そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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無限書庫内とその近辺の詳しい描写を見つけられなかったので、そのあたりは映像とのすり合わせと妄想で書いています。ご了承ください。




「魔窟」

「ユーノは入ったことあんの?無限書庫」

 

「噂には聞いたことありますよ。実際に入ったことはありませんけど」

 

「ユーノもないのか。……ん?噂に聞くって?」

 

「ええ。蔵書数がとんでもない、と。入ったことのある知人は『魔窟』って言ってました」

 

「『()法に関する本の巣()』って意味なら俺は大歓迎なんだけど」

 

「僕もそうであることを祈ってます。……けど、いろいろ暗い噂も流れていることを考えると、なかなかハードになりそうですねー」

 

「……今から行くんだぜ、ホラーはやめよう」

 

「わわっ、兄さんが聞いたんじゃないですか!」

 

黄土色の頭をわしゃわしゃして都市伝説の怖い話みたいな流れを断ち切る。

 

補習テストの一週間後。土曜日。

 

俺はユーノを引き連れて時空管理局管轄の超巨大図書館、その名も無限書庫に足を運んでいた。遊びに、ではもちろんなく(一応は)お仕事である。

 

「今日はついてきてくれてありがとな。さすがに一人じゃ限界あるし、助かるわ」

 

「僕も一度行ってみたいと思っていたので、ちょうどよかったです!」

 

俺一人での調査は大変そうだし、なにより一人ではちょっと寂しい。調査の専門家たるユーノなら戦力にも話し相手にもなってくれると思い誘ってみたら、二つ返事で了承してくれた。実にありがたい。専門家といっても、ユーノは遺跡関連だが。

 

「管理局もさ、本やら文献やら集めるんならちゃんと管理しとけよな」

 

「各地で発見されたものは無限書庫一点に集約されますから管理しきれるわけないんですよね」

 

「いろいろ間違ってるよな。一番最初の、本を集め始めるその時からちゃんとジャンル別に分類してればこうはならなかったってのに」

 

「そんなこと言ったってしょうがないですよ。もうなっちゃってるんですもん」

 

「魔窟に?」

 

「魔窟に」

 

「やだー」

 

「事前に管理局のデータベースには目を通したんですよね?」

 

「そりゃまずは楽なほうから手をつけるって」

 

「手抜き宣言ですか」

 

「手抜きじゃねえよ、省エネだ」

 

「便利な言葉ですね!」

 

「解釈は自由だからな!」

 

当初は管理局のデータベースにアクセスして調べようとしていたのだ。というよりもすでに調べたのだが、一般に知られている範囲くらいしか情報が置かれていなかったのだ。

 

いくつか踏み入った情報もあるにはあったが、虚実混交というか、どこか人の手が加えられている節があった。隠しておきたい歴史や利権関係でもあるのか、単に著者の主観や思い込みが紛れ込んでしまったのか、いまひとつ信用ならない。

 

真っ当で客観的な情報が残されているとすれば、ありとあらゆる書籍が集積されている無限書庫くらいのもの。ということで、クロノの伝手を頼って任務という形にしてもらって実際に赴いたわけだ。

 

公私混同もいいところだが、ちゃんとお仕事をこなしていればとやかく文句を言われることもないだろう。

 

調査の時の心構えとか、遺跡発掘での経験談とかを、やけに楽しそうにしているユーノから聞きながらしばし歩いて、到着した。

 

「そこまで言うほど、でかくは……ないよな」

 

目的地、無限書庫である。

 

毎年数人の遭難者を出すとの触れ込みだったので、さぞかし巨大な施設なのだろうとイメージを膨らませていたが、ある意味拍子抜けだ。

 

大きいことには大きいが、しかし都内のショッピングモールの敷地ほどだろうか。高さもおそらく五階も六階もないだろう。いくら書物が寄贈され続けているからという理由があるにしても、この敷地面積で全てを管理できていないというのは、さすがに書庫の責任者や司書の怠慢ではないだろうか。

 

