そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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気がつけば前回の投稿からおよそ1ヶ月。驚きです。
一応この一件は最後まで書きましたので、ここから数話ほどはテンポよくいけると思います。



『稀少技能』と『クレスターニの秘術』

 

「んっ、んっ……はふぅ。ありがとうございます」

 

「どういたしまして。水はそのまま持ってていいよ。気分が悪くなったら勝手に飲んじゃっていいから」

 

「お水まで、すいません……」

 

持参してきていた水を返そうとしてくるニコルの手を、逆に押し返す。コンディションが万全とはいえないニコルが持っていた方が良い。

 

一階の捜索はランちゃんとファルに任せているが、地下への階段までの道筋くらいは俺たちが洗っておいても構わないだろう。俺たちが行く方向と逆にランちゃんたちは進んだので、こちら側の捜索は二度手間になってしまう。

 

「あの……逢坂隊長は、この仕事を始めて長いのですか?」

 

両の目と複数の瞳(サーチャー)で劇場内を見回している俺に、おずおずとニコルが尋ねてきた。

 

「いいや?嘱託として仕事を受けたのは今回が初めてだ。嘱託になる前に一つ事件に関わったことはあるけど」

 

「は、初めて……。それなのに、こんなにしっかりと動けるのですね……」

 

「ニコルからどう見えてるかわからないけど、俺は俺で正直いっぱいいっぱいなんだ」

 

「でも、隊のみなさんへの的確な指示も……」

 

「それだって、お手本になる人たちがいたからなんとか取り繕えてるだけだ」

 

クロノやリンディさんがタクトを振るう姿を見ていなければ、実際にその指揮で動いた経験がなければ、こうまで部隊を運用できたとは思えない。

 

プレシアさんの一件も、しっかりと俺の中で経験として糧になっている。

 

「その人たちと出会ってなければ全然できてなかっただろうよ」

 

「お手本になる人がいたからといっても、全員ができるわけではありません……。同じ立場でも、わたしにはできそうにないです……」

 

「俺とニコルとの違いは……まあ魔法適性がどうとか、たくさんあるとは思うけど……経験の差だと思うぞ。何事も経験してみると違う。単なる苦痛でしかなかった体験も、いざという時に思わぬ形でいきてくることもあるからな」

 

射撃魔法の雨を浴びたり、拘束魔法の蜘蛛の巣に引っかかったり、防御魔法の壁に遮られたり、肉弾戦を挑んで見事に返り討ちにあって血の池に沈んだり、と。そういった血と汗と涙を流した結果に今の俺がいるのだから、何事も経験と呼べるのだろう。

 

というか、それだけの千辛万苦(せんしんばんく)を味わったのだから、そこから少しでも栄養として吸収しなければ悔しいではないか。苦しみ損になってしまう。

 

「住民の方のご遺体を見ても調子を崩さないのも、経験……なのですか?」

 

「経験……どうなんだろう。こんな非道な行いをした奴らに怒りはある。でも、体調を崩したりは……しなかったな」

 

なぜだろうかと少し考えて、すぐに答えは出た。

 

ショッキングな光景は、以前の一件で見慣れていたのだ。立ち位置が若干おかしくはあるけれど。

 

「自分の血で作った血溜まりに浸かったことがあるからかな?」

 

「自分の血?!」

 

「ニコル、知ってるか?血を流しすぎるとな……やけに寒くなって、床にたまった自分の血が暖かく感じるんだぜ……。あの時は本当にもうだめかと思ったものだけど」

 

「そのような戦いを繰り広げて、よく今まで無事でいられましたね……」

 

「実際、無事じゃなかったしな。だから俺は……亡くなった人たちを見ても気分が悪くなったりはしないのかもしれない。彼らがいってしまった場所に、俺自身が限りなく近づいたことがあるからな」

 

俺が彼らを見た時に湧き上がる感情は、罪なき人々を殺めた『フーリガン』に対する憤怒と、一歩踏み間違えていれば彼らと同じ場所にいってしまうという戒め。その二つ、なのだ。

