「このあたりのはず……っ、あれね」
特別任務当初の目的地、アルヴァロ・コルティノーヴィスの家については出立前に部隊全員に知らされていた。
通達された際に広げられた地図を頭の中で反芻しながらアサレア・ウィルキンソンは進み、そして見つけた。奇しくもそれは、
「っ……逢坂さんの言ったとおり!」
目的の住居を目視で捉えたが、アサレアは突然戦闘機のようにバレルロールして回避行動をとる。ほんの数瞬前までアサレアがいた座標に数発の魔力弾が飛来した。住居の中からの射撃魔法だった。
「人数は……二人、いえ……三人。もっと多いかと思ってたけど、これならなんとかなりそう」
住居の周囲を飛行魔法で旋回し、敵対している魔導師の人数を把握する。
空中にいてはいずれ被弾すると判断したアサレアは高度を低下。地面すれすれまで高度を落とした。
「白兵戦も補助魔法も苦手だけど……これだけは得意なんだからっ!」
空中にいた時と同じ速度で民家と民家の間を
たまに生まれる相手との射線上に、チェリーピンク色をした射撃魔法を乗せる。
前日の体たらくが嘘のような機動を見せていた。
「一人……二人目!よしっ……」
窓や扉から身体を晒していた魔導師の二人を撃ち貫いた。
残すは一人となった時、アサレアの動きが変わる。
高く高くアサレアは飛び上がり、それを追うようにフーリガンの魔導師も空を見上げる。
デバイスが頭上に掲げられたのを見て取るや、アサレアは障壁を展開しつつ急降下、加えて急接近。
「一発二発ならっ、問題ないんだからっ!」
いかに上から下への急激な方向転換をしたとはいえ、いくつかは魔力弾がぶつかる。だが、アサレアの前面に張られた障壁を砕くには至らなかった。
家の外に出ていた敵魔導師をコルティノーヴィス家に押し込むように、アサレアは障壁を展開したまま突撃した。
「動かないことね。むだに痛い思いをするなんていやでしょ?」
「ぐっ……く、そっ……」
床に倒れ伏した三十代から四十代の男性魔導師に拘束魔法を行使して身動きを封じつつ、デバイスを突きつける。
性格に難点はあるが、実力に関してだけは自称していた『優秀さ』があった。
「あんたたちみたいなクズでも生かしておかなきゃいけないなんて、管理局も人道的ね。……さ、あんたの知ってることをぜんぶ吐いてちょうだい。そのためにあんただけ撃たずにおいてあげたんだから」
「吐けと言われて吐くほど規律の緩い組織じゃねえんだ。悪いな、お嬢ちゃん」
「……あっそ」
アサレアは激昂するでもなく、冷徹に問い返すわけでもなく、ただ淡々と一発の魔力弾を生み出す。デバイスの照準を魔導師の顔、そのすぐ横に合わせた。
迷いなく、撃った。
「……は?ぐあぁッ!?」
アサレアが作った魔力弾は床で着弾、爆ぜる。破片を周囲にばら撒いた。
そんな爆発のすぐ近くにあった男の頭が当然無事であるわけもなく、抵抗もできぬまま爆風と破片を浴びた。
「いてぇ……痛えっ……」
「へー、あんたみたいな奴でも痛いなんていう感覚があるのね」
「て、てめえっ!管理局の人間だろうが!相手が犯罪者だろうが使う魔法は非殺傷に限られてんのを知らねえのか?!」
「その非殺傷設定を解除してるクズたちに言われたくないセリフね。それにあたしはちゃあんと非殺傷設定にしてるわ?