「入ればわかりますよ、兄さん」

 

ユーノに促されて書庫内へ。

 

施設内に入るとすぐに受付があった。受付の人に本の整理に来た嘱託の者ですと名乗ると、待合室に通された。担当者を呼ぶとのことだ。

 

しばらくユーノと雑談していると、担当者さんが現れた。軽く挨拶と自己紹介を済ませて仕事場へと案内してもらうが、行けども行けども上階への階段が見つからない。どことなく不安になってくる。先を歩いて案内してくれている人が自己紹介の時に『司書』とは言わずに『担当者』って言っていたのも、今となっては怖くなってくる。

 

一歩進むごとにいや増していく漠然とした違和感を抱えながら奥へと向かい、大きな扉に行き当たった。結局階段は見当たらなかった。

 

担当の方が扉を開く。

 

扉の先の光景は、息を呑み、言葉を失うほどだった。

 

絶句する俺を、ユーノが肘で小突く。

 

「こういうことなんです。上ではなく、かといって横でもなく、延々と下に伸びているんです」

 

「うっわ……まじか」

 

「蔵書数は、増えることはあっても減ることはありません。いずれ置くところがなくなります。そういった時、その都度掘り進んで広げていける地下のほうが都合がいいんでしょうね」

 

「そうはいっても……限度ってもんがあんだろうに」

 

円筒形を縦に配して、その内側の面にぐるりと本を収納している、と表現するほかにない。あまりに規模が常識とずれていて、どう表せばいいのか正解がわからない。

 

円筒の直径は少なくとも数十メートルはありそうだ。百はない、と信じたい。

 

高さと呼ぶべきか深さと呼ぶべきか判断つかないが、なによりも特筆すべきは、下を覗き込んでも底が見えないことだ。あまりの途方のなさに胃袋の下あたりがひゅっとなる。

 

この円筒形の本棚(と呼称するには多大なる違和感を伴う)が、おそらくはあといくつか設けられているのだろう。ショッピングモールほどの敷地に、この円筒本棚一つでは遊びが多すぎる。

 

仕事量を推測すると、なかなか頭も心も身体もついてきてくれない。頭が計算を放棄してしまう。

 

この本棚一つでも尋常ではない数を収納できるだろうに、一つあたりがこの規模で、これがいくつか存在するとして、しかもこれでも足りずにさらに下へ下へと増改築を続けているのならば、これはもう管理などしていられない。すべてを綺麗に区分けしてデータベース化するなんて、大量の人員を投入しても数年がかりの国家事業になる。

 

「ここまでくると、本棚に並べてるだけでもよく頑張ったなと言いたくなる……」

 

「たしか僕たちは、無限書庫に新しく入ってきた本を確認して、タイトルと、どこに並べたかを記録していく……んですよね、たしか」

 

案内役を務めている担当者さんから、道中に軽く仕事内容は説明されていた。

 

眼下に広がる仕事量を考えると、やり方を間違ったまま進めると笑えない状況に陥る。その前に、やり方をきっちり教えてもらっておかなければ。

 

「管理のシステムはどういったふうに?」

 

「データベースに保管場所とタイトルを登録しているんだ。一つ一つ行うのは手間ではあるけれど、読みたいと思った時に保管場所がわからなければ意味がないからね」

 

俺の質問の意図と若干食い違っている。書物のジャンルの分類法を伺いたかったのだが。

 

まあ、これだけの冊数だとジャンルごとに分けるなどという作業には到底手は届かないか。

 

「ここって移動とかどうしてるんですか?螺旋階段みたいな感じかなと思ったらそうでもないみたいですし」

 

「兄さん、ここ浮きますよ!」

 

「まじか!」

 

ユーノがおよそ一メートルほど浮いた状態で逆さまになっていた。

 

なぜここだけ、と思ったが、ほぼ確実に必要に迫られた結果だろう。本は束になると非常に重たくなる。これだけの量が集まっていれば、比例して重量も相当なものになるはずだ。本棚の一番下など重力で圧し潰されてしまう。

