「……はぁ。言いたいことは山ほどあるが、まずは労うとするか。ご苦労だったな、徹」
「さすがにここまで聞けば……軽々しく人に教えられなかったっていうのはわかるわ。巻き込みたくなかったって気持ちもね。だから怒るのは……うん、我慢する。お疲れさま、徹」
「ああ。……ありがとう」
話は脱線しまくってしまったが、落ち着いたリニスさんから魔法を教えてもらった俺は予定もあったので元の世界に降りた。
用事を済ませたのち、時間も差し迫っていたので恭也とのメールで書かれていた集合場所、すなわち忍の家に向かって、そこで俺となのはがこれまで経験したことを出来うる限り詳細に話した。言うまでもなく他言無用を前提に、だ。
話の途中途中、合間合間で般若のような形相になる恭也と忍からは、いつ殴られるだろうかと戦々恐々肝を冷やしたが、ちゃんと話を聞いてくれて、最後には黙っていたことを許してくれた。俺のしたことに理解を示してくれた。
ただ、こうして面と向かって正々堂々と隠していたことを話す覚悟を決めてはいたのだが、少々予定外のこともあった。
「そんなに大変だったのに、僕達のことも助けてくれてたんだね……ごめんね、逢坂。負担をかけちゃって……」
「……思えば、あの日の逢坂……動きに鋭さが、なかった……。体調……良くなかった、のに……」
「あーその……まあ、いいんだって。俺も長谷部と太刀峰と遊びたかったわけだし、ちょうどいいリハビリみたいに考えてたし……」
学校のクラスメイトであり最近できた友だちのうちの二人。すらりとした百七十センチ近いモデル体型な
メイド姉妹に案内されて部屋の扉を開けた時は、ほとほと驚いたものである。目線で『聞いてないぞ!』と恭也に訴えたが『普通に関係者だろう』と平然とした顔で返された。
帰れ、なんて言えるはずもなく、俺と恭也の喧嘩の際には多大なる迷惑もかけてしまったこともあり、それも一緒に謝れたのでかえってありがたい機会を作ってくれた、と前向きに受け取っておくことにした。
しかし、この二人がいるということは、最近できた友だちのもう一人も当然いるということで。その一人の存在がというか、その一人の反応が、俺のあるかどうかもわからなかった良心をきりきりと締めつける。
「ま、まぁ……ちょっと危ないこともあったとはいえ一段落はついたわけだし、それにこうして
「だっ、だって……ぐすっ。悲しくてっ、でもみなさんが不幸にならなくて良かったなぁって思うと嬉しくて……っ。でも、でもっ……やっぱり逢坂くんがぁっ……」
鷹島
俺のクラスメイトで、最近できた友だちの一人。高校に入学して一ヶ月少々で早くもクラスのマスコット的ポジションを確立している女子生徒。
女子中学生の平均をも下回る背丈と栗色のふわふわした髪が特徴の鷹島さんは、俺が話し始めて早々に垂れ目がちな瞳を潤ませると、もう中盤あたりから泣き始めてしまっていた。心優しい子なので感情移入しちゃったのだろう。撫で肩のせいでさらに小さく見える身体を震わせる姿に、何度心を折られかけたか枚挙にいとまがない。
「やっぱり綾音には衝撃的な話と展開だったよね。逢坂の家の事情なんかも知らなかったわけだし」
「そっちも、だけど……他にもけっこう、ハード、だった。逢坂も……表現をぼかしてはいたけど、それでも……物騒なこと、してたみたいだし」
長谷部と太刀峰が鷹島さんの隣に座って背中をさする。二人からの介抱に、えぐえぐ泣いてた鷹島さんもようやく落ち着いてきた。
「だって……っ、ぼろぼろになるまでがんばって、みなさんを助けて……なのに逢坂くん、目が見えなくなっちゃうなんて……。ん、あれ……?真希も薫も、逢坂くんのお家のこと……知ってたの?」
