そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今更な注意事項なのかもしれませんが、この話には原作にはない設定が含まれます。ご容赦ください。


かすかな違和感

「気が早いぞ、クロノ。まだ試験を受ける準備すら整ってないってのに」

 

「不安がることでもない。危険がつきまとう仕事だから、よく考えさせるためにも管理局に入るのは厳しいように話していたが、ある程度の能力があれば入ること自体は難しくない。人手も足りていないことだからな」

 

「いやまあ、人が足りてないってのは聞いてるけども、これで受からなかったら決まりが悪いだろうが」

 

試験とやらを受験してもいないのに合格を前提に進めていくクロノには幾許(いくばく)かのプレッシャーを感じるが、実技はともかく筆記のテストなら自信がある。もちろん、入念に勉強はするけれども。

 

ここから踏み出そうという空気の中、ふとかすかな疑問が俺の頭の中に降って湧いた。

 

「あれ?一昨日に話聞いた時、嘱託魔導師の試験に学科があるなんて言ってたっけ?」

 

「ん、ああ……言ってなかったか?基本的に戦闘試験を重要視するが、一応筆記もある。馬鹿ばかりでは困るのでな。記憶力だけはいい徹ならば問題はないだろう」

 

「どの方面に対してもだいぶ言い方が辛辣だけど、言いたいことはわかるな」

 

クロノのリアクションには、何とはなしに違和感を感じるがそういうものなのかなとも思って流しておく。学科試験の一つでもなければ、たしかに頭空っぽ荒くれ者集団になりかねない。嘱託魔導師という立場は一定の権力も有しているのだから、納得できないことはない。

 

右手を離して元の位置に戻る。

 

クロノの話はまだ続いていた。

 

「試験は年に何度かあるのだが、都合のいいことにそのうちの一度が近日ある。もう申し込んでおいていいか?」

 

「おう、早いほうがいい。でも急に申請して受理されるもんなのか?」

 

「大丈夫だ、無理なら違うルートから押し通す」

 

「いやいや無理なら次を待つから。圧力とか権力とか使わなくていいから」

 

「よし、それではこれからどうする?今日、時間があるのなら申込書に記入を済ませて、早速座学に入っておきたいんだが」

 

「そっちもなるべく早くしときたいんだけどな、せっかくこうして訓練できる場所を用意してもらったんだ。もう少し試したいものがある」

 

申請とお勉強はしばし待ってもらい、クロノから距離を取る。

 

学校に行っている間は無用な騒ぎが起こらないようにカラーコンタクトをつけていたが、慣れていないコンタクトに目が疲れたので一度家に帰った時に外しておいた。なので今は眼帯をしている。

 

その眼帯を外してクロノを見据える。

 

「それじゃ再開しようか、クロノ」

 

「代用となる魔法は取り戻しても、まだ身体の方は本調子ではないだろう。後日でいいんじゃないか?」

 

「新技を披露したいんだよ、言わせんな恥ずかしい」

 

「新技……まだ新しい魔法があったのか?」

 

左目(こっち)については魔法じゃなくて使い道だな。マイナスばっかりじゃなかったってことだ。どうせだし、弾速の速い射撃魔法か誘導弾あたりで頼む。そっちのほうがわかりやすいだろうからな」

 

怪訝そうな顔をしながらもクロノは杖を振るう。俺が頼んだ通り、足の早い魔力弾を三発撃ってくれた。

 

そして俺はそれら三発を危なげなく回避する。

 

「少し……少しばかり手を抜きすぎたな。次はどうだ」

 

俺が余裕を持って躱したことで闘争心がくすぶり始めたのか、クロノはこめかみをひくつかせてもう一度魔法を展開させた。さっきと同じ射撃魔法で、数はきっかり二倍に増えていた。

 

そして六発になって戻ってきたそれらを、俺はやっぱり危なげなく回避する。

 

「……小癪な。次は手を変える。そっちの望み通りなのだから文句はないだろう」

 

本格的に対抗意識を燃やしたクロノはすぐに第三波を寄越してきた。種類は誘導弾、数は四発。軌道を読みにくいようにか、全弾秩序だった無秩序な動きをしている。

 

