そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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動揺と平静の狭間

 

《あぁくそっ、なんでこんなことに……っ!指揮司令部が敵の攻撃にあった!指揮官は意識不明の重体、他にも怪我人多数!今は敵の姿は消えたが、またいつ攻めてくるかはわからない!至急、救援を求む!》

 

郊外に設置された司令部からの念話。この念話を飛ばしているのが、どんな立場でどんな職務を任されているのかは知らないが、慌てふためいているのは手に取るようにわかる。なぜならば、隊を率いている人間にだけ念話を送ればよかったのに、俺みたいな末端の魔導師にまで念話を送ってしまっているからだ。

 

もしかすると、このあたり全域に飛ばしてしまっているのかもしれない。だとすれば、この時点でいろいろまずい。不明瞭な報告を等しく末端にまで知らせてしまえば多少なりとも混乱する。加えて『隊長格』だけに狙いを絞るのではなく『地域』で念話を送っているのだとすれば、それは当然、味方以外にも傍受されてしまう可能性がある。

 

戦術でも戦略でも、情報とは限りなく重要なものだ。時として戦力差を覆して命運すら左右する。実際の歴史でも、暗号化を施していない通信を傍受したことで、数に劣る軍が兵数二倍以上三倍近くの敵軍に勝利した例があるほどに。

 

「はぁっ?!なんの冗談言ってやがんだ!てめぇら一体何してやがったんだ?!」

 

隊長が念話の送信者を大声で罵った。念話だというのに口に出している時点で、目の前の若い隊長が冷静さを欠いていることがわかる。

 

そしてそれは、ほかの隊員にも当てはまることだった。

 

「街の住民の捜索という簡単な任務のはずでは……」

 

「は、はやく助けに向かわないと?!」

 

「そもそも帰りの足は生きてんですか」

 

隊長さんのように口汚く罵声を吐くなんてことはしなかったが、狼狽(うろた)ていることは明白だった。ある若い魔導師は顔色を悪くさせながら呟き、ある女性魔導師は局から支給されたデバイスを両手で握り締めていた。

 

隊長が喚き散らしながら念話の送信先に状況確認をしている間に、俺は班のメンバーとやり取りする。

 

俺の想像通りなら、というか一般的な戦術観を敵さんもお持ちであれば、さほど時間の猶予はない。

 

「ランちゃんの得意分野は……」

 

「基本的には遠距離からの射撃ね。白兵戦も嫌いじゃあないけれど」

 

「なら今のうちに位置取りに動いておいたほうがいい。これ以上後手に回るのは避けたい」

 

「……ええ、わかったわ。お嬢ちゃんたちのことは任せるわね」

 

事前の報告なしに部隊から離れるなど敵前逃亡とも捉えられかねないが、ランちゃんは首肯してくれた。目立たないよう、一度静かに廃屋に入ってから移動する。

 

ランちゃんがいなくなったことを、しかし誰も咎めない。隊長は状況を把握しようとしているのか念話相手を恫喝(どうかつ)しているのかわからない口調で今も叫び続け、他の隊員は実戦経験が少ないのか自分のことだけで精いっぱいな様子だった。

 

「ユーノ」

 

「わかってますよ」

 

「そんならいい」

 

ほかの部隊がはたしてどうなっているのかわからないが、少なくともこの部隊は急転した状況と錯綜(さくそう)する指揮系により混乱の坩堝(るつぼ)にある。

 

俺が相手の立場であればどうするか。敵を揺さぶることに成功した今、敵がその混乱から抜け出す前に次の手に打って出る。

 

やはりというべきか、敵さんはこの機会を逃すほど馬鹿でも愚かでもないみたいだ。遠くから風を切るような音が聞こえてきた。

 

「な、なんの、音……?」

 

「アサレアちゃん、建物の影から出ないようにな。危ないぞ」

 

空気を裂くような音が接近を続け、到達した。

 

俺たちが背中を預けていた交差点の角の家(すでに屋根と一部の壁が吹っ飛んでいて廃墟の様相だが)の壁が、突然の振動とともに爆ぜた。

 

相手方の射撃魔法だ。飛来したのは広場の方角から。向こうは既に気づいていた。待ち構えていた上で、やはりこのタイミングで仕掛けてきた。

 

「きゃあぁっ!」

 

「アサレアっ、伏せて!」

 

