そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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 手を握ったまま、顔を真っ赤にしているなのはをまじまじと見る。

 

ちら、と目をこちらに向けてはそらし、視線を向けてはまたそらす。

 

いじらしくてとても可愛いっ!

 

恥ずかしさに耐え兼ねたのか手を離そうとするが、俺は痛くならない程度に握る力を強くして、なのはを逃がさないようにする。

 

「ちょっと……は、はなして……」

 

「なんで? なのはは『徹さん』を守るんだろ? このくらいで何言ってんの」

 

「そ、それと……これ、とは話が……違うって、いうか……」

 

『徹、この動画をとある公的機関に提出すると、あなたはしかるべき罰を受けることになりますが……まだセクハラを続けるんですか?』 

 

 レイハの痛言を受け、なのはの手を離す。

 

なのははまだ、かすかに赤みが残る顔で自分の手を、とろんとした目で見てぼーっとしている。

 

大丈夫か、こいつ? 戦闘の疲れが出てんのかな。

 

「やっぱり、徹さんはいじわるだっ」

 

「はっ、そんなことお前が一番知ってるだろうに」

 

 すこしだけいつもの調子を見せたなのはは、勢いよく顔を上げる。

 

こいつはこうでないとな、張合いがねえから。

 

『それにしてもみすぼらしい格好になりましたね、徹。怪我くらいは治してもらったらどうですか』

 

「そうですよ、少しかがんでください。かすり傷だけならすぐに治療できますから。」

 

 レイハの言葉を聞いたユーノが、なのはの肩から降りて、俺に近づく。

 

俺はなのはに子猫を預け、膝くらいの高さで綺麗に切られてしまっている切り株に腰掛けた。

 

この切り株は、たぶんあれだな、大猫の立派な爪で伐採されてしまったんだろうな。

 

「今回は大きな傷がなくてよかったです。徹兄さんは、無理をしすぎるところがあるので心配なんですよ」

 

「ユーノクンは心配性すぎるところがあるので、俺はそれが心配でーす」

 

「冗談じゃないんですよ! わかってますか?!」

 

「はいはい」

 

 ユーノは喋りながらも手際よく、回復魔法を展開し発動させていく。

 

確か分類は補助魔法と言っていたな。

 

これから使う機会が増えそうだから、今のうちに魔法陣をよく見ておこう。

 

自分でも使えるようになれば、戦い方の幅も広がるだろう。

 

「徹兄さん。あの金髪の女の子……どう思いますか?」

 

 少し離れたところでレイハと話しているなのはを、ちらりと見て、声のトーンを落として聞いてきた。

 

ここから真面目な話をする、ということだろう。

 

「お前もあの子を見たんならわかってんだろ? ……めちゃくちゃ可愛かったな!」

 

 すねの辺りをざくり、とひっかかれた。

 

仕方ないじゃない、ボケれそうだなって思ったら言うしかないじゃない。

 

「真剣に聞いてくださいっ! 冗談言ってる場合じゃないんですよ!」

 

「ごめんってば。……そうだな、いろいろひっくるめて厄介なことになった、って感じだな」

 

 ユーノは戦闘で負った傷を治し終わり、新しく作られたひっかき傷の治癒に移る。

 

「そうです、そういう話をしたいんです。彼女はどこかで訓練を受けたのか、とても強かった。今のなのはでは太刀打ちできないほどに、です」

 

「たしかに強かった。俺は、自分の間合いに持っていくことでなんとか勝負しようとしたけど、結局は完敗したみたいなものだからな。地上に下ろしても圧倒された、空を飛ばれたら尚更だろうな」

 

 金髪の子、フェイトが何歳から魔法の訓練を行っているかは知らないが、なのはと同い年程度であれほどの強さ。

 

才能に加え、努力と経験が裏打ちしているのだろう。

 

「空を飛べねぇ俺じゃあ敵わねぇよ。今の状況じゃ、なのはに頑張ってもらうしか方法はないな」

 

