翌日。
味方部隊のラインから俺たちの部隊は突出して、街の中へと進行している。指揮官であるノルデンフェルトさんから直々に賜った特別任務のためだ。
その特別任務の内容は調査だが、そちらはまだ完遂できていなかった。
昨日俺たちの部隊が訪れた広場が近くなってきたあたりで、敵からの攻撃を受けたのだ。
敵部隊ーー『フーリガン』たちの布陣が広く敷かれていたため、俺はサーチャーで状況を俯瞰しながら部隊の隊員たちにその都度念話を送っていた。
『障壁を張りつつ後退してくれ。すぐにフォローを向かわせる』
『すいません……逢坂隊長』
『大丈夫だ。予想よりもそっちに流れた、俺のミスだ。長時間引きつけてくれただけありがたい』
隊員の一人に指示を出しつつ、同時に近くで交戦中の隊員に念話をつなぐ。
『もうすぐ右手側の二つ先の路地から魔導師が飛び出してくる。射撃魔法の雨を撃ち据えてやってくれ』
『……こちらで押し返した魔導師はどうすれば?』
『そいつらに関してはランちゃんが爆殺してくれる。ユーノのカバーも入れる。安心して撃ちまくってくれ』
『了解』
念話の途中、この辺り一帯にぷかぷかさせているサーチャーが敵影を捉えた。すぐにウィルキンソン兄妹へ念話を送る。
『クレインくん、アサレアちゃん、オレンジ色の屋根の家の南と北西に二人ずつ出てきているのは確認できるか?』
『えっと……あ、はい。確認しました』
『わたしも捉えたわ』
『上からこちらを狙うつもりみたいだ。排除してくれ』
『わかりました!』
『わかったわ』
地上で交戦中の隊員を狙っていた敵魔導師四人は、タイミングを合わせて攻撃するつもりだったようだ。射撃魔法を待機状態で展開させていたが、それらが発射される前に大量の魔力弾が彼らを襲った。
クレインくんとアサレアちゃんと射撃魔法だ。
昨日、街の上空にとどまって制空権を握っていた時よりも、二人の魔法は威力、精度ともに上がっている。標的との距離が近いことが要因だろう。いかんせん昨日は遠すぎた。
優秀、とアサレアちゃんが自称するだけあり、敵魔導師の数は多かったにもかかわらず一度の斉射で四人を同時に墜とした。
「みんなよく動いてくれてんな……助かるぜっと!」
空き家の中を通って部隊の背後をつこうとしていた魔導師を、横合いから殴り飛ばして無力化する。鼻から派手に血を噴き出して転がっていったが、死んでないだろうな。
「ふう……。疲れるな、案外……」
目頭をぐっと押さえる。
部隊としての行動はみんなが精力的に働いてくれているおかげもあり順調だった。だが、部隊の指揮をとるというのは思いのほか疲労感がある。
自分も動き回りつつ、周辺にばらまいておいたサーチャーからの視覚情報を処理しつつ、得られた情報を元にして適時適所に隊員に指示を送る。
単純戦闘とサーチャーの並列行使、念話の複数同時接続。最初はどうってことのない労力だったが、長時間となると話が変わってくる。
問題は体力や魔力ではなかった。
戦闘は基本的に物陰からの不意打ちで仕留めているので体力の消費は最低限。被弾もしていないし使っている魔法も魔力消費の穏やかな類なので魔力にもまだ余裕がある。
「っ……頭、重い……」
頭がぐわんぐわんとしてきた。
複数のサーチャーからの視覚情報をさばくこと。隊員たちに指示を出すこと。これらを同時に行うことに、脳がまだ全然慣れていなかった。
指揮をとりながら自分のコンディションにも目をやっていると、もう一つ念話のラインが増えた。隊員のフォローに回ってもらったユーノだ。
『兄さん、抜けた隊員さんの穴埋めに入ったんですけど、そこで数人の敵魔導師から集中砲火を受けてます。すぐに破られるということはないんでそこまで困らないんですけど、どうしたらいいですか?ここで僕も後退すると相手が突っ込んできそうですし、逆に下手に反撃してまた隠れられても時間がかかりますよね?』
『そうだな……ユーノはもうちょい耐えられるか?』
『はい、大丈夫です』
『それならランちゃんに支援射撃を要請して、まとめて吹っ飛ばしてもらおう。敵さんがユーノに集中している今ならすぐ見つけられるし、当てやすいだろう。ほかにぱらぱらと散らばってんのは俺と、あとウィルキンソン兄妹にも手伝ってもらう。悪いけど、それまで待っててくれ』
『了解です!』
