そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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今回は短めです。


また、もう一度。

帰宅部四人が混ざるという、よくわからない異種練習試合が始まる。

 

チーム分けは長谷部と太刀峰の独断により決められた。

 

男が俺と恭也の二人いることから、それぞれを頭として組まれ、『逢坂チーム』は俺、長谷部、太刀峰、鷹島さん、笠上さん。『高町チーム』は恭也、忍、あとは女バス部員の三人となっている。

 

なかなかどうして、いい編成だと思う。

 

俺と恭也を別々にしたのは身長的なアドバンテージや運動能力的に当然としても、鷹島さんをなるべく初めて会った人ばかりの中に入れないよう配慮した点は褒めたい。加えて、言い方は悪くなってしまうがどうしても戦力ダウンとなってしまう鷹島さんのぶんの穴を埋めるように長谷部、太刀峰の連携の取れる二人を配置している。笠上さんは俺以外の男の近くには寄れないので、こちらのチームに配属となった。ここでも気配りがなされている。

 

長谷部と太刀峰以外の女バス部員の実力を俺は知らないので評価が難しいが、相手チームには恭也と忍がいる。恭也は言うまでもなく、忍もスポーツ全般が得意だ。しかも俺と違って、二人は誰とでも一定の水準までチームワークが取れる。脅威であると同時に少々泣きたくなってくる。

 

試合開始のジャンプボールの際のボールは、審判をやれるほど人数にゆとりがないのでじゃんけんで負けたチームのうちの一人が担った。俺と恭也で行い、僅差で俺が競り勝った。

 

ボールはてんてんと転がり、太刀峰が最初にキープし、長谷部にパス、俺へと回ってきた。

 

どこから攻めようかと思案していると、すぐに俺の前に忍が躍り出る。目つきがいつもより鋭いのは、おそらく俺の勘違いじゃない。

 

「ねえ、私バスケのルールを全部は覚えてないんだけど、たしかグーで殴るのは反則だったわよね?」

 

いきなり不穏なセリフを吐かれた。

 

「……それはボールをか?それともプレイヤーをか?いや、どちらでも問答無用で反則だけど……」

 

「徹を、よ」

 

「こんなこったろうと思った!グーでもチョキでもパーでも反則だ!」

 

「そう……わかったわ。コートの外に出てからにするわね」

 

「コートの中だからダメって話じゃねえよ!バスケ以外の場でも殴ろうとするなよ!」

 

試合が始まる前、俺の身は忍の手によって粛清の憂き目に遭いかけたが、被害者である太刀峰が許すと宣言してくれたことで、なんとかことなきをえた。心優しい笠上さんが俺の助命を嘆願してくれたことと、長谷部がみんなを宥めてくれたことも、助かった要因としてはかなり大きい。長谷部はあれで案外、性に関して寛容的であった。

 

「いつもならさすがに分が悪いけど、今日のルールなら抜かせないわ」

 

「ちっ……」

 

男女混合で行われるということもあって、俺と恭也にはとある(かせ)()せられた。

 

片方の足は絶対に床につけていること。いわゆるハンディキャップである。

 

ハンデはこのたった一つだけだが、これが思いの外重い足枷である。

 

走れないし、ジャンプシュートもできない。動きに緩急がつけにくいと、ディフェンスを引き剥がすのも一苦労だ。それが忍ともなれば、とくに。

 

「逢坂っ!」

 

「真希ちゃんっ……くっ!」

 

「……ナイス、長谷部」

 

右サイドから抜け出た長谷部が、俺の名を呼ぶ。

 

一瞬、忍がそちらに視線を向けたその隙に、俺は動く。

 

「ふっ……」

 

左手でドリブルながら忍の横を抜くように、ストライドを大きく取り一歩踏み込む。

 

「このっ……そう簡単に抜かせないわよ!」

 

「速え……」

 

もう一歩くらい行けるかな、などと思っていると、俺の進行方向を塞ぐ形で忍が回り込んできた。出遅れていたはずなのに戻って来るのが早すぎる。

 

今回の特別ルールがある以上、俺自身が切り込んで行くというのは無理がある。それを確認できた。

 

