そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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平凡で平穏な風景を。

「思っていたよりかはなんとかなったな。クロノのやつ、無駄にプレッシャーかけやがって……」

 

筆記・儀式魔法・実技ともに試験を終了して後は結果を待つだけとなった俺は、会場の外にあるひとけのないベンチに腰掛けていた。ちなみに合格発表は本日中、まもなく行われるとのこと。そもそも受験者が少ないとかの理由で速やかに結果を貼り出せるのだろうけど、即日結果を知るというのはなんだかまるで自動車の免許でも取りに来たみたいな印象を受ける。

 

「はあ……喉、乾いた。家出る前の俺、ぐっじょぶ」

 

外出前の自分に感謝しながら、ショルダーバッグの中に放り込んで忘れていたペットボトルのお茶を一口飲む。こちらの世界の通貨を持ち合わせていないのでお店や自動販売機などで飲み物を買うこともできず嘆いていたが、なんとかなった。

 

喉を潤し、一息つく。左見右見(とみこうみ)して近くに人がいないことを確認して、声を出す。

 

「もう出てきていいぞ……エリー、あかね」

 

かちり、という金属音が小さくふたつ重なる。ひとつは首元から、もうひとつは右手の袖口からふわふわと浮かんで姿を現した。今日の曇天の代わりとばかりに澄み渡る空色の光を柔らかく放出するエリーと、目を突き刺さんばかりに夕焼け色を照射してきているあかねだ。

 

感情表現にもなる二人の光は、実に対照的なものである。

 

「おお、エリーありがとな。大丈夫だ、疲れてないし。あかねもよく我慢できたな。ちょっと心配してたけど杞憂だったぜ」

 

エリーは試験科目三つを消化した俺を労うように、あかねは長時間服の中に閉じ込められた上にコミュニケーションも取れなかった息苦しさを訴えるように輝いている。

 

二人には前もって、なるべくおとなしくしていてくれるように頼んでおいた。性格はこんなのでも、一応は二人とも膨大にして莫大な魔力を内包するロストロギアなので、へたに人の目に触れると騒動になるかもしれないと考えたのだ。クロノが。

 

正直、実技試験で自分の能力ではどうにもできない窮地に陥ったらエリーかあかねに力を貸してもらおうかとも考えていたが、そんなことにならなくてよかった。目立つような真似はすべきではないし、わざわざお上に目をつけられたくもない。

 

つらつらと考え事をしていると、いつの間にかエリーもあかねもぴかぴかと懸命に意思表示している。その意思表示は、どうやら俺に向けられているものではないらしい。激しく瞬いていて、さすがに俺も翻訳が間に合わない。

 

「喋りにくいし、あれ(・・)やるか」

 

なにやらエリーとあかねで(いさか)いじみた光を繰り返していたが、俺が提案するとふたりは強く肯定の明滅をした。いそいそとエリーは左手側に、あかねは右手側に移動する。心なしか嬉しそうな気配すらある。

 

手を開いて二人を手のひらの上に乗せると、俺は瞑目(めいもく)した。

 

思い浮かべるのは、天秤。両手から伝わる二つの魔力を俺の中で溜め込み、俺自身の魔力で二つの魔力をコンフリクトさせないように留意しながら近づけていく。天秤をどちらか一方に傾けず、水平にするイメージだ。エリーとあかねの魔力を俺の魔力で薄めて拒否反応が出ないようにする、という要領である。

 

エリーとあかねの魔力を工夫もなしにそのまま近づければ(二人の性格的な馬の合わなさとは関係なしに)拒否反応が出る。だが、クッション役として俺を挟むことでその相克(そうこく)を軽減させているのだ。いわば、エリーとあかね双方と、会話が可能な程度にごくごく浅く和合(アンサンブル)している状態と言える。

 

魔力圧がどちらか一方に偏らないよう注意して安定させていくと、徐々に念話にも似た響き方で頭に直接声が届いた。

 

『貴女はもう少し主様に敬意を表すべきです!惚れ惚れする戦いぶりでした、の一言くらいあって然るべきでしょう!』

 

『てめえがへりくだり過ぎなんだろぉが。そんなに猫かぶってて疲れねぇの?』

 

『ふっ……猫というのなら貴女のほうでしょう?』

 

『はぁ?俺が?』

 

『主様と二人きりの時はまるで発情期のメス猫のように主様にべたべたすりすりと……全く、主様の周囲には猫が多くてたまりません』

 

『なっ?!て、てめえっ、盗み見てやがったのか!』

 

