そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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ハッピーエンドはない。

 

 

 

 

「ユーノは障壁展開。兄妹を守れるくらいの大きさでいい」

 

「了解です!」

 

まずは二人の安全確保を優先する。

 

倒れ込んでいるウィルキンソン兄妹を包むように、淡緑色の障壁が展開された。俺のならともかくユーノの障壁ならそうそう破壊されるようなことにはならない。

 

「この量だと細かい調整が難しい。ランちゃんは建物の中にいる奴の無力化を頼む」

 

「え、ええ。……私には徹ちゃんがいったい何をしているのかちょっとわからないけれど……わかったわぁ。任せなさい」

 

敵陣のど真ん中に立って標的を狙い撃つというのはランちゃんの普段の戦術とは大幅に違うだろうが、それでもこうして無茶に付き合ってくれた。

 

ランちゃんは馬鹿でかいライフル(本人曰くデバイスらしい)を構え、トリガーを絞る。想像よりも静かな音で射出されたランちゃんの魔力弾は、想像を超える破壊力と爆音を伴って廃屋に潜んでいた魔導師を文字通りに吹き飛ばした。

 

「……さて。もう一回撃ってきてくれれば今度はしっかり当ててやるぞ」

 

期待していた通り、一時停止していた射撃魔法の雨が再開される。

 

周囲に散らしておいたサーチャーからの視覚情報をもとに弾道を計算し、障壁を斜めに展開。

 

リニスさんと戦った時に使った障壁の使い方『浮鏡』だ。魔力弾をただ防ぐのではなく、弾いて逸らして利用する。

 

リニスさんとの戦闘時には多すぎる魔力弾を跳弾させて減らすために使用したが、今回は周囲にいる魔導師に差し向ける。相手の人数が思いの外多かったので、これで一気に片付ける。

 

殺到する魔力弾の一つ一つに角度を調整した障壁を設置。障壁に触れ、矛先を変えた魔力弾は、寸前で俺たちを避けて『フーリガン』の魔導師たちに牙を剥いた。

 

生身の人間に殺傷設定で撃ち放ったのだ。当然、自分たちもある程度怪我をする覚悟を持った上だろう。跳弾した魔力弾を受けた者は覚悟を持っていたとは思えないくらいに喚いているが。

 

そんな光景を眺めていたランちゃんが、俺のすぐ後ろで呟く。

 

「……あちらの射撃魔法が勝手に曲がって敵の集団に突っ込んでいったのだけど……」

 

「前にも障壁で魔力弾を逸らしているところを見たことがあります。前の時は逸らすだけでしたが、今回は跳弾した先まで計算して攻撃手段として使われています。断然精度が上がっていて、もう笑うしかないですよね」

 

「さすが、付き合いが長いだけあってユーノちゃんは慣れてるわねぇ……」

 

「射撃魔法自体が欠陥品だったせいで想定よりも撃ち漏らしが多かったか……。ユーノ、あっちの建物とあそこの屋根が落ちている廃屋、あとあれら……だいたい八つくらいに鎖を放ってくれ。あ、あの屋根と窓が吹き飛んでる家はダメだ。あの家にはご遺体が取り残されてる」

 

「え、は、はい……でも、建物自体に拘束魔法を使ってどうするんですか?」

 

「こうする」

 

ユーノの近くから伸びる鎖を手繰り寄せ、術式に介入させてもらって収縮させながら力いっぱい引っ張った。

 

脆くなっていた建物はそれだけで一部、もしくはほぼ全部倒壊。こちら側に引き寄せるように倒したので、俺たちを狙って広場に出てきていたフーリガンの連中は建物の下敷きになった。

 

無論、倒壊させた建物にご遺体がないのは確認済みだ。下敷きになった魔導師も、バリアジャケットを着てさえいれば死にはしないだろう。問題ない問題ない。

 

