そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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この世界の生き物

 

色とりどりの光球が巨鳥に向かって殺到する。

 

いくら空を飛ぶといってもこれだけ数を揃えれば当たるだろうし、いくら巨大でも多く当たれば怯むだろう。もしかしたら俺たちを諦めるかもしれないし、これだけの魔力弾に撃ち据えられればもしかしたら墜ちるのでは。

 

などと考えていた。俺のそんな甘い目論見を、巨鳥は容易く切り裂いた。

 

「んなっ……」

 

発射された、ほぼ瞬間だった。少なくとも一秒も二秒も誤差はなかったろう。

 

巨鳥は大きな翼をたたみ、尾羽を器用に動かしてランプドアの開閉範囲の外まで急降下した。

 

ほとんどの魔力弾を避け、同時に俺たちの視界から消えた。

 

「はっやいわねぇ……」

 

「ちょ、ちょっとっ、どうすんのよ!見えなくなっちゃったわよ!」

 

「予定通り降下する!あの鳥が高度を下げたんなら、見えてなくても少しは距離が取れたはず。今のうちに俺たちにターゲットを移させて船を離脱させる!」

 

俺は船体後部の開け放たれたランプドアから一足先に飛び降りる。

 

眼下に広がるのは、一面緑のカーペット。目が眩むほどに遥か下方では、小さな点が蠢いている。あれらも、この世界にいる魔法生物なのだろう。

 

人を圧倒する壮観を前にして、気づくのが遅れた。

 

「あのでかい鳥が……いない!?」

 

確かに急降下したはずなのに、俺が俯瞰する景色の中にいない。

 

となれば、信じがたいが可能性は一つしかない。自然落下しながら仰ぎ見る。

 

まず目に入ったのは、俺に続いて降りてくるフェイトとランちゃん。少し距離が開いてクレインくん。輸送船に近い位置で身体を縮めて杖をかき抱くようにしながらアサレアちゃんが降下してくる。

 

その上(・・・)に、巨鳥がいた。

 

なんと高度は、輸送船よりも上に位置している。

 

翼を広げた状態で背中をこちらに向けていたが、そこから一度たたんで半回転、まさしく鳥瞰する位置取りになる。

 

それは、鳥類が狩りをする体勢ということで。

 

つまり。

 

「大ピンチ!」

 

足元に足場を作って急上昇。のしかかってくる重力に身体が軋む。

 

おそらくあの鳥は、戦闘機でいうバレルロールのような機動で反転しながら高度を上げたのだろう。

 

輸送船の後部のランプドアからでは視野が限られる。高度を下げて視界から外れ、大きく弧を描くことで死角を通って上へと移動した。偶然だと思いたいが、それら一連の動きを巨鳥が理解した上で行ったのだとすれば、大変な脅威である。

 

「あの大きさでなんであんな動きができるんだよ!」

 

「え、上?」

 

「賢いわね……鳥のくせに」

 

「フェイト、ランちゃん、射撃準備!」

 

「でも、あの子が……」

 

「お嬢ちゃんが射線に入るわよ?」

 

「アサレアちゃんは俺が引っ張り出す!二人はいつでもあれをでかい焼き鳥にできるように準備しといてくれ!」

 

「わかった」

 

「はぁい。まったくお嬢ちゃんは今回も手がかかるわねぇ」

 

二人の返事を背中に受けながら、足場を蹴って高度を上げる。

 

だが、一番最初に降りた俺と一番最後に降りたアサレアちゃんでは高度に差がある。巨鳥のほうがアサレアちゃんにわずかに近い。

 

「まっず……っ!」

 

巨鳥の鋭い目が、明らかにアサレアちゃんを捉えていた。足は標的を捕まえようと小さく動き、大きな翼は角度を変え、尾羽は揺れる。

 

「あとで怒っていいから我慢してくれよ!」

 

鎖型の拘束魔法を展開、と同時にアサレアちゃんに伸ばす。巻きついたことが確認できたら急いで鎖を引っ張った。

 

「ひゃあっ?!」

 

「よっ、と……」

 

土木用クレーンのアームのような強靭な巨鳥の足がアサレアちゃんを捕まえる前に、俺が掻っ攫う。

 