「やっぱり、とお、兄さんもそう思いますか……」

 

「フェイトとの戦闘中で、何か閃きそうになったんだけどな。今のところはさっぱりだ」

 

 あの戦いの中で、何かをつかみそうになったんだが……天啓は閃かなかった。

 

「フェイト……彼女の名前ですか? 何で知ってるんです?」

 

「ん? あぁ、戦い終わって俺の名前教えたら、向こうも教えてくれたんだ。その時、ほんの少し笑ってくれたんだけど、もうめちゃくちゃかわいかったぞ」

 

 俺をじとっ、とした目で見るユーノ。

 

なんだよ、なんでそんな目で見られなきゃいけないんだ。

 

情報を手に入れたというのに。

 

「はぁ……と、兄さんは本当に小さい子を落とすのがうまいんですね。見習いたいとは思いませんが」

 

「おい、おいおいユーノ。どう聞き違えばそんな考えになるんだ、見当違いも甚だしいぞ。俺は、フェイトと正面から戦って、もう一度再戦するという約束をしたから、便宜的に名前を教えあっただけだ。ある種の好敵手みたいなものだろう」

 

「そうですね。心苦しいですが、この事はなのはには伏せておきましょう」

 

 絶対俺の話聞いてないだろ、お前。

 

それとちゃんと『徹兄さん』と呼べよ、また呼び方変える気か。

 

「そんなことはもういいだろ、それよりも大事なことが二つある。フェイトがなぜジュエルシードを欲しているか。もう一つは、ほかに仲間がいるのか、だ」

 

 フェイトはあそこまで、辛そうな表情をしながらジュエルシードを探して、そして求めている。

 

あの子とはすこし話しただけだが、人を傷つけてまで叶えたいという、そんな野望のようなものがあるようには思えなかった。

 

あの子にないとしたら……周りの人間か? あの子の周囲の人間がジュエルシードを欲していて、フェイトはそれを手伝っている、とか。

 

でもそれだけの為に、芯の部分はすごく優しそうなフェイトが、人を傷つけるとは思えない……。

 

これは本人に聞くまで答えは出ないか。

 

「理由の方は考えてもわからないだろう。だから今は、仲間がいるかどうかってところが問題だな」

 

「確実にあと一人はいるでしょうね。単独でジュエルシードほどの危険なものを探しに来ているとは思えませんから。ですが、そう大人数とも思えません」

 

俺も、フェイト一人で探しているとは考えていなかったが、大人数ではないと言い切るような確たる証拠があるのだろうか。

 

「兄さんにはあまりこの感覚はわからないと思いますが、時空管理局というのはとても大きな組織なんです。騒動を起こしながらジュエルシードを集めて、時空管理局という強大な組織を敵に回せば、どういう結末になるかは考えるまでもないでしょう。犯罪者達はできるだけ時空管理局に目を付けられないよう、細心の注意を払うんです」

 

 たしかに……魔導師達が生きている世界がどういうものか、というのは盲点だった。

 

俺やなのはが住んでいるこの世界で例えるなら、『警察に目を付けられた犯罪者は、動きが取りづらくなるし、派手に動けばそれだけ早く捕まることになる』ということ。

 

「つまりは大人数で考えなしに、むやみやたらに探せば、時空管理局の網にかかってしまうから少数精鋭で静かに捜索するだろう、とこういうことだな」

 

「その通りです」

 

 それなら筋は通ってるし、理に適っているな。

 

 ユーノはすべての傷を癒してくれたようで、俺の膝に上がってきた。 

 

というか、お前がつけた傷が一番時間かかってんじゃねぇかよ。

 

どんだけ深々と爪を突き立てたんだ。

 

「それじゃここまでの情報をまとめるか。一つ、相手がジュエルシードを探す理由はわからない、が相当な動機があることは確か」

 

「二つ、仲間が少なくとも一人は確実にいる。今のところ、顔を合わせたのはフェイトという名の金髪の少女だけですが」

 