「……徹ちゃんは、発想が普通の魔導師とは違うわね。良い意味か悪い意味か、ちょっと判断できないわぁ」

 

「兄さんは正式に魔導師としての勉強をしてから魔導師になったんじゃなく、実戦で学んでますので考え方が柔軟で奇抜なんです。……良い意味でも悪い意味でも」

 

「……お前らちょっとは褒めたらどうだ。大部分を手早く片付けられたんだぞ」

 

「すごいとは思うのだけれど、なぜかしら……手放しで喜べないわねぇ」

 

「もちろんすごいです。すごい乱暴です」

 

「はっ……いいさ、いつものことさ……。さて……そんじゃ俺とランちゃんでフーリガンの生き残りを無力化しよう」

 

「はぁい」

 

「ユーノはクレインくんの傷の手当てだ」

 

「わかりました!」

 

フーリガンの生き残りといっても数は少なく、ほとんどはすでに抵抗を示していない。デバイスを手放している者も多い。それほど苦もなく終わらせられそうだ。

 

「あんなにいたのに、こんなにあっさりと……。あ、あんた、どうやって……」

 

さっそく取り掛かろうとしたところで、アサレアちゃんに呼び掛けられた。

 

二人の状態も確認したかったこともあり、しばしランちゃんにごみ掃除を任せてウィルキンソン兄妹の近くへ移動する。

 

「ん、あれか……あれは生き残るために磨いた技術と戦術だ。適性も魔力もないから工夫するしかなかったんだよ」

 

「工夫って……そういった次元の話じゃなかった気が……」

 

「俺のことはいいんだ。それより……君たちのことだ」

 

「っ……」

 

「…………」

 

兄妹そろってびくん、と肩を震わせる。顔色を悪くさせながら視線を下げた。

 

二人が何を考えているかなんて、容易に察することができる。一つ、深いため息をつく。

 

屈み込んで目線を近づけた。

 

「他に怪我をしてるところとかないか?気分が悪かったりとか」

 

「ご、ごめんなさっ……え?」

 

「……あの、逢坂さん……独断専行した件については……?」

 

「もちろんその件については後から叱るぞ。危険に晒されるのは隊だけじゃない、アサレアちゃんとクレインくんが誰よりも危なくなるんだ。こってりと絞って今後こういうことは絶対しないよう説教してやる」

 

「な、なら、どうして……」

 

「今はこうしてもう一度会えたことを喜ぼう。お説教やお小言は戻ってからでいい」

 

怒られることを覚悟している様子の二人の頭に手を置く。

 

「クレインくんもアサレアちゃんも、よく頑張った。えらいぞ」

 

「っ……ぃ、いえっ……ぐすっ、そんなことっ……」

 

「や、やめてよ……っ」

 

緊張の糸が緩んだのと同様に涙腺も緩んだのか、クレインくんはぽろぽろと涙をこぼし、アサレアちゃんは目元を袖で拭っていた。二人ともよく踏ん張っていたが、やはり二人とも限界ぎりぎりだったようだ。

 

「広場を完全に制圧したら司令部に戻る。二人はそれまで休んでてくれ」

 

司令部に戻る際にはできる限り多くの犯罪者どもをしょっ引いていきたい。コルティノーヴィスさんがこの広場にやってきてしまえばそれどころではなくなるので、彼が来る前に撤退したいところだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

「うおっ!……アサレアちゃん、なに?」

 

ランちゃんに任せっきりだった残敵掃討に加わろうと立ち上がるが、袖を引っ張られて引きとめられた。

 

「……わたしたち、コルティノーヴィスって人の家でなにか手掛かりがないか調べてたんだけど……あの……」

 

「ああ……そうだった。そういう建前だった。で、なんか見つけたの?」

 

「えっと……家の中に『フーリガン』の奴らがいて、その一人を捕まえて知ってること吐かせたんだけど……」

 

「よく口を割らせたな。それで、なにかわかったのか?」

 