そもそも此度(こたび)の試合は女子バスケットボール部の練習という体なので、基本的には女バスのメンバーに動いてもらうこととしよう。

 

「ビハインドパス……相変わらず小器用なことを。……でも、予想していたわよ!」

 

ドリブルしていた左手を背後に回した時点で、忍はパスコースを潰しに来ていた。長谷部についている女バスの子(たしか名を、真名子(まなこ)芽々(めめ)と言っていた。長谷部に次ぐ長身である)も、きっちりパスレーンを塞ぎにきているあたり、しっかり練習されているようだ。

 

「あ、あれ?」

 

いつまでも飛んでこないボールに、忍は首をかしげる。

 

すでに、俺の手にはボールはなかった。

 

「忍、太刀峰さんだ。後ろ手で渡していた」

 

「なっ!」

 

「かはは、残念だったな。俺の動きを予想している忍の動きを、俺は予想していたのだ」

 

「むぐぐ……」

 

離れた位置から見ていた恭也には瞭然だったろうが、俺の近くにいて視野が狭まっていた忍にはわからない。

 

長谷部へのビハインドパスに見せかけて、小柄な身体を利用して俺の影から近づいていた太刀峰に手渡しで(ハンドオフ)パスしていたのだ。

 

「なんでサインなしのアドリブでそんなプレーができるのよ!」

 

「太刀峰ならそこにいると思った」

 

「……逢坂なら、そうすると思った……」

 

「このバスケバカたちはっ!」

 

制約に縛られない太刀峰は、俺からボールを受け取ると速度を上げて相手陣地へと切り込んで行く。

 

「相変わらず親しい相手となら上手くできるな、徹は……」

 

「……高町くん」

 

「太刀峰さん。身長差は相当あるが、恨まないでくれ」

 

太刀峰のルート上に、恭也が立ちはだかる。女子の平均を下回るほど小柄な太刀峰と、男子の平均以上の身長の恭也では、もはやミニバスしてる女の子に大の大人がディフェンスに入ったようなミスマッチ具合だ。とんでもない身長差。

 

「大丈夫。……いつもの、こと……」

 

普通なら不利が過ぎるくらいだが、太刀峰の場合は違う。

 

身長が高ければ高いほど、太刀峰の姿を見失う。

 

「うおっ!?」

 

「……ふふっ」

 

足の下にボールを通して左右に揺さぶり、上半身を逸らして緩急をつけてから、床に沈み込むように姿勢を低くして脇をすり抜ける。

 

ただでさえ小さい太刀峰がさらに縮こまるものだから反応しきれず、恭也は抜き去られた。

 

「ちょっと恭也!なにすんなり抜かれてるのよ!」

 

「すまん……。本当に消えたかのようだった。あそこまで重心を落としてよく早く動けるものだ」

 

「はっは、ミスマッチは恭也のほうだったな」

 

「くっ……ここぞとばかりに意地の悪い顔を。……マッチアップの相手を変えるべきか」

 

俺が忍、恭也と喋っている間に太刀峰はペイントエリアへと近づいていた。が、そこを悠々と通らせる女バス部員さんたちではなかった。

 

すぐに戻っていた二人、黒髪の子と、ダークグレーの髪色の子が、ゴールへの直線上を塞ぎにかかる。

 

部外者がいるせいで若干テンパってる黒髪の子が木岐(きき)雛菊(ひなぎく)さん、なぜか片目を閉じて腕をぷらぷらさせているダークグレーの髪の子が咬噛(こうがみ)美花(みか)さんだ。

 

ちなみに試合前に自己紹介の場があったのだが、木岐さんは緊張してしまっていて会話にならず、咬噛さんは話の要点がふわふわしていて会話が成り立たなかった。要するに二人とも話ができなかった。そのメンツに加えて長谷部や太刀峰がいるのだから、女バス部はなかなか混沌としている。

 

「む……」

 

相手は仲間なのだから、もちろん太刀峰の常套手段など把握している。ディフェンスの下に掻い潜られないよう腰を落としていた。

 

それでも、太刀峰は恭也を抜いた時と同様に姿勢を低くする。ドリブル突破を試みるようだ。

 

これは止められるな、と予想していたが、突如ボールが放られた。ゴール下(ローポスト)への、太刀峰のパス。

 