 

無重力状態になっているというのは移動と保管の両面において都合がいいのだろう。

 

とりあえずユーノの頭を掴んで勢いよく回してみた。

 

「わあぁぁあぁっ!」

 

「うおっ!反動で俺も回る!おもしろいな!」

 

「回るんなら兄さん一人で回ってくださいよ!おかげで朝ごはんが出るとこでしたよ!」

 

ぐるんぐるんと三〜四回ほど回転したところで飛行魔法でも使ったのだろう。滑らかな動きで今回はちゃんと足を下にして静止した。

 

俺は俺でいつものように足場用の障壁を展開して身体が流れるのを止めた。

 

「二人とも器用で安心したよ。慣れるまで時間のかかる人もいるからね。さ、移動に困らないのなら、さっそく向かおうか」

 

そう言って、担当者さんは欄干に手をかけ、身を乗り出した。

 

投身自殺の光景を眺めているような、ぞっとする光景だが、一拍ほどふわりと浮いて下降していった。

 

俺とユーノも、それに続いて円筒形の本棚の底面を目指して降りる。

 

一番底まではまだまだあるのか、担当者さんの降下速度はかなりのものだった。視界の端っこを通り過ぎていく無数の本を見るに見ず、担当者さんがぼやく。

 

「本の内容まですべてデータバンクに移せればそれが一番いいんだけど、管理ですら手が回らない現状では……とても、ね」

 

「まあ、そうですよね。電子データ化の前に、今あるものを把握するほうが先決ですね……」

 

無限書庫に入る前に、なんで管理局なのに本を管理できてないんだとかなんとかユーノと話していたので、少々後ろめたい。

 

「ああ、そうだ。読めないものについては別で管理しているから、わけて置いといてくれればいいよ」

 

乾いた笑いをもらす担当者さんが、説明に付け足した。

 

「読めないもの?」

 

首を(かし)げる。

 

腐食や虫食い、汚れなんかがあるのだろうか。

 

ともあれ、俺とユーノは作業場へと向かう。

 

 

 

 

 

 

「こんなもん、目的を果たすどころじゃねえよ……」

 

この無限書庫内に重力がなくて本当に良かったと痛感している。移動や運搬も疲れずに済む。その前段階の調査・検分をすること自体に多大なる労力がかかるけれど。

 

「サーチャーで()は増やせても手は二本しかないもんなー……」

 

作業開始から三十分ほどが経過した。

 

どうにか作業を効率よくしようといろいろ工夫はしているが、どうにも速度が上がらない。このままでは仕事のほうで手一杯になってしまい、俺個人の目的を果たせない。

 

「ユーノ、調子はどう……お前、なにやってんの?」

 

「はい?」

 

ユーノは空中に浮遊して作業していた。そこまでは俺も同じようなものだが決定的に違う部分がある。

 

「それだよ、それ。周りで勝手に浮いてページめくりまくってる本。なんなのそれ」

 

ユーノの近くで浮かび上がった本が、淡い緑色を灯しながらページをめくり続けていた。ユーノの魔力色が現れているので、なんらかの魔法を使っていることは明らかである。

 

「ああ、これですか。僕の一族ではよく使われている検索魔法です。調べ物をする時には便利なんですよ」

 

「本当に便利そうじゃん。ああ、でも……一族の伝統の魔法じゃ教えてもらうわけにもいかないか」

 

「いいですよ?」

 

「いいんかい!」

 

「似たような魔法はありますからね。ぜひ兄さんにも使ってもらって改良してもらえると嬉しいです!」

 

「教えてくれるのはありがたいけど……改良っていうより俺でも使えるように手を加えてるだけだからな。ユーノにとって使いやすくなるかはわかんねえぞ?」

 

「大丈夫です!いいところを抽出して僕なりに取り込みますから!」

 

「おおう、そうか……」

 

つまり俺を利用すると公言しているようなものだが、とてもきらきらとした笑顔で言われると文句も継げない。ずいぶん(したた)かになったものだ。似てほしくないところばかり俺に似てきている。

