そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「オペレートを開始します」

「おはよう、徹。昨日の一件は後から詳しく問い(ただ)すとして、朝から運転手付きの高級車で校門前まで乗り付けるとは目立つことをするものだな」

 

「制服も新品みたいに綺麗で糊が効いてぱりっとしてるし、胸ポケットにはいつものボールペンじゃなくて万年筆が差してあるし、アリサちゃんとすごく距離感が近くなってたし、なんなの?あんたとうとうアリサちゃんのヒモになったの?」

 

「なんて言い方をしやがる。昨日はお嬢さ……アリサが心配で泊まったから、登校ついでに一緒に送ってもらっただけだ。制服と万年筆については知らん。朝起きたら鮫島さんに着替えを渡されたんだ。万年筆はいつの間にか入ってた」

 

「む……徹、首のあたりが赤くなっているぞ」

 

「え、まじで?なんだろ、虫にでも刺されたのかもな」

 

「…………」

 

「どうしたよ、忍。いきなり黙りこくって」

 

「……いいえ、別に。徹、あんたコロンかなにか振ってるの?いつもと匂いが違うんだけど」

 

「は?俺が?やるわけねえだろ」

 

「そう、そう……よね。あんたがやるわけないわよね。はぁ、なるほど……」

 

「なんだよ、はっきりしねえな」

 

「いいのよ、たぶん問題はあんたじゃないから。…………小学生とは思えない手ね……誰かの入れ知恵なのかしら……」

 

何かに気付いたような顔をしていたが、忍は途中で顔を背けてぼそぼそと口ごもった。悪い意味で素直な忍にしては珍しい。

 

かと思えば、目つきを幾分鋭いものにしてばっとこちらに向き直った。

 

「今それは置いとくとして!すずかから聞いたわ。……あの子が動転してただけなのかもしれないけど、なんかトラックと衝突したとかって。……本当なの?」

 

「どすん、とな。あれは本気で死ぬかと思った」

 

「ニュースでは大型トラックだったはずだが……」

 

「なんであんた平気な顔して学校来てんのよ。あ、もしかして例のアレ?」

 

そういうと忍は、指先で杖を振るようなジェスチャーをする。世界的に有名な魔法ファンタジー映画を思い浮かべているのだろう。

 

「ぶつかった時は躊躇(ためら)っちまって使ってなかったんだ。傷を治した時は使ったけど」

 

「徹、最近道場のお師匠さんに似てきているぞ」

 

「や、やめろよ、俺まだ人間だぜ……。あ、そういや忍『後片付け』手伝ってくれたらしいな。さんきゅ」

 

「私は裏でちょこちょこっと手を回しただけで、だいたいノエルがやってくれたから礼はそっちにね。ただ、やってくれたノエルが『あの一帯だけ紛争地帯のようでした』って言ってたんだけど、どういうことよ」

 

「ちょっと頭に血が上っちまったんだよ。反省はしてる。次はもっとうまくやる」

 

「それは反省とは別物だろう」

 

「アリサにも言われたから手加減したんだ。()っちまわなかっただけましだろ。ていうかあんな奴らのことはどうだっていいんだよ。それより、なのはとすずかの様子はどうだった?大丈夫だったのか?」

 

被害者の一人であり、中心人物でもあったアリサは深刻なレベルでトラウマになりかけていた。

 

昨日は夜中に弱音を吐いて縋りつくアリサを甘やかに慰めているうちに眠りに就いた。何か力になれたのかわからなかったが、俺が目を覚ました頃にはもうアリサはいつもの調子を取り戻していた。強がりでもなく、演技でもない。俺としてもそれを狙っていたし、願っていたが、まさか本当に一夜で乗り越えられるとは思わなかった。俺よりも先に起きて、にこにこ笑顔で俺の寝顔を眺めるくらいの余裕まであったほどだ。

 

アリサが復調できたのはよかったが、しかし、昨日怖い思いをしたのはアリサだけではない。

 

なのはもすずかも、暗い倉庫で大きな男たちに囲まれたのだ。恐怖を感じていて当然だろう。

 

「なのはか?なのはは……平気そう、だったな。徹がばったばったと悪い奴らを倒していたとテンション高めに話していた」

 

「すずかもそうね。徹の怪我には驚いて、心配してたみたいだけど」

 