木岐さんと咬噛さんはドリブルで突っ込んでくると思っていた太刀峰に対処するため、腰を落としていた。頭上を過ぎるボールに、惜しくも手が届かない。

 

「タイミングぴったりだよ、薫!」

 

ボールの行き先は、パスフェイクでマークを振り切ってローポストに駆け抜けていた長谷部の手のひらだった。

 

「おー、さすがに息が合ってんなー」

 

「太刀峰さんは徹からパスされた時に一度ちらと長谷部さんを見ただけだったのだが……よく動きがわかるものだな」

 

「そこの男ども!きびきび動きなさいよ!」

 

「ルールがあるんだから動きたくても動けねえよ」

 

「競歩しなさい、競歩!」

 

「無理を言う……」

 

レイアップシュートに移ろうとする長谷部だったが、ここで引き剥がしたマッチアップ相手、真名子さんが追いついた。

 

「うたせはしない、真希!」

 

芽々(めめ)っ!」

 

他の選手なら高さに利のある長谷部のシュートは止められないだろうが、相手はほぼ同身長の真名子(まなこ)芽々(めめ)さん。ゴールまでの軌道は完全に封殺された。

 

選択肢は二つ。無理してこのまま撃つか、無理して真名子さんの手の上を越える弾道に放るか。どちらにせよ無理がある。

 

「恭也はリバウンド!私はルーズボールを狙うわ!」

 

俺もゴール下付近でリバウンドを狙うかな、と考えていると、横目でちらとこちらをみる長谷部と視線が交錯した。

 

『なんだ?』と頭の中に疑問符が浮かぶ前に、俺は腕を上げていた。

 

「ん?おお……」

 

ぱしん、と小気味好い音と衝撃。長谷部からのパスが通っていた。

 

俺と同じく走れないのでわりと近場にいた恭也も、完全にシュートだと予想していたところからの唐突なパスに、反応できていなかった。

 

「……お前たちの連携は時折、俺の注意すら抜く……」

 

「ああ……俺もびっくりしてる」

 

「恭也はそこで徹について!私と芽々ちゃんは真希ちゃんにつく!美花(みか)ちゃんは薫ちゃんに、(ひな)ちゃんは果穂ちゃんをお願い!」

 

忍の号令に、真名子(まなこ)芽々(めめ)さん、咬噛(こうがみ)美花(みか)さん、木岐(きき)雛菊(ひなぎく)さんの元気のよい返事が三つ返される。班決めをしてからの少しの時間しかコミュニケーションを取る暇はなかったというのに、忍はしっかりメンバーとチームワークを取れていた。しかもチームの筆頭には恭也が書き上げられているが、PG(司令塔)は忍だった。

 

身体能力とポジションを鑑みた忍の判断はおおよそ適切だ。

 

だが、戦力評価のみで采配された忍の配陣には、穴がある。

 

「はい、鷹島さん」

 

「わわっ、私ですか?!」

 

ゴールを向きながら後ろ手で、鷹島さんに緩めのアンダーハンドパス。運動神経のいい人間ばかりにディフェンスがついていて、スリーポイントラインあたりでふらふらしていた鷹島さんがフリーになっていたのだ。

 

「ま、まずっ……」

 

フリーになっている鷹島さんを見て、木岐さんはシュートを妨害するために笠上さんのマークを外した。慌てて鷹島さんへと向かう。

 

忍なら、マッチアップ相手から変えなかったろう。鷹島さんの筋力ではスリーポイントラインから打ってもまず届きはしない。

 

でも、他の子たちは違う。女バス部員の子たちは鷹島さんと初めて顔を合わせた。鷹島さんがどれくらい運動できるか知らないのだ。助っ人として入った俺、恭也、忍を見た女バス部員たちは『目立った活躍はまだしていないが例の三人と同様に相当できるのかもしれない』と思い込んでもおかしくはない。

 

だから、木岐さんはマークを笠上さんから鷹島さんに移してしまった。鍛えられている脚力でもって、鷹島さんへと肉薄する。

 

鷹島さんの技量と性格的に、ぴったりマークされれば抜いたりなんてできないだろう。パスする余裕もなくなって、きっと五秒のヴァイオレーションをもらうことになる。

 

