そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「胸糞悪いなァッ!」

 

 

「逢坂さん、ほ、本当にやるんですか?」

 

盾にしている家の壁に張りつくようにしてタイミングを計る俺に、クレインくんが確認する。このセリフはかれこれ五度目だ。よっぽど成功するかどうか心配らしい。

 

「ああ、やる。そうしなくちゃ安心して戻れないだろ?大丈夫だ、一発も弾は通さないからな」

 

家の角から顔は出さずにサーチャーで視ながら、魔力弾の密度が薄くなる時を待ちながら答える。

 

当初よりも弾幕に穴が増えてきている。

 

いくら人数が揃っているといっても、魔力には限界がある。ローテーションで牽制のための射撃魔法を使っていても、いつかはガス欠する。だから数を抑えてきているのだろう。

 

要因はもう一つある。ランちゃんの存在だ。

 

この場にはいないが、離れた場所から支援射撃してくれているランちゃんにも牽制の魔力弾が飛んでいるので、必然、こちらに向けられる弾丸の数も減るというわけだ。

 

頭上を越えていく魔力弾の方向から察するに、ランちゃんは捕捉されないよう移動しながら撃っている。

 

遠距離射撃ーー狙撃行為は神経をすり減らすと言われている。集中力が落ちてきて、敵の魔力弾がランちゃんに直撃して手傷を負えば支援の頻度は下がるだろうし、どころか支援射撃が止まるかもしれない。これ以上の戦力低下は避けたい。

 

「あの、でも……この作戦、一番危ないのは……」

 

「役割分担だ。俺は離れた敵への攻撃手段を持たないから、クレインくんたちに任せるんだ。そこで役に立たないぶん、ほかのところで働かないといけないだろ?」

 

「そう、かもしれませんが……」

 

「わかってくれたんなら心の準備をしといてくれ。三秒前からカウントする。みんなも用意しといてくれ!」

 

セリフの前半はクレインくんに、後半は隊員たちに向けて言ったものだ。

 

クレインくんはもどかしそうな表情をしたが、やがて杖を握りしめて頷いた。

 

スタン設定ではない魔法の前に出る経験はなかったのか、ほかの隊員たちには敵への恐れが顔面に貼りついているが、それでも俺の合図で構えてくれる。指示されても従わなければいけない道理なんてないのに、俺に協力してくれた。

 

「な、なにやろうとしてるのか知らないけどっ、せいぜい頑張んなさいよっ!」

 

アサレアちゃんの言葉にはやっぱり棘がついているが、本心では心配してくれているのがよくわかる。面白いほどに顔に出ていた。

 

ちなみにアサレアちゃんは作戦に不参加である。自分は有能であると声高に謳うアサレアちゃんも参加してくれたら、こちらの有利に進む確率が数パーセントか上がっただろうけれど、まだ足腰が立たないのではどうしようもなかった。

 

アサレアちゃんには腕で返事をしておき、作戦開始のカウントダウンを口頭と念話で行う。念話は、ランちゃんの支援射撃とタイミングを合わせるためだ。

 

「兄さん、即死とかはやめてくださいね。頭がぱーんってなっちゃうと治せないので」

 

そんな恐ろしくも頼もしいエールを送ってくれるユーノは、なんと怪我人二人を同時に治療していた。

 

治療に専念してもらうため、ユーノも作戦には参加しない。防御手段に優れたユーノがいてくれたほうが俺としても安心はできるのだが、人命に関わることなのでこればかりは仕方がない。念話で《死なない程度にがんばってくる》と簡潔に返しておいた。

 

「二……一……っ」

 

肌を刺すような緊迫感に包まれる。

 

一瞬、間を置いて、動く。

 

「ゼロ!全員っ、撃てっ!」

 

動ける隊員全てが遮蔽物から出て、広場に潜む敵魔導師へ射撃魔法、砲撃魔法など、おのおの得意な遠距離攻撃を叩き込む。幾条もの光の線が広場付近の建物めがけて放たれた。

 

