「や、やばい……なんか俺めっちゃ緊張してる……」
翠屋でお手伝いした日から一週間弱が経った今日。五月十七日。
とうとうこの日が来てしまった。
『ではこれより、実技試験を始めます。合格基準は規定時間までに指定されたポイントにあるフラッグを手に入れるか、試験官の戦闘続行不能化です。ちなみにあなたが戦闘続行不能、もしくは時間制限をオーバー、もしくは試験区域から出た場合は失格となります。この試験区域内であればどこへ移動しても構いません。使用する魔法は全て非殺傷設定とします。何か質問はありますか?』
「いえ、ありません」
試験監督官が説明をする。詳しく話してくれているのもあるし、なによりクロノからどういった試験がでるか、なにをすれば合格となるかを先に教えてもらっている。試験の種類はいくつかあるらしいが、その全種を教えてもらって頭に叩き込んでいたので他に訊きたいことはなかった。
「すぅ、はぁ……」
よろしい、と短く返して頷いた試験監督官が試験開始までのカウントダウンを始める。ばくばくと早鐘を打つ心臓を落ち着けるように、俺は深呼吸した。
嘱託魔導師。その資格を得るための試験会場に俺はいた。
筆記についてはもう午前中で終わらせている。クロノが言っていた通り、管理局の人材不足は深刻なのか、筆記試験は驚くほど易いものだった。なんなら拍子抜けしたくらいのもんである。数においても質においても、だ。あの程度の問題ならば、筆記の勉強に充てていた時間を実技に回していればよかったと思ったほど。
筆記試験の後に儀式魔法という項目もあったが、俺程度の能力値でもなんとかなった。筆記試験の十倍緊張したのは余談。
予想を超えて易しかった午前を終えて、昼休憩を挟み、そして今は午後。俺が一番心配していた実技試験が始まろうとしている。ちなみに筆記試験の百倍緊張している。
「冷静に、冷静に……。まずは状況判断……たしかこのタイプの試験は、戦闘技術に自信があれば試験官とやり合って、索敵や隠密行動に覚えがあればフラッグ……だったな。
監督官が数える数字が刻々と若くなっていく中、周囲へ視線を運ぶ。
この試験会場の造りとしては、アースラの中にある訓練室で行った特訓の障害物と似たような印象だった。ただ、こちらのほうがより広く、より実戦的で、よりバリエーションに富んだものだった。様々な戦況に対応できるよう、戦場を切り替えられるのだろう。訓練用の建造物群が俺の目の前に建ち並んでいた。
民家やマンション、なのだろうか。俺がいた第九十七管理外世界とは若干の
『四……三……二』
頭上にあるサーチャーに似た物体から、監督官の声が降り注ぐ。あの装置も見た記憶がある。結界内でなのはとフェイトが戦っていた時にカメラとマイクの役割をしていた。まあ俺はそのサーチャーから送られてきた映像や音声を安全な場所で見て聴いていただけだが。
おそらく俺の頭上数メートル上をふわふわと漂っているサーチャーも、この試験の合否を見極めるために同様の性能を持っているのだろう。
事前に頭に叩き込んでおいた知識と一つ一つ照らし合わせていくと緊張感が和らいできた。これから始まるものは本試験ではあるが、アースラでクロノから受けていた訓練と類似点は多い。学んだものを想起して挑めば、なんとかなりそうな気がしてきた。
『……一……試験開始!』
「よし……やるか」
試験開始の号令とともに、いくつかの魔法を行使する。
ひとつは試験官の姿を捉えるための索敵魔法。男の子のプライドとか尊厳とか、あと貞操とかいろいろ危険に晒して教えてもらった俺の『第三の目』。
もうひとつは偶然や奇跡が上手い具合に噛み合った末に発見し、ユーノ、クロノとともに磨き上げた循環魔法。魔力付与の代替品となる身体強化系の術式だ。
循環魔法で体内に流れる魔力を操作、脚部に集中させて建物の影に隠れつつ、多数のサーチャーを飛ばして相手の動向を窺う。