「アサレアちゃん、クレインくん。ここなら角度的に射撃魔法は飛んでこないし、バリアジャケット着てればこのくらいの瓦礫じゃ怪我なんてしない。落ち着いて」

 

ぼろぼろだった家にさらに深刻なダメージが加えられていく。上から雨のように瓦礫が降ってきた。拳ほどもない小さな石ころもあれば、時折頭より大きい塊まで落っこちてくる。

 

浮き足立っているアサレアちゃんとクレインくんの頭に迫る大きな塊を殴り飛ばす。

 

屈み込んだ二人の頭上を覆うように、薄緑色の膜が張られる。ユーノの障壁魔法が展開されていた。

 

「兄さん、どうしますか?隊長さんの指示を待ちます?」

 

ステップでも踏むようにひょいひょいと瓦礫を身軽に(かわ)しているユーノは、とくに動揺しているような印象はない。これより荒れ狂った状況を、もしくはとち狂った戦場を、経験したからだろう。

 

「なにするにも、まずは部隊の態勢を立て直さなきゃどうにもならないだろうけど……一隊員である俺に指示を出す権限はない。隊長の命令を待つしかないな」

 

散発的に放たれる魔力弾がけたたましい音と粉塵を撒き散らす中、隊長がそれを上回る声量で上書きする。

 

「司令部への救援に向かう!全員準備しろ!」

 

後退。隊長はそう決定したようだ。

 

その決断自体は間違っていない。総指揮を()るべき司令部が攻撃を受けたのだから、助けに行くのは当然だ。むしろ責務とも言える。しかも、その近くには俺たちを運んできた艦船の離発着場がある。そこを制圧されでもすれば帰れなくなる。

 

だが、ここから後退するにしても、一つ問題がある。

 

「目の前の敵はどうすん……ですか?背中を見せて退けば追撃がくると予想できますけど」

 

俺の質問に、隊長は心底鬱陶(うっとう)しそうに眉を寄せた。

 

「ああ?!確実に追ってくるかもわからねぇだろぉがよ!仮に追撃されても振り切ればいいじゃねぇか。どうせ程度の低いごろつきに毛が生えた程度の連中だ!」

 

あくまでも、この人は敵勢力の魔導師を軽んじるスタンスを変えないようだ。なにがあったらそこまで相手を見下せるのか、まったく共感できない。

 

(きびす)を返して司令部がある郊外へ向かうまでに追っ手がかかれば、他の隊員が手傷を負うかもしれないし、なにより俺と仲間の身にも火の粉が及ぶ。

 

しかし、たとえ理解のできない命令でも、命令であることに変わりはない。拒否すれば命令違反だ。その先には罰則が待っている。エリーとあかねを取り戻すために成果を出さなければいけない俺にとって、それはあまりに都合が悪い。

 

どうにかして変更してもらわねば。

 

「俺たちは今日初めてこの地にきました。同じ道を引き返すだけといっても周辺は瓦礫の山で方向感覚は狂いますし、足場も悪い。地の利において、相手は一日の長です。俺たちの知らないルートを使って回り込まれでもしたら挟撃されます」

 

「いちいちビビってんじゃねぇよ素人が!やられたらやられた奴の責任なんだよ!自分の身も守れねぇような奴じゃ、どうせ長生きはできねぇよ!俺の責任じゃねぇ!」

 

「…………隊を、預かってるんでしょう」

 

「知るかよ!俺は新米ども押し付けられただけだ!責任は俺じゃなく、こんな配置を命令した上司だろぉが!」

 

唾を飛ばしながら、声を張り上げながら、隊長はのたまう。

 

「こんなクソみてぇな、おいしいとこだけ持ってかれた任務で昇進の種が転がってきたんだぞ!これを逃したら次いつチャンスがあるかわからねぇ!たいして評価もされねぇ目の前の木っ端(こっぱ)より、確実に評価が上がる司令部に力をかけるのは当然だろぉが!」

 

「……その司令部に向かうまでに隊員が何人か欠けても、ですか?」

 

「さっきも言ったろが、やられた間抜けは自己責任だ!司令部のクソ連中は一山いくらの兵隊が何人死のうが気にしねぇ!自分が助かればそれでいいんだよ!書類上は任務中の戦死か事故死で処理しちまうからなぁ!だから俺が責められることもねぇ!それにひきかえ少なくとも助けに行ったっていう事実さえありゃ、功績は認められる!他のことなんざどうだっていい!」

