『……徹ちゃーん、ちょっと相手の動きが怪しくなってきたわぁ』
数分が経ち、俺が記念すべき十人目の首を拘束魔法の鎖で縛り上げていると、頭の中に声が響く。ランちゃんからの念話が届いた。
『撤退か?それとも総攻撃か?』
『基本的には撤退……ただ一人だけ、正確にいうと二人なのかもしれないけれど、全体の流れに反しているのよねぇ……』
『……どういうことだ?』
殺してしまわない程度の力加減で絞め落とした敵魔導師を投げ捨て、ランちゃんに再び尋ねた。
『敵勢力全体が撤退の流れに推移してきたあたりで、二人が戦域に入ってきたの。一人は大柄な男性、もう一人は変わった服装をした女の子で…………』
『ん?どうした、ランちゃん?おい!』
今も上空から俯瞰的に見ているランちゃんは実況するように状況を伝えてくれていたが、急に途切れた。
なにがあったのか、なにを見ているのか気が気じゃなかったが、何度か声をかけてやっと応答があった。
『男性の方の恰好、ずいぶん薄汚れていて気づかなかったのだけど……あれ、は……管理局の……』
良い意味でも悪い意味でもはっきりと物を言う彼にしては、不明瞭な言い方だった。だとしても、ランちゃんを責めることはできないだろう。それだけのイレギュラーだ。
この街の一件、サンドギア襲撃の裏側を推測していた俺たちは仮説を立てていたのだ。もしかしたら姿をくらました管理局の魔導師が一枚噛んでいるのでは、と。
ランちゃんが口にした、管理局の恰好。
無力化した管理局の魔導師の制服を奪って着用に及んでいるのでなければ、その人物は誰なのか。そんなもの、一人しか思いつかない。
『は、はは……マジで言ってんのか……。ってことは、行方が分からなくなってたアルヴァロ・コルティノーヴィスって人が……』
『……私は本人の顔を知らないから、断言はできないわ……。でも、敵勢力の旗色が悪くなって撤退し始めた時に示し合わせたみたいにどこかから現れて、敵部隊の撤退を手助けしながら移動し続けている。しかも、私が見ている限り圧倒的な力を振るっているから……話に聞いていた魔導師さんだとしか思えないわね……』
『つまりは、
『それだけじゃないわよ。こっちが拘束した敵も解放して回ってる……なにせ力量が違いすぎて、抵抗もできていないわぁ……。まずいわねぇ、尋問もできなくなっちゃう』
『……ランちゃんのほうから動きを抑えるとか、あわよくば墜としたりとかってできない?』
『これでもずっと撃ち続けているのだけど……ごめんなさい、当たる気がしないわ……』
一定の間隔で空に輝線が走っていたが、それはコルティノーヴィス魔導師への射撃だったらしい。
ランちゃんの狙撃技術は広場で目にしているし、頼もしさは身にしみている。その技術をもってしても一発も当てられないのなら、それはもう相手を賞賛するしかない。
『ランちゃんでも難しいんならそりゃあもう無理なんだろうな……気にしないでくれ。反撃されてないだけマシって考えようぜ』
『それが……何度か射撃魔法か何かを使ってきそうなそぶりはあったのだけど、実際に使ってはこないの。一度も、ね。おかげでユーノちゃんは緊張しっぱなしよ』
ユーノには同情するが、少人数にもかかわらず俺たちが優位に立てているのは制空権を確保しているからだ。神経を磨り減らすことにはなるだろうが、墜とされないように三人を守ってもらわなければならない。
『ずっと上から狙われるのはやり辛いだろうに反撃しない……俺みたいに使えない、とか?』
『それはないと思うわぁ。陸戦魔導師で遠距離攻撃の手段までないとなればランクAAに認定されないでしょうから』
『腑に落ちないな……。牽制にも撃ってこないってのはどういう理由が……』
『魔力の温存か、それとも魔法の性能を知られたくないか……っ!徹ちゃん!
