そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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若干一名キャラ崩壊。
注意してください。


13

 大きく綺麗な家が建ち並ぶ閑静な高級住宅街。

 

海鳴市は潮騒区、そこに鷹島家はあった。

 

薄々気づいてはいた、海鳴市でも指折りの市街地に近く、レベルと学費の高い聖祥大付属の学校に通っているのだから、それなりに裕福なのだろうと。

 

まさかここまでとは思っていなかっただけで。

 

 何台駐車できるのかわからないガレージに、おそらく自動で開くのだろう門扉が敷地の入り口に鎮座していた。

 

敷地に入り少し歩いてやっと玄関があり、その重厚な扉には緻密で芸術的な模様が施されている。

 

二階建ての白亜の一戸建て。

 

相当に家の中のほうも広いんだろうな……。

 

「あれ? 家の前に誰かいますね」

 

「十中八九、君のお姉ちゃんだろ。あ、近づいてきた」

 

 きょろきょろと挙動不審に周りを見渡していた人影は、こちらの姿を視界に入れると恐怖を感じる程の速さで近づいてきた。

 

ニアスも『にゃあ』と怯えた声を出している。

 

「彩葉ぁ! 心配したんだよぉ! よかったぁ……」

 

 ぶつかる寸前でスピードを落として、彩葉ちゃんを抱きしめるのは当然鷹島さん。

 

彩葉ちゃんは『ごめんね』と苦笑いしながら自分の姉の背中を、左手でぽんぽんとたたく。

 

ひとしきり彩葉ちゃんを、ぎゅうっと抱きしめて怪我がないのを確認して安心したのか、一歩分彩葉ちゃんから離れた。

 

本当に仲良いんだな、この姉妹。

 

「逢坂くん、ありがとうございますっ。彩葉を助けてくれて、ニアスも見つけてくれて。いつも助けてもらってばかりで申し訳ないです……」

 

「別にいいって、俺が勝手に手伝っただけなんだから。もう『お礼』も貰ったし」

 

 彩葉ちゃんから俺に視線を合わせた鷹島さんは、深々と頭を下げてお礼を言う。

 

今回の事は俺が強引に介入した上に、ジュエルシードが絡んでいたからお礼も謝罪も貰う権利は本来ないんだけどな。

 

 この姉妹、似ていると何度も思ったが、こうして並ぶと意外と違うところが見えてくる。

 

鷹島さんは同年代と比べるとかなり小さい方だけど、当然ながら彩葉ちゃんとならだいぶ勝っている。

 

性格は外見に表れるのか、天然な姉はたれ目で、ぽわぽわした雰囲気を纏っている。

 

クラスでは『疲れた時には姫を眺めろ』という格言すら作られているくらいに、和みのオーラを生み出していて、マイナスイオンでも出ているのでは、ともっぱらの噂だ。

 

しっかり者の妹はきりっとした目付きをしていて、姉のおかげで色々と経験してきたのか、この年ですでに言動や振る舞いが頼もしい。

 

 そのしっかり者の妹――彩葉ちゃんは鷹島さんに返した俺の言葉ですこし顔を赤らめた。

 

「お礼? 彩葉もうなにかお礼したの?」

 

「え、えと……お礼……の仮払い、かな?」

 

 困ったように曖昧な笑みを浮かべる彩葉ちゃんと、よく意味を理解できない鷹島さんが顔を付きあわせている。

 

『何で言ったんですかっ』とばかりに彩葉ちゃんがねめつけてきた。

 

あの『お礼』の時は俺の方がテンパってしまい、なにも仕返しできなかったのでここで返報しておいた。

 

江戸の敵を長崎で討つ、ではないが大変驚いてくれたようでなによりだ。

 

一応あの行為が、どういう意味を孕んでいるのかは理解しているみたいで一安心。

 

 目線をそらされた鷹島さんが次に目をつけたのは、まだ繋いだままだった俺と彩葉ちゃんの手だった。

 

「彩葉……ずいぶん逢坂くんと仲良くなったんだね、人見知りなのに」

 

 言われてやっと気付いた彩葉ちゃんが、ぱっと手を離した。

 