「うん……でも、そいつがそう口走っただけで、それが本当かどうか確認できなくて……」

 

「それでもいいよ。その『フーリガン何某』が言ったことが事実だろうとそうでなかろうと、情報は情報だ。嘘であっても違う情報の判断材料になることだってある」

 

一度目を伏せて、一呼吸置いて、アサレアちゃんの双眸が俺を射抜いた。唇が動く。

 

 

 

「あの魔導師……コルティノーヴィスさんをーーーーー(・・・・・)

 

 

 

耳鳴りがする。あまりにも現実味がなく、すぐに頭に入ってこない。何を言っているのか、すぐには理解できなかった。

 

アサレアちゃんが言い間違えているのか、はたまた俺が聞き間違えているのではと、そう思った。

 

アサレアちゃん本人もあまりその情報を鵜呑みにはできていないのか、複雑そうな顔をして目をそらした。ので、その後はユーノに治療されているクレインくんが引き継いだ。

 

「逢坂さんやランさんの話と矛盾するのですが……ぼくにはどうしてもあの魔導師が嘘をついているようには見えませんでした。それに……それだけじゃないんです。コルティノーヴィスさんの家の庭の一部には明らかに致死量を超える血痕がありました……」

 

「血痕……その庭の周辺には、遺体はあったか?」

 

「え?……い、いいえ……ありませんでした」

 

「そう、か……」

 

未だに、信じきれない。

 

アサレアちゃんが問い(ただ)した『フーリガン』の何某が虚言を吐いたと考えるのが現実的なはずだ。

なのに。

 

「……くそっ」

 

なのに、その情報を偽りだと言い捨てることがどうしてもできない。

 

ウィルキンソン兄妹からの報せを受けて、腑に落ちたような部分も確かにあったのだ。

 

二人が得た情報を踏まえて、これまでの出来事を改めて考え直さなければいけない。

 

『徹ちゃんっ!彼がっ……っ』

 

記憶と照らし合わせて考えを深めようとしたが、それは中断させられた。聞いたことがないくらいに切迫したランちゃんの念話が俺に届いた。

 

念話が届くとほぼ同時。

 

ドゴォォン、と空気が振動した。もはや慣れてきつつある轟音と爆風。ランちゃんの射撃魔法だ。

 

広場にいるフーリガンの魔導師はほぼ無力化できていたし、生き残っている奴らもほとんど抵抗していなかった。あれだけの爆音を轟かせるほどの威力の魔法を放つ理由など、一つしかない。

 

「コルティノーヴィスさんか……っ。クレインくん、アサレアちゃん、二人は後退してくれ。さすがにランちゃんだけじゃ抑えきれない。俺もすぐに行かなきゃいけない」

 

「まって……待ってよ!わたしも……っ!」

 

「疲れてる上に魔力も尽きそうな状態じゃ怪我人を増やすだけだ」

 

「で、でもっ……」

 

「そこらへんで転がってるような魔導師ならともかく、コルティノーヴィスさんが相手だと俺も余裕がない」

 

「っ……わたし、わたしはっ……」

 

食い下がるアサレアちゃんの肩に手を置いて言い聞かせる。

 

「コルティノーヴィスさんの家で情報を手に入れてくれただけで、それだけで充分だ。よくやってくれた。後は任せてくれ」

 

「……わかったわ。……気をつけなさいよ」

 

悔しそうに歯噛みして、でもアサレアちゃんは首を縦に振った。

 

俺に背を向けたアサレアちゃんは、まだふらつくクレインくんに肩を貸す。クレインくんの怪我自体はユーノが治療したが、魔力や体力、疲労感まで癒せないのだ。

 

アサレアちゃんがクレインくんに自然と手を貸せるようになるまでに兄妹仲は良好になったようで、こんな状況だというのにすこし安心してしまう。

 

「足を引っ張ってしまってすみません……逢坂さん、お気をつけて」

 