「やっぱ、便利だよなぁ……射撃魔法は。いや……俺は俺にできることをやるだけだ」

 

クレインくんを含めた隊員たちが魔法を使っている間も、一斉射撃の前に発動されていた射撃魔法がいくつか飛んできている。俺の仕事は、相手からの牽制射撃を後ろに通さないことだ。

 

「にしても、狙いが雑だなぁ……」

 

逐次、障壁を作って敵弾を弾きながら一斉射撃の効果を確認するが、どうにもパッとしなかった。

 

前もって準備していたため数は多いし、隊員たちの実力もあいまって威力もありそうだが、いかんせん照準が定まっていない。それもそのはず、敵の姿を確認せずにばら撒いただけなのだ。

 

そして、それでもまったく構わない。というよりも、この一斉射撃の目途(もくと)は敵の数を減らすことではない。そりゃ、ちょっとは当たって減らせたらなぁ、とは思っていたが、意図は別にある。

 

「総員後退!」

 

隊員たちが、あらかじめ待機状態にさせていた射撃魔法をあらかた吐き出した頃合いを見計らい、指示を出す。

 

「さ、次のお仕事だ」

 

みんなが下がってしまえば俺が盾を張り続ける必要もない。

 

全員が建物の陰に隠れるのをサーチャーで見届けてから、土煙が巻き上がる中、地面を強く蹴る。跳び上がる。

 

仕返しとばかりに殺到する射撃魔法の嵐を眼下に見ながら、一番敵魔導師が多かった廃墟へ降下、または落下する準備をする。

 

奇襲の意を込めて、自分の真上に足場用障壁を展開した時、一筋の太い輝線が閃いた。

 

ランちゃんの支援射撃だ。

 

「斉射が終わったら後退していいって言っといたのに……」

 

敵魔導師の目は、唯一遠距離射撃を続けるランちゃんへと集まる。一時収まっていた敵部隊の射撃魔法が勢いを増して再開された。

 

俯瞰(ふかん)しているとよくわかる。

 

ランちゃんへと射撃魔法を放っている敵魔導師の場所、人数、照準精度、連射性能。この広場の構図、付近に配置されている敵部隊の規模と練度。簡単に見て取れる。

 

「あとから礼言っとかないとな」

 

緩む頬を押さえつつ、上下反転して障壁を蹴る。

 

猛烈な速度で地表が近づく。高度が下がってきたところでもう一度上下反転、足を下に向ける。いくつか落下速度緩和のための足場を作り、軟着陸した。以前にも似たような真似をしでかしたことはあるが、それと比べればかなり上達したものである。まあ、パラシュートも飛行魔法もなしで上空からの降下とか、そう何度も経験したいものではないけれど。

 

「よっ……と」

 

着地点の家屋はすでに屋根が落ちていたのでダイナミックかつ静粛にお邪魔した。

 

二階部分の、広場に面した一室だった。明るい色合いの調度品や、ファンシーなぬいぐるみが足元に落ちていることから、この部屋の主人は女の子だったのだろう。

 

 

今や、ピンク色のカーテンは焦げつき、窓は枠ごと吹き飛び、部屋全体が埃っぽい。もはやこの部屋は住める状態ではなくなっている。そもそも屋根がない時点で、この家は建て替えるほかに道がないかもしれないが。

 

「たしか……この隣の部屋だったな」

 

鳥瞰(ちょうかん)していた時を思い出しながら、物が散乱している床を歩く。

 

敵対勢力がここまで踏み込んでくることを想像していなかったのか、隣の部屋の扉は開きっぱなしだった。

 

物音を立てずに部屋の中を覗き込む。

 

「……いた」

 

一人の男が杖状のデバイスだけを窓の外に突き出して魔法を放っていた。ランちゃんに捕捉されたくない心理の表れなのだろうが、魔法を使っている時点でさほどの効果はなさそうだ。