彩葉ちゃん人見知りだったのか、全然そんな感じなかったけど。

 

「あ、あのねお姉ちゃん……は、話したらけっこう長いんだけど……」

 

「ううん、いいよわかってる。逢坂くん優しいからね、すぐ気を許しちゃうのも理解できるよ」

 

 どことなく萎縮し始めた彩葉ちゃんとは対称に、鷹島さんの口調は明るい。

 

明るいのだが、冷や汗が出るのはなぜだろう。

 

鷹島さんの瞳がいつもより暗く見えるのは、きっと夜だからだな、うんきっとそうだ。

 

「鷹島さんニアス返すわ、いつまでも乗っかられてたら肩が凝りそうだ」

 

「へっ、あっ、うん。ニアスこっちおいで。逢坂くんに迷惑かけちゃダメでしょ?」

 

 いつもの、ぽわっとした鷹島さんに戻った。

 

どのあたりで変なスイッチが入るのかわからない人だ。 

 

鷹島さんが話しかけるが、俺の肩に居座っているニアスはいつまでたっても鷹島さんへと移らない。

 

どれだけ懐いてるんだよ、こんなに動物に好かれたのは初めてだ。

 

動こうとしないニアスに業を煮やした鷹島さんが、また黒い鷹島さんに切り替わった。

 

「ニアス……これ以上はお説教だよ? 心配いっぱいかけた彩葉は問答無用でお説教だけど……」

 

 話が変わり安心して溜息をついていた彩葉ちゃんだが、再び水を向けられ『ひふぅっ』と口から空気が漏れた。

 

 黒い鷹島さん、略して黒鷹さんの言葉を聞いた一人と一匹はぷるぷると震えだす。

 

一体どんなトラウマを植え付けてんのさ、今日で鷹島さんのイメージ随分変わっちゃったぞ。

 

親しい相手にはいつもとは違う面を出すんだな、新発見だ。

 

 脅し……忠告を受けたニアスはぷるぷるしながら黒鷹さんへと移動した。

 

ニアスを胸に抱く黒鷹さんの笑みは、いつもの鷹島さんとは何かが根本的に違っていた気がする。

 

「鷹島さん、俺そろそろ帰るわ。時間も遅いし二人とも家に入った方がいいぞ。春とはいえ、まだ夜は少し冷えるからな。風邪ひいちまったらいけねぇだろ」

 

 場の空気がおかしくなってきたのを敏感に感じ取り、すぐに撤退の意を示す。

 

「そうだ! あ、逢坂くん晩御飯まだだよね? うちで、晩御飯た、食べてく? 彩葉もうれしいと思うしっ!」

 

 彩葉ちゃんの瞳がきらりと輝いた気がした。

 

黒鷹さんのお説教が確定してるというのに、意外といい根性してるな。

 

「ぜひ相伴に与りたいところだけど、ごめんな? 家に帰って晩飯の準備を……」

 

 そう、晩御飯の準備をしなくてはいけなかったのだ、『姉の晩御飯』の。

 

今さら思い出してしまった、今日は姉が帰ってくるんだった。

 

両親のいない我が家は、姉が外で仕事を、俺は家事を、という決まりになっている。

 

昨日はたまたま姉は仕事で家を空けていたが、今日は帰ってくるんだ。

 

うわぁ……家、帰りたくねぇ……。

 

 途中で固まった俺を見て、目の前の愛らしい姉妹はそろって首をかしげる。

 

しかしここで姉を無視して鷹島家へお邪魔すると、後日、今から帰るよりも十倍くらい酷いお仕置きを受けることになるだろう。

 

まぁもとより、姉以上に優先するものは俺にはないので、今回は丁重にお断りさせてもらうこととする。

 

一つ懸念もあることだしな、大変心苦しいことに変わりはないが。

 

「……家に帰って、晩飯作らないといけねぇから」

 

 姉以上に優先するものはないと言っても、多少声のオクターブが落ちてしまうのは仕方ないことだと思う。

 