 

独語するように言った俺に、ニコルが返す。ニコルも、ほとんど独白のような印象だ。

 

「もうすぐ二十歳になるわたしより逢坂隊長は若いでしょうに、わたしよりずっと立派ですね……」

 

「立派なんて、そんなもんじゃな……い」

 

聞き逃しそうになって、記憶を掘り返す。

 

さっき、ニコルはなんて言った。いや、訂正。ニコルさん(・・)はなんて言った。

 

「は、はたち……だったの?」

 

「はい、今年で。一人前なのは年齢だけですが」

 

はにかむようにニコルさん(・・)が笑った。

 

背も高くなく、顔立ちなんかも幼くて、笑顔だとさらに顕著で、年上だと全く思わなかった。本人の前では口が裂けても言えないが、なんかこう、年上的なオーラなどは微塵も感じなかった。

 

「す、すいません……これまでずっと敬語使ってなくて……」

 

アサレアちゃんと比べてどうか、なんて話ではない。一番年上のランちゃんに次いでいたのだ。

 

遅まきながら失礼な言葉遣いの数々を謝罪した。

 

「い、いえ、いいんですっ。大人っぽさが欠けていることは自覚していますから。それに逢坂隊長は隊長という立場もありますから、気にせずにこれまで通りでお願いします」

 

「そ、そう?それならお言葉に甘えて……っと、そろそろだ」

 

サーチャーで視た場所まで着いた。

 

豪快に穴が穿たれて亀裂の入った壁と、続く階段。

 

その階段からは血の匂いが漂っている。戦闘の爪痕が残っている。

 

この先には、確実に何かがある。

 

「ここまでは誰もいなかったけど、この先もそうかはわからない。気をつけよう」

 

「はっ、はいっ……」

 

階段の下へサーチャは送っているが、まだなにも捉えてはいない。敵も、それ以外も。

 

「なんだ、これ……」

 

足元、階段のあちらこちらに何かが転がっていた。破壊された壁の残骸とはまるで違うものだ。

 

「これは……お人形さん、でしょうか?」

 

「そう、みたいだな……」

 

「この建物は人形劇の劇場ですから、やっぱりかわいらしいお人形さんが多いですね」

 

屈みこんで、ニコルが人形の一つを拾い上げる。たしかに、人形だ。作りもしっかりしたもので、身に纏っている衣装なんて人間用の服をそのまま小さくしたような精巧さだ。

 

「なんでこんなところに散らばってんだろ。……それに」

 

ニコルはお人形の顔のつくりや服装に目がいっていて、()のほうには意識が向いていないようだ。

 

だいたい二十〜三十センチほどの人形。その手には棒状の金属が握られていた。それは俺には、まるで(やり)のようにも思えた。他に転がっている人形の手にもナイフらしきものが携えられていたり、変わった紋様が刻まれた大盾を持っている人形もいる。

 

人形劇のお話で、武器を使うようなストーリーがあるのかもしれない。かもしれないが、人形が握る武器にはところどころ赤黒い染みがついていたりするのは、リアリティを追求しすぎではないだろうか。

薄暗くて気づかなかったが、目を凝らすと壁や床にも赤黒い斑点がわずかについている。きな臭さがいや増してくる。

 

「必要になるかわからないけど……一応回収しておこうか」

 

「はい、わかりました!」

 

「いや、あの、ニコル……人形は一人でいいから。そんなに両手いっぱいに抱えなくていいから」

 

「そう、ですか……」

 

ニコルは乱雑に散らばっていた人形を階段の端のほうに丁寧に座らせて戻していく。

 

あからさまにしょんぼりした様子だった。

 

「ん……」

 

「どうしました?逢坂隊長?」

 

「下りよう。早く」

 

「き、危険です!魔導師が潜んでいるかもしれません!警戒しながらでないと……」

 

「いいや、いない。敵はな」

 

