そんな結末認めない。   作:にいるあらと

169 / 195
眩い光の中には、

「え……え?」

 

アリサには、一体何が起こったのかすぐにはわからなかった。

 

身も(すく)みそうな音を響かせながら暴走した大型トラックが突っ込んできて、耳を(つんざ)くような音を轟かせた。

 

ついさっきまで自分がいた場所に、そして自分を突き飛ばした徹がいた場所に、今は大型トラックがある。運転席は建物にめり込んでいた。

 

あたりにコンクリート片やトラックの部品、見覚えのある買い物袋が散らばっていても、アリサにはどこか現実に起きた事として受け入れられていなかった。

 

「な、なに……え?」

 

「徹さん?……徹、さ……」

 

なのはもすずかもアリサと同様、状況は飲み込めていなかった。飲み込めるわけもなかった。まだ幼いアリサたちの精神では許容できない規模の衝撃だった。

 

混乱広がる中、一台のバンが三人のすぐ近くで停車した。

 

助手席の窓が開き、後部座席のドアが開かれる。恰幅のいい大男と、それの部下のような男が現れた。

 

「た、たすけて!徹が……人がトラックにっ……」

 

異常な事態に陥っていても、真っ先に動いたのはアリサだった。停車した車に駆け寄り、助けを求めた。

 

だが、車から降りてきた人物を姿を見て、言葉を失う。顔面蒼白にして凍りつく。

 

「あの運転手……本当に使えねぇな。対象まで轢き殺すとこだったじゃねぇか」

 

「あの執事がいたおかげで、逆に助かりましたね」

 

「まったくだぜ。とんだ皮肉だ」

 

恰幅のいい大男。それはひと月ほど前、アリサが目にしたことのある男だった。

 

「はっ……あ……っ」

 

見紛(みまが)うはずもない。

 

アリサを(かどわ)かそうとした連中、そのリーダー格の男だった。

 

「な、んで……どう、して……」

 

逃げなければいけないことはわかっていても、身体は言うことを聞いてくれない。男の顔を見て、以前の恐怖がフラッシュバックしていた。歩くなんてとんでもない。立っていることで精一杯なほどに足ががくがくと震えていた。

 

しかも今は、前のように助けてくれる人はいない。いつもなら近くにいるはずの鮫島はアリサの父親の会社に手伝いに出ていて、徹はついさっき大型トラックに潰された。

 

助けてくれる人は、いなかった。

 

絶望からへたり込むアリサを、リーダー格の男は見下ろした。

 

「抵抗しないことだ。お友達が大事ならな」

 

誘拐犯に脅されずとも、アリサには、否、アリサだけでなく、なのはにもすずかにも抗う気力など既になかった。

 

 

 

 

 

 

車に押し込められたアリサたちが連れてこられたのは、港からほど近い倉庫跡だった。

 

薄暗い上に薄汚い倉庫の中央付近で、アリサたち三人は物のように捨て置かれていた。足首はロープか何かで(くく)られ、腕も後ろ手に縛られていて、逃げることはおろか立ち上がることさえ難しい。

 

重機などを搬入出するのか、倉庫の出入り口となる扉は大人と比べてもなお大きい。その金属製の大扉は現在閉め切られていて、扉の近くにはリーダー格の男の仲間が立哨(りっしょう)している。男の仲間がいようがいまいが、どちらにせよ、子どもの力だけで扉を開くことはできそうにはなかった。

 

「わ、たしの……わたしのせい、だ……っ。わたしのせいで、徹が……っ、なのはとすずかまで巻き込んでっ……」

 

「アリサちゃんのせいじゃないよ。全部、悪いのはあの男の人たちなんだから」

 

「そうなの。それに……大丈夫だよ。これだけ大事(おおごと)にしてるんだもん。すぐに助けがくるはずだよ」

 