 

できるだけ静かに、付近に散らばっている敵魔導師に勘付かれないように目の前の男を無力化したい。

 

真正面から相対するのがばからしく思えてくるくらいの次元が違う強さの魔導師たちと拳を交えてきた俺だが、その経験はあくまで一対一に限られる。大人数で囲まれて自由に動き回れなくなれば、いつか処理が追いつかなくなる。袋叩きにされるのが目に見えている。

 

だからこそ、各個撃破に持ち込む。それを繰り返して人数を減らしていく。敵部隊も被害が膨らめば俺たちが背中を見せて逃げようとしていても追討しようとは考えないだろうし、上手くいけばこの広場から撤退してくれるかもしれない。

 

そういう運びで、やっていこうと思っていた。この瞬間までは、そう思っていた。

 

「…………あーあ……」

 

この場にいる敵が窓の近くにいる馬鹿一人だけなのかどうか確認するため、盗人のようにこそこそと部屋の奥まで目を向けた時だった。

 

「……胸糞悪いなぁ…………」

 

そこに、あった(・・・)いた(・・)のではなく、あった(・・・)

 

この家の、住人だろう。住人だったのだろう。

 

十歳になるかならないかくらいの女の子を守るように、父親と思しき男性と、母親と思しき女性が覆い被さっている。

 

その三体(・・)は、ぴくりとも動かない。家が崩れ、無法者が我が物顔で乗り込んでいるのに、動かない。

 

彼らはもう、事切れていた。

 

いや、このような言い方では彼らに失礼だ。

 

目の前の男が、彼らを殺めたのだろう。少女を守ろうとする両親も含めて、女子どもがどうとかそんなこと関係なしに。

 

薄々は、頭の端っこのほうでは、わかっていたはずなのだ。

 

ここは、戦場だ。

 

敵は色とりどりのレンガで彩られた古めかしい街を壊滅させた。デバイスの非殺傷設定を外していた。

 

つまりは、人を殺害することに一切の罪悪感も、良心の呵責もないのだ。

 

どこまでも愚かだ。

 

そして、それは俺も同じだ。

 

こうして実際に目の当たりにするまで実感がなかった。

 

街が攻め落とされた。住居が破壊された。人が、死んだ。

 

そう報告されていた。報告されていても湧かなかった、解らなかった、その実感が。

 

「本当にッ……」

 

どうしようもないほどに怒りがこみ上げる。

 

何の罪もない住人を情け容赦なく殺害する目の前のこいつと、あまりにも楽天的で楽観的だった自分に。

 

床にはレンガの破片やガラスが飛び散っていた。そしてそれらを踏み締めた。

 

「胸糞悪いなァッ!」

 

胸に(わだかま)るぐちゃぐちゃな感情を、この一歩に込めた。

 

 

「もう……いないか」

 

目視で近場を、サーチャーで付近一帯をざっと流し見る。目立った動きはなかった。大きな物音もしないことから大部分は鎮圧できたとみていいだろう。

 

「っ……左腕痛ぇなぁ……」

 

最初に発見した敵を少々派手にぶっ飛ばしてしまったため、周囲にいたそれはもうたくさんの魔導師にあっという間に発見された。

 

いったいどういった手法でこちらの戦況を把握していたのかはわからないがランちゃんの的確な支援射撃もあり、目につく敵は排除できた。しかし、乱戦の中を駆け回って撹乱(かくらん)しつつ殴り倒していたのだが、その際に流れ弾が左腕を直撃してしまったのだ。

 

循環魔法で全身の強度を上昇させてはいるが、以前使っていた魔力付与魔法と比較するとどうしても出力の面で劣る。さすがに左腕が動かなくなるくらいの大怪我とまではいかないが、出血はあるしぴりぴりとした痺れはあるし、なによりもちろん痛い。ひとまずは自分の稚拙な治癒術式を展開して血液の流出を抑えておくが、こんなものその場しのぎの痛み止めだ。はやくユーノにちゃんとした治癒魔法を施してもらいたいところである。