間を置かずにクレインくんに離れるよう指示する。

 

獲物を捕らえ損なった巨鳥の足は空を掻く。僅かながらバランスを崩していた。アサレアちゃんはかなりのピンチだったが、今度はチャンスが巡ってきた。

 

「フェイト!ランちゃん!」

 

「準備万端」

 

「まっかせなさい!」

 

さほど効果はないだろうが気休め程度の拘束魔法を巨鳥に仕掛けながら、二人の射線から外れる。

 

見下ろせば、フェイトは発射体を複数用意して杖を構え、ランちゃんは銃口を巨鳥に向けて周囲に光球を浮かばせていた。ウィルキンソン兄妹が攻撃に含まれていないぶん、弾幕の密度は薄いが、しかし、この二人の火力は折り紙つきだ。

 

きらりと光が瞬く。

 

「ファイア」

 

『Fire』

 

「爆ぜなさぁい」

 

二人の声の中に、バルディッシュの声も聞こえた気がした。

 

煌めく金色と、その影に潜む灰色。重力に逆らうように下から上へ、天に昇る魔力弾の雨。

 

巨鳥も崩れた体勢から回避行動はできなかったようだ。二人の魔力弾とおまけの砲撃をまともに浴びた。

 

輸送船から放った魔力弾でもいくつかは当たっていたが、あまり効果は見受けられなかった。だが、今回は違った。巨鳥は苦痛からか、金属と金属を擦り合わせたような不快で奇怪で薄気味悪い叫び声を上げた。

 

「なにあの声なにあの声きもいきもいきもいっ……っ!」

 

予想外の鳴き声に俺もさすがにぎょっとしたが、腕の中のアサレアちゃんはもっと驚いて、というか怯えていた。

 

服にしがみついて、なかなか自分で飛んでくれないので俺としては動きづらいことこの上ないが、暴れられるよりはましなので黙っておく。

 

「あれだけの魔法を受けて、まだ沈まないんですね……」

 

「でかいだけあって丈夫だな……」

 

巨鳥の様子を観察していた俺に、クレインくんが近づいてきた。

 

クレインくんの言う通り、フェイトとランちゃんの射撃・砲撃魔法を強かに被弾してもなお、巨鳥は己の力で空にいた。二人の魔法が殺傷目的ではなく、行動不能にするためのスタンモードだったことが理由かはわからない。ただ単に巨鳥がタフなのかもしれない。なんにしろまだ飛行できていることは、驚嘆に値する。とくに、フェイトの魔法を受けていながらというのは。

 

「とはいえ……さすがにダメージは入ってる。速度は落ちたし反応も鈍い。輸送船は離れられたみたいだし、今のうちに予定地点に急ぐぞ」

 

 

 

 

 

 

「まったく、初っ端(しょっぱな)から幸先いいよな」

 

「そう?大きな鳥に襲われたし、どちらかというと悪いんじゃないかな」

 

「フェイト、さっきのは皮肉なんだぜ」

 

輸送船から緊急降下し、上空で巨鳥と戦闘してから相当な距離を移動してようやく、当初予定していた降下地点に到着した。

 

降下地点といっても、なにか目印があるわけでも目ぼしいものがあるわけでもない。あたり一面新緑の草原が広がっている。遠くには標高の高い山々が連なり、丘がちらほら見える。どこかから奇妙な鳴き声が聞こえたり、山に反響して耳にしたことのない遠吠えがしなければ、ここでのんびりお弁当を広げたいくらいだ。

 

「……ここ、なにもないわよ」

 

「ん?まあ、そうだな。自然豊かなことを除いたらなにもないな」

 

「今回の任務って、珍しい金属が採れるっていうところの地質調査よね?そういうところってふつう山なんじゃないの?こんな草原にはないでしょ」

 

「んー……」

 

「ないでしょ?」

 

「……ないな」

 

「あ、ないんだね」

 

「じゃあなんでこんな草っ原が予定地になってんのよ!『陸』の奴らはその金属が見つかるとこまで行ったんでしょ?!ならそこを降下予定地にすればいいじゃない!」

 

「その場所を教えられてないんだなー、これが」

 

「なんで聞いてないのよ!」

 