自分を責めるアリサを、すずかとなのはが慰める。二人は明るく振舞っていたが、暗い倉庫内であっても二人の顔が青ざめていることはわかっていたし、身体が震えていることもアリサは気づいてしまっていた。

 

空元気。虚勢。

 

そんなこと、すぐに気づいてしまっていた。

 

「…………っ」

 

涙を堪えるように唇を強く噛むアリサ。

 

そんなアリサたちに、近づく人影があった。

 

「よう、気分はどうだよ、お嬢さん」

 

「っ、おかげさまで最低の気分よ。くずども」

 

「……はっは」

 

口汚く罵るアリサに、男は黒く渇いた笑いを発した。アリサの綺麗に整えられた髪を無遠慮に引っ掴み、床に転がすように腕を振る。

 

「いっ……たぁ……」

 

「元気みてぇでよかった、よっ!」

 

「ぐぶっ……っは……ぁっ」

 

転がしたアリサの腹を、男は躊躇なく蹴った。

 

後ろ手に縛られている以上腹を抑えることもできずに、アリサは身体を丸めてくぐもった声をもらした。

 

「やめてっ、やめてくださいっ!」

 

「アリサちゃんっ!?大丈夫?!」

 

「げほっ、こほっ……」

 

「安心しろよ。軽ーく小突いただけだからよ」

 

軽く、といっても、力も、体格も、性別も、年齢も、何もかも差がありすぎる。男にとっては軽い蹴りでも、アリサにとっては目に涙を滲ませるほどだった。

 

苦しそうに咳き込みながら、それでもアリサは男を睨みつけた。

 

「ごほっ……。あ、あんたたちが、欲しかったのは、っ……バニングスの娘だけでしょ。わたしだけ、でしょ。……二人は、解放しなさいよ」

 

「あ、アリサちゃん?!」

 

「な、なに言ってるのっ!そんなのっ……」

 

「友達想いだなぁー、アリサお嬢様は!」

 

言い募ろうとするなのはとすずかを黙らせるように、大仰な身振り手振りで男が割って入る。馬鹿にした様子を隠そうともしていなかった。

 

「でもダメなんだよなぁー。逃して助けを呼ばれても面倒だし、なにより……」

 

男は、拘束されてへたり込んでいるすずかとなのは、倒れて苦しそうに咳き込むアリサを、品定めするように眺め回す。下卑た笑みを浮かべて、言う。

 

「金になりそうな商品を手放すのはもったいねえからなあ?」

 

「っ?!この下衆……そんなパイプ、あんたみたいな下っ端が持っているとは思えないわね。そんな違法なルート、この日本にそうそうあるわけ……」

 

「そうだなぁ、そんなパイプ俺は持ってねぇし、まず日本じゃ大っぴらに動けねぇな。だからまずは、組織の本部に移してから、裏に流す。ま、幹部連中への上納っつう形になるか」

 

「組織……本部?流す、って……もしかして……」

 

「お嬢様は相当お賢いらしいじゃねぇか。もう察したんじゃねぇか?組織の本部は海の向こうだ。もう言っちまっていいか。どうせもう日本には帰ってこれねぇんだから。俺たちは『(フウ)』って組織の(もん)だ。これから先、日本で動くための足掛かりを作りにきたんだよ」

 

「『フウ』?『足掛かり』?な、なにを言って……。身代金狙いじゃ……」

 

「そんな目先のはした金いらねぇんだよ。ゆくゆくは、俺たちはこの国を頂く。裏から牛耳るのさ。そのために日本で動きやすくするには、日本国内での隠れ蓑……後ろ盾がいる」

 

「後ろ、盾……」

 

「手始めに、てめえんとこの会社を頂く。現トップは今起こってるトラブルを理由に退陣させて、後任には社内にすでに潜入しているうちの構成員を選任させる。総会では大株主に金ばら撒いてりゃどうにかなる。さっきのトラックの運転手みたいに弱み握って脅したっていい」

 

「な、によ、それ……そんなの、できるわけ……」

 