 二つ目をユーノが言ってくれたので、こまごまとした補足を付け足す。

 

「そして恐らく、その仲間もフェイトと同じくらいか、それに準じる力を持っているだろう。今わかるのは大体こんなところか」

 

 一応把握しやすいよう、敵対する勢力のことを考えてみたはいいが……これは。

 

「言いたくありませんが、お先真っ暗、という感じでしょうか……」

 

「言うなよ……これから戦うにしろ、ジュエルシードを探すにしろ、相手の戦力を推察するのは必要なことなんだから……」

 

 ユーノの言葉に少し暗くなる。

 

相手はたった一人でも強力すぎるほどなのに、こちらの戦力は、才能はあるが経験が足りない小学生と素質が乏しい高校生、喋るフェレットにうるさいデバイスときた。

 

これではテンションが下がるのも無理はない。

 

 でも、力がないのなら今からでも付ければいいのだ。

 

付け焼刃だろうがなんだろうが構わない。

 

刃がついてない刀では戦えないのだから。

 

「戦力はこれから上げていけばいいだけだ、心配すんな。後ろを見るのはいいが、歩みを進めるときは前を向け。自分の後ろに求めるものはねぇんだからな」

 

「兄さんも、さっきまで後ろ向きだったじゃないですか」

 

「良いこと言ったんだからそれを言うなよ」

 

 こいつも中々言うようになってきたな、いい傾向だ。

 

膝に乗っているユーノを肩に移動させ、座っていた切り株から腰を上げる。

 

ユーノに魔法の術式を教えてもらいながら、なのはの元まで歩き始めた。

 

 それよりユーノよ、お前とうとう『徹』すらつけずに『兄さん』って呼んでるんだけど、その辺気付いてる?

 

俺はどう呼ばれようと、特に気にしてないけどさ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 倒れた木に腰掛けながら、子猫にねこじゃらしを向けてふりふりしているなのはを見つけた。

 

子猫はねこじゃらしなど眼中にないらしく、ガン無視してるけど。

 

 なのはに近付き、子猫を回収する。

 

子猫は俺を発見すると同時に、俺の身体をよじ登って頭の上に乗っかったから、回収とは言えないかもだけど。

 

なんだよこいつ、えらく懐いてんな。

 

ユーノを襲ったりもしないようだし、なんだろう、結構賢い猫なのだろうか。

 

「徹さん、すごく懐かれてるね。私、けっこう動物には好かれるタイプだと思ってたのにー!」

 

 俺の頭の上にいる子猫には好かれなかったようだが、なのはは基本的に動物に好かれやすい。

 

以前、公園に遊びに行った時、木に止まっている鳥に『おいでー』っと声をかけたら腕に止まったほどだ。

 

そのあと鳥は俺を見て、命の危機とばかりに逃げたけど。

 

「俺は自分でも、動物にはあまり好かれないと思ってたんだけどな。こいつが変わってんじゃねぇの?」

 

「兄さんは独特のオーラみたいなのがありますから、普通の動物は近寄り難いんでしょうね」

 

 オーラってなんだ、俺人間やめてるみたいじゃねぇかよ。

 

『徹に懐いてマスターには懐かないとは、信じられない獣ですね。あぁ、獣同士、気が合うんでしょうか』

 

「誰が獣だこら、手入れしてやんねぇぞ」

 

 さらりと罵倒してきたので、俺も軽口で返す。

 

『それとこれとは話が違いますっ! 今日は頑張ったのですから報酬を要求します! そういう約束でしたでしょう!』

 

 予想以上にお怒りになった。

 

まさか怒髪天までの距離がここまで短いとは。 

 

「冗談だ、約束したことは守るって」

 

「お手入れって? 約束って何の話?」 

 

 なのはに聞かれてしまった、って当然か、こんな近くで会話してんだから。

 