可愛い同級生とその愛くるしい妹と一緒に晩ご飯を食べる(しかもその可憐な姉妹の家で)、という俺にとってはかなりの希少イベントを、見逃さざるを得ないという苦しみは血涙をしぼるほど、推して知るべし、だ。

 

今日はチャンスをことごとく逃す日だな……不幸だ……。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 晩御飯の準備という、引き止めるに引き止めれない理由だったのでやりようがなく、申し訳なさそうにする鷹島さんは見るに忍びないものがあったが気を強く持ってなんとか立ち去る。

 

鷹島さんには、また明日、と。

 

彩葉ちゃんには、また今度遊ぼうな、とお別れを告げて柔らかい髪を丁寧に撫でる。

 

『約束ですよっ』と彩葉ちゃんに念を押されてしまった、俺そんなに信用ないかね。

 

 後ろ髪を引かれまくりつつ、俺は一人帰路に着く。

 

自宅への道中、こじんまりとした人気がなくて都合のいい公園があったので入る。

 

さすがにこのまま家に帰るわけにはいかないからな。

 

「もう出てきてくれて構わねぇぞ」

 

 公園全体に聞こえる程度の声量で、そう切り出した。

 

「気付いてたのかい」

 

 公園の隅っこに気持ち程度に植えられている木々の影から、俺と同年代くらいの、やたらと肌を露出している女性が出てきた。

 

ぬ、布に覆われている面積少なくありませんか? 

 

シルエットがわかりやすい、みぞおちくらいの丈のぴたっとしたシャツを着て、豊満な谷間を惜しげもなく見せるように菱形の穴が開いている。

 

視線がその山間に吸い込まれそうになるが必死に我慢する。

 

その上に二の腕くらいまでの、とても短いマントを羽織っていた

 

よく鍛えられているのだろう、腹筋がうっすらと見えてよく引き締まってるのがわかる。

 

下はショートパンツで、健康的なふとももを隠そうともしていない、いや、隠す必要なんてない。

 

こんなに魅力的な脚線を隠すのは、もはや罪だ。

 

首のあたりで二房に分かれている長いオレンジの髪に、活発そうな顔だち、勝気な瞳、口からは八重歯が覗いている。

 

額には赤色の細長の宝石のようなものがついている。

 

いろいろ普通の人と違うところがあるが、何よりも重要なのは。

 

「猫耳に、猫しっぽ……っ!」

 

 気の強そうな女性に猫耳とか、ギャップがあってきゅんとくる。

 

「一応狼なんだけど」

 

「あ、ごめん。耳の形で判別とかできねぇもんで」

 

 このタイミングで出てきたということは、きっと見られてたんだろうな。

 

ジュエルシードを封印したところを。

 

「ジュエルシードを探してるんだろ? フェイトのお仲間ってことでいいんだよな」

 

「あれ、フェイトが名前を言ったのかい? はぁ、たった一回会っただけでばらしちまうなんて」

 

 やっぱりそうだったか、やり方がぬるいからそうだと思ったよ。

 

ジュエルシードを見つけた時点で俺を襲えばよかったのに、彩葉ちゃんがいたからそうしなかったんだろうな。

 

俺が一人になってからやっと姿を現したということは、一般人にはなるべく迷惑をかけないようにしてるのだ。

 

敵対しているとはいえ、相手がこうも優しいと憎めなくて辛いな。

 

「フェイトを怒らないであげてくれよ? 俺が無理に聞き出したようなものなんだ」

 

「いや、逆にありがたいよ。フェイトはもう少し、考え方を柔軟にした方がいいと前から思っていてね。いい傾向だと考えることにする」

 

 この女性はフェイトとどういう関係なんだろう、ただの仲間ってわけじゃなさそうだ。

 

仲間……より、姉妹に近いのだろうか。

 

フェイトの話をする彼女の顔は、とても穏やかで慈愛に満ちていて。

 

その声は柔らかくて、温かくて、世話好きな姉のような響き。

 

フェイトも目の前の彼女も、どうしてジュエルシードを求めるのだろうか。

 

何が……二人を突き動かしているのだろうか。

 

「そうしてくれるとありがたいな。あんたの名前も教えてくれよ、俺の名前は……」

 

「あんたの名前はフェイトから報告を受けてるよ。逢坂徹、だったね。フェイトが言ってたよ、『無茶苦茶な人』って。あたしはアルフ、仲良くすることはできないかもしれないけど、よろしくね」

 

 案外すんなりと教えてくれた。

 

フェイトが教えちゃってるしもういいや、って感じなのか?