 

苦笑しつつ、浮いている本の一つに手を伸ばす。

 

「あれ、普通に教えますよ?」

 

「一応仕事中だからな、手間取らせたくないんだよ」

 

「そこまで手間でもないでしょうに……あ、もう始めてる」

 

「んー……ほー、おーっ、はーっ!これは便利な魔法だ!」

 

「初めて触れる魔法に順応するの早すぎますよ……」

 

魔法の種類としては補助。概要としては、本などを行使者が意図・指定した空間に維持・固定してページをめくるのと同時に内容を念話と同じような感覚で頭に送る、といったもの。

 

ハッキングで覗いてみた感想としては、すっごい便利そう。

 

いちいち手でページをめくる必要もなく、そもそも手で本を持つ必要もない。一冊一冊にサーチャーを配置するよりも魔力を抑えられる。慣れ次第だが、五冊十冊どころではなく、もっと数を増やせるかもしれない。

 

そしてなにより。

 

「これ、教科書読む時にも使えるな……」

 

「兄さんの世界では、ばれたら大変なんですからね。兄さんの魔力だと反応を捕捉できないでしょうけど」

 

今日の任務でも大変重宝するが、プライベートでも役に立ちそうだ。学校の教科書もそうだが、クロノから渡される魔導師関連の教科書でも使えそう。

 

「これならもっと効率上がりそうだな。まずはちゃんと仕事をこなしておかないと、自分の目的に手をつけらんねえ。あらかた片付けとかないと」

 

「古代ベルカの文献ですよね。担当者の人に頼めば見せてくれそうですけど」

 

「信頼を勝ち取っておきたいんだ。変に疑われたくない」

 

「そう、ですか……。まあ、今日中に終わるとは思えませんけど……」

 

頬を引きつらせながら苦み走った顔で、ユーノがとある方向に目を向ける。そこには、雑多に集めて固められた無数の本たち。

 

俺たちから見えている部分などごくごく一部でしかない。氷山の一角なんてもんじゃない。本が置かれている場所の深さも奥行きもわからない。なんなら終わる目処もまるでつかない。唯一分かることといえば、とりあえず手をつけなければ始まらないし終わらないということだけだ。

 

「見るな、ユーノ。手を動かせ。先を考えたら、心が折れる」

 

「……はぁ」

 

ため息を一つついて、再び本が浮かび上がる。さきほどまでユーノの周りで衛星のように浮遊していた本の数が、これで十冊を超えた。

 

「このあたりは遺跡の発掘作業と同じですね……先が見えない」

 

「はっは、なに言ってんだユーノ。こっちは遺跡と違って増え続けるんだぞ?」

 

「兄さんは元気付けようとしてるのか心を折ろうとしているのかどっちなんですか!?」

 

 

 

 

 

 

ユーノから教えてもらった検索魔法は、明確に処理速度を引き上げた。手でページをめくっていた時と比べて五倍十倍なんてものではない。

 

だが、それ以前の問題が発生していた。

 

「この施設が、なんで『図書館』じゃなくて『書庫』って呼ばれてるのか、やっとわかったぜ……」

 

「あ、それ僕も気になってました。なんででしょう?」

 

「本を詰め込むだけの場所だから、書庫なんだ」

 

本の管理の方法が、ないのだ。

 

一応データバンク上に、本のタイトル、どこにしまっているかくらいは入力する。逆に言ってしまえば、入力するのはそれだけなのだ。ジャンルまでは記載しない。

 

そもそも、ジャンルの分類法も導入されていない。基本となる枠組みがなければ、そりゃもう仕分けのしようもないだろう。

 

「本のジャンルを細かく分類して、後から検索した時にすぐに見つけられるように管理してるのが『図書館』だからな」

 

「ああ、なるほど……そう言われると違いがわかりやすいですね。イメージとしても、個人で本を保管してるのが『書庫』で、もっと規模は大きくジャンルは細かく管理しているのが『図書館』って感じがします」

 