湿った声を途切れさせながら喋っていた鷹島さんだが、最後のほうでぐっと言葉に重みが乗った。鷹島さんの声であることは変わらないのに、なぜか
やっちゃった、みたいにびくんと、隣に侍っていた二人は肩を跳ねあげた。
「えっ?!あー、えっと、僕たちは……その」
「知ってた、の?」
「……綾音、ちょっと……落ちつ、いて」
「知ってたんだ……私は知らなかったのに……。仲間はずれにされてたんだ……」
「ちち違うんだっ、僕たちはそういうつもりじゃなくて!」
「いろいろと……複雑な事情が、絡みあってて……」
なんだか鷹島さんは落ち込んだままだけど、隣の二人の様子から先ほどよりかは状態が良くなったのが分かる。鷹島さんのメンタルヘルスケアは長谷部と太刀峰に任せてしまおう。
「それで徹、話の腰を折るのもどうかと思ってあまり深く突っ込まなかったんだが……結局、魔法というのはどういうものなんだ」
まさかこんなお
「徹の口振りからすると、魔法という言葉のイメージほど夢のあるものでもなさそうだが」
説明の都合上、魔法についてはあっさりとすませていたのだ。
俺たちのいる第九十七管理外世界では魔法という技術体系は存在しない。存在はしないが、漫画やゲーム、恭也が言うようにお伽噺など、フィクションの中でなら登場はしている。ざっくりとした概要でなら伝わっていたので詳細まで話していなかったのだ。
「そう、だな……。俺からすれば夢なんてまったくないな。魔法ってシステムは社会の縮図だとすら言えるぜ……」
「なんでよ。魔法なんてあれでしょ?飛んだり跳ねたり?水を出したり火を出したり?そんな感じのじゃないの?」
音も立てずにティーカップをソーサーに置きながら、忍が言う。
「いや、あながち間違ってはないんだけどな」
「木を生やしたり風を吹かせたり、迷路に迷わせたり分身作ったり」
「んんっ?なんか離れていったぞ?」
「
「お前がどんなイメージ映像を頭に流してんのかわかっちまったよ」
俺たちの使う魔法はカードを使わないし、この一ヶ月してたことのメインはほとんどジュエルシードの封印処理だ。いや、ある意味ではやってたことも似通っているのかも知れないけれども。
「忍、話が逸れている。技術やシステムと言い表した以上、仕組みがあるんじゃないのかと俺は聞きたかったんだ」
恭也がため息をつきながら、話を主旨から遠ざける天才の忍を抑えた。
俺もここぞとばかりに同調する。
「そうだぞ忍、そういうことじゃなくてだな……」
「とはいえあのアニメは面白かったな。今なら主人公の兄に共感できる気がする。状況といい、名前といい似ているしな」
「ってお前も乗っかんのかよっ!魔法のシステム云々の興味はどこいったんだ!」
恭也も知っているとは予想外だったが、なのはくらいの歳の妹がいるところなら大概知ってるものなのかもしれない。
かえって妹のいない俺が熟知している方が違和感がある。
「すまん徹。楽しそうだったから、ついな」
「ほんとだぜ、恭也から訊いてきたくせにな」
話を区切るためにこほんと一つ咳払い。
「俺も最初は期待してたんだけど、魔法ってのは素質が大きく影響するんだ。その素質がなければ魔法もなにも使えない」
「魔法を使えるということは、徹も素質がある、と?」
「いや……あるっちゃあるんだけど、ニュアンスが少し違うっていうか。魔法にも種類がたくさんあって、素質がなかったらその種類の魔法がまったく使えない。素質があってもその度合いが小さければ魔法の強度が下がる。まとめると、才能ありきのテクノロジーってことだな」
「なによそれ、なんだか排他的じゃない?選ばれし者にしか扱えない、みたいな雰囲気ね」