こちらが詳細を聞き返す前に、どころかランちゃんが念話を送り終わる前に、それは起きた。
間近で大玉の花火が炸裂したのかと思うほどの衝撃。それ自体がボディブローのように腹の底に響く轟音。まず間違いなく、俺がいる家屋のすぐ近くで発生したものだ。
「くそっ……こっちにまで来たのかよ!」
既にぼろぼろだった廃屋がさっきの衝撃で崩れてしまわないとも限らない。俺は悪態をつきながら転がるように外に出た。
さっきの地揺れじみた衝撃と音、途中まで伝えてくれたランちゃんの情報で原因はわかる。
俺の現在地から西方にいたはずの『元』管理局陸戦魔導師ーーアルヴァロ・コルティノーヴィス氏が、敵勢力の撤退支援を続けてとうとうこちらにまでやってきたのだ。
『まずいわ!標的は近くにいる味方部隊よ!』
ランちゃんが状況報告を続けてくれていた。
そうしている中でも、時折光の線が流星のように上から下へと落ちている。射撃魔法での牽制も継続してくれている。味方部隊を引っ掛けてからコルティノーヴィスさんは移動しているのか、上空から落下する輝線の座標は遠ざかっていた。
『……っていうかなんでまだこの近くをうろついてるんだ!敵の部隊は撤退を始めてるんだろ?!なんで味方の部隊は司令部に向かってないんだ!?』
もはや怒鳴りつけるような勢いでランちゃんに返した。
何本か道を挟んでいるため、まだコルティノーヴィスさんの姿は視認できないが、ランちゃんの射撃魔法によってコルティノーヴィスさんがいるだろうポイントにあたりはつけられる。
その場所は、司令部とは逆方向だった。
『徹ちゃんが片方の敵部隊を片付けて敵側が撤退しだしたのを確認して……フラストレーションが溜まっていたのか、それとも敵勢力を掃討するという仕事を果たそうとしているのか、魔導師数人が攻勢に転じたのよ』
『ここは一旦退いて体勢を立て直すのが先決だろうに!真面目なのはいいことだけども!』
『どうする?』
『助けに行かなきゃあとあと面倒だからな……ランちゃんはその場で支援射撃を頼む』
『わかったわ。できる限りはやってみるわねぇ』
『あとユーノを借りたい。防御担当がいなくなるけど、そっちは大丈夫か?』
『構わないわよん。普段は一人でやってるんだもの。ここまで楽をさせてもらったぶん、頑張るわぁ』
『ありがとう。もう少しの間頼む』
ランちゃんとの念話が切れるや否や、循環魔法の出力を上げ、地面を蹴って飛び出す。障害物になる家を飛び越えて一直線に現場へ向かう。
そのわずかな時間の間に、仲間にお願いを伝えておく。
上空にいるランちゃん以外のメンバー、ユーノ、クレインくん、アサレアちゃんに念話を繋いだ。
『ユーノ、状況は理解してるな?』
『はい。地上に降りて負傷者の応急手当てをしておきます』
『話が早くて助かる。クレインくんとアサレアちゃんは治療中のユーノの護衛を頼みたい』
『はい、了解しました』
『なんでわたしにまで命令してんのよ!わたしは自分の好きなようなするから!』
『……へえ。それじゃあアサレアちゃんは、経験豊富な先輩魔導師をばったばったと薙ぎ倒してるコルティノーヴィスさんと正面切って戦うっていうのかー。立派だなー、勇敢だなー』
『わわわたしはっ、スクライアくんが危ない目にあわないように自主的にスクライアくんの護衛をするの!あんたの命令を受けたわけじゃないから!』
『さすがアサレアちゃん。今なにをすべきか、なにをすべきでないかをよく理解できてるなー。助かるよー』
『こんのっ…………あんたにはいつか絶対吠え面かかせてやるんだから!』
典型的な捨て台詞を吐くアサレアちゃんだったが、三人がひとかたまりになって上空から高度を下げながら負傷者に近づいているのをサーチャーで捉えることができた。アサレアちゃんはなんだかんだと文句を言いつつも、ちゃんとユーノの護衛についてくれるようだ。
気難しいのか扱いやすいのかよくわからないアサレアちゃんに苦笑しながらターゲットがいるだろう場所へと向かう。
「もうすぐのはず……ここか!」
崩壊寸前の家屋の屋根を踏み越えると、件のコルティノーヴィスさんの姿をようやく視認できた。
その場には五人いた。
