そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『なのはのほっぺ』

 

 

「むぅ……」

 

「いい加減機嫌なおしてくれよ、なのは」

 

「だって……わたしもいっぱい心配してたのに、ぜんぜんきてくれなかったし……。それどころか念話の一つも……メールも、電話もっ!ひどいっ!」

 

「それは、うん……ちょっと立て込んでて……」

 

「徹お兄ちゃん、ユーノくんとは会ってたのに!」

 

「いや……まあ、起きたらベッドの脇にいたからな」

 

「だからこれは『せーとー』な『よーきゅー』なの」

 

「……はあ。……恭也が帰ってこないことを祈るばかりだ……」

 

翠屋で働いた翌日、俺は高町家はなのはちゃんのお部屋にお邪魔していた。もちろん、これにはわけがある。何も理由がないのに、家の人がいない時に女子小学生の部屋に入り浸るようなことはさしもの俺でもしない。

 

時の庭園の戦闘から目覚めてこれまで、なのはに連絡を取るのを忘れてしまっていたのだ。連絡関係はすでに恭也等々にしていたので、なのはに生存報告をするのをうっかり失念していた。

 

そして昨日、翠屋から帰る際、恭也に言われたのだった。

 

『なのはがすごくしょんぼりしているから、時間があるのなら顔を見せてやってくれ』

 

と。

 

これでも俺となのはは付き合いが長い。その経験から、なのはは御機嫌斜めも極まれり、といったところだろうとあたりをつけることができていた。

 

あたりをつけた向き自体は間違っていなかった。ただ、その度合いが間違っていた。御機嫌斜めどころではなかった。

 

高町家の玄関に入った瞬間、俺の腹部になのはの頭が突き刺さったのだ。油断しているところへの突撃だったのでクリーンヒットしてしまった。膝を床につけなかったのは、男の子のプライド以外になかった。俺だったから痛いで済むが、俺じゃなかったらそれだけではおさまらないほどの衝撃があった。

 

手作りクッキー(詫びの品)を持参してやってきたのだが、そんなちっぽけなお詫びではお姫様のお腹の虫さんはおさまらなかった。

 

来客()を沈黙させたなのはは玄関から自室まで強引に袖を引っ張り、俺をベッドに腰掛けさせると、ぽむんと膝に乗っかった。この姿勢は、俺がきてから今までずっと、である。

 

「徹お兄ちゃんはもう、大丈夫なの?」

 

俺を座椅子代わりにしてもたれかかり、見上げるようになのはが言う。小さな頭が胸元をくすぐるせいでこそばゆい。

 

なのはの歓迎のおかげで大丈夫じゃなくなるところだったよ、と一瞬口が動きかけたが、仕草がとっても愛くるしかったので意地悪するのはやめておく。

 

「おう、もうなんともないぞ。というかアースラで起きた時からとくに問題は……」

 

なのはには、俺の後遺症について説明していない。心配させたくないし、気遣われたくない。

 

なによりも。

 

ありえないことだが、万が一にもありえはしないことだが、俺のことが原因でなのはとフェイトの仲がどうにかなってしまうのではと、そんな愚かな想像をしてしまったことで口に出すことができなくなってしまった。

 

なのはは強くて、優しくて、賢い子だ。そんななのはがフェイトとの付き合いを変えるなんてことはない。

 

そう思っているはずなのに、俺の怯懦(きょうだ)が、伝えることを避けてしまった。

 

それら内心を覆い隠して、笑顔で言う。なのはがよく知っている『徹お兄ちゃん』の表情で。

 

「とくに問題は……なかったんだけどな」

 

「ならもっとはやく大丈夫だったってことを教えてほしかったの」

 

「ご、ごめん……」

 

なのははじとっとした目で俺を仰ぎ見る。

 

笑顔はもちろん可愛いが、なのははじと目でも愛らしい。心は痛むが、同時に痛んで荒んだ心を癒すようだ。

 

「恭也お兄ちゃんから『徹から電話がきた』ってなんの気なく言われたわたしの気持ちは、きっと徹お兄ちゃんにはわかんないもん」

 

言い終わると、柔そうなほっぺたを膨らませて、ふいっ、と顔をそらした。

 

これはまずい。大変まずい。付き合いは長いが、なのはがここまで根に持つことは初めてだ。

 

以前までならぷりぷりしていても、撫でたり一緒におやつを食べたり気長に話し続けていれば機嫌をなおしてくれたのに。

 

これが成長ということなのかもしれない。安っぽい手段はもう通用しないようだ。簡単には許してくれそうにない。

 

「悪かったって……ほら、あれ。クッキー作ってきたんだ。一緒に食べようぜ」

 