 

「こいつら、死んでないだろうな……。嫌だぜ、こんなことで嘱託魔導師の免許剥奪とか……」

 

あたりには、ついさっきまで俺にデバイスを突きつけてくれていた男たちが地べたに這い(つくば)っている。腕やら足やらが本来曲がらない方向に曲がっていたり、鼻や耳や口や他にもいたるところから赤黒い液体が流れてたりはするが、とりあえず五体は揃っているので死んではいないと願いたい。

 

沈めた敵魔導師たち全員の首に縄かけて司令部まで引っ張っていきたいが、俺一人では到底運べない。とりあえず、ここに捨て置くこととした。

 

「俺もさっさと司令部に戻……なんか、持ってる?」

 

司令部がある方向へと足を送ろうとしたが、倒れ伏している男の胸元に異物を発見した。

 

うつ伏せに寝ていた男を転がして仰向けにする。むさ苦しいおっさんの身体検査とか気が滅入るにも程があるが、敵勢力の情報があればこれからの調査が楽になる。近い未来の楽を手に入れるため、今は甘んじて苦痛を味わおう。

 

「このご時世に紙媒体かよ。なんかもっとこう……ファンシーでファンタジックなマジックアイテムとか持っとけよ」

 

俺が殴り倒した際に、男が胸元に隠し持っていた数枚の紙が飛び出してしまっていたようだ。

 

情報のやり取りに紙を使うとはずいぶん古臭い気もするが、携帯端末などの電子機器にデータを入れていると外部からのハッキングの脅威に晒される可能性があることから、昨今再び紙媒体が注目されている。あながち悪い手段と扱き下ろすことはできない。

 

少なくとも、電子機器や魔力を動力とした品であれば、俺ならハッキングで根こそぎ奪い取れた。俺が悪態をついたのも、そういった側面がある。

 

「……なんだ?部隊の編成についてじゃ、ないのか?」

 

ところどころ(血で)汚れていたり、故意に黒く塗りつぶされている部分もある。それでもわかる範囲で読み進めていくと、首を傾げたくなる文章が並んでいた。

 

「『稀少技能(レアスキル)……ジュリエッタ・C・コルティノーヴィス……修正、不適……代用、不足……組み合わせ……クレスターニの秘術……価値……王』……これ以上は読めない、か」

 

文字はほとんど虫食いに近かったが、なんとかがんばっていくつかの単語を読み取った。

 

理解するための前情報を俺が持ち合わせていないのか、現時点で引っかかった言葉というとこのくらいであった。

 

あまりにも単語一つ一つに共通性がない。おそらくこれらの書類は、何かしらの計画の後に作られた、いわば報告書といった立ち位置なのだろう。機密情報管理のためか、何に対する報告書なのかはわからなかった。

 

だが、いくつかのワードについては俺も聞いたことのあるものがあった。

 

稀少技能(レアスキル)は置いとくとして、コルティノーヴィスとクレスターニ……。たしかこの街にいた優秀な魔導師がコルティノーヴィスって姓で、クレスターニってのはランちゃんがこの街で観たっていう人形劇団、だったよな……」

 

点と点で独立していた情報が、線で繋がる。繋いだのは、敵勢力のレポート。

 

そもそも、なぜこいつらがこの街を、サンドギアを襲ったのかわからなかった。ただ暴れたいってだけの(やから)なら、こんな報告書を持っている理由もない。報告書があるということは、誰かに、もしくはどこかに報告しなければならないということだ。

 

つまりは。

 

「思ったより巨大な組織なのか、それとも誰かに雇われている……のか?」

 

