そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『裏側』

 

 

「……す、すまない。もう一度、言ってくれないか?聞き間違いだったのかもしれない」

 

「その歳で耳が遠いのかよ、クロノ。だからさ、練習試合したいからどこか広い場所を確保してほしいっつってんの」

 

執務机でお仕事中だったクロノ少年が、口をぽかんと開けて目を白黒させていた。

 

忍の家で友人たちに説明をした日(話が終わったあとは単なるお茶会と化した)から二日が経ち、今日は五月九日。

 

停学明けの学校では何かと先生方からありがたいお言葉を頂いたが、恭也や忍、鷹島さん、長谷部、太刀峰のフォローもあり、それ以外では存外何事もなく平穏な学校生活を取り戻した。

 

もちろん学校には、目立ってしまうので眼帯はつけずに行った。かといって何もせずに登校したわけでもない。ゴールデンウィークと停学が明けて久しぶりに学校に来た問題児が、今度は左目を銀灰色にしていれば悪目立ちもいいところだ。

 

なんにしたって目立ってしまうという状況を避けるため、俺はあらかじめ準備していた。忍の家に(おもむ)く前に購入しておいた黒のカラーコンタクトを左目に入れたのだ。慣れていないコンタクトレンズのおかげで、朝から家に帰るまで左目のごろごろ感に苦しめられた。左目を苛む異物感は不快極まりなかったが、左目が黒く戻っているのに驚いた鷹島さんはとてもおもしろ可愛かったので、収支は差し引きゼロである。

 

ともあれ、懐かしくも思える学校から一度帰宅し、姉の晩御飯の準備を終わらせてから、俺は再びアースラに帰艦した。

 

今回の要件、訓練場の場所取りならわざわざ忙しそうにしているクロノに頼まなくてもエイミィにお願いすれば手配してくれそうなものだが、彼女は彼女で多忙なのだろう、この場にその姿が見えないのでは仕方がなかった。

 

(くだん)のクロノ少年は、俺の要請になんとも形容しがたい表情を作った。

 

「いや、しかし、練習試合と言っても……お前は……」

 

「『お前はもう、戦えないだろう』ってところか?」

 

「うっ……。まあ……そうだ」

 

「俺はちゃんと言っておいただろ、戦術を組み直すって」

 

「たしかにそのようなことは言っていた気がするが……っ!」

 

負い目を感じながら喋っている印象だったクロノの顔に、驚愕の色が差された。目は見開かれて俺を見上げ、口元は笑みを作ろうとして失敗してひくついている。

 

「宣言通り、組み直してきたんだ。一応軽く実験はしたしシミュレーションもしたけど、実戦に耐えうるかどうかはまだ試してないからな。ちゃんとした場所を用意してもらって、専門家にも助言をもらおうと思ってこっちまで来たんだ」

 

「は……はは」

 

もはや驚きよりも呆れに近いのか、クロノは乾いた笑い声をもらす。

 

「暇そうにも手が空いてるようにも見えないけど、せっかくだからクロノ、ちょっとばかり付き合ってくれ」

 

「……あまりに、早すぎるだろう……」

 

一度うつむき、何言か小さく呟いたかと思えば、クロノはすぐにいつものきりっとした(おもて)を上げて、こちらを見据えた。

 

「お安い御用だ」

 

 

残っていた仕事を全部ほっぽりだしてくれたクロノはすぐさま立ち上がり、部屋を出た。歩きながらどこかに連絡を取るなり、訓練室を確保できたと俺に告げた。

 

小さいのも含めれば部屋数はいくつかあるらしいのだが、今回用意してもらった場所は、以前アースラの武装局員さんたちと演習をした部屋だ。ちなみに、ここが一番広く、設備も整っているらしい。

 

「僕は準備できているが、徹はもういいのか?」

 

「俺のほうは……大丈夫だ。いつでもよし」

 

準備、といっても俺の場合、クロノやなのはたちほどやることは多くない。これまでは魔力付与を全身に行き渡らせるだけだったし、今に至っては胸に手を当ててリンカーコアの調子を確かめるだけだ。