 

「…………」

 

濁った炎で目を爛々(らんらん)とさせながら、隊長は()えた。

 

この部隊に配属されてから通して隊長の覇気はまったく感じられなかったが、よりにもよってこんな状況下に置かれて初めて隊長のやる気を見るなんて。要約すれば、隊の命より自分の昇進が優先だと、そう断言するなんて。

 

俺の心に到来したのは、失望や、落胆や、憐憫(れんびん)なんて感情じゃない。もっと複雑で低俗な何かだ。

 

彼の、飢渇(きかつ)にも似た出世への渇望は、畏怖すら感じる。

 

隊長の命令は理解できないが、彼が必死なのは理解できた。

 

だとしても、周りを踏み台に使うようなやり方にはついていけない。

 

切り口を変える。

 

「司令部に救援へ向かう。それはわかりますが、敵と遭遇したにもかかわらず後退するというのは、敵前逃亡と捉えられるかもしれません。そうなった場合、一番責任を追及されてしまうのは、隊を指揮する立場でありながら真っ先に敵から離れようとした隊長になってしまうのでは?」

 

「はぁっ!?なるわけねぇだろ!適当なことほざいてんじゃねぇぞ!」

 

「司令部強襲の報で動揺したところに、敵からの先制攻撃。臆病風に吹かれた、などと因縁をつけられる可能性もゼロではないかと。足を引っ張ってくる険悪な仲の同僚や、後輩の昇進を(ねた)むような底意地の腐った先輩などいませんか?」

 

俺がそうやって猜疑心(さいぎしん)を煽ると、隊長はあれだけ騒々しかった口を閉じた。眉間にしわを刻んでいるところを見るに、心当たりはありそうだ。

 

数秒考え、苦虫を噛み潰したような表情で隊長は舌打ちした。

 

「難癖つけられてもおもしろくねぇな、くそが!」

 

どうやら俺の願っていた方向に話が転びそうだ。無理のある後退は阻止できた。

 

ただ、俺は一つ、見誤っていた。もともと隊長は広場で潜伏している敵に対してどういう攻撃を仕掛けようとしていたのかを。

 

「広場の敵を掃除してから司令部に向かう!どうせ奴らは大した訓練もやってねぇ(あくた)だ!障壁張って突撃!さっさと制圧するぞ!カウント、スリー、ツー!」

 

「っ!ま、待て……っ!」

 

落ち着きを取り戻しつつあった隊員たちに、早口で命令を出した。

 

パニックになっていた時であれば聞き入れてなかったかもしれないが、動揺と平静の狭間のような精神状態の隊員たちは盲目的に隊長の声に従った。

 

事態は決定的に動き出す。

 

「……ワン、ゼロっ!全員、突撃しろぉっ!」

 

隊長に物申す暇もなく、カウントはゼロとなる。

 

ぼろぼろとなりながらも遮蔽物(しゃへいぶつ)の役目は充分に果たしていた廃屋の陰から、隊長も含めて隊員たちが飛び出した。防御魔法を行使しながら、広場周辺の建物に潜んでいるだろう敵へと駆ける。そこには、戸惑い怯えながらもデバイスを握る明るい髪色の兄妹、クレインくんとアサレアちゃんもいた。

 

追うように広場へ繋がる道に出ると、ユーノが隣に並んだ。

 

「なにしてるんですか、兄さん!」

 

「悪い、しくじった。まさかここまでとは思わなかった」

 

「誰も彼もがみんな、アースラにいた人たちのように思慮深くはないんですよ!」

 

隊員たちを追いかけながら情報を集める。

 

右目と左目、それぞれ違う『光』を映す目が、それぞれ異常を映していた。

 

右目では、広場近くの建物に潜んでいたと思しき魔導師が姿を現したところを視認していた。俺たちが突撃してきたのを見て、返り討ちにするためにこちらにデバイスを向けている。

 

左目では、魔導師全員から滲み出る魔力光と、敵の魔導師の近くに浮遊状態で待機している射撃魔法と、ぱらぱらと撃ち放たれる魔力弾。と、もうひとつ。俺たちの隊の進行方向に、もやもやとした魔力の光、それが網のように展開されている。

 

嫌な予感が止まらなかった。

 