 

それにしてもフェイトの説明ざっくりしすぎじゃない? 俺ってそんな印象だったのかよ。

 

「でも『ジュエルシードを探していて戦闘になった』とは聞いていたけど『名前まで教えた』とは報告を受けてなかったんだけど。何で隠したのか、怒られると思ったのかねぇ」

 

「フェイトは生真面目そうだからな、叱られると思って言わなかったのか、ただ単に報告するのを忘れていたのか。別に俺は言いふらそうとも思ってないし、気にしなくていいだろ」

 

「そうだね、徹は悪い人間には見えないし。それにあたしも名前教えちゃったし」

 

 すんなりと彼女――アルフは流す。

 

普通ならもう少し慌てないといけないところだと思うんだがな。

 

あまりアルフは細かいことを気にしないタイプなようだ。

 

しかし、妙齢の綺麗な女性に名前を呼び捨てにされるのはなんだか、心がざわつくな。

 

スタイルはいいし、竹を割ったような性格というのは俺の好みだし。

 

露出が多いというのは多感な男子高校生にとって目の毒だが。

 

「フェイトが少し楽しそうに、あんたの話をしていた理由がなんとなくわかったよ。徹は独特の雰囲気を持ってんだね。話していると楽しいし、憎めない性格ってのか」

 

「まんまこっちのセリフだけどな。お前もフェイトも優しすぎて戦いづれぇよ」

 

 『優しい?』と首をかしげるアルフ。

 

気付いてないのかよ……俺の周りにいるやつらは全員心がきれいすぎて、俺の考え方がすごい汚く感じるぞ。

 

「割と早い段階で俺がジュエルシードを見つけたこと知ってたんじゃねぇの? それなのに彩葉ちゃん……連れがいた時には出てこなかった。あの時に襲われて、連れを人質にでもされていたら俺はジュエルシードを渡すしかなかったってのにそうしなかった。俺の連れの女の子の事、考えてくれたんだろ? 怖い思いをしないようにって」

 

「べ、別に、そこまで考えてたわけじゃないよっ。ただ……幸せそうにあんたの隣で歩いている子を見て、その顔を曇らせるようなことはしちゃいけないって、そう思ったんだ」

 

 はい、完全に優しい人の思考回路です。

 

フェイトといい、アルフといい、どこまでも戦いにくいなぁ。

 

……それを優しいっつうんだよ全く。

 

話を切り上げよう、戦えなくなっちまいそうだ。

 

「それだけで十分だ、ありがとう。……アルフとお喋りするのは楽しいし、いつまでも続けたいくらいだが……そろそろ本題に入ろうぜ」

 

「やっぱり避けれないね、この話は……。徹、ジュエルシードを渡しておくれ。別に戦う必要はないだろうさ」

 

 それがアルフにとっての最大限の譲歩なんだろうな、叩きのめしてから奪う手もあるだろうに。

 

「答えわかってんだろうが。できねぇよ、それは」

 

「ははっ、そりゃそうだろうね。言われてホイホイ渡すような男なんかを、フェイトが気に入るわけないからね。わかってたよ」

 

 ここまで来て引くなんてことは、両者できるわけがない。

 

俺にも通すべき筋があり、アルフにも守るべき信念がある。

 

お互いがお互いに、譲れないものを持っている。

 

「なぁ、なんでお前たちはジュエルシードを集めてるんだよ。お前たちみたいな優しいのが、ジュエルシードを探す理由って何なんだ」

 

 アルフは俺の問いに固く口を閉ざす。

 

そうか、言葉はいらないってか。

 

そこはフェイトと同じだな。

 

「わかったよ、なら賭けようぜ。ルールは単純だ、勝った方がジュエルシードを持っていく。負けた方は諦める。それでいいよな?」

 