 

デバイスである杖を握ってバリアジャケットに着替えたクロノから、十メートル程度距離を取って俺は立つ。

 

「……本当に備えはしているんだろうな?最初は加減するし、魔法は非殺傷に設定されているとはいえ、防護なしで直撃すれば怪我をしないとも限らないぞ」

 

構えを取った俺に、クロノは心配そうに声をかけてきた。

 

不安になる気持ちはわかる。

 

バリアジャケットも着装せず、その代わりに纏っていた魔力付与の恩恵も今は失われている。そんな無防備といって差し支えない人間に対して、頼まれたからといって攻性魔法を使うのは、きっと俺でも抵抗がある。

 

「心配性だな。大丈夫だって。ちゃんと完成してるんだから、骨子(こっし)は」

 

「完成してないじゃないか。骨組みだけじゃないか」

 

しかし、抵抗があろうがなかろうがクロノには付き合ってもらわなければ困るのだ。

 

一昨日と昨日(・・)で閃き、急いで(こしら)えた武器はまだ試用段階、土台でしかない。専門家(クロノ)に見てもらってアドバイスを頂きたいし、なにより紛いなりにも戦力になるということを証明したい。

 

同情と憐憫しか誘わなかった左目(・・)も有効に活用できると、ここで知らしめておきたい。

 

「俺の言うことが信じられないなら、まずは肩慣らしに何発か射撃魔法撃ってくれよ。それで判断すればいいだろ」

 

クロノが変に気を揉むことのないよう、提案してみた。俺も身体が鈍っているだろうし、エンジンを暖める意味合いでここが妥当だろう。

 

複雑そうな顔をしながらもクロノは頷き、杖を構えた。

 

「危ないと思ったらすぐに障壁を張るんだぞ」

 

「わぁかってるって!お前は俺の親かなにかか!」

 

魔法陣が展開、次いで魔力が膨らんであたりを圧迫する感覚。射撃魔法が行使された。

 

クロノの周囲に魔力で構成された水色の球体が浮かび上がる。だが、記憶と少し差異がある。クロノがよく使う射撃魔法、スティンガースナイプやスティンガーレイとも違う、ごく一般的なものだ。

 

「クロノめ……疑ってかかってんな」

 

よほど俺の言葉を信用していないと見える。

 

悲しくなってきたが、なんとか胸を浅く抉る悲しみに耐えつつ、新しい技術を試す。

 

胸の奥にあるリンカーコアに意識を集中させ、血液を全身に回す心臓と自動車のエンジンのイメージで、身体の隅々まで強く、激しく、勢いよく魔力を巡らせる。徐々に体内を走り回る魔力の圧力を増大させつつ、欲しい場所に魔力が集まるようコントロールする。

 

うむ、実験した時と同じ手応えだ。以前まで使っていた魔力付与とも違う感触と反応だが、悪くはない。さすがに違和感がないとまでは言わないが、時間とともになくなる程度のものだ。

 

準備を整え、前方を見据える。

 

クロノが振り上げた杖の先端をこちらに突きつけていた。

 

「ファイア」

 

味気ないというか、気迫のこもらないクロノの号令で、近くに漂っていた魔力の球体が突進を始めた。

 

おそらくは直射型で、それぞれタイミングを微妙にずらしている。速度は特別速くもなく、特段遅くもない。性能で判断したところ、一番最初に教わった射撃魔法の術式そのままのようだ。

 

まず向かってくるのは二発の魔力弾。余裕を持ちながら二発の真ん中を通るように回避。次はちょうど顔の高さに来たので屈んでやり過ごす。

 

「おぉ、さすがクロノ。やるからには手は抜かないか」

 

屈んだことで気づく。俺の目線からでは三発目の影に隠れて死角になっていた小さな空間に、四発目が潜んでいた。姿勢を低くして躱すことを見越した配置だ。

 

うまい采配ではあるが、魔力弾自体の速度が大したことないので、頑張ればここからでも回避は可能だし、障壁の展開も充分できる。

 