「ふんっ。もうクッキーじゃ……徹お兄ちゃんのクッキーじゃっ、っ、ううぐっ……流されないんだからっ」

 

そうは言うが、俺の膝の上のなのははぷるぷると震えているし、クッキーが入っている紙袋を射抜かんばかりに凝視している。クッキー如きで買収されたくない、されないけれど、それはそれとしてクッキーは食べたいといった様子である。

 

「クッキーじゃだめか……。せっかくなのはに食べてもらおうと思って頑張って作ってきたんだけどな……」

 

「クッキーはあとでおいしくいただくもん!お母さんに紅茶をいれてもらって味わって食べるもん!ごまかさないで!」

 

「ちっ……」

 

悪い意味で大人っぽく、情に訴える作戦に出てみたが功を奏しなかった。

 

「もうっ、もうっ!徹お兄ちゃんには『セーイ』と『でりかしー』がたりないのっ!」

 

それどころか、そんなやり方で丸め込まれると思われたことに(いきどお)ったのか、なのはは怒りを身体で表現した。俺の膝に乗りながらにして、ぱたぱたと動き始めたのだ。

 

なのはは軽いので多少暴れるくらいなら至って構わないのだが、その小振りなお尻までふりふりと動くせいで、男の大事な部分が一大事である。

 

(まか)り間違ってアレがアレしてしまっては、本当にしゃれにならない。そういう(よこしま)な煩悩がなくても、刺激を受ければ反応してしまうものなのだ。

 

とりあえず、なのはの腰あたりを、わしっ、と掴んで動かないようにした。

 

「にゃぁっ!?な、なにするのっ!」

 

「ぱたぱたするからだ。なによりもだな、これはなのはのためなんだぞ」

 

「へ?」

 

意味がよくわからないというように、なのははきょとん顔で振り向いた。

 

やはり狙ってこんなことをしていたわけではないようだ。その点には少し安心した。

 

「まあ……それはさておき。はっきり言うと、俺はなにをしたらなのはが許してくれるかわからない」

 

「むっ!なんでわかってくれないのっ!?わたしはなにか物がほしいわけでも、迷惑をかけたいわけでもないの!ただわたしはっ……」

 

この歳でも女の子は女の子のようだ。男には女心はわからない。

 

なので最終手段である。せっかく久しぶりになのはに会えたのに、ちゃんとお喋りもできないままでは悲しすぎる。

 

「だから、なのはに決めてもらうことにした。一個だけなんでもお願いを聞くから、それで許してくれ」

 

「わたしはっ、徹お兄ちゃんが優しくしてくれたらそれだけでえぇっほんとにっ?!やったぁっ!」

 

なのはが途中まで俺にとって都合のいいことを言っていた気がするが、俺が『なんでもお願いを聞く』と口走った途端に華麗に手のひらを返した。

 

早まった気がしないでもないが、なのはがとても嬉しそうなのでよしとしよう。

 

なのはは純粋ないい子なので無茶なお願いはしないと思うが、ただ一つだけ注釈をつけ加えておくとしよう。

 

「悪いけどつい先日散財したからお財布に余裕はないぞ」

 

散財した理由は姉ちゃんにお供えした料理の食材費、調味料代だ。普段作らない種類の料理ともなると、材料を揃えるだけでそれなりに費用が(かさ)んでしまう。久しぶりにがっつり作って俺も楽しかったからいいんだけども。

 

「わっ、わたし高いのとか、そんなの買ってなんて言わないもんっ!」

 

「おお、そうだな。なのはは優しいからな。助かるよ」

 

「うんっ。でも、なにをお願いしよっかなぁ……」

 

ぐむむ、となのははお願い事を真剣に考え始めた。

 

なのはが長考に入って俺は暇になってしまったので、意識をなのはから外して、部屋に置かれている勉強机へと向ける。正確には、勉強机の天板に敷かれているキュートなハンカチの上の、三つの宝石に、である。

 

一つは空色をした菱形、エリー。一つは赤色の球体、レイハことレイジングハート。もう一つはレイハと同じくらいか一回り小さいくらいの濃い赤色の玉、あかね。その三人が、なのはの勉強机の上で交流(・・)していた。

 

その三つの宝石はぴかぴかとけたたましく発光している。光の明滅によるモールス信号みたいな印象だ。本人たちはそれで交信できているのかもしれない。

 

エリーは以前から、最近はあかねの(またた)きも理解できるようにはなったが、さすがに俺に向けられた光でなければその意思を読み取ることはできない。

 