 アルフは喋らず、頷くことでその意思を俺に伝える。

 

結局こういう展開になるんだよな、仕方ねぇとは思うけど。

 

ぴりぴりとした空気が流れ始め、もうきっかけさえあれば死闘が始まる。

 

そんな時に俺は思い出した。

 

「あ、その前に結界張ってくんね? 俺、術式知らなくてさ」

 

 肩透かしを食らったように、アルフの身体ががくっと崩れる。

 

ご、ごめんな、でも周りの住人に迷惑かけるわけにはいかないし。

 

「くっふふ、あーあもう。締まらないね、せっかく集中してたのにさ。ちょっと待ってな、今張るから。あたしもあんまり得意じゃないから、時間がかかるかもしんないけど」

 

「すまんな、俺魔法知ったのが最近でな。ぜんぜん魔法の事知らねぇんだよ、助かるわ」

 

 今から戦おうとしている人間の会話じゃないな。

 

まぁこんなもんでいいんだろう、俺たちは。

 

別に憎しみあって、殺し合いをしようとしているわけじゃないんだから。

 

「悪いね、あんまり大きいのは作れなかったよ」

 

「いや俺には都合がいいぜ、がちがちの近接型だからな」

 

 オレンジ色の魔法陣で発動した結界は、ちょうどこの公園を覆うほどの大きさ。

 

俺にはちょうどいいな、狭い方が近づきやすくなるし。

 

「お、気が合うじゃないか! あたしも近距離戦闘の方が好きなんだよっ」

 

「これは楽しくなりそうだなぁ、魔法っつう便利なもんがあんのに接近して殴り合いってか! 粋じゃねぇかっ!」

 

 さぁ気分も盛り上がってきた。

 

ここからやっと、戦闘スタートだ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 思考回路をフル回転させ、魔力付与を全身に施し、脚に力を込める。

 

フェイトとの戦闘中ずっと魔力付与を使っていたから、もうこの魔法のコツはつかんでいる。

 

スポーツでもなんでも、技術というのは、やり続けて慣れてくれば自然に行えるようになる、それと同じだ。

 

相手は前方十五メートルちょっと、身体強化状態のこの身体なら三歩もいらない。

 

すなわち、もう射程内も同然だ。

 

「行くぞアルフっ!」

 

「来いっ! 一撃で沈むんじゃないよっ!」

 

 お互いにタイミングを相手に言っちゃうとか、テレフォンパンチもいいとこだ。

 

地面を蹴って瞬時に近付く。

 

最初の一撃だ、下手な小細工なんていらない。

 

真正面から、勢いと全身の筋肉を使っての右ストレート。

 

同じように考えたのか、アルフも左足を踏み込んで、ひねりを加えた右で迎え撃ってきた。

 

「くっ……」

 

「っは! やるじゃないかっ」

 

 お互いに右の拳で打ち合い、その反動ですこし後ろに下がる。

 

俺は前に進みながら勢いをつけて、慣性も全身の捻転力も使って拳を放ったってのに、アルフはその場で踏み込み、腰のひねりだけで俺の一撃と相殺させた。

 

やっぱだいぶ力の差がある。

 

たったの一合で実力の違いがここまで如実に表れんのかよ……。

 

「あぁもうっ! 強いなぁくそっ!」

 

「あっはっは! あたしはすごく楽しいよっ!」

 

 でも、どれだけ差があるとか、勝ち目があるとかないとか、そんなくだらないことを考える必要なんざない。

 

相手にどうすれば勝てるか、どうすれば渡り合えるか、一瞬一瞬に全力を出すこと。

 

そのために考えろ、自分の使えるものすべて使って、魔法も戦略も絞り出せ。

 

死に物狂いが、一番、愉しいんだからっ!

