そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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『物理で殺す』

 

 

「つまり、人形を操る魔法、ドラットツィアは人形しか操れない代わりにすごく細かく操作できると……」

 

「人形が細部に至るまで精巧に作られていれば、という条件付きですが。そういえば祖母は(わら)で編まれた六メートルくらいの人形を動かしたこともありました」

 

「……人形っていうか、人の形をしてりゃなんでもいいんですか……」

 

「でも、やっぱり藁では耐久度が足りなかったのか、数メートル歩いて崩れてしまいましたけど」

 

「激しく動かしても大丈夫なくらいの耐久度があれば、もっと大きな人形も動かせるんですか?」

 

「そこは素質としか言えないです。私は二十センチから三十センチくらいの人形が精一杯でしたので」

 

「やっぱり魔法である以上、適性があるのか……。稀少技能(レアスキル)、えっと……残響再生(ナッハイル・スピーレン)でしたっけ?そちらについては?」

 

「どう説明すればいいか難しいですが……」

 

「わかる範囲で構いません。どんなものかざっくりと知りたいだけなので」

 

「そうですね……。祖母が言うには、物には記憶が残っていて、その記憶が見えたり聴こえたりするそうです。私はそのレアスキルを持っていないのでそれがどういうふうに見えて聴こえるのかわからないのですが……」

 

「物に残った記憶……。残留思念とか、付喪神みたいな、そんなオカルトチックなもの……なのか?……よくわからない。理屈で説明できないからこそ、レアスキルなんて呼ばれてるのかもしれないけど……」

 

「でも、犯罪に使われた凶器を誰が使ったとか、現場に残された遺留物がどこから来たなどがわかるとしたら、捜査官などの職務ではすごく有利に働くんじゃ?」

 

「そうだな……一つの事件にかかる時間がかなり短縮できるだろうな。早期解決できるってことは、そのぶん人員とコストを他に回せる。対処できる案件が増えるってことで…………ニコル、起きてたんならなぜ俺の背中から下りないんだ」

 

「はっ、思わず口を……。し、失礼しました……」

 

いそいそと首に回していた腕をほどき、床に足をつける。そこからは俺の隣を歩いていた。

 

劇場内を歩く。

 

ランちゃんとファルと別れた出入り口に近付いたところで、俺はジュスティーナさんに声をかけた。

 

「目を閉じていてもらえますか?ちょっと……心臓に悪い光景ですから」

 

そこには、この劇場を訪れた子どもや老人のご遺体がまだ手をつけることもできずに放置されている。

 

すでに一度目の当たりにしているニコルでも、俺の服を握って震えているくらいだ。

 

ジュスティーナさんがこの無惨で残酷な光景を目にすれば、精神的に悪影響を与えると思った。

 

「いえ……目をそらすことはできません。これは、劇場に見にきてくれた人たちを守れなかった私たちの責任ですから……」

 

「この責任は……あなたにはありませんよ」

 

ご遺体をそのまま捨て置くことには罪悪感があるが、今はどうすることもできない。あとで上の人間に報告し、人員を確保して必ずすぐに引き取りに来ると誓いつつ、彼らの脇を通る。

 

ジュスティーナさんを抱えているのでニコルに扉を開けてもらう。

 

「眩し……」

 

「まぶしいです……」

 

長時間灯りのない劇場にいたため、久しぶりの陽の光に目が(くら)む。

 

劇場を出るまでの間にランちゃんたちとは鉢合わせしなかったので、おそらくは先に出ていたのだろう。

 

眼球を刺す太陽の光に耐えつつ見上げると、人影がいくつかあった。上空で警戒してくれていたようだ。

 

念話で部隊の全員を召集しつつ、俺はサーチャーを展開する。いくら消費魔力量を節減させているとはいえ、いくつも使えば支出が(かさ)むので劇場内では外に展開させていた索敵魔法を切っていたのだ。

 

みんなが集まる前に、ジュスティーナさんへの対応を講じておく。

 

「ニコル、飛行魔法を使えるくらいには体調は戻っているか?」

 