「ユーノ!全員引き戻せ!俺はあの兄妹をやる!」

 

「引き戻せって……先頭の人はだいぶ進んでますし、全員なんて無理ですよ?!」

 

「多少強引でいい!拘束魔法でもなんでも使って引きずり戻せ!」

 

「わ、わかりました!……あとで怒られたら兄さんのせいにしときます!」

 

「構わん!しらを切り通してやる!」

 

幾条もの淡緑色の鎖が隊員たちに伸びる。俺なら術式を組み替えて鎖の伸展速度を上げなきゃいけないところを、ユーノは平気でやってのける。力加減も難しいだろうに、複数の目標に素早く拘束魔法を差し向けた。

 

ユーノに負けじと俺も魔法を展開させ、赤っぽい頭二つにめがけて鎖を伸ばす。二人の胴体に絡みつかせ、引っ張った。

 

「うわぁっ!?」

 

「ひゃぁっ!」

 

悲鳴が二つ、聞こえた。

 

広場への道を塞ぐように展開されている薄い魔力の光に触れる前に、間に合った。

 

急ぎすぎて収縮速度を上げすぎた結果、ウィルキンソン兄妹がなかなかの勢いでこちらに飛んでくる。引っ張った手前、回避して二人を地面に転がらせるのは忍びない。

 

軽かったためか、先に飛んできたアサレアちゃんは身体で受け止め、後に続いてきたクレインくんを右腕でキャッチする。

 

「いったぁ……く、ない?あれ、なんで?……な、なっ、なぁっ!」

 

「あ、あれ……逢坂、さん?え、え、なにが、どうして……」

 

急に引っ張り戻されたことで二人とも目を白黒させていたが、アサレアちゃんは俺に抱きとめられていることに気づくと青褪めていた顔を真っ赤に染め上げた。白だったり黒だったり青だったり赤だったり、忙しい子である。

 

「自分で立てるなら立ってくれ。他にもいっぱい飛んでくるぞ」

 

言うが早いか、一人、二人、三人と多少地面を転がりながら戻ってきた。ユーノが仕事を(丁寧さ二の次、スピード優先で)果たしてくれていた。

 

クレインくんは自分で、さっきまでとは違う意味でパニックになっているアサレアちゃんはすぐには動けないようなので俺が抱きかかえたまま、後ろに下がって場所を空ける。

 

淡い赤色の髪と同じくらいの顔色にしたまま、あわあわしているアサレアちゃんはひとまずこのままにして、ランちゃんに連絡を取る。

 

《ごめん、突撃の命令を止められなかった。ランちゃんの判断でいい、支援を頼む》

 

《だいたいの成り行きはわかるわ、徹ちゃんは気にしないでいいわよ。了解したわ、任せなさい》

 

直後に、腹の底に響く重い音が耳朶(じだ)を叩いた。

 

まるで大砲のようなそれを背後に感じつつ広場の先へと目を向けると、敵の魔導師がいた建物の一つ、そこの壁にぽっかりと大きな穴が空いていた。ランちゃんのがたい(・・・)に似合った凄まじい威力だ。

 

っていうか敵の魔導師死んでないかな、非殺傷設定にはしているのだろうか。敵対していても殺しちゃダメって聞いてるんだけど。

 

「兄さんっ!」

 

ユーノに呼ばれてそちらを見る。焦った顔で、魔法陣から伸びている鎖を操作していた。

 

いや、操作というにはあまりにも動きがない。鎖は弓の弦みたく張り詰めている。引っ張っているのに、こちらに引き寄せられないといった感じだった。

 

鎖の先端へ目を向ける。そこには二人の魔導師がいた。

 

隊員が一人と、相手の魔導師を(あなど)り軽んじ見下していた隊長だ。

 

二人の胴体にはユーノの鎖が巻かれているが、その身体はびくともしない。理由は、二人の手足にあった。

 

「拘束魔法……くそっ!突撃してくることを見越して……ってことは、やっぱあのもやもやは拘束魔法の待機状態だったのか……っ」

 

手足には、様々な色の捕縛輪が掛けられていた。空間に縫い止めるそれらの設置型拘束魔法により、二人は動くことができなくなっていた。

 

こんな状態では、無理に引っ張ろうとすればかえって二人の身体を痛めつけることになりかねない。さしものユーノも手の施しようがなかった。

 

「待てよ……待て待て待てッ!」

 