顔を青ざめさせて、呆然とした意識の中でアリサは男の言い分を否定する。否定しようとする。だがアリサの口調には、あまりにも力が込められていなかった。

 

男たちが立てていた計画、それが途中まで成功していることに気づいてしまった。

 

『弱みを握って、脅す』

 

脅す材料、弱みの部分が自分であることを自覚してしまっていた。

 

「俺たちの計画はなぁ、もっと壮大で、もっと盛大なんだよ」

 

リーダー格の男の表情が、不気味に歪む。悪意に満ち満ちた、凶悪な笑みだった。

 

「……そんなの、成功するわけ、ない……っ」

 

今まで浴びたことのない強烈な悪意に当てられて目元に涙を浮かべるなのはとすずかを庇うように、アリサは男の前に出た。

 

言うことをなかなか聞いてくれない足を引きずりながら、怖気づきそうになる心を叱咤して、アリサは悪意と対峙する。

 

「そんな馬鹿げた計画……うまくいくわけない。……きっと、きっとすぐに、警察が……」

 

「ああ、警察ならあてにしないほうがいいぞ。トラックが派手に店に突っ込んだんだ。テロの可能性も含めて警察は捜査するだろう。誘拐されたことなんざ、まだ誰も知らねぇよ」

 

「そ、んな……」

 

「防犯カメラを確認してお嬢ちゃんらが(さら)われた事に気づいた時には、お嬢ちゃんらはもう日本にはいねぇ」

 

残念だったな、と嫌悪しか感じられない醜い表情を作って絶望させるよう、言い放つ。それはまるで、アリサたちの心を折ろうとするかのように。

 

「それ、でも……徹、なら……」

 

血の気を失せさせ、声を掠れさせてもなお、アリサは言葉を絞り出す。何か言い返していないと、本当に終わってしまう気がしていた。

 

アリサはもう、背中にいる二人の存在すら意識から外れていた。

 

「トオル?トオルってのは、一緒にいたヤクザみてぇな人相の悪いゴロツキか?」

 

「……わたしの、執事、よ」

 

男は一瞬、ぽかんと口を開けて、嘲笑した。心の底からアリサを虚仮(こけ)にするような不快な笑い声だった。

 

「はっは!ぶふぁっ!あれが助けに来るって?無理だろ!お嬢ちゃんも見ただろうが、トラックに潰されるところをよぉ!」

 

「っ……」

 

理解はしていたはずだった。トラックと建物の間で挟まれたのだ。普通の人間なら即死している。運命の悪戯があって奇跡的に生き延びていたとしても、まともに動けるべくもない。

 

目を逸らした現実を直視させられたアリサの喉が狭まる。視界が(すぼ)んでいく。

 

眉根を寄せて泣きそうになるアリサを見下ろして、男は愉悦を隠そうともしない。

 

「あのゴロツキにはずいぶん苦労させられたもんだぜ。一週間くらい前も、お嬢ちゃんの会社でトラブルを引き起こしていつもくっついてるじじいを引き剥がしたってのに、あのゴロツキが邪魔してくれやがったせいで失敗しちまった。予定していたプランではあの日に決行する手筈だったんだ。いや、それで言えばひと月前もそうだったな。もうちょいだったのにガキが出しゃばってくれやがったせいでご破算になった」

 

肩を震わせて瞳を潤ませるアリサに、男は黄ばんだ歯を剥いて不気味に口角を上げる。

 

「だが今日ばかりは助かったぜ。脅して使ったトラックの運転手がお嬢ちゃんらも巻き込む形で突っ込んじまったからな。危うく物理的に俺の首が飛ぶところだったぜ。かっはっは。あのゴロツキも、俺たちのために命懸けで役に立ってくれたもんだよなぁ!」

 

「っ!このくそ野郎!」

 

「おっと、危ねぇな」

 

「ごふっ……げほっ」

 

