から、かすかに声が聞こえた。

 

「……ごめんね……」

 

 ここで『ざまぁみさらせ、雑魚! 顔洗って出直せや!』とか言ってくれたら恨みも怒りもできるけど、辛そうな顔をして寂しそうな目で謝られると、私の心で大きく膨らんでいる――膨らみ続けている――さまざまな感情をどこにぶつければいいかわからない。

 

 自由に動かない私の身体は、木々にぶつかりながら地面に落下して、何度か転がり仰向けで止まった。

 

青にオレンジ色がかかり始めた大空を見て実感した、負けたんだと。

 

たぶんレイジングハートがなにか魔法を使ってくれたんだと思う、地面に激突したにも関わらず痛みがほとんどない。

 

本当にレイジングハートにおんぶにだっこ状態だよ、こんな私なんていつか愛想をつかして、ほかの所有者を探しちゃうかもしれない……

 

 憂いに沈んでいると、がさがさと音がしたのでゆっくりと頭を動かす。

 

ジュエルシードをくわえながら、金色髪の少女から逃げるユーノくんが視界に入った。

 

ユーノくんは逃げながらレイジングハートを探しているみたい。

 

レイジングハートしか、ジュエルシードを取り込めないから……。

 

 とうとう彼女に捕まり、ジュエルシードを奪われた。

 

距離があるから声は聞こえないけど、ユーノくんが彼女の腕をつかみ、必死に抵抗しているのが見える。

 

彼女は腕にしがみつくユーノくんをぱしっ、と軽く手で払い、ジュエルシードを金色の宝石に取り込ませた。

 

 地を蹴って空へと浮かび上がり、この場を離れていく彼女を見ていることしかできないのが……すごく悔しい。

 

才能があると言われ調子に乗って、ユーノくんを手伝うなんて言ってこの体たらく。

 

ユーノくんは大猫と戦っていた時、私にいっぱい助言をくれた。

 

徹さんは自分より格上の相手に対して、十分なほど時間を稼いでくれた。

 

レイジングハートは戦っている間、ずっとフォローしてくれた。

 

みんなが自分のやるべきことを全うしたのに……私だけが、何もできなかった。

 

それがとても悔しくて……涙がこぼれそうになるのを必死で我慢する。

 

 ユーノくんにも徹さんにもレイジングハートにも合わせる顔がない。

 

みんなの手助けがあって、やっと大猫とジュエルシードを分離させるところまでいったのに。

 

ユーノくんが手助けしてくれて、私が危ないときレイジングハートが魔法を使って守ってくれて、大猫と戦いやすいように徹さんが金髪の子の相手をして環境を整えてくれたのに……みんなの努力を全部、私が壊してしまった。

 

 もっと早く大猫を倒していれば、倒してすぐにジュエルシードを取り込んでいれば。

 

 彼女に対しても、もう少しなんとかできなかったのかな。

 

一瞬でも捕縛した時に一目散にジュエルシードに向かって飛んでいれば、結末は変わっていたかもしれない。

 

いくつも湧いて出てくる、後悔と自責の念。

 

ここまで叩きのめされたのに、あの寂しそうな目をした子を恨むことができない自分の甘さにあきれる。

 

心の中でさまざまな気持ちが渦巻いて、唇を噛んで我慢しても、あふれる涙を止めることができなかった。

 

 泣いちゃだめだとはわかってるのに、そう思えば思うほどにあふれる涙は頬を伝う。

 

泣いてたら徹さんもユーノくんも心配させちゃうのに。

 

『マスター、これから……これからです。これから努力していきましょう。私もとても……とても悔しいです。二度とこんな思いをしなくていいように、一緒に頑張りましょう』

 

 レイジングハートが励ましてくれる。

 

こんなだめだめな私でも、見捨てないで頑張ろうって言ってくれる。

 

「うん……がんばろうね、レイジングハート。ありがと」 

 

 気持ちはもう決まった。

 

いっぱい努力していっぱいがんばって、こんな悔しい思いをしないで済むように。

 

これからは『ユーノくんのお手伝い』じゃなくて『自分のため』にがんばろう。

 

強くなって、みんなを守れるように……徹さんを守れるように。

 

 自分の思いが、意志が決まると頭も心もすっきりしてきて涙も止まった。

 

身体の方もさっきのダメージがぬけてきたのか、すごく重たく感じるけど動くようになってきた。

 

鉛でも括り付けられたかのような身体を動かし、ユーノくんがいる場所を目指す。

 