「開幕早々の砲撃とかはなし、か……。試験官も俺の場所は把握してないのか、それとも把握はしてるがこちらに居場所を悟らせないために攻撃してこないのか……」
クロノとの練習試合では試合開始と同時に砲撃、なんてことはざらにあった。そんな開幕バスターを直撃して俺が墜ちても、クロノは悪びれることなく、なんなら『油断してるからだ』などと厳しく叱責してくる始末。
気を抜けば一撃必墜の魔法が飛んでくる環境に慣れてしまった俺にとっては、この幕開けは静かすぎて逆に不気味だ。なにかトラップが設置されているかも、と神経を張り詰めさせながらサーチャーから送信される視界を確認する。
「近場には敵影なし。罠や爆発物もない、のか。……どうなってんだ……?」
あまりに変化のない戦況には内心穏やかではないが、それでも何も異常がないのなら歩みを進める他にない。俺専属の
「やっとか……」
建造物の内部や影に身を潜めながら移動を繰り返していたが、ここでようやく進展があった。多数飛ばしたサーチャーが敵(といってもあくまで試験ではあるが)の姿を映し出した。
俺は索敵の魔法もさほど適性があるわけではないので、こちらについても必要な性能の取捨選択をしてどうにか使い物にした。詳説すると、消費魔力の低減とサーチャーの視野を伸ばして、代わりにサーチャーの移動速度には目をつぶる、という毎度お馴染みの手法だ。サーチャーとして一番重要な隠密性は俺の魔力色によって最初からカンストしてるようなものなので、そちらは心の底から助かった。
そんな亀の歩みのサーチャーが、とうとう予定していた配置まで近づいたのだ。試験官の姿こそ捉えていないが、フラッグと
二つある合格基準の一つであるフラッグは、ここからそこそこ距離のある建物の屋上に刺さっている。この付近では、というかこの戦域では一際背の高い建物だった。
目立つ建物の、しかも屋上というわかりやすい場所にフラッグがある。これは、もしや。
「罠……か?」
その可能性を疑わずにはいられない構図だった。ババ抜きで持っているカードのうち一枚をこれみよがしに強調させているような、そんなわかりやすさがある。馬鹿正直に突っ込むのを
「あんなもん、飛行魔法があったらひとっ飛びじゃねぇか。……まあ、だからこそ周辺にあんなもんを配置してるんだろうけど」
高層建造物の付近にふわふわと漂う物体がある。それは試験場を監視するサーチャーとも違うものだった。
「オートスフィア……自動発射装置か。サーチャーで視える範囲だけで四つ……あの二〜三倍はあると考えるべきだな。俺なら離れた場所に遮蔽物で隠しながら遠距離砲撃タイプを置く」
オートスフィア。敵の姿を捉えるやいなや、魔力弾をばら撒く凶悪な自動迎撃システムだ忌々しい。フェイトも魔法で魔力弾を吐き出すスフィアを使っていたことがあったが、まさしくそれに近い。
クロノとの実技試験を模した演習では、小さな槍型の魔力弾を無尽蔵に発射し続けるオートスフィアに幾度となくたこ殴りにされた。しかも数種類のタイプがあり、弾速に優れたタイプや砲撃なんかをぶちかましてくれちゃう大型もある。
訓練中に四方を囲まれたことがあったが、あの時は本当に死を覚悟したものである。いくら非殺傷設定といっても、それは死なないだけであってとても痛いのだ。
どういった仕組みかは知らないがオートスフィアも魔力を使って攻撃してくるようで、魔力を映す左目ならその弾道を視認できる。視認できるものの、数が多くなればもちろん回避しきるなんてできはしない。障壁で凌ごうとしたこともあったが、足を止めてしまった結果、集中砲火で押し潰された経験もたくさんある。トラウマがフラッシュバックして迂闊には飛び込めない。
「中にもオートスフィアはある……が、屋内ってこともあって大型は配置されていないか。ってことは、あの建物の中に試験官が配置されてるんだろうな。なーるほど。飛行魔法適性持ちはオートスフィアの弾幕、陸戦型は建物内部で試験官と一戦交えるってことか。どっちに転んだところで大変なのは変わんねーじゃねえか……。そんくらいじゃないと試験にならないのはわかってんだけど」