しかし残念ながら、やっぱり特に苦もなく全弾回避してしまう。

 

俺が左目の調子を再確認していると、向かい側から淀んだ笑い声が聞こえてきた。

 

「くっ……ふふははは。以前よりも迷いなく軽快に躱しているな。どんな手法で弾道を見切っているかはわからないが……それならばこちらも奥の手を使おう。病み上がり相手に使うまいと思っていたが」

 

据わった目をこちらに向けて、クロノは周囲に水色の魔力球を(はべ)らせた。数こそ三つだが、その射撃魔法がどのような特徴を有しているか、俺は身に染みて知っている。

 

「おおう……スティンガーレイ、か……。身を入れて試合してくれるのは、ありがたいといえばありがたいんだけど……」

 

例の魔法の砲火に晒された立場としてはトラウマが蘇って少々怖いが、クロノクラスの射撃魔法でも対処できるとなれば、これからの戦略に広がりを持たせることができる。そう考えを改めて、怖気づいて回れ右しそうな足に力を入れて踏みとどまる。

 

練習試合当初とは打って変わって気概に満ちた表情をして、クロノは杖の先端をこちらに突き出した。

 

「ファイア!」

 

単なる演習とは思えない張り上げられた声と、空間を切り裂く水色の輝線。

 

魔力球の待機状態から発射されたと知覚した時には、既に後ろの壁に突き刺さっている。そんな異次元じみた速度が売りのスティンガーレイを、さすがに余裕こそないが確実に避けてみせる。

 

「やっぱり普通の射撃魔法とは格が違うな……。戦闘中に他の魔法と絡めてこられたら厳しいか」

 

俺が自分で自分の評価を下していると、鋭いけれどじめっとした視線を感じた。

 

「…………」

 

言うまでもないが、クロノだ。

 

「……なにをしたんだ。前に手合わせした時は僕の性格を読んで回避したり、弾道に障壁を合わせたりはしていたが、いやそれだけでも充分に驚いたものだが、今回はそれらとは違う。しっかりと事前に予測……いや、確信を持って動いていた……まるで予知だ。その動き、どんなトリックがある?」

 

ずいぶんとテンションが落ちた年下上司のクロノ少年は、声量まで落として言う。あえなく全弾回避されてしまったことが悔しいようだ。どうやって回避されたのか見当がついていないらしく、少年の端整な顔は苦渋に彩られていた。

 

そりゃあまあ、見当なんてつかないだろう。俺だって最初は戦闘の一助になるなんて微塵も考えていなかったのだ。

 

「一応言ってはいたと思うんだけど、状況が状況だっただけにたぶんちゃんと憶えてないんだろうな。左目は光こそ映さないが、魔力の光は映すんだ」

 

「…………は?」

 

「だからな、クロノの水色の魔力が()えるんだよ、左目でも」

 

「それは……左目でも魔法なら見える、ということか?」

 

「ざっくりとした括りならそうなんだろうけど、厳密に区別すると『魔法』じゃなくて『魔力』だな」

 

「元を辿れば魔法は魔力……だから見えた、と?」

 

「詳しくはわからねえよ?左目がこんなことになったのはつい最近だし、人の魔力光が視えるのは気づいてたけど魔法まで、しかもはっきりくっきり鮮明に視えるとは思ってなかった。だから俺も細部まで理解してるわけじゃない。試してみたらそういう結果が出たってだけ」

 

昨日、ユーノと一緒にいる時に偶然左目を通して魔法を見る機会があった。そこでも今のように、目が疲れるので慣れていないコンタクトを外していたわけだが、左目ははっきりとユーノの淡緑色の魔法を捉えていた。

 

いや、これでは正確ではない。右目で見える以上の現象を、左目は認識していた。ユーノが試しに発動したのは防御魔法、障壁を張っていたーーハッキングがこれまで通り使えるかの実験だったーーのだが、左目はただ魔法の障壁が見えるだけではなく、障壁を満たす魔力やその密度まで視認していた。