サーチャーが階段の一番下まで行き着くと、部屋があった。物置というか地下倉庫みたいな(おもむき)だ。木製の扉があったが、破壊されていて開け放たれていた。

 

そこには食べ物などもちらほらとあったが、なにより目につくのは刃物や鈍器といった凶器だ。かといって人が扱うようなサイズではない。それこそミニチュアサイズといったところか。ちょうど、人形の手にすっぽり収まるサイズ感だった。他にも大きい人形や、その衣装、小道具なども置かれている。人形に関わるものを一纏めにしてこの部屋に置いているといった印象だ。

 

地下部屋の中は荒らされているが、敵が隠れられるような空間はない。もう出ていった後なのだろう。

 

危険性はないと判断し、サーチャーの展開を解除した。

 

ただ、危険性はなくとも、緊急性はある。

 

階段を下りて自分たちの目で状況を確認すれば、地下部屋の中央付近で人が倒れていた。

 

鮮やかな色合いの民族衣装を着ている、ウェーブがかかった綺麗な長い緑色の髪の女性だ。だが、華やかな服も、美しい髪も、血や埃で薄汚れてしまっていた。

 

「だ、大丈夫ですかっ?!」

 

「まだ息はあるが、これは……っ。ニコル、すぐに治療を」

 

「はっ、はいっ!」

 

ニコルが女性に駆け寄り、うつ伏せから仰向けに体勢を変える。

 

妙齢の女性だった。華麗な民族衣装に引けを取らないほど整った顔立ちだ。スタイルの良し悪しがはっきりとわかる衣服だからこそ、この女性のプロポーションの良さが浮き彫りになっている。

 

ただ、その端整な顔貌からは血の気が失せていた。かろうじて息はあるが風前の灯火だ。全身至るところに傷があり、出血も少なくない。

 

爆ぜたように服が破れている箇所があることから、魔法による負傷だろう。

 

「死なせませんっ……絶対にっ!これ以上、だれもっ!」

 

ニコルが治癒魔法を展開し、治療を開始するが、傷の箇所が多すぎる。治癒術師であるニコルですら間に合わない。

 

隣で膝をつき、俺も治療に参加する。

 

自分の怪我すらまともに治せない俺の治癒魔法ではおよそ役に立たないが、出血量を抑えることくらいはできるかもしれない。

 

二人でやれば、なんとかなるかと思った。

 

楽観視していたわけでは、決してなかった。

 

「くそっ……傷口を塞ぐどころじゃないっ!」

 

「まだ、生きてるんだから……っ、まだ、この人は助けられる……まだっ!」

 

ニコルは必死な形相で魔法を行使し続けるが、助けたいという感情が先行して空回っている。

 

俺の左目が彼女の魔法の構成を映し出すが、焦るあまりに術式と魔力量の均衡が狂ってしまっている。これでは魔法が安定しない。

 

「…………っ」

 

俺とニコルの治癒魔法に包まれながら苦痛に顔を歪める女性に、いやな考えが浮かんでしまった。これ以上、苦痛を長引かせるくらいなら、いっそ安らかに送ってあげたほうが。

 

そんな独善的な考えをしてしまった自分に、反吐がでる。

 

最善を尽くさなくては、最善を目指さなくては、だれも助けることなんてできない。自分の願いを叶えることなんてできない。そんなこと、俺が一番知っているはずなのに。

 

「……えっ?」

 

唾棄すべき思考をふるい落とすよう頭を振っていた、その時だった。

 

髪色に近い、緑がかった色彩。ニコルのものとは違う魔力を、左目が視た。

 

ばちっ。と頭の中で、スパークしたような閃きがあった。

 

魔導師ではない人からは魔力は見えない。それはこれまでの経験で実証されている。魔力が視えているということは、この女性は魔導師だ。

 

クレスターニという人形劇団は魔法で人形を動かしていると、ランちゃんが言っていた。この女性から魔力が視えているが、管理局の格好はしていない。つまりは現地の住人、クレスターニ人形劇団の関係者である可能性が限りなく高い。