「てめえ、本気で言ってんのかよ!」
「あんたこそ、それ本気で言ってるの?傷つけるのはいいけど、傷つけられるのはいやなんて、そんな都合のいいこと……本気で言ってるの?」
「こ、このガキっ……」
「この街の人を大勢殺しておいて、自分はちょっとケガしただけでぐだぐだ言うの?逢坂さんの腕を傷つけておいて、自分はちょっと血が出ただけで文句を言うの?そんなのおかしいわ」
そう言ってのけるアサレアの瞳には怒りはなかった。怒りなんてありきたりな感情よりもずっと恐ろしい、
「ち、違う!俺はやってない!俺はずっとここで……っ」
「安心していいわ。バランスが取れるように次は反対側にするから」
「待て待て待て!待ってくれ!話す、話すから……」
「そう、次からはもうちょっと早く喋る決心をしたほうがいいわね。だから余計に二回も痛い思いをしないといけなくなるの」
そう男に告げて、アサレアの腕が動く。先ほどとは反対側、男の無傷なほうの横顔のすぐ隣にデバイスが移される。
「なんで?!待て、待てって!全部、俺が知ってること全部話すって言ってるだろうが!」
「街の人たちと逢坂さんの百分の一くらいだとしても、痛みを味わったほうが口も滑らかに動くでしょ?」
「いやだいやだいやだ!?やめてくれ、待ってくれ!喋る、喋るからっ!」
男の悲痛な叫びが耳に届いていないような挙動で、アサレアは魔法を展開させる。
魔力弾が浮遊し、男の嘆願を切り裂いて解き放たれた。
「アサレア!やりすぎだよ!」
床に穴を
その魔力色に見覚えのあるアサレアは勢いよく振り返る。
振り返った先、アサレアと魔導師の間あたりにデバイスを向けている少年、クレインの姿があった。クレインの防御魔法が、『フーリガン』の男を覆っていた。
「クレインっ……なんでこいつを庇うのよ!」
「その人は話してくれる意思を見せている。もう魔法は使わなくていい。これ以上は……ただの暴力だ」
「こいつらは犯罪者よ!なんの罪もない人を無闇に傷つける、ただのクズじゃない!」
「……だからといって、ぼくたちが彼らを傷つけていい理由にはならない」
「どうしてよ!?こいつらがこのままなんの痛みも味わわないなんてそんなのっ、この街の人たちが報われないじゃないっ!」
「この人たちに罰を与えるのは司法だよ。……ぼくたちじゃない」
「でもっ、こいつらは!」
「っ……これ以上道理もなくこの人に暴力を振るえば、責任を負うのはぼくたちだけじゃなくなる。ぼくたちを指揮している逢坂さんも責任を追及されるよ。それでもいいの?」
「っ……わかったわよ!」
アサレアはクレインを最後にきつく睨みつけて、目線を外す。足元で転がったままの男を
「できる限り簡潔に、そして速やかに吐くことね。……今のあたしは数秒も待ってられそうにないわ」
「わ、わかった、話す。……こうなっちまえば話そうが話すまいが、俺にとってどっちも同じだからな」
*
男が全部話し終えたその瞬間、アサレアは大の大人が怯えるほどの形相で男の胸倉を掴んだ。
「そういえば言ってなかったわね……吐けと言ったのは本当のことを、って意味よ。嘘を
「う、嘘なんてついてない!俺が見たこと、知っていることは全部話した!全部事実だ!」
「アサレア!手を離して!この人が嘘をついているようには見えないよ!」
「嘘をついてるかついてないかなんてクレインにわからないでしょ!こいつが言ってることは絶対嘘よ!だって、逢坂さんも、ランドルフだって……」
「この情報が本当かどうかはわからない。だから今は保留にしておこう。保留にして、逢坂さんに伝えよう。ぼくたちができることはこの情報の確度を上げることだよ。逢坂さんから伝えられたことがあるんだ。なるべく細かくこの家を調べるように、って」
「本当だって言ってんだろうが!なんで疑ってんだよ!今更俺がお前らを騙す必要なんてないだろうが!」
「うるっさいわね!敵だからに決まってんでしょうがっ」
全部喋ってからは吹っ切れたように騒々しかったフーリガンの男の腹部に、アサレアが魔力弾を叩き込んだ。クレインが止める間もないほどの気の短さだった。
油断していたところに間近から放たれた射撃魔法が直撃し、男はノックダウンした。
「アサレア!」
「なによ。ちゃんと魔力ダメージにしたじゃない。これなら文句ないでしょ」
「そういうことじゃなくて、もっと穏便に……」
「最大限穏便にしたわよ。それより、逢坂さんはこの家をくまなく調べろって言ってたんでしょ?あんたもはやく調べなさいよ!先にきてるのになにも見つけてなかったら怒られちゃうじゃない!」