「ひゃあっ!」

 

それを自覚しているのか、鷹島さんはパスを受けたその場から一歩も動かず、パス。真面目な鷹島さんは体育も真面目に受けているようで、瞼は閉じられてしまっているが可愛らしい掛け声とともにきれいなチェストパスで俺にボールを返した。

 

少々無理をしながら鷹島さんに渡したときと同様、後ろ手でキャッチ。そのままビハインドパスで笠上さんに送ろうと画策するが。

 

「させん!」

 

即座に恭也が俺の目の前に迫った。

 

ビハインドパスはやっぱり中止。

 

「お前っ……絶対足浮かせたろ!」

 

「浮かせていない。片足はつけている」

 

「ちっ、スライドステップか……。にしたって一歩で動きすぎだろ……。そっちがそうするってんなら……っ!」

 

俺と笠上さんを結ぶライン上に恭也は立つ。

 

ならば、と俺はボールを持っていないほうの腕で恭也を制し、反対側の腕を上に伸ばす。さながらフックシュートのように山なりに放る。もちろんジャンプしていないので高さはお察しだが、条件は恭也も同じだ。

 

「なっ!このっ……」

 

手を伸ばしても、わずかばかり遠い。もちろん計算通りだ。

 

反応できていても、片足は床に接していなければいけないという特別ルールがある以上、ボールが頭上を過ぎるのを下から仰ぎ見ることしかできない。

 

そして山なりのパスでも、笠上さんまで届く。

 

笠上さんについていた木岐さんは鷹島さんのマークに入ったため戻れない。運動能力が全体的にバグっている忍もゴール下の長谷部をマークしている。さすがにこちらにまでは来れない。

 

ただ、直線のルートがあいていれば忍なら間に合っていた気はする。本当に、男子顔負けどころか男子を圧倒するポテンシャルである。

 

「無理のある体勢からでも的確なパス……すごいです」

 

ボールを受け取った笠上さんは一歩下がり、ジャンプシュート。

 

なんと、両手(ボースハンド)シュートではなく、片手(ワンハンド)シュートだった。スリーポイントエリアから細い腕で放たれたボールは綺麗な放物線を描いてリング中央に吸い込まれた。

 

試合前に聞いていたが、笠上さんのポジションはSG(シューティングガード)らしい。ほんわかした外見と人格に叛旗(はんき)を翻すような、素晴らしい精度だ。

 

「すごいよ、笠上さん!まさかあんなに……っ!」

 

「これほどのシューターだったとは……。見事だ、笠上さ……っ!」

 

思わず賞賛の言葉が口から飛び出る。恭也も同じ気持ちだったようで、奴には珍しく手放しに褒めていた。

 

先制点の喜びを分かち合おうと笠上さんを見やると、彼女は着地していたところだった。

 

本人の着地と一拍ずらして、彼女の二つのボールが弾んだ。女の子がスリーポイントエリアからワンハンドシュートを放ってリングにかすりもさせず決めたという光景よりも、衝撃的な映像だった。

 

「っ…………」

「っ…………」

 

どうやら恭也も同じ場面を目撃してしまったらしい。俺が目を逸らした方向にいた恭也は口元を手で覆いながら俯いていた。

 

「あ……逢坂くんも、やっぱり大きいほうがいい……んですか?」

 

「え!?いや、これはちがくて……」

 

まずい。すぐ近くにいた鷹島さんに決定的な瞬間を捉えられていた。

 

「また……乳、か……」

 

「太刀峰っ?!」

 

「仕方ないよ、男の子だからね」

 

「やめろ……フォローに見せかけた追い討ちはやめろ……」

 

救いを求めて周囲を見やる。

 

今回は恭也も共犯なのだ。援軍に入ってもらおう。

 

などと楽観的に恭也を見やれば。

 

「なに目を奪われてるのよーっ!」

 

「ぐおうっ……」

 

手遅れだった。すでに討ち取られていた。忍にドロップキックで転がされてマウントを取られている。

 

もう駄目だ、あいつは諦めるしかない。俺も俺で絶体絶命だが。

 

この窮状を知ってか知らずか、笠上さんは小首を傾げながら言う。

 