『盗み見などとんでもない。貴女の確認不足でしょう。それに、猫を被って甘えていた事を認めていますね。下心が見え透いていますよ』

 

『てめえが下心とかよく言えたもんだなぁ!ちょっと前に徹に迷惑かけて手入れしないってバツを受けたとき、あんだけへこんでた奴がよぉ!言っとくけどなぁ、褒美を欲しがるてめぇのほうがよっぽどタチがわりぃからな!』

 

『このっ……あの()まわしき過去を掘り返すなど……。あ、貴女(あなた)なんて、戦闘時に挙用すらされなかったくせに……』

 

『なんだとてめぇこらっ!』

 

『なんですかっ?!』

 

いやはや、このやり取りも毎度のことなので、さすがに慣れてきたものである。

 

この会話方法を発見したのはつい最近のことだ。エリーとお喋りしようと思って浅く和合(アンサンブル)しようとしたのが事の発端だった。エリーの空色の世界に俺の意識を移動させてそこで話そうとしていたのだが、暇を持て余したあかねが突如介入してきてエリーの世界から俺を引っ張り出そうとしたのだ。

 

そこで偶然に、本当に偶然に、俺を招き入れようとするエリーと、俺を引っ張り出そうとするあかねの魔力強度が均衡し、三人が魔力で繋がっていながらどちらの意識世界にも属していない、という珍妙な状態が形成されたのだ。

 

その一件によって『三人で会話するんならこれって便利じゃね?』と考え、試行錯誤の末にこうして会話が可能なくらいに安定させることができたのだった。

 

いやはや懐かしい。というほど過去の話でもないが、コツを掴んで安定させるまでにかなりの時間を要したし、二人の魔力のバランスを取れずに爆発、みたいなことも何度かあったのだ。いやはや懐かしい。

 

ちなみに、呼称がないと不便なので内容に即して整合(セッション)とした。命名はあかね。和合(アンサンブル)との繋がりも引っ張ってきているあたり、なかなかどうして粋である。

 

『そんくらいにしとけよ、二人とも。喧嘩させるために整合(セッション)したわけじゃないんだからな』

 

『申し訳ありません、主様。この赤いのの態度が目に余った為……』

 

『てめえにいわれたかねぇよ、青いの。……なぁ、試験が終わったんならさっさと帰ろうぜ?昨日の夜に出たせいで、今日のぶんの水やりできてねぇんだよ』

 

あかねの言う『水やり』というのは、最近本格的にやり始めたガーデニングのことだ。俺が近くにいない時でも、頻繁にふわふわと宙に浮かんで外に出ては、花壇周りを浮遊して生育具合を観察している。育ってほしいからといって水をやりすぎては逆効果になる、と俺が前に注意したので、ならばと宝石の形状のまま出力をかなり絞った魔力流の放出で雑草を根っこから掘り返したりしている身の入れっぷりである。ちなみに掘り返された雑草は微弱な魔力流で庭の端の方に寄せ集め、同じく魔力流で焼き払っていた。乱暴なお口とは正反対で、存外器用で几帳面な子なのだ。

 

『試験の結果が出るまでは待ってくれ。後から通知が送られてくるらしいからあとからクロノに訊いたっていいんだけど、どうせならすぐに発表を知りたいし』

 

『どうせ合格は決まってるようなもんじゃねぇか』

 

『試験の合否に関しては、非常に癪ですが赤いのと同意見です。主様のご意志を(さまた)げるような障害ではなかったかと』

 

『いちいち気にさわる言い方しやがるなぁ、てめぇは……。ともかくそういうこった。結果は十中八九どころか十で合格なんだから、わざわざ時間をつぶすような無駄なマネはしなくていいだろ?最近やっと育ち始めたとこなんだぜ、水やりを欠いて枯らしたらどうしてくれんだ』

 

『俺もこれで不合格になる気はしないけどな、それでもこの目で見たいなあって思うもんだろ?それに水やりについては姉ちゃんに頼んでおいたし大丈夫だって』

 

『失礼を承知で申し上げますが、お姉様は……』

 

『姉貴ならついうっかり忘れてる可能性があんだろぉが!』

 

『姉ちゃんの評価が恐ろしく適切なのは置いとくとして、呼び方……』

 

二人とも姉ちゃんとは和合(アンサンブル)で顔を合わせる機会も作ったが、まさか二人ともそんな呼び方になっていようとは。姉ちゃん大歓喜の大勝利だな。

 

