そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『サテライト』

 

 

地上は瓦礫(がれき)が散乱していて、走りづらいどころか歩くことさえ足元を見なければ覚束無(おぼつかな)い。魔力の温存だのなんだのと言っている場合でもないので循環魔法で身体能力を高めつつ、足場用の障壁を展開しての跳躍移動で、煙が上っている方向へと急ぐ。

 

今なお増える爆発音と煙を目に、俺は頭の中に浮かぶ考えを呟く。

 

「……敵側としては、もとからこういう作戦だったのかもしれないな」

 

「ちょっ、ちょっとっ!どういう意味よ!」

 

俺のすぐ隣を飛行魔法でついてくるアサレアちゃんが叫ぶ。

 

ちなみに、羨ましいことこの上ないことに俺以外の面子(メンツ)は全員が飛行魔法を扱えるようだ。

 

管理局は管理局でもこの任務は《陸》が担っている。なので大抵の魔導師は飛行魔法を扱えない、もしくは得意ではないはずだが、この部隊は少々事情が異なる。

 

戦略上の問題か、それとも部隊を預かる隊長さんたちの意向か、俺たちの部隊には新入りや嘱託の魔導師が集められていた。管理局には《海》に籍を置いている魔導師でも、入局したばかりの時は《陸》で経験を積むというしきたりがあるらしく、話を聞けば新入りたるウィルキンソン兄妹もその例にもれず、といったところのようだ。

 

やはり血筋か、レイジさんほどではないにしろアサレアちゃんもクレインくんも実に安定して飛翔していた。

 

俺の横に張りつくような形のアサレアちゃんに、俺は状況の推測を述べる。

 

「だいたいこんな感じじゃないか?俺たちがしばらく進んだ後に、少数精鋭の敵部隊が捜索網の穴をついて司令部を攻める。司令部からの緊急事態の報を受けた各部隊は当然、引き返す。一度通った道だと油断しているところを、敵魔導師たちは奇襲をかける。それなら最小限の労力と戦力で、最大の戦果を叩き出すことができるだろ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください逢坂さん!奇襲って、どうやってですか!?逃げ遅れた住人がいないか街の中を捜索しながら進んでいたんですよ?!敵がいるかどうか警戒しながら!なのに、奇襲なんて……」

 

「きっと、煙が出てるあたりに潜伏してたんでしょうねぇ」

 

戸惑うクレインくんにはランちゃんが答えた。腕を組みながらの間延びした声だが、その怜悧(れいり)な瞳は鋭かった。

 

「潜伏って、そんな余裕は……」

 

そこでクレインくんは黙り込む。

 

気づいたのかもしれない。身を隠す場所を用意するだけの時間的余裕が、彼らにあったことに。

 

それだけじゃない。この街に詳しい人間(・・・・・・・・・)に隠れられそうな場所を教えてもらっていれば、さらに余裕は生まれる。

 

決して、無理のある策ではない。

 

そして、嵌まれば相手にかなりのダメージを与えることができる策だ。戦力差は明らかなのだから、多少リスクはあっても策を打てるのなら迷いなく打つだろう。

 

急がねばならない。なによりも自分たちのために。

 

「スピードあげても大丈夫か?早いとこ援護に向かわないと面倒なことになる」

 

基本的には足場用の障壁を蹴り、時折魔力節約のために強度が保たれていそうな家の壁や屋根を踏んで跳びながら言う。

 

「僕はいけますよ」

 

「えぇ、私も大丈夫よん」

 

ユーノとランちゃんが即座に了承を返す。

 

ユーノが飛行魔法を使えるのは当然知っていたが、ランちゃんも不自由なく使えていた。どでかいケースを持っていながらも余裕を見せてバランスも崩していないので相当の腕があるのだろう。

 

「ちょ、ちょっと!向かうって、あそこに?どこから魔法が飛んでくるかわからないじゃない!ていうか……あんたはいったいどうやって移動してんの……」

 

明らかに飛行魔法のような流動的な動きではないのにちゃんとついてきている、どころか先頭を突っ走っている俺を、アサレアちゃんは怪訝(けげん)な目でじっと見てくる。

 