ただ、三人の議論が白熱しているということは外野からでも見ていてわかる。明滅が速く、光が強い。人間で言うところの口論に近い。なにを話しているか内容まではわからないが、率先して加わりたくはない。

 

なのはが俺のお話相手になってくれたら良かったのだが、残念ながらそうはならなかった。

 

「ぅぅううっ!決められない!ごめんなさい、徹お兄ちゃんっ!ちょっと作戦会議してくるっ!」

 

「えっ?!作戦会議って……おい、なのはー!」

 

発言の真意を確かめようと呼び止めるが、なのはは俺の膝から飛び出し、ぴかぴかと眩しいくらい光っている三人の近くに置かれていた携帯を握りしめて部屋を出て行ってしまった。

 

残された俺は仕方がないので、煌々にして囂々(ごうごう)と視覚的にうるさい三人の輪に入る。

 

「……なにをそんなに騒いでんの?」

 

『徹!この色情魔!』

 

俺が近くに来たことを認識したレイハは、俺の目線の高さまでぶわっと急浮上した。浮かんでいることもあるから飛べるんだなとは思っていたが、このような機敏な動きができるとは。

 

「挨拶もなしに罵倒されたのは初めてだな……。はいはい、エリーもあかねも怒んなくていいんだぞ。レイハは口が悪いのが平常運転だから」

 

レイハが早速俺に暴言を吐いたことで、エリーとあかねが血気盛んに輝いた。

 

俺はレイハが失礼なことを言わなかったら逆に心配になるくらいに慣れてしまったが、エリーとあかねは違う。言葉の裏に異なる感情が隠れていることを知らない二人は、その無礼極まる物言いで怒り心頭に発して、互いにもやもやとした魔力を帯びだした。

 

俺のためにそこまで怒ってくれるのは嬉しい。嬉しいが、ただ、エリーとあかねが暴れると手加減をしたところでなのはの部屋が丸ごと消し飛ぶことは保証されている。下手をすれば地図が書き換えられてしまうので、ここは一つ抑えてもらおう。

 

二人に手を被せる。するとどちらもすぐに魔力を引っ込めた。俺にも危害が及ぶかもしれないと一考してくれたのかもしれない。

 

「ふう……そんで?なんでレイハはそんなにお怒りなんだよ」

 

『なんで、とは白々しい!私が監視していなければ徹はすぐこれです!いやらしい!』

 

「なにに怒っているのか、そしてなにがいやらしいのか俺にはさっぱりわからない……」

 

『そこの青いのと赤いの、短期間のうちに二つと身体を重ねたそうですねっ!けがらわしい!』

 

レイハも赤いじゃん、とは言えなかった。火に油を注ぐ趣味はない。

 

「身体を重ねたってなに言って……ああ、和合(アンサンブル)のことか。どちらかというと心を重ねてる代物だし、別に風紀を乱すことでも……」

 

『乱れています!倫理観が既に乱れています!』

 

「必要に迫られたからやったんだぞ。そのおかげは俺は助かったし、二人もどうやら悪い気はしないらしくて喜んでる。誰も不幸にも損にもなってないだろ」

 

『「ヤった」!?「悦んでる」!?挙げ句の果てに「みんな幸せ」!?自分の行動に責任を取らないのですか?!このすけこまし!遊び人!』

 

「いやいやいや、言葉のニュアンスを微妙に変えていくなよ。捏造(ねつぞう)だろそんなもん」

 

『いつだって泣くのは女なのです!女の敵!ケダモノ!』

 

「よくそこまで罵倒の文句が出てくるもんだな……一周回ってすごいとさえ思えてきた」

 

『青いのと赤いのにやるくらいなら、私でもいいではないですか?!』

 

「話の主旨が変わってきてるぞ……」

 

レイハの発言に、エリーとあかねが俺の手の中で(にわ)かに色めき立つ。手から脱出してレイハに抗言したいのだろう。またややこしくなるので二人ともしっかり握って逃げ出せないようにする。

 

エリーもあかねも忘れているのだろうか。誰とでも何とでも自由にアンサンブルできるわけではないというのに。

 

「……あのな、レイハ。誰とでもできるわけじゃないんだよ。それにお前はなのはのデバイスだろうが。それこそ浮気になるんじゃないのか?」

 

『うぐ……そ、それは……。しかし、私も……と、徹と……っ』

 

「アンサンブルはな、簡単なものでも安全なものでもないんだよ。エリーもあかねもそのあたりうまいこと調整してくれてるけど、わずかばかりはリスクがある。それにアンサンブルには条件もあってだな……互いへの強固な信頼と、こいつらの特徴である……

『し、信頼ならっ!私だってしています!そこの青いのと赤いの以上に!』

 