「レイハに、頑張ったら手入れしてやるって約束したんだ。忠義には報いるところが必要だからな!」

 

『徹に忠誠を誓った覚えはありませんが、お手入れはしてもらいます』

 

 なのはに、俺とレイハの密約を詳らかに説明するわけにもいかないので、聞こえのいいように話を捻じ曲げて教える。

 

「レイジングハートにするんなら私がやってあ

『いえいえ、マスター! それには及びません。私の手入れなど、この徹にやらせておけばいいのです。そういう約束ですから、守らせなければなりません』

 

 お前必死だな、なのはのセリフに食い気味に割り込むとか。

 

一応、なのははお前のマスターなんだけど、そんな扱いでいいのかよ。

 

「そ、そうなんだ。それ、それじゃあ徹さんに任せる、ね?」

 

 レイハのあまりの剣幕に、なのはがちょっと怯えちゃったじゃねぇかよ。

 

こんな時は話を変えよう、そろそろ日も暮れてきたし、猫も届けにゃならんしな。

 

「それより、お前らこれからどうする? 俺は、この猫を飼い主の元まで送り届けないといけねぇんだけど」

 

 お前ら、と言いはしたが、実際はなのはにしか聞いていない。

 

レイハは、なのはと常に一緒だし、ユーノにはなのはの安全を考慮して、行動を共にするようにしてもらっている。

 

ユーノが昨日使った寝床は、すでに高町家はなのはの部屋へと運ばれているのだ。

 

今朝、桃子に『ユーノを置いてほしい』、と頼むと快く了承してくれた。

 

「私は、今日は帰るね。疲れちゃったし……恥ずかしい、し……」

 

 ついさっき、自分が言い放ったことを思い出したのか、また少し顔を赤くして俯くなのは。

 

まだ恥ずかしがってんのかよ、さっきのアレは決意表明みたいなもんだろうに。

 

「そうか、ゆっくり休めよ。ユーノ、あとは頼んだぞ。レイハ、手入れはまた今度してやるから、そんなにぴかぴかさせんな。眩しいんだよ」

 

「じゃあ徹さん、気を付けて帰ってね。あと鷹島さんにもよろしく言っといてね」

 

 ん? なんで、なのはがあの子の名前知ってるんだろう? まぁいいか、些細な問題だ。

 

「ほれユーノ。お前はなのはのところに行かねぇと」

 

「わかっていますが、その前に一つだけ。ないとは思いますが、フェイトという子や、その仲間に襲撃される可能性もあるということだけ、頭に入れておいてほしいと思いまして」

 

 敵対する勢力があるということを両者が知っちまったからな。

 

その可能性もあることはある、か。

 

「俺もそのことは考えたけど、たぶん大丈夫じゃないか? 今日みたいなことはあるかもしれないけど、普通に生活している時に襲ったりはしないと思うぞ」

 

「なぜそう言えるんですか?」

 

 これは俺の勘みたいなもんだけどな。

 

「フェイトは、そこまで非情に徹しきれねぇと思うから」

 

 本当の闘いなら、邪魔する人間がいたら、その相手が油断している時を狙って消す、という策略・謀略を尽くして当たり前とも思うが……あの子にそれができるとは、俺には到底思えない。

 

だから俺は、ユーノに断言する。

 

「ジュエルシードがないなら、フェイトを警戒する必要はねぇよ。ほれ、そろそろ行け。なのは帰っちまうぞ」

 

 俺がそう促すと、ユーノは『兄さんが言うなら』と納得してくれたようだ。

 

俺の頭の上にいる猫に、別れを告げるように手を上げて――猫もそれに返事するように『にゃあ』と鳴き、右前脚を上げ――なのはの後を追った。

 

なにさっきのやりとり……この猫もしかしてめちゃくちゃ頭いいんじゃね?