思い返せば不自然なところも多い。管理局の魔導師と面と向かって干戈(かんか)を交えるのもおかしいといえばおかしいが、それ以上に気がかりなのは、やけに統率の取れた戦い方だったことだ。迎撃に適した位置取り、陸戦魔導師が多いことを見越した上でのトラップ、すぐに魔力切れを起こさないように牽制弾は持ち回りで行われていたし、トラップに引っかかった隊長と隊員を墜とす時も息の合った一斉射撃だった。

 

とてもではないが、そこらへんのならず者をかき集めただけの烏合の衆ではない。

 

「こいつらの目的は……これ、なのか?」

 

この街には、大掛かりな手を使ってまで攻め入るほどの貴重品、金目の物はない。宝石が採れるわけでもなく、古代遺物に絡む特殊なアイテムがあるわけでもなく、押さえておかなければならない要衝でもない。

 

サンドギアの街には、わざわざお上に喧嘩を売ってまで求めるような物はない。俺自身も思ったし、この街を多少知っているランちゃんもそう語っていた。

 

だが、違ったのかもしれない。彼らにとってほしいものがあったのだ、この街には。

 

それは物ではなく、人なのかもしれない。

 

それは物ではなく、技術なのかもしれない。

 

書類に目を落とす。そこには、血や黒い太線で塗り潰されながらもなんとか読み取れたいくつかの単語。

 

「ジュリエッタ・C・コルティノーヴィスなる人物と、人形劇団クレスターニの秘術……か」

 

それらを突き詰めていけばいずれ答えに行き着くかもしれない。

 

勘とかそういうものではない。俺の勘は得てしてネガティブな方向でしか働いてくれない。だからこれは経験則だ。これまで培った経験が、そう告げている。

 

「まずはユーノたちと合流……っ!」

 

妙に硬さのある数枚の紙を折り畳み、ポッケにしまって(きびす)を返す。いや、そうしようとした時、視界の下端にかすかな動きがあった。

 

長居しすぎたからか、俺が身ぐるみを剥いでいた男がいつの間にか意識を取り戻し、地面に伏しながら手のひらをこちらに向けていた。

 

敵の魔導師は全員、デバイスである杖を持っていて、足元に転がっている男は杖を手放していた。なので魔法は使えないだろうと思い込んでいた。デバイスがなくとも魔法を扱える魔導師は、いくらでもこの目で見てきたというのに。

 

「存外タフでよかったよ、いやほんとに」

 

とはいえ、男も万全の状態ではない。ノックアウトされて、なんとか意識だけ戻ったという形だ。朦朧としている頭では、複雑な魔法の術式の計算なんて即座にできるわけがない。

 

おそらくは、すぐ目の前に敵がいたから排除するためにとりあえず構えただけ。単純な射撃魔法だろうが他の簡単な魔法だろうが、すぐには攻撃されない。それどころか、発動するかどうかも怪しい。

 

なので俺は、なるべく相手を死なせないように無力化するにはどうしたらいいかを真っ先に考えていた。

 

「手、指輪……光っ!」

 

考えていたのだが、男の指にはめられていた指輪が見覚えのある光を放ち、文字列を地面に刻んだ。魔法展開時の発光と、魔法陣。

 

それらが指し示す事象は。

 

「デバイスっ……そんなに小さいのがあんのかよ!」

 

咄嗟に地面を蹴り、飛び上がった。

 

すぐ後に、俺の足があった空間を一発の魔力弾が通った。戦々恐々だったが攻撃らしい攻撃はそれで打ち止めらしい。次弾はやってこなかっった。

 

落下と同時に突き出されていた腕を踏み、もう片方の足は男の頭に落とす。男は再び動かなくなった。

 

「……し、死んで……ないか、よかった!」

 

焦っていたせいで頭を踏んでしまったが、なんとかご存命のようだ。虫の息ではあるけれど。

 

俺の嘱託魔導師免許が、ひいてはエリーとあかねの救出がかかっているのだ。職務中の不慮、しかも相手がクソ野郎であっても殺してしまってはいけない。

 

「こいつだけ持ってたのか、このデバイス?みたいなやつ。…………回収しとくか。また使われても厄介だし」

 

