そんな結末認めない。   作:にいるあらと

158 / 195
アリサちゃんとすずかの味がする

主にアリサちゃんに振り回されながらプリクラを撮り終わり、その撮り終わった写真を二人があーだこーだ楽しそうにいたずら書きしている間に、俺はこそこそっと辺りを見回す。店員さんも、怪しげな男たちの姿も今は見えない。お絵かきを終えてプリントされた物をアリサちゃんが回収したところで、二人の手を引いてゲームセンターを出る。

 

計算違いも多くあったが、当初の予定通りに追跡してくる男たちは()けたようだった。

 

撒けたことには一安心だが、これから家に帰すことについては不安が残る。

 

興奮冷めやらぬ、といった様子の二人を先に歩かせ、俺は携帯を取り出して連絡した。(仮)(カッコカリ)とはいえ執事である。上司(鮫島さん)への報告をしておくべきだろうとの判断だ。

 

『そう、でしたか……。徹君へ頼んでよかった、助かりました』

 

「最初は考え過ぎかもとも思ったけど、ゲーセン入っても()けてきてたからね。()のこともあるし注意しといてよかったよ」

 

『お嬢様のお迎えにはハイヤーを回そうかとも考えましたが……私の人選は間違っていなかったようです』

 

「あ、たしかにそういう手もあったんだ」

 

鮫島さんという執事もいるけれど、バニングス家なら贔屓にしているハイヤーの会社だってあるだろう。そちらにアリサちゃんとすずかのお迎えを手配してもよかったのだ。

 

そうしなかったのは、鮫島さんの沈黙から察するに、なにか嫌な予感や虫の知らせがあったのやもしれない。前回の誘拐犯と同じ奴らなら、鮫島さんがやられた時と同様、ハイヤーを使っても車の進路も退路も塞がれて力づくで(さら)われる可能性すらあった。

 

『しかし、少々困りましたね……』

 

「えっと、もしかしてアリサちゃんのご両親は……」

 

『ええ。私も旦那様も手が離せず、奥様は海外の系列の会社へ出張中です』

 

「アリサちゃんを、あの広い敷地内に一人?警備システムはしっかりしてるだろうけど……」

 

『以前の誘拐未遂の者共と同じであれば、手荒な真似をしないとも限りません。金品が目的であれば構いませんが、お嬢様に何かあってからでは手遅れです。臨時に警備を増やすよう依頼しても、今日これから今すぐというのはさすがに難しいようで』

 

「そっか。それならバニングスさんに伝言しといてもらっていい?」

 

『伝言、ですか?どういった内容でしょうか』

 

「今日アリサちゃん、俺の家に泊まってもらう、って」

 

 

 

 

 

 

「……さて。作るわよ!」

 

我が家の台所で食材を前にして、少々大きめのエプロンの袖を折っていたアリサちゃんが元気よく宣誓した。

 

「アリサちゃん、その前に髪纏めとこうね」

 

「そうね!すずかのはわたしがしてあげるわ!」

 

「うん、ありがとう」

 

アリサちゃんと同じようにエプロンをかけたすずかが、アリサちゃんの後ろに回って黄金色の長い髪を一纏めにしてヘアゴムで結った。ポニーテールにしてもらったアリサちゃんは尻尾をふりふりさせたり手で感触を確かめると満足げに頷き、今度はすずかにお返しする。

 

なんだろう、すごく心がぽかぽかする光景だ。

 

「徹、今日のメニューはなにかしら?」

 

「お、おお……本当に手伝ってくれるのか」

 

「あ……お邪魔、でしたか……?」

 

「違う違う!手伝ってくれて助かるなーっていうのと、感心するなーっていうのとなんかごちゃごちゃに混ざってて……」

 

「せっかくだもの。みんなで作ったほうがいいわ!学校でも調理実習とかやってるんだから、簡単なのならできるわよ」

 

「いい子たちだ……」

 

感動でほろりと涙が出そうだ。

 

以前泊まりにきた友人は手伝うなんて殊勝な姿勢は振りでも見せなかったのに。

 