『それにしてもあかね、貴女は主様の庭園で何を育てようとしているのですか?』

 

『あ?あー、なんかいろいろ?』

 

『……手塩に掛けて育てている割には粗鬆(そそう)ですね……。主様』

 

『おう。あかねの言う通りにいろんな種類を植えたけど、基本的には育てやすいものが中心だな。なんたって俺を含めてガーデニングは初心者だし、姉ちゃんは花に興味はあっても食用オンリーだし。乾燥に強いゼラニウムとかマツバギク、あとは花の形がおもしろいキンギョソウとかがメインって感じ。ヒナギクもほしかったんだけど、時期をちっとばかり逃したな』

 

『おい、つい最近、ナツ?に向けて植えたやつを忘れてんぞ』

 

『そうだそうだ、夏に間に合わせられるようにヒマワリも植えたんだったな。姉ちゃんが教えてくれたんだった。ヒマワリの種の中身を塩振って炒めたらうまいらしい。完全に食うつもりなのが不安なんだけどな……』

 

『丹精こめて育てたのに、満開になったとたんに食い荒らされたら泣く自信がある……』

 

『……さすがにそこまでのことはしないと信じたい』

 

『これまで野晒(のざら)しだった主様のお庭が……』

 

『野晒しって言うなよ、せめて手付かずと言え』

 

『失礼しました。手付かずだったお庭が綺麗に整備されつつあるので、その点については私も素晴らしいことだと思うのですが……』

 

『なんだよ青いの、なんか言いたいことでもあんのかよ。つうかてめぇがそこまで気にするってぇのも珍しい』

 

『いえ、気にするというほどではありませんよ。ただ、観賞用として、もしくはお姉様のご意向を汲み取って食用として生育しているのなら、なぜ水と一緒に時折魔力まで与えているのだろうと不思議に思っただけです』

 

魔力を。花に。なるほどね。

 

『……おいこらあかね』

 

『ちげぇって!?わかれば話すって!』

 

『わからないから訊いてるんだろうが。「話せばわかる」だ。なに庭で未知の植物育てようとしてんの』

 

『くそっ、ユードージンモンってやつか?!きたねぇぞ!』

 

『誘導尋問以前の問題ですが。それより貴女……主様にお許しを頂いていなかったのですか』

 

『べつに悪いことしようとしてるつもりじゃねぇよ?ただな、試しに魔力もちょみっとだけ流してやったらめちゃくちゃ育つもんだから……つい』

 

『つい、で魔力やるなよ。なんか最近いやにぐんぐん生長するなあって思ってたらそんなことしてたのか。どうすんの、いきなり動き出したら』

 

『さすがにもともとが魔法植物種じゃねぇんだから動いたりとかはしねぇよ……たぶん』

 

『濁しましたね』

 

『いいじゃんか!あれだ、肥料のかわりだ!』

 

『そんな新時代的な肥料あってたまるか』

 

『まてまて、落ち着けよ、徹。これは発見だぜ?有機・無機肥料と肩を並べる……いやそれらすら上回る肥料になると思わねぇか?無機肥料を超える効き目なのに、有機肥料なみに土壌を豊かにするんだ。環境に悪影響もねぇし、匂いもねぇし、しかも安いどころか無料(タダ)でできる。カンペキじゃねぇか。…………副作用で、もしかしたらうねうねするかもしんねぇけど、まぁ、ほら……そこらへんは誤差の範囲だろ?』

 

肥料についての知識がやけに深いと思ったが、そういえばあかねは最近パソコンの近くにいることが多かった。以前にレイハがパソコンから地球の文明水準や日本の文化常識を取り入れていたのと同じように、あかねはガーデニングについて調べていたようだ。その努力は認めるが、ただ頑張る方向が若干ずれている気がしないでもない。

 

『副作用でかすぎんだろ。植物が動き出すようならそれはもう誤差じゃねえよ。植物に機動性は求めてない』

 

『…………だってぇ』

 

『主様の世界では魔法という技術体系は認知されていませんから、もし植物が自立歩行しだすと大変なことになりますよ』

 

『……………………ぅぅ』

 

俺とエリーの集中砲火により、あかねは黙りこくった。手のひらから、ぷるぷると弱々しい振動を感じる。

 

『……だって、はやくいろんな色の花……見たかったんだもん……』

 

『だもんってお前……。んんー……』

 

あかねの過去を考えると、舌の回りが悪くなる。あまり強く詰責(きっせき)できなくなる。

 