「えっと……次、ディフェンスですよ?」

 

無自覚な笠上さんが空気をぶった斬ってくれたおかげで俺と恭也は延命できそうだ。助かった理由が笠上さんなら、原因を生み出してくれたのも笠上さんだけれども。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はふ……」

 

「鷹島さん、大丈夫?結構ハードだったよな、ごめんな」

 

「い、いえ……だいじょう、ぶ……です……」

 

床にぺたりとお尻をつけた鷹島さんは、荒く肩で息をしていた。あまり運動が得意ではないタイプの鷹島さんに、バスケの試合はこたえたようだ。

 

「はい、お茶」

 

喉も渇いていることだろう。買っておいたお茶を手渡す。

 

ペットボトルのお茶を鷹島さんは両手で受け取った。

 

「あ、ありはと、ごじゃいま……」

 

鷹島さんは両手で持って、こくこくと喉を鳴らしながら飲む。『はふ……』と小さくため息と思しき声を漏らした。

 

試合は、僅差(きんさ)で『逢坂チーム』が敗北した。

 

笠上さんのスリーポイントシュートや、思いの外リザルトの良かった鷹島さんの両手打ち(ボースハンド)シュート、長谷部と太刀峰の連携はあったが、クォーターを重ねるごとに磨きがかかる女バス部三人と忍の躍動を抑えられなかったことが敗因だ。ちなみに男二人(俺と恭也)は、頭上を越えるような弾道のパスが効果的だと(俺が恭也に使って)判明してしまったことで、ディフェンスではまるで使い物にならなくなった。

 

男どもはぽんこつもいいとこだったが、それでも身が入る練習試合にはなったみたいだ。長谷部や太刀峰、笠上さんを含めた女子バス部みんなから、ありがとうの言葉をいただいた。

 

「大丈夫、です。ちょっと疲れちゃいましたけど、楽しかったので……」

 

「それならよかったけど……立てる?」

 

手を差し出す。

 

鷹島さんは俺の手を握って力を込めるが、まだ足は言うことを聞いてくれないようだ。

 

「ご、ごめんなさい……まだ、もう少し……」

 

「いや、いいよ。待つから」

 

はだけてしまっている鷹島さんの足を見れば、白いふとももがぴくぴくと痙攣でもしているように震えていた。ここまで疲労が残るほど熱心に動いてくれたようだ。

 

「っ……」

 

柔らかそうなふとももを観察していると、鷹島さんはユニフォームのパンツをいそいそと引っ張って足を隠してしまった。

 

「あの……私、真希や薫や忍さんみたいに、足細くないので……」

 

「え、ぜんぜん細いと……いや、そういうことじゃないな……。じろじろ見てごめん……」

 

「あっ、いえ、えっと……そ、それよりも試合中はフォローありがとうございました!おかげで私もシュート決めれました!」

 

「それは鷹島さん自身の力だよ。体育の授業をしっかり受けてるんでしょ?フォームも綺麗だったし」

 

「そ、そんなことないですっ。私は、人がいないところに走って、逢坂くんがくれるボールを打つだけでしたので……」

 

「まわりは経験者ばっかりなのに、自分のできることをしようと頑張った鷹島さんの手柄だって。俺はそのお手伝いをちょこっとしただけ」

 

実際、そうなのである。

 

制約があった俺ではディフェンスは役立たずもいいところだし、オフェンスもドリブル突破などはできなかったのでパス回しに専念していた。

 

鷹島さんが相手チームの目をかいくぐってフリーになってくれたおかげでワンサイドゲームにならずに済んだのだ。

 

「ふふっ、そうやって謙遜するのは逢坂くんらしいですっ」

 

「……謙遜じゃないんだけどなあ……」

 

「これなら私の心配も、よけいなお世話でしたね」

 

頬にはりつく髪を小指で払いながら、照れくさそうに笑った。

 

鷹島さんの言う『心配』とは、試合前に言っていた俺の左目のことだろう。

 

試合中、俺はサーチ魔法を使っていた。コートの上にではなく、左目の代わりとして顔の近くにである。俯瞰した映像を視るのは卑怯なので。

 