ユーノには負担を強いることになるが、快諾してくれた。無理をしていないか少し心配もしたが、いつも通り元気のいい声を送ってくれたので本当にまだ余力があるのだろう。ユーノの障壁は鉄壁なのであった。
ユーノからの許可も取れたことなので、即座にランちゃん、クレインくん、アサレアちゃんにユーノの座標を伝えて援護のお願いをする。
同時に俺も動く。建物の陰に隠れていた者を締め落としたり、屋根の上から味方へ射撃魔法を使っていた敵魔導師に鎖を伸ばして引きずり落としたりながら、ユーノの支援に回る。
サーチャーからの視覚情報や、爆発音の減少から、戦況が移り変わりつつあることを実感する。
「……このあたりの敵は制圧しつつある。もうちょっと頑張りゃ、ゆっくり調査できそうだな……」
俺たちの部隊は、味方部隊が押し上げているラインよりも前に出てきている。
現在地は街の真ん中からさらに南に進んだあたり。コルティノーヴィスさんの家があるとされる場所の近辺だ。このあたりまでは、比較的あっさりと来られたのだが、もうすぐ教えられた住居が見えてくるか、といった塩梅で数多くの魔導師が道を阻んだ。
「この近くに、奴らにとって隠しておきたいものがある……」
どうせ姿を現わすのなら、もう少し俺たちが踏み込んで、背面をつく位置になった時を見計らって出てくればよかったはず。なのに、俺たちの影が見えてすぐくらいの距離で敵は現れた。
急に出てきたその瞬間はこちらの部隊も動揺があったが、タイミングを合わさずに、まるでもぐら叩きみたいなまばらさで敵魔導師は物陰から飛び出してきたのだ。不用意にもほどがある。
なぜそんな拙い行動をとったのか。
考えられる原因は一つ。
俺たちが驚いたのと同じように、敵にも焦りがあったのだ。
まさか一個小隊で突出して捜索してはこないだろうとの計算違いもあったかもしれない。だが、それ以上に、この周辺に敵方にとって見られたくないもの、隠しておきたい何かがあるのだ。だからこそ、慌てた。突然俺たちがやってきたことで、その『隠したい何か』を守らなければと危機感に駆られたのだ。でなければ、この周囲にだけ人員を集中させる合理的な理由はない。
考えをまとめていると、耳を
『この近くにコルティノーヴィスさんのお家があるのよねぇ?』
ランちゃんから念話が届いた。きっとさっきの爆発音はユーノを狙っていた魔導師を屠った音だったのだろう。相変わらず、射撃魔法一発の威力が凄まじい。
『そう、らしい。ノルデンフェルトさんが管理局のデータを閲覧して住所を確かめたそうだから。……そういえば、昨日もこのあたりの道は通ったな』
『すぐ近くにクレスターニ人形劇団の劇場があるのは、偶然なのかしらねぇ……』
『ノルデンフェルトさんの話でもクレスターニ人形劇団の名前が出てきてたよな。家の近くに劇場があるから話題にしたのか?……そっちも調べておこう。この近くなのか?』
『劇場ならもう見えているわよ。ほら、西側に見えるオレンジ色の屋根の建物。あれが劇場よ』
クレスターニ人形劇団の劇場は、もう見えていた。サーチャーですでに視てもいた。ウィルキンソン兄妹に、その建物の近くにいた魔導師数人を払ってもらった場所だ。
『劇場って言ったから、もっと大きい建物だと思ってた……』
『だって人形劇だもの。遠くからでは見えにくいでしょ?人形と客席は自然と近くになる。建物もそれほど大きくなくて済むわぁ』
そもそも人口もそれほど多くない街だもの、とランちゃんは締めた。
いくらランちゃんのように人形劇観たさで観光客が訪れるとはいえ、時期によって観光客の数は減るだろう。大きく構えるほうが採算が合わなくなる。
『こんなに近いんなら先に劇場のほうを捜索するか』
『いいの?私としては人形劇団がどうなっているのか確認できるのは嬉しいけれど』
『ああ。まだコルティノーヴィスさんの住居があるところにはサーチャーが辿り着いてないんだ。予想通りに敵の待ち伏せがあったわけだし、先に斥候を飛ばしておきたい』
『わかったわぁ。……ありがとうねぇ、徹ちゃん』
『どちらも優先度は高いんだ。なら安全が確保できていて、かつ、近いほうを選ぶのは当然だろ?』
『ふふっ、ありがと』
くすくすと笑いながら、ランちゃんとの念話が終わる。
個人相手の念話から、隊全体の念話に切り替え、部隊の全員にオレンジ色の屋根に集まってもらうよう念話を送る。
当初の予定にはなかった劇場の捜索だったが、詳しい説明を省いたにもかかわらず、全員からすぐ了解の旨が届いた。