「降下地点の座標を伝えられたんだ。てっきりその近くが調査箇所だと思うじゃん?俺の上司がなにも言わなかったってことはたぶん、情報が回されてないんだろうな」

 

「だろうなって……こっからどうすんのよ!」

 

「サーチャー飛ばしてるからそのうち見つかるって。それまでこの自然を味わおうぜ」

 

「キャンプやハイキングにきてるんじゃないのよ!……はぁ」

 

ぐぐっと背伸びする俺に、アサレアちゃんは呆れるようにため息をついた。

 

俺は緑色の絨毯に腰を下ろすと、そのまま寝っ転がった。

 

夏が目前に迫った日本とは違い、背の低い草を撫でる風は涼しく、(まば)らに流れる雲は高い。気温といい湿度といい風速といい、実に過ごしやすい環境だ。

 

「なんか空気もおいしい気がするよなー」

 

「本当ねぇ」

 

「横になったし……。ランドルフ!」

 

「なによ。お嬢ちゃんも今のうちにゆっくりしときなさいな。いざとなった時に気を引き締めればいいのよ。緊張しっぱなしだと、いざとなった時に動けないわよ」

 

「さ、さっきのはちょっと……油断しただけで!」

 

「油断してる時点でだめなことに気づいているのかしら。どうして飛行魔法を使える魔導師が高いところを怖がるのよ」

 

「だ、だって!いつもよりぜんぜん高いところだったし!あんなところから降りたことなんてないわよ!」

 

「高度が一メートルだろうと一万メートルだろうと変わりはしないわよ。徹ちゃんが真っ先に降りたっていうのに、お嬢ちゃんときたら……」

 

「あいさっ……こいつは例外でしょ!」

 

「アサレア、静かに。動物が寄ってくるよ」

 

「わ、わかってるわよ……って!テスタロッサ!あんた、なにしてんの!」

 

「え?徹やランにならってくつろいでる」

 

「うふふ、ラン呼びいいわぁ」

 

「ランさん、寛大だなぁ……」

 

アサレアちゃんがランちゃんと口論している間に俺の横にフェイトが寝転がっていた。当然のように俺の腕を枕にしている。家でもやっているので気づかなかった。

 

「のんきな奴らっ!」

 

「まあまあ、アサレアちゃんもゆっくりしときなって。ついさっきサーチャーで目的地っぽい山を発見した。まだ入り口まではっきりしてないけど、そのうち動くことになるんだ。場所が決まるまではゆっくりしようぜ」

 

「……あんた、一緒に行った前の任務じゃ、もっと真面目にやってたじゃない」

 

「あの時は真面目に頑張らないと危険だったからだ。今日は違う」

 

「徹は基本、こんな感じだよ」

 

「頑張らなくていい時には手を抜くし、気も抜くし、力も抜く。それが大事な時に頑張れる秘訣だ」

 

「……ふんっ。そう。ならわたしもゆっくりさせてもらうわよ!」

 

つんつんした声で、アサレアちゃんは腰を下ろした。

 

俺の腹に。

 

「かふっ」

 

「ふん。無防備にお腹をさらしてるほうが悪いのよ」

 

「お嬢ちゃん、ついさっきも守ってもらっといて、よくそんなことができるわね」

 

「そ、それとこれとはべつよ!」

 

「大丈夫だよ。私とアリシアが乗っても平気だもんね、徹は」

 

「……こんな小さい子になにさせてんの?」

 

「俺がやらせてんじゃねえよ……」

 

あらぬ疑惑をかけられそうだ。

 

話を逸らすのと本心半々で切り出してみる。

 

「そういえばあの鳥、なんであんなに丈夫だったんだろうな」

 

つい先刻、遭遇した巨大な鳥。あいつに対する興味が尽きない。異常なまでのタフネスと魔法に対する抵抗力、そして、あの巨躯でありながらあのマニューバ。とてもではないが自然なことではない。

 

俺としては知的好奇心が本意だったのだが、その巨鳥で怖い思いをしたアサレアちゃんは穿って捉えたようだ。

 

「なに、嫌味?」

 

「人の腹に乗っかったままよくそんな不遜な顔ができるなー……」

 