この跳躍移動は初めて見る人にしてみれば空中ジャンプしているとしか思えないのだから、人外を見るようなアサレアちゃんの目も仕方がない。仕方がないのはわかるけど、もうちょっと表情を隠す努力はしてほしい。

 

「まずひとつ、俺の魔力色は透明なんだ。そんでもうひとつ、俺は飛行魔法の適性がないから障壁を作ってそれを蹴って移動してる」

 

「そうなの、なるほ……っていや、いやいやその発想おかしいでしょ!飛行魔法がないからって障壁使う?どんな頭してんの?」

 

「仕方ねえだろ、周りの奴らはビュンビュン空飛び回ってんだから。言っとくけど案外便利なん……アサレアちゃん、高度上げろ」

 

「は?なにいきなり命令して……にゅあっ!」

 

俺とのお喋りに意識が向いていたアサレアちゃんは、眼前に迫っていた家の壁に気づいていなかった。移動速度が速かったために反応が遅れたのだ。

 

冷静に対処すればなんなく上昇できただろうにやはりこの子は突発的な事象に弱いようで、妙な鳴き声をあげた。

 

アサレアちゃんは慌てて急制動のコマンドをデバイスに送ったのか、がくんと減速する。そんな動作をすれば、本来精緻(せいち)な操作と姿勢制御を必要とする飛行魔法は成り立たない。

 

「ひゃあぁっ!とまっ、とまんないぃっ!」

 

簡潔に言うと、バランスを崩して回転した。

 

「……はぁ。アサレアちゃん、あとから怒らないでくれよ」

 

壁に激突して戦闘不能とか不名誉も甚だしいし、なによりこれで仲間が戦線離脱とか馬鹿馬鹿しい。

 

いやさすがにバリアジャケットを展開させているので、そこまでのことはないとは思うが、こんなことで時間を無駄にするなんてあほみたいな話だ。近付き、くるくる回っているアサレアちゃんのお腹あたりを抱いて真上にジャンプ。

 

背の高い建物の屋根が見える位置まで高度を稼ぐと、先んじて高度を上げて壁を飛び越えていた三人の背中を追う。

 

事もなさげに壁を越えていたランちゃんがこちらを振り返る。アサレアちゃんの体たらくを、心底呆れたような目で見ていた。

 

「大したクールレディっぷりねぇ、お嬢ちゃん?」

 

「えぅ?あ、れ……?」

 

「アサレアちゃん、パニックがおさまったんなら自分で飛んでくれるか?俺はみんなみたいに潤沢な魔力があるわけじゃないんだよ」

 

「あ、うん……んっ?!」

 

ここでようやく前後不覚から目が覚めたようだ。俺の腕の中でもぞもぞ動き始めた。

 

「ちょっ、やっ!あ、あんたっ!ど、ど、どこ触って……っ!」

 

意識がはっきりしだしたのはいいが、なぜか目と鼻の先に壁が迫っていた時と同じくらい今もパニックになっている。耳まで赤くなるほど騒いでいた。

 

今日初めてあった男に密着されるのは嫌なのだろうけれど、もうもうと立ち込める爆煙はすでに近い。こんな雑談で敵に接近を気取られたくない。

 

静かにしてもらうため、アサレアちゃんに弁解する。

 

「悪いとは思ってる。でもな、手を掴んだら身体が振られて痛めるかもしれないし、服を掴んだら首が絞まって苦しいだろ?だからお腹に手を回して……」

 

「……っ、あ、あっ……」

 

俺が説明すると、アサレアちゃんは日光に照らされたゾンビみたいにぷるぷるしながら呻いた。

 

『あ』と言っていることから、もしかしたら『ありがとう』と言おうとしているのかもしれない。ぶつかりそうだったところを助けはしたが、それは時間をロスしたくないという一心からなので感謝は求めていなかったが、だからといって礼を言われて嬉しくないわけではない。

 

言いづらそうにしているアサレアちゃんの言葉を耳を澄まして待つ。

 

「あああんたが手を回してるのはっ、わたしの胸だぁっ!!」

 

「ぐぶぅっふ……」

 

直後に、脳を縦に揺さぶるような衝撃に襲われた。

 