「そう、なのか……。不安だったんだけど、大丈夫そうなんだな……安心した」

 

胸の(つか)えが下りた気分だ。

 

なのはとすずかも同じ場にいたが、話を聞くところによると二人を庇うようにアリサが毅然として男たちの前に出たらしい。

 

アリサは、みんなを危ない目に合わせたと自分を責めていたが、そんなことはない。

 

二人を、守っていたのだ。アリサの勇気ある行動が、なのはとすずかの身を守り、心も守ったのだ。

 

「徹が迎えに行ったから、というのも大きいのだろうな」

 

「……は?俺?」

 

「徹が来るまでどうなるか不安で怖かったでしょうけど、徹が来てからは一方的だったんでしょ?きっと怖かった記憶より、助けに来てくれたっていう安心感のイメージの方が強くなったんでしょうね」

 

「俺、間に合ってなかったのにな……」

 

妹煩悩なこいつらが言うのだから、そういう節もあるのだろう。なのはとすずかが心身ともに無事だったのは、アリサの活躍だけでなく俺も関われているのだとしたら、少し気持ちが軽くなる。

 

「間に合ってるでしょうが。助けに行けたんだから。なんであんたは妙なところで責任感が強いのかしらね。普段は過ぎるくらいに適当なのに」

 

「連絡してくれれば加勢に行ったのだがな」

 

「……はっは、恭也が得物持って助太刀に来たら、本気であいつらの命がねえよ」

 

「む……。徹よりかは加減を利かせられる自信はあるが」

 

「うっせ」

 

「あ、綾ちゃんやっと校門くぐった。もうすぐで先生来るのにあの子間に合うのかしら」

 

などと終始締まらない空気の中、昨日の一件の顛末を恭也と忍に話しているうちに、校舎に朝のチャイムが鳴り響く。

 

鷹島さんが遅刻しそうになっていた朝のホームルームを終え、一時間目の授業が始まる。一時間目は、国語だった。テスト明けの授業となれば、やることは一つ。

 

「……なんてこった……」

 

国語。

 

読めば解けるし、計算式まで書かなければいけない数学と違って答えだけを書けばいいのでわりと好きな科目なのだが。

 

「あと……一問っ……」

 

赤点回避まで、点数はわずかにあと一歩足りていなかった。

 

 

 

 

 

 

昼休み。

 

机を突き合わせて弁当をぱくつく。普段なら適当な話を雑多にしているところだが、午前中の授業で答案用紙が返却されたとなれば、自然と話題はそちらに流れる。

 

「で、やっぱり点数足りてなかったのね」

 

「ちがう……足りなかったのは点数じゃなくて時間だ。あと……あと五秒あれば……」

 

「問題用紙を受け取って一分弱でそこまで書けたのも相当おかしいがな」

 

「でも赤点は赤点だもの。これで晴れて、一人で土曜日に補習決定ね!」

 

「なんでお前はそんなに楽しそうなんだ!そうだ……あいつらは!あのあほ二人は……っ!」

 

「そういえば、お昼休みに入ってからすぐ教室出ちゃったわね……窓から」

 

「食堂に行ったのだろう。そのわりには弁当も持ってきているようだが」

 

「真希と薫なら、すぐ戻ってくると思いますよ」

 

鷹島さんがお弁当を入れている巾着を両手でちょこんと持ちながら俺たちの机までやってきた。

 

俺や恭也が迎えるよりも先に反応したのは忍だった。

 

「綾ちゃんっ!ほら、こっち、私の隣においでなさい!……ちょっと徹、詰めなさいよ」

 

「扱いの落差」

 

「す、すいません……お邪魔します」

 

鷹島さんが肩を縮めながら忍の隣の席に腰掛けた。可愛らしい柄の巾着から可愛らしいサイズのお弁当箱を取り出し、可愛らしく机に置く。

 

「今食堂で先着二十名限定ランチ、というのをやってるらしくて、それを食べに急いで行ったんです。それが終わればこっちでゆっくりお昼ご飯食べるって言ってましたよ」

 

「ランチ食ってから弁当食うって、なんかもうわけわかんねえな……」

 

「限定ランチ……心惹かれるわね」

 

「だが摂取したエネルギーはすべて部活動に費やされてしまうのだがな」

 