五人いる。それで間違いないのだが、しかしこれでは今ひとつイメージが違う。
『いる』のは五人だが、立っているのは三人しかいない。残りの二人は地べたに倒れ込んでいた。おそらく、いやおそらくもなにも、攻めに転じて返り討ちにあったのだろう。
「あの人が……」
緊張感から、ごくりと生唾を呑み込んだ。
立っている三人のうちの一人、威風堂々泰然自若としているのが、件のアルヴァロ・コルティノーヴィスさんなのだろう。
三十代半ばから四十代前半といったところの、
「…………」
いろいろと、本当にいろいろと気がかりな点は多いが、コルティノーヴィス氏はまだ生き残っている隊員たちへと戦意をあらわにしている。いつ生き残りの二人に攻めかかってもおかしくない。
助けが間に合わなかったら(今の時点でもちょうど半分間に合っていないが)ここまで来た意味が霧散する。唾と一緒に疑問も呑み込み、コルティノーヴィスさんと隊員の中間あたりに降りる。
「……抵抗はせずに投降してほしい。管理局に歯向かったところで良い結末にならないのは、あなたが一番知ってるんじゃないか?」
淡い期待を抱きながら彼に投げかける。こんな手垢のついたフレーズで投降するなんて毛ほども思っていないが、もしかしたら、ということもあるやもしれない。何にしたところで形式的にも一度は帰順を促しておかなければいけないだろう。
『…………』
しかしというべきか、やはりというべきか、コルティノーヴィスさんからの返答は無言という名の否定だった。
「そうかい……わかったよ。……そんじゃあ実力行使だ」
拘束魔法を発動する。
瞬時に魔法が展開してコルティノーヴィスさんの手足、どころか
彼の目には何も映らなかったはずだし、なんの予兆もなかったはずだ。魔法としての強度はともかく、隠密性能では他の追随を許さない。無数の拘束魔法で雁字搦めに絡めとる。
俺が地面に降りる前、コルティノーヴィスさんが隊員二人に注視していた時に仕込んでおいたのだ。タイマンであれば勝負の開始前に仕組んでおくなんて恥知らずな行いだが、これは公明正大な試合でもなければ清廉潔白な勝負でもない。チャンスがあるのなら率先して仕掛けていく。
彼の動きを制したことで少しばかり心に余裕が生まれた。ので、疑問と課題の消化に取り掛かる。
「とりあえず、その
そう、彼はなぜか片腕に女の子を抱きかかえていた。
ランちゃんが中途半端にコルティノーヴィスさんと一緒に女の子もいるとかいないとかそんなことを伝えてくれていたが、まさかこんな形で一緒に行動しているとは想像していなかった。話に聞いた時はてっきりコルティノーヴィスさんの仲間とかかと勝手にイメージを膨らませていたのだが、華やかな民族衣装に身を包む愛らしい少女を小脇に抱えているという構図では、まるで誘拐犯である。
というか、こんな状態で管理局の隊員たちと戦って圧倒していたとか無茶苦茶もいいところだ。高ランクの魔導師なだけはあるらしい。
『…………』
コルティノーヴィスさんは抱えていた少女を地面に下ろした。
未だ一貫して無言のコルティノーヴィス氏も不気味だが、なぜか氏と行動をともにしていた異国風の衣服を身に纏う少女も平常とは言い難い。
エプロンドレスのようなものなのか、明るいオレンジ色のロングスカートの上には、黒地に花の刺繍が施されたレース生地のエプロン。襟にフリルの装飾がついていて、袖は絞られている純白のブラウス。ウエストとアンダーバストで赤い紐を巻いており、腰の細さと胸の存在を強調している。赤地に金糸で草木や鳥が象られているベストと、暗い赤紫色の透かし模様を作ったベールを纏っている。
少女の歳の頃は、おおよそアサレアちゃんと同じくらいだろう。ラフウェーブがかかった鮮やかな緑色の長い髪と、同じ色の瞳。目鼻立ちもはっきりとしていて、インパクトの強いエキゾチックな服に負けていない。まるで名匠によって作られたビスクドールだ。
ただ惜しむらくは、この少女が置かれている状況だった。今回の襲撃事件の前であれば、それらはたいそう美しく見えたことだろう。残念なことに、今は
「君、こっちに来て。俺は時空管理局の人間だ。君を助けに来たんだよ。だから早くこっちに」