俺が踏んづけてしまったおかげで青黒くなっている手首を掴みあげて、指輪を外す。手のひらに乗せてどんなものか()めつ(すが)めつ眺め見る。

 

「……趣味わる」

 

指輪の表面にはおどろおどろしい細工、裏面には文字が書かれていた。

 

「『フーリガン』?この男の名前なのか、それかサッカーでもやってるのか」

 

よくわからないがこのデバイスっぽいのから何かしらの情報が引っ張り出せるかもしれない。ということで男からかっぱらい、紙束と一緒にポッケにしまっておいた。

 

俺が足蹴にしたこの男みたく起き上がる魔導師がいないとも限らない。もう一度周囲を見た渡して安全を確認し、広場から離れた。

 

隊長が間抜けにも拘束魔法の巣にかかり、罪なき真面目な隊員が射撃魔法の雨に打たれた道を駆け足で通り過ぎる。敵魔導師を気絶させたので拘束魔法の罠もすべて解除されていた。

 

「なんでまだここにいるんだよ……」

 

射撃魔法の盾にしていた廃屋まで戻ってくると、司令部まで後退するように言ったはずなのにそこにはなぜか人影があった。

 

「それはもちろん兄さんを待っていたんですよ!」

 

「まぁ……もしかしたらユーノは残ってるかもなぁ、って思ってたけど……」

 

「逢坂さん!まさか本当にお一人で行くなんて……でも、ご無事でなによりです」

 

「あんた……そこそこ強かったのね。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直したわ」

 

「なぜにクレインくんとアサレアちゃんまでここにいんの……?」

 

ユーノは九割五分くらいの確率で俺を待ってるだろうと思っていたが、驚くことにウィルキンソン兄妹まで残ってくれていた。敵の目を引きつけているうちに退がっててくれよ、と呆れもしたが、それ以上に待っててくれたことを嬉しく感じる心を否定はできない。

 

人の温もりに触れてほんわかしていると、アサレアちゃんが突然『あっ!?』と声を上げた。俺はすわ敵襲かと身構えたが、どうやら違う。彼女の視線は俺の左腕に注がれていた。

 

てとてとと近づき、俺の腕を取る。

 

「あ、あんた!けがしてるじゃない!あんな無茶するからよ!」

 

「ああ、これか……焦った。サーチャーに引っかからなかった敵がいたのかと……って、ちょっ、待っ」

 

アサレアちゃんはポケットからフリルがついた淡いピンク色のハンカチを取り出すと、俺が制止する間もないほど迷いなくそれをぎゅっと患部に押し当てた。

 

当然、清潔だったハンカチは血を吸い、可愛らしさよりもおどろおどろしさのほうが強くなってしまった。

 

「ああ……綺麗だったハンカチが……。結構高かったんじゃないの?」

 

「こんの、ばかっ!そんなことどうだっていいのよ!ていうかあんたも布かなにか巻いて押さえておくくらいしなさいよ!こうしておくだけでも出血量が変わってくるんだから!」

 

「俺は血の気が多いからな。多少血を抜いたほうが冷静になれていいかもしれない」

 

「言ってなさい、ばか。……スクライアくん、治療してもらえる?わたし、治癒魔法ってそこまでうまくなくて」

 

「了解です!」

 

わざわざやる必要はないのに、ぴしっ、と敬礼してからユーノは俺の腕に治癒魔法を使ってくれた。

 

仄かな温もりに似た感覚が広がる。

 

かじかむようにじんじんとした痛みが薄れてきているのが実感できた。

 

「さすがユーノ、手際がいい。それはともかく、アサレアちゃん?俺とユーノで随分接し方に差があるんだけど?」

 

「ん?なんてことないわよ。わたしは尊敬できる人には、それなりの態度で接するだけ。スクライアくんはデバイスもなしに優れた障壁や治癒を使ってるからね」

 