 

この女性は、知っているかもしれないのだ。サンドギアの街で起こった事件の詳細を、知っているかもしれない。必ず助けて事情を聞かなければいけない。でなければ、真相に近づくことができない。

 

「絶対に、助ける……これ以上、被害者を増やしてたまるかよっ!」

 

「隊長……っ、はいっ!」

 

治癒魔法を使い続けるが、状況は捗々(はかばか)しくない。ユーノであればともかく、俺の適性では焼け石に水に等しい。

 

でも素晴らしい適性を持っている人間が、この場にはいる。

 

「ニコル、落ち着け。ニコルの腕なら、助けられる」

 

「でも……でもっ、はやくしないとっ……」

 

彼女の潜在能力は高い。助けたいという強い感情の発露により、普段よりも出力が上がっているのだろう。ニコルが冷静になって自分のポテンシャルを遺憾無く発揮すれば『もしかしたら』がある。

 

惜しむらくは、ニコルの出力にデバイスがついてこれていないことだ。通常よりも魔力を多く注いでいるせいで歯車が噛み合わず、空転している。これがレイハやバルディッシュのようなインテリジェントデバイスなら、その辺りの微調整もうまくやってくれたろうに。

 

「っ……くそ。賭けるしかないのかよ……っ!」

 

一つ、打開策を閃いてしまった。下手を打てば三人全員に悪影響を及ぼしかねないような奇策を。

 

「ニコル、よく聞いてくれ。今から魔法を使うときの感覚がちょっと変わるかもしれない。それでもニコルはそのまま治癒魔法に全力を注いでくれ」

 

人の生死がかかっている為か、かたかたと震えながらデバイスを握るニコルの手に手を重ねて、なるべく穏やかな口調で伝えた。

 

「逢坂隊長……なにを……」

 

「この場でデバイス内の術式をニコルに合わせて再調整する。この人を助けるには俺の魔法じゃダメなんだ。ニコルにしかできない……無理を承知で頼む。信じてくれ。術式の演算は俺が引き受ける」

 

「は、はいっ……信じます。信じて、お任せします」

 

今でも相当な負担を強いている。額には汗が浮かび、緊張なのか疲労なのか息も荒くなっている。

 

それでもニコルは笑みを見せて、任せると言ってくれた。この信頼に応えたい。一つの魔法を二人で使うなんて初めてだが、やってやる。

 

「いくぞ……っ!」

 

「はいっ!」

 

ニコルが握るデバイスにハッキングする。

 

侵入してすぐに取り掛かるべきポイントはわかった。

 

デバイス内部。魔法を術者に代わって演算する領域と、術式自体を記憶している領域。PCに例えるならば、CPUとハードディスクといったところか。

 

このエリアがニコルの実力と見合っていないがゆえに、本来の効果を発現できていなかった。

 

「処理速度が足りないぶんには……俺が補えばいい」

 

デバイスの演算の補助をしつつ、術式自体にも手を加えていく。

 

ニコルの魔力量と出力量ならもっと大胆に術式を組んでも大丈夫だ。というより、一般的な治癒魔法の術式だと彼女の長所を殺すことになる。ニコルはもっと、この分野で高みを目指せる逸材だ。

 

「ニコル、どうだ?なにか変化は?」

 

「は、はい!全然ちがいます!こんなに変わるなんて……まるでこれまでは泥沼に足を取られていたみたいです!」

 

「これまでが泥沼なら、今はどう?」

 

「自由に空を飛んでるみたいです!」

 

「はは、そりゃいいや」

 

輝きを増したニコルの治癒魔法の光は、女性を包んで癒していく。

 

いくらニコルのためだけにオプティマイズした術式といえど、あまりにも傷の治りが早い。目を見張るほどだ。治癒というジャンルに限れば、ユーノをも(しの)いでいる。

 

多数あった傷は、最初からなかったかのように消えてなくなっていた。

 

「……うっ、ぅぁ……。わ、私、は……」

 