「そこはレイハなら大丈夫だと思ってるって。話は終わってないんだ、とりあえず聞いてくれ。……そしてエリーとあかねも落ち着け。信頼の度合いなんて比較のしようがないだろ?」

 

レイハの迂闊(うかつ)な言動で再び騒ぎ始めた二人を(なだ)める。話を進めるのも一苦労だ。

 

「……続けるぞ。必要なのは信頼ともう一つ、こいつらの特徴であるエネルギーの結晶体ということだ。だからこそ、融合型デバイスみたいに一体化するための特別な処理をしなくても、身体の内側に入って一つになることができる……んだと思う」

 

正直、自分の身に起きていながら、和合(アンサンブル)という現象がどういうロジックのもとで成り立っているのかわかっていない。アンサンブル状態の時は魔力色まで変わっていたので、おそらくはリンカーコアと溶け合うことで身体に影響を与えているのだと推論を立てているが、確かめる術もないので実証はできていないのだ。

 

ともあれ俺の推測では、融合型デバイスでない限りは、エリーやあかねのようなエネルギー結晶体でなければ一体化現象は起きない。レイハはインテリジェント型のデバイスなので、おそらく不可能だろう。

 

『っ…………』

 

俺の説明を聞いたレイハは、その身に宿す光すら微弱なものにして黙り込んだ。もといたハンカチの寝床まで、墜落しそうなほどふらふらしながら戻った。

 

レイハにとって、アンサンブルできないということはそれほどまでにショックを受けるほど重要な事柄だったのだろうか。こうして通常状態でお喋りもできるのだから何も問題はなさそうに俺は思うのだが、どうやらレイハはそうは捉えていなかったらしい。

 

そこまで落ち込まれると仕方のないこととはいえ、申し訳なくなってしまう。

 

「んー……。でもなあ……無理して予期しなかった事故があったら困るしな……って、おい、あかね?」

 

レイハの尋常ではない落ち込みように力が緩んでしまったその隙に、あかねが俺の手から抜け出した。ふよふよとゆっくり浮かび上がり、緩やかな速度でレイハの近くに着地した。

 

『っ、あなたの同情など受けません!』

 

そう怒鳴って、あかねから離れるようにレイハが浮かび上がる。

 

あかねはレイハを追おうとはせず、ぱぱぱっ、と優しげな色味で短く点滅した。レイハと何やら言葉を交わしているようだ。

 

『……良いのですか?おそらくそれは、あなたにとって見ていて心地の良い光景ではないでしょうに』

 

レイハの返事に、あかねはやはり端的に明滅した。

 

「どんな会話してんだろ……。わかんないんだよなあ……」

 

どうやら平静状態ではないらしく、レイハは言語を発していたが、あかねはいつも通り発光による意思伝達だ。とても内容が気になるのに、直接俺に向けられた信号ではないので解読できない。

 

『あの子は、あの口の悪いデバイスに提案しているのです』

 

すごくもどかしい思いをしていると、頭に凛として涼やかな声が響いた。エリーが、言葉のやりとりが可能な程度に、ごく浅くアンサンブルしたようだ。

 

『提案?なにを言ったんだ?』

 

『簡潔に述べますと、一つになることはできずとも、デバイスとして使って頂くことはできるだろう、という旨です。あれだけ棘の多かったあの子がこのような提案をするなんて、成長したのですね』

 

『あかねが……』

 

『人の為に生み出された私たちにとって何よりも辛い事は、使ってもらえない事。自分の運命すら(ゆだ)ねると誓った主の役に立てないのであれば、それは殊更にです』

 

『でもレイハはなのはのデバイスだぞ?俺に対してそんな……』

 

『不肖私は……おそらくあの子も、この身を捧げると誓った主は貴方様ただ一人。しかし、みながみな一人とは限らないのでしょう。……あの口の悪いデバイスのように、主と定めた人間は一人でも、それと同等に強く想う人間が他にいたとしてもおかしいことではありません。間違っていることでもまた、ありません』

 

私個人としては実に不愉快ですけれど、と微かに笑うように、エリーは挟んだ。

 

『あの子は、辛さを知っていますから。自分らしく振る舞えない苦しさと悲しさを、痛みを知っていますから、あのデバイスに助言したのでしょう。他人の痛みに共感できるくらいには、あの子も成長したのですね。……そう本人に言っても、きっとあの子は認めないでしょうけれど』

 

『はは、そうだろうな、あかねは。……帰ったら褒めてやらないと』

 

『ええ、そうしてあげてください。……では、不肖私は主様より下賜されました台座へと戻らせていただきます。あの子の精神的成長が所以(ゆえん)とはいえ、主様があのデバイスをお使いになるところを目にするのは看過に耐え難いので』