「はい。しかし、えっと……戦闘行動は難しいかもしれません……」

 

「それならそれでいい。ファルかエルさんにジュスティーナさんを司令部まで送ってもらう。ニコルはそれに護衛として同行して、司令部に戻ったらジュスティーナさんの身の回りのことをお願いしたい。きっと同じ女性のほうが話しやすいだろうし。こういう流れになりますが、ジュスティーナさんは大丈夫ですか?」

 

「…………」

 

「…………」

 

なにか問題があれば他に方法考えますよ、という気持ちでジュスティーナさんにもニコルにも言ったのだが、二人は驚いたように俺を見るばかりだった。

 

「え……え、なに?俺、変なこと言った?」

 

「いえ……ふふ。夫のような考え方をする局員さんが、他にもいるんだな、と」

 

「前の隊長とはずいぶん対応が違うものですから……少々面食らってしまいました」

 

「……そんな不思議なことでもないだろうに。嘱託魔導師になる時、俺に魔法戦やら学科の勉強やらを教えてくれた教官は言ってたぞ。『法を守り、人を守る』……それが仕事だって。なら、民間人も守るし、仲間も守るのは当然だ。わざわざ負傷者を増やすような真似をすることない」

 

「『法を守り、人を守る』……言うだけなら簡単でも、実際に行動に移すのは難しい。夫もよく似たようなことを呟いていました。……立派な魔導師さんは、思ったよりも多くいらっしゃるのですね」

 

「……私に同じことが、できるかどうか……」

 

「俺もできてるかなんてわからない。ただ、目指して努力しないと辿り着けないってことはわかってるからな。今は教官の背を追ってるってとこだよ。……みんな集まってきたな。ジュスティーナさん、立てますか?」

 

「はい。立つだけならもう……大丈夫みたいです」

 

ジュスティーナさんをおろす。まだふらつく彼女の隣にニコルがつき肩を貸していた。

 

空からちらほらと仲間が降ってくる中、ユーノが俺に駆け寄ってきた。

 

「兄さんっ、生存者は……」

 

「彼女だけだ」

 

「そう、でしたか……」

 

「一人でもいただけ幸運だった。それにニコルの治癒魔法がなければ彼女さえ、助けられなかったんだ。この隊にニコルがいたことも含めて、幸運だった」

 

「劇場へ入る人選は、ただのラッキーじゃないですけどね」

 

いたずらっぽく笑うユーノから目をそらす。

 

「……はっ、言ってろ」

 

「ねぇっ!なにか情報はあったの?」

 

ユーノに続いて降りてきたアサレアちゃんが駆け寄ってきながら言う。

 

「ああ。こちらの女性、ジュスティーナさんからいろいろ聞いた。情報の共有は、とりあえず彼女を司令部に移してからだ。体力がひどく落ちている」

 

「それは……しかたないわね」

 

もどかしそうに頷くと、アサレアちゃんはジュスティーナさんへと近づく。

 

「えっと、ジュスティーナさん、でしたっけ?飲みかけなんですけど、お水いりますか?」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

アサレアちゃんは、持ってきていたミネラルウォーターが入ったボトルを手渡していた。俺に対してはあたりがきついが、やはり気遣いはできる子のようだ。根はいい子である。

 

「これからどうしますか?」

 

ジュスティーナさんがアサレアちゃんに意識が向いているタイミングを見計らったように、ユーノが訊ねてきた。

 

ユーノとしてはアサレアちゃんが過剰に反応しないようにとの計らいなのかもしれない。俺としてはジュスティーナさんのほうにこそあまり聞いてほしくない類の話なので、俺としても助かった。

 

「ファルとニコルにジュスティーナさんを司令部まで送ってもらって、俺たちは任務を続けよう。ここからコルティノーヴィスさんの家に向かって……」

 

ユーノにこれからの指針を話していて、ふと思った。

 

他の部隊の姿が見えない。

 

俺たちの特別任務の進捗は、劇場内の捜索があったため時間的に押している。本来の予定であれば、そろそろローラー作戦をしている後ろの部隊が見えてきてもおかしくないはずなのだ。