 

そこで俺は可能性を感じたのだ。なにがしかの役に立つのではないか、と。それでちょうど場も用意してもらったことなので試してみたのである。

 

一対一(タイマン)だったし、魔法が飛んでくると事前に知っていた。距離もあったし、他の魔法による撹乱(かくらん)や追撃もないというトレーニング設定ではあったけれど、まさかクロノのスティンガーレイまで回避できるようになるとは、想定以上の戦果を叩き出したものである。

 

「……いや、それが事実だとしても、待て。それでは僕の攻撃を全て躱せた理由になっていないぞ。ただ魔法が見えやすくなっただけで躱せるほど易しいものではない」

 

「そう、そこだ。魔法が見えやすくなっただけなら大した違いはない。発現した魔法から魔力まで視えるところがキーなんだ」

 

「……なんだか徹の話の進行を上手いこと手伝わされているようで面白くないが、続けてくれ」

 

口をへの字にして若干悔しそうにしているがやはり気にはなるのだろう、クロノが促す。

 

まあまあ、と(なだ)めながら進める。

 

「これは、俺はまったく知らなかったことなんだが、もしかしたらクロノは知ってんのかな?魔力弾の進行方向先端から魔力の線が伸びてんだよ」

 

「魔力の、線……?いや、初耳だ」

 

「あんまりメジャーな情報じゃないんだな。俺も使ってた時は気づかなかったし、考えすらしなかったけど。でもこの話の要点はここなんだよ」

 

「その線は一体何の為に存在しているんだ?僕はそんな線が出ていることすら知らなかったし、少なくともこれまで困ったことはなかった。射撃魔法に絶対必要なものなのか?」

 

「先端から伸びる魔力の線がなんの為にあるのかは、実際に視ている俺にもわからない。わからないけど、その線をなぞるように魔力弾が飛んでいくってことは視ていてわかった」

 

小首をかしげるクロノ。魔力弾の先端から伸びているのならそれは当然だろう、と思っているようだ。注釈を加えよう。

 

「直射型ならそれで当たり前だ。まっすぐにしか飛ばないんだからな。だけど、これは誘導型も同じなんだ。この意味がわかるか?」

 

俺の言葉に、クロノは得心がいったような表情をする。さすが、この若さで執務官という高い役職と地位に()いているだけのことはある。理解力が高い。

 

しかしそのすぐあと、俺を(なじ)るような視線を向けてきた。

 

「それはつまり、直射型・誘導型に(かかわ)らず魔力弾の軌道を先読み……違うな、文字通り先見、先に見ることができる、ということだろう。道理で……最小限の動きで回避できたわけだ」

 

「な、なんだよ……今回は法に触れたわけじゃないだろ」

 

「いつもなにかしら法に抵触する行為をしているみたいな口振りはやめろ。別に卑怯だなんだと騒ぎ立てるつもりはない。ただ、すこしずるいな、と」

 

「『ずるい』と『卑怯』の違いとは……」

 

少々落ち込んでいると、クロノが相好を崩した。

 

「冗談だ」

 

満面の笑みとまではいかないが、それでも柔らかく微笑んだ。

 

どことなく嬉しそうに見えるのは、きっと俺の思い上がりではないだろう。選べる手札の貧困な俺に与えられた新しいカードを、クロノは祝福してくれているのだ。

 

「すまないがあと一つ、いいか?誘導弾はそれで説明がつくにしても、だ。スティンガーレイはどう対処したんだ?自慢に聞こえるかもしれないが、多少威力に目を(つぶ)ってでも弾速に特化したのがあの魔法なんだ。よほど距離が開いていない限り、回避は困難だと思っていたのだが」

 

「ああ、それな。えっと、ここからは俺の推測が多分に入るけど……」

 

「構わない」

 

「それじゃあ。たぶん、魔力の線はフェアリングに似た役目になってるんじゃないかって俺は考えてる」

 

フェアリングというのは、自動車やバイク、飛行機などの前面部に備えられるもので、つまりは空気抵抗を減らすという役割だ。バイクでいうところのカウル、といったほうが伝わりやすくはあると思う。