抱えていたアサレアちゃんから、顎に掌底打を受けたのだ。

 

「わきゃっ!いいいいきなり離さないで!落ちちゃうでしょ!」

 

予測不能の至近弾ならぬ至近打を浴びて腕の力が抜けた。重力に従い落下しそうになったところで俺の袖を掴んでぶら下がる。

 

このままではアサレアちゃんだけでなく俺も巻き添えを食うので改めて、次はちゃんと(・・・・・・)腰に手を回して抱き上げる。

 

抵抗するのなら自分で飛んでくれよと心の中で悪態をつきながら痛む顎をさする。

 

一幕をしっかり見ていたランちゃんは底冷えする声で言う。

 

「お嬢ちゃん?まずお嬢ちゃんがするべきことは文句を言うことでも殴りつけることでもなく『ありがとうございます』じゃないのかしら?」

 

「うううるさいっ!これでも感謝はしてるわよ!」

 

ランちゃんからの苦言に、アサレアちゃんは俺の胸におでこを押しつけながら、半ばヒステリックに叫ぶ。

 

間近だったぶん、甲高い声に耳がキンキンする。この子、叫んでばっかりだな。

 

「で、でもっ!胸さわっておいておなかに手を回したとかのたまうこいつも悪いでしょっ!」

 

「お嬢ちゃんが起伏に乏しい幼児体型をしているからでしょ?自分の成育の不備を徹ちゃんのせいにするのはよくないわね」

 

「成育の不備っ?!あとで覚えてなさいよランドルフ!」

 

「敬意を込めて『ランちゃん』とお呼びなさいな」

 

懸命に切り返すもランちゃんに軽くあしらわれたアサレアちゃんは俺の胸元辺りを握り締めてぷるぷるした。きっと言い負かされて悔しいのだろう。ランちゃんとアサレアちゃんでは年季の差もあるが、それ以上に人間性とか性根で大きく溝を開けられている。アサレアちゃんが勝つ日は遠そうだ。

 

「ランちゃん、そのくらいで勘弁してあげてくれ。アサレアちゃんもたぶん反省はしてるって」

 

「徹ちゃんがそう言うのなら私も出しゃばらないわぁ」

 

「……りがと……」

 

胸元にふわっと温もりを感じ、驚いて目線を下にやる。少し前まで宝石状態のエリーがいた場所に、その感覚があったのだ。

 

目を向けるとアサレアちゃんがぼそぼそと口を動かしていた。風にかき消されてほとんど聞こえなかったが何か言っていた気もするので、おそらくアサレアちゃんの息が胸元に触れたのだろう。

 

アサレアちゃんの吐息とエリーの温もりを間違えるなんて、俺もどうかしている。

 

「兄さん、そろそろ話を戻さないとまずいんじゃないですか?それとも作戦なしで突撃するんですか?」

 

「おお、悪い。じゃあ、みんな聞いてくれ」

 

ランちゃん、ユーノ、クレインくんにも聞こえる距離まで詰めると、俺の推察を述べる。

 

「煙が出てるところに、たぶん味方の部隊がある。身を潜めていたっていう前提が正しいのなら、司令部側に敵魔導師がいる。そんでもうひとつたぶん、味方の部隊を挟み込むようにこっち側にも敵の部隊がある。そろそろ見えてくるかもな。すぐにやられることはないだろうけど、はやく行かないとここからの任務が大変なことになるぞ。負傷者が出たぶんの仕事まで俺たちに回されるだろうからな」

 

きゅっ、とアサレアちゃんが俺の服を握る力を強めた。

 

「なん、なんで……挟み撃ちにされてるってわかるのよ。……ここからじゃまだなにも見えないじゃない」

 

「簡単だ。身を隠すことに成功したんなら、俺ならそうする。司令部に戻ろうとする時に司令部側の方角で潜んでいた奴らが姿を現して奇襲、慌てているところを背後から奇襲。順番が逆の可能性はあるが、どっちにしたって実に効率的かつ効果的でおいしい作戦だ。だとしたら早く行かないといけないよな」

 

「…………」

 

口にはしなかったが、アサレアちゃんは『なぜ行かなければいけないの?』と言いたげだった。

 