敵の部隊がこの周囲を取り囲むように展開していたこともあって、俺たちの部隊もわりと広がっていた。なので集合するにもそれなりに時間がかかるかと思われたが、さほど経たないうちに全員が到着した。
驚くことに、なんと全員が空から降ってきた。この部隊は嘱託や『海』の新入りが多いとはいえ、俺以外全員飛行魔法使いというのは、少々衝撃があった。
「劇場に入るけど、ここで隊を分けたいと思う。俺も中に入るからランちゃんには残っておいて欲しいところだけど、劇場内部を多少なりでも知ってるのはランちゃんしかいないからな……ランちゃんはついてきてくれ」
「はぁい」
しなを作りながらの、ランちゃんの返事。メンズファッション誌のワンカットのような堂に入った佇まいだが、片手にどでかいライフルを担いでいてはきな臭さが半端ではなかった。
「…………」
アサレアちゃんから無言の圧力を感じる。こちらをじっと見続けて目を逸らさない。
内部へ潜入するメンバーから外せば、きっと噛みつかれることだろう。
「あとは……ファルとニコル、ついてきてくれ」
「了解です」
「わ、わたしも……わ、わかりました」
「残りのメンバーは劇場周辺の警戒を頼む」
「ちょっとっ!なんでわたしを連れてかないのよ!わたし活躍してたじゃないっ!」
噛みつかれるだろうなとは予想していたが、やはりアサレアちゃんが抗議の声をあげた。
「アサレアちゃん、選んだ理由は活躍どうこうじゃなくて、バランスや能力で決めてるんだよ」
「能力?!能力ならわたしでもいいでしょっ!」
ふう、と一息ついて、アサレアちゃんへの説明を始める。
選出したうちの一人、女性隊員であるニコル・メイクピースを手で示す。
「ニコルは防御や索敵、治癒魔法を得意としてる。劇場の中を速やかに捜索するには適しているし、負傷者を発見した時にはすぐに治療に移れる」
得意というほどでは、と弱々しく謙遜するニコル隊員だったが、アサレアちゃんに鋭い視線を向けられて口を閉じて目を伏せた。確実にニコルのほうがアサレアちゃんよりも年上だろうに、すでに力関係が逆転してしまっている。
「……そっちの男は?」
名前すら呼ばないアサレアちゃんだった。
ニコルを指していた手を、苦笑いしているファルロ・イエフリシュカに移す。
「ファルは使える魔法のバランスがいい。今回は索敵を主にやってもらうニコルの護衛役ってところだ。待ち伏せを受けてもファルの魔力強度ならしばらく耐えられるだろうし、相手が少数なら押し返すだけの火力も持っている」
「ぅぅぅぅっ……」
じと目で唸っているところを見るに、まだ納得はしていない様子だ。
「そっ、それじゃあなんでわたしじゃダメなのよ!わたしだって……治癒魔法は苦手だけど……それ以外の一般的な魔法ならそつなくこなせる自信があるわ!」
「アサレアちゃんは飛行魔法がこの中では抜きん出ている。狭い屋内よりも、障害物の少ない屋外のほうが特色を生かせる」
「むっ……」
アサレアちゃんは事実、飛行魔法を巧みに使う。『冷静なら』という注釈がいるけど。
一応は褒めている言い回しに、アサレアちゃんは口を
「このメンバーを選んだ理由、これでわかったか?」
「でも、でもっ、わたしも……」
ここまで言っても、アサレアちゃんはまだ首を縦に振ってくれない。
倫理的に、デリカシー的に、使いたくはなかったが奥の手を出すこととしよう。
他の人に聞かれないように、顔をアサレアちゃんの耳元に近づける。と、アサレアちゃんの形のいい耳がぴくりと震えた。耳だけ動かすなんて器用な子である。
「……劇場の中、きっと暗いぞ」
「っ?!っっっ?!?!」
わかりやすく動揺した。
「あっ、あんたっ?!きっ、昨日のことは忘れなさい!というか忘れろっ!」
「アサレアちゃんが言うこと聞いてくれたら忘れるよう努力しよう。この付近の警戒、よろしくな」
「わっ……わかったわよ!もうっ!」
アサレアちゃんは一歩下がって腕を組み、ふんっ、と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
機嫌が悪いですよアピールなのかもしれないが、首元まで真っ赤にしていては今更そんなアピールは無意味だった。
「それじゃ、外はよろしく。何かあったらすぐに伝えてくれ」