「ん?呼んだかな?」

 

「……参上」

 

話題に上していた例のあほ二人、長谷部と太刀峰がいつのまにか教室に戻ってきていた。

 

食べ盛りの男子高校生ですら胃もたれをおこしそうなボリュームの弁当箱を持参している。隣でついばむようにご飯を食べている鷹島さんとの対比は、もはや悪い冗談のようだ。

 

弁当箱を置いた時の重低音に頬をひくつかせながら、二人に向く。

 

「もう帰ってきたのかよ、早いな。限定ランチは食えなかったのか?」

 

「なんのためにわざわざ窓から降りてると思っているのさ」

 

「抜かりは、ない……。ぎりぎり滑り込みセーフ……食べれた……」

 

「お前らめんどくさがってわりといつも窓から降りてるし、お前らよりも早い奴らがあと十八人もいることに驚きだし、ていうかその上まだ食うのかよ!」

 

「ありがとう、徹。言いたかったことはそれで全部だ」

 

恭也が頷きながら、席を立つ。二人のために場所を空けた。

 

「ありがとう、高町くん。それで?」

 

「それで、ってなんだよ」

 

「なにか……話してた、んじゃ、ないの?」

 

「ああ、そうだった。お前ら、テストの結果はどうだったんだよ」

 

「んぐっ?!」

 

「けほっ……」

 

とてもわかりやすい反応だった。

 

実に素直な二人のリアクションに恭也は苦笑い、忍はじとっと問い詰めるような視線だった。鷹島さんは、箸を止めて目を伏せていた。

 

「は、はは、人に聞くのなら、まずは自分の結果から伝えるべきじゃないかな?!」

 

「んっ、んっ……その通り」

 

珍しくまともな返しをしてきた。反論できない。道理である。

 

「……今のところ平均点は……」

 

「平均、じゃなくて……赤点の、数」

 

「ちっ」

 

お茶を濁そうとしたが失敗した。

 

「……一つだ。初っ端の国語を落とした」

 

「ぶふっ、やっぱり回避できなかったんだね。くふっ」

 

「……笑ってんじゃねえよ」

 

「ふ、あんなに、余裕……みたいに言ってた、のに……ざまあ」

 

「お前だけは悪意を隠そうとしないな!」

 

「さっきからあと一問、あと五秒あればって言い訳ばっかりなのよ」

 

「言い訳じゃねえよ事実だ!」

 

「……え、一問?」

 

「ちょっと……話が、見えない……」

 

「あと一問ぶん、点数が足りなかったそうだ。時間がなかった中でよく頑張ったほうだと思うがな」

 

恭也が補足して説明すると、あれほど軽快に回っていた二人の舌が鈍った。これは、なにかある。

 

「俺は言ったぞ。お前らはどうだったんだ?おお?」

 

「え、えっと」

 

「……平均点、は……」

 

「お前が言ったことそのまま返してやるよ。赤点の数、だ」

 

「平均点も赤点に近いけど」

 

「予想を飛び越えてんじゃねえよ」

 

「……ねえ、二人とも。私の家でやった勉強会の意味は?」

 

「ち、ちがうんだ忍さん!一科目だけとんでもなく悪くて、それのせいなんだ!」

 

「わ、わたしも、そう……ほかの科目は、クラス平均くらいはある、から……」

 

「…………」

 

「ああっ、怒らないで!怒らないでください!」

 

「努力は、努力はしました……っ」

 

テスト期間中もその前も、あほ二人の面倒を見ていた忍は、なんかもう無念とか悔しいとか、複雑な感情で頭の中がごちゃごちゃしているようだ。ぷるぷるしているところを見るに、だいぶおこだ。

 

「あ、あの、忍さん……」

 

「止めないで、綾ちゃん。私は怒ってないわ。ただ、私には二人を叱る権利と義務が……」

 

「私も、なんです……」

 

ぴしっ、と。瞬間冷凍されたように忍は動作を停止(フリーズ)した。

 

とどめを刺すように、鷹島さんは繰り返す。

 

「私も……赤点なんです」

 

「ううぅぅ……」

 

頭痛を耐えるように目を固く(つぶ)って、忍がしばし(うな)って、長い髪を翻しながらばっと頭を上げる。

 