「……俺もデバイスなしでやってんだけどなー……」

 

「あんたは別よ。だってあんた、やり方も戦い方も考え方まで乱暴で危なっかしい上に言動にまで難があるんだもの。これには敬意を払うことないな、ってのがわたしの判断よ」

 

「くっ……返す言葉がないっ……」

 

「いやいや、もう少しがんばって反論しましょうよ、兄さん……と、終わりましたよ」

 

傷口を覆っていた光が薄れ、萎み、そして消えた。ハンカチで押さえていたアサレアちゃんの手も引っ込んだ。

 

感覚を確かめるようにくるくると腕を動かしてみる。痛みはもちろん、変に熱がこもっていたり痺れていたりもしない。焼けた服と、乾いて肌に張り付いた血はそのままだが、それらを除けば元通りである。

 

「おお、さすがはユーノ。完璧な仕事だぜ」

 

「ありがとうございます!といっても、兄さんの体質もありますけどね。相変わらず兄さんには魔力が浸透しやすいです!」

 

「相変わらずって……治癒魔法を使ってるイコール怪我した回数だから複雑だな……」

 

お礼代わりにユーノの頭を撫でていると、クレインくんがじっと俺たちを見ていた。

 

「スクライアさんと逢坂さんは本当の兄弟みたいに仲が良いですね」

 

「はい!」

 

「顔のつくりは正反対っていうか、両極端って感じだけど」

 

「それは自覚してるけどな」

 

「小動物系と犯罪者系って感じだけど」

 

「犯罪者系なんていうカテゴリーを俺は断じて認めない」

 

辛辣なことを小憎たらしいほどの笑顔で付け加えて、アサレアちゃんは手に持っていたハンカチを両手で持つ。血が滲んでいる部分を内側にするようにたたんでから、ポケットにしまった。

 

「ハンカチ、汚しちゃって悪いな」

 

「まだ言ってんの?別にいいわよ、ハンカチくらい。こんなのは消耗品なのよ」

 

「いつになるかはわからないけど、いつかなんらかの形で礼は返す」

 

「別にいいって言ってんのに……ま、期待しないで待ってるわ」

 

おそらく初めて、アサレアちゃんの含みのない笑顔を見た。その年相応に幼い表情を見て、なのはにしてあげていた癖でアサレアちゃんの頭も撫でそうになったが、淡い赤色の頭に届く前に手で払われた。

 

アサレアちゃんに警戒している子猫みたいに威嚇される中、辺りを見回す。

 

もちろん敵の姿は見えないが、数人いた隊員たちの姿もない。ここにいるのは俺とユーノ、あとウィルキンソン兄妹だけ。俺が司令部の救援に向かうよう指示したのだから当然だ。

 

「ユーノ、怪我人はどうした」

 

「隊長さんと隊員のお二人は、先に隊員さんたちに司令部へ運んでもらいました。応急手当ては問題なくできましたので、あとは本職の方に任せたほうがいいと判断しました」

 

「正しい判断だな。怪我した隊員さんも、こんな埃っぽくて不衛生な場所で寝転がっていたくないだろうし」

 

「あの、逢坂さん……なぜ自然に隊長さんを除外したんです……?」

 

「んー?まぁ……。そういえば、ランちゃんはこっちに合流してないのか?」

 

「話の逸らし方が雑ですよ、兄さん」

 

そう、この場には四人しかいない。一緒に行動していたランちゃんがいないのだ。遠距離射撃の為にここから離れたところにいたようだし、先に司令部に向かっている隊員さんたちと合流したのかもしれない。

 

と考えていると、クレインくんが口を開いた。

 

「ランちゃんさんなら、逢坂さんが戻ってくる前に連絡がきましたよ」

 

「なんて言ってた?」

 

「え、えっと……ちょっと要領を得なかったんですけど……『あなたの後ろにいるわ』と」

 

「はぁ?なんだそれ……」

 