相手の戦力がわからないためあまり気は進まないが、踏み出さなければ合格できない。タイムリミットは明らかにされていないが、説明で口に上していた以上、確かに存在する。もたもたしてはいられない。
のろまなサーチャーを操作して半数を建物の内部の偵察へと、もう半分を建物の周辺に浮遊しているオートスフィアの監視へと充てる。
オートスフィアは攻撃対象を発見するまでは規定ルートを巡回するだけなのでバレなければ戦闘なしでやり過ごせる。問題は避けられないであろう試験官だ。建物内部に侵入したサーチャーから視覚情報は随時送られてきているが、未だ試験官の姿は視えない。
見落としたのか、それとも屋上へと続く通路で待機しているのか。
不安はあるが、俺のサーチャーが相手に視認できない以上(なんなら発動者たる俺ですら左目で視ないと視認できない)、有利なのは確実に先んじて発見できるこちらだ。
「うっし……行くか」
ネガティブな思考に陥りそうな自分を無理矢理にでも奮い立たせ、先を見据える。
隠れられそうな場所は、目標の建造物へと向かわせた
これならオートスフィアにも発見されないだろうと自信を固めると、腹を括って身を潜めていた建物の影から飛び出す。足に魔力を満たし、身体を前傾させて用意していた地点へと速やかに移動しようとした俺に、イレギュラーが発生した。
「うおっ!」
「って、なんでここに試験官がいんだよぉっ!」
イレギュラーというか、エマージェンシーだった。
てっきり、合格基準であるフラッグが刺さっている建物に潜んでいると思われていた試験官が、なぜか近くの建物の扉を開けて出てきた。
距離にしておよそ十メートルほどか。試験官も俺がここにいたことは予想外だったようで、急に飛び出してきた俺に驚愕している様子だった。
不運なことに、そして厄介なことに、試験官の傍らにはオートスフィアが二体浮遊している。試験官は驚いたことで一手反応が遅れていたが、人間的な動揺など持ち合わせていないオートスフィアは
「早速撃ってきやが……ん?」
二体のオートスフィアから放たれた魔力弾を、身体を逸らすことで
突如現れた対戦相手からの攻撃を回避できたのは、ひとえにクロノ自ら教鞭を振るってくれた特訓のおかげというべきだろう。隠れている建物ごと撃ち崩してくるクロノと模擬戦を行っていたおかげで反応が明らかに良くなっている。
そういう要素もある。あるのだが、今回はそれ以前の話だった。
「二体合わせてたった四発って……舐められてんのかな」
弾幕なんて大層なものではない、魔力弾の壁とは到底呼べない。単発の魔力弾がぽんぽんっと放たれただけだった。しかも次射までに二秒〜三秒かかっている。
嫌な予感がしてきた。嫌な、とは言ってもこの試験に関してのことではない。これまで俺が行ってきた
クロノへの追及は後からにするとして、今は試験に意識を傾ける。集中力は、残念なことに切れてしまっているが。
循環魔法で全身に満遍なく魔力を流す。
魔力付与より瞬間最大出力は一段劣るが、循環魔法は全身を巡る魔力をコントロールするというその性質上、被弾した際のダメージ軽減などで消費しない限り魔力が失われることはない。出力はともかく、継戦性能、消費魔力量であれば循環魔法のほうが優れているのだ。これはもはや魔法というより、自身の魔力を精密に操作する技術、と言ったほうがいいかもしれない。
そういった性質により、強者と
「おおっ?!き、消えっ」
風を切る音の向こう側で、試験官のびっくりする声を聞く。
身体強化を行っていない状態ならともかく、魔法を使ってもいいのなら十メートルなんて距離はクロスレンジだ。
