そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「本当にすいませんでした……」

 

「リニスさんにもいろいろ理由はあった……ということで流すよ。治療してくれたことと、これでとんとんだけどな」

 

 さっきまでの俺と立場が入れ替わったように、今はリニスさんがオレンジ色の光で拘束されていた。

 

両手首をオレンジの鎖で縛られ、胸部のすぐ下の辺りで腕と胴体部を鎖で巻かれているので、胸を強調するように見えてしまっている。

 

足首と大腿部も拘束されていて、下はタイツっぽくて生足ではないとはいえ、ちょっと……あられもない姿。

 

暴走状態にあったとはいえ、この光景は過激だ。

 

「徹、ごめんね。いつもはしっかりしてて、頼りになるんだけど……」

 

「あたしたちがもっとはやく帰ってればよかったよ。ちょ、ちょっと、見ちゃったし……」

 

「全員忘れようぜ……何もなかった。何もなかったんだ」

 

 フェイトとアルフが帰ってきて、それで騒動は治まるかと思ったが、そうは問屋が卸さない。

 

二人が慌てて止めようとしたが、動物的な本能なのかどうかはわからないが、リニスさんは興奮状態になって少々騒動が起きた。

 

リニスさんの体裁を考慮して言及は避けるが、結界まで展開して規模の小さめの魔法戦が行われて。

 

その結果がこれ、拘束されたリニスさん、というわけだ。

 

「リニス、もう落ち着いた?」

 

「はい、落ち着いたので解いてください。この格好では私の体面が……」

 

「もうないだろ」

 

「もうないね」

 

 リニスさんには悪いが、俺が抱いた最初のイメージはとうに崩れ去っている。

 

凛として穏やかで、お茶目なところがありながら綺麗で、加えて猫耳猫尻尾完備の年上系の優しい女性。

 

そんなもん、モテない男子高校生の幻想だったんだ。

 

「違うんです、聞いてください。この理想的な筋肉が」

 

「リニス? 黙ってようね? これ以上は沽券にかかわるよ」

 

 最初に期待してしまった分、落差がひどいなぁ。

 

 リニスさんは、やっとのことで拘束魔法をアルフに解いてもらい、そこから立とうとしたがフェイトに肩を押さえられ、流れるように正座へ移行した。

 

よく勉強されてますな。

 

反省するときは正座、日本の常識です。

 

「徹、悪いね。なんかリニスがさ……」

 

「いや、かなりの怪我をしてたところを治療してもらったんだ。今回の事は……その代金とでも思っとく」

 

 リニスさんに治してもらってなかったら、命も危なかったかもしれない。

 

内臓の損傷もあったかもしれないんだからな。

 

命と触診(意味深)とどっちがいいかと聞かれたら、当然命を取る。

 

触診の時も、生命の危機を感じたが。

 

草食動物の気持ちがわかった瞬間でした。

 

「その怪我だって、もとはと言えばあたしが」

 

「やめろって。あれは真剣勝負だったんだ。手加減されたら、そっちの方が許せねぇよ。死ぬまでぼこぼこにされるより、な」

 

 きっと、そうやって正面から殴り合ったからこそ、俺は今この場にいるんだろうし。

 

手を抜かれて勝ったって、そんなもん嬉しくねぇし……死にかけたけど。

 

「それより、アルフにも礼が言いたかったんだ。あのまま強がって助けを突っぱねてたら、俺やばかっただろうからな。ありがとう、いつか何らかの形で返すわ」

 

「はっは! いらないよ、そんなの。お互い勝手にやっただけだろう?」

 

 アルフは本当に気持ちのいいやつだな、さっぱりした性格というかなんというか。

 

「くくっ、そうか。ならまた今度、ここにお邪魔する機会があれば、なにか『勝手に』持ってくるわ」

 

「そうかい? 『勝手に』持ってくる分には、あたしは何も言えないからね。楽しみにしてるよ」

 

 フェイトのお説教はまだ続いていた。

 

淡々と言葉を並べられて、責められているリニスさんが見える。

 

日頃の行いにまで言及し始めたようだ。

 

「なぁ、アルフ。ジュエルシードを集める理由は、やっぱり教えてくれねぇのか?」

 