 

『……お前は相変わらずで安心するよ』

 

エリーがアンサンブルを解き、ふわふわと浮かんで襟元(えりもと)から服の内側に入ってネックレスの台座にかちりと音を立ててくっつく。

 

台座に戻りやすいようにネックレスを引っ張り出そうとしたのだが、その前にいそいそとエリーは服に入ってしまった。その際に妙に地肌を撫でていったように思うが、気のせいだろう。

 

「レイハ」

 

『……徹』

 

声も光も弱々しく、レイハは返事をする。

 

「あー、えっと……そうだ。一度お前がつくったバリアジャケットを着てみたかったんだ。用意してくれないか?」

 

『……マスターが着ているのを、ですか?』

 

「お願いだからそれ以外で頼むわ」

 

声にいつもの張りはないが、冗談が言えるくらいには調子が戻ってきているようだ。

 

「……デバイスを触った経験に(とぼ)しすぎて、なにしたらいいかわかんねえ……。俺、なにかすることあるか?」

 

『マスターから一時的に貸与されたという(てい)で起動します。ボイスコマンドを。「set up」で構いません』

 

「おう、そんじゃ……『set up(セタップ)』」

 

『無駄に発音がいい……』という失礼な言葉を聞きながら、俺は光に包まれた。

 

真っ白な光のカーテンが取り去られた頃には、俺が着ていた服は綺麗さっぱりなくなっており、レイハデザインのバリアジャケットに早変わりしていた。

 

俺の戦術に合わせてか、拳から前腕はガントレットで覆われている。攻撃手段であると同時に防御にも使えるように、という配慮だ。それと同様の方針で、ロングブーツのような形状の防具。硬いはずなのに見た目より柔軟で動かしやすい。機動力重視であることを知っているからだろう、メインウエポンである手足以外は敏捷性能優先の軽装で、例外は左胸部につけられたブレストプレートくらいのものだ。即死しなければどうとでもできるという俺の思想をよくわかっている。

 

『全体的な色使いはマスターのバリアジャケットから拝借しました。いかがですか?』

 

「着心地はいいんだがな……」

 

レイハの言葉通り、イメージとしてはなのはのバリアジャケットの男性用、みたいな感じだ。白を基調として、青で縁取る。単調にならないように、かといって品を失わない程度に金色をアクセントとしてちりばめる。

 

さすがはなのはの衣装(バリアジャケット)を手掛けたレイハ。センスがいい。いいのだが。

 

『……なぜでしょう、似合いませんね』

 

「自分でもわかってんだよそんなこと。改めて言ってくれるな」

 

問題は、致命的なまでに俺に似合わないことだった。

 

おそらくエリーとアンサンブルした姿であればもう少しまともに映えるだろうけれど、今の俺ではどうにもしっくりこない。

 

あかねは微弱な光を連続的に明滅させて笑いをかみ殺している風だし、服の内側にいるエリーはどうにか堪えようとしているがやっぱり堪えきれずにぷるぷると振動している。

 

せめてお世辞の一言くらいあってもいいんじゃなかろうか。

 

『徹のイメージカラーに白色がないからでしょうね。清らかな印象が徹には不足しています』

 

「まだ言うかよ!なのはのバリアジャケットをモチーフにしたからこうなったんだ。きっとバルディッシュにフェイトのバリアジャケットをモチーフに男性用を作ってもらったらこうはならない!」

 

『……いいのですか?あのバリアジャケットをアレンジすれば、色合いはともかく露出狂のような結果になりかねませんけど』

 

「……否定できないな」

 

フェイトのバリアジャケットは、黒のスクール水着に正面の開いたスカート、そこにマントを羽織らせたような、とても、そう。とても個性的なデザインなのだ。バリアジャケットの製作をお願いした際にその流れを汲んでしまったら、とんでもないことになる。あの常人には(おか)し難い一風変わった衣装はフェイトが着るから許されるのだ。いや、あの年頃のフェイトが着ているからこそ許してはいけない気もするけれど。

 

「俺が着たからこんな感じになっちゃったけど、しかしこのバリアジャケット、しっかり細部までこだわって作られてるな。今この場のアドリブとは思えない仕上がりだ」

 

『いえ、前々からデザインは練っていたのです。マスターと似たような雰囲気で徹が着るとしたらどんな感じだろうと妄そ……想像しながら完成させました』

 

「そんなところで貴重なストレージを圧迫するなよ……」

 

『それよりっ、どうです、このバリアジャケットは!実用的でしょう!』

 

「実用的……実用的ねえ」

 