「本当のところがどうかはわからんが、たぶんこの無限書庫は、元からあった書庫を増築しまくった成れの果てなんだろうな。最初からこんな規模になるってわかってたら、もう少し管理の仕方を考えただろうに」

 

「でも、どうしたらいいんですか?今のままの分け方だと結局のところ同じですよね?あとから探そうと思っても、本のタイトルを知ってないと探せませんし」

 

「……今からでも図書分類法を取り入れよう」

 

「図書分類……ですか?」

 

十進分類法という方法がある。

 

宗教や自然科学、芸術や地理などといったふうに、本の主題や内容に応じてまずは大きく十の分類に分ける。十種類のうちの一つに分類できたら、それをさらに十種類に細分類し、その工程をさらにもう一度繰り返す、というもの。

 

本を大量に収集すると、今度は目当ての本を探すことが難しくなる。管理する場所を明確にするために、必要な時にすぐに欲しいジャンルの書物を引っ張り出すために、図書館などで導入されている分類方法だ。

 

とはいえ、十掛ける十掛ける十という、千近くの細かな分類。空き番号もあるとはいえ、俺たちみたいな素人がやるにはハードルが高すぎる。

 

「これだけの数だ。俺とユーノの二人でなんて、土台からして無理がある。だから、大まかに十種類に分けよう。今から分けるジャンルを十種類決める」

 

「なら、これからはそのジャンルごとに本を置いていくってことですか」

 

「そうだ。本のタイトルをデータバンクに登録する時も、ジャンルごとのナンバーを入力しておいてくれ」

 

その大分類のセクションでさえ膨大な仕事量が追加されるけれど、せめてそのくらいの分類はしておかなければ後々探すことすらも困難になる。

 

それでは、意味がないのだ。

 

本は、あるだけでは意味がない。

 

今はまだ『書庫』でしかないこの施設を、せめて、探し始めたらその日のうちに読める程度の『図書館』にまで押し上げなければ、この施設の存在意義そのものが揺らぐ。

 

数多くの本の中から自分が欲した本を手に取る。

 

そんな当たり前のことができなければ。情報を、知識を、教養を、数多くの人に知ってもらうために書いた著者に申し訳が立たない。

 

「やっぱり、兄さんはこういうお仕事のほうが性に合ってますよ」

 

「なんだよ、俺の才能は本の仕分けってか」

 

「言葉の裏を読んでください」

 

教えてもらった検索魔法を早速俺好みに書き換えて作業を再開させていると、少し離れたところで同じように作業しているユーノが話しかけてきた。

 

「ユーノの言う『こういうお仕事』がどのくらいの範囲を指してんのかわかんねえよ」

 

「知識の探求、真理の探究ってお仕事です」

 

「なんか大層な話だな……」

 

「兄さんの能力的にも合ってると思うんです。情報処理能力、高いですから。実際にちょっと使い始めただけなのに僕よりも検索魔法の扱いが上手くなってますし」

 

「普段から機械や他人の魔法にハッキングしたり、拘束魔法を何本も出したり、障壁の位置や大きさや角度を土壇場で変えたり、リンカーコアに魔力で侵入したりしてるんだからな。最大出力とか適性じゃ勝ち目なんかねえけど、魔力の繊細なコントロールにゃ一家言(いっかげん)あるぜ」

 

俺を立てるような物言いだが、ユーノだって同時に十冊以上は余裕で、視える限り十五冊以上は同時に動かしている。効果の上限は術者本人の処理能力に依存するというこの検索魔法の性質上、マルチタスクは最低条件だ。そんな中で十五冊以上操作できるのだから、驕りこそすれ、謙遜する必要はまったくない。

 

ただ、こういった手合いの案件は、ユーノ以上に俺の独壇場というだけだ。

 

「遺跡の発掘作業で、兄さんみたいな人が一人いるとだいぶ違うんですけどね」

 

「結局ユーノの本職の勧誘かよ……。そっちに軸足移すつもりはねえからな」

 

「軸足の反対側の足なら踏み入れてくれるんですか?」

 