 

 反動で下がり、空いた距離をすぐに埋めるように近づく。

 

近付いたときに生まれた微かな勢いを右足に乗せ、前蹴りを繰り出す。

 

「うおっとと、なかなか重いけどっ」

 

 アルフは俺の右足をつかみ、左フックを放つ。

 

一撃くらいは覚悟の上だ。

 

俺はアルフがつかんでいる右足を軸に回転し、左足で地を蹴り、その勢いのまま左足をアルフの頭めがけて蹴り入れる。

 

俺はアルフの左フックを右頬に受け吹っ飛び、アルフは俺の左足刀を頭の右側に受け吹っ飛ぶ。

 

互いに痛み分けの形になった。

 

「かっは、ははは、痛いなぁ」

 

「女の顔に、容赦なく足を向けるってどうなんだろうねっ」

 

「勝負だからやむなしだっ!」

 

 両者ともにすぐに体勢を整え、再度拳を交える。

 

俺もアルフも正面から見据え、左足を踏み込み、身体をひねり、右の拳を相手へ放つ。

 

何度も何度も相打ちしていては、先に動けなくなるのは、経験と実力の底が浅い俺だ。

 

だからここからは頭を使って戦うとしよう。

 

「なんでっ……」

 

「悪いな!」

 

 アルフの拳が、音と衝撃と共に途中で止まる。

 

フェイトと戦った時に使った、表面積を捨て強度を高めた改良型防御魔法。

 

何回か使って慣れたおかげで今回の障壁は、完全に無色透明。

 

冷静になれば、自分の拳が何に触れたのかくらいわかると思うが、一瞬では理解できないだろう。

 

実力で劣っていても自分の特色を活かして、戦闘の流れを持ってくればいい。

 

虚を突くことさえできれば、俺にも勝算はある!

 

「そら、もってけぇ!」

 

 かすかに動きが止まり、隙のできたアルフの腹部へ、全力の一撃をぶち込む。

 

衝撃を逃すことができなかったアルフは、くぐもった声を漏らし地面を何回かバウンドし、木にぶつかることでやっと止まった。

 

「どうだアルフ! 楽しいかっ! 俺は今っ、すっげぇ楽しいぜ!」

 

 吹き飛んだまま、返事のないアルフへ叫ぶ。

 

こんなもんで終わりじゃないだろう。

 

さっきの一撃、手ごたえはあったが違和感を感じた。

 

恐らくアルフは、身体強化の魔力を腹部へ集中させ、威力を軽減させたのだろう。

 

「ふっ、ふふ。見えない障壁、厄介だねぇ。どこに設置されているのかもわからないなんて……っはははっ! 徹っ、私も楽しいよっ!」

 

 テンション高く俺の叫びに応答し、立ち込めていた砂煙をかき散らしながら、アルフが突撃してくる。

 

突撃の勢いを利用し、右の拳で、まるで大砲が放たれたかのような突きを放つ。

 

改良された方の防御障壁を三重に張ったが、その二枚までを砕かれた。

 

最後の一枚が罅を走らせながらも懸命に耐えていた。

 

直撃してたら俺死んでたんじゃねぇの?

 

俺の実力がまだまだだっていうのは理解しているが、それにしても今の俺の最高硬度を誇る改良型障壁を、こう容易く貫かれると少し精神的にショックがあるな。

 

 この改良型、便利なように見えて実際そうでもない。

 

普通の障壁なら、気にせずに張っても何ら問題はないだろうけど、改良型は違う。

 

このバリアは直径がおよそ二十センチほどしかないため、相手の攻撃の動線へ自分で合わせなければなんの意味もない。

 

あまり使い勝手のいいものではないのだ。

 

魔法色が透明なおかげで、相手が勝手に普通の障壁と同じくらいのサイズだと勘違いしてくれるから、まだなんとかなるが。 

 

「罅が入って見えるようになったね。その障壁、そんなに小さかったのかい」

 

 速攻ばれたし。

 

「関係ねぇよ! 防げればそれでいいんだからな!」

 

 そこからは一進一退、俺が打ちアルフが防ぎ、アルフが蹴り俺が阻む。

 

公園の地面は、俺とアルフの踏み込みと、攻撃の余波でぼろぼろになってしまっている。

 

結界張ってもらってよかった、付近の住民に被害が出るところだった。

 

「フェイトが心配するだろうから、そろそろ終わらせてもらうよ!」

 

 この戦いが始まって初めて、アルフが自分から距離を取った。

 