「ああ。ありがとうな、クレインくん。そっちも気をつけてくれ。絶対に安全ってわけじゃないんだからな」

 

少し休んで回復したのか、速度は出ていないとはいえ二人は飛行魔法で司令部の方向へと向かった。

 

「ユーノ、あの二人を頼んだ。魔法を使いすぎて魔力は底をつきかけてるだろうからな」

 

「……はぁ。僕としては兄さんにつきたいですけど……わかりました」

 

「すまん、任せた」

 

「はい、任されました。……無傷で終わらせるなんて無理なのはわかってますから言いません。なので、怪我で留めてくださいよ。それなら治してみせますから」

 

そう言い残して、ユーノはウィルキンソン兄妹の背中を追って飛翔した。

 

目下一番の危険要素であるコルティノーヴィスさんから離れることは大事だが、司令部方面には横に薄く、だが広く『フーリガン』の魔導師が配置されている。コルティノーヴィスさんと比較すればまだマシというだけで、安全という保証はない。あの三人なら大丈夫だという自信はあるが、やはり心配でもある。

 

とはいえ俺には、そちらの心配をしている余裕はない。

 

ユーノと別れてすぐに駆け出す。

 

「ランちゃんっ!」

 

コルティノーヴィスさんを食い止めてくれていたランちゃんのもとへ走る。

 

広場から一本、路地へ入ったところ。そこで、見つけた。

 

『…………』

 

「……けほっ……こほ」

 

「あらぁ……徹ちゃん、遅いわよぉ……」

 

仁王立ちのコルティノーヴィスさんと、その背後に佇む民族衣装(ラギドル)を纏った少女ーージュリエッタちゃんと、傷だらけになっているランちゃん。その三人を、見つけた。

 

ランちゃんの手には、対物狙撃銃に似たデバイスが見当たらない。その代わりに大型自動拳銃のような物を握っていた。予備のデバイスなのかもしれないが、なぜ予備を使っているのかと考え、気付いた。コルティノーヴィスさんの足元あたりに、見憶えのあるフレームや細かな金属片が散乱している。彼に接近され、近接戦闘となり、デバイスを破壊されたようだ。

 

近接戦はランちゃんのスタイルとは真逆といっていいだろうに、全力を尽くしてくれていた。コルティノーヴィスさんに一度肉薄された上で、攻撃を受けた上で、まだ意識を保って立っているだけとんでもないことだ。

 

コルティノーヴィスさんを警戒しつつ、ランちゃんに歩み寄る。

 

「遅れてごめん。……まだ戦えるか?」

 

「ええ、なんとかね……。さすがに後ろから支援射撃するくらいしかできないけれど」

 

「……頼む。一対一でなんとかできるとは思えない」

 

「ふふ、全力を尽くすわぁ……」

 

疲れも見て取れるし、怪我も軽いとは言えないが、それでも俺に応じてくれた。

 

「助かる。……この路地じゃ狭くて立ち回れない。場所を変えよう」

 

「広場まで退がりましょうか」

 

もたれかかっていた廃墟の壁から背を離し、ランちゃんは飛行魔法で浮かび上がって距離を取った。

 

ランちゃんを逃したくなかったのか、俺が来ても全く反応のなかったコルティノーヴィスさんが動く。身体が霞むような速さのそれは、昨日俺と戦っていた時にも見せた高速移動術だ。

 

彼が動いた、と思った次の瞬間にはもう目の前にいた。

 

「くっ、おぉあっ!」

 

いくら速いといってもフェイントもない真正面からの打突。それに一度見て覚悟と準備はしていた。

 

速度を削ぐための拘束魔法と、威力を殺すための障壁。それでも止まらないのは予想済みだ。障壁を貫いたコルティノーヴィスさんの拳を左腕で防ぐ。

 

一撃でノックアウトとはいかせない。

 

「あなたは……今、どういう状況に置かれているんですか」

 