『なんですか?私の設計に何か不具合でもあるというのですか?』

 

「不具合じゃねえよ。ただ……実用的じゃあない」

 

『何を言うのです!喧嘩ですか?!買いますよ!』

 

「短気か!」

 

デバイスモードのレイハが鋭い光を放つ。あえて俺に向けているようで、とても眩しい。

 

それはともかく、デバイスモードのレイハを握っている俺という絵は、違和感があるとかそういったレベルを超えている。犯罪的なまでにそぐわない。

 

「あー……性能は申し分ないんだけどさ」

 

『ではどこに文句があるのです!?』

 

バリアジャケットは、衣服や金属プレートによる防御力強化のほか、目には見えないが魔導師の全身へ防御フィールドも展開する。魔導師の命を守る素晴らしい代物だ。

 

とくに俺が着用に及んでいるバリアジャケットは、レイハが念入りに微に入り細に入りこだわった特注品。防御力も信頼に足るだけのもので、似合う似合わないはともかくこれ着て戦えたらなあ、などと妄想もしてしまう。

 

しかしながら。

 

「……バリアジャケットを展開するだけで魔力消費がやばい」

 

『あら……』

 

バリアジャケットは魔導師の魔力によって編まれているのだ。性能を引き上げようとすれば必然、注ぎ込まれる魔力量は増大する。

 

なのはやフェイト、クロノやリニスさんクラスならば、バリアジャケットの一着二着程度の生成に費やされる魔力なんぞ歯牙にも掛けないだろうが、保有魔力量に難がある俺にとってはその魔力ですら惜しい。

 

「怪我は少なくなるかもしれない。だが、これだと持久力もなくなるな。数分もすればガス欠だ」

 

『……少々興が乗ってしまい、あれこれと詰め込み過ぎましたか。マスターのバリアジャケットよりも(かさ)張ってしまったのがいけませんでしたね』

 

「確信犯じゃねえか!なのはのバリアジャケットよりも消費量多くして俺が扱えるわけねえだろ!」

 

『き、機能は万全です!落下防止にリアクターパージも付属していて……』

 

「防護に魔力かけ過ぎて戦うための魔力切らしてたらただの馬鹿野郎だろうが。レイハはなのはの魔力量に慣れ過ぎてんだよ。俺の魔力量の少なさを甘く見るんじゃねえ」

 

『なぜそんなに胸を張って断言しているのですか……』

 

レイハがため息をつきながら言う。呆れてはいるが、さっきまでの落ち込んだ様子はもうない。元気になったようで何よりだ。

 

久しぶりに行うレイハとの掛け合いに興じていると背後で、がちゃり、と音がした。扉が開いた。

 

「徹お兄ちゃんっ!お願いごと決まっ……なにごと」

 

バリアジャケットの展開を解くのを忘れていた。妙に着心地がいいのが悪いのだ。なぜレイハは着心地にまでこだわったのか。

 

「ああ、なのは。おかえり。俺もバリアジャケット着てみたいなって思ってたから

「わたしのバリアジャケットを?」

 

「レイハに作ってもらっ……違うわ!普通のバリアジャケットを、だ!だからレイハに作ってもらったんだよ。デザインはなのはのバリアジャケットを下敷きにしてるから、色使いとか似てるだろ?」

 

「うんっ!似てるっ!これでわたしがバリアジャケット着てとなりに並んだら……ぺ、ペアルック、みたいだよねっ」

 

「レイハは一人しかいないから同時に展開できないけどな」

 

「そういうこと言わなくていいのっ!そこは『そうだな』でいいのっ!」

 

「できるかもしれない、とかって変に期待させたら悪いなって思って」

 

「おっ『お揃いで着てたら恋人に間違えられちゃうかもな』でっ、いいのっ!」

 

「……そんなに恥ずかしそうにするんなら言わなきゃいいのに」

 

「うるさいにゃあっ!……うるさいなあ!」

 

「言い直しても手遅れだぞ」

 

お顔を真っ赤に染めながらしどろもどろになっていた。怒った顔も可愛いが、恥じらう顔もやっぱり半端なく可愛い。なにしててもなのははかわいいなあ。

 

ほほをふくらませて腕を組んでいたなのはだったが、もう一度俺を見て、そこからじっくり眺めた。

 

小首を傾げて、桜色の柔らかそうな唇が動く。

 

「なんだろう……わたしのバリアジャケットと似てるけど、似てるんだけど……似合わないの」

 

「うるせえ!その(くだり)はもうやったんだよ!生意気なこと言う口はこれかー?」

 

「むみゅっ!や、やめへぉ、徹お兄ちゃん(とほうおにぃひゃん)っ」

 