 

「こっちの世界の物理の話にはなるんだけど、飛翔する物体は高速になればなるほど空気抵抗が増していく。その空気抵抗を低く、ひいては飛翔体の速度を高く安定させ、かつ、命中精度や操作性を上げるために、魔力の線が魔力弾の進行方向に伸ばされてるんじゃないか、ってのが一つの推論。魔力の線を伸ばして空気の流れをコントロールしながら進んでんじゃねーかな、と」

 

「ふむ……たしかにそれなら、速度も命中精度も重要なファクターとなる射撃魔法には必需品となる。真相はわからないが、理屈の上でなら正しいんじゃないか?しかし、その推論がスティンガーレイとどう関係してくるんだ?」

 

「そこなんだけどな……あー、えっと」

 

その後を説明するのは非常に簡単なのだが、つい言い淀んでしまう。

 

クロノの魔法は弾道が視えていても回避するのが難しいくらい優秀だし、この魔力の線が視えるのは今のところ俺だけなのだから知られたところで大して困ることでもないのだけれど、それでもやっぱり言いづらい。

 

先までぺらぺらとよく回っていた舌が急に動きを鈍らせたのを見て、クロノが(いぶか)しむように目を細める。

 

「ここまで仮説を立てているんだ、徹なりの結論は持っているのだろう。何に抵抗を感じているのか知らんが、それが僕を気にしてとかなら構わないから話せ。ここに来てはぐらかされる方がもやもやする」

 

中途半端にお茶を濁した言い回しでは、クロノは許してくれないだろう。

 

仕方ない、迂遠な言い方は避けつつ、本人に悟ってもらえるような言い方にしよう。はっきり言いながらも核心はつかないって、無駄に高度で絶妙な匙加減が必要だな。

 

「んんっ……さっき言ったように、速度に比例して空気抵抗は増大していくわけでな。それが魔法にも適用されているのかどうかは知らんけど、足の遅い魔力弾の場合は視える魔力の線も短かったんだ」

 

ぴくり、とほんの一瞬青筋が立った気がした。いや、たぶん気のせいじゃない。だってクロノの頬が引き()っているんだもの。

 

「ほう……つまり?」

 

「いや、だからそういう……」

 

「要約すると、どういうことだ?」

 

絶対にわかっている。聡いクロノがここまで言って答えに行き着かないわけがない。

 

だが、ここで変に抗うと逆鱗スイッチを撫でてしまいそうで怖い。別に俺が悪いわけでもないのに。

 

意を決して、ストレートを投げ込む。

 

「だから……速度に優れた魔法の場合は、魔力の線が際立って長かった。つまり、異常なまでの弾速を誇るクロノのスティンガーレイは『ここを通ります』って喧伝(けんでん)してんのかってくらいに魔力の線が長かったんだ。なので、視てから回避余裕でした」

 

「徹、お前途中から煽ってきているだろう」

 

「よくよく考えたら俺が萎縮する理由ってないしな。クロノから訊いてきたし、この左目はこれからは俺の武器になるわけだし」

 

「ふっ、ははは。それもそうだ」

 

一周回って踏ん切りがついてしまった。開き直りとも言える。

 

クロノも、腫れ物に触るような態度だった俺が急に堂々と不遜な言い様をしてきたので逆に面白くなっちゃったのか、笑っていた。そもそも最初から本気で頭にきていたわけではなかったろうけども。

 

「ふぅ……まったく。左目の特異性を有効活用した上、さらにサーチ魔法で視野を広げるとは……転んでもたたでは起きないな。……サーチ魔法で思い出した。エイミィから聞いたぞ。プレシア・テスタロッサの使い魔、リニスにサーチ魔法を習いに部屋に行った時、押し倒されていたらしいな」

 

「ぶっ……エイミィのやつなんで言い触らしてんだよ!」

 

「事件の後片付けも目処がついているからそこからの関係性については深くは言及しないが、一応まだ裁判は終わっていないんだ。そういった行為は艦の中では控えてくれ」

 