「……そうだね。最初と違う理由で、徹には教えられないね。教えたらきっと、徹は戦えなくなりそうだから」

 

 知り合って日は浅いが、アルフは俺の事を少なからず理解している。

 

そのアルフがそう言うんだから、相当な理由なんだろうな。

 

ジュエルシードを必死に集める理由、俺が戦えなくなるような理由。

 

大まかな答えは出ちまってるようなもんだがな。

 

「はぁ、人生ってなんとかなりそうで……なんともならねぇよなぁ」

 

「なんとかなる、じゃないよ。なんとかするんだ。手をこまねいてたら、本当になんともならないからね」

 

 格好いいなぁアルフは。

 

俺が女だったら二秒で落ちてるぜ。

 

 フェイトとリニスさんはまだ話してる。

 

引き出しの奥の方に、そういう雑誌があったとかなんとか。

 

フェイト……そういうのは見て見ぬふりするもんなんだぞ。

 

「そういえば、徹はなんでジュエルシードを集めてんのさ。とてもじゃないけど、でっかい野望とかを抱えてるようには見えないけど」

 

「俺は頼まれたんだよ。いや、違うな。俺は、頼まれたやつの保護者的な立場だから、一緒に手伝っているってとこか? お前らほどに、明確な目的を掲げているわけじゃないんだ」

 

 一応個人名は伏せておいた。

 

名前まで言っちまったら、本当にスパイみたいなもんだからな。

 

 俺の目的……なのはを守ることから始まったが、本当にこのままでいいのか?

 

なのはを守ること、これは当然大事だ。

 

もうなのはは、俺の妹も同然なんだから。

 

ユーノと約束したからその筋を通す、これも大事だ。

 

一人で必死に頑張っているユーノを助けたいという気持ちも、確かにあったんだから。

 

 なら……俺の気持ちは?

 

これまでの目的に、俺の意思は介在していたのか?

 

なのはを守るとか、ユーノとの約束とか、全部理由が俺という人間の外にある。

 

そうやって考えていくと、俺の目的が、信念がとても薄っぺらく……感じてしまった。

 

「保護者……フェイトが言っていた、同い年くらいの茶髪の子。あの子の保護者ってことかい? はは、なるほどね。やっぱり……あたしたちの理由を、言わないで正解だった」

 

 俺は黙ってアルフの言葉を待つ。

 

今から何を言おうとしているのか、大体の予想はついてしまっていた。

 

「徹がやろうとしていることは、立派だと思うよ。否定はしないし、できない。でもね、やっぱり、どうしても……徹の目的は軽いんだ。重心がふらついて周りの影響で、右に左にそれちまうんだよ。外側を取り繕った、形ばっかりの目的さ。とてもじゃないけど……信念とは呼べないよ」

 

 『誤解しないでくれよ? 馬鹿にするつもりはないんだ』と締めくくった。

 

 あぁ、薄々気付いてはいた。

 

 アルフ達はジュエルシードを集めるために、どんな事をもいとわない。

 

そんな覚悟があった。

 

ユーノは自分の責任を、何としてでも果たす。

 

そんな決心があった。

 

なのははフェイトと戦い、その戦いから何かを見つけたのだろう。

 

決意を決めたようだった。

 

 俺はそこまで……必死になれるようなものを見つけ出せていない。

 

俺の目的はいつだって、『俺』にはなくて、『周り』だったんだから。

 

自分のために必死になれない、そんな人生を今まで送ってきてたんだから。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「ごめんね、なんか偉そうなこと言っちゃって」

 

「いや、人から言われて気付くこともあるってのを知ったわ。ありがとうな、アルフ」

 

 時刻は午後五時半、随分と長居してしまったものだ。

 

「じゃあね、徹。また遊びに来ていいから」

 

「次来るときは、お土産持ってきてやるからな。期待してろ」

 

 フェイトは遊びに来てもいいと言ってくれたが、そう何回も来ちゃいけないと思うんだけどな。

 

それはそれ、これはこれ、と公私混同してなかったら……いいのか?