「俺がこんだけ手伝ってもらってんだ。ユーノの手伝いくらいならいくらでもやるっての。でも遺跡での作業とかまったく知識も持ってないど素人なんだ。役に立つとは思えねえよ」

 

「誰だって最初は素人なんですから当然ですよ。知らないことはその都度覚えていけばいいんです」

 

「なんかえらく評価高いなあ……。先に言っとくけど、今やってるこの図書分類法だって俺が考えたわけじゃないからな?俺の世界で使われてる図書分類法をまるまる流用してんの。俺の手柄じゃない」

 

「問題が発生した時、自身の中にある知識を使って無事に乗り越えるというのは、誰にでも簡単にできるわけではないんですよ。問題の解答に辿り着くまで時間がかかる人なんてたくさんいますし、諦めてしまう人までいます。その点、兄さんは慣れてますよね」

 

「……そうしないとやっていけなかっただけなんだけど」

 

臨機応変と言ってしまえば聞こえはいいが、結局はその場しのぎの付け焼き刃な技術なのだ。誤魔化しや目眩(めくらま)しにはなるが、本物には届かない。本物たちの舞台には、届かない。

 

そんな張りぼての技術なんて所詮、華やかに見えるだけの鍍金(めっき)だ。

 

「そうしてやっていけているのがすごいんですよ。どう言い繕っても、兄さんの魔法適性は優れているとは言えませんからね」

 

「うるせえわい」

 

周囲を球状に取り囲む本の向こう側から、くすくすと、笑いをかみ殺すようなユーノの声が聞こえた。

 

「でもこういうお仕事なら、頭脳労働的なお仕事なら、兄さんのスペックを最大限に発揮できます。戦いなんかよりも……ずっと」

 

「……ま、俺もこういう職業のほうが向いてるかもなーって思うこともあったりはするけどさ」

 

「能力もそうです。でもそれ以上に、兄さんの性質がこっち寄りなんですよ」

 

「性に合っている、とかって言ってたよな。それはどういう意味なんだよ。マルチタスクとかサーチャーとかとは別のニュアンスみたいだけど」

 

「未知への探究心や知識への好奇心、そして学問や学術的な遺産への敬意。その精神だけは、本人の意志に由来するものです。発掘作業のように教えれば身につくものではありません」

 

「はあ、なるほどな……よく見てるな」

 

「ちょっと前まではずっと一緒にいましたからね」

 

どことなく嬉しそうな声色だった。

 

ユーノ言う所の探究心。好奇心。敬意はわからないが、その二つは、たしかにあるのかもしれない。

 

本職で、ほかの作業員を何人も見てきたユーノがそう断言するのなら、俺はユーノがしてたような学者や研究員のような仕事のほうが向いているのかもしれない。

 

だとしても、俺は。

 

「そっちには進めないな」

 

「あはは、やっぱり振られちゃいましたか」

 

「やっぱりってなんだよ」

 

「なのはやクロノたちがいますからね。きっと魔導師としての道のほうがいいんだろうなあ、とは思ってました」

 

あはは、とユーノは笑う。その笑い声が、どこか寂しげに乾いて聞こえたのは、きっと気のせいや聞き間違いではないだろう。

 

「誘ってくれたのに悪いな」

 

「いいんです。べつに魔導師しながらでもできなくはないですからね」

 

「ぜんぜん諦めてなかった!」

 

「もちろんです。それこそ、たった一度や二度の勧誘で兄さんを引っ張り込めるなんて甘い算段は立ててませんよ。この数ヶ月で諦めの悪さも僕は学んだので!」

 

サーチャー越しの視界に、少し強張っているユーノの顔が視える。

 

諦めの悪さ。たしかに諦めている様子ではないが、だからといって落胆がないわけではないのだろう。

 

励ましたり慰めの言葉をかけるのは簡単だが、それで解決するわけではない。俺はそちらの道に本腰を入れることは、およそない。俺のことなので魔導師業から多少脱線することはあるかもしれないが、本格的に学者や研究者業に路線変更するつもりはないのだ。下手な慰めは、かえってユーノを傷つけることになりかねない。