取れる手は多くあるが、この練習試合の主旨を考えてここは迎え打つ。魔力付与に代わる新しい技術の試運転のために、クロノにこの場を用意してもらったのだ。痛そうだなー、などと多少臆病風に吹かれはしたが、気合を入れ直して真正面から向き合う。

 

「……ふっ!」

 

体内で循環し続ける魔力を右の拳に集中させ、振り抜く。

 

怖がっていた自分が間抜けに思えるほど、魔力弾はあっさりと爆散した。

 

「よしっ!使えるな、これは!」

 

手心を加えられている上に速度も遅い射撃魔法一発を破壊した程度ではあるものの、しっくりきた手応えは確かに感じることができた。収穫はあった。

 

実際に使ってみて改善すべき点も発見できたし、ここからまたブラッシュアップしていかなければ。

 

「クロノ、お前から見てどう映った……おい、クロノ?ちゃんと見てたのか?ぼんやりしてんなよ」

 

年下の先輩から意見を(たまわ)ろうとクロノに目をやったが、こっちを見ながら立ちほうけていた。

 

忌憚(きたん)のない感想が欲しかったのだが、もしかするとクロノのお眼鏡には適わなかったのだろうか。

 

少しばかり落ち込みながら、返答を寄越さないクロノに俺から近づく。二、三歩するとまるで再起動でもしたみたいにぴくんと動いた。そこからは電光石火だった。

 

「とっ、徹!今さっき、何をした!お前っ、魔力付与の魔法は使えなくなったんじゃなかったのか!?」

 

飛行魔法でも使ったのか、クロノはそこそこあった距離を一気に潰して俺に詰め寄った。あまりの勢いにちょっと引いたくらいだ。

 

「魔力付与はっ、使えなくなった!それは勝手に検査してくれやがったクロノがっ、一番、知ってるだろっ!ちょ、手を離せ!頭がぐらぐらする!」

 

非常に興奮して胸倉を掴んで揺するクロノの手をどうにかこうにか(ほど)く。脳みそでプリンでも作る気か。頭を悪い感じにシェイクされた。

 

「魔力付与でないというのなら何をしたんだ。いくら加減をしたとはいえ、生身で砕かれるほど脆弱に作った覚えはない」

 

「一から説明するから、ちょっと落ち着いてくれ。これはクロノには言ってなかったと思うんだけど、俺、ユーノにちゃんとした魔力付与を教えてもらう前に身体強化っぽいことを自分でしてたんだよ」

 

「それは……どういう意味だ?テスタロッサ家の一件よりも前から魔法に触れていたということか?」

 

「いや、魔法を知ったのはプレシアさんたちの一件からだ。……より正確に言うとジュエルシードの一件、なのか?俺はジュエルシードの思念体と戦った時に当てられた魔力が影響したんじゃないかって予想してるんだけど……」

 

「魔法を知らずにジュエルシードの思念体と戦闘……徹、お前はなんで生きてるんだ?」

 

「その言い方だとその場で死んでてほしかったみたいに聞こえるからやめてくれ。で、だ。なのはを守らないとって思った時に、心の奥から何かが溢れて全身が熱くなった。今ならその力が魔力だってわかるけど、戦ってる瞬間は理解してなかった。理解しないまま、無意識的に身体の中で魔力を使ってたみたいなんだ」

 

「魔力運用……つまり、自分が必要とする部分に魔力を集中させて運動能力を向上させた、と?」

 

「そう。そんなことをしてたってのを思い出して、その時の感覚も引っ張り出して、もっと効率的、かつ効果的、加えて実用的になるように手を加えたのが、さっき使ってた魔法ってわけ。苦労したんだぜ、ユーノにも手伝ってもらってな。身体の外から強化できないなら、身体の内側から改造するってイメージだ」

 