本当に要領を得ないというか意味がわからない伝言を受け取り、ふと後ろを振り返る。

 

「凄い活躍だったわねぇ、徹ちゃん」

 

ばちんと音が聞こえそうなくらい力強く、俺の目の前でランちゃんがウィンクした。

 

驚きのあまりというか発作的にというか、とにかく拳を振り抜かなかった自分を褒めてやりたい。べつにそれは自制心とか理性ではなかったけれど、むしろ恐怖や畏怖にほど近いものだったけれど。

 

「うおあぁっ!急に間近まで接近してくんな!そろそろ心臓止まるわ!」

 

「あら、ご褒美だったのよん?」

 

「なら喜べるものをくれよ……いや、もうそれはいいや……。とりあえず支援射撃ありがとう、おかげで安全に突撃できた」

 

「どういたしまして。こっちも後半は徹ちゃんが派手に暴れてくれたおかげでやりやすかったわよ」

 

俺やユーノも含め、経験の少ない人間ばかりの中で、ランちゃんのような冷静で臨機応変に対応できる存在は頼りになる。

 

相手の魔導師は、一対一ならともかく集団戦となれば雑魚とは呼べない。ランちゃんの支援がなければ左腕に軽傷を負った程度では済まなかっただろう。濃い個性と独特な人間性はとてもリアクションに困るが、いてくれるとかなり助かる。ランちゃんがこの部隊に配置されていてくれて本当に良かった。

 

「単身での突撃に安全も何もないと思うのですが……」

 

「兄さんはだいたいいつもこんな感じですからね。怪我の程度でいうと今回はまだ軽いほうです」

 

「あいつ、いっつもこんなやり方してるわけ?相手に殴りかかるって、魔導師の戦い方じゃないでしょ……いつか死ぬわよ」

 

「死なないためにそうしてるんですよ。兄さんの武器は……今となっては本当に拳しかないですからね」

 

俺の背後ではそんな会話が交わされていた。

 

言ってることの大部分は反論の余地もないくらいその通りだ。

 

だが、ユーノの言葉には、否定を加えておきたかった。

 

顔を見ずとも、察することができる。今どんな思いでいるのか、わかってしまう。

 

俺に対する憐れみと同情、自身に対する後悔と自責。もう取り返しのつかない過去(・・)への情念が、声音に表れていた。

 

「おいユーノ……」

 

そんなふうに思わなくていいと、自分を責めるようなことしなくていいと、そう言おうとした。

 

しかし、そこから先は遠くから響いた爆発音にかき消された。

 

「な、なんだ?!まだ動ける敵が残っていたのか?!」

 

驚いて音が聞こえた方向に顔を向けながら叫ぶ。

 

俺の発言を、ランちゃんは否定した。

 

「いいえ、この近くじゃないわねぇ……もっと向こうのほう……っ」

 

目を向けた方角は、広場とおおよそ反対側だ。爆発によって巻き上げられたのだろう。相当距離が開いているここからでも、狼煙(のろし)のように砂煙が見えた。

 

「もしかして……司令部がっ!?」

 

「ばかクレインっ!司令部にしては近すぎるでしょ!煙が上ってるのはもっと近く、街の中よ!」

 

アサレアちゃんの言う通り、煙が見えるのは街の中だった。

 

そうこうしているうちにも、爆発音や破裂音は続いている。もくもくと立ち上る砂煙以外にも、火が出ているところもありそうだ。茶色の煙に火の赤が反射している。

 

他の場所でも俺たちみたいに敵魔導師たちと交戦しているのだろうと予想はつくが、少々様子がおかしい。

 

「広い範囲で、足並みをそろえたように……兄さん、これは……」

 

「…………」

 

音の発生源が、一箇所じゃない。交戦しているにしても広すぎる。流れ弾にしては遠すぎる。一番離れているところではキロメートル単位で距離があった。

 

こういう時に限って、予感が脳裏を走る。言うまでもなく、嫌な予感が。

 


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