女性が小さくうなる。ゆるゆるとまぶたを開いた。

 

傷口は塞げても流した血は戻らないのでまだ顔色は悪いが、緑色の瞳には生気が宿っていた。左目でも女性の魔力は安定して視える。まだ予断を許さない状況ではあるが、ここから急激に体調が悪化するということは少ないだろう。

 

「ニコルっ!よくやった!目を覚まし……ニコル?」

 

「すい、ません……。ちょっと、後先考えずに……魔力を使い、すぎました……」

 

魔法を使用し終えても、ニコルは肩で息をして汗をかいたままだった。

 

本人の言う通り、魔力を消費し過ぎたのだ。治療中は気が(たかぶ)っていて感じていなかったが、女性が目覚めたことで気が緩み、疲労がどっと押し寄せてきたのだろう。意識が遠くなっていた。

 

ニコルは力なく呟いて、ぐらりと身体を傾ける。

 

床に激突する前に、その身体を抱き留める。女性を助けることができたのはニコルがいたからこそだ。MVPを床に転がしておくなんてできはしない。

 

「すこし休んでてくれ。お疲れ様」

 

「すいませ……」

 

一言謝って、ニコルは眠るように意識を失った。

 

新しく編んだ治癒術式は、効果こそ凄まじいが術者へ多大な魔力的負担を与えてしまうようだ。あとから元の術式に戻しておかなければいけない。

 

ニコルを背中に担ぎ、目覚めた女性に声をかける。

 

「大丈夫ですか?気分が悪かったりしませんか?」

 

「え、ええ……少し身体は重いですが……。えっと……」

 

「あ、俺は管理局の嘱託魔導師で、逢坂徹といいます。背中にいる女の子……女の子?……彼女はニコル・メイクピース。俺たちは生存者の捜索という任務を受けて、この街にきました。この街でいったいなにがあったのかお話を伺いたいですが……まずはここから出ましょう」

 

自分の足でこの建物から出ることができればそれが一番だが、この女性は今際(いまわ)(きわ)から戻ったばかりなのだ。それも難しい話だろう。

 

「抱えます、失礼します」

 

女性の膝の裏と背に腕を回す。抱き上げて、地下室を後にする。

 

循環魔法で身体能力を底上げしているので女性二人を担ぐ事については問題ないのだが、背中のニコルを落っことしてしまいそうで心配だ。

 

「苦労をかけてしまって申し訳ありません……」

 

「いいんです。『人を助けることが僕たちの仕事だ』って、俺の上司なら言うでしょうから」

 

「いい上司さんなんですね」

 

「直属の上司じゃないんですけどね。それよりあなたはここのスタッフさんなんですか?」

 

「私は……そうですね。スタッフというより人形遣いです。実際に劇場で人形を動かす役割でした」

 

「仲間がここの人形劇を観たことあるらしいんですけど、ここの劇では魔法を使ってるんですよね?ということはあなたは魔導師なんですか?」

 

「魔法を使えるといっても正規の訓練を受けたわけではないんです。人形を操る魔法『ドラットツィア』と言うんですけど、それしか使えなくて他の魔法は一切使えないんです」

 

「だからか……」

 

階段をのぼり終え、一階へ戻ってきた。

 

同時にランちゃんと連絡を取る。ランちゃんのほうはめぼしいものはなかったとのこと。こちらで一人を救助したことを報告し、ランちゃんにはこの劇場を出るよう指示する。

 

「あなたは人形を使って抵抗しようとしたんですよね?」

 

「……ええ。(ろく)に戦えませんでしたが……。私はあまり才能があるほうではなくて……大きなものは操れないんです」

 

階段には鎗や刃物を持った人形がたくさん転がっていたし、地下室には物騒な、でも人が扱うには小さすぎる凶器があった。反撃の手が地下室にしかなかったから、逃げ場がなくなっても地下室に行ったのだろう。

 