「ごっ、ごめんなさっ……」

 

「いや、冗談だって。なに本気にしてんの」

 

「徹はこのくらいで怒ったりしないよ。ね」

 

「そーそー。これでいちいちキレてたら、俺そのうち脳溢血(のういっけつ)で死んじまうわ」

 

「徹ちゃんはいったいどんな日常を送ってるのかしら」

 

「そ、そう。なら……気にしないけど」

 

浮かしたお尻を再び俺の腹に置く。アサレアちゃんは気にしていない風を装っていたが、めちゃくちゃ気にしているようだった。さっきみたいにどかっと座るのではなく、座ったように見せかけてほとんど体重をかけていない。

 

「なに気つかってんの?」

 

「あ、あい……あんた相手に気なんて使ってないわよ!」

 

ふんっ、と鼻を鳴らして開き直ったように全体重を傾けた。アサレアちゃん程度なら重いというほどでもない。

 

「大丈夫?徹ちゃん」

 

「軽い軽い」

 

「よかったわね、お嬢ちゃん。軽い女で」

 

「それ意味がちがうでしょ!それにどっちかっていえばわたしよりテスタロッサのほうがひどいでしょ!」

 

「あら、お嬢ちゃん。言いがかりはいけないわ」

 

「テスタロッサさんに失礼だよ、アサレア」

 

「クレイン兄なんてテスタロッサが、そのいかがわしいバリアジャケットになってから目も合わさないくせによく言えたわね!このむっつりロリコン!」

 

「なっ?!や、やめてよ!」

 

「むっつり?ロリコン?徹、どういう意味?」

 

「かわいい女の子が好きだけどそう告白はできない人だ」

 

「うまい表現の仕方もあったものねぇ」

 

「それなら知ってる。奥手だ。クレインは奥手なんだね」

 

「そ、そう、だね……あはは」

 

「そのテスタロッサのかっこ……あんたが強要してるんじゃないでしょうね」

 

「フェイトのバリアジャケットは防御を排した素早さ極振りっていうコンセプトがあるんだ。俺が会う前からこのバリアジャケットだったんだからな、ちなみに」

 

「ふんっ、どうだか」

 

このような素晴らしい快晴の中、アサレアちゃんの冷たい目が上から降り注ぐ。何をそう機嫌を損なうことがあるのか。

 

「……ん?」

 

寝転がっていたからだろう。かすかな音と地揺れを感じた。

 

やいのやいの言っているアサレアちゃんには申し訳ないがちょっと意識の外に置いといて、音と震動に注意を向ける。

 

周辺を探索するためのサーチャーをばら撒いた時に、安全のためこの付近を俯瞰できる位置にサーチャーを配置しておいた。そのサーチャーから送られてくる視覚情報を確かめるが、とくに異常は見受けられなかった。

 

「ちょっとあんた!聞いてんの?!」

 

「…………」

 

「な、なによ、怒ったの?」

 

「…………」

 

「……なんか、言いなさいよっ」

 

寛いでいる俺たちの近くは新緑色の草原が広がるのみ。

 

音も震動も気のせいなのかと思い始めてきた。音は生き物の遠吠えや風で、震動は俺の腹の上でわたわた慌てているアサレアちゃんが原因ではないのか。

 

またリラックスモードに入りそうになった時、一陣の風が草原を吹き抜けた。青々とした草を揺らして広がる様子はまるで波のようだった。

 

そこでようやく、サーチャーからの視覚情報の違和を感じ取った。

 

風に揺れ立つ緑色の波紋、その一部が大きな壁に遮られたように動かなかった。

 

俺たちのすぐ後ろ、五十メートルも離れていないところが、動かなかった。

 

「っ!?」

 

弾かれるように上体を起こす。

 

「わっ」

 

「きゃあっ?!」

 

腕枕していたフェイトと俺の腹に腰掛けていたアサレアちゃんが驚いていたが、すでにそちらに配慮している余裕はない。

 

俺が急に動いたことで、向こう(・・・)も気づいたようだ。気づかれたことに、気づいたようだ。

 

「全員飛べ!」

 

叫ぶ。なるべく簡潔に、端的に。

 