もとより他の部隊の魔導師を仲間とも思っていないのかもしれない。ひよっこばかりの俺たちの部隊をまるで捨て駒のように一番槍にしていることからも、腹に据えかねるものがあったのだろう。

 

きっと、そんな判断を下した上官のことも、そんな判断に異議を申し立てなかった他の隊長のことも、快く思っていないのだ。少なくとも、好感は持っていない。

 

曇った眉や閉じられた唇、俺の服を握っている震えた手。初めて目にした実戦の恐怖が彼女の心に残っている。戦火の中に身を投じる覚悟が、まだできていなかった。

 

それでも理由を教えておかないといけないだろう。後から知って後悔するほうがよっぽど辛いのだから。

 

「俺たちが通ってきた道にも敵が隠れていたのだとしたら、一足先に司令部に戻っている隊員さんたちが危ない。待ち伏せされてる可能性が高いんだ。……顔見知り程度の相手だけど死んでほしくはない」

 

「……そっか、そうね。なら、行かなくちゃ……っ」

 

他の部隊ならともかく、自分がいた部隊の隊員を見捨てるような真似はしたくないようだ。こくんと頷いたアサレアちゃんは俺の身体を押しのけるようにして停止させていた飛行魔法を再度展開する。

 

「ふっ……っ!なんでっ……」

 

細かな機動をしようとしているわけではなく、ただ宙に浮かぼうとしているだけでふらふらと揺らめく。高度だって安定していない。まだ精神的な動揺が抜けていなかった。気持ちに身体がついていけていなかった。

 

「……アサレア、大丈夫?」

 

「だっ、大丈夫に決まってるでしょっ!こんなことでいちいち声かけてこないで!」

 

クレインくんが駆け寄るが、アサレアちゃんは苛烈に振り払う。

 

そんな状態の妹を見かねたのか、兄であるクレインくんは俺とランちゃんを視界に収め、提案する。

 

「あの……逢坂さん、ランさん、無理は承知なのですが……アサレアを後方に配置してもらえませんか?その分、僕が前に出ますので……」

 

「はぁっ?!ちょ、調子に乗んなっ!わたしは、わたしはできるんだからっ!わたしはっ!クレインに守られるほど弱くない!」

 

クレインくんの申し出に、やはりアサレアちゃんは烈火のごとく怒った。

 

このウィルキンソン兄妹はあまり仲がよろしくなさそうではあったが、やはり何か思うところがあるようだ。というより、アサレアちゃんのほうがクレインくんに対して強く反発している。

 

「…………」

 

当然、見ていて気分のいいものではない。

 

だが彼ら兄妹のことであり、個人的なことなのだから、外部からとやかく口を挟むべきではないだろう。

 

なにしろ今日初めて顔を合わせて名前を知ったのだ。この兄妹の内情に通じているわけではないし、過去にどんな衝突があって、日常にどんな軋轢(あつれき)を生じさせているのかもわからない。知ったふうな顔で助言なんてするべきではないし、ましてやどちらかの肩を持つべきでもない。そんなことをすればさらに二人の仲はさらに険悪になるだろうし、それどころか任務にも支障が出る恐れがある。

 

「……二人の言いたいことはわかった」

 

「逢坂さん……っ!」

 

「あんた、私を外したりしないでしょうね!?そんなこと認めないんだから!」

 

「ああ、任せろって」

 

なので、二人の意思をどちらも汲むことにした。考え方によっては、どちらも汲んでいないとも言えるけれど。

 

 

『徹ちゃん、北東にあるオレンジ色の屋根が半分残ってる家に一人、その二つ隣の二階部分が綺麗になくなってる家に二人いるわ。防御戦闘中の部隊を狙ってるみたいよ』

 

『了解、すぐ向かう』

 

『逢坂さん、南で味方の部隊と敵の魔導師が交戦中です。……怪我人が多く、分が悪そうです。押されています』

 

『これが終わったら……片付いた。すぐ行く』

 

『南東に三人いるわよ。味方部隊の背後をつく形で近づいて……』

 

『ああ、見つけた。こいつらであってるよな』

 

『そう、それ』

 

『…………無力化に成功。近くにもういないか?』

 