「控えるも何もそういった行為に及ぼうとも思ってねえよ!ちょっとリニスさんが……あー」

 

「使い魔リニスがどうしたって?」

 

「いや、まあ……いろいろあったんだ」

 

「ふむ?僕も人の色恋に口を出すほど野暮ではない。そういった部分は本人同士の問題だろうと考えているが、エイミィが少しうるさくてな」

 

そういえばエイミィはリニスさんと共鳴していたのだった。早くも行動に移しているのかもしれない。

 

クロノの言葉を待つ。

 

「徹が二股をかけている、と」

 

俺の予想とはかけ離れたとんでもない冤罪だった。

 

「なんの疑惑だ!濡れ衣っ……ていうか、誰と誰に二股かけてることになってんの?いや、そもそも二股なんてしてないんだけど、一股もしてないんだけど」

 

「一股などという言葉はないだろう……。エイミィは『アルフさんに粉かけておいてリニスさんとも(ねんご)ろな関係になってた!卑猥!』と言っていたぞ。そのあたりの真相はいかに」

 

「真相はいかに、じゃねえよ。というか『懇ろ』とはまた古風な……。断言するが二股などという事実はない。なんでそんな疑惑が持ち上がってんだよ……」

 

エイミィが言っていたという『リニスさんとの色々』は、衝撃的なシーンだけを目にしてしまったからだ。あれではそういった深い仲にあると考えても仕方がない、というか逆に深い仲でもないのにあのような体勢になるほうが尚更世間体に悪い。

 

ただ、気がかりな点はある。リニスさんに対しての誤解は仕方がないにしても、アルフに対しての誤解は一体どこで醸成されたものなのか。

 

特段重要ではなかろうが、かすかな違和感が俺の神経を撫でる。

 

答えに辿り着かない俺を置いて、クロノは俺の釈明を受けて納得したふうに頷いた。

 

「やはりエイミィの早とちりだったか。そんなことだろうとは思っていた。とはいえ、僕もエイミィほどではないにしろ多少は気になっていたんだ。フェイト・テスタロッサの使い魔が徹の病室にまで見舞いに来ていれば、さすがにどういった仲なのかと興味は湧く」

 

「そうそう、早とちりの勘違いだ。……ん?見舞い?」

 

「安心しろ、徹。エイミィにはちゃんとフォローしておいた」

 

「まあいいか……。なんだよ、フォローしてくれてたのかよ。そんならいいや……はぁ、助か……」

 

「『徹はもとからそんな奴だ』と言い含めておいたぞ」

 

「助かってない?!そのフォローの撤回も含めてエイミィに説明しといてくれよ頼むから!」

 

「ああ、わかった。気が向いたらな」

 

「それはやらない時に使うフレーズだろ!」

 

全力で突っ込む俺を見て、クロノは再びあどけない表情で笑った。

 

最初出逢ったばかりの頃は、こんなに打ち解けた関係になるとは思いもしなかったものだ。なにせ、初めて顔を合わせた時には、互いに拳と杖を突きつけていたのだから。

 

「使い魔といえば……プレシア・テスタロッサの使い魔、リニスの聴取を纏めた調書を目にしたんだが、徹お前、ジュエルシードを融合型(ユニゾン)デバイス扱いしていると書かれていたぞ。あれは事実なのか?」

 

最初の出逢い方は最悪に近しい有様だったのに、よくこうして親しい間柄になれたものだなあなどと感慨に(ふけ)っていると、クロノが半信半疑に事件当時のことを尋ねてきた。

 

おかしいな、と俺は首を傾げる。たぶんクロノも見る機会はあったはずなのだけれど。もちろんリニスさんとの戦闘中は別行動していたからそちらは無理だろうけど、その後、時の庭園の最下層近くに到達した際には一瞬とはいえ例の格好になっていたのに。まああの時はプレシアさんが近くにいたから、クロノの注意はそちらに集中していたのかもしれない。

 

ともあれ、言葉の使い回しが違うだけでクロノの発言は、あとリニスさんの調書は(おおむ)ね合っている。

 