俺の近くにいたフェイトとアサレアちゃんを担ぎ、上空へ放り投げる。

 

「っ、わかった」

 

フェイトは急に投げ飛ばされたというのに、疑問を呑み込んで俺の指示に従ってくれた。瞬時に魔法を展開し、急浮上していく。

 

「失礼するわね、クレインちゃん」

 

「わっ……」

 

「ぎゃふっ……」

 

「あら、お嬢ちゃん。ごめんあそばせ」

 

クレインくんとアサレアちゃんは反応が遅れたが、ランちゃんが地上にいたクレインくんを抱えて飛び上がり、空中でアサレアちゃんをキャッチした。アサレアちゃんを柔らかく抱きとめることもできただろうに、わざわざ服の襟首を掴んでいた。

 

若干一名は苦しそうだけれど、とりあえず安全は確保できた。

 

「なん、だ……蜥蜴(とかげ)、か?」

 

近づいて、目を凝らして、ようやくわかる。恐怖心をそそるフォルム、鱗に覆われた外皮と鋭い牙と爪。外見は蜥蜴に酷似しているのだが、鱗の色が、風景とほぼ同化している。獲物に気づかれずに接近するためだろう。それはまるで(たこ)烏賊(いか)の擬態をそのままアップグレードさせたようなカモフラージュ技術だ。

 

姿勢を低くし、足音すら消し、息も殺して近づいていた。

 

だが、気づかれたと理解した今、とかげもどきはもう、ゆっくりとしたのろまな忍び足で移動なんてしない。

 

大型トラックに手足と尻尾が生えたような大きな身体からは想像できない俊敏な動きで距離を詰める。

 

「よっしゃこい……って、おい!」

 

構えて接敵に備えたが、とかげもどきは俺を見ていなかった。特徴的なぎょろりとした縦長の瞳孔は上空に向けられている。

 

標的は、まだ高度を上げきっていないアサレアちゃんとクレインくん、そして二人を担いでいるランちゃんに向けられていた。

 

とかげもどきの足がぐっと縮められる。

 

「ちっ……」

 

このとかげもどきの俊敏性と精度の高い擬態能力、その前に遭遇した巨鳥の機動性能を鑑みるに、この世界の生き物のポテンシャルは一般常識では計りえない。

 

ランちゃんたちまでの高さ十数メートル程度、とかげもどきの爪はゆうに届く距離だろう。

 

というか、一番近くにいる俺をなぜ無視するのか。

 

「舐めんなよおらっ!」

 

狙う基準はわからんが、素通りされるのはいらっとくる。

 

幸い、とかげもどきは視線を上に向けている。外皮は硬そうだが、身体の下側はまだ柔らかそうだ。そのがら空きの(あご)まで襲歩による急速接近。ショートアッパー気味に拳を打ち込む。

 

この巨体だ。軽自動車みたいな頭部だけでも相当な重量だろうとは思っていたが、俺の目算を超えていた。

 

(かった)ぁっ……(おっも)ぉっ……」

 

重さもさることながら、外皮の強度を計り損ねた。振り抜いた右手がじんじんする。

 

とはいえ、鱗部分よりかは比較的脆い身体の下側、多少は衝撃が(とお)ったようで、とかげもどきはあお向けにひっくり返った。

 

「フェイト!」

 

「うんっ。サンダースマッシャー」

 

とかげもどきの腹に雷の柱が突き刺さる。肉の焼ける匂いととかげもどきの断末魔、瞼を貫く雷光と耳を劈くスパーク音があたりに撒き散らされる。

 

とかげもどきが気絶したかどうかを見届けることもせずに、すぐさま地面を蹴って走り出す。

 

「徹ちゃん、ありがとう。助かっ……って、どこ行くの?」

 

「これだけ派手に魔法使って音も光も出したんだ!他にもわらわら寄ってくるぞ!」

 

「で、でもっ、どこ行くっていうの!下手に動いて囲まれでもしたらっ……」

 

ランちゃんにも放り出されてなんとか飛行魔法に移ったアサレアちゃんが、俺の後ろを追いながら言った。

 

「鉱山の入り口みたいなところを見つけた。図体のでかい生き物は入れない。そこに向かう」

 