アサレアちゃんを兄のクレインくんに任せて俺が直接向かうが、二人は先行しすぎていた。ランちゃんの支援射撃は継続されているが、相手の数が多すぎる。

 

間に合わない。

 

複数の色の魔力弾が、一箇所目掛けて集まる。

 

取り残された二人は、集中砲火に晒された。

 

轟音と粉塵。距離があった俺にまで衝撃波が届いて顔をなぶった。

 

「くそっ!隊長はどうでもいいけど、真面目な隊員を巻き込むなよっ!」

 

これまでのような牽制程度ではない。本気で狩りとる為の、射撃魔法の嵐。

 

二人は防御魔法で抵抗したようだが、個人の努力でどうにかできる限度を超えていた。魔力弾の密度は、それほどまでに凄まじいものだった。

 

巻き上げられた砂煙が晴れる。

 

至るところに穴が穿たれた道の上に、人間大のシルエットが二つ、落ちていた。

 

血みどろの隊長と隊員が、転がっていた。

 

「お、おい……スタン設定じゃ、ないのかよ……」

 

基本的に、デバイスは非殺傷(スタン)設定が施されている。その設定をしている限りは(相当の痛みも相応の衝撃もあるが)傷つきはしない。怪我はしない。

 

ただ、あくまでも『基本的には』であり『スタン設定をしている限りは』である。意図してその設定を解除してしまえば、射撃魔法なりなんなりが持つ本来の破壊力を負うことになる。

 

俺も経験がある。スタン設定を外した魔法を受けた経験が。傷つき、血を流し、適切な処置をしていなければ命すら危うかったほどの、苦痛と恐怖を刻まれた実体験が。

 

「っ!今から治療すれば、まだっ!」

 

止まりかけた足を再び動かす。

 

体内を巡る魔力を意識し、操作する。リンカーコアから供給される魔力量を平時よりも増やし、身体全体に行き渡らせる。その上で、下肢に魔力を傾ける。

 

循環魔法。俺の新しいカードだ。

 

「はっ……蜘蛛の巣にかかるまで見物ってか」

 

ぎりぎり人間の形を保っている二人に駆け寄るが、弾丸の雨は降らない。

 

隊長と隊員の動きを縛った時に待機されていた拘束魔法はいくつか発動しているが、まだ薄ぼんやりとした魔力光は多くある。敵魔導師たちは俺がその罠に引っかかってから確実に仕留めようと考えているのだろう。

 

ならば、俺にとっては好都合だ。

 

二人に接近し、担ぎ上げようとした時、いくつか光がきらめいた。肩や腕、腹や足に輪っかや立方体の(かせ)がかけられる。

 

「せめて、この三倍は用意しとけ」

 

ほぼ同時。

 

待機状態にあった拘束魔法が発動したとほぼ同時に、それらは粉々に砕け散る。俺が二人を抱きかかえる際にも幾つも展開されて身体にくっつくが、同様に破壊されていく。自由を奪うどころか、俺の動きを止めるにすら至らない。

 

俺がいったい何十回この手の魔法を喰らい続けてきたと思っている。伊達や酔狂や冗談や悪ふざけみたいな感覚で拘束魔法を受け続けてきたのだ。今更こんな質の低い手枷足枷を掛けられたところで、打ち破るのに苦労はしない。

 

「軌道はまっすぐ、フェイクもなし。短時間なら問題ない」

 

拘束魔法が功を成さなかったのを見て、敵さんは射撃魔法に移ったようだ。

 

両目は怪我人二人に向いているが、無論、敵魔導師たちを無視しているわけではない。この戦域周辺にはいくつかサーチャーを放っておいた。そこから届く情報を元に障壁を展開する。

 

「砕かれる前に……退散!」

 

さすがにクロノやなのは、フェイトたちほどの魔導師はこの場にいなかったようだが、そこは薄っぺらいことで名を馳せた俺の障壁だ。火線で耐えられる構造にはなっていない。

 

なので、二人を小脇に抱えると可能な限りのダッシュでユーノのもとまで退がる。

 

広場から射線が通らない場所に、すなわち最初に俺たちが隠れていた廃墟の陰まで走り、ようやく二人を下ろす。

 

俺が怪我人を抱えて戻ったことで敵魔導師が追ってくるかと思ったが、地の利を得ている広場周辺から動くことはなかった。

 