チョコチップが散りばめられたスコーンを
俺の偏った説明のせいで悪い印象を植え付けるわけにはいかない。なんとか誤解を解かなければ。
「悪い、俺の主観が多く入ってた。才能ありきっていっても、多くの魔導師が……魔法を使う人を魔導師っつうんだけど、多くの魔導師が存在する、らしい。つまり魔法を使うってだけならハードルは決して高くないんだ。その数多くの一般魔導師から抜け出るには『才能』が必要になるってだけだ」
そうなのである。普通はなのはやフェイト、クロノクラスの魔導師なんていうのはごろごろ転がっているものではないらしいのだ。俺の周りが特殊なだけなのだ。
その特殊な魔導師たちについていけずに俺は才能を欲したものだが、管理局全体の魔導師の平均と比較すれば、俺も最下層まで落ちるわけではない。魔法適性なら下の中から上くらいはあるとお墨付きをもらっていた。魔力だって魔導師の平均はある、とも言われた。
俺のパラメータでその程度ということは、人並みの適性があれば、あとは本人の努力と工夫次第でそこそこの活躍が見込めるだろう。『排他的』や『選ばれし者』という表現はいささか過剰だ。
「ふぅん。でも結局『上』に行こうとすれば才能がいるんでしょ?」
はちみつ風味のビスケットで渇いた喉を紅茶で潤す忍は、それでも承服しかねるご様子だ。
そんな忍の不満には恭也が答えた。
「それはそうだろうが、しかし上に行こうとすればどの分野であれ才能というものは必要になる。魔法だけではないのだろう」
才能だけではなく同時に努力も必要だろうが、と恭也は締めくくった。
恭也も『才能』なんていう大雑把に括られた単語は好きじゃなさそうだ。俺とは意味が多少違うみたいだけれども。
「逢坂くん、逢坂くん」
時々忍の手によって話を脱線させられたりしながら、しばらくの間魔法の説明をしていたが、急にくいくいと袖を引っ張られた。誰かと思えば鷹島さんだ。
彼女に似合わぬ、責めるようなじとっとした目つきでほっぺたを膨らませながら俺を見上げている。鷹島さんはなにか気に食わぬことがあってお怒りなのかもしれないが、申し訳ないことにその姿は大変可愛らしかった。桃色の柔らかそうな唇が動く。
「……真希と薫が、逢坂くんのお家でお泊まりしたそうですね」
ぷりちーな唇から爆弾が錬成された。
口を割った裏切り者に目をやれば、長谷部は両手を合わせてごめんなさいを形にし、太刀峰は握った小さな手をこつんと頭につけてピンク色の舌をちょろんと出して片目をつぶっていた。いわゆる『テヘペロ』だがいつもの無表情だ。長谷部はともかく太刀峰は絶対に悪いと思ってはいない。
「はあ……まったくこいつは……」
「徹、あんたね……そういうことするから変な噂が流れるのよ?たぶんあんたのことだから理由があるんでしょうけど」
恭也も忍も呆れ顔だった。こいつらの場合は下品な勘繰りをして失望や落胆はしないのでありがたい。
なので恭也と忍は置いておき、とりあえず鷹島さんにどう伝えようか考える。
俺の家に長谷部と太刀峰がお泊まりした件というと、四月二十二日に自然公園のバスケットコートで起きたいざこざが原因だ。話の内容が内容だし、説明するのにこの出来事は絶対に欠かせない、というわけでもなかったのでバスケットコートでの一件には深く触れていなかった。その一件を
過激にならないようにするにはどうするべきかと唸って悩んでいる間に、鷹島さんが続けた。
「あ、お話は聞いてますよ?乱暴な男の人たちからバスケットボール部の人たちを助けたそうですね。すごいです!」
「そ、そうなんだよ。でも褒められるようなことでもないんだ。行くのが遅れちゃったから余計に怖がらせちゃったわけだし」