「で、でも、その洞窟に何がいるかわかりませんよっ」

 

「でもねぇ、クレインちゃん。さっきのとかげみたいなのとか、大きな鳥がいる草原をあてもなく走り回るよりかはましじゃないかしら?お仕事もあることだしねぇ」

 

「おしごと……あ、地質調査……」

 

「そうだぜ、まだ任務は始まってすらないんだから。あとフェイト、もうちょい高度落としといてくれ。上空に鳥が集まってきてる」

 

「大丈夫、わかってるよ。こっちを狙ってきたら撃ち墜とすから」

 

「そういうことじゃないんだけど、まあいいか。よろしく」

 

「フェイトちゃん頼もしいわぁ。戦い慣れてる感じするわよねぇ」

 

「そう、かな?みんなの役に立てればうれしいけど……」

 

「もう役に立ってるわよぉ!さっきのとかげを仕留めた砲撃も、大きな鳥も、フェイトちゃんがやっつけてくれたんだもの!」

 

「やっつけたっていうか、退けただけだけど……それなら、よかった」

 

面映そうに笑みをこぼすフェイトに、ランちゃんは相好を崩した。

 

「はぁー……いい子ねぇ、フェイトちゃん。私もこういう娘が欲しいわぁ」

 

「……嫁とるわけ?」

 

「私が産むわ」

 

「産めないでしょっ!」

 

「アサレアちゃん静かにな」

 

「むむっ……」

 

「やっぱり男はお淑やかな女の子に惹かれるものなのよ。……っと」

 

お喋りしながらも警戒は怠らないランちゃんは、アサレアちゃんの進行方向の岩陰に潜むどでかい猪を撃ち抜く。

 

「ランちゃんナイス」

 

「ふふ、ありがと」

 

「そうだ、みんなに言っとくけど、攻撃するのは襲ってくるのだけでいいからな。基本は速度優先だ。ここで無駄に体力使いたくない」

 

「うん、わかった」

 

「了解よん」

 

「は、はいっ」

 

「っ……はいはい」

 

ぐんぐんと速度を上げ、サーチャーで発見した鉱山の入口へと急ぐ。

 

常軌を逸するほど巨大な生き物ばかりを目にしてきたが、みんながみんな大きいわけじゃない。地球にいるようなサイズの動物もいる。いや、やっぱり大きいけれど。さっきから大型自動二輪を二台くっつけたくらいのサイズの猪みたいな動物が地上を追っかけてきている。機関銃の発砲音みたいな地面を蹴る音が恐ろしい。

 

「左から三、近くのが早い。ランちゃん」

 

「はぁい。このデバイスだと遠いのはつらいのよねぇ」

 

などと言いながらランちゃんは射撃魔法を、しかも誘導型ではなく直射型をきっちり三発、とんとんとん、と軽く放つ。

 

でかいといっても輸送船を襲った巨鳥のようなサイズではない。めちゃくちゃ身軽なサイのような的だ。それを百メートル以上離れて、しかも相手も自分も動いている状態で命中させる。とんでもない腕だ。

 

「あー……最後の一発はちょっとだけ左にずれちゃったわねぇ」

 

「ランちゃんの狙撃ってなんか特別な魔法使ってんの?」

 

「そりゃそうよ。生身でこんなのできないもの」

 

言いながらランちゃんは魔法を展開する。銃型のデバイスにうっすらと光を灯し、ランちゃんの目が灰色の魔力色に変わる。

 

「望遠と相手までの距離がわかるって効果があるの。便利よ」

 

「相対的な速度計算は自力かよ」

 

「計算じゃないわぁ。慣れよ」

 

「ちょっとデバイス触らせてもらっていい?」

 

「え?ええ、いいわよ」

 

ランちゃんの自動拳銃式のデバイスに指先で触れる。術式を覗かせてもらったが、たしかに誘導補助などのプログラムはない。いったいいつからこの戦い方をしているのか、フェイトやクロノの射撃魔法とはまた異なるベクトルに熟達している。

 

「あー……まずい」

 

順調に進んでいたが、進行方向とは逆の方向を移動中のサーチャーが不吉な雲を見つけてしまった。

 

「なによ!これ以上まずいことがあるの?!」

 