これまであかねは、悪意ある魔導師の手によって長きにわたって人を傷つける道具として扱われ、時の庭園では魔導炉に組み込まれ、外の世界を知らずに過ごしてきた。今のようにこうして自由に見て、聞いて、触れるなんて到底できなかった。楽しむなんてことは許されていなかったのだ。

 

そして俺自身、あかねにこの世界の様々な光景を見せてやりたいとも思った。胸を打つ情景を、壮観な絶景を、そしてなにより、意識しなければ気づけないような日常の中に紛れてありふれた平凡で平穏な風景を。俺の何十倍何百倍と生きていて、しかし情緒も草木もない戦野と、無感動で伽藍堂(がらんどう)な牢獄しか知らないあかねに見せてやりたいと思ったのだ。

 

目的のために取っている方法がやや不適切ではあるものの、あかねは自らの興味や好奇心に素直になって、つまりは幸せを追求しているのだから、頭ごなしに否定するのは間違っている。かもしれない。

 

あかねを手元に置いている立場として、この程度は許容してあげるべきだ。ただ実際に植物に自走されても困るので、そのへんの配慮だけは言い含めておく。

 

『……あんまりその肥料、やりすぎんなよ。人に見られた時、どう言って誤魔化したらいいかわからんからな』

 

『あ、主様?!』

 

『やりすぎんなってことは……またやってもいいのか?』

 

『魔法とかなんも知らない一般人に見られたら相当まずいことになるから、そのあたりの塩梅(あんばい)に気をつけてくれるんならな』

 

『主様、僭越(せんえつ)ながら申し上げさせていただきます。優しくすることと甘やかすことは異なります。主様の世界でこのことが顕露(けんろ)した際、損害を被るのは主様なのですよ』

 

『あはは、そう言われると耳が痛い……。でもな、エリー。せっかくこうしてあかねが興味を持って取り組んでるのにそれを取り上げるのは……なんか違うだろ?』

 

『さすが徹だぜ!動き出したりしないようにめちゃくちゃ気をつける!』

 

『貴女はもう少し(つつし)みのある行動をしなさい。……主様、やはり考え直すべきではないでしょうか?』

 

『まあまあ。あかねも気をつけるって言ってるし、いざとなったら方法はあるし大丈夫だろ』

 

『しかし……』

 

なおもエリーは食い下がる。

 

普段から口喧嘩(と呼んでいいのかはわからないがそれに近しい行為を)しているし性格的に馬が合わないところがあるのは事実だが、こうまで反対の意を示すのは、おそらくあかねのやることが気に食わないとかそういう感情的な理由ではない。

 

エリーはただ純粋に、秘密にするべき魔法関連の諸々がバレないように肝を砕いてくれているのだろう。エリーの言ったとおり、世間に知られてしまった場合、責任を負うことになるのは俺なのだから。

 

俺の身を案じてくれている以上、一方的に否定して意見を聞き入れないというのも、なんだか心苦しい。どうするべきか。

 

『俺もあかねが肥料(・・)をやりすぎないかちゃんと監督するからさ。左目なら魔力の度合いもわかるし、あかねだってここまで言われてやり過ぎるような馬鹿な真似はしないだろうから』

 

『そうだぜ、徹に迷惑かけるようなことなんてしねぇっての。言うまでもねぇだろ』

 

『……万が一、という事態は常に起こりうると考慮すべきです。主様に不利益が発生するかもしれないという可能性が僅かにも存在するのであれば、私は賛成しかねます』

 

『……てめぇはほんと徹のことになったら性格変わりやがるな。ふだんはわりと大雑把なくせに……』

 

『どうとでもご自由に。私はリスクと向き合っているだけです』

 

エリーは(かたく)なだ。俺のこととなるととくに。

 

仕方ない、こんなことに使いたくはなかったが、伝家の宝刀を抜くとするか。

 

『エリー、頼むって。……家に帰ったら「お手入れ」してやるから』

 

『っ!』

 

びくんっ、と魔力の波が生まれた。危うく整合(セッション)が解けかけたが、なんとか調律には成功した。ちなみに、魔力だけでなく左手の中のエリー本体も小さく動いていた。効果は覿面(てきめん)のようである。

 

『そ、そそそんなことで、この私の決意は揺らぎ、ませんっ!』

 

『新しいオイルを買ってきてあるから、エリーも気に入ると思うんだけどなあー』

 

『ああ、徹が前やってくれたあのオイルか?あれはめちゃくちゃきもち良かったぜ!ツヤの出方がちげぇからな!』

 