「本当のことだな。唯一違うのは、エリーと一つになる状態は融合(ユニゾン)じゃなくて和合(アンサンブル)って呼ぶことくらいだ」

 

「アンサン、ブル……?初めて耳にした現象なんだが……。それにジュエルシードと一体化したことについては否定しないのか?」

 

疑ってはいないけれど、荒唐無稽過ぎてすぐには信じられないのだろう。クロノは懐疑的な目でこちらを見てくる。

 

「そりゃ初めて聞くだろうな。エリーと一つになった時に、不便だからってことでエリーが便宜(べんぎ)的に名付けたんだし、否定するもなにも、嘘じゃないんだから否定する必要がないな」

 

「ま、まあ名称はそれでいいとしよう。しかし、ジュエルシードと一体化するという行為は危険ではないのか?徹は知らないだろうが、ユニゾンデバイスが普及しない理由の一つに、事故の多さが挙げられている。その例にはなるが、特に術者の技量とデバイスの性能に開きがある場合、融合事故が引き起こされやすくなるという統計データもあったはずだ。今回のケースも、まさにそれに該当すると思ーー」

 

「問題ない。アンサンブルをしたのも、元はエリーが俺を助けるためにやってくれたことだ。融合事故なんて万に一つもありえない」

 

術者を乗っ取る融合事故に関しては、リニスさんとの戦闘中にもエリーが懊悩(おうのう)していたこともあり、神経質なほどの早さでクロノに反論してしまった。早口だったし声も多少低くなっていたかもしれない。とりあえず表情筋が強張っている自覚はある。

 

それは相当な豹変ぶりだったのだろう。それを証すように、クロノは目も口も開いて固まってしまっていた。

 

「ああ、えっと……だから、心配はいらないってことだ。悪用する気もない。体調に悪影響が出るほど深く繋がることもこれからはないだろうしな。安心してくれ」

 

「そ、そうか。実際にその、アンサンブル……とやらを行った徹が言うのなら問題はないのだろう。その旨を付け加えて報告書を提出しておく」

 

明るい声音を努めたおかげか、ぴりっと一瞬走った張り詰めた雰囲気は霧散した。

 

困り顔は残っているが、クロノも平常通り返答してくれた。

 

「おう、印象いい感じによろしく」

 

「徹の印象を良くしようとするとどうしたって公文書偽造になってしまうんだが、それでもいいか?」

 

「俺の印象ってそんなに取り返しつかないのか?!」

 

くすくすとクロノは笑う。楽しそうでなによりです。

 

「しかし、あのプレシア・テスタロッサの使い魔に勝つほどとは、そのアンサンブルというのはよほど強力なんだな。その力があれば管理局の採用試験も余裕を持って通過できるだろう」

 

「それがなあ……そううまくは運ばないんだなあ」

 

「どういう意味だ?副作用でもあるのか?」

 

「副作用……とまではいかないが、エリーが言うには深く繋がりすぎれば戻れなくなるらしいしな」

 

「副作用どころではないぞ。危ないなんて話ではすまないじゃないか」

 

「いやいや大丈夫大丈夫。そのあたりの繊細な部分はエリーが微調整してくれるし、繋がる深度を浅めにしておけば危険性はぐっと減る。浅いぶんエリーから供与してもらう魔力の出力も落ちちまうけど、それでも俺の自前の魔力量とは比べ物にならない量だし」

 

ふむ、と顎に手をやってクロノは深く考え込む。戦術の一つとして使うべきか検討しているのかもしれない。

 

俺としてはエリーを、今はあかねもであるが、二人を道具のように扱いたくはない。だが、俺に協力してくれている存在として認められれば、管理局にとって得になる存在として認められれば、エリーやあかねに平穏に過ごせる環境を少しは提供できるかもしれない。

 

俺という一個人がどう扱おうと、エリーとあかねがロストロギアである事実は揺るがない。そして今回の一件でロストロギアがどれほど危険物として認識されているかも理解できた。

 