 

ジュエルシードが絡めばお互い、手を抜くようなことはしないしな。

 

細かいことはどうでもいいか。

 

「徹、本当にすいませんでした。迷惑をかけてしまって……」

 

「リニスさん……強く、生きてくれ」

 

 フェイトから散々絞られたのだろう、目に見えて元気がない。

 

あの後もいろいろ突っ込まれてたもんな、そっち系の雑誌の件から芋づる式に。

 

 最後にもう一度、ありがとうと言ってから帰宅の途についた。

 

 

 帰りの道中、スーパーに寄って晩飯の材料を買い、家へ帰るのだが……足が重い。

 

怪我の後遺症とかではなく、アルフに言われたことが原因だ。

 

目的、覚悟、決意、信念、言葉はなんだっていい。

 

大事なのは、その中身だ。

 

俺にはその中身の部分が、根本的に欠けてしまっていると指摘された。

 

自分でも思っていたことではあるが、やっぱり自分で思うのと人から言われるのとじゃあ、与えられるダメージが違うな。

 

 自慢になってしまうが、俺はこれまで、壁という壁にぶつかったことがなかった。

 

なんでも人より上手くできたし、勉強も人より時間がかからずにできていた。

 

運動でも一~二回見るだけで、もしくはやっただけで、なんでも上手くやれてきた。

 

 暗い話になってしまうが、俺には両親がいない。

 

そのせいかどうかは俺にも判断できないが、自分よりも身近な人の方を大事にするようになった。

 

両親が交通事故で死んで、命という名の灯火は存外、あっけなく消えてしまうことを知ってしまったから。

 

 ほんの些細な、運命の悪戯でもあれば、人の命は容易く散るのだ。

 

両親を失った時の、心が壊れそうになるくらいの苦しみを、もう二度と味わいたくなくて。

 

一人でもなんとかできる自分は二の次、三の次にして、親しい人たちを優先してしまうのかもしれない。

 

 俺の基本行動原理、それはきっと他人なんだ。

 

 ……はっ、くだらねぇな、なに悲劇の主人公気取ってんだろ、俺。

 

一昨日から色んなことが立て続けに起きてるから、気が滅入っちまってんのかね。

 

こんな不幸なんて、ありふれたもんなのにな。

 

ニュースでも見れば、新聞でも開けば、ネットでも巡れば山のように転がってる。

 

 はぁ……飯食って風呂入って気分リセットしよう。

 

もう家の目の前だ。

 

 俺の家は両親が遺してくれた、唯一形に残るものと言ってもいい。

 

写真とかを撮って残しておくような習慣もなくて、家族が揃って写ってる写真は、俺が生まれた時に取っただろう一枚だけだった。

 

両親の遺影に使う写真にも困ったほどである。

 

 遺してくれたものというと高校の学費もあったな。

 

前払いで全部払っておいてくれたようで今も学校には通えているが、それがなければすぐやめて働いていたことと思う。

 

姉ちゃんは実際、やめちまったしな、大学。

 

 気持ちは沈んだままだが、家のドアを開ける。

 

早く飯作らないと、姉ちゃん待ってるだろうし……姉ちゃん?

 

「おかえり徹、さあ話してもらおやないか。一から十まで、きっちりと」 

 

 ドアを開けると、我が愛しの姉、逢坂真守が玄関で仁王立ちして待っていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 俺、逢坂徹と姉、逢坂真守には、厳密にいえば血の繋がりがない。

 

両親が死んでから知ったが、お互い再婚だったそうだ。

 

大阪出身の父の連れ子が姉ちゃん。

 

元から海鳴市に住んでいた母の連れ子が俺。

 

父が海鳴市に移り住み、ここで知り合った母と再婚した、というのが概略。

 

大阪に住んでいたので、こちらに移ってからも姉は大阪弁で喋っている。

 

こちらに住んでからもう何年も経つのに……大阪弁の根強さたるやないな。

 

 血の繋がりがないとはいえ、俺は物心ついた時から姉ちゃんと一緒にいたので、普通の姉弟となんら遜色はないと思っている。

 

小学生の頃は一緒に風呂に入っていたし、中学生の頃はご飯食べさせ合っていたし、今でも時々一緒に寝るくらいに仲が良い。

 

血の繋がりと姉弟の親密度は、関係がないのだ。

 