『気持ち、良かったっ……艶……っ!ぅぅぅっ……』

 

とうとうエリーがぷるぷる震えだした。なんだか物で釣ってるような感じがして悪い気もするが、しかしエリーに対する交換条件としてはこれが一番効果的でもあるのだ。

 

だいぶ悩んでいるのだろう。エリーから送られてくる魔力の出力が安定していない。そろそろこの会話モードを維持するのが厳しくなってきた頃、ようやくエリーが折れた。乱れていた魔力の波が凪ぐ。

 

『わかりました……認めます。ですが、貴女のガーデニングは念の為私も監視しますからそのつもりでいてください』

 

『よっしゃあっ!』

 

『そうか、ありがとうエリー。お手入れは念入りにやってやるからな』

 

『楽しみにしておりますっ!少年執務官の一件のあとめっきり回数が減ってしまっていたのでたっぷりと!お願いしますっ!』

 

『お、おお、わかった』

 

『おい青いの、ただ監視するだけなんてつまんねぇだろ。なんなら一緒に育てようぜ。植えたばっかだからこっから育ってくとこも見ていけるしな!』

 

『ふふ、そうですね。そうしましょうか』

 

俺のもとにきた順番でもロストロギアとしてもあかねより先輩なエリーは、穏やかにくすくすと笑った。直接話せば喧嘩ばかりだが、エリーはあかねのことを気にかけているふしは以前からあったのだ。もしかしたらこれを機に、俺が仲介に入らなくても二人で仲良くできるようになるかもしれない。

 

放置されっぱなしだった庭を使えるようにするのは一苦労だったが、その苦労に見合うだけの、いや、その苦労以上の報酬はどうやらあったようだ。

 

これは本格的にガーデニング用の道具を揃え始めなければいけないな、などとあかね、エリーと話していると、とんとんと肩を叩かれた。

 

『悪い、誰かきたみたいだ。この先はまた後でな』

 

『わかりました』

 

『おう』

 

今はまだ他のことをしながら整合(セッション)をできるほど慣れていないので、一旦二人との繋がりを絶ってから、やってきた相手を見やる。

 

試験会場につくやいなや用事があると言って別行動を取っていたが、どうやらもう戻ってきていたみたいだ。クロノが俺の肩を掴んでいた。

 

「なんだ、クロノか。そうだお前、俺のこと担ぎやがったな!筆記も実技も教えられていた範囲と全然違ったぞ!前情報が当てはまってたのは儀式魔法くらいだったんだからな!」

 

「どうせのちのち必要になる知識と技術だ。損にはならない。そして……今はそんなことを言っている場合ではないんだ」

 

「のちのちとかそんなことって、俺そのせいで無駄に緊張した……ん……。どうした、なにかあったのか?」

 

クロノと再会するなり、ここ最近の過剰にも程がある訓練に対して言い(つの)ろうとするが、雲行きの怪しさを感じ取って文句を引っ込める。年相応にあどけないクロノの顔が、今は苦々しげにゆがんでいたからだ。

 

唇を噛むように口をきつく閉じて、クロノは俺の服を引っ張って立ち上がらせるとそのままの格好で足早にどこかへ向かう。

 

「おい、クロノ!なんだってんだよ、どこに行くんだ!」

 

「……気分が悪くなる場所だ。理由は道中に説明する」

 

「そんなに急がなくちゃいけないのかよ、まだ試験の結果出てないんだけどっ」

 

「試験なら問題ない。あの程度で落ちるようには鍛えていないからな」

 

「俺に対する評価高すぎぃ……。ともかく、試験の結果はあとから見るってことでいいから、とりあえず服を放してくれ。歩きにくい」

 

「…………」

 

クロノは手を放すと、俯いて立ち止まった。

 

身長差もあってクロノの顔が見えにくい。足を曲げてちらりと覗き込むと、クロノの眉間には皺が深く刻まれていた。

 

「く、クロノ……おい……」

 

「徹……先に、言っておく」

 

不穏な気配しか、感じない。驚かせようとか、からかっているとかではない、緊迫した空気。

 

(にわか)に心拍数が上がる。

 

この感覚を、この嫌な感覚を、俺は知っている。先日の一件では幾度となくこの感覚を味わったのだ。間違うわけがない、勘違いなんてできるわけもない。

 

「……すまない」

 

俺の経験則からくる予感は、既に良くないことが起きていると警鐘を鳴らしていた。

 

 

 






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