一昨日リニスさんにサーチ魔法を教えてもらった次の日、つまり昨日、俺はユーノと会って魔力付与に代わる魔法の相談をしていたのだ。いろいろと案は出たが、戦闘中に使うことを考慮すると実現が難しい、もしくは実用に適さないものばかり。悩み抜いて考え尽くして疲れた俺とユーノは休憩しながら雑談に興じていたのだが、どんな話題から転じたのか、初めて出会った時の話になった。

 

その中で、ユーノが尊敬と呆れをないまぜにしながら、一番最初に遭遇したジュエルシードとの戦闘を思い返していたのだ。『あの時は無茶したもんだ』と俺が緑茶をすすりながら言えば、ユーノは『今でも戦い方はほとんど変わってませんよ』と返す。半月ちょっと前の死闘を笑い話にしていた時、ふと気がついた。あの時はまだ、ユーノから魔法を教えてもらっていなかったことに。

 

自分でもジュエルシードの思念体相手となぜ渡り合えたのか究明できないまま一時保留とし、ユーノからちゃんとした魔法を教えてもらってからはそちらを使い、それでなんら問題はなかったのでこれまですっかり失念していた。

 

『これ使えるんじゃねーの?』と俺が提案するとユーノも『もしかしたらいけるかもしれません!』と興奮した調子で乗ってくれたのだ。夜通しの研究と現象の解明、実際に戦闘時に使うための術案構築までユーノが付き合ってくれたおかげで、これほど短時間でなんとか形になり、クロノに披露することができた。

 

「射撃魔法を破壊できた理由は……少し納得しがたいが、まあわかった。だ、だが、よく高速で飛来する魔力弾にタイミングよく拳を合わせられたな。もう右目だけで距離感を掴めたのか?」

 

「いやいや、長期間片方の視力が正常に働かない人ならともかく、俺みたいに急に片方見えなくなったらすぐに慣れるなんて無理だ」

 

「ならどうやったんだ。徹なら、勘や閃きや第六感などと言っても僕は信じてしまいそうだが」

 

「俺超人かよ。人間の枠組みからはみ出してんじゃねえか」

 

「既に人間と呼んでいいかわからない次元に足を踏み入れているが……」

 

「うるせえよ。左目の問題も普通に魔法使ったんだよ。一昨日リニスさんの部屋に入らせてもらっただろ?」

 

「ああ。半ば無理矢理にな」

 

「細かいこと言うなよクロノん」

 

「次その呼び方したらその軽そうな頭の風通しを良くしてやる」

 

絶対零度の眼光で睨まれた。本気だ、この子本気でやるつもりだ。クロノん呼びは機嫌のいい日を見計らおう。

 

「そそ、それでだ。以前リニスさんがサーチ魔法を使っていたのを見てたから、ご教授(たまわ)ったってわけ。サーチ魔法は術式から教えてもらったから、中身いじくるだけですんだ。楽だったぜ」

 

「……狭まった視力の代わりにサーチ魔法、失った魔力付与の代わりはオリジナルで組み立てたというのか。たった……たった四日で……」

 

「そういえばそうだな。つってもいろんな人にアドバイスをもらいながら、手を貸してもらいながら、だけどな。やればできるもんだ。でも、とりあえずこれで目標はクリアだよな?射撃魔法を教えてもらう前と、状況はほとんど同じだ」

 

どうだ、と自信満々に胸を張ってクロノと相対する。

 

代替品として用意した二つの魔法は、なんとか実用にこぎ着けたとはいえ、まだまだ未完成で不完全、使いこなせてはいない技術だ。

 

サーチ魔法はプログラムこそばっちり自分好みに組み上げたが、送られてくる視覚情報を頭で処理する時にかすかにラグがある。

 

新開発したオリジナル魔法はーーそういえば名前は考えていなかった。身体の中をぐるぐる巡る魔力を操作しているので循環魔法と呼ぼう。循環魔法は魔力の出力・圧力の調整を誤れば身体の内側を傷つける繊細でデリケートな魔法だ。これからも調整と慣れが必要になる。そもそも魔法と呼んでいいのかわからない代物だが。

 