解放された少女に話しかけるが、少女はいささかの反応も示さなかった。声をかけたのに、こちらに視線を向けることすら、なかった。
人間の表情からこれだけ感情を抜き取れるのかと思ってしまうほどコルティノーヴィス氏は不気味だったが、この少女も同じくらい無表情だ。人間味というものを限界まで削ぎ落としていったかのような、そんな顔。青白くなっている顔色もそう思わせる原因だろう。
まるで本当に人形のようだ。生気を感じられない。
「……この子は、この街が死んでいく光景を見てきたのか」
少女がこうなってしまった理由なら、いくつも思い当たってしまう。言うまでもなく今回の事件が、サンドギアの街襲撃が、少女の精神を殺してしまったのだろう。
この街で行われたありとあらゆる行為は、まだ幼い少女の目には、まだ脆い少女の心には、刺激が強すぎたのだ。
「大丈夫だよ。悪い人たちは俺たちがやっつける。もう君を危険な目には合わせない。だから、おいで」
心神耗弱に近い状態なのかもしれない。即刻安心できる場所でゆっくり休ませてあげるべきだ。
そう判断した俺は少女に歩み寄る。
コルティノーヴィス氏は沈黙したまま微動だにしていなかった。不穏だし、不安だが、夥しい数の拘束魔法で縛り付けている。そう簡単には破れはしない。
だから、少女に近づいた。保護すべき対象を保護するため。見ていて辛くなるような少女を助けるために。
その時だった。
「な……んだ、この魔力……っ」
『…………』
少女から、妙な魔力が放たれた。
射撃魔法のように形作られたものではない。しかし、拘束魔法の待機状態のようなもやもやとしたものでもない。奇妙としか表現のしようがない魔力が、少女の身体から放出されていた。
その正体がなんなのか明らかしようと周囲を左目で確認しようとした。
「ッ……っ!」
本当に唐突に、一切の予兆もなく、心臓を握り潰されるような重い圧力を受けた。
それはきっと、悪いほうの勘、だったのだろう。事態が悪化する時にしか働いてくれない、俺の勘だ。
強烈なプレッシャーを浴びた俺は、頭でどうするか思考する前に膝を曲げて頭を低くした。
「ほんともう……ふざっけんなよ!」
一秒後どころの騒ぎじゃない。頭を下げた瞬間のことだった。なんなら頭を下げるのも間に合っていない。俺の後頭部があった場所を何かが猛スピードで駆け抜けていった。ぶちぶちと、髪を数本引き千切られた感覚もある。風切り音で聴覚を満たされたほどだ。
つい先程までぴくりともせずに静止していたコルティノーヴィス氏は、俺の視界内にいない。
コマ落ちしたみたいな高速移動と、背後から行われた鋭い一閃。
姿はいまだ視認していないが、断言できる。この戦域に、そんなことができそうなのは一人しか思い浮かばない。
アルヴァロ・コルティノーヴィス。
この人を除いて他にない。
「ッ……くそッ!」
後ろを振り返る余裕すらない。
幸い俺の頭上数メートルの位置には、敵魔導師に囲まれないようにとサーチャーを配置していた。そこから伝送される視覚情報で、
両腕に魔力を集中的に送り込み、最大限に強化する。頭部を守るように両腕を交差して掲げた。
「ぐっ……重……っ」
すぐに踵が振り下ろされた。両腕で防いでいなければ、ユーノが懸念していた通りに頭がぱーんとなっていたところだ。実に笑えない。
「っ!」
恐ろしいまでの速さと重さの踵落としに、限界まで強度を上げていたはずの両腕が痺れていた。
とはいえ、反撃できなければいいようにやられるだけだ。攻撃を防がれた相手が多少なり体勢を崩しているこの隙に、攻勢に転じる。
「ふっ!」
振り向きながら腰の捻りと遠心力を乗せた、上段への回し蹴り。
「は……?」
クリーンヒットはしなくとも、せめて動きを止めるくらいの効果はあるだろうと繰り出したそれは、綺麗に空を切った。
ほんの数瞬前まで確かにいたはずなのに。サーチャーでも確認していたはずなのに。振り向いた頃にはもういなかった。
ただ、左目だけが不可解な光を捉えていた。これまでで見たことがないくらい、気持ちの悪い魔力。焦茶色と黄緑色を混ぜる途中の絵の具のような、奇怪で不快な魔力の光。