もしかして純粋で穢れのなさそうな鷹島さんにあの日のことを全部話したのか、と当事者の二人を見やれば、鷹島さんの背後で長谷部が『ちょっとだけ』とサインをしていた。何があったのかは上辺だけを軽く触れたようだ。
「そこで真希と薫が怪我をしてしまった逢坂くんを心配してお家まで送ったんですよね。でも大雨と強風で帰るに帰れなくなっちゃったから逢坂くんのお家に泊まった……と」
「そう、だよ。でもそこまで
「見つっ……にらんでるんですっ!」
コアリクイやハリセンボンの威嚇に通じる可愛さで見つめてくる(鷹島さん曰く睨んでいるらしい)ので、あまり怖くはないのだけれど、なにか怒ってるっぽいことは察していた。しかしただ単に遊びで泊まったわけではなく、どうしようもなくなった結果として泊めたことがわかっているのに、一体どこに不満が残っているのだろう。
俺が首を傾げていると、鷹島さんは、まだわからないのかというふうに口を尖らす。
「お風呂を貸したそうですね」
「ああ、服もびしょ濡れだったからね」
「逢坂くんの服も貸したそうで」
「まぁ、着替えなんて用意してるわけもないから俺のを。姉ちゃんの服も借りたけど」
「逢坂くんお手製の肉じゃがまで振る舞われたとか」
「
「夜に……夜に!いっぱいおしゃべりしたそうで」
「いっぱいっていっても、次の日も平日だったから早めに寝たんだぞ?」
「逢坂くんのベッド……逢坂くんのお部屋で寝たそうですけど」
「姉ちゃんの部屋で寝かせるわけにいかないし、他の部屋の布団は最近干してなかったから他になかったんだよ」
「逢坂くんのお姉さんとも仲良くなったと聞きました」
「姉ちゃんは可愛い人や物が大好きなんだ。それに仲良くなったって言っても、姉ちゃんが傍迷惑なくらい自発的に長谷部と太刀峰に絡んでただけだよ」
なんだか事情聴取みたいな様相を呈してきた。しかしそれで鷹島さんの気が済むのなら構いはしない。
次々と飛んできた疑問にテンポよく答えてきたが、ここで鷹島さんのじと目のじっとり具合が増してきた。
「……また泊まっていいと許可を出したそうですけど」
「そう約束しないといつまで経っても寝そうになかったからね」
「……次もまた丹精込めて逢坂くんが手料理を振る舞うそうですね」
「ん?あれ?そんな約束……してた、か?」
「……つ、つぎっ、次もまたっ、俺の腕の中で寝ていいぞ、とも言ったらしいですけどっ!」
「それについては断固否定する!絶対それ言ったの太刀峰だろ!」
わりと事実が多かったが、ここにきてあからさまに嘘が混ぜられている。俺が約束したのはまた泊まりに来ればいい、までであって、ちゃんと思い返せば料理を振る舞うとも言ってなかったし、腕の中で云々なんて
こういうたちの悪い冗談をそれっぽく差し込んでくるのは太刀峰しかいない。断言も断定もできる。
俺が全力で濡れ衣だと抗議すると、鷹島さんは驚いた表情で太刀峰に振り返った。
「えっ!?か、薫……そ、そうなの?逢坂くん言ってなかったの?」
「……うん。たしかに、
「………………………」
問い詰められた太刀峰はあっけらかんとした態度であっさり白状した。
しかし、俺の背中には冷や汗が流れる。
太刀峰が強調した通り前述のような歯の浮くようなセリフは言ってない。
だが残念なことにしてしまってはいるのだ。
あの日、夜に帰ってきた姉ちゃんは、先に寝ていた太刀峰を追い出して俺の部屋のベッドで眠りについた。追い出された太刀峰はどこで寝たらいいのか尋ねるために、姉ちゃんの部屋で寝ている俺のところまできて、そこで力尽きた。その時に太刀峰は勝手に俺の腕を枕にしていたのだ。