 

なのに、近場に放っているサーチャーも味方部隊を捉えられていない。

 

嫌な予感がしたとほぼ同時、爆発音が俺たちのところまで届いた。音がした方向、後続部隊がいるはずの北の方角を見れば、砂煙が上がっている。

 

「徹ちゃん……悪い意味で予想通りになっているわ」

 

一人、上空で警戒をしていたランちゃんが地面に激突しそうな勢いで急降下してきた。

 

「……聞きたくないなあ」

 

「きっと逆の立場なら私も聞きたくはないでしょうねぇ。でも私は私の役目を全うするわ。伏兵よ」

 

「やっぱり……」

 

「ちょっとちょっとっ!どうなってるのよランドルフ!」

 

俺とランちゃん以外の隊員の気持ちを代弁するように、アサレアちゃんが声を張り上げた。

 

状況が状況だからか、アサレアちゃんのランドルフ呼びを訂正もせずに、ランちゃんは報告を続ける。

 

「だいたいのところは昨日と同じよ。横一列になって街の中を捜索していた部隊が敵魔導師の待ち伏せにあったの。ただ昨日と違って一部隊あたりの人数が減っているから、もうほとんど後退しかけているわ」

 

「昨日の失策からなにも学べてないじゃない!ちんたらしてられないわ、わたしたちははやく調査に戻らないと!」

 

「……いや、俺たちも後退しよう」

 

「なんで!?ここで後退したらなにもわからないままじゃない!」

 

想像通りの反論を受けた。

 

アサレアちゃんの言い分はとても理解できる。俺だって、できることならこのまま進んで調査したい。これ以上無駄に時間を費やせば真相の究明が困難になる。

 

しかし、それらを承知した上で、俺は後退の判断をせざるをえなかった。

 

「奴らの目的はジュスティーナさんの家に伝わる人形操作の魔法と、ジュスティーナさんの娘さんが持っている稀少技能(レアスキル)だ。管理局の足止めなんかじゃない」

 

瞳を鋭くして俺を見据えるアサレアちゃんと目を合わせていられず、視線を逸らす。

 

続きはランちゃんが代弁してくれた。

 

「後ろの部隊が撤退し始めちゃえば、フーリガンたちはこっちに押し寄せてくるでしょうね。そんな中でジュスティーナさんと具合の悪そうなニコルちゃんを守りながら戦うなんて、とてもできないわ。個人がどれだけ奮戦したところで圧倒的な物量で潰される。後続の味方部隊の足が止められた時点で、取れる手段なんてほとんど残されていないのよ。包囲される前に敵陣の一箇所を切り裂いて後退するしかないわ」

 

「納得できないかもしれないけど、理解してくれ。これ以上優秀な魔導師が欠ければ、特務どころか今回の任務の成否すら揺るぎかねない」

 

「…………」

 

肯定も否定もせずに、アサレアちゃんは顔を伏せた。肩を落として少し離れる。

 

目線をジュスティーナに移す。先のセリフは、彼女へも宛てられていた。

 

娘のジュリエッタちゃんを保護するという約束を延ばすことになりそうだという意味合いを含んでいた。

 

「…………」

 

苦しそうに、それでも口元には笑みを形作って頷いてくれた。

 

こちらの事情を配慮してくれていることがなによりも、心が痛かった。

 

 

 

 

 

 

『ジュスティーナさんは……いえ、夫人はアルヴァロ・コルティノーヴィス氏の奥様で、コルティノーヴィス氏と一緒にいた子がその娘さんのジュリエッタさん……。彼の身辺が怪しいとはあたりをつけていたけれど、まさかここまでなんて……』

 

『……それじゃあなおさらコルティノーヴィスって人の家を調べなきゃダメじゃない……』

 

『お嬢ちゃん、その話はもう結論が出たでしょう?蒸し返さないでちょうだいね』

 

『…………っ』

 

『……アサレア』

 