その光の尻尾を追うと、いた。
俺と少女の間に立つような形で、コルティノーヴィス氏が、目の前に。
「ッ……おおあぁッ!」
発作的に、といっても過言ではないだろう。激しく律動する心臓を鷲掴みにするような威圧感に、俺は思わず障壁を展開させていた。俺の保有魔力量を考えればそうそう乱用できる代物ではない多重障壁群『魚鱗』を、発動させていた。
発動が完了した瞬間に、コルティノーヴィス氏の身体がぶれた。
ズガガガガッ、と。重機関銃でも撃ったような音が、障壁から発生した。
ガギッ、バギッ、と音を立てて鱗の表面が剥離していく。亀裂が入り半透明になった障壁片が散らばっていく。
目の前にいるというのに、俺はコルティノーヴィスさんが何をしているのかを理解できていなかった。
『…………』
これ以上続けられたら盾がもたない。そんな危機感が膨らんでいたが、始まりと同様に、スイッチを切ったように突然動きを止めた。
「意味がわからない……予測がつかねえよ」
理由は不明だが、俺にとっては都合がよかった。怒涛で行われていた攻撃が途切れた
「早くそこの伸びてる二人担いで
コルティノーヴィスさんから両の目を逸らさぬまま、援護どころかただただ立ち
「あ……ああ」
「わかっ、わかった!」
きっと隊員お二人さんもまともに脳みそが働いていないのだろう。俺みたいな若造に命令されたというのに反論することなく、ゴーグルをかけた隊員とぽっちゃりした隊員は近くにいる化け物の逆鱗に触れないように粛々と仲間を抱えて退いた。
「ほんとにあんた……なんでくそ野郎どもに寝返ったんだよ」
『…………』
「黙ってたら……わかんねえよ。何か言ってくれないと、助けることもできねえよ……」
ここまでがちがちの近接格闘型の魔導師はアルフ以来だ。それにまだ使っていないようだが、この人は射撃・砲撃魔法も使えるはずなのだ。近接格闘だけでほぼ相手を圧倒できる強者で、遠距離攻撃まで備えている。
なのに、どうして管理局に
わからないことが多すぎる。理解が及ばない。
「…………」
『…………』
コルティノーヴィスさんの背後にいる少女が、不意に空を仰いだ。
次いで、ブレーカーを落とされた電化製品みたいに沈黙し、再び一切動かずにいたコルティノーヴィスさんもまた、不意に動く。
急速接近。離れたはずの距離が一気に踏み潰される。
「なにがしたいんだよッ、あんたはッ!」
また、コルティノーヴィスさんの身体がぶれる。
その動きは二回目だ。同じ手をむざむざ喰らうわけにはいかない。今度こそ、見逃しはしない。
「馬鹿みたいにっ、速い……っ!」
俺の障壁、『魚鱗』を抉り飛ばした正体。それはコルティノーヴィスさんの両腕から放たれる、目にも留まらぬほどの速度の連続的な拳撃だった。
人体の構造上不可能に近い速度での、連撃。おそらくは機動力を跳ね上げさせるような魔法と、身体保護のため術式のどちらもを施しているのだろう。動きを速くするだけの魔法では、この連撃を説明できない。
一発二発ならいいだろう。しかし、五発十発それ以上と増えていけば、相手より先に自分の身体を破壊しかねない。自分の肉体を、骨を、筋肉を、筋膜を、腱を、確実に蝕んでいく。
諸刃の剣。自壊の技。自滅を前提とした術式。これはもはや、そういった代物だ。
魔法はどこまで突き詰めても万能ではない。飛行魔法だって無茶な
そうでないといけないはずなのに、身体保護のための術式を専用で用意していてもどこかで無理はしているはずなのに、彼は表情一つ変えず、汗の一滴もかかず、俺に向かってくる。
のしかかってくる負担は莫大だろうに、付随して訪れる痛みも甚大だろうに、コルティノーヴィスさんは継続して、連続して拳を振るう。
明らかに常軌を逸している。
「だと、してもっ……やられっぱなしじゃねぇぞ……ッ!」
腕が霞むほど速いといっても、それが拳撃である以上、繰り出される場所にはある程度予想をつけられる。
思い出せ。
視認すること自体が難しい攻撃。
そう考えて一番最初に思い出されるのはクロノの射撃魔法、スティンガー・レイ。速すぎて光の線にしか見えなかったその魔法を、対処した時のこと。
「そう……イメージは、凪いだ水面……」