『いないわ。ごくろうさま』

 

『なんか腑に落ちないけど……まあいいや。クレインくんが報告してくれたエリアに向かう』

 

現在、俺はユーノたちと別行動を取っていた。

 

ユーノたち四人は上空から監視し、俺は敵の居場所を念話で教えてもらい、地上を駆け回って敵勢力を漸減(ぜんげん)させていく、という作戦だ。名付けて『サテライト』。

 

上空部隊(サテライト)のランちゃん、クレインくん、アサレアちゃんは敵の姿を捕捉次第俺に伝達し、俺から距離の遠い敵は射撃魔法で狙い撃つ。時折流れ星のように魔力弾の輝線が空に描かれていた。

 

戦いにおいて頭を押さえられるというのはかなり恐ろしい。上空から降り注ぐ魔力弾を嫌がる敵魔導師はもちろん四人を撃ち墜そうと躍起になる。地上からの遠距離魔法を防ぐため、ユーノもあちら側に割り振った。

 

ユーノの強固な防壁のおかげでランちゃんやウィルキンソン兄妹は落ち着いて狙いを定めて魔法を使えるし、敵がなんらかの魔法を使ってくれば潜伏している位置を割り出せる。

 

そして、空高くにいるユーノたちを墜とそうとむきになって馬鹿みたいに見上げている奴らを、俺は安全に刈り取る。

 

あっちにいるこっちにいるどこそこへ向かえ、と指示を出されるのはまるで人にコントローラーを握られたドローンのようだが、なにせ効率がいいので内心複雑であってもやめられなかった。

 

『わかっていましたよ……兄さんが無駄に格好つけた顔してる時はどんなことになるのかくらい……』

 

ユーノから念話が入ったが、出端(でばな)から失礼なことを言われた。

 

南東でこそこそしていた敵魔導師三人を屠った足でそのまま南へ向かいつつ、ユーノに折り返す。

 

『なんて言い様だ。作戦は調子よく進んでるだろ?』

 

『作戦……ですか。この作戦で身体を張ってるのは兄さんだけなんですが……』

 

『は?どっちかっていうとそっちのほうが攻撃に晒されてるだろ。文句を言われる筋合いはあっても、褒められる(いわ)れはないぞ』

 

『そんな切り返しかたがあるんですか……』

 

『いやいや、だってそうだろ?戦場の真上でぷかぷか浮いてりゃ相当目立つ。相手からすれば恰好の的だ。作戦を伝えた時に反対されたらどうしようって思ったくらいだし』

 

『相手との距離と人数とおおよその能力、僕の障壁の強度も踏まえて考えたんですよね?』

 

ぎくり、とした。危うく足場の障壁を踏み間違えるところだった。

 

クレインくんの報告にあった味方の部隊が小さく見えてきた。ユーノと交信したまま、移動を続ける。

 

『な、なんのことやら?』

 

『地上から撃たれる数は当然多いですけど、それらのほとんどが僕らから逸れるか、もしくは届かないか。僕らに直撃する弾道は少ないですし、届いても威力はかなり減衰(げんすい)されていて障壁を傷つけるほどではないです』

 

『よかったじゃん。意図していなかったとはいえ、危険よりかは安全のほうがいいに決まってる。敵には攻撃できて、こちらはほぼ攻撃されない。アウトレンジから一方的とか快感だろ?』

 

意図していない(・・・・・・・)とはよくもまあぬけぬけと……』

 

ユーノちゃんのお口が悪くなっている。由々しき事態だ。

 

『クレインさんの「アサレアさんを後方に下げる」というお願いと、アサレアさんの「弱いもの扱いされたくない」という言い分。どちらも叶えた作戦じゃないのかな、と僕は思うんですけど』

 

ユーノたちがいるので上空にサーチャーは放っていないが、顔が見えなくてもユーノが今どんな表情をしてるかが想像できてしまった。きっと俺の脳天めがけてじとっとした目を送っていることだろう。

 