『…………』

 

こうして並の魔導師を優に超える戦闘能力と、彼の放つ力強い打撃を体感して。こうして俺の目の前で拳を振り抜いている彼を間近に見て。

 

やはりアサレアちゃんとクレインくんが教えてくれた情報が確かだとはどうにも思えない。

 

だが同時に、奥さんであるジュスティーナさんや、指揮官代理であるノルデンフェルトさんからコルティノーヴィスさんの人物像を聞き及ぶにつれて違和感もあった。その二人が語る彼と、目の前にいる彼では、印象が違いすぎる。

 

いったいどれが正しくて、どれが間違っているのかわからない。

 

判断ができない俺を置いて、彼は動く。

 

『…………』

 

「くそっ」

 

続いて放たれる拳撃を防ぎ、(すね)から下を斬り取るようなローキックを躱す。

 

開けた通りでも圧倒されていたのに、逃げ場の少ないこの狭い路地では勝ち目なんてない。ランちゃんが言っていたように、広場まで一度後退すべきだ。

 

すぐに追いつかれるとは思うが、拘束魔法の鎖を何本か近くの廃墟に伸ばして引き倒す。倒壊して立ち上る煙を目眩(めくらま)し代わりにして後退する。

 

「っ……ん?突っ込んでこないな……」

 

煙と瓦礫をかき分けて突破してきてもいいようにと後退(あとずさ)りしていたが、すぐに来る様子はなかった。

 

真意はわからないが、追撃がこないのなら好都合である。今のうちに広場へと向かう。

 

「奴ら……消えてやがる」

 

広場のいたるところで転がっていたはずの『フーリガン』たちが、忽然と姿を消していた。抵抗の意思がなく座り込んでいた者はもちろん、数人の意識のない者たちも含めていなくなっている。

 

やってきたタイミングから考えて、コルティノーヴィスさんは今回も殿(しんがり)としての役割なのだろう。そしてその役割は十全に果たされてしまった。

 

後続の味方部隊が何名か『フーリガン』を捕らえていることを祈るほかない。でないと、奴らの目的は明かされないままになってしまう。

 

「徹ちゃん、彼が来るわ」

 

広場の北側のまだ崩れきっていない建物の上に、大型拳銃みたいなデバイスを構えたランちゃんが陣取っていた。

 

ランちゃんが見据える方を振り向く。ジュリエッタちゃんを抱えたコルティノーヴィスさんが悠々と現れた。

 

「……フォローは頼んだ」

 

「あんまり期待しちゃだめよ。右腕を怪我しちゃって力が入りにくいの」

 

「……それじゃできる限りでよろしく」

 

「はぁい」

 

ランちゃんから近過ぎれば支援もやりづらいだろう。俺は広場の中心あたり、噴水近くに移動する。

 

『…………』

 

対して、コルティノーヴィスさんはジュリエッタちゃんを下ろし、ゆっくりとこちらへ歩みを進める。

 

「けほ、こほっ……」

 

彼の背に隠れるような形になっているジュリエッタちゃんが、口元に手を添えて咳をした。だが、人形の眼窩(がんか)に嵌められたガラス玉のように無機質で無感情なエメラルドグリーンの瞳だけは、一直線に俺を射抜いていた。

 

「……お母さんが君を探していたよ、ジュリエッタちゃん。お母さんのところまで案内するから、こっちにきて」

 

「……こほっ……」

 

ジュリエッタちゃんを説得するが、まるで聞こえていないかのように反応がない。

 

『…………』

 

「ちっ……」

 

代わりに、俺とジュリエッタちゃんを遮るような形でコルティノーヴィスさんが立ちはだかる。構えて、敵対の意を示す。

 

こうなるだろうとは予想していた。すんなりとこちらに来てくれるだなんて、思ってはいなかった。

 

だから、覚悟はしていた。

 