なのはのほっぺたを摘んでふにふにする。感触はもちもちで、手触りはさらさらだ。ずっと触っていたい。商品化されないかな、『なのはのほっぺ』とかって。

 

ちなみになのはの頬を触るだけのためにバリアジャケットは展開を解除した。籠手があってはなのはの感触を味わえない。なのはの頬とバリアジャケットでは、優先度が違いすぎるのだ。

 

『徹、既に法に触れています』

 

「忠告するんなら法に触れる前に言うべきなんじゃ……」

 

『それ以上マスターへの蛮行は許しません。拘束します』

 

なのはをふにふにしている俺の手首に不可視の鎖が巻きついた。俺の魔力を使った、俺の拘束魔法だ。史上初ではないだろうか、自分が使っているデバイスに拘束される魔導師というのは。

 

「残念だったな、レイハよ。……お前は知らない」

 

『何をです!』

 

「はんでもいいひゃら、はやく()(はら)ひてぇ……」

 

「なのはの拘束魔法ならまだしも、俺の拘束魔法は(もろ)いんだ。一本出したところで役には立たないんだぜ」

 

俺は言い終わる前に、なんなら言い始める前に、鎖を破壊する。俺の拘束魔法の術式なんて俺が一番よく知っている。これをハッキングして壊すなんて、息を吸って吐くより容易だ。もともと強度は推して知るべしだし。

 

『なんと……っ。これほど脆弱な拘束魔法など、私は知りません!』

 

「やめろ、やめろ。泣いてしまうだろうが」

 

物理的な拘束魔法はぜんぜん役に立たなかったが、精神的な口撃は大ダメージだ。一撃でメンタルをごりっと削られた。

 

この間もなのはの頬をもにゅもにゅし続けていたが、なんならこれからもずっともにゅもにゅし続けたかったが、胸のあたりでエリーがちくちくぱちぱちと魔力を弾けさせているし、あかねは不審者を察知した警報みたいに光り輝いている。このあたりが引き際か。

 

「むみゅぅ……」

 

「悪かったな。ちょっとなのはのほっぺたの虜になっていた」

 

珍妙な鳴き声をあげるなのはの頬から、非常に名残惜しくはあるが手を離す。なのはの柔肌に跡がついてしまっては大変だ。無論、跡がつくような力ではつまんでいないが。

 

「も、もうっ、離してって言ってたのに……。にへへ……」

 

なのはは俺に摘まれていた頬をさすり、ぼそぼそと文句を呟きながら笑みを浮かべた。

 

「…………」

 

『…………』

 

「やりすぎたか……?」

 

『徹っ……これでマスターがあらぬ道へと進んでしまったらどうするのですかっ……』

 

「それは、もう……なのはにはそちらの適性もあった、としか……」

 

『反省の色が見えません!責任を取りなさい!』

 

「あっ!忘れてた!お願いごと!」

 

にへら、と頬を緩めるなのはに聞こえないようレイハとこそこそ密談していると、先程よりも笑顔の輝度を跳ね上げさせたなのはが突然叫んだ。

 

そういえば、部屋を出て行った理由はお願いを考えるためだったのだ。なのは曰く『作戦会議』らしいが、いったい誰と何の作戦会議をしていたのやら。

 

「戻ってきた時も言ってたな。決まったのか?俺にできる範囲で頼むぞ」

 

「う、うんっ。あ、あの…………とを」

 

つい先ほどまで華やかな笑顔を咲かせていたのに、いざ言う段階になるや俯いてもじもじし始めた。

 

「え?ごめん、聞こえなかった。もう一度言ってくれ」

 

「だ、から、あぅ……。……ぇとを」

 

なのはらしからぬか細い声だったので聞き取れず、聞き返したのだが、声量はほとんど変わらなかった。

 

落ち着きなく指を絡ませて、視線は下げたまま。緊張でもしているのか耳まで紅潮させ、息づかいも普段より荒い。

 

言うだけでそこまでの覚悟を必要とするお願いとは、何なのか。

 

俺はなのはからどのような無理難題を命じられようとしているのだろう。賢く優しいなのはが、俺の財政状況を加味して考えてくれていることを祈る。

 

なのはは覚悟を決めたように、こく、と喉を鳴らすとはっきりと目を見開いて俺を見上げた。

 

「でっ、デート!してください!」

 

予想の斜め上だった。

 

「デート……どこか遊びに行くってこと、だよな?それなら全然構わな……」

 

「ちがうもんっ!で、デート……だもん!」

 

「デート……デートか、そうか……。ううむ……な、なあレイハ、お前はどう思……」

 