しかし、今は付け焼刃だとしても、ここまで戻した。戦うに足るだけの、戦いに耐えるだけの戦力は取り戻すことができた。

 

ここがゴールではもちろんなく、それどころかようやくスタートラインに立った程度でしかないが、少しくらい満足感に浸っても(ばち)はあたらないだろう。

 

「……ああ、これなら戦闘試験もクリアできるだろう。徹ならここからさらに洗練された魔法に磨き上げることだろうしな」

 

「おっと、俺の上司様は褒めて伸ばす方針なのか。気をつけろよ、ハードルは高ければ高いほどくぐりやすくなっちゃうんだぜ」

 

「一つ、訊かせてほしい。なぜそこまで頑張れるんだ」

 

ふんぞり返った俺に、クロノはいやに真面目くさった表情でそう尋ねた。いつものように俺の軽口に突っ込みも入れずに、真剣そのものといった表情で。

 

「徹は前、僕たちに……アースラの乗員に迷惑をかけたからお礼をしたいと言っていた。現状ではできないから管理局に入ってまで手伝おうとしている。プレシアやフェイトたちにしたってそうだ。今でこそ親しくしているが、もともとは赤の他人だった。汲むべき事情はあったが、意見の対立や行き違いもあった。彼女たちと戦って……大怪我を負った。それでも徹は彼女たちの力になりたいと言う。力になりたいが為に苦労して……魔法適性を失ったことのない僕には想像もできないほどの苦労をして、再び戦えるだけの力を手に入れた」

 

なぜだ、と。クロノは俺に問う。

 

問いかけられて、俺はすぐには答えられなかった。後ろめたいことがあるわけではない。

 

ただ単純に、考えもしていなかったのだ。

 

プレシアさんやリニスさん、フェイトやアルフが困った時には、たとえ微力であっても助けてあげたい。これまで不幸の泥中に囚われていたアリシアには幸せになってもらいたい。多大なる迷惑と面倒をかけてしまったというのに、俺もプレシアさんたちも快く受け入れてくれたクロノやリンディさん、アースラの乗組員さんたちに恩返ししたい。

 

そういった考えが根底にあった。

 

そして実際に手助けや手伝いをするためには確固とした肩書きが必要で、その肩書きを得るには最低でも以前と同程度の能力が不可欠だった。だから取り戻した。

 

思索を巡らせていたのはどうやって能力を取り戻すかであったのだ。その理由を訊かれても、答えなんてすぐには出てこない。クロノに尋ねられて初めて考えたくらいである。

 

圧力を伴ったクロノの視線に耐えつつ、しばし黙考。

 

そして『裏側』にまで辿りついた。

 

「たぶん……結局は自分のためなんだ」

 

テスタロッサ家が普通に暮らせるようにするための手助けとか。お世話になったアースラの乗組員さんたちへの恩返しとか。そういった綺麗なお題目の、建前の、その『裏側』。

 

「きっと俺は、誰かから必要とされていたいんだ。子どもじみた我が儘なんだ。一ヶ月にも満たない期間だったのに、それまでは顔も知らない他人だったのに……それでも今はこの繋がりを断ちたくないと思ってる。クロノに言われてようやく気づいた。知り合えた仲間とあっさり別れたくない。仲間に必要とされたい。ただの欲だ」

 

『裏側』の正体は社会的欲求と承認欲求。手伝いたい、助けたい、恩返しがしたいなどと耳触りのよい言葉で着飾らせただけの、欲望なのだ。

 

「ただの欲。それでは駄目なのか?逆に僕は合点がいったくらいだ」

 

「は?」

 

クロノは俺の答えを受けてなお、即答した。その内容も意想外すぎて、思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 

「この際だからはっきり言わせてもらうが、あれだけテスタロッサ家の面々にぼこぼこにされておいてなお、助けたいやら力になりたいなどと言うのは、少々気味が悪い。聖人君子じゃないんだぞ」

 

「いや……まあたしかに、もれなくぼこぼこにはされたけど……」

 

よくよく振り返れば五人家族のテスタロッサ家のうち、四人から手厳しい責めを受けていた。

 