『兄さんが入手した紙束によると、フーリガンという連中の目的はそのジュリエッタさん、なんですよね?コルティノーヴィスさんと一緒に行動していたということは、すでに……』

 

『そうだな……向こうの手に落ちているとみて間違いない。言っちまえば昨日の時点で奴らの目的は達成できてんだよ。なんでまだこの街にいて、管理局とやりあってるのかわからない。逃走の準備に移ってなきゃいけないくらいなのに……』

 

劇場を後にして、俺たちは司令部の方向へとんぼ返りしていた。

 

無造作ヘアのエルさんがジュスティーナさんを抱え、そのすぐ隣に治癒魔法を使いすぎてしまったニコル、ニコルのフォローでファルがついている。その四人を中心として、先頭に俺、横合いからの攻撃への対処のためにランちゃんとユーノがサイドを受け持っている。『フーリガン』の魔導師がどこから現れても即座にフォローできるように、ウィルキンソン兄妹は斜め後方に位置していた。

 

この相談をジュスティーナさんが耳にすれば不安になるどころの話ではないので、念話で情報の共有を行なっている。

 

『もしかしたらその人形操作の魔法の術式解析に時間がかかっているのかもしれません。』

 

『解析に?そんな何時間もかかるような魔法があるのか?』

 

『兄さんの感覚と一緒にしないでください』

 

『なぜか俺が責められている……』

 

『防御や拘束みたいな一般的な魔法なら個人で解析して破壊する、なんてこともできるけれど……ドラッドツィア、だったかしら?人形操作のためだけの魔法を解析するなんてそう経験があるわけないでしょうから時間がかかるのでしょうね。最新鋭の解析設備なんて用意はできてないでしょうし、語感から察するにミッドチルダ式の魔法とは系統が違うみたいだもの。手間取っているのよ』

 

『そういえばミッドチルダとは違う種類の魔法もあるんだったか……余裕ができれば調べてみたいな』

 

『ねぇ、徹ちゃん?』

 

俺がミッドチルダとは違う体系の魔法、クロノとのお勉強の際にも出てきたエンシェントベルカに想いを馳せていると、ランちゃんに問いかけられた。

 

『なんだ?ランちゃん』

 

『フーリガンが街を襲った理由については判明したじゃない?そのおかげで夫人の娘さんを保護しないといけないって目的は明確になったわけだけれど……だとしたら、なぜコルティノーヴィス氏は管理局を抜けて「フーリガン」についたのかしら?』

 

『俺も考えてたんだけど……わからない』

 

『娘と奥さんを人質に取られてた、って線はどうですか』

 

『いや、それがな、ユーノ。コルティノーヴィスさんは娘さんと一緒に動いてたんだよ。どこかで「フーリガン」の監視の目から逃れて、娘さんと一緒に奥さんを救出しに行く機会くらいはあったはずなんだ』

 

俺も最初は家族を人質に取られた、という筋で推察した。フーリガンにはコルティノーヴィスさんと直接矛を交えるほどの戦力はないのだから、手伝わせようとすればその手段しかない。

 

しかし人質として扱うとしても娘さんと一緒に行動させていたり、奥さんのジュスティーナさんは劇場の地下に放置していたりと、あまりに杜撰(ずさん)すぎる。絶対に反抗しないと確信していなければ、人質をそんな等閑(なおざり)にはできない。仮に占拠していた劇場から撤退するという運びになったとしても、唯一の交渉材料となるジュスティーナさんを捨て置いて逃げるなど愚策だ。

 

『それに、コルティノーヴィス氏は、嫌々従っているという感じでもなかったわよねぇ……』

 

そうなのだ。彼は無理強いされて戦っているという感じではなかった。好き好んで戦っているという感じでもなかった。どんな感じでもない、本当に抜け殻のような状態だった。

 

もしかしたら人質で抵抗できなくさせて、そこから洗脳なり錯乱なりさせているのかもしれない。そのような魔法があるなんて聞いたことないけれど。

 

『くそっ……コルティノーヴィスさんの家を調べられなかったのは痛いな……』

 