「わ、わかったわ……わかった、わかりました。まずは原因の究明よ!どの科目で赤点を取ったの?次の補習テストで取り返すわよ!」

 

俺が赤点だったと聞いた時には全く見せなかった気合いである。

 

「僕は英語が……」

 

「えっ、あんなに単語の暗記がんばってたのに!?」

 

「そう、なんだ……忘れちゃいけないと思って、忘れる前にまっさきに単語の解答欄を埋めたんだ。それらは全部正解していたよ」

 

「ほかの部分もたくさん勉強したのに、なんで赤点に……」

 

「……名前を書くのを、忘れたんだ……」

 

「テスト勉強がどうのって話じゃないわよ……」

 

忍は頭を抱えてうなだれた。

 

「薫ちゃんは……どうして……どの教科を落としたの?」

 

だいぶ体力は削られているようだが、どうにか次の課題に、太刀峰に移った。

 

「……数学、を」

 

「っ、どうしてっ……」

 

机からぎぎぎ、と不吉な音がした。忍が机の端を固く握り締めていたからだ。

 

「一番理解が進んで、私も驚いたくらいだったのにっ……」

 

落ち込む忍を見て罪悪感が湧いてきたのか、太刀峰は珍しくしょぼんと肩を落としながら。

 

「時間は、ぎりぎりだった。けど、問題は……全部、解いた……」

 

「それはすごいじゃないか、太刀峰さん。数学は出題数が多く、俺も最後まで解ききれなかったぞ」

 

恭也が素直に褒めていた。

 

俺はというと、答案用紙に計算式を書かなきゃ点数をもらえないという制約によって、問題を解くことよりも式を書くことのほうにこそ辟易(へきえき)していたのだが、これは黙っておこう。

 

運動ならともかく、勉強関連で褒められることがないからか、太刀峰は少し照れくさそうに頬を緩めた。

 

「で、でも、それなら余計にわからないわよ!薫ちゃんはどっかの徹と違ってちゃんと丁寧に式も書くのに!」

 

「実名を出すな。減点されちまうようになってんだから俺もちゃんと式書いてるんだぞ」

 

「答えが間違ってても途中まで式があっていれば部分点はもらえるはずなのにっ!」

 

俺の文句は聞こえていないらしい。

 

「……最後の問題……解いた時、気づいた……。解答欄、いっこずつずれてた……」

 

「はぁんっ」

 

とうとう忍が机に突っ伏した。それだけ点数が取れると自信があった科目だったのだろう。

 

自信があったからこそ、二人とも気合が入りすぎてしまって、かえって空回ってしまったのだ。

 

「名前の書き忘れとか解答欄一個ずらしとか、なにべたなことやってんだよお前ら。ここまで完璧に鉄板ネタ抑えられたら逆に笑えねえよ」

 

「こっちは受け狙いでやってるわけじゃないんだ!」

 

「ここまで、っ、身は切らない……っ」

 

「はぁ……。えっと、それで綾ちゃんは?どの教科?」

 

「……ぶ、です……」

 

か細い、とてもか細い声だった。

 

「さっき出た教科、ぜんぶ、です……」

 

「つ、つまり……真希ちゃんの英語と薫ちゃんの数学……」

 

「……と、逢坂くんの国語もです……」

 

長く、長く瞑目し、忍は目を開いた。とても華やかな笑顔で。

 

「出題の仕方が悪いのよ」

 

「お前、とうとうそこまできたか。そこに文句をつけるのか」

 

「だって!綾ちゃん勉強会の時しっかりできてたもん!私見てたもん!こんなの絶対おかしいもん!」

 

「もんって……お前」

 

「忍、気持ちはわからんでもないが、一度落ち着け」

 

「すぅ、はぁ……そ、そうね、恭也。ふぅ……ごめんなさい、取り乱したわ。なにか理由があったのよね、綾ちゃん?」

 

「二人みたいに大きなミスもなく、最初から最後まで一生懸命やって……この結果です……」

 

「なーんーでーっ!」

 

「キャラ崩壊しすぎだぞ、お前」

 

「机を揺らすんじゃない。弁当箱が落ちてしまう」

 

「だって!」

 

「でも本当に不思議だよな。勉強会の時、忍と交代で俺も見てたけど、ちゃんと解説して進めていったら解けてたのに」

 