『襲歩』による高速接近。速度を拳に乗せ、振り抜いた。試験官を打ち抜いても良かったけれど、非殺傷設定が曖昧な物理的殴打を試験官にぶちかますのは気が進まなかったし、試したいこともあったのでまずは試験官の隣で浮かんでいたオートスフィアをぶん殴った。
手から伝わる感触が、俺の疑念が正しいことを証明していた。
「クロノっ……あの野郎だましやがったなぁっ!」
そう、俺はクロノに担がれていたのだ。
『試験に確実に合格するためだ』とかなんとか真面目くさった顔で言うもんだから、ああそうなんだ、と思って俺も訓練を頑張っていたが、どう考えたって難易度が釣り合わない。試験を想定した模擬戦の仮想敵と、本試験の相手では、戦力に開きがありすぎる。秒間三発で魔力弾をばら撒いたり、二百メートル以上離れた位置から超遠距離超高速射が撃ち込まれたり、直径一メートルの砲撃が飛んできたりしなかったから、薄々おかしいなとは思っていた。そして今、易易とオートスフィアを破壊できたことでその予感は確信へとかわった。
思い返せば学科試験でも違和感は感じていたのだ。勉強していた範囲と学科試験で出題された範囲は違いすぎた。いや、違うというか、出題された範囲が狭すぎたというか。午前中の学科試験で出題された範囲は、スパルタ教師ことクロノ先生のもとで勉強し始めて約一時間で終わっていた。それ以降の時間は全く違う範囲を勉強していたのだ。いやはや、俺は一体なんの勉強をしていたのだろう。そしてクロノは俺になにをさせようとしていたのだろう。
考えれば考えるほどどつぼに嵌りそうだ。クロノには後から一応特訓に付き合ってくれたことについての感謝と、試験範囲の大幅な誤差について抗議するとして、今は試験を終わらせてしまうのが先である。
「ふっ、よっと」
「速すぎるっ!本当に素人あがりなのか!プロフィールと随分違うぞ!」
試験官の左手側にあったオートスフィアを打ち砕いた勢いそのままに、彼の背後にある家屋の壁を踏み、跳躍する。
試験官が首を回して俺の姿を追うが、しかし満足に追うことは出来ず、結局デバイスの照星が合わされた頃には、二体目のオートスフィアが俺の踵の振り下ろしによって破壊されていた。
予期しない邂逅によって多少慌てたのはあったろうが、だが彼も試験の合否を左右する試験官だ。翻弄されるだけでは終わらない。
「多少は衝撃があるとは思うが、恨まないでくれよ」
試験官が手にしていた杖が、俺の鼻先に突きつけられる。
あの杖は、アースラで何度も目にしたデバイスだ。俺みたいなピーキーな魔法の使い方ではその恩恵は享受できないが、一般的な魔導師であればとても使い勝手の良い、バランスの取れた優れたデバイス。
そのデバイスの性能と本人の努力によって磨きあげられたのであろう射撃魔法が、試験官の周囲に展開された。その数、十。瞬時に展開させる手際。魔力球の数。試験官の腕を推察できた。
極近距離から、十発の射撃魔法が放たれる。
「ふぅ……っ!」
これまでであればこの状況は、取り敢えず障壁で防ぐか、あるいは手に魔力付与を纏って魔力弾を殴り落とすかしていただろう。相手のデバイスに触れて術式の強制終了という手法もあるにはあるが、あれは相当な緊急事態である。あんまりやりたくない。
なにはともあれ、今は違う。俺の首を絞めるウィークポイントと思われた左目が、新たな武器となる。
続々と撃ち放たれる魔力弾の弾道を正確に見極め、回避する。
フェイトやクロノやなのはやリニスさん。今日に至るまでにあらゆる有能な魔導師から
「ちっ、ひとつ躱しそこねた……」
などと息巻いたわりに、九発目を避ける際に少しばかり体勢を崩し、最後の十発目は右肩を掠めた。さすがに障壁なしでは限度があった。
「馬鹿な!この距離で?!こいつっ、本当に民間人だったのかよ?!」
全弾回避とはならなかったが、それでも試験官は大層仰天したようだ。信じられない光景でも目撃したかのように、目を見開く。
失礼な、これでもまだ民間人だ。いくつか死線はくぐり抜けてきたけれど。