「……なにやってるの?はやくメニュー教えなさい

「ああ、今日は……」

 

台所に並べた野菜を眺めて献立を口に上していく。

 

和風ハンバーグとお味噌汁、新じゃがを使ったハッシュドポテトとかぼちゃの煮物など。

 

今日は寄り道をしたおかげで時間が遅くなってしまったので、商店街には足を伸ばさずスーパーで買い揃えた。

 

献立を聞いて、すずかがアリサに顔を向けた。

 

「よかったね、アリサちゃん。ハンバーグ作ってくれるって」

 

「わっ、わたしはなにも言ってないわよっ!は、ハンバーグなんて子どもっぽいこと言ってない!徹がハンバーグ食べたそうな顔してたから、食べたいのって聞いただけ!」

 

「ふふっ、そうだった?」

 

「そうよ!」

 

鮫島さんに連絡を取った後、アリサちゃんを一人にするのは不安だったのでうちで夕飯を一緒に食べようという流れに持っていって、何か食べたいものあるかとリクエストを取ったのだ。すずかは悩んでいたようだったが、アリサちゃんは即答だった。即答で『ハンバーグ食べたい』だった。普段の振る舞いとはかけ離れた、年相応の子どもっぽいその言い方はとても可愛らしかった。

 

そのあと、固まった俺とすずかにはっと我に返ったのか『ハンバーグ食べたい?って徹に聞いたの!聞いたの!』と、よくわからない照れ隠しをしていたが。

 

「そんじゃアリサちゃんが楽しみにしてるし、ハンバーグから作っていこうか」

 

「はい」

 

「ちょっ、徹!てきとうなこと言わないの!」

 

ぺちぺち叩いてくるアリサちゃんを謝りながらいなして、さっそく準備に入る。

 

と、その前に。

 

「二人は苦手な食べ物とかあるか?嫌いな野菜とか」

 

「わたしはないわよ。野菜も好きだもの」

 

「えっと……香りの強いものはちょっと苦手、です……」

 

「それじゃあ、二人とも基本的に食べれないってものは……」

 

「ないわ」

 

「今日買ってきている野菜ならわたしも大丈夫です」

 

「いい子たち……」

 

友人二人(長谷部と太刀峰)が泊まりにきた時、野菜は嫌だ食べたくない肉のみを要求するだのと駄々をこねていたのに。本当に長谷部と太刀峰にはこの子たちを見習ってほしいものである。まあ、アリサちゃんやすずかが年齢以上に老成しているというのは間違いなくあるけれど。

 

「……こうして、ぺた、ぺたっ……と。空気を抜くようにやるのよね?」

 

「そうそう。よく知ってるな、アリサちゃん」

 

「え?う、うん、まあふだんから作ってるから……」

 

「調理実習の時に作ったのがハンバーグだったんです」

 

「ほう、なるほど」

 

「ちょっとすずか!ばらさないでよっ」

 

「え?あれから自分で作るようになったってことじゃなかったの?」

 

「…………そう。そうよ」

 

「見事に自爆したな」

 

「うるさいっ」

 

ところどころ手順を教えたりはしたが、二人とも授業は真面目に受けているらしくほとんど自分たちでできていた。おかげで負担が減った俺は他の料理やお風呂の準備もできた。

 

順調に作業を進め、焼くときには四苦八苦したものの結果的には上出来の仕上がりになったハンバーグをお皿に移して盛り付けるだけとなった頃、奴が帰ってきた。

 

「ただいまー……へむ?」

 

がちゃがちゃ、と鍵を開ける音。ビニール袋が擦れる音。何かに気づいたように一拍置いて、間の抜けた声。ぱたぱたぱたっと勢いよく階段を駆け上がってきた。

 

「徹ー、誰か遊びにきてんの!?」

 

「おかえり。なんでそんな嬉しそうなんだ」

 

「お久しぶりです、真守さん」

 

「あーっ!すずかちゃん!おひさーっ!」

 

「きゃっ……真守さん、苦しいです……」

 