 

「お前もしかして日本語とか喋れたりすんの?」

 

 猫の頭を撫でながら投げた俺の問いかけに、猫は『にゃあ』と打ち返してきた。

 

俺の予想とは少し違う返事だったけど、これはある意味会話の成立と取ってもいいかもしれない。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 未だに降りようとはしない猫を、仕方なく頭に乗っけながら飼い主の子、彩葉ちゃんを寝かせたベンチまで走っていく。

 

予想以上に時間がかかってしまったので、もう日が暮れ始めて薄暗くなってきている。

 

たぶんもう起きて、帰ってしまっているとは思うが、一応見に行く。

 

自然公園の中にある広場、ここにはバーベキューを楽しめるようなエリアや、子供のために遊具も置いてある。

 

一休みできるようにか、丸みを帯びた屋根の下に何脚かベンチが設置してあり、そこに彩葉ちゃんを寝かせておいた。

 

 ベンチが見える距離まで来た、けどなんか様子がおかしいな。

 

高校生くらいの男三人くらいがベンチを囲んでいるようだ、声も聞こえてきた。

 

「ほらぁ、もぉ暗くなっちゃってぇ危ないからさぁ、俺らが送ってやるってぇ」

 

「そうだよー気持ち悪いおじさんにー攫われちゃうかもだよー」

 

「い、いえ……けっこうです……人を……待ってるのでっ……」

 

「その人来るの遅いじゃん? こんなに小さい子を待たすっておかしくない? その人もう帰っちゃったんじゃない? その人の代わりに俺らが送ってあげるよ?」

 

 三人の男の真ん中で彩葉ちゃんがいた。

 

俺が、寒くならないようにと掛けてあげていた上着を、怯えるように握りしめている。

 

くそっ、俺の馬鹿、もっと早く来ていれば、彩葉ちゃんを怖がらせるようなこともなかったってのに。

 

この怒りは……目の前の三人にぶつけさせてもらうとしよう。

 

「ちっとどいてくれるか? この子は俺の知り合いでな。お前らはさっさとゴミ溜めに帰れ」

 

 相手を挑発するように間に割って入る。

 

こうすれば大抵の馬鹿どもは怒り狂って殴りかかってくる……ん?

 

相手の驚愕に染まる顔を見て、無駄なことも憶えている俺の脳みそが、情報をアウトプットする。

 

「お前ら……前に殴り飛ばしたロリコンどもか」

 

 そうだ、こいつらは以前、聖祥大附小学校の生徒に執拗に絡んでいた変態だ。

 

二人の小学生に、えらくしつこく言い寄っていたので、俺が武力介入して収めたときの三人組。

 

また性懲りもなく、こんなことやってんのか。

 

「ぁ、あ、逢坂……徹……」

 

「せ、聖高の……鬼が、なんでここに……」

 

「え? 僕ですか? 無関係ですよ? 速やかに帰りますよ?」

 

 なに? この反応、鬼か悪魔にでも遭遇したようなリアクション……。

 

「はぁ……じゃあ、さっさと帰れ。次、こんな場面に出くわしたら、本気で警察に連絡するからな」

 

 俺、どんな噂流されてんの……泣きたくなるぞ。

 

次はないぞ、という俺の言葉に『はい! わかりました!』という、元気だけはいい返事を寄越して、ロリコン三人組は言葉の通り、速やかに帰宅の途についたようだ。

 

聞いてて疑問に思うことも言われたが……無血解決して良かった、と喜ぶべきなのだろう。

 

 複雑な思いは投げ捨てて、彩葉ちゃんへ目を向ける。

 

「怖い思いさせてごめんな? もっと早く戻ってくればよかった」

 

「い、いえ、助かりました。ありがとうございますっ」

 

 彩葉ちゃんは『はふぅ』と安心したようなため息をついて、俺に感謝の言葉と一礼をくれた。

 

礼儀正しい子だなぁ、姉と同様、両親の教育をしっかりと受けてるんだろう。

 

ふわふわした長い髪が頭に追従するように一拍遅れて動く。

 