その時のことを『言って
絶対に言葉の綾とか言い間違いなどではない。その証拠に、極々わずかではあるが奴の目が細められ、口の端がつり上がっている。俺のリアクションを楽しんでやがるのだ。
いつかこの仕返しをしてやると心に誓いつつ、顔を真っ赤にしている鷹島さんに水を向ける。
「鷹島さんは太刀峰のせいでなにか
「ご、ごめんなさいっ!薫がなんだか細かく語るから本当にそういう、あの……してたのかな、って……」
「そそそそんなことないない」
「徹、動揺を隠せてないぞ」
「なに?なにか心当たりでもあるの?」
「僕は隣の部屋にいたから知らないんだよね。なにかあったのかい?」
「こここ心当たりもなにも、お、俺も寝てたしなぁっ」
戦況は悪化の一途だ。疑惑の目の集中砲火である。
四面楚歌を作ってくれた張本人である太刀峰は、いつもの無表情をかすかにニマニマさせて沈黙を守っていたが、ここで俺にウィンクを放った。煽ってんのかと思ったが、どうやら違うらしい。口を開いた。
「そういえば、また泊まりに行っていいって……言ってた、よね」
燃料を投下するつもりかよと目を見張ったが、流れを切り替えるきっかけを作った、ということなのだろう。
俺の推測を裏付けるように、太刀峰は眉の角度がほんの僅かばかり上がってドヤ顔っぽくなっている。分かりづらい上にドヤ顔するほどの助け舟ではない。とんだキラーパスもあったものだ。
「そ、そうそう。俺も最近は落ち着いてきたし、また遊びに来いよ。次は鷹島さんも、恭也も忍もな」
「ほっ、ほんとですか?!うれしいです!真希と薫が楽しそうにしゃべってて、私うらやましくてっ!」
だいぶ苦しい路線変更だったが、鷹島さんは『いつにします?いつにしますっ?』と咲き誇るような笑顔で簡単に誘導されてくれた。悪い人に騙されないか不安になるちょろさである。
恭也と忍はなにかありそうだと当たりをつけているようだが、テンションが振り切れている鷹島さんに配慮し、これ以上追及して水を差すことはしなかった。ただにやにや笑いを前面に押し出してきているのは大変腹立たしい。お前らが期待するようなハプニングは起きてない。起きてない、はず。
遊んでもらえて嬉しがる子犬みたいになっている鷹島さんを引き剥がしつつ、俺は居住いを正す。さっきから喉に刺さった小骨みたいな違和感に苛まれているのだ。
「いやまあ、さ……あの、お泊まりの件についてはまた今度じっくり予定を詰めるとして……。それよりもだ。俺が話したことについてはもう何も質問とかないのか?こう言っちゃなんだけど、魔法がどうとか、異世界がなんだとか、普通は呑み込めないだろ?なんでお前らそんなに簡単に片付けられんの?」
自分で切り出すのも妙ではあるのだが、しかし訊かずにはいられなかった。
一般常識で考えれば、俺の語った内容は信憑性に欠けるどころの騒ぎではない。信じるに値する部分が欠片ほどもない。
魔法とか、人に危害を与える異形の物体とか、エネルギーの結晶体とか、違う世界の公的機関とか、死んだ人を生き返らせるとか、極めつけに地球存亡の危機とか。いきなりそんな盛大で壮大なストーリーを大真面目に説明されても普通はついていけないだろう。凝った夢か、よく練られた絵空事が関の山だ。ハリウッド映画でも要素を詰め込みすぎなくらい。俺が逆の立場なら、病院に連れ添うか、速やかに充分な休息を取らせるか、将来脚本家になることを勧めるところである。
だというのに、目の前にいる五人は俺の話を信じている。疑っている素振りはない。馬鹿にするような気配も、演技をしている様子もない。本当に、俺の話を真摯に受け止めて、理解に努めてくれている。