手を縛られながらも立ち上がり、男に飛びかかろうとしたアリサだが、あまりにも分が悪すぎた。

 

腹を蹴られ、容易く仰向けに倒される。

 

痛みと不快さ、情けなさに苛まれても、アリサは懸命に男を睨みつけていた。

 

「いきなり何調子づいてんだ?身の程を弁えろよ。こっちとしちゃ、生きてりゃそれでいいんだからな」

 

「げふっ……ごふっ、ごほっ……。そっち、こそ……弁えなさいよ!徹は、わたしたちを助けてくれたんだから!」

 

「……あ?」

 

眉間に皺を寄せて、ドスをきかせた声で男に怒気をぶつけられても、アリサは恐怖を押し殺して続ける。

 

黙っていたほうが都合がいいことはわかっていた。反論しても相手の神経を逆撫でして、余計に状況が悪くなることも、その聡い頭で計算できていた。

 

それでも、アリサは言い返さずにはいられなかった。

 

口を(つぐ)んでなど、いられなかった。

 

「徹一人なら、あれくらいどうとでもできたのよ!目の前にトラックがきても、逃げることはできた!わたしたちを守ることを優先したから避けられなかったってだけなんだから!」

 

「はっ、何を言いだすかと思えば……馬鹿じゃねぇの?あの速度で正面から突っ込んできたトラックを避けられるわけねぇだろ」

 

「馬鹿はあんたらでしょうが!穴だらけの計画で実行しようとしてたんだから!ふっ、そういう意味ではあんたらみたいなくずで無能の犯罪者どもは助かったわね!徹のおかげであんたらのリードを握ってるご主人様から叱られずにすんだんだもの!」

 

恐怖を隠すために大声を張り上げていたが、感情が昂りすぎた。舌が回ってしまい、思っていたことをすべてリーダー格の男に叩きつけてしまった。

 

「このッ……生意気なクソガキがぁッ!」

 

誘拐してきた子どもに怒涛の勢いで馬鹿にされ続けても耐えられるほど、男の気は長くなかった。

 

血管が浮き出るほど顔を怒りで赤くして、唾を吐き散らしながらアリサの首を掴んだ。力任せに床に押し倒す。

 

「うっぐ……ごふっ、げほっ……」

 

「アリサちゃんっ!」

 

「やめてくださいっ、お願いしますっ……」

 

「人が優しくしてやりゃつけ上がりやがって!」

 

息苦しさと背中の痛み、どうなるかわからない恐怖で涙目になりながら、それでも気持ちでは負けないと示すようにありさは強気に出る。

 

苦悶に歪みそうな顔を、強固な意志でもって無理矢理笑みに(かたど)る。

 

「ぐぅっ……ふっ、くくっ。いいの?少なくとも今は生かしておかなきゃ、っ、いけないんでしょ?」

 

「ッ……このガキッ」

 

男は眉間の皺を深くさせた。がりっ、と音が鳴るほどに強く歯軋りしていた。

 

それらは、アリサを肯定しているのと同義だった。

 

男はアリサの細い首を掴んではいたが、力は込められていない。骨を折るほどでも、気道を圧迫させるほどでもない。ただ床に倒して押しつけているだけだった。

 

「どうするの?ふっ……このまま、首を絞めるの?げほ……あんたのご主人様に、ごほ……怒られちゃうんじゃない?」

 

取り巻きの手下にもそれ以上は、などと諌められた男は、怒りと悔しさに目を血走らせてアリサを睨みつけた。

 

仰向けに倒され、それでもまっすぐ睨み返すアリサを見下ろして、沸騰するような激情のまま男は拳を振り上げる。

 

「ッ……。……っは」

 

だが男は何かを思いついたように、下品に低俗に、にやりと口を開いた。振り上げた拳も下ろして、アリサの首にかけていた手も離す。

 

「ふふ……っ、けほ、ごほっ……。どうしたの?こほっ、こほっ……やめちゃうんだ?」

 