『ーーーー』

 

「だめだ、あまりのショックでフリーズしちまってる……」

 

どうすればいいのかレイハに相談したかったのだが、このお賢い優秀なデバイス様はしばらく使い物になりそうにない。

 

「だめ、なの?徹お兄ちゃんは『なんでも』お願いごと聞くって言ってたのに……。そんなにわたしと……で、デートするの、いやなんだ……」

 

俺がなかなか了承しないからだろう、なのははしょんぼりと肩を落とした。悲しそうに眉尻が下がる。

 

そうなのだ、俺は明言してしまっているのだ。お金が絡むこと以外ならなんでも聞くと、約束したのだ。なのに『やっぱりそれもだめ』などと断れば嘘をついたことになる。

 

なによりも、なのはが俺のせいで落ち込んでいるのだ。きちんと責任を持ってけじめをつけなければいけない。小学生とデートってどうなのだ、という問題を抱えることにはなるが、これも致し方なし。

 

「……わかった。デート、だな。……お安い御用だ」

 

「ほ、ほんと?!やったぁっ!」

 

「そういえば一緒にどこかに出かけるのも久しぶりだな。予定も先に詰めとくか。いつにする?」

 

「あっ、えっと……また作戦会議しなきゃだから、いつ行くかはもうちょっと待ってて!」

 

「俺もここ最近ばたばたしてるから日にちが先送りになるのはいいんだけど……さっきも言ってた作戦会議って、なに?誰とやってんのそれ」

 

「だ、だめなのっ!協力者についての情報はばらしちゃだめだから!」

 

「別にその協力者とやらを問いつめるつもりなんてないんだから、教えてくれてもいいだろうに……」

 

「教えない!あ、協力者で思い出した。ちょっと前にアリサちゃんと遊んだんだけどね?」

 

「お、おう……」

 

協力者で思い出して、そのすぐ後にアリサちゃんの名前を出してしまっては、アリサちゃんが協力者だと白状しているようなものなのだが。まあなのはは協力者の名前を伏せておきたいらしいので言及はしないけれど。

 

「その時に会う機会があったら伝えておいてって言われてたの。えっと……たしか『この前の貸し、そろそろ返してもらうわ』だって。徹お兄ちゃん、ありさちゃんからなにか借りてたの?」

 

「貸しって……ああ……。その案件もあったんだったな……」

 

アリサちゃんへの借りというのは、自然公園で絡んできた野郎連中の後片付けプラス女子バスケットボール部の部員たちを家に送ってもらった一件のことだ。あくまでもそれらをやってくれたのは鮫島さんであってアリサちゃんではないのだが、執事を貸したということでアリサちゃんへの借りということになっていた。

 

「とんでもないことを言いつけられそうで怖いなぁ……」

 

あのお嬢様なら純真無垢にして天真爛漫な笑顔で、常識から逸脱した突拍子もないことを言ってきそう。戦々恐々である。鮫島さんにもお礼をしなきゃいけないから、行くことは避けられないのだが。

 

近い未来を想像して遠い目をしていると、くい、と袖を引かれた。

 

「ユーノくんから聞いたんだけど、徹お兄ちゃんは今でもちょこちょこアースラに乗ってるんだよね?」

 

短く返事をして頷く。

 

最近は嘱託魔導師試験のための『お勉強』でちょこちょこどころではないくらいの頻度で乗艦しているが、訂正するほどではない。

 

「フェイトちゃんと、会えたりできた?お顔、見た?」

 

「いや、まだ……会ってない」

 

「そっか……徹お兄ちゃんでも会えないんだね。フェイトちゃん、元気かな……」

 

寂しそうな笑みを、なのはは浮かべた。

 

一時は顔を合わせれば戦闘になるほど対立していたが、時の庭園ではなのはとフェイトは友情を育んでいた。戦友と、親友と呼べるまでに仲を深めていた。それほど親しくなれたのに、すぐにお別れになってしまって寂しいのだろう。寂しく思わないわけがないのだ。

 

「できるかどうかはわからないけど……リンディさんに会えないか聞いてみる。会えたら、フェイトに伝えとくよ。なのはが会いたがっていた、ってな」

 

俺がそう言うと、なのはの表情は、ぱぁっ、と一気に華やいだ。

 

なのはは小さな手で、俺の手をぎゅっと握る。輝かんばかりの笑顔で見上げた。

 

「うんっ!おねがいね、徹お兄ちゃん!」

 

 

 




レイハさんが絡んでくると話が弾んでしかたないです。危うくもう一話伸びるところでした。

次はアリシアを予定しています。
アリシアはアリシアでクセが強くなってしまいまして……。

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