「その点、娘は自分より大きな人形でも自在に操ることができていました。祖母と同じく残響再生(ナッハイル・スピーレン)まで……稀少技能(レアスキル)まで持っていて、才能がありました。でも、この劇場がこんなことになってしまっては……もう人形劇を開くことはできそうにないですね……」

 

「そう、ですか……。一度俺も観てみたかっ……」

 

痛みというよりも最早諦めに近い表情で視線を下げる女性に、心を痛めながら俺も返すが、途中で言葉が出てこなくなる。

 

この女性は今、なんと言った。稀少技能(レアスキル)と、そう言ったのか。

 

広場で交戦したフーリガンの魔導師が持っていた黒塗りだらけの紙束に、稀少技能(レアスキル)との記載があった。

 

寒気と同時に鳥肌が立つ。

 

稀少技能(レアスキル)を持つ人間など、そう何人もいるわけではない。偶然などではないだろう。

 

「それで……娘はもう、保護してもらえているのですよね?きっとこの近くにいたはずですから……」

 

「……もしかしたら俺たちの前にこの街にきていた空戦魔導師の部隊が保護しているかもしれません。……お名前を訊いていいですか?」

 

「そ、そうですよね。名前が分からなければ確認できませんよね。すいません。私はジュスティーナ・クレスターニ・コルティノーヴィス。娘の名はジュリエッタ・クレスターニ・コルティノーヴィスです」

 

「っ……クレスターニの『C』、だったのか……っ!」

 

繋がった。繋がってしまった。

 

稀少技能(レアスキル)』と『ジュリエッタ・C・コルティノーヴィス』、そこに加えてジュスティーナさんが言っていた人形を操る技『クレスターニの秘術』。

 

敵魔導師が持っていた紙束は、ジュスティーナさんの娘、ジュリエッタを示している。奴ら(フーリガン)が求めていた『なにか』はそのジュリエッタだった。

 

いや、よく思い出せ。あの紙束には『修正』や『代用』ともあった。より正確に表せば、奴らはジュリエッタの『稀少技能(レアスキル)』と『クレスターニの秘術(魔法)』が欲しかったのだろう。

 

そのためだけに、この街を瓦礫の山にした。

 

「しかも……コルティノーヴィス?」

 

「管理局の方ならばご存知でしょうか?私の夫……アルヴァロ・コルティノーヴィスは管理局で働いていて……」

 

「……どうなってんだ……」

 

一度に得られた情報が多すぎる。混乱してきた。

 

街の北側、司令部寄りで戦ったアルヴァロ・コルティノーヴィスさんとジュスティーナさんが夫婦。そしてフーリガンが狙っているのは夫妻の娘。

 

欠けていたピースが埋まり始めているのを実感する。だが、パズルの中心に位置する夫妻の娘、ジュリエッタに関する部分が未だに大きく欠落している。

 

先んじてこの街に送られていた空戦魔導師さんたちが保護したのだろうか。もしかしたらもう、フーリガンの連中に捕らわれてしまっているという可能性も、あるいは街が襲撃された際に致命傷を受けた可能性まである。

 

「あ、れ……?」

 

最悪の展開を検討して、思い出す。コルティノーヴィスさんと共にいた、鮮やかな緑色(エメラルドグリーン)の髪色の少女。その少女も、ジュスティーナさんの着ている服と似通った民族衣装を着ていた。瞳の色も、髪色も、緩くウェーブがかかっている髪質も、ジュスティーナさんと、とても似ている。

 

横抱きに抱えているジュスティーナさんを見下ろした。

 

「ジュスティーナさんの……この服って、このあたりの地域の民族衣装なんですか?」

 

母親であるジュスティーナさんに『あなたの娘さんはこの街を崩壊させた組織にいるかもしれません』などといきなり切り出すわけにはいかず、服装について尋ねた。

 

まだコルティノーヴィスさんと同行していた少女がそのジュリエッタとは限らないのだ。確証がない以上、いたずらに不安にさせることはない。

 

俺の質問に、ジュスティーナさんは戸惑いながらも頷いた。

 