仕事から帰った姉ちゃんは、荷物とビニール袋を放り捨ててすずかをハグした。早い。いろいろと行動が早すぎるし、いろいろ踏むべき段取りを蹴っ飛ばしている。

 

「すずかちゃん、おおきなったなぁっ!」

 

「親戚のおばちゃんかよ」

 

「ふふっ、あははっ、真守さんっ、こそばゆいですっ」

 

「愛情表現っ、愛情表現ってことでセーフっ」

 

「即座に離れろ変質者」

 

「あれ?そちらの可愛らしい子は?どなた?」

 

「紹介する前にすずかにまとわりつくその手を離せ」

 

すずかから姉を引き剥がす。こういうまったく褒められない時に限って驚くべき変態能力もとい身体能力を遺憾なく発揮してくれる姉である。

 

「はぁ、はぁ……真守さん、変わりないようでよかったです」

 

「すずかちゃんは背ぇ伸びたなぁ。……ほれ、徹」

 

「態度が悪いな態度が。……こちらはすずかやなのはの同級生で親友のアリサちゃんだ」

 

姉ちゃんの勢いとテンションに一歩下がって様子を見ていたアリサちゃんの手を引いて、紹介する。

 

彼女にしては珍しい、というか貴重な、少々緊張した面持ちで口を開いた。

 

「えっと……初めまして。アリサ・バニングスです。徹……さん、とは縁があって、良くしてもらっています」

 

スカート、の代わりにエプロンをちょこんと持ち上げて一礼する。アリサちゃんの(なり)は小さく、着ているものも安いエプロンだというのに、そこには確かに溢れんばかりの気品があった。

 

「……あ、アリサちゃんがまるでお嬢様のような振る舞いを……」

 

「アリサちゃんは紛れもなくお嬢様ですよ、徹さん」

 

俺に対するアリサちゃんの態度はわりとさばさばしているので、お嬢様であることをつい忘れてしまう。ついでに付け加えるならすずかも相当なお嬢様である。

 

「アリサちゃんっ!綺麗なお顔っ、綺麗な金髪っ!かぁっわええなぁもうっ!」

 

「いてっ。えっ……」

 

手がぱちっと弾かれたと思ったら、姉ちゃんがアリサちゃんの両手をぎゅうっと握っていた。俺がアリサちゃんの手を引いていたはずなのに、一体全体なにをどうやったらアリサちゃんの手は保護して俺の手だけを弾き飛ばすことができるのか。

 

「わわっ」

 

「遠慮せんでええよ、アリサちゃんっ!いつも通りの言葉遣いで楽にしぃ!自分の家やと思ってええんやからな!」

 

「え、っと……」

 

「しっかし、徹は可愛い小学生と縁があるなぁ」

 

「語弊のある言い方してんじゃねぇよ」

 

「羨ましいわぁ」

 

「それはそれでどうなんだよ」

 

「徹さんは彩葉(いろは)ちゃんとも仲良いですよね。わたしたちといる時よりも徹さんといる時のほうが表情が明るいんですよ?」

 

「すずか、なぜ今言ったんだ」

 

「うちその子知らへん!ぜひうちに連れ込ん……遊びに連れてきてええからな!」

 

「連れてこれねえわ、確実に裏があるじゃ……今なんて言おうとしやがった」

 

「ふふっ、あははっ!おもしろいお姉さんね!くふふっ……」

 

「おー!アリサちゃん笑ったらもっとかわええ!もっとお顔見せて!」

 

「きゃっ!ちょ、ちょっとお姉さん、それじゃ顔見せられないわよ、あははっ」

 

アリサちゃんをぎゅうっとハグする姉ちゃんの肩を引き剥がそうと試みる。とっても強固にひっついていた。この細い身体のどこにこれほどの力が秘められているのか。

 

「姉ちゃん、ほんともう……ほんともういいかげん速度落としてくれ。身内として恥ずかしい。そろそろブレーキ踏んでもいい頃だろ……」

 

「だってぇ、めっちゃかわええねんもーん」

 