大きく後ろへジャンプし、そのまま空中で浮遊する。

 

お前……飛べたのかよ……。

 

宙に浮いたままの状態で、アルフは周囲にオレンジ色の光の玉を四つほど作り出した。

 

似たようなもん見たことあるな、フェイトが使ってたのがあんな感じの発射体だった。

 

「ファイア!」

 

 オレンジ色の光球から魔力弾が吐き出される。

 

急いで障壁を張って防ぐが、想定外が一つ。

 

フェイトの魔法より、アルフの魔法の方が連射速度が速い。

 

威力はフェイトの方が上だが、こうも数が多いと改良型バリアでは捌ききれない。

 

仕方なく通常の障壁を構築するが……脆い、泣きたくなるほどに脆い。

 

三重の障壁を張ったが、一枚目は三秒程度で砕け散る。

 

このままではいずれ、質量に押され、のみ込まれることになるのは目に見えているぞ。

 

 考えを巡らせろ、何かいい方法はないか、極限まで集中し思考を加速させる。

 

だが、現状を打開できるような魔法を俺は持っていない。

 

俺が使える魔法は数が少ない、バリエーションに乏しいのだ。

 

ないものねだりだがデバイスがあれば、とか考えてしまう。

 

くそっ、これが肉弾戦なら受けた攻撃を流して、攻勢に出るってのに…………っ!

 

 

  

 策を一つ、思いついた。

 

 

 

「どうしたんだい徹! このまま弾幕で押しつぶされて終わりかい?」

 

 だがこの策、間に合うか? 二枚目の障壁はもう、今にも破壊されそうだ。

 

だが実現可能な策はこれくらいしかないっ。

 

幸い、このくらいの術式変更なら簡単だ、思いついたならすぐ行動に移せ!

 

 思考を高速で回し続けて、マルチタスクも使い、防御魔法の術式の一部分を変更。

 

微調整できないのが不安だが仕方ない。

 

二枚目の障壁を展開させつつ、三枚目の障壁の術式を変更し、構築し直し、魔力を通し、展開する。

 

術式を書き換えた三枚目の障壁の展開と、二枚目の障壁が破砕されたのは、ほぼ同時だった。

 

「ぎりぎりだったが……間に合ったぞ、この野郎っ!」

 

「誰が野郎だ、この野郎っ! って徹、いったい何をしたんだっ! なんで三枚目だけ砕けないっ!」

 

 今現在もオレンジ色の発射体から、雨のように魔力の弾丸が降り注ぐが、三枚目の障壁は崩れない。

 

策などと大仰な言い方をしたが、俺がやったことは驚くほど単純なものだ。

 

垂直に攻撃が当たると、障壁に加わる衝撃が一番強く、壊れやすくなる。

 

だから障壁の角度を変え、相手の攻撃を流すように展開した。

 

ただそれだけのシンプルなものだが、そこに俺の透明という魔力色が加われば話は変わる。

 

相手から見れば、自分が放った射撃魔法が途中で歪み、的外れな方向へ飛んでいくのだから。

 

 一枚目の障壁が三秒程度、二枚目は魔力を込めたおかげで五秒程度持ったが、三枚目は十秒以上経過してもいまだ健在だ。

 

つうか俺、五秒以内で術式書き換えて障壁の展開までやったのか。

 

なんか頭痛いと思ったわ、こんな集中して思考を加速させるのは初めてだ。

 

「そろそろ反撃させてもらうぞ、アルフ!」

 

 数ある問題のうちの一つを解決しただけだが、少なくとも状況は好転したはずだ。

 

実力の差も経験のなさも、不利な戦況は変わらないが、それでも勝つための努力はやめない。

 

努力しても実るかどうかはわからんが、必死に食らいつかなければ絶対に勝てないのは明白なんだから。

 

 

 

 





アルフさん@バーサーカー


なんでこんな展開になったんでしょうね、自分で書いてるはずなのにわかりません。

ちゃんと予定を立てて書いていくように努力します。


戦闘の描写も努力しなければいけません。
もっとわかりやすい表現はないか、とかなり苦心しました。
がんばって勉強します。

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