『……そんなことねえよ。ランちゃんは遠距離射撃が得意だし、クレインくんとアサレアちゃんはあのレイジさんの弟と妹だけあって飛行魔法をうまく使えてる。下から見てる限り射撃魔法も並以上の腕だ。それだけ揃ってんなら制空権確保すんのは当たり前だろ。ユーノがついてりゃ防御も問題ないしな。俺は俺で、お前らに注意が傾くから、建物の中に潜伏してたり遮蔽物に隠れた敵を安全に戦闘不能にできる。味方の戦力を(かんが)みて構築した作戦だ、他意はない』

 

『……わかりましたよ、そういうことにしておきます』

 

『なんか含みがあるんだけど』

 

『なんでもないです!敵を発見したらまた座標を伝えます!』

 

ぶつん、と念話が(一方的に)断たれた。

 

ユーノのことなので、また俺の心配でもしているのだろう。俺は別に、危ない役割を自ら買って出ているわけではないというのに。

 

間抜けにも待ち伏せと挟撃にあった他の部隊を結果的に助けているのは、人員が減ってしまうと怪我もなく無事な俺たちに回される仕事量が増えてしまうからだし、この『サテライト』作戦も可及的速やかに敵魔導師たちを排除するためだ。突き詰めれば、自分たちのためである。などと説明しても、ユーノはああいう性格なので素直に俺の意見を聞き入れてくれはしないだろうけれど。

 

道中散発的に遭遇した敵さんを殴り飛ばして行動不能にしながら、南にいるという味方部隊のもとまで駆ける。

 

ぎりぎり倒壊せずに生き延びている建物の屋上で姿勢を低くし、状況の確認をする。高い位置からだと、切羽詰まった戦況がよく見下ろせた。

 

T字路の、ちょうど横棒と縦棒がくっついているあたりに味方部隊はいて、二つの敵部隊から十字砲火を浴びていた。

 

味方部隊の隊員は合計で十二名いた。しかし、そのうち五名が倒れて意識がなく、二名は意識はあるが負傷している。倒れた五名の中には隊長も含まれているらしく、隊の指揮はしっちゃかめっちゃかになっている。

 

行動可能な隊員五名のうちの一人、女性の隊員が治癒魔法に心得があるようで治療をしているが、負傷者の数が多い上、すぐ近くに魔力弾が着弾するような環境では応急手当ても満足に進まない。治療の安全確保のために二人が障壁を展開しているが、そちらに人員を振っていることもあり、敵の猛攻を押し返せないようだ。

 

絵に描いたようなジリ貧だった。

 

殿(しんがり)を置いて縦か横どちらかから強行突破すりゃよかったのに……ああ、なるほど」

 

なぜ強引にでも逃げる判断をしないのかと思ったが、横棒の道の一つが潰されていた。上下反転させたLみたいな形になっている。家が崩れて、その瓦礫で道が埋まってしまっているのだ。どうにも不自然な倒壊のしかたをしているので、おそらくは敵側がなんらかの工作をしたと見える。

 

唯一あった逃げ道を封じられ、次の手を考えているうちに部隊の被害が拡大して身動きが取れなくなった、とまあこんなところなのだろう。

 

「敵のトップは賢いみたいだな……羨ましい限りだ」

 

魔導師個人の練度や適性などのおおまかな能力、使っているデバイス、この任務に動員した人数で比較すれば管理局側が有利なのは明白なのに、押し負けている。

 

それはひとえに、アドバンテージを覆すほど敵勢力は運用が(たく)みだということ。こちらの上官サマの過信と慢心も大いにあったと言えるけれども。

 

「はぁ……助けに行くか」

 

なにはともあれ、早いとこ救援に向かわないとこのままでは眼下の隊が壊滅してしまう。

 

俺一人で敵の背後を突いてもなんとかなりそうだが、戦闘を有利に運べる手段があるのにあえて危険な選択をする必要もないだろう。建物の屋上にいる俺の、さらに上にいる仲間に念話を送る。

 

『クレインくん、アサレアちゃん、俺がいる場所は確認できてるか?』

 

『はい、見えています』

 

『見てるわ。あんたなに休憩してんのよ』

 

『休憩じゃねえよ。今から近くの隊を援護するから、二人は司令部に近いほうの敵の一団……北側の敵集団だな。奴らに射撃魔法の雨をくれてやってくれ。封じられてる司令部側の道を確保して、そこから部隊を後退させる』