そういった事情もあり、ぱっと見ただけでは試合中は以前と変わらない動きをしていた。なので鷹島さんは、左目が見えていなくても大丈夫なんだと、安心してくれたのだろう。

 

こうして気にかけてくれる人がいるというのは、純粋に嬉しいものだ。

 

「余計なお世話なんてとんでもないよ。それだけ親身になって考えてくれてるってことなんだから」

 

「そう言われると、ちょっと……照れちゃいます。……っ」

 

耳まで真っ赤にしているが、俯きがちに鷹島さんが呟いた。

 

意を決したように、顔を上げる。

 

「わ、私にできることがあったら……なにか困ったことがあったら、ぜひ頼ってくださいね?」

 

鷹島さんは俺の左目に関してことさら気にかけてくれていた。試合前も話の流れを遮ってまで、バスケに誘ってきた長谷部と太刀峰に異議を申し立ててくれたほどである。

 

その鷹島さんが、今はこれまでほど気に病んだ様子もなく喋っていた。その態度の変化の理由は、俺が問題なくスポーツをできていたからだろう。

 

俺が口で大丈夫だと説明するよりも、自分の目で確かめることができたから、安心できたのだろう。

 

「あ……そうか」

 

脳髄に電流が走ったような気分だった。天啓を得たような心境だった。

 

「大丈夫ってことを、証明すればいいのか……」

 

これはなにも、鷹島さんに対してだけの話ではない。アルフに対しても、当てはめることができるのかもしれない。

 

アルフは、俺の将来を奪ったと表現していた。

 

だけどもし、俺が管理局で評価を残せばどうだ。結果を叩き出して、活躍すれば、証明できるのではないだろうか。

 

アルフは俺の将来を奪ってなんていないと、そう証明することができるのではないだろうか。

 

「そうだ……簡単な、ことだったんだ……」

 

左目を失ったからこそ、適性を失ったからこそ、別の武器を模索して前以上に活躍できるようになればいい。

 

アルフは俺が適性を失くしたことを『自分のせい』などとのたまったのだ。

 

であるならば、そこから新しい戦い方や魔法を見つけられたことだって『アルフのせい(・・)』だ。左目と魔法適性を失ったことがきっかけでこれまでとは違う新しい手段を探したのだから。

 

その新しい手段を用いて活躍できたなら、それも『アルフのせい(・・)』だ。新しい手段を手に入れることができたのは、アルフ曰く『俺から奪った』ことが原因なのだから。

 

どれだけ時間がかかるかはわからない。

 

それでも、管理局の中である程度の地位を築くことができたなら、立場を確立できたなら。その時はアルフに突きつけてやる。堂々と宣言してやる。

 

 

 

『どうだ、ここまで駆け上がってこれたぜ。お前のせい(おかげ)でな』

 

 

 

別れた時とは真逆の表情で、そう見せつけてやる。

 

そんな絵空事が実現できれば、アルフの罪悪感を拭い去ることができるかもしれない。俺は大丈夫だと証明できるかもしれない。

 

そうすれば、またもう一度、お喋りして笑いあえるかもしれない。

 

あの笑顔を、また、もう一度。

 

「どうしたんですか?」

 

いきなり黙りこくった俺を不審に思ったのか、鷹島さんが俺の顔を覗き込むように言う。

 

「ん……いや、べつに……」

 

「なにかいいことでもあったんですか?」

 

口籠る俺に、鷹島さんは続けた。

 

「逢坂くん、にこにこしてます」

 

「えっ?あ……」

 

口元に手をやると、口角が上がっていた。意識しないうちに、頬が緩んでしまっていたようだ。

 

不思議そうに上目遣いでこちらをうかがう鷹島さんの頭をわしゃわしゃっとする。あいも変わらず柔らかい髪質で何よりだ。

 

「ひゃあっ!や、やめてくださっ、髪がわーってなっちゃいますっ!」

 

「ありがとう、鷹島さん。おかげで未来がひらけたよ」

 

「へ?えっと、お話がよくわかりませんけど……逢坂くんがうれしいなら、私もうれしいですっ」

 

ところどころ跳ねてしまっている髪のまま、俺に向けて無垢な笑顔を見せてくる鷹島さんは、まさしく天使のようだった。

 

 

 

 


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