このアースラでは寛容な判断で俺に預けてくれていたが、上層部の人間までそんな器の大きい判断をできるとは到底思えない。危険性があるのなら排除してしまえ、などと考える者も当然いるだろう。厳重に封印処理をしろ、もしくは廃棄しろなんて命令が下れば、今まで認めてくれていたクロノもリンディさんも従わざるを得なくなる。

 

そうなる前に、エリーとあかねへの見方を変えておきたい。戦力になると、なんなら便利とかでもいい。理由はなんだっていいから、とにかく二人を俺のもとから離せば無駄に割を食うことになると知っておいてもらわなければならない。

 

それにはまず、報告をするクロノの心証から良いものにしておく必要がある。前もってクロノに言い含めておいてもいいのかもしれないが、それだと事が悪い方向に転がった際にクロノも巻き込んでしまうことになる。

 

なので、効率は悪くとも安全な遠回りで手をまわしておこう。

 

「なんなら、実際に見てみるか?さすがにリニスさんとやった時くらいに深くはできないけど、浅くてもだいぶ手応えは変わるぞ?今日はエリーもつれてきてるしな」

 

待ってましたと言わんばかりの光量で、ぱぁっと空色の光を振りまきながらエリーが胸元から這い出てきた。

 

なにかあったら大変なのでアースラの中では静かにしているようにという約束を交わしていたのだが、やはり息が詰まるのだろう。ぱっぱかぱっぱか光を放っている。表に出てこれただけじゃない欣喜雀躍(きんきじゃくやく)っぷりをひしひしと感じたりもするけれど。

 

「なんだ、ジュエルシードを持ってきていたのか」

 

「『つれてきて(・・・・・)』いたんだ」

 

「そ、そうだな、つれてきていたんだな。手間がかからないのなら実際に近くで見てみたいな。ついでに軽く手合わせもして……おい、袖から赤いのが出てきたぞ」

 

「ん?ああ、あかねか。どうし、痛いっ!」

 

いつの間にかふわふわと浮かび上がっていたあかねが、急加速して俺の額に直撃した。

 

ちなみに袖からあかねが出てきたのは、普段ブレスレットの一部にくっついて貰っているからである。

 

エリーはネックレスとして持ち歩いているので、あかねも当初はネックレスの台座に載ってもらおうと心積りをしていた。しかし日常的に小競り合いを繰り返しているあかねとエリーを無為に近づけて大事な場所で(いさか)いを起こされるのはちょっと困るので、身に着ける場所を変えて住み分けしたのだ。ということで、結局あかねは右手首のブレスレットが定位置となった。

 

その新しい家族であるところのあかねは、なにやらご機嫌ななめなご様子だ。

 

「膨大な魔力を内包しているロストロギアが、魔力の一切を使わずに体当たりとは……」

 

「これはじゃれてるみたいなもんだからな。よくあることだ」

 

「飼育員みたいになっているな」

 

さっきのあかねの突進は、クロノの目には危険行為とは捉えられなかったようである。

 

あかねの突飛な行動に激怒したエリーを掴んで宥め、俺のおでこを赤くしてくれた容疑者を見やる。

 

あかねは夕暮れ色の魔力を訥訥(とつとつ)と灯した。『なんで俺じゃなくて青いのを選んだんだよ』という文句を言いたいようだ。

 

静かにして待っていたのはエリーだけじゃない。あかねも同じくいい子にしていたわけで、とりわけお喋り好きなあかねにとって、じっと黙って待っているのはかなりの苦痛だったのだろう。これはつまるところ、フラストレーションの発散みたいなものである。

 

「当時の状況を再現するためだ。別にあかねが劣ってるってわけじゃないぞ?」

 

かわいそうな人を見るようなクロノの視線は視界から外し、あかねに声をかける。だが、あかねはぴこんぴこんと暗赤色の球体を点滅させた。理屈はわかるが納得がいかない、というところだ。エリーがなにやら勝ち誇ったように(きら)びやかな光を放っているのも、あかねの神経を逆なでしているのだろう。

 

「わかったわかった。あかねは家に帰ってからな」

 