「怒られちゃうって……独断専行してる時点で、ぼくもアサレアも叱責を受けるのは確定してるよ……」
アサレアはきびきびと、クレインは
とくにめぼしいものは見当たらなかったが、アサレアはふと目に留まった棚の上の写真立てを手に取った。
「劇場で助けたジュスティーナさんと……よく似た女の子と、大柄な男の人……。この男の人がアルヴァロ・コルティノーヴィスって魔導師なのね……」
手に取った写真の被写体は一つの家族。コルティノーヴィス家の三人が写っていた。
サンドギアの街、噴水を背景にした広場。いっそ眩しいくらいの青空の下、三人が三人とも太陽に負けないくらいの輝かしい笑顔を浮かべていた。
「きれいな街……幸せそうな家族。きっと、この家族が特別ってわけじゃない。こんなふうに平凡でありふれた、でも何物にも代えられない幸せが……この街にはいっぱいあったんだ。そんな慎ましい幸せを……っ、こいつらは……っ!」
近くで気絶している男と、窓枠に引っかかる形になっている男と、玄関のすぐ外で転がっている男。彼らを燃やし尽くしそうなほどの
「……アサレア」
「っ、わかってる!こいつらが今ここで
クレインにやんわりと制止され、アサレアはそれらから目を逸らした。
両手で
「……ん?なに、あの黒いの……」
写真立てが置かれていた棚からアサレアが目線を上げると、未だ無事だった窓が視界に入った。その窓枠の外には、芝生が生い茂る、小さな庭のような空間がある。
その緑色の芝生の一角、一部分だけが黒く変色していた。
アサレアは家を出て、変色している芝生を手で触って確認する。
「なにこれ……表面が黒いだけで、もとは同じ芝生だ。なにかを撒いたの?肥料……にしては部分的すぎるし……」
「アサレア……」
「なに、クレイン。これ知ってるの?」
「これ……たぶん、血の跡だよ……」
「えっ?!」
反射的にアサレアは手を引っ込めた。
だがすぐにクレインの言葉を呑み込み、疑問を抱く。黒く固まったものが何か、ではない。芝生を黒く染色している範囲、その量に。
「でも……おかしくない?これだけ芝生を染めるほどってなると、すごい出血量よ?芝生の下の地面にまで染み込んでるし……これだけ血を流してたら、たとえ大人でも致死量に達してるでしょ……」
「……やっぱりさっきの男の人が言っていたことは、本当なのかもしれない」
「そっ、そんなわけないでしょっ!だとしたら逢坂さんの言っていたことに矛盾するじゃない!」
「……ぼくたちでは判断できない。知り得た情報をそのまま逢坂さんに伝えよう。逢坂さんとランさんなら、ぼくたちとは違う答えが出るかもしれない」
「っ……しかたないわね。あたしじゃ考えてもなにもわかんないし」
「ここではもう新しい情報はないだろうから、ぼくたちも後退して逢坂さんたちと合流しよう。たった二人で包囲されたら逃げようがなくなるよ」
「たったこれだけの情報で隊に戻れないわよ!わがまま言って勝手に出て行ったのに、手に入れたのは確かかどうかもわからない情報だけなんて!」
「逢坂さんは、くれぐれも無茶はしないように、って言ってたよ。……今でも充分に隊の皆さんに迷惑をかけて無茶をしてる。これ以上は本当にだめだって……。お願いだからたまには言うこと聞いてよ……」
クレインの疲れ果てた表情と言いかたに、アサレアはかっと満面朱を注ぐ。デバイスを両手で力一杯握り締めても、我慢できなかった。
「っっ!なによそれっ!いつもあたしの後始末をやってるみたいに!戻りたいならあんた一人で戻ればいいじゃないの!」
「アサレア……っ!ここは敵地のど真ん中だよ……っ?!大声出さないでっ」
「いっつもあたしばっかり責められて、うしろからついてきてるだけのあんたがみんなから褒められて!」
「静かにっ……アサレアっ」
「あたしはひとりでもできるのよ!あんたが脇からあれこれ言われなくたって、ひとりでできるのっ!あたしの邪魔しないでよっ!」
「っ……」
日頃から積もり積もった
全部が全部、クレインが悪いだなんてアサレアも思ってはいなかった。ただ、周囲の人間が奔放なアサレアを
そして、これまでは立ち止まっていたラインにまで、アサレアは踏み込んだ。
「お兄ちゃんならレイ兄だけでよかったのよ!あんたなんてお兄ちゃんなんかじゃない!」
その一言を口走ったその時、悲哀と緊張で歪んでいたクレインの表情が変貌する。
「……っ!?アサレアっ!」
「なっ……きゃあっ!」
垂れがちな目尻を吊り上げさせ、アサレアに詰め寄った。