「もーん、って……その歳で……」

 

「女性に歳のことをとやかく言うなとうちは教えたはずや」

 

「教えられた覚えはねえよ、睨むな怖い」

 

「お姉さん、熱烈な歓迎ありがと。でも、わたしたち晩御飯作ったの。冷えちゃう前に食べましょ?」

 

「そうなんです真守さん。ハンバーグ作ったんですよ」

 

「えっ?!二人が作ったん?!食べたーい!うち腹ぺこやねん!はよ食べよ!」

 

「そうしましょ。でも、お姉さん?」

 

「ふむ?」

 

「まずは手洗いうがいをしてから、よね?」

 

「おお!せやった!ごめんなぁ、すぐ手ぇ洗ってくる!」

 

アリサちゃんに促されて、姉ちゃんは洗面所がある一階に降りた。

 

おかしいな。このやり取り、どちらが年上かわからない。

 

姉ちゃんの体たらくにため息をつく俺。を見て、くすくすとアリサちゃんが笑う。

 

「ごめんな、騒がしい姉で」

 

「たしかにとっても賑やかね。でもそれ以上にフレンドリーで気さくで接しやすい、いいお姉さんじゃない」

 

初対面の年下を相手にしてもフレンドリーで気さくで接しやすい、と表現すると、まるで人格者のように聞こえるから不思議だ。実際は精神年齢がほぼ同じなだけなのに。日本語の妙である。

 

「……距離感近すぎて暑苦しくないか?遠慮とか気後れってもんが、とくに可愛い女の子に対しては一切ないからな」

 

「それはわたしやすずかを可愛いって思ってくれてるってことでいいの?」

 

「えっ、ちょっと……アリサちゃんはともかく、わたしは……」

 

「アリサちゃんもすずかも可愛いから、姉ちゃんのテンションが振り切って元に戻ってくれなかったんだよ。(せわ)しない姉で恥ずかしい限りだ」

 

「そんな……か、可愛いだなんて……」

 

「ふふんっ!ま、当然ね!うちのすずかはファンクラブがあるくらいなんだから!」

 

「わたしなんて……アリサちゃんのほうが男の子にも女の子にも人気あるのに……」

 

胸を張って誇らしげな顔をするアリサちゃん。可愛いという評価や、自分のファンクラブの存在を自分の勘定に含めていないのがこの子らしい。自信家なように見えて、実のところ自分のことは過小評価するきらいがある。

 

すずかの口振りからすると、男の子だけでなく同性の女の子からも強力な支持を集めていそうだ。学校ではアリサちゃんやすずか、なのはや彩葉ちゃんがどういう感じで生活しているのか、すこし気になる。

 

「ほら、お姉さんが戻ってくる前に晩御飯の用意するわよ!」

 

「おお、そうだな。皿持ってくる。盛り付けは任せていいか?」

 

「は、はい、任せてください」

 

「ばっちりやるわよ!」

 

皿を二人に渡して、俺はテーブルを拭いて飲み物を置いておく。アリサちゃんとすずかがせっせとご飯や汁物、メインのハンバーグやサラダを取り分けるので、俺はそれらをテーブルに並べていく。姉ちゃんが上がってくる頃には食卓はお皿で埋め尽くされていた。

 

「ただいまーってわぁっ!おいしそーっ!」

 

「帰ってきて早々うるさいな」

 

「これ見てなんも言わんかったらコメンテーター失格やろ!」

 

「いつからコメンテーターに転職したんだ初耳だよ」

 

「盛り付けもきれいやなぁ。これは二人が?」

 

「ええ。すずかと二人でやったのよ」

 

「ほとんどアリサちゃんがやってくれましたけど」

 

「二人ともセンスええなぁ!芸術の天才っ!センスの塊!ヴィーナス誕生してまうわ!」

 

「我が姉ながら褒め方が奇抜すぎる」

 

意味のわからない賛美をしながら二人との距離を詰めようとする姉ちゃんの襟首を掴む。油断も隙もない。

 

「いちいち抱きつこうとすんな」

 