フェイトと戦ったらびりびりされたし、アルフと拳を交えたらサンドバッグができた(もちろん俺のことだ)。プレシアさんからは巨大な雷をプレゼントフォーユーされたし、リニスさんに至っては二度に渡って死闘を繰り広げたのでいまさら言うまでもない。唯一攻撃されてないのはアリシアからくらいなものだが、そもそもアリシアは動ける状態ではなかったので、動ける人間全員から攻撃を受けていると言える。

 

なるほど、これだけやられていてそれでも手助けしたいってだけの理由では、クロノの言う通り聖人君子か、あとは極度のマゾヒストくらいじゃないと理屈に合わないと取られるのかもしれない。実際はフェイトやアルフ、リニスさんの素の顔を見て感情移入してしまったのもあるのだが。

 

「それにアースラの局員に迷惑をかけたから云々とのたまっていたが」

 

「の、のたまうって……」

 

「僕たちは仕事としてやっているんだ。面倒も迷惑も、いつものことだ。今回の件も同様にな。いつもと違うところは、徹やなのはやユーノが彼女たちを救おうと走り回っていた姿を見ていて、正義感を刺激されていたことだ。忘れかけていた情熱を思い出したように張り切っていた隊員が多くいた。徹たちが僕たちを精神的に動かしたんだ。一応は対等な立場ということになっていたのだから、こちらに気を使う必要など最初からなかったんだぞ」

 

クロノが言う『救おうと走り回っていた』時に、俺たちは(主犯格は俺個人だろうけれど)クロノやリンディさんを含めた局員さんたちに多大なる負担をかけたはずだ。それに対等な立場というが、その立場だって実際は俺が屁理屈と暴論と足下を見てもぎ取った構図だった。

 

冷遇されないように、なにか不当な扱いをされれば糾弾できるように形だけでも言質を取っておこうという、ある種の保険のつもりでいたが、それら一切合切を彼らは認めた上で許容してくれていた。

 

「まあいろいろ言いはしたが……つまり、だ。欲が理由でも、いいんだ。認めてほしい、仲間がほしい……そう思うのは多かれ少なかれ誰だって同じで、そう思うのが自然なんだろうからな。それに裏側の理由が欲に基づくものでも、さらに裏を返せば手助けや手伝いをしたいという優しい想いに根差している。なにも間違ってなどいないんだ」

 

俺を気遣ってそう言っているのか、それともクロノのこれまでの人生観からくる本音なのかはわからないが、少なくとも心が軽くなったのは事実だった。

 

「年下にこうまで励まされると立つ瀬がないな……。俺の気持ちを汲んでフォローしてくれたんだろ?ありがとうな」

 

「いや……僕の本心だったしフォローのつもりはないんだが、ん……まあ、なんだ。仲間だとか、繋がりを断ちたくないとか、面と向かってはっきりと口にされれば……こちらとしても思うところはある」

 

「小難しいことを考えずに喋ってたからなあ……いつもなら黙っとくとこまでぺらぺらと口走っちまった」

 

よくよく考えれば結構踏み込んだ話をしてしまっていて、それを自覚した途端恥ずかしいというか、照れくさくなってきた。

 

頭をぽりぽり掻いていると、クロノがごほんと咳払いして姿勢を正す。

 

「適性の度合はともかく、徹の技術なら一定水準以上で戦えることが証明できる。要領もいいし、試験の前に一通り勉強しておけば学科も問題ないだろう。他の者にはない特殊な一芸もある。そしてなにより、目的と決意を持っている。嘱託魔導師試験であれば申し分ない」

 

すっ、と静かにクロノが右手を差し出してきた。

 

意図を察して、その右手を握る。俺のものより一回り小さい、けれどしっかりとした手のひらだった。

 

「やらなければいけないことは沢山あるが、これからまたよろしくな、徹」

 

これまで肩肘張ったような雰囲気だったこともあってか、クロノが小さく浮かべた笑顔はどことなく嬉しそうな色が滲んで見えた。

 

 


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