 

「この話はまたいずれするとして……兄さんどこにいるんですか?」

 

「いずれまたするのか……」

 

「声は聞こえるんですけど、本ばっかりで兄さんの姿が見えないです」

 

ユーノは気落ちした姿を見せようとしていないのだから、俺はその意を汲むべきなのだろう。明るい口調で強がりを言っているのだから、俺はユーノの落ちた肩に気づかないほうがいいのだ。

 

「全方位を本で敷き詰めているみたいな状態だからな。本で埋め尽くされたこのあたりだと保護色みたいになって見えないかもな」

 

「本の置き場所はどうやって確認してるんですか?」

 

「サーチャー置いて確認してるぞ」

 

「結局サーチャー使ってるんですね」

 

「しょうがねえだろ、見えねえし」

 

「隙間がないほどってすごいですよね……。何冊並行してやってるんですか?」

 

「今で三十ちょっとくらい」

 

「……僕の知ってる限りでは初めてですね……。その数の半分でも続けてやってると疲れるんですけど……」

 

「これまでの経験が活きてるって実感するぜ」

 

「これまでの経験……前の任務の念話同時接続とかサーチャーばら撒きとかですか?」

 

「そうそれ」

 

サンドギアの街で部隊長(代理)をやったり、つい最近ではアースラでオペレーター(臨時)をやったりと。それ以外にも基本的に人間の限界に挑戦しないと生き抜けない場面が多かったためか、マルチタスクの技術も向上している。疲労感がないとはとても言えないが、かといって無理をしているという感じでもない。

 

瞬間的だけじゃない。以前に掲げた頭の回転数を中速域で持続させるという課題は果たされつつあった。

 

かすかな達成感と手応えを味わいつつ続けていたが、新たに手をつけた一つの本で作業が一時停止する。

 

「……またか」

 

「兄さんのとこにも出てきました?」

 

「ああ、ベルカの時代の本だ」

 

担当者さんが口にしていた読めない本(・・・・・)

 

その正体だ。

 

「古代ベルカ語……」

 

汚れや虫食い、経年劣化などで傷んで読めないというわけではなく、単純に言語が違うから、読めない本。

 

実際に手に取って、実際に自分の目で、じっくりと見つめる。

 

特殊な加工を施しているのか、専用の魔法技術でも存在するのか、装丁はほとんど傷んでいない。時代を感じさせる凝った細工が散りばめられている。表紙にも背表紙にもタイトルと思しき文字が書かれているが、ミッドチルダの言語とは趣が異なっていた。

 

一般の本は並列で検分・分類しながら、ベルカの時代の本を開く。

 

紙の素材からして現代のものとは手触りが違うが、腐食したりといった劣化も少ない。なんならいくつかあった保管状態の悪い近代の書物よりも綺麗に残っているほどである。

 

「やっぱり読めないか……ん?」

 

古代ベルカ語で記述された本。それは確実なのだが、どこか引っかかるような感覚があった。

 

その違和感を、未知の言語の中に探し出す。

 

そして、見つけた。

 

「右のページはベルカだけど……左はミッドチルダの言葉、なのか?」

 

現代の用法や綴りとは違うところも多かったせいですぐに気づけなかったが、左のページはミッドチルダの言語の面影が残っている。

 

日本語で言い換えれば、大和言葉のような印象だろうか。所々はなんとなく読める。しかし文章の意味を完全に汲み取ることは難しい。そんな感じ。

 

古いミッドチルダ語の翻訳からして難解だが、この本はもしかすると非常に有用な品物になるかもしれない。

 

違う二種類の言語が近い比率で収められている。これはつまり、ミッドとベルカ、どちらかの言語で構成された元の文章を、どちらかの言語で翻訳している可能性が高いということだ。

 

「これは、使えるんじゃ……ないのか?」

 

使える。古代ベルカ語を学ぶ教材として。

 

 


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