劇場周辺の警戒にあたるウィルキンソン兄妹とユーノ、あと無造作ヘアでぼんやりとした印象のある男性隊員エルヴィス・エンフィールドさんに言う。
「はい、お気をつけて」
「……決まったからにはちゃんとやるわよ」
「まーた兄さんは……」
「……ああ」
クレインくんはいつも通り素直に、アサレアちゃんはまだ恥ずかしそうに頬を紅潮させながら憮然と、ユーノはあらぬ誤解を含んだ目つきで、エルさん(エルでいい、と本人から言われたのだ)は端的に返す。
「それじゃ、
ファルとニコルが俺の妙な表現に首を傾げる中、俺は劇場の扉を開き、足を踏み入れる。
俺がアサレアちゃんを同行メンバーに加えなかったのは、アサレアちゃんが扱える魔法の性能や暗所恐怖症を考慮したことの他に、もう一つあった。
「ひっ……ぅぐっ」
「うっ、ぁぁ……」
「やっぱ、こうなってるよな……」
「わかってて女の子を連れてくるなんて、徹ちゃんはSねぇ……」
「やっぱり控えたほうがよかったよな……。でもそう考えると分隊のバランスが悪くなるし……」
扉を閉めて、薄暗い劇場内部を歩いて、すぐのことだった。
おそらく街の住民だろう。だった、のだろう。亡骸が、至るところで転がっていた。
なによりも心を削るのは、子どもやお年寄りが多いことだった。
これが、アサレアちゃんを連れてこなかった理由の最たるものである。
出入り口が限られていて、この周辺では大きな建物。この建物の性質上、ろくに抵抗もできない子どもや老人が多くなるだろうことは想像するに難くない。
『フーリガン』の連中が、捕虜や人質をとらないことは広場で知っていた。ショッキングな光景が広がっているだろうことは、ある程度予想がついてしまっていた。
「この劇場の規模なら、俺とランちゃんの二人でもなんとか確認して回れるだろ。ファルとニコルはどこかで少し休んどけ」
ニコルの背中をさすりながら言う。
ニコルは治癒術師でもあるので多少は耐性があるかと思ったが、どうやらこの場の惨状は限度を超えていたようだ。床に膝をついて戻してしまっていた。
ファル隊員は吐いてこそいなかったが、とても気分が悪そうだ。薄暗い屋内であっても顔から血の気が引いていることがわかる。
「こんな状態では魔法は使えそうにないわね。無理して使えばかえって危険だもの」
「そう、だよな……。先に休めそうな部屋を探そう。劇場なんだから、控え室くらいいくつかあるだろ。被害を受けてない部屋もあるはずだ。そこで……」
「いえっ……っ、わたしは、やれますっ……っ」
「こんな……ひどいことをする人たちを許しておけません。悪いことをしている人たちの尻尾を掴めるかもしれないのなら、わたし……頑張ります」
お願いします、隊長。
そう言って、ニコルは頭を下げる。
「ぼ、僕も!僕も、できます!やらせてください!このままでは……殺されてしまった人たちに申し訳が立ちません!」
ニコルに触発されたのか、ファルも混濁していた意識を鮮明にさせて続行を願い出る。
「…………」
普段なら、離脱させるべきところだろうけれど、これほど気概と正義感に溢れる二人を下げることが俺には正しいこととは思えなかった。
幸い、この劇場にはもう敵の気配はないし、俺とランちゃんは至って平常だ。半病人みたいな人間を連れて行くことにはなるが、二つの班に分ければそれほど効率が落ちることもない。
なにより、このまま逃げるように劇場の外に下げてしまえば、二人にPTSDを植えつけかねない。このような惨劇を目にしてしまうことも任務のうちであることを、知っておくべきなのだろう。知って、対処しなければならないのだ。
「……予定を変える。ニコルは俺と、ファルはランちゃんと。二手に分かれて建物内部を捜索する」
「あ、ありがとうございますっ」
「ありがとうございます!」
「ランちゃん、ファルをよろしく頼むよ。何かあったらすぐに連絡してくれ」
「徹ちゃんは優しいわねぇ……わかったわぁ。ニコルちゃんをよろしくねぇ」
「ああ、わかった。ん……ちょっと待ってくれ、サーチャーが何か捉えた」
この劇場に入ってすぐにサーチャーを放っておいたが、そのうちの一つが変なものを視界に映した。
強引にこじ開けられたような隠し扉と、その先には階段。上へと続くものではなく、下へと潜るものだ。
「地下への階段を見つけた。俺たちはそっちを確認してくる。ランちゃんとファルは一階を」
「わかったわぁ」
「了解っ!」