「……あなたを、逮捕する。話はそこからだ!」

 

身体の隅々まで循環魔法で魔力を満たし、大きく一歩を踏み込む。

 

肉薄するその前に、一発の光弾が俺の視界の端を掠めてコルティノーヴィスへと向かった。ランちゃんの援護射撃だ。

 

『…………』

 

「事もなげに防ぐかよ……ん?」

 

障壁か、もしくは腕にまとった身体強化系の魔法で防いだのだと思ったが、どうやら違った。障壁が張られた様子はなく、魔力弾によって弾けた服の下の素肌は鈍器で打ち付けられたように変色していた。

 

魔力付与のような魔法を使っていれば、そのような状態にはならないはず。それに非殺傷設定が曖昧な物理的殴打であればまだしも、射撃魔法などであれば非殺傷設定が明確に働いて身体的なダメージは負わない。

 

「……どうなってんだ。あなたは本当に……」

 

『…………』

 

期待などしていなかったが、俺の独り言に、やはり彼は答えてはくれなかった。

 

「……いいよ。全部終わらせてからゆっくりと話を聞かせてもらう」

 

距離があれば、また嵐のような拳撃を浴びることになる。

 

だからこそ、恐怖を飲み込み一気に踏み込む。ランちゃんの牽制弾によって勢いが削がれたコルティノーヴィスさんの懐に潜る。

 

彼我の距離はほぼ皆無に等しい。なので地面を踏みしめ、腰を回し、捻転力を拳に乗せる。

 

「っ、らぁっ!」

 

もちろん、一発で墜とせるなんて思い上がってはいない。

 

体幹からへし折るように右拳でボディブロー、肺に詰まった空気を全部押し出すように突き上げる形の胸部へ左の掌底、続いて脳を揺さぶるように右から顎を打ち抜く。

 

限界ギリギリまで引き上げた循環魔法による、怒涛の三連撃。立っていられないどころか、意識を保ってすらいられない。そのくらいの手応えはあった。

 

少なくとも、人間であればどれだけ魔法で強化していても数秒は満足に動けないダメージを与えたはずだった。

 

『…………』

 

「……は?」

 

次の瞬間には、俺の目の前に拳があった。影響なんて一切ないと言わんばかりに振るわれた。

 

「ぐっう……」

 

俺の顔面に向けて放たれた一撃を、体勢を崩しながらも屈んでどうにか躱す。が、体勢を整える前に繰り出された前蹴りは躱すことができなかった。

 

「ごっ、ぅ……っ」

 

身体の中心を槍で一突きにされたような衝撃だった。指揮司令部で配給されたエネルギーの摂取だけを目的とした簡素が過ぎる朝食でなければ、丸ごと吐いてしまっていただろう。

 

その場でうずくまりたくなる痛みと不快感に耐えて、蹴りを受けた勢いそのまま後退する。

 

「今回は……相手は俺だけじゃ、ねえぞ」

 

追撃のため踏み込んだコルティノーヴィスさんの足が、そこで止まる。

 

彼の足を、腕を、全身を縫い留めたのは、不可視の鎖。転がされながら後退したと同時に仕掛けておいた拘束魔法。

 

『ランちゃん、今だ』

 

『任せて』

 

前もって準備していたのか、俺が要請するなりすぐに魔力の塊が三つ、風を切り裂きながら彼に向かう。

 

ランちゃんは一度に放つ魔力弾の数こそ多くないが、それを補って余る威力がある。一発でも相当、今回はその三倍。

 

並みの魔導師なら、余裕を持って墜とせる威力。

 

『…………』

 

「っ……こほっ、ごほっ……」

 

だが、目の前の相手は並みなんて括りでは収まらない。

 

やはり障壁は張られることがなく、一発は拳で打ち砕くように迎撃、二つは左胸と腹部に直撃したが、爆煙の中、何事もなかったかのように立ち続けていた。

 

『顔色ひとつ変えないなんて……』

 