そうなのだ。勉強会では、こっちが驚くほどの吸収力で解き進めていたのだ。

 

だというのに、この結果はあまりにも不可解である。なにか原因があるはずだ。

 

「……鷹島さん、答案用紙見せてもらっていい?」

 

「は……はい。はずかしいですけど……」

 

情けないのか申し訳ないのか、本人の言う通り恥ずかしいのか、とぼとぼと自分の席に向かって、プリントを三枚持って戻ってきた。

 

「これです……」

 

三枚を広げて全体的に確認する。丸の数よりもチェックをつけられている数のほうが多いのはお察しだ。

 

「んー……ん、ん?」

 

「なに?徹、なにかわかったの?」

 

「鷹島さんはあれだ。慌てすぎだ」

 

「あわてすぎ、ですか?」

 

ぱっと目を通してみたところ、解答欄は出題数の多かった数学以外は埋めることができている。ただ、ところどころ間違えているというパターンが多い。数学では公式を使う箇所を勘違いしていたのか代入する数字を間違えていたり。英語では焦っていたのか英単語の綴りを書き違えていたり。国語では冷静さを欠いていたのか文章問題を読み間違えていたり漢字の覚え違いしていたり、と。

 

つまりは。

 

「慌てて書いているせいか、簡単な間違いが目立つ。ケアレスミスだな」

 

「ケアレスミス……」

 

「あ……テスト勉強の中身ばっかりで、そっちについて教えてなかった、私……」

 

忍が悔しげに呟いていた。テストを受ける心構えやら見直しなどまで、責任を引き受けることはないだろうに。

 

「鷹島さん、気負わなくたっていいんだよ。勉強教えてもらったからって、プレッシャー感じる必要ないんだ。長谷部、太刀峰、お前らもだ。今はまだ付け焼き刃でも着実に実力がつき始めてんだから、このテストは通過点くらいの気持ちでどっしり構えてりゃいいんだよ」

 

「逢坂くん……ありがとうございますっ」

 

「補習テストの前に、今回やった勉強をもう一回一通りやればいい。三人とも落ち着いて受ければ、問題はないから」

 

「あはは、たまにいいこと言うよね、逢坂は」

 

「ちょっと、かっこよかった。……ちょっとだけ」

 

「三人とも、問題の答えがわからなくて赤点とってるわけじゃないしな」

 

「いいこと言ってる風になってるけど、あんただって赤点で補習なんだからね」

 

「どっしり構えすぎてどこかの誰かのように当日遅刻しないようにな」

 

「今言わなくていいことをなんで今言うんだお前らは!」

 

 

 

 

 

 

「よし、十分休憩」

 

「ぜはーっ……あー、しんど……」

 

ここ数日、放課後には長谷部や太刀峰とバスケをしたり、鷹島さんと勉強したり、翠屋にヘルプに行ったりして過ごしていた俺は、今日はアースラへと赴いていた。多忙なクロノの予定が少しばかり空いたというので、戦闘訓練に付き合ってもらっていたのだ。

 

体力だけには自信のある俺がへばるほどの過酷が過ぎるメニューをあらかた消化した、そんな頃だった。

 

「……む」

 

「ん?なんだよ、クロノ。なんかあったのか?」

 

「任務が急に入った。すまんが……」

 

「ああ、ブリッジに行くぞ」

 

「別に徹までくる必要はないが……」

 

訓練室から早足でブリッジへ。

 

いつもは職務中でも落ち着いた雰囲気のブリッジが、今は慌ただしく騒々しかった。

 

クロノがオペレーターの一人と話している最中、辺りを見渡してみたが、こういう時にびしっと指示を出す人の姿が見えない。しかも、喧騒の中にあっても自然と耳に届くような透き通る声も聞こえない。

 

「リンディさんとエイミィがいないのか」

 

「ああ。艦長は溜まっている有休の消化、エイミィは所用で外している」

 

「そんじゃ今日、俺の訓練に付き合ってる場合じゃねえじゃん……」

 

「今日予定されていた任務は一つで、その任務はレイジ・ウィルキンソンが担当している。問題はない。なかったはずだった」

 

「だった、ってなんだ怖いな」

 

「制圧任務だったんだが、想定していたよりも敵勢力の規模が大きく、抵抗が激しかったんだ。いくら優秀な隊員たちといえど、数の力にはどうにも押される。そこで応援を送った」