一体なにを根拠に信じてくれているのかわからなかった。
不安も
「『なんで』も何もないだろう。お前が真剣な顔で慎重を期して、細部まで丁寧に話したんだ。疑う余地があったのか?」
さも当然という風に恭也は言った。
「ここ最近の徹は私たちの目から見てもおかしかったしね。あんたが日付まで正確に憶えていたおかげでこっちも記憶と照らし合わせやすかったわ。こんな状態で嘘なんて差し挟む余裕はないでしょうし……そもそもあんたは、隠すことはあっても嘘をつくことはないからね」
呆れたような笑いを浮かべながら忍が続いた。
「は…………」
かく言う俺は唖然である。
恭也は既に俺を見ていない。俺がしていた説明を纏めでもしているのか、テーブルに広げられたメモ帳らしきノートに向かっている。
忍は満足したように紅茶を一口、口に含むと、テーブルの上の綺麗な装飾が施された皿に手を伸ばす。たくさんあったはずのお茶菓子がもうなくなっていたことに気づくと、そのほとんどを忍と長谷部と太刀峰が平らげたお茶菓子のお代わりをノエルさんにお願いした。
二人ともが、当たり前だといわんばかりの態度だ。そのドライな態度が、その素っ気ない振る舞いが、信頼の裏返しなのだろうことは俺にもわかった。なんだよ、こいつら。格好いいなあ、おい。
「これが長年の付き合いによる阿吽の呼吸、ってやつなのかな?気心が知れてるんだね」
「……ちょっと、羨ましい……かも」
「ふふっ。逢坂くん、ぽけーってしてますね。珍しいお顔です」
この関係性を嬉しく思いながらも、どことなく悔しく感じる。ので、近くで俺の顔を覗き込みながらふわふわと笑う鷹島さんの頭をくしゃくしゃに撫で回す。子猫のような悲鳴を上げたが気にしない。
存分に栗色の猫っ毛を堪能してから手を離した。とても柔らかい髪質なので撫で心地は抜群だ。やはりこのあたりは妹の彩葉ちゃんと通じるものがある。
「うぅ……。髪がぼさぼさです……」
「大丈夫、似合ってるよ」
「どういう意味ですか!とっても失礼です!」
うめきながら乱れた髪を
説明している最中、目が見えなくなったことを示す際に眼帯は外したので、灰色に濁った瞳を隠すものはない。気後れして、鷹島さんからみえにくいように身体を左に傾けた。
「こんなことは、言うべきじゃないのかもしれませんけど……逢坂くんを傷つけることになるのかも、しれませんけど……」
申し訳さなそうに口篭るが、それでも彼女は続けた。
「左目……銀色に輝いていて、とっても……きれいです」
つい先程恭也と忍相手には唖然としたが、鷹島さんの言葉には呆然とした。
まさしく
俺が黙り込んでしまったことで、鷹島さんはなにやら勘違いしたようだ。とても慌てふためいて、乱れて跳ねる髪を整える手まで止めた。
「ごっ、ごめんなさいっ。見えなくなってつらい思いをしている時に、きれいだなんて……っ。ほんとうにごめんなさいっ」
「いや、いいんだ。ありがとう」
「でも、私っ……ひどいことを……っ、平気なはずないのにっ」
「本当にいいんだ。強がっているわけでもないよ」
まったく、単純な性格をしているものだ。たった一言『褒められた』だけで、心の隅で燻っていた劣等感が霧散していくのだから。
彼女の栗色の頭の頂点でぴょこんと重力に逆らっているひと房を、俺は手のひらで撫でつける。
「たった今、平気になった」
本心から、そう言えた。
携帯から投稿しているので更新するのも一苦労です……。
前話で募集しておりましたリクエストのほう、ご協力ありがとうございます。
自分では、なかなかこのキャラクターの話浮かばないなーと思っていても、挙げてもらっていざ考え始めるといくつか浮かんできました。