「予想はしていた……っ!」

 

俺が展開した拘束魔法の一部はもはや凧糸のように簡単に振り払われていたが、まだ下半身に絡ませた鎖は破壊されていない。

 

表面上には現れていないが、生物学上人間であるのならばランちゃんの射撃魔法だって効果はあるはずだ。動きを止められているこの好機を逃す手はない。

 

凧糸そこのけな拘束魔法でも若干程度は動きを阻害してくれるだろうと祈りながら、襲歩で一気に距離を踏み潰す。

 

速度を乗せた左拳を顔面めがけて振るう。

 

『…………』

 

コルティノーヴィスさんは襲歩による急速接近を見切った上で、俺の手を左手で止め、右手で掴む。襲歩を攻勢に使用したのは初めてだというのに、苦もなく対応してみせた。

 

「両手を使ってくれるなんて、好都合だ」

 

近接戦においてならば、この人はクロノやアルフに比肩する。もとから甘い算段なんてしていない。防がれるまでは予定内。

 

『…………』

 

「そっちは囮でした、ってな」

 

彼の両手を俺の左手ごと、鎖で縛り上げる。

 

ほんの少しの間、動きを封じられればそれでいい。一秒に満たないその時間さえあれば、俺は万全整えて全身全霊で打ち込める。

 

右手を彼の身体、その中央に添える。

 

必要なのは、嵐の前の静けさに似た、一瞬の静寂。

 

繰り出されるは、全身の筋肉を余すところなく駆使した、爆発的一撃。

 

「……発破」

 

ドグォンッと、およそ人体から聞こえてはいけない音がした。

 

まともに直撃したコルティノーヴィスさんの身体がくの字に曲がり、トラックにでも()ねられたみたいに景気良く転がっていった。

 

「っ、はぁ……」

 

綺麗にはまった、その自負はある。

 

俺が収斂(しゅうれん)させた力は、そのままコルティノーヴィスさんの身体を貫いた。

 

なのに、手に残る異物感が、心に残る違和感が、俺の中で警鐘を鳴らし続ける。

 

『……やったかしら?』

 

『今決定しちまったよ……やれてない』

 

ランちゃんが建てたフラグとは、たぶん関係ないだろう。

 

コルティノーヴィスさんは糸か何かに吊り上げられるように、不気味に身体を起き上がらせる。再び悠然と立つその姿には、ダメージの余波など見て取ることはできなかった。

 

『…………』

 

「……あかねと戦った時とも違う。マジで化け物かよ……」

 

時の庭園でリニスさんを乗っ取ったあかねと拳を交えた時も、俺の切り札であるところの発破は通用しなかった。しかし、あの時ですら、やり方は常識外れもいいところだったが理屈は理解できたのだ。

 

今回は理解もできない。障壁に(さえぎ)られた手応えも、魔力の圧に(さまた)げられた感触もなかった。

 

生み出した破壊力は、たしかにコルティノーヴィスさんの内側を通ったはずなのに。

 

「……発破でも止められないんじゃ、手段が……」

 

切れる手札が一気に心許なくなって冷や汗を流していると、ランちゃんから念話が届いた。

 

『……徹ちゃんの腕には大砲でもついているの?コルティノーヴィス氏のお腹に風穴が空いちゃってるのだけど……』

 

切迫した状況だというのに、何冗談を飛ばしているのだ。

 

『どんな改造人間だ。大砲なんてついてないし、風穴なんて空くわけない。さっきの技は外的ってよりも内的な破壊なんだから』

 

『……でも、実際に氏のお腹に大きな傷ができちゃってるわぁ……』

 

『はぁ?そんなわけ……』

 

ジュリエッタちゃんの近くにまで下がっていたコルティノーヴィスさんを見る。

 

ランちゃんの射撃魔法によって露わになったのだろう、彼の腹部が外気に触れていた。破け飛んだ服の内側では、隆起する腹筋と、目にするだけで背筋が凍るほどの深い傷があった。