 

「なら大丈夫そうだな」

 

「……のだが」

 

「のだがっ」

 

「応援を送ってから緊急の任務が入ってしまったようだ。非番の隊員も駆り出している状況だ。(じき)に僕も出撃する」

 

「そうか……。まあ大変だろうけど、クロノが出るなら緊急の仕事は大丈夫か。非番の隊員さんたちとレイジさんが合流すれば、多少抵抗されようと制圧するのは時間の問題だな」

 

「……のだが」

 

「またのだがっ」

 

「オペレーター業務が逼迫(ひっぱく)している」

 

「ん……たしかになんかばたばたしてる……よな。いつもはもっとスマートに回ってんのに」

 

「エイミィの抜けた穴は大きかった。そこに予定外の任務が急に舞い込んできたのも慌てている原因だ。人の数が足りていない。つまり……」

 

「つまり?」

 

「オペレーターを頼む」

 

「いやいやいや!待って待って!会話が何個か飛んでないか?!研修もしないでぶっつけ本番はきついって!」

 

「勉強はしただろう」

 

「え?ああ……。嘱託魔導師試験の学科の勉強の時に出てきてたけど……」

 

「それを思い出せば回せるはずだ。こういう事態も起こり得ると思って、試験勉強の中にオペレーター試験の教本も混ぜておいたんだ。役に立ったな」

 

「ああそうだな、おかげで嘱託試験ではまったく役に立たなかったよ!」

 

「では頼んだ。席はエイミィの場所を使え。徹の担当はウィルキンソンの隊にしておく。まだやりやすいだろう」

 

言い残して、俺の返事も聞かずにクロノは颯爽と出撃してしまった。

 

忙しくて時間が切迫していたのだろうけれど、もう少し手解(てほど)きがあってもいいのではと思ってしまう。この投げやりな感じも信頼の裏返しと呼べるのだろうか。

 

重圧と緊張をひしひしと感じながら、エイミィの席につく。ヘッドセットを装着し、手元とモニターを確認する。

 

クロノの言った通り、知識だけなら既に頭に入っているのだ。あとは実戦で掴んでいくほかない。

 

「……まったくわかんねえ」

 

とかなんとか意気込んだのはいいが、わかるわけないのである。仕事のおおまかな流れを教本で学んだといっても、実際の現場や設備の扱いかたまでは学んでいない。

 

お手上げだ。

 

「仕方ない……やるか」

 

魔力をじわっと滲み出して機器に浸透させる。正当で真っ当な使用方法は知らないが、グレーでアングラなやり方ならたくさん知っているのだ。まったく褒められたことではない。

 

「これでモニターに映し出して……これで、味方の場所を示して……あ、これはグリッドの表示か、使っとこ。えっと……これが、通信っと」

 

デスクに配置されているモニターパネルや電子的なフラットキーボードからではなく、システム側から直接的にコマンドを実行させていく。

 

通信はできるようになったが送られてくる情報はなかなか混沌(こんとん)錯綜(さくそう)としていた。

 

どこから敵の増援がきたとか、あっちから待ち伏せにあったとか、こっちから集中砲火を浴びている、など。情報には纏まりがなく、連携もうまく取れていなかった。まだ隊員全員が無事なのは、ひとえに個人の能力の高さゆえだ。

 

「任務の途中、失礼します。急ですが、逢坂徹がオペレーターを担当します。よろしくお願いします」

 

『え、逢坂くん?な、なぜオペレーターに……』

 

「ピンチヒッターです。それより情報が錯綜しているようなので、一度まとめます」

 

俺が、うまく作戦を組み立てる必要はない。それは俺の管轄じゃない。俺はただ、乱れて(もつ)れた情報の糸を、一度(ほど)いて()り合わせればいいだけ。必要な情報を必要な隊員に伝えて、普段の力を発揮してもらえればそれでいい。現場での作戦はレイジさんを筆頭とした隊長職の方々が立てるのだから。

 

「入手した情報、敵の位置、怪しい建物……なんでもいいです。報告お願いします」

 

『それだと隊員からの話を隊長が取り纏めるまで時間がかかりますが……』

 