『あとは捕虜ね。フーリガン側から情報を頂くことができていたら、もう少し状況は違ったでしょうに……』

 

『過ぎたことを言っていてもしかたないですよ、兄さん、ランちゃんさん。今は一度体勢を立て直して、なるべく早くその方のご自宅に行けるようがんばらないと』

 

『そうねぇ……ユーノちゃんのいう通りだわぁ』

 

『そうだな、すまん。……責任のある立場で行動を選択するってことが、こんなに精神的にくるものだとは思わなかった』

 

『僕は兄さんの下した選択なら、たとえ間違っていたとしても悪いことにはならないと信じています。だから大丈夫です』

 

『なんの保証があって大丈夫って……まあ、いいか。ありがとよ、ユーノ。少し肩の荷が下りた気分だ』

 

『いいわねぇ、男の子同士の友情っ!』

 

『ランちゃんの言う友情って違う意味も含まれてそうなんだけど……っ!総員警戒。前方に魔導師数名』

 

進行方向に走らせておいたサーチャーが、フーリガンの魔導師を捕捉した。

 

数を少なくする代わりに足を早くしたサーチャーのおかげでかなり早く発見できた。先制はもちろん、背後からの奇襲だって可能だ。

 

後方に位置していた味方部隊は横に広がっているため、おそらく敵部隊も横に薄く伸びていることだろう。前方のラインの魔導師を撃墜できれば、司令部まで戻る道中に危険はほとんどないだろう。

 

『ひとまずは正面の敵を突破すればいい。エルさんはジュスティーナさんを安全に司令部へ、ニコルは自分の身を守ることに専念、ファルはエルさんとニコルのフォローを。基本的に攻撃はしなくていい、ここを抜けることが最優先だ』

 

指示を伝えると、三人から即座に了解の返事が飛んでくる。

 

次いで、実戦担当。

 

『ランちゃんは距離を取りつつ支援射撃を、アサレアちゃんとクレインくんは敵魔導師がランちゃんに寄り付かないよう牽制、ユーノは拘束魔法で相手の足を殺してくれ。俺は物理で殺す』

 

『はぁーい』

 

『兄さん、殺しちゃダメです。それ以外は了解です!』

 

各々の得意分野に沿って役割を与える。

 

だが、返事が二つ、足りなかった。

 

『あれ……アサレアちゃん?クレインくん?……っ!』

 

ぞくりと背筋が寒くなって、背後を振り返る。

 

あるはずの赤っぽい頭が二つ、見えなかった。

 

『いつから、いつからいなかった……っ!アサレアちゃん!クレインくん!どこにいる!』

 

『あのお嬢ちゃんはほんとにもう……』

 

『まさか部隊を離脱してまでコルティノーヴィスさんの家に向かったのでしょうか……』

 

『きっとそうなんでしょうね。無鉄砲だとは思っていたけれど、まさかここまでとはねぇ……』

 

ウィルキンソン兄妹へ応答するように言ってからしばし沈黙があったが、ようやく反応があった。

 

『……あたしは調査に戻るわ。このまま手ぶらじゃ帰れないもの』

 

『後続部隊の足止め以外にも必ず戦力は残しているはずだ!残しているんだとすれば、その戦力は一番大事な部分に集中している……アサレアちゃんが行こうとしている周辺に集中している可能性が高い!今すぐ戻れ!』

 

『いやよ』

 

『奴らはデバイスの非殺傷設定を外してるんだ!直撃すれば命にかかわる!』

 

『あたらなかったらどうってことないじゃないっ……手柄を立てなきゃいけないのよ!有能だって示さないといけないの!』

 

『このっ……命よりも大事な手柄や評価なんてないだろ!』

 

『あるわよっ!』

 

『隊から無断で離れて、命令違反してまでの理由があんのかよ!』

 

『成果を出さないと納得しない馬鹿どもがすぐ近くにいっぱい転がってるじゃない!』

 

『馬鹿ども?なに言って……』

 