普段は決して出さないクレインの大声に身を固まらせたアサレアは、近づいてきたクレインに突き飛ばされた。
アサレアを緑の芝生に倒したクレインは、デバイスを握って魔法を発動させる。
「あ、あんたっ……ひぅっ!」
自分に対して魔法を使ってきたと思ったアサレアは目を瞑って身構えたが、その細い身体には何も襲いかかってこない。
恐る恐る
「アサレアっ、怪我はない?!大丈夫?!」
「な、なんなの……どうなってるのっ?」
「逢坂さんが言ってたでしょ!『フーリガン』の魔導師たちだ!逃げるよ!」
「えっ、ちょっ……」
クレインは障壁を維持しつつ、可能な限りたくさんの魔力弾を作り出し、敵魔導師の魔力弾が飛んできていたおおよその方向に当てずっぽうで射出する。背後にコルティノーヴィス家があったおかげで射撃魔法が飛来してくる方向は限られていた。弾幕が途切れた瞬間を突き、クレインはアサレアの手を取って飛行魔法を展開した。
飛び出した方向は、
「このくらいの
「なっ……ばかにしないで!飛行魔法ならあんたよりもうまいんだから!」
背後を守る盾だったコルティノーヴィス家の内部に飛行魔法で入る。天井や壁、床、家具などの内装で障害物が無数にあり、視野も通らず、言うまでもなく飛行魔法を使うにはまるで適していない環境。だが、二人は巧みにコントロールし、危なげなく屋内を飛翔する。
「っ?!アサレア!窓から出て!」
「っ……」
先行していたクレインがアサレアに指示を飛ばす。通り抜けやすい玄関扉から出ようとしていたが、そこには『フーリガン』の魔導師が立ちはだかっていた。
射撃魔法を放たれながらも誘導するクレインに肩を押されて、身体を捻りながらアサレアは窓から外に出る。
出たところは、昨日訪れた噴水のある広場だった。
「こっちにもっ……」
「くっ、誘い込まれたんだっ……」
同じ場所だが、昨日とは様相が違う。あらゆる所に魔導師がいた。崩れた建物にも、民家の陰にも、広場の中央の噴水を大きく取り囲むように多くの魔導師がいた。
「し、司令部の方向はっ……あっち!このまま全力で抜ければ……っ!」
たじろいでしまいそうな空間の中、アサレアは司令部がある方角を目指す。それは
飛び抜けるためアサレアは速度を上げる。
「っ!アサレアっ!」
「なに……きゃあっ?!」
とん、どんっ、と衝撃が二回アサレアに伝わる。
一つは、まさに飛行魔法の出力を引き上げようとしたその瞬間、アサレアの背にクレインが覆いかぶさった時のもの。
もう一つは、覆いかぶさったクレインの背に魔力弾が直撃した時のものだった。
「落ちるっ……っ!」
衝撃とクレインの体重で高度が維持できなくなり、アサレアは落下した。落下した場所は、破壊された噴水の近く。
つまりは、包囲のほぼ中心だった。
「クレイン!あんた、なにしてんのよっ!逃げられなくなっ……」
うつ伏せに倒れたところから腕の力で強引に起き上がり、いきなり背中に乗ってきたクレインに怒鳴りかかる。
だが、クレインを隣に移動させて、アサレアは思わず息を呑んだ。
「あんた……その、怪我……」
覆いかぶさっていたクレインの背中は、バリアジャケットが破損し、少なくない量の出血があった。背中だけではない。腕にも傷があった。
言葉を失うアサレアに、クレインが言う。
「あっち……司令部の方向、あっちに射撃魔法をばらまくから……相手が動揺した隙にここから離脱して。障壁を展開していれば、きっといくつか当たっても耐えられるから……」
息は荒く、
「な、なに言ってんのよ!クレインもっ……」
「これだけ取り囲まれてたら、どれだけ早く飛べても回避しきれないよ。射撃魔法で牽制してないと、まともに飛ぶことさえできない」
「なら二人で撃ちながら逃げればいいじゃないっ!」
「……飛行、防御、射撃。三つの魔法を同時に完璧になんてできないでしょ。アサレアもぼくも……」
「そんなのっ……やったことは、ない、けど……」
「だから、アサレアは飛行と防御、ぼくは防御と射撃の魔法に全力を尽くす。……それなら、もしかしたらこの包囲を抜けられるかもしれない」
「クレインはどうすんのよ!」
「ぼくは全力で障壁を張って、逢坂さんたちがきてくれるまで待つよ。逢坂さんたちはもうすぐそこまできてるはず。……アサレアが逢坂さんたちを呼んできてくれるまでなら、耐えられる」
「それならっ、あたしがクレインの代わりに残ってもいいじゃない!あんたが逃げて、あたしが残るわ!」
「アサレアを残せるわけないでしょ……。はやく、行ってよ……っ!」
クレインがぎりぎりと歯噛みしながら、手に持つデバイスに力を込める。