まぁ、今の状況ではその仲の良さが問題になっているんだけどな。

 

「そんで? 何しとったん? うちが家で、いつ帰ってくるんかなーって待っとったのに。徹がご飯作ってくれる思おたから、なんも食べんと待っとったのにっ。その頃、徹は『どこぞの女』と『何』をしとったん?」

 

 姉ちゃん、とてもお怒りだ。

 

そりゃそうだよな、家の事は俺がやるって話なのに一切連絡なしで、ほったらかしにしちゃったんだから。

 

でも電話した時よりかは、幾分落ち着いてくれたようだ。

 

なんとか会話が成立しそう。

 

「その話は、晩飯の後にでもゆっくりしよう。まず晩飯作るからさ。それより姉ちゃん今日、バイトじゃなかったっけ?」

 

「バイトはサボってもうた。またクビなったら徹のせいやからな。あと、晩御飯の前に話や。逃がす思おてんの?」

 

 後にまわすことで怒りを弱めるという作戦を取ったが、そんなこと姉ちゃんにはお見通しだった。

 

姉ちゃん、今の仕事もやめることになっちまいそうだな……美人で優秀なんだけどなぁ、性格がなぁ。

 

「わかった……でも生ものもあるから、これだけは冷蔵庫に入れさせてくれ」

 

「やりながらでも話はできるやろ。ほれ、喋りぃや」

 

 ここでやっと家に入り、靴を脱いだ。

 

本当せっかちだな、息つく暇もねぇよ。

 

 姉の長い茶色の髪を追いながら、階段を上りリビングへ入る。

 

フローリングに座布団をぽんと置いて、その上に姉の小さなお尻がのっかった。

 

「電話しとった時聞こえた女、誰?」

 

「高校の先輩。なんか気に入られちゃったんだ」

 

 冷蔵庫へ生鮮食品を入れながら答える。

 

 一応切り札もあるけど……これはなるべくなら使いたくない。

 

姉ちゃんがどういう反応をするのか予想つかないからだ。

 

切り札を使う前に、姉ちゃんが諦めてくれたら一番いいんだが。

 

「へぇ、昨日の夜から、高校の先輩と、一緒に学校サボって、なにしてたんやろなぁ?」

 

 生ものを冷蔵庫に全部入れて、空になったビニール袋を折りたたみ、冷蔵庫の横に置いてある箱に入れる。

 

 姉ちゃんは、区切るたびに言葉を強調してくる。

 

い、威圧感がすごい。

 

「先輩の家に遊びに行って」

 

「徹、諦めぇや。電話の時と言うてることちゃうやん。そない出来の悪い言い訳で通ると、自分でも思おてへんやろ?」

 

 早速詰んじゃったぜ!

 

そうだよな、こんなもんで切り抜けられるはずがない。

 

使うしかないのか……リニスさんが提案したあの作戦を……。

 

 目を伏せ黙り込んだ俺の頬に、姉ちゃんは右手を添えた。

 

「徹……うちはな、心配なんや。危ないことしてるんちゃうかなぁとか、騙されたりしてるんちゃうかなぁとか。徹からしたら鬱陶しいだけかもせぇへんけど……教えて?」

 

 ここで情に訴えるという手を取るのが、姉ちゃんの怖いところだ。

 

しかも演技とかではなく本心から心配している分、たちが悪い。

 

優しく頬に当てられた右手を払うこともできない。

 

「昨日……どこでなにしとったん?」

 

 結局嘘を吐くほかないんだな。

 

ジュエルシード集めのことは、当然ながら説明できない。

 

ここで迂闊に喋って、もし姉ちゃんの身になにか害があったらと思うと……俺は俺を許せない。

 

だからこのことを――少なくとも今は――つまびらかにするわけにはいかない。

 

まさか本気で、リニスさんの案を採用することになるとは思わなかった。

 

 決心して、口を開く。

 

「か、彼女の家に……いました」

 

 何秒間か、お互いに沈黙。

 

聞こえるのは冷蔵庫のモーター音と、道路を歩く親子の楽しげな話し声だけ。

 

 恐る恐る、姉ちゃんの顔を覗き見る。

 