 

『えっと……この距離だと威力も照準も保証はできないんですが……』

 

『それでもいい。意識が上に向いてくれればそれだけでやりやすくなるから』

 

『わかったわ。もしかしたらあんたに誤射っちゃうかもだけど、怒らないでね』

 

『ほう……そんなへっぽこな腕前で大口を叩いていたんだな』

 

『こんの……っ!クレイン!あんたは司令部と反対側!わたしは司令部側のやつらをやる!あいつの仕事ぜんぶ奪うわよ!』

 

『ちょ、ちょっとアサレア!?』

 

『こっちはいつでもいけるんだから、はやく合図出しなさいよ!』

 

なんとも呆れるくらいに扱いやすいアサレアちゃんが気炎を吐く。

 

攻撃のタイミングを合わせることを意識するようになっただけなのに、彼女に若干の成長を感じられて嬉しく思う。

 

地上に降り立って建物の影に入り、裏路地に移動すると、上空にいる二人に号令を送る。

 

『準備オーケー。始めてくれ』

 

ウィルキンソン兄妹の赤みがかった魔力弾が、油断しきっている敵部隊の頭にぱらぱらと降り注ぐ。数を優先させているので命中精度はお察しである。

 

ほかの場所では察知している部隊もいたが、攻勢中のこの敵部隊は上空にいるクレインくんたちに気づいていなかったようだ。真上から撃ち下ろされる射撃魔法にてんやわんやとなった。

 

相手を混乱させるという立派な成果は出してくれたが、アサレアちゃんにとってはイレギュラーがあったらしい。念話でけたたましく吠えていた。

 

『ちょっとクレイン!北側の敵はわたしがやるって言ってたでしょ!?』

 

『で、でも……逢坂さんからは司令部側の敵に攻撃するようにって……』

 

『いいのよ!あいつの目的は敵の目をこっちにひきつけさせることなんだから!』

 

『そんなこと言っても……。逢坂さんは司令部側の敵部隊を叩いて味方部隊の救援をするんだから、そっちになるべく注力した方がいいに決まってるし……』

 

『その役目はわたしだけで果たせるって言ってるの!これはあいつとの勝負なの!あいつよりもわたしのほうが無力化した敵の数を多くするんだから!』

 

『……逢坂さんは勝負なんてしてるつもりないだろうし、無力化した人数ならここまでの戦闘だけで逢坂さんのほうが圧倒的に多いよ……』

 

『うっさいわ!』

 

兄妹喧嘩をしながらも魔力弾は降り続いていたが、敵部隊も素人じゃない。いつまでも動揺なんてしない。

 

空に漂うクレインくんに向けて牽制で遠距離魔法を放ったり、頭上に障壁を張りながら屋内に退避し始めた。

 

建物の中に入られれば上からの支援射撃は通らない。しかし、屋内となれば自然と遮蔽物が多くなり、ひいては死角が増える。接近を気取られる前に肉薄することができる。

 

大通りを避け、裏路地から忍び寄る。窓どころか壁に風穴が空いていたので、建物内部への侵入も容易だった。

 

そして。俺の拳骨(メインウェポン)が火を噴いた。

 

「ふっ!」

 

「い、いつの間ぐぼぉぁ……」

 

循環魔法により体内で巡る魔力をコントロール。腕へと部分的に偏らせ、相手の懐に踏み込み、振り抜く。

 

わざわざ気づかれないように近づいたのだ。もう何人か闇討ち的に墜としたい。叫ばれてばらされないよう、鳩尾(みぞおち)付近から肺を潰すイメージで拳をめり込ませた。

 

一撃で意識を刈り取る。敵のおっさんAは肺に蓄えていた空気とともに濁った声を吐き出し、崩れ落ちた。

 

倒れた時の音で周囲にいる敵に勘付かれてはいけないと考えて膝を折ったおっさんAの襟首あたりを掴んだのだが、家屋の外ではクレインくんとアサレアちゃんの射撃魔法が轟音を撒き散らしているのでそれほど神経質にならなくても良さそうだった。

 

これまでよりも多少大胆に移動し、次の獲物を狙う。

 

 

 


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