『手柄を立てればっ!あの間抜け腑抜け腰抜けの馬鹿どもも、あんたの能力をいやでも認めるわ!もうあんたのことを臆病者呼ばわりなんてさせない!』

 

馬鹿ども。それに加えて臆病者呼ばわり。

 

そのワードを聞いて思いつくことなんて限られている。天幕で俺が思ったことと、実際に投げかけられた言葉だ。

 

『……どっかで話を聞いたのか?』

 

『今日、後続の連中よりも先に出撃するとき……あの馬鹿どもが馬鹿にしながら言ってたの』

 

『アサレアちゃん、そんなの気にしなくていいんだって。言わせとけばいいんだ。最終的な結果で見返してやればいい。功を焦ることなんてない。……戻ってきてくれ、アサレアちゃん。安全を確保してから向かえばいい』

 

『あんたが認めないなら、あたしは一人でもやるわ。ちゃんと成果を出して、あんたに認めてもらう……ほかの馬鹿どもにあんたの能力を認めさせる』

 

『独断で隊から離れた時点で問題が、おいっ!…………くそっ』

 

部隊全体で交わされていた念話を、アサレアちゃんは切った。

 

『……お嬢ちゃんへの親愛度を上げすぎたわねぇ』

 

やりとりを静観していたランちゃんは苦笑したようなニュアンスで続ける。

 

『まさか自分の出世のためじゃなくて、一時的な隊長である徹ちゃんの名誉を守るためだなんて。……好かれすぎるのも考えものねぇ』

 

『……もう少し厳しく接しておくべきだったと後悔してるよ。このままじゃ、無事に戻ってきてもアサレアちゃんが罰せられる』

 

『私たちはニコルちゃんとジュスティーナ夫人の護衛もあるわ。横並びの敵部隊を突破しないといけない……すぐにお嬢ちゃんを連れ戻しにもいけないわねぇ。……そういえば、クレインちゃんは?』

 

『そうだ……っ!』

 

その名前で、一つ方法を思いついた。

 

彼はまだ念話を切っていない。黙したままでいたせいで気付けなかった。

 

『クレインくん。まだ念話が繋がったままなのは確認できているんだ、聞こえてるんだろ』

 

『…………はい』

 

ひどく憔悴(しょうすい)しきったような声が返ってきた。

 

部隊を離脱しているのはアサレアちゃんだけじゃない。クレインくんの姿もないのだ。妹が部隊を勝手に離れた場合、彼ならどうするか。そんなことすぐわかる。

 

『君がアサレアちゃんを追ってるのはもうわかってる。戻ってこいとは言わない。ただ、アサレアちゃんに伝えておいてくれ。コルティノーヴィスさんの家をなるべく細かく(・・・・・・・)調べておいてくれ、と。すぐに俺たちも向かう。意味はわかるな?』

 

『えっ……ぼ、ぼくたちの処分は……』

 

『そうしたくないから頭を回してるんだ、くれぐれも無茶はしないようにしてくれ。怪我するぶんにはユーノが治してくれるけど、死んじまったらもうどうしようもないんだからな』

 

『……本当にすいません。ご迷惑おかけします……』

 

最後にそう謝って、クレインくんの声が聞こえなくなる。アサレアちゃんを追うことに集中する為、念話を切ったのだろう。

 

一つ、大きなため息をこぼしてから、メンバーに再度連絡する。

 

『あー……配置をちょっと変える』

 

『でしょうねぇ』

 

『そんな合いの手はいらない。ファルとランちゃんはちょっと前に出てもらう。ユーノは二人の援護。ニコルとエルさんは互いに近くでフォローしあってくれ』

 

『兄さんはどうするんですか?』

 

『俺か?俺は……』

 

もう既に、最初あったアドバンテージがなくなるくらいに敵部隊に近づいている。ここまで距離が詰まってしまったら手の込んだ作戦は使えない。

 

正々堂々正面からの殴り合いにするほかないが、せめて奇襲の一つくらいは挟んでおきたい。

 

ということで。

 

『一足先に、物理で殺す』

 

足場の障壁を踏み締めて、力一杯に跳躍した。

 


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