「ちっ……しゃあないな。ほら、二人とも、うちの隣座りぃ」

 

(はべ)らそうとしてんじゃねえ」

 

結局強引な姉ちゃんに流される形で隣にアリサちゃんとすずかが着席した。

 

全員が席に着いたところで、手を合わせる。

 

「そんじゃ、いただきます」

 

いただきます、の合唱。

 

食べるものはたくさんあるけれど、やはり一番最初に箸が向かうのはメインのハンバーグ。

 

姉ちゃんは一口サイズに切って、口に運んだ。

 

「あー……んむ。んんっ!」

 

「どうかしら?」

 

「ちゃんとおいしくできてますか?」

 

アリサちゃんとすずかはちょっと緊張した様子で見守っていた。ソースは味見してもハンバーグは試食していなかったので味が心配だったのだろう。

 

しっかり味わうようにもぐもぐして、飲み込んでから姉ちゃんは口を開いた。

 

「めっちゃおいしいっ!」

 

「っ、そう。ま、当然よねっ、わたしとすずかが作ったんだもの!」

 

「よ、よかったー……」

 

「二人とも一生懸命作ってたもんな」

 

「えへへ……よかったです」

 

「わ、わたしはべつに一生懸命でもないけど?いつも通り、普段通り作っただけだし?」

 

「アリサちゃんもすずかちゃんもお料理上手やなぁ。めっちゃおいしい!二人の味する!」

 

「ハンバーグで二人の味がするってちょっとしたホラーじゃねえか。コメンテーター失格だわ」

 

その後も二人をべた褒めに誉め殺しながら騒がしく食べ進め、ほとんどの皿がきれいになった頃、姉ちゃんが切り出した。

 

「そういえば、今日はどうしたん?三人で遊んでたん?」

 

「遊んで……たというと遊んでたことになるんでしょうか?」

 

「いや、もともとは塾のお迎えだったんだけどな」

 

「お迎え?徹が?」

 

「うちの鮫島がこれなくなっちゃったから、徹に頼んだらしいの。さすがに夜道を二人だけで歩くのは心細かったから助かったわ」

 

「おお!徹が役に立ったんやったらよかったわ!……ん?さめ、じま……鮫島さん……あ!徹が行っとった道場で一緒やった、あの鮫島さん?」

 

「そうそう。その鮫島さん。最近またお世話になってるんだ。よく覚えてるな」

 

「そりゃ覚えとるよ。最後にご挨拶したんはだいぶ前やけど、あん時から渋くてカッコええ執事さんやったし」

 

「お姉さん、鮫島と顔見知りだったの?」

 

「うん。昔徹が行っとった道場にうちが迎えに行って待ってる時、アイス()うてくれてん」

 

「餌付けか」

 

「今だったらちょっとした事案ね」

 

「徹さんもアリサちゃんも、もっと微笑ましいシーンを思い浮べようよ……」

 

けらけら笑いながら姉ちゃんは続ける。

 

「ほんで、晩御飯に招待したって感じなん?」

 

「そんなとこ。いい時間だったしな」

 

「ほへぇ。ゲーセンに寄ったんやなくて?」

 

「…………え?」

 

「ゲーセン寄ったんちゃうの?」

 

「お姉さんなんでわかったの?!徹みたいにオーラが見えるの?!」

 

アリサちゃんがきらきらした目で姉ちゃんを見る。懐かしい話を持ち出した。もしかしてまだ信じてたりしてるのか。

 

「オーラ?はようわからへんけど……ここらへんで有名で大手の塾言うたら駅前んとこのおっきいビルやろうし、そっからの帰り道に徹や恭也くんや忍ちゃんがよう行っとったおっきいゲームセンターあるし、暗くてようわからんかったけど玄関の靴箱んとこになんか大きいのが入っとる袋が二つ置かれとったしな。それに今日は徹の服から変わった匂いさせとるし、アリサちゃんやすずかちゃんからもちょっと同じ匂い感じたし。たぶんゲーセン寄ったんやろなぁ、って」

 

「……こわっ」

 