 

遠目にも致命傷だと判断できてしまうほどの傷が、とてもではないが動いてはいられないほどの傷が、そこにはあった。

 

もちろん俺が(つく)った怪我ではない。俺の持つ技術では身体の表面を抉り飛ばすような傷は創れない。そもそも腹部に空いた重傷は、今この場でできたものではないようだ。周囲の血が酸化して黒く固まっている

 

つまりは。

 

俺ではない誰かに、今ではないどこかで、その深手を負ったということになる。

 

「あなたは……な、なんで……」

 

なんで動いていられるのか。思わずそう尋ねようとして、しかしあまりの光景に喉が干上がってしまって後が続かなかった。

 

「こほっ、けほっ……ごほっ」

 

『…………』

 

不意に動いた俺を警戒したのか、コルティノーヴィスさんはジュリエッタちゃんを庇うように身を乗り出す。

 

そこで俺は、遅れ馳せながら気づいた。

 

「は……っ、なにも見えてなかったんだな、俺……」

 

初めての任務とか、仮にも隊を預かる立場とか、苦戦を強いられている戦況とかに、どうやら俺は一丁前に気負っていたらしい。ここにきてようやく、気付くくらいなのだから。

 

「んぐっ、げほ、ごほっ……っ」

 

昨日よりも、ジュリエッタちゃんの体調が悪化している。

 

咳をする回数も多くなっているし、なにより顔色がとても悪くなっている。目の下は隈が目立ち、頬は()けてしまっていた。美しかっただろう髪は乱れて、身に纏う民族衣装も汚れがひどくなっている。

 

たった一日でここまで弱るなんて、衰弱の速度も異常だ。明らかに、昨日から休息を取れていない。

 

そもそもだ。事態が急転しすぎて後回しにしてしまっていたが、この子がこの場にいる理由だって不確かだったのだ。

 

最初はコルティノーヴィスさんのお目付役かと思っていた。コルティノーヴィスさんが逃げ出そうとしたら仲間に知らせて人質に危害を加えるとか、そんなありがちな手法で脅しているのかと思っていた。

 

だが、実の親子だった。その気になれば、移動中はそうしていたようにジュリエッタちゃんを抱えて、いつだって逃げることができる状況だったのだ。

 

コルティノーヴィスさんが、なぜ『フーリガン』から抜けることを選ばなかったのか。なぜ無法者どもの命令を抵抗も反抗もせずに、従順に唯々諾々と遂行しているのか。

 

引っ掛け問題みたいなもので、わかってしまうと単純だった。

 

「アサレアちゃんとクレインくんが手に入れた情報は……正しかったんだな」

 

コルティノーヴィスさんは(・・・・・・・・・・・・)、最初から『フーリガン』なんぞに従ってなんていなかった。

 

従っていたのは、従わざるを得なかったのは娘のジュリエッタちゃんだったのだ。

 

貴重な情報を伝えてくれた時のアサレアちゃんの表情を、言葉を、胸が痛くなるほど思い出す。

 

 

 

『あの魔導師……コルティノーヴィスさんを殺したって(・・・・・)

 

 

 

「なんだよ……これ。救いようがねえだろうが……っ」

 

既に殺害されていた、アルヴァロ・コルティノーヴィス氏。

 

人の形さえしていればなんでも操れるというクレスターニの秘術、ドラットツィア。

 

物体の記憶を読むという稀少技能(レアスキル)残響再生(ナッハイル・スピーレン)

 

そして。

 

コルティノーヴィスさんの娘にして、クレスターニの系譜に連なり、稀少技能をも発現させた少女ーージュリエッタ・C・コルティノーヴィス。

 

これらの情報が弾き出す答えは、たった一つの胸糞悪い結末。

 

 

 

この事件に、ハッピーエンドはない。

 

 

 


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