「小さい鳥が、つっても人の頭くらいはあるんだけど、その鳥が群れでわんさかきた」

 

「小さいんなら、まだっ、はぁっ……撃ち墜とせるんじゃないの?!」

 

クレインくんと一緒に並走して、鳥やら虫やらを魔力弾で排除しているアサレアちゃんが怒鳴る。彼女も彼女で必死な様子だ。

 

「空が黒くなるくらいの数なんだけど、撃ち墜とせそう?」

 

「ふざけんな!方法、っ……なにか方法考えなさいよ!」

 

「方法って言われてもな……。フェイト、大丈夫か?」

 

「……まだ大丈夫。ただ、これ以上増えてくると魔力が不安かな……」

 

射撃魔法が得意なメンバーが多い中にあっても、フェイトの活躍は際立っていた。フォトンランサーを吐き出す発射体を従えて、大型鳥類を牽制し、弾幕で近づいてくる椋鳥(むくどり)みたいな鳥を撃ち墜とす。上空からの敵はほとんどすべてフェイトが対処するという、八面六臂の大活躍である。

 

魔力を電撃へとコンバートするという、フェイトの先天的な魔力変換資質もあいまって、相手を怯ませるにはフェイトの魔力弾は極めて有効だった。

 

そんなフェイトをもってしても、バランスボールサイズの椋鳥(むくどり)みたいな鳥相手では分が悪い。一羽二羽ならなんてことないが、こちらは少人数なのだ。数で押されると、押し返すのはどうにも難しい。

 

それらを一つ一つ墜とすよりも、逃げるほうが魔力の効率はいいだろう。逃げるに勝る策はなし。

 

「鉱山は近い。全部吹っ切るつもりで飛べ!」

 

「りょ、了解……ですっ」

 

「っ、はぁっ、くっ……あんたとの任務は毎回疲れるわよ……」

 

「退屈しないのはいいことよ。成長できるもの」

 

「やっぱり前の任務も大変だったんだ。徹はいつもそんな感じなんだね」

 

「それについては俺の責任じゃないからな。……ペース上げるぞ。遅れるなよ」

 

空気の壁を緩和するために、三角錐状の障壁を前方に展開。足場を強く踏み締め、鋭く跳躍する。

 

「んっ……なんで飛行魔法使えない奴が一番先頭を走れるのっ……。わたし、飛行魔法の成績はトップだったのにっ」

 

「徹はまだ全力じゃないよ?本気だったら、徹は目で追えなくなるから」

 

「人間じゃないっ!飛行魔法なんていらないじゃないの!」

 

息の荒くなっているアサレアちゃんが失礼なことを言っている。目的地を知っているのは俺なので、必然、俺が先導しなければいけないだけなのに。

 

鳥の群れが目視でも確認できるくらい近づいた頃、周囲の風景が変わってきた。緑が減っていき、土と石と岩の割合が多くなっていく。このあたりになると丘が増え、高低差が多くなってくる。まさしく山の麓といった印象だ。

 

地面がでこぼこして走りにくいからか、猪みたいな陸生の生き物は追ってこなくなった。

 

「ふぅ、はぁっ……っ!もう、羽音がっ、聞こえてるわよ!」

 

「もうすぐなんだ、がんばってくれ」

 

猪の代わりに、でかい椋鳥みたいな群れがすぐ近くまで迫っていた。

 

「徹、徹。鳥の数、ちょっと減ってる」

 

「え?」

 

もはやサーチャーを使うまでもない。肉眼で確認できる。

 

「あ、本当だ。減ってる……なんでだ」

 

原因を探ろうと他のサーチャーからの視覚情報を受信する。俺のサーチャーは足が遅いので、移動速度についてこれなかったサーチャーがこれまでの道にまだちらほらある。

 

そのおかげで、決定的にして衝撃的な光景を目撃した。

 

「やっば!あの鳥やっば!めちゃくちゃ肉食だ!猪喰われてる!」

 

「ふっ、ふざけんなーっ!」

 

アサレアちゃんのお口の乱れに拍車がかかってきた。

 

猪たちが追ってこなくなったのは路面状況が悪くなったからではなく、違う外敵に襲われたからのようだ。

 