「怖いってなんや、そうかなーって思っただけや」

 

相変わらず、一度頭が回り出すと結論まで一直線に辿り着く姉だ。手がかりなんてほとんど見せてなかったのに。

 

「そうなの。初めて行ったけど、すごく楽しかったわ」

 

「下に置かせてもらってるのはUFOキャッチャーで徹さんに取ってもらったんですよ」

 

「せやったん?あんな大きいのよかったなぁ。あと補導されんでよかったなぁ」

 

本当に補導(それ)が怖かったよ。

 

「あとプリクラもやったの!三人で!」

 

「ぶふっ、徹がプリクラっ……」

 

「笑ってんじゃねえよ」

 

「『ちゅーぷり』っていうのをやってみたのよ!ちょっとどきどきしたけどおもしろかったわ!」

 

「徹、ちょっと向こうで(はな)そか」

 

「いきなり真顔になってんじゃちょちがちょ、違う違う違う違う俺は不意を突かれたんだ防ぐ隙も躱す暇もなかったんだ決してアリサちゃんとすずかに強要したわけじゃない」

 

「そ、そうですよ?ぬいぐるみを取ってもらったあとにプリクラをやって、その時にアリサちゃんとわたしで、お礼をしようって話になって……」

 

「くふふっ……こほん。そうなの。だからお姉さんは安心してね」

 

「そうなん?せやったらええけど、二人ともとんでもなくかわええんやから、気ぃつけぇや?女の子同士やったらちょっとくらいええやろけど、男にやるんはちゃうんやで?」

 

未だに俺に冷たい視線を飛ばしながら、姉ちゃんは二人に優しく注意した。素直に聞き入れてわかったと頷く二人の頭をにこにこしながら撫でる。

 

すずかがフォローに入ってくれたおかげでなんとか惨事は免れた。

 

「……と、そろそろごちそうさまだな……」

 

料理はまるっと綺麗になくなった。

 

アリサちゃんとすずかの味がする、なんていう猟奇的なコメントを生み出した和風ハンバーグは実に美味であった。お味噌汁や新じゃがをつかったハッシュドポテト、煮物なんかは、まあ俺が作ったのでいつも通りの味でなんの感慨もないが、ほぼすべて二人で頑張って作ってくれたハンバーグは本当においしかった。人が作ってくれるご飯ってこんなにおいしいのかと感涙に(むせ)び泣くところだった。

 

さて、これからどうしよう。晩御飯が終わる前に切り出そうと思っていたのだが、切り出すタイミングを掴み損ねた。

 

アリサちゃんとすずか。ゲームセンターからの帰り道に二人を晩御飯に招待はした。したが、そこまでだったのだ。その場でなんの脈絡もなく『俺の家に泊まりに来る?』なんて言い出せるわけもなく、晩御飯の後の話はしていなかった。

 

怪しげな輩に狙われているかもしれないアリサちゃんを一人帰すわけにはいかない。とはいっても、アリサちゃんを泊まらせてすずかを帰らせるのもおかしな話だ、聡いアリサちゃんならきっとなにかを勘ぐる。そして気づくだろう。また怯えさせるようなことにはしたくない。とても仲のいい親友も一緒にいたほうが気持ちも楽だろうと思ってすずかも一緒に家まで来てもらったが、どうにも話の流れを作れない。

 

明日も学校があるし、突然家に遊びにきたのだから二人の着替えだってあるわけない。(とど)めに明日もテストがある。反対材料ばかりの中、はたしてどう切り出せばいいものか。

 

「アリサちゃん、すずかちゃん」

 

必死に頭を回す俺を嘲笑うかのように、姉ちゃんが頭空っぽそうな笑みで二人に話しかけた。

 

「ご飯食べ終わったら一緒にお風呂入ろなぁ」

 

「え?」

 

「へ?今日はうちに泊まってくんやないの?そうやとばっかり(おも)てた。まあなんにしたって、こない時間遅なってるし、今日は泊まってき!」

 

姉ちゃんは持ち前のぶっ飛んだ人間性で一気に切り込んだ。

 