「いえ、直接こちらに報告してください。現場に手間は取らせません。こっちで取りまとめて、改めてそちらに伝達します」

 

『……わかりました。みんなへそう伝えます』

 

戸惑うような沈黙があったが、レイジさんは了承してくれた。

 

その返答の後は、まさに怒涛の勢いで通信が押し寄せた。

 

といっても、それらは電話のように耳から入ってくるものではなく、念話のように頭に直接届く形式だ。おかげで報告の数は多いが同時に聞き取れるし、処理もできる。

 

前の任務で隊を率いて、密度の高い念話の送受信で作戦行動していた時の経験が活きた。

 

「報告ありがとうございました。……把握しました」

 

衛星写真のような上空から見下ろす地図と、点みたいなアイコンで表示された味方。現場から送られてくる映像。上げられた雑多な情報。敵の数と位置。おおよその能力。建物の高さ。遮蔽物。構造。

 

それら断片的な情報を繋ぎ合わせ、全体像を頭の中で築き上げる。実際にその場に立っているような感覚までこみ上げてきた。

 

「オペレートを開始します。まずは……」

 

相手は数にものを言わせて、ずいぶん好き勝手はしゃいでくれたようだ。そろそろ、頭を冷やしてもらおう。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったな、徹」

 

「おお、そっちもおつかれ」

 

「初のオペレーター業務は、どうやらうまくできたらしいな」

 

「いきなり放り込まれて焦ったけどな?ともあれ、大きなミスはしなかったみたいだから安心したけど」

 

「ミスなんてとんでもない。普通のオペレートとは多少毛色が異なりましたが、徹さんのオペレートはとても動きやすかったですよ」

 

「お疲れ様です、レイジさん。役に立てたんならよかったです」

 

エイミィの席で戻ってきたクロノと喋っていると、帰還したレイジさんがやってきた。服は若干埃っぽくなってしまっているが、怪我はなさそうでなによりだ。

 

「正直、驚きました。徹さんの指示通りに動いたら、ちょうど敵部隊の背面をつけたので。他の隊員たちも安全に進めたようです。これでオペレーターをやるのが初めてとはとても思えませんでしたよ。ありがとうございます」

 

「いえいえ、安全迅速に案内するのがオペレーターの役割ですから。相手がちゃんと頭を使って陣を敷いていたので、かえって動きが読みやすかっただけです」

 

「相手の考えを読んで指示を出す……それはオペレーターの仕事ではないな」

 

「隊員全員から話を聞くと言った時には耳を疑ったものですけど」

 

「現場の人間の声が一番重要な情報ですから。その場にいる人にしか感じ取れない気配や空気、違和感ってありますし」

 

「相変わらず徹はセオリーやマニュアルから外れようとするな」

 

「そのセオリーやマニュアルを教えてくれなかったのはクロノじゃねえか」

 

「教えたじゃないか、座学で」

 

「教本じゃねえか!実地は勝手が違いすぎるんだよ!」

 

「ふふ。お二人は本当に仲が良いですね。それでは私は報告書を仕上げてきますので、これで失礼しますね」

 

「お疲れ様です」

 

「ご苦労だった。しっかり休息を取るよう、みんなにも伝えておいてくれ」

 

「はい、了解しました。……徹さん」

 

「はい?」

 

ブリッジを出ようとしたレイジさんが振り返って、俺を呼ぶ。仕事中に見せるものとはまた違う、優しく柔らかな表情だった。

 

「前の任務では弟と妹がお世話になりました。遅くなってしまいましたが、その時の礼を、と」

 

ありがとうございました。

 

そう言って、頭を下げて、レイジさんはブリッジを出た。

 

「ウィルキンソンの兄妹と部隊が同じだったらしいな、そういえば」

 

「おう。どっちも個性的でいい子たちだったぞ。……あれもクロノが仕組んだりしてたのか?」

 

「人聞きの悪い言い方をするな。それは偶然だった。『陸』の不真面目な連中には、外部の者を煙たがって一つの部隊に纏めるという悪習がある。だから、まあ固まるかもしれないな、という予想はしていた」

 

「あたりはつけていた、ってとこか」

 

「そんなところだな。そうだ、今回の仕事の報酬についてを話そうと思っていたんだった」

 

「え、出るの?俺はロハのつもりだったんだけど」

 