俺の頬に手を添えていたから、顔が上がるのがわかったんだろう。

 

姉ちゃんは顔を上げた俺に対して、後光が差すほどの良い笑顔を向けて……ばたりと後ろに倒れた。

 

「姉ちゃん? 姉ちゃん! ちょ、本気でやめてくれよ! 冗談で済まないって!」

 

 倒れた姉へすぐに駆け寄り、ぱちぱちと顔を限りなくゆるめに叩く。

 

『きゅぅー』と、奇怪な鳴き声を発しているので生きてはいた。

 

俺に彼女がいるのがそんなにショック……なのか。

 

そろそろお互いに姉離れ、弟離れしないといけないのかね。

 

大きく一つ溜息を吐いた

 

 姉の小さな身体を抱えながら考える。

 

俺が小学生の時は、姉の背中は大きく見えたんだけどな。

 

いつの間にか俺の背が姉ちゃんに追い付いて、追い抜いて。

 

俺の背が平均より高いとはいえ、今では頭一個分以上に差ができてしまった。

 

 姉の部屋の前まで来たが、姉ちゃんを抱えているのでドアノブをひねるのに苦労した。

 

変わったものが多くある部屋。

 

多趣味ではなく、趣味が変わっているのだ。

 

弾けもしないのにギターがスタンドに掛けられていて、ちゃんと仕組みを理解していないのにタロットカードを持っている。

 

ロシアなんて行ったことも、さらに言えば興味もないだろうに、マトリョーシカが机の上に全部出された状態で置かれているし。

 

大きな本棚には、さまざまな種類の漫画が詰め込まれているが、とある一段だけはなぜか木彫りの熊。

 

窓際、カーテンレールには長い糸で、てるてる坊主が吊り下げられていて、その糸の下には恐らく千羽はいないだろう折鶴が羽ばたいている。

 

姉ちゃんは大きな怪我も病気もしたことない、健康優良児を貫いているのになぜ置いているんだ。

 

 ベッドの上に、姉を起こさないようゆっくりと寝かせる。

 

姉の小さな手が、俺のパーカーを掴んでいた。

 

いつかのなのはを思い出して苦笑する。

 

袖を掴む手をゆっくり解き、離してもらおうと思ったのだが次は手を掴まれた。

 

手元にあるものを掴むって赤ちゃんかよ、俺のごつい手を掴んでも楽しくないだろう。

 

 姉ちゃんの手が胸元に置かれて、それに引っ張られるように俺の手もそこに置かれた。

 

意図せずにだが少し、ほんの一瞬……触れてしまった。

 

振り払うように手を引き戻してしまったので、起きるかと思ったがなんとかなった。

 

 姉は意外にスタイルがよくて困る。

 

身体は小さいのに出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 

前に忍が姉ちゃんに、どうすればそのスタイルが維持できるのか、と聞いていたことを思い出した。

 

いや、忍もスタイルいいじゃねぇか。

 

 姉ちゃんの顔を見る、眉間にしわが寄っていた。

 

心配、かけちまってんのかな……やっぱり。

 

いつかちゃんと説明するからな、と心の中で約束して、部屋を出た。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 晩飯作りの終盤らへんで、姉ちゃんが起きてきた。

 

少し寝てただけだが寝癖でも付いていたのか、うなじの下あたりで長い髪を白色のシュシュで纏めている。

 

「もうすぐできるからな、ちょいと待ってろ」

 

 姉ちゃんはまだ寝ぼけているのか『ん』と、短く反応した。

 

 今日の献立は、余ってた野菜を放り込んだコンソメスープと、さんまのみりん干しに、アスパラガスのバターしょうゆ炒め、あとスーパーで買ったポテトサラダ。

 

ご飯は小分けして冷蔵庫に入れてあるから問題ない。

 

 皿を持ってテーブルに置く。

 

四月も中旬というのに、我が家ではまだコタツが出っぱなしだ。

 

そろそろ片付けないとな。

 

「姉ちゃんどうした? 気分悪いのか?」

 

 さっきから全然喋ろうとしない姉に、少し不安になる。

 

四角のテーブルの一辺で、お気に入りの座布団に腰を下ろしていた姉ちゃんは、料理を並べていた俺の胸ぐらを掴んで座らせた。

 