「む……」
接近しておしまいにしようかと思ったが、左目が俺の周囲の異変をキャッチした。
即座に地面を蹴って跳び上がる。
きゅ、がちん、と音がした。跳び上がった俺の足元に、長方形の形をした拘束魔法が出現していた。
「おぉ……やっぱりバインドだった……」
「こっ、これを読んだのか!?」
様々な型の拘束魔法を身を以て体験しているので、並のバインドであれば一秒たらずで破砕・脱出できるが、その一秒によって形勢が傾くなんてよくあること。演算処理には神経を削るし、短時間であれば微量とはいえど魔力も消費する。可能ならば掛からないほうがいい。
それよりも、この左目である。なんだか妙な魔力の塊がふよふよしているとは思ったが、まさか待機中のバインドも察知できるとは望外の成果だ。これはかなり有効に活用できる。
試験官は、俺が試験官の考えを見通して回避したと思い込んでいるようだ。やはり普通は、魔力が目に視えると考えるほうが無理があるのだろう。クロノによると、中には先天的になんらかの障害で魔力が視える人もいないことはない、とのことだが、絶対数が少ないらしい。
しかし、慢心はだめだ。射撃魔法で足を止めてからのバインドは、単純ではあるが使い勝手もいい。バインドを隠伏させる際、一番気を使わなければならない設置時に土煙が立ち込めている瞬間を選び、即座に仕掛けるという手並みは、正直左目がなければ見破れなかった。さすがに時空管理局の試験官か。油断は禁物だ。
「防ぐではなく、撃ち合うでもなく、ここまで綺麗に回避で通した受験者は久し振りだ……っ!」
なにやら試験官さんの瞳にやる気のランプが点灯しちゃった気がする。その声と表情にも楽しげな色が見て取れた。
試験官は杖の照準を修整、空中にいる俺へと合わせた。
杖の先端に魔力が集束し、球体を形成する。おや、これは、どこかで見たような。
「プロフィールを見た限り、君は純粋な陸戦型。飛行魔法は使えないのだろう?これをどう対処する?」
「こ、これも試験の範囲内……なんですか……?」
チャージ時間が短いタイプの砲撃魔法。試験官が使おうとしているのはそれだ。
なのはのディバインバスターは言うに及ばず、同系統と思しきリニスさんのチャージ時間皆無の砲撃よりも確実に威力は低い。術式を覗かずにもわかる。
魔力球が完全な球体をせず、
固めきれていない砲撃など、方向を定めていない爆薬と同じ。危険ではあっても、まともなダメージにはならないし俺の適性で作った障壁でも防ぐことはできる。
「……よし」
防ぐことはできるが、あえて魔力を浪費することもない。
砲撃による攻撃は一般的な魔法よりも威力を見込めるが、使用している魔力量が多いので反動による硬直がある。防御よりも、回避行動のほうが相手の隙をつける。
俺がこれまでの相手にした魔導師たちは、そもそも砲撃の直径が太いせいで余裕を持って躱せなかったり、チャージも硬直もないような出鱈目な砲撃であったり、他の魔法と絡めて撃ってきたり、と。相手の隙を突くどころか、どうすれば凌げるか、なんならどうすれば生き残れるかの瀬戸際の話だったのであんまり関係なかったが、今回は違う。
チャンスがあるのなら、積極的に狙っていきたい。
生唾をごくりと呑み込み、足に力を入れる。
飛行魔法に才のない俺が、綺羅、星の如く遥か遠くで煌めくなのはたちへと手を伸ばした末に編み出した、空中戦のための手段。跳躍移動。
足場用の障壁を踏み締め、跳ぶ。
直後に砲撃が、ついさっきまで俺がいた空間を焼き貫いた。
「はぁっ?!」
俺が飛行魔法を使えないと知っている人にこの移動法を見せると、みな一様にこんなリアクションをする。
なぜ。どうやって。ありえない。
そんな動揺と驚愕に染まった表情は、見ていてとても気持ちがいい。性格がひねくれているのは自覚している。
「よっと」
空中で一回転して試験官の背後に着地する。