「で、でも明日も学校ありますし……」

 

すずかが、ちらと俺を見てからおずおずと言った。

 

「明日の朝に車用意してもらお!早めに起きて準備したら間に合う間に合う!」

 

「いいの?迷惑じゃない?」

 

「迷惑なわけあらへんよ!な、徹?」

 

「んっ、お、おう。俺としては姉ちゃんの相手をしてくれてるだけで助かるよ」

 

「そそ!うちの相手しとったら……ってなんやとー!」

 

「そ、それじゃ……泊まっていっても、いい?」

 

「もちろん!やったーっ!パジャマは……うちのお古でええ?まずはお風呂やな!すずかちゃんもええ?」

 

「えっと、えっと……」

 

「すずかも一緒にお泊まりしましょ!」

 

「え、ええっ……でも、でも」

 

またちらちらとすずかがこっちに視線を送ってくる。

 

なにか不都合なことがあるのだろうか。と考えて、思い至った。

 

「……もしかして」

 

「あ、ちっ、ちがうんですっ、あのっ……」

 

「忍にはこっちから連絡しとくから大丈夫だぞ?怒られたりしないからな」

 

そういえば、アリサちゃんの家には鮫島さん経由で連絡したが、すずかの家にはまだ連絡をしていなかった。うちで晩御飯を食べていて遅くなっているのに、その上いきなり泊まるなんて言い出したら(特に忍に)怒られると、そう思ったのだろう。

 

「あ……えっと……」

 

目線を逸らして口籠る。反応が芳しくない。どうやら俺の推測は当たってはいないらしい。

 

奥歯に物が挟まったような口振りのすずかを見かねたのか、アリサちゃんがするっと近づいて耳元に口を近づける。

 

「すずか、すずか」

 

「な、なに?アリサちゃ……」

 

「これ……ャンス……争相……ら抜……出るために……」

 

「わたっ、わたしはっ、べつにそういうあれじゃ……」

 

アリサちゃんはすずかの耳元で口を隠すように手を壁にしてるので何を言っているのか、はっきりとは聞こえない。ただ、すずかの表情が面白いように変わっていくので、何を言っているかはわからないが、何かとんでもないことを言っているだろうことはわかる。

 

泊まるかどうかの結論が出るのを、わくわくしながらお座りして静かに待っている姉ちゃんの隣で、すずかがようやく口を開く。

 

「わ、わたしも……泊まらせてもらっていい、ですか?」

 

手をもじもじさせ、頬を染めて俯きがちに、すずかが言った。

 

言い終わるとほぼ同時に、姉ちゃんの目が輝いた。

 

「やったー!うぇーるかーむっ!」

 

「きゃあっ!」

 

「わたしまでっ!」

 

姉ちゃんが、すぐ近くにいたアリサちゃんを巻き添えに二人をハグした。姉ちゃんのその暴走機関車ばりの勢いをたかだか九歳やそこらの女子小学生二人に止められるわけはなく、三人揃って床に転がった。

 

何が楽しいのかきゃっきゃっと笑い転げている姉ちゃんに流されて、アリサちゃんもすずかも笑っていた。アリサちゃんと姉ちゃんが初めて顔を合わせてからまだ一時間も経っていないなんて、おそらく誰も思うまい。

 

「……食器、片付けとくか」

 

申し訳ないが姉ちゃんのお世話は二人に任せておこう。

 

皿を重ねて持って台所へ。

 

その途中、家の前の道路を窓から見下ろす。

 

「……いない、か……」

 

駅近くの塾から、ゲームセンターの中にまで追跡してきた怪しげな男たちは見えない。サーチャーを飛ばして家の周囲、およそ半径百メートルくらいは監視していたが、そちらでも怪しげな人影を捉えていないのでどうやらゲームセンターでうまいこと撒くことができたのだろう。

 

「そろそろどうにかしないといけないよな……」

 

すずかと一緒に姉ちゃんに絡みつかれているアリサちゃんの笑顔を見て、口の中で呟いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。