心を折ることを諦めたのだと思ったアリサは、苦しげに咳をしつつも勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

今の状況が変わるまでは自分たちの身の安全は確保されると確信したアリサは余裕の表情を見せたが、男の一言で顔色が一変する。

 

「ちょうどいい。おい、カメラ持ってこい」

 

近くにいた手下に、そう命令した。

 

アリサの頬が引きつる。

 

「……は?な、なに、を……」

 

先までの余裕はすでにない。顔は青ざめ、声は震えていた。

 

男はアリサの様子の変化を、悪趣味に卑しく眺める。

 

満足げに口の端を吊り上げた。アリサにはこの男が、悪魔よりも悪魔らしく見えた。

 

「はっは、どこにでも需要ってのはあるもんだ」

 

部下からカメラを受け取った男は、狼狽(うろた)えるアリサに、愉快げに説明する。

 

「てめぇみてぇなちんちくりんのクソガキでも興奮できる……いんや、ガキでしか興奮できねぇような捻じ曲がった性癖の変態どももいるっつうことだ」

 

「ゃ……ぃやっ」

 

「気の強ぇガキのストリップは売れそうだなぁ?」

 

「やだ……っ」

 

「脅しの映像作りと兼ねて、売り飛ばす時のプロモーションビデオにしてやるよ」

 

「いや……いやよっ!あんたみたいなクズに触られるなんて、死んだほうがマシよ!」

 

「はっは!そうだ、その調子で抵抗してくれよ。そうじゃねぇと盛り上がらねぇからよ」

 

背筋に虫が這ったような、強烈な不快感と嫌悪感。そしてなにより、目の前の醜悪で愚劣な男への怖気。

 

「いや……」

 

もう。

 

「いやよっ」

 

もう、アリサには。

 

「やだっ、やだやだやだぁっ!」

 

取り繕うだけの余裕も、意志を保つための虚栄心も、なにもなかった。

 

カメラを構えて近づいてくる男から、アリサはうつ伏せになって土や砂埃で汚い床をまるで芋虫のように()(つくば)って必死に距離を取ろうとする。だが、床に倒され、後ろ手に縛られ、足も拘束されている状態では、満足に逃げることもできなかった。

 

「ほーらほーら、早く逃げないと捕まっちまうぞー!」

 

「やだっ、やだぁっ!」

 

恥も外聞もなくぽろぽろと涙をあふれさせながら逃げるが、当然逃げられるべくもない。

 

足を掴まれ、引っ張られる。

 

身を守るように(うずくま)るアリサの首襟を掴み、仰向けにひっくり返した。

 

「つーかまーえた。あーあ、顔面どろっどろだなぁ、おい。さっきの強気はどこいったんだぁ、おい!」

 

「やっ、やめてっ!助けてぇっ!」

 

カメラを持ちながら男はアリサの服に手を掛ける。

 

「おーおー、上等なもん着てんなぁ。きっと俺らとはまったく違ういい暮らししてんだろうなぁ!だからあんだけ大人を馬鹿にした態度ができたんだろうなぁ!」

 

アリサの胸ぐらを掴む男の手に力が入る。

 

腕が引かれるその前に、小さな影が男を止めた。

 

「もうやめてよっ!アリサちゃんにひどいことしないでっ!」

 

不安定な体勢から立ち上がり、倒れこむようになのはが男に身体ごとぶつかっていた。

 

「ごめんなさいっ!わたしたちが悪かったんです!もう静かに、おとなしくしていますからっ……これ以上はやめてくださいっ!」

 

すずかはアリサに覆いかぶさるようにして庇った。

 

「こんな礼儀知らずの友だちのために頑張っちゃって……泣けるねぇ。でもだめだ」

 

そんな友人思いで健気な行動も、男にとっては遊びを盛り上げるための一興にしかならなかった。

 

「おい、こいつら押さえとけ」

 