砲撃魔法の技後硬直か、それとも信じ難いものを見た精神的なショックか、試験官は身動きひとつしなかった。
実技試験の合格条件は、フラッグを入手するか試験官を戦闘不能にすること。ここまできたらフラッグより試験官をのしたほうが手っ取り早い。これから高層建造物の屋上まで行くのは、オートスフィアも複数いるし体力も魔力も時間もかかるので面倒くさいのだ。
もうひとつの条件。継戦能力を奪う、気を失わせるのは簡単だ。背後から殴ってしまえばいい。
だがこれだとたぶん非殺傷設定とか関係ないだろうから、試験官を怪我させてしまうかもしれない。そのせいで合格取り消しとかになってしまうと笑えないので、安全策を取ることにした。
「うっ、む……バインドか……っ!一本一本の強度は大したことないが、この数は……っ」
拘束魔法。バインドで身動きを封じられているとすぐに気づけるように、あえて術式を不完全にして透明にならないようにした。術式を不完全にしているため、必然、拘束力は落ちる。そのあたりは質より量ということでカバーした。
いやまあ、拘束魔法においてもセンスがないので、もとから複数のバインドを使う前提なんだけども。
「これで試験の合格基準はクリア、ってことでいいんですか?」
「……はぁ、完璧だ。クロノ・ハラオウン執務官の推薦を受けるだけはある。最初にスペックデータを書類で読んだ時は、いったいこれはどうしたものかと思ったが」
クロノの推薦。そう聞いて、胸がちくりと痛んだ。もしかして、というおそれが、頭をよぎった。
「推薦……申請を出しただけじゃなかったのか。クロノの奴、余計な気を回してくれやがって……。……それじゃあ、あれですか?試験では手を抜いていた、とか?」
試験を続ける意思はなさそうだったのでバインドを解く。
不安になって試験官に尋ねると、彼は首を横に振った。
「いいや、まったく。この合格は君の実力によるものだ。安心してくれていい。逆に他の受験者よりも厳しくしたくらいだ」
「そう、ですか。それなら良かったです。特別扱いで合格したとかだと、正規のルートで試験を受けた人に申し訳ないし」
ふぅ、と胸をなで下ろす。受験するにあたってクロノの力は借りたが、試験の合否にまでは関わっていなかったようだ。クロノがそんな邪道を通すなんて欠片ほども考えなかったが、自分の力で合格を掴み取ったと試験官に断言してもらって安心した。
安堵のため息をつく俺を見て、試験官はくすくすと笑いをかみ殺す。
「いや、すまない。推薦状にね、添え書きがあったんだ。『
そう言って試験官はふたたび笑い声をこぼす。
俺はというと、クロノに見透かされたようで、ばつの悪い思いであった。
「これにて試験は終わりだ。筆記試験については結果はまだだが、君なら大丈夫だろう」
「なんの確信があるんですか……。いや、自分でも手応えはありましたけど」
「ははは、実技試験は問題なし文句なしの合格だ。立派な魔導師になってくれることを望むよ」
試験官がこちらに手を差し出してきた。
俺もそれに応じて右手を伸ばす。
「いつか一緒に仕事ができる日を待っているよ」
「ありがとうございます。その時はご指導ご鞭撻をお願いします」
あっという間に抜かれてしまいそうだけどな、と試験官は気持ちよく笑った。
試験内容について。
原作では、戦闘試験は優秀な魔導師との一対一の魔法戦のようです。その戦闘の評価で試験の合否が決まる、みたいです。
しかしそれだと戦闘向けの魔導師しか合格できません。基本的に嘱託魔導師に依頼されるお仕事は戦闘絡みが多いようなのでそういう試験内容でも問題はないのかもしれませんが、特殊な一芸を持った者、サポートに特化した者を不合格にしてしまうというのは、働き手を求めている管理局の現状を鑑みて合理的とは思えませんでした。なので拙作では、戦闘試験にはいくつか種類があり、その中には試験官との一騎打ちがある、というふうにしました。ご理解ください。