俺の提案に、あかねはきゅぴんと一際強く瞬くと『しょうがねぇなっ』という風に、もやもやと魔力を漏らしながらブレスレットに戻っていった。

 

代わりに今度はエリーが俺の手の中で悔しげにぷるぷると震え出した。いったい俺にどうしろというんだ。

 

この光景を見ていたクロノがぽつりと呟いた。

 

「賑やかだな」

 

「いいだろ。いつだって退屈しないぜ」

 

退屈どころかゆっくりすらできないが。

 

「でも、なぜなんだろうな。爪の先ほども羨ましいと感じないのは」

 

どうやら、エリーとあかねが賑やかどころか騒がしいことにクロノは直感で気づいているようだ。

 

手首と手のひらから、ぱちぱちと静電気のような刺激。こんな些細な愚痴ですらエリーとあかねには感づかれるらしい。俺のことをよくわかっていらっしゃる。

 

「そんなこと言ってていいのかね。さっきの発言を挑発と捉えたエリーのエンジンは暖まってるぞ。こっちは準備オーケーだ」

 

「ならばちょうどいい。ユニゾン……ではなかったな、アンサンブルとやらの調整がすみ次第、始めてくれ。先手は譲る。そちらのタイミングでいいぞ」

 

クロノはにやりと口の端を釣り上げると、飛行魔法を使って勢いよく後退する。仕切り直しのために距離を取った。着地の前にくるりと後方宙返りするおまけ付きだ。

 

「おお……マジでエンジン暖まってきてる……」

 

クロノの一言をエリーが挑発と捉えた云々は俺の作り話だったのだが、余裕綽々で上から目線にも取れるクロノの言動により嘘から出たまこととなってしまった。菱形をしたエリーの結晶体の半径十センチくらいまで、澄み切った空色の魔力が滲み出ている。手のひらもぽかぽかしてきた。

 

エリーも、やる気は十二分にあるようだ。

 

目をつぶり、左手に包まれているエリーを胸の真ん中に近づける。

 

「行くぞ、エリー…………和合(アンサンブル)

 

リニスさんと戦った時ほど魔力の制限を外すわけにもいかないので、出力はかなり限定的だ。クロノとやればほぼ負けは確実だろうが、それでもどうにか一矢くらいは報いてやる。

 

頭の中でどういう攻め方をするか組み立てていると、身体の奥に温かいモノが入ってくる感覚が到来した。次いで、安心感溢れるぬくもりと、両腕で優しく抱き締めるような柔らかく穏やかな魔力。

 

幾度と重なり、もはや馴染んできてすらいるエリーとの一体化。アンサンブル。今更、異常も失敗もあるわけがない。

 

「ああ、くそ……完璧だ」

 

目蓋を開けば、己を取り巻く環境が違って見えた。

 

左目は機能自体を失っているので見えないままだが、魔力が全身に満ち満ちて流れているぶん、どこかクリアに見える。

 

時の庭園でアンサンブルを使った時とまったく変わらなくて、ある意味残念だ。

 

右目の端では流れるように美しい空色の髪がふわりと揺れて、自分の喉から発されたとは思えない高い声が訓練室の壁に反響する。細く(たお)やかな指と、エリーお手製のバリアジャケットの隙間から覗くすらりとした白磁のような手足。自分の身体なのにぎょっとするほど細いウエストと、あまり意識すると変な挙動に打って出てしまいたくなる胸。下腹部についてはもう触れない。

 

清々しいくらいにまったく変わりがない。百七十センチ近い長身の女性に早変わりである。

 

クロノの顔が半端ないくらいの驚愕に染まったことだけは、気分がよかった。

 

手をぐーぱーして再びこの女性体とエリー謹製のバリアジャケットの感触を確かめていると、俺の意思に反して口元が動いた。

 

「愚かにも、主様を侮ったその罪……思う存分味わわせて差し上げましょう」

 




本当なら前話と今回の話は繋がっていたのですが、長くなりそうなので分割しました。まあ、今回の話も次話に続いてしまうのですが……。


2017/04/09 23:15一部修正
脱字多すぎぃ……

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