男は手下に命じる。

 

周りにいた手下たちは、なのはとすずかの腕を掴んで引き剥がした。

 

「ちょっと、離してっ……アリサちゃんっ、アリサちゃんっ!」

 

「ぐすっ、っ……お願い、しますっ……。もう、やめて……っ」

 

「くははっ!よく見てろよ!調子乗って大人を馬鹿にしたらなぁっ!お前たちもこうなるんだぞ!はっはっは!」

 

引き離されたなのはとすずかの泣き顔に、男は気を良くしたように高笑いした。

 

「ゃだ……っ、だれかっ……」

 

「ほーら、逃げろ逃げろ!頑張って抵抗しろよ!」

 

後退(あとずさ)りして離れようとするアリサの足を乱暴に引き寄せる。床で引き摺られてアリサの服はめくれ、健康的なふとももや白い腹がむき出しになった。

 

「はっは……盛り上がってくんなー、これは……」

 

生唾を呑んだ男は、収納されていたハンディカメラのバンドを取り出し、頭に装着した。小さなカメラは、顔の横あたり、目線の位置に固定されていた。

 

「これで臨場感のある画が撮れる、ってな。ほーら、行くぞー」

 

「ひっ!……や、やっ……」

 

アリサの服に両手をかけ、男は野蛮に服を破った。

 

「きゃああっ!やだっ、やだあっ!」

 

「かっ、下着まで高級品なのかよ。俺みてぇなのでも知ってるブランドだ。誰に見せるつもりでつけてんだ、この色ガキ」

 

大口で大声で、粗野に笑い声をあげる。男の目には優越感による悦楽が色濃く浮き出ていた。

 

「あれだけいきがってたガキが、ちょっと剥かれただけでぼろ泣きしてんじゃねぇか。なっさけねぇなぁ!ほれ、次は下だ。景気よく泣き喚け!」

 

「やだあっ!たすけ、てっ……たすけてよぉっ。だれかっ、徹っ……」

 

「あっははっ!びゃーはっは!死人に助け求めんなよ!」

 

男の無骨な手がアリサのプリーツスカートに触れる。力任せに剥ぎ取られる。

 

その、寸前のことだった。

 

「ん?なんの音だぁ?」

 

まるで大砲が着弾したかのような振動と音が、遠雷のように響いた。

 

それは一度では収まらない。繰り返し、繰り返し、轟いた。

 

その鳴動は、巨大な生物が歩み寄るが如くゆっくりと、しかし明確に、地面を揺らしながら倉庫に近づいてくる。

 

そして、その時は訪れた。

 

倉庫の出入り口となっている金属製の大きな扉。丈夫なはずのそれに亀裂が入った。

 

巨獣が鋭い爪を振るったかのようなその裂け目から、光の線が倉庫内に差し込まれる。

 

「な、なにが……」

 

誰が呟いたのかはわからない。だが、その場にいる全員が、似たようなセリフを同じように意識せず漏らしていたのかもしれない。それほどまでに、理解に(かた)い光景だった。

 

倉庫内にいる人間全員が呆然としている中、再び、腹の底から震わせるような大音響とともに、倉庫内が鳴動する。金属製の扉の裂け目が広がり、外から入る太陽光が薄暗かった倉庫を照らす。(まばゆ)い光の中には、一つの人影。

 

「ごめんな……待たせた」

 

「う、うそ……うそよ。だって、わたしのせいで……っ」

 

「ど、どう、やって……」

 

「はぁ……ま、まったくもう!おそいの!」

 

目の前の光景が信じられないアリサに、何がどうなっているのかわからずただ呆然としているすずか、震える声で強がるなのは。光の先を見つめながら、三者三様の反応をしていた。

 

高級感が漂っていたスーツはところどころが破れ、至るところが汚れ、砂と埃と血に(まみ)れていた。

 

だが、確かに、そこにいた。

 

逢坂徹が、そこにいた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。