「ちょっ! せっかく作った飯台無しにするとこだったぞ……どうしたの?」

 

 姉ちゃんは俯きながら、俺のパーカーをぎゅっと掴んでいる。

 

料理は冷めそうだが、そんなもん今はどうだっていい。

 

姉ちゃんの様子がおかしい、これ以上に気に掛けることなんて俺にはない。

 

「徹くんは……徹くんは、お姉ちゃんをおいてどっか行ってまうん? お姉ちゃんのこと嫌いなったん?」

 

 口調が、心配性モードになっている。

 

そんなに思い詰めてたのか……?

 

「なに、なに言ってんの……そんなわけないだろ。余計なこと考えすぎだ……俺が姉ちゃんをおいてどっか行くわけないだろ」

 

 俺と姉ちゃんは、仲が良い。

 

仲が良いのは確かなんだろう、だけど。

 

その仲の良さは、どこか(いびつ)なんだろう。

 

両親の死を受け入れたふりをしても、割り切れていない。

 

俺だってそうで、きっと……姉ちゃんだって。

 

まだ親の愛を必要としている時期に、両親ともいなくなったんだ。

 

俺も姉ちゃんも人より優秀で、そして人を欺くのも優秀だった。

 

少しずつおかしくなっているのに、気付かれなかっただけなんだ。

 

「でも、でも徹くんに……か、彼女できて、家から離れてまう……」

 

 もはやちゃんと喋れていない、かなり精神的に不安定になっている。

 

これまでも取り乱すことは何回かあったが、ここまでのものは初めてだな……。

 

手も小刻みに震えている。

 

 俺は姉ちゃんの震える手を握って、はっきりと伝える。

 

「姉ちゃん、よく聞いてくれ。俺の帰る家はここで、姉ちゃんの隣だ。でも、いつかは姉ちゃんも、もちろん俺も、誰かいい相手を見つけてその人と一緒に暮らすことになる」

 

 ぎゅうぅっと握りこめられる手を優しく包んで、体温を分ける。

 

「いつかはきっとそうなるし、そうしないといけないんだ。今は二人だけ、二人だけの家で、二人だけの世界だけど、いつかは……」 

 

 俯いたままの頭に、俺の頭を重ねる。

 

「今は俺の隣は姉ちゃんで、姉ちゃんの隣は俺だ。でも近い未来、俺の隣には姉ちゃんの知らない女がいて、姉ちゃんの隣には俺の知らない男がいると思う。これはやっぱり避けられないんだよ」

 

 姉ちゃんの頭がずれて、俺の肩に置かれた。

 

姉ちゃんは俺の腰に手をまわして、きゅっと引き寄せ近づく。

 

「だから……それまではこのまま二人でいよう。俺は姉離れしないといけないし、姉ちゃんは弟離れしないといけないけど、今は……今だけは二人でな」

 

 突き放すように言うべきだったのかもしれないけど、できなかった。

 

「あははっ、徹以上にいい男は見つけられへん思うねんけどなっ。うちも強ぉならなあかんなぁ、うちは徹のお姉ちゃんやのに」

 

 口調が戻った、手の震えも止まったみたいだ。

 

元はと言えば俺が嘘ついちまったせいだから、罪悪感が込み上げてくる。

 

「こんな感じでいいだろ。お互い助け合ってこそ家族なんだから」

 

「それやったら、徹が抱えてるもんも教えてほしいんやけどなぁ」

 

 さすが俺の姉ちゃん、勘が鋭いな。

 

「い、今は言えないけど、一段落ついたら絶対に言うから。それまで待っててよ」

 

「しゃあないなぁ、まぁうちは徹のお姉ちゃんやからな。待ったる、感謝しいや」

 

 俺たち姉弟は歪だ。

 

お互いがお互いに依存しあって、求め合っている。

 

身を寄せ合って体温を分け合うみたいに。

 

いずれ変わっていくにしても、今はまだ、こうして甘えあってしまってもいいだろう。

 

一人しかいない家族なんだから。

 





時間がかかった割に内容は今一つ。
悔しい思いをしたのが印象的な回。

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