柔らかそうだなぁ、撫でたいなぁ。

 

「そ、それで、あの……ニアスは見つかりましたか?」

 

「ニアス? 子猫の事か? それならここに……」

 

 あれ、頭の上にいない……と思ったら後頭部にいた。

 

走ってきたからずり落ちたのか? ごめんな子猫もとい、ニアス。

 

「よっと、この猫であってる……かな?」

 

 これで間違っていたら探し直しになって大変だけど。

 

「はいっ、この子です! あぁっニアスっ、心配したよぉ……っ、よかったっ……」

 

 彩葉ちゃんは本当にめちゃくちゃ心配してたんだな、泣くほどとは。

 

ニアスも『にゃあ』と、申し訳なさそうに鳴いている。

 

「ありがとうございますっ、本当に……ありがとうございますっ」

 

「いや、別にいいって。俺が一人で見つけたわけじゃないからさ。な、泣き止んで?」

 

 これ以上泣かれると俺のメンタルが大変なことになる。

 

女の子の泣いてる姿は、俺の苦手なものの中の最上級に君臨しているのだ。

 

 彩葉ちゃんに抱かれているニアスが、彩葉ちゃんの涙を拭おうとしているのか、肉球で頬を押していた。

 

……お前、実は喋れたりするんじゃねぇの? 猫の姿をしているだけなんじゃねぇの?

 

ニアスへの疑問が膨らみつつある俺に、彩葉ちゃんが涙をぬぐいつつ、問いかけてきた。

 

「逢坂さん一人じゃない……もしかして高町さんが手伝ってくれてたんですか?」

 

「なのはのこと知ってんの? もしかして同級生だったり?」

 

「はい。高町さんとは同じクラスで、私の後ろの席です」

 

 わぁお、こんなことってあんのかよ。

 

いや、ままあり得る話か? 姉が聖祥大附高校に通ってんだから、妹もそこの小学校に通うのはおかしくはない、か。

 

世間ってのは広くて狭いな。

 

「でもなんで、なのはだってわかったんだ? 俺なにも言ってなかったと思うけど」

 

 誰に手伝ってもらったかまでは、口にしていなかったと思うんだが。

 

「気を失う直前に高町さんを見た気がしたんです。あれ? でもそうなるとあの大きい虎……みたいなのも本当にいたの、かな……」

 

 やばい、思い出しちゃいけないことまで思い出そうとしている。

 

いくらここが自然公園とはいえ、虎を放し飼いにしているなんて嘘は信じてくれないだろう。

 

虎、放し飼いってなんだよ、そんなのはもはや不自然公園だ。

 

「大丈夫か、彩葉ちゃん。意識を急に失った人は、意識を失う前と後の記憶が曖昧になるらしい。夢と現実がごちゃ混ぜになるそうだ。あまり気にしない方がいいぞ」

 

 それっぽいこじつけだが、これはあながち嘘じゃないからな、真実味はあるだろう。

 

「そ、そうですよね、こんなところに虎みたいなのがいるわけない……ですよね。あはは、すいません、寝ぼけてたみたいです」

 

 よし、ごまかせた! こういう時は、回転の速い脳みそがありがたく感じるぜ。

 

 しかし、彩葉ちゃんは本当に鷹島さんに似てるなぁ、笑った顔とかそっくりだ。

 

そりゃ姉妹なんだから当然なんだけど。

 

姉妹で長さは違えど、ふわふわの柔らかそうな茶色の髪も似てるし、顔だちも基本的には瓜二つだ。

 

寝てるときは気付かなかったけど目元が少し違うんだな。

 

彩葉ちゃんの方が少しきりっとしてる、しっかりものの妹って感じだ。

 

 あ、似てるで思い出した。

 

「彩葉ちゃん……お姉ちゃんに連絡した?」

 

「あ……忘れてました……」

 

 鷹島さんの事だ、尋常じゃないくらいに心配してるんだろうなぁ……やっちまった。

 

 


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