「は、はい。サンドギア周辺の民族衣装で、ラギドルと言います。特別な日に着ることが多いですね。普段着にするには手間が多いので」

 

「で、でもジュスティーナさんはこの服着てますよね?なにかの記念日だったんですか?」

 

「人形劇をやる際には着るようにしているんです。娘も一緒にやっていたので、娘もまだ着ているはずです」

 

日本で例えるならば、茶道や華道の場で和服を着るようなものなのだろう。特別な日でなければ、一般人はそうそう着ないのだ。

 

思い返せば、広場を囲むような形で建っていた住居で発見したご遺体は、民族衣装(ラギドル)を着ていなかった。やはり、普段から着るような服ではない。

 

「っ……くそっ」

 

これでは、ほぼ確定だ。

 

コルティノーヴィスさんと一緒にいた少女は、夫妻の娘ーーあの子の外見からすれば『ちゃん』と呼ぶほうが適切だろうーージュリエッタちゃんだ。

 

なぜ父親と一緒に管理局に敵対し、『フーリガン』に(くみ)しているのかはまったくわからない。けれど、ジュスティーナさんの夫であるコルティノーヴィスさんも、娘であるジュリエッタちゃんも存命であることは確かだ。大きすぎる問題はあるが、最低限安心させてあげることはできる。

 

「も、もしかして……娘はっ!」

 

俺の煮え切らない返事のせいで最悪の可能性を予想してしまったのだろう。ジュスティーナさんは取り乱して俺の服を掴む。

 

両腕で抱いている彼女が不用意に動いてしまうと、ジュスティーナさんも俺の背中にいるニコルも落ちてしまうかもしれない。落ち着いてもらうよう、動揺が抜けきらない自分も落ち着けるよう、まっすぐに見つめてゆっくりと話す。

 

「まだ保護できてはいませんが、大丈夫です。まだ生きています。これから部隊に伝達して捜索し、必ず保護します。安心してください」

 

「そう、ですか……。よかった……。あっ、服……も、申し訳ありませんっ……」

 

とりあえずお互い冷静になれるくらいには精神状況が安定したようだ。俺の服をつかんでいた手を離して、ジュスティーナさんは肩を縮こめて両手を胸元に引き寄せた。

 

民族衣装(ラギドル)はウエストと胸の下あたりを紐で縛っているため、腰の細さと胸の大きさをとても強調させている。それに加えてこの方のスタイルがいいというのもあるのだろう。胸元に寄せたジュスティーナさんの手が胸に沈んでいる。とても目のやり場に困る光景だ。

 

背に担いでいるニコルも、寝ぼけているのかなんなのか、俺の首に腕を回してやけに密着してきている。落ちてしまう危険性が減るのはいいが、温かく柔らかい感触が背中全体に感じられてしまっていた。

 

なまじ冷静さを取り戻したばっかりに、不必要な感覚ばかりが鋭敏になっている。

 

「い、いえ……気にしないでください。子どもの安否を心配するのは当然でしょうから。……あの、できたらでいいんですが……クレスターニの魔法と、ちょっとだけ話に出ていた稀少技能(レアスキル)について、教えてもらえませんか?」

 

あまり深く気にしないよう、フーリガンの魔導師が持っていた紙束に書かれていた二つについて、質問してみた。

 

ランちゃんが以前にこの街を訪れて人形劇を鑑賞した時、どうやって人形を動かしているのかと訊いて快く教えてもらったらしいが、本当にそうだった。ニコルが確保していた人形を手渡すと、ジュスティーナさんは迷惑そうなそぶりなど一切見せずに実演しながら詳細に教えてくれた。

 

『フーリガン』の一人が持っていた紙束に書かれていた『クレスターニの秘術』。その報告をする時のために聞いておこうと思っていた。俺自身の知識欲や好奇心も否定しないが、さほど深刻な理由で教えてもらおうと思ったわけではなかった。

 

だが、この時の会話が、今回の事件の真相究明に至る鍵となる。

 


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