合わせる顔はないけど会わないと……会って謝らないといけない。

 

 寝転がりながら見ていた場所へ草むらをかき分けながら歩みを進めると、ユーノくんの姿が見えた。

 

「ユーノくん、大丈夫? 怪我とかしてない? ごめんね、私のせいでジュエルシード取られちゃった……」

 

 一息で全部しゃべってしまう、一度間が空いてしまうと言葉がでなくなりそうだったから。

 

「なのは……ごめんは僕の方だよ、結局何もできなかった。なのはこそ怪我してない?」

 

 ユーノくんは私を責めることなど一切なく、てこてこと近づいて、治癒の魔法を使ってくれた。 

 

でも、私より徹さんの方が怪我してると思うから、魔力はそっちに回してほしいかな。

 

「私は大丈夫、バリアジャケットがあるしレイジングハートが守ってくれたから。徹お兄ちゃんの方がひどいと思うから、徹お兄ちゃんのために魔力おいといてあげて?」

 

 ユーノくんはわかったよ、と頷いた。

 

このままだと喋りづらいので少ししゃがみ、ユーノくんをつかんで肩にのせる。

 

 早く徹さんを捜さないと、怪我で苦しんでるかもしれないんだから。

 

ユーノくんに念話でどの辺りにいるか聞いてもらおう、と思ったその時に後ろから声がした。

 

「おぉ、全員いるな。ひとまずは大した怪我もなく無事で万々歳、いい経験ができたな!」

 

 振り向くと、ジュエルシードと一体化していた猫を左手に抱えて笑う、彼の姿がそこにあった。

 

服はところどころ破れているところがあり、いくつか傷もあるみたいだけど、大きな怪我はないようですこし安心する。

 

 徹さんに言わないと……ごめんなさいって、ジュエルシード取られちゃったって。

 

なのに……口から言葉は出てこない。

 

徹さんに呆れられるんじゃないか、役に立てなかったから見捨てられるんじゃないか、そんなことが頭を巡ってしまって喉が震える。

 

徹さんは人を傷つけるようなことを言ったりしないのに、それでも最悪の可能性を考えてしまい、引っ込んだはずの涙がまた顔をのぞかせた。

 

それでも必死に言葉を紡ごうとする私の頭の上に、徹さんが手を置く。

 

「負けちまったわ、ごめんな、もうちょい時間稼げりゃよかったんだけど。あぁもう、お前のせいじゃないからそんな顔しないでくれ」

 

 徹さんは困ったように笑い、私の頭を優しく撫でてくれた。

 

徹さんは、慰める時や落ち着かせる時褒める時など、さまざまな場面で頭を撫でるというのがクセみたいになってしまっている。

 

まぁ、このクセができてしまったのも私のせいなんだけどね。

 

この大きな手の温かさを感じると、とても心が休まる、すごく安心する。

 

 でも今だけは、この安らぎに身を任せていてはいけない。

 

頭に置かれた大きな手をつかみ徹さんの目を見る、もう……決心したんだからっ。

 

「徹お兄ちゃん、私、がんばるね。今回は負けてジュエルシード取られちゃったけど、次は負けない! ユーノくんのお手伝いってだけじゃない、私のために強くなって戦う。それで……私が、と……徹さん(・・)を守るからっ!」

 

 勢いで昔から思ってたことも言っちゃったけど、どうしよう……すごく恥ずかしい。

 

きっと私の顔は、リンゴもびっくりするくらい赤くなってると思う。

 

今なら顔から火とか出せそうだよ、新しい魔法だよ。

 

 徹さんは一瞬、すごく驚いた顔をして――握られた手を一瞥し――見とれるほどに澄んだ黒色の瞳に、私を真正面からとらえる。

 

「……徹『さん』か。前にその呼び方されたのはいつだっけか。なのはも……色々成長してるって ことなんだな……わかったよ。ありがとうな、でもこの俺が守られてばかりでいると思うなよ? 俺もこっから努力してお前も、ユーノも、まぁついでにレイハも守れるくらいに強くなってやっから」

 

 私は今日でやっと、一歩を踏み出せた気がする。

 

魔法のことも、これまでのふわふわした考えじゃなくて――しっかりと一本、明確な信念ができた。

 

 そして……目の前で笑顔を見せてくれる徹さんに対しても。

 

 言葉では言い表せない『感情』。

 

私の心の奥底に埋めた、その『感情』という名の種が……今日、芽吹いた。


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