「なるほどねぇ。ご飯を食べ損ねたのが今追ってきてる群れなのね」

 

「冷静に分析してる場合じゃないですよランちゃんさんっ」

 

「徹、この調子だともうすぐ追いつかれそうだよ」

 

「もうすぐ……あ、あれだ」

 

山にぽっかり空いた穴を指差す。自然にできたようには思えない丸みを帯びた、山への入り口だ。

 

近くにもちらほら入り口があったが、他の穴は直径が小さい。戦闘になった時不利になりそう。しかし大きすぎては入口を塞ぎにくくなるので、手頃なサイズ感の穴を目指す。

 

他にもめぼしい入り口はあったが、その近くでくの字に曲がった動物の骨が転がっていたので不吉に思い、その道はやめておいた。

 

「で、でも、逢坂さん、坑道内に入っても、あの鳥は追ってくるんじゃ……」

 

「塞ぐから心配無用だ」

 

襲歩で加速。一足先に坑道入り口に辿り着くと中を覗き見る。とりあえず、中に巨大な蚯蚓(みみず)みたいな生き物がいなくてよかった。

 

安堵して、椋鳥に追われているみんなを見る。

 

一番最初にゴールしたのは予想通り、フェイトだった。

 

「おつかれ。さすがに早いな」

 

「徹、入らないの?」

 

「俺は最後に入る。フェイトは早く奥に行ってやってくれ。みんなが入れない」

 

「……わかった。一応フォトンスフィアを置いとくね」

 

「おー、ありがとな」

 

自分の身体の周囲に浮かばせていたフォトンランサーの発射体を入り口前に配置して、フェイトは坑道の奥へと歩いていく。

 

フェイトの次はランちゃん、クレインくんと続いて、最後はアサレアちゃんだった。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

「アサレアちゃんはもっと効率よく魔法を使う技術を身につけないといけないな」

 

「わかったからっ、あの鳥が入ってこないようにどうにかしなさい!」

 

「はいよ」

 

入口の穴の直径は、おおよそ縦が二メートルから三メートル、横幅は三メートルから場所によって五メートル程。この程度の入り口ならば、それほど苦労せずに閉じることもできる。

 

「はぁっ……ふぅ。入り口、崩すの?」

 

「いやいや、道が続いてなかったら大変だろ?障壁で蓋をする」

 

手をかざして発動準備。安全性を重視して魚鱗に近い術式にするか、それとも普通の防御術式で省エネするか逡巡していると、鳥の群れの変化に気づいた。

 

「……近づいて、こない」

 

入り口の近くまでは気でも触れているみたいに鳴き声を上げながら飛んできていたのに、そこから坑道の内部へと入ろうとはしない。

 

近くの木に止まってこちらを睨み、口惜しげにぎゃーぎゃーとけたたましく鳴き声を坑道内に反響させる。負け犬の遠吠えのように聞こえるのはなぜだろう、相手は鳥なのに。

 

「狭くて暗いから入ってこないのかしら?」

 

「ここまで追いかけてきたあの勢いだと、炎の中にすら飛び込んできそうだったけどな……」

 

「ふぅ、はぁ……っ。入ってこないんなら都合がいいじゃない。はやく本来の任務を済ませなきゃ」

 

「で、でも、アサレア。あれだけ追いかけてきた鳥たちが入ってこないということは、この中には相当の危険があるってことじゃ……」

 

「それも進んでいかなきゃわからないじゃない」

 

「徹、どうする?進む?」

 

進むべきとするアサレアちゃんと、坑道内部は危険なのではと警戒するクレインくん。二人を眺めていたフェイトが、俺を見上げて問うた。

 

「このまま外に出ても鳥たちのお昼ご飯になるだけだし、なにより任務が終わらん。危なそうなら、その時どうするか考える」

 

「そんなのでいいの?」

 

「俺はだいたいそうやってきたぞ?」

 

「それは……徹ちゃんだから生きてこられたんじゃないかしら?」

 

「とりあえず進もうぜ。ここから出るって選択肢はあってないようなもんなんだからな」

 

入り口に背を向けて、坑道の奥に目をやる。幸いにして道はある。道があるのなら、進むべきだ。

 


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