「ユーノ!こいつらを!」

 

「これは、ひどい……すぐに治療を始めますっ!」

 

呼ぶ前に近くに寄ってくれていたユーノに二人を任せる。ユーノは速やかに治癒魔法を行使した。

 

二人の怪我の状況は深刻で、とくに隊長の傷がかなり重い。相手にも見破られていたのか、隊の指揮を執る人間を優先的に墜とそうとしたのだろう。

 

「ここからどうするか、だな……」

 

こんな状況を招いたのは、俺の責任でもある。無策で反転して司令部に戻るという考えを撤回させたのはいいが、結局、無謀な突撃に回帰した。

 

隊長は自業自得もいいところなので何の感傷もないが、それに付き合わされた隊員の一人が深い手傷を負った。司令部まで全力疾走で戻る、という作戦なら、もしかしたらこの隊員は負傷せずにすんだかもしれなかったのに。

 

「っ……いや、選ばなかった選択肢なんて考えるな……」

 

その選択肢のほうが良かったなんて確証はない。今はそう考えて、無理にでも納得しておかなければいけない。

 

敵の部隊は健在で、いまなお牽制の砲火を浴びせ続けている。

 

対してこちらは負傷者が二名。うち一名が隊を指揮する立場の人間。なにより隊員たちは今日が初めての実戦という者も多いようだ。動揺と混乱と恐怖。何をすればいいかもわからず、慌てふためいている。

 

士気は最悪だ。この場を逃げ出していないだけありがたいと思ってしまうほどに。

 

相手は攻めてくる様子を見せないが、仮に攻めてこられた場合、纏まりがないこの部隊ではまともな反撃もままならない。潰走(かいそう)、全滅する恐れすらある。

 

「あ、逢坂、さん……これからどうすれば……いいんですか?ぼくは、なにをすれば……」

 

打開策を模索していた俺に、クレインくんが尋ねてきた。その声はとても心細そうで、表情には恐れが色濃く見えた。

 

「な、なに、言ってんのよっ……は、反撃するに、決まってんでしょ!それが仕事っ……そういう任務だったでしょっ!」

 

アサレアちゃんはそう気勢を吐くが。

 

「そ、そうだけど、腰抜けてるアサレアが言っても、ただ強がってるだけだよ……」

 

「ううううっさい!腰なんて抜かしてないわ!ただ足に力が入らないだけよ!」

 

威勢のいい言葉は飛び出すが、アサレアちゃんは現在、ぺたんとへたり込んで肩をクレインくんに抱かれていた。彼女の性格だとクレインくんの手をはねのけそうなものだが、そうすることもできないほどパニックに陥っているのだろう。

 

「ここはやっぱり、司令部まで後退したほうが……」

 

「このっ、ばか!あの脳みその足りない隊長に逢坂さんが言ってたじゃない!」

 

「……ん?アサレアちゃん、いま俺のこと逢坂さんって呼んだ?」

 

「ばっ、ばかっ、呼んでない!と、とにかく、無能の隊長にこいつが言ってたでしょ!背を向けて撤退すれば追い討ちのカモになるって!」

 

俺が聞き直したせいか、俺の呼び名が戻ってしまった。それよりも隊長の扱いがデフォルトで辛辣(しんらつ)だ。自然にディスってるところがまたきつい。

 

どこか脇の甘いアサレアちゃんを苦笑いで眺めていたが、ふと、気づいた。いや、思い出したというべきなのか。

 

「考えろ……考えろ。そうだ、別に相手を叩き潰す必要はない……」

 

司令部までの撤退は間違っていなかった。今回の任務を取り仕切っている司令部を守るという意味でも、艦の離発着場を守るという意味でも、撤退は間違っていなかったんだ。

 

ただ、その手段が間違っていた。

 

攻撃してきている敵を目の前にして、無防備にも背中を見せて司令部まで戻るという、そんな命令こそを否定したかったのだ。

 

ならば、必ずしも敵を掃討する必要はない。追撃されないように、追撃できない程度に相手へ打撃を与えれば、それでいい。それだけでいい。

 

立案に協力してくれたウィルキンソン兄妹の頭を撫でながら(アサレアちゃんからは抗議の唸り声を頂いたが)、隊員全員に聞こえるくらいに大きく、言う。

 

「みんな聞いてくれ。一つ、策がある」

 

 


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