「仕事をした以上、対価があるのは当然だ。オペレーター業務は有資格者だと特別手当がつくんだが、徹は持っていないからな。手近にいた嘱託魔導師に急遽依頼した、という形で色を付けるが、大した額は出ないだろう」

 

「そういう資格もあんのか……暇があったら取ろうかな。まあなんであれ、ちょっとでも給料もらえるんなら充分ありがたいけど。ところでそのお金って、俺んとこの世界の通貨に替えれんの?お金もらってもこっちの世界で両替できなかったら使い(みち)が限られるんだけど」

 

「前にも少しだけ話をしたが、管理外といっても最低限の繋がりはある。第九十七管理外世界の……どこといったか、ややこしく長い名称の国が……」

 

「イギリスか?」

 

「そんなに短くはなかったはずだ」

 

「ああ、正称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国だ」

 

「そう、その国だ。……なぜイギリスと略しているんだ。頭文字を取っているわけでもなさそうだが」

 

「違う言語の読みかたから訛ったんだと。昔、違う国から日本に渡ってきた人がイギリスのことをイングレスとかって呼んでて、それが時代の流れに揉まれて、ちょっと変わりはしたけど今も日本で使われてる」

 

「ほう。調べる手間が省けて助かる」

 

「検索エンジン代わりに使ってんじゃねえ」

 

他にも長い国名でいうとリビアもなかなかのものだったが、その国はもう改名して短くなっている。長い名前の国なら、いまやイギリスが一位である。

 

まあ、管理局が何かしら繋がりを持つ支部を置くのだとすれば、歴史があって国力もある国を選ぶだろうという推測もあったが。

 

「そのイギリスという国に支部があるので、そこを通して給与を振り込むことになる」

 

「そんなら、そこからさらに日本円に替えるのか。面倒というか……手間だな」

 

「その窓口がなければ受け取ることもできないんだ。まだましだろう」

 

「そりゃそうだけど……。前はフェイトやアリシアのことで後回しにしたけど、なんで管理外の世界に管理局の支部、っていうか窓口があるんだ?」

 

「この世界出身の魔導師がいるからだ。その魔導師の役職が高かったため、あと管理外世界の情報なども収集するために窓口が設けられた」

 

「俺やなのは以外にも、この世界に魔導師がいたんだな。しかし、魔導師……魔法使いみたいな組織でどうやって活動してるんだ?」

 

「支部といっても、大っぴらに時空管理局の支部であると看板を出しているわけではない。公的にはNGOという立場を取って、色々動き回っていると話を聞いたことがある」

 

「……わーお、なんだか見ちゃいけない世界の裏側をちょっと覗いちゃった気分だぜ……」

 

「実際、NGOという名目通りの活動はしているらしいぞ。第九十七管理外世界各地に人員を派遣して、現地の環境改善のついでに管理外世界の調査をしているそうだ」

 

「……創立時の目的とか存在理由がちょっとあれでも、困っている人の役に立っているんならいいのか。俺もその支部があるおかげで給料もらうことができるんだし、支部が設置される原因になった魔導師には感謝しないとな。さて、そろそろ帰るわ。晩飯作らないと」

 

「これから食事も作るのか、大変だな。今日は助かった、ご苦労」

 

「訓練に付き合ってもらってる代価にしちゃ安いもんだ。そんじゃ、お疲れ」

 

「あ、徹。一つ言い忘れていた」

 

後ろ手に手を振って帰ろうとした俺を、クロノが呼び止めた。

 

なんだ、と振り返れば、クロノはデスクのモニターに視線をやっていた。

 

「以前話した任務の日取りが決まった。あの小動物にも伝えておいてくれ」

 

「以前話してたって言うと……無限書庫の任務か!」

 

「ああ。相変わらずあそこは人手に乏しいらしい。日程はこちらに丸投げしてきた」

 

「そうか!よし、これでまた一歩進めるかもな」

 

「やらなければいけない事の多さを考えると、一歩どころか半歩になるかどうかだがな。精々励むといい」

 

「おお、頑張ってやるよ。クロノ、任務の仲介ありがとな」

 

「……構わん。それほどの手間でもない。さっさと帰れ」

 

「はっは、照れんなよ。じゃあな」

 

そっぽを向いたクロノに手を振って、俺はブリッジを後にした。


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