深い赤色の膜が二人を覆った。次の瞬間には、二人を撃ち砕かんと魔力弾が殺到した。
すぐ近くで爆ぜる弾丸に、アサレアはびくっと身体を震わせた。
「ひっ……」
「アサレア……はやく、準備して……っ。弾幕が途切れた時に、さっき言ったとおりにやるから……」
「く、クレインが行きなさいよ!あたしがここに残るわ!包囲されたのもあたしのせいだもの!自分の不手際で作ったリスクは自分で負うわよ!」
周囲にいる魔導師を見渡しながら、アサレアが叫ぶ。
なぜこうまで大勢の魔導師が完璧に包囲できているのか。そんなもの、アサレアとクレインの居場所を完全に掴んでいたからだ。なぜ居場所を完全に掴めていたのか。そんなもの、アサレアが敵陣深くにも
アサレアの迂闊で軽率な行動が発端であった。アサレアに責があるのは明白だった。
「あたしが大声を出したから、あたしのせいなんだから、あたしがっ……」
「
とうとう
降り止まない射撃魔法の雨に、クレインの障壁にひびが入る。
「行くのはあんたよ!いつまでも守られるあたしじゃない、あたしが残るわ!だからあんたが……」
「……はやく、逃げてってば……」
「あたしなら大丈夫なんだから!あんたが逃げなさいよ!」
「ぐっ……っ!お願い、だから……っ」
ピジョンブラッドの障壁に大きな亀裂が走る。
頑として動こうとしないアサレアに、とうとうクレインの我慢が限界を迎えた。
「お願いだからっ……こんな時くらい、言うこと聞いてよ!レイジ兄さんに、アサレアを守ってやってくれって言われてるんだよ……最後の約束くらいっ、果たさせてよ!」
「っ……」
クレインの悲痛な叫びに、アサレアはデバイスを握って屈む。
離脱する準備と見たクレインは青白い顔に儚い笑みを滲ませた。
「障壁が砕けたら、射撃魔法をばらまくから……」
「…………」
「みんなに……よろしくね。ああ……あと逢坂さんには、謝っておいてくれると助かるよ。最期まで迷惑かけ通しだったから……。じゃあね、アサレア。これからはもう少し、みんなと仲良くね……」
「っ……ゃだ」
クレインの障壁が食い破られる。血潮のように濃い赤色の破片が宙を舞う。
「な、んで……っ」
障壁が食い破られる、その寸前。淡い赤色の障壁が二人の周囲に下ろされる。
アサレアは飛び立たず、障壁を展開していた。
「なんでっ、逃げなかったの?!ぼくはもう、ほとんど魔力は残ってないのにっ……っ!」
クレインの糾弾に、アサレアは俯きながら答える。
「……借り、返してないから」
「なに、を……」
「クレイン
「っ……ぼくのこと、兄だなんて思ってないって……」
「わかってたわよっ!あたしがみんなに迷惑をかけてたことくらい!その迷惑の尻拭いをクレイン兄がやってたことくらい!あたしの知らないところでクレイン兄が頭を下げていたことくらいっ!ぜんぶっ!」
「アサレア……」
「その借りを返してないのに、お礼の一言も言えてないのに……こんなところで終わりになんてできない!」
無数の魔力弾に晒され、アサレアの障壁に傷が積み重なっていく。淡い赤色の破片が桜吹雪のように散る。
「は、あはは……最後の最後で、願いが叶ったよ……」
「最後じゃないっ!まだ……まだ死んでないんだから!」
ピキッ、ガギッ、と。不吉な音が障壁から鳴る。アサレアが全力で魔力を注いでいても、障壁の限界は見えていた。
「そう、だね……死んでない」
アサレアの張る障壁に致命的な亀裂が刻まれる。
それを見たのか否か、クレインはアサレアの肩を押して地面に伏せさせる。その上に覆い被さった。
「きゃぅ!ちょ、ちょっとクレイン兄!」
「死なせないよ。絶対に」
二人を守る盾が破壊される。無数の弾丸が、無防備な二人に殺到する。
「っ…………」
「クレイン兄っ!」
数が数である。気休めに近いバリアジャケットなどものの数発で食い破られるはずだった。最後の防備が破られれば、殺傷設定の魔力弾はクレインの肉を裂き、骨を砕き、命を奪う。そのはずだった。
「……え?」
「攻撃……されてない?」
不思議に思ったアサレアがおそるおそる首を傾けて周囲を見てみれば、ちょうどフーリガンの魔導師たちがいたあたりで爆発が起こっていた。
「二人とも、よく耐えた」
なにがどうなっているかわからないアサレアの耳に、昨日今日のたった二日で安心感を覚えるまでになった声が降り注ぐ。
「すぐに合流しなかったことについてはあとから飽きるほど文句を言わせてもらうけど……まあ、今はいいや。クレインくんもアサレアちゃんもよく頑張った。あとは任せとけ」
隊長代理を務める逢坂徹が、二人のすぐ