そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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前に1日休んじゃった分、ちょっとがんばって今日もう1本更新です。


アクシデント

「壁、床、天井も……光ってるな」

 

「これのおかげで真っ暗にならないのね。……助かった」

 

「よかったな、アサレアちゃん」

 

「なんあななにが?!意味がまったくわかんないんだけど!」

 

「暗いところ、苦手なの?」

 

「は、はぁっ?!苦手じゃないわよ!子どもじゃないんだから!きらいなだけよ!」

 

「……どうちがうの?」

 

「ぜんぜんちがうわよ!」

 

「アサレアちゃん、声が反響して耳が痛いんだけど」

 

壁や天井には一切舗装はされていない。木の板やコンクリートもなにもない。むき出しの土の壁。ただ、舗装されていない割には表面は滑らかだ。そんな土の壁が、うっすらと仄かに光を放っている。その光は途切れることなく、そのままずっと奥先へと続いていた。

 

この光の波長、どこかで見覚えがある。

 

「んー?なんだったっけ?」

 

「これ、この石。徹ちゃんは見たことあるでしょ?」

 

俺が光を不思議そうに注視して首を傾げていたからか、ランちゃんは大型拳銃型デバイスのグリップで壁をがつんとして、壁の破片を拾い上げた。がつんとした時の音に驚いたアサレアちゃんが小さく悲鳴を漏らしていたが、聞こえなかったふりをしておこう。

 

「石、石……これ単体では見てないよな……。光には見覚えがあっても石には見覚えがない」

 

「前の任務で支給されたランタンあったじゃない?あれに使われているのと種類は同じものなの」

 

「あのランタンか。どうりで、どっかで見た気がしてたんだよ」

 

「魔力に反応して光る鉱石よ。土の中に含まれているから、こうして道が光っているのねぇ。おかげでいらない魔力を使わずに済んで楽ね」

 

「でも、なんで石が光るの?」

 

「え?えっと……そこまでは知らないわぁ。ごめんなさいね、フェイトちゃん」

 

「……そう。ううん、気になっただけだから」

 

フェイトはランちゃんから視線を外し、なぜか俺を見る。魔法絡みの代物については詳しくないのだが。

 

「んー……ルミネセンスって現象がある。ざっくりと説明すると、物質にエネルギーが吸収されて、そこから物質が元の状態に戻ろうとする時に光るっていう現象。この鉱石がそうなのかは断言できないけど、それに似た現象があるんじゃね?」

 

「わぁ、徹ちゃん博識ね!」

 

「俺の世界でなら、って話だけどな。多くが外的刺激……擦ったり熱を加えたり光をあてたりすると光るみたいだ。ここに埋まっている鉱石の場合は、魔力が刺激になって光るのかもな」

 

「逢坂さん、なんだか専門家みたいです」

 

「徹は聞いたらなんでも教えてくれるんだよ」

 

「……ふん」

 

アサレアちゃんは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そんなアサレアちゃんとは対照的に、フェイトはなぜか嬉しそうだった。誇らしげに微笑んでいる様子を見ていると、ちょっと俺も嬉しくなる。これで俺が唱えた説がまったく関係なかったらどうしよう。とても恥ずかしい。

 

まあ、大事なのは光を発してくれていることだ。そのおかげで灯火も探照灯もない坑道でも、ある程度は視程が確保されている。足元も見えるし、実に好都合。

 

そのまま光に導かれるように坑道を進む。

 

順調かと思われたが、次第に状況が変わってきた。

 

「はぁ、ふぅ……。んっ、なんか……息苦しいわね、ここ」

 

「アサレア、大丈夫?やっぱり土壁に囲まれてるからそう感じるのかな……」

 

「アサレアちゃんはここまでくるのに魔力使いすぎたんじゃないか?」

 

「う、うっさいわね!まだまだ余裕よ!」

 

「お嬢ちゃんじゃないけど、たしかに……なにかしら?息苦しさ?みたいなのはあるのよねぇ……」

 

「え、ランちゃんも?クレインくんは?」

 

「ぼくも、ちょっと……」

 

「多かれ少なかれみんなあるのか……なんでだろ?俺は平気なんだけど」

 

「徹は……頑丈だから」

 

「おいおい、魔力の素質を数値化したら俺が一番貧弱なんだぜ?」

 

「あんたは数値化できない部分が全部異常じゃない。なんの参考にもならないわよ」

 

はふぅ、とため息を漏らしながらアサレアちゃんが言う。いつもの跳ねっ返りな軽口に張りがないところを察するに、本当にあまり調子が良くないようだ。

 

狭い坑道内といえど、空気は循環している。奥に引き込まれるように外から風が入ってきている。酸素が足りないわけではないだろう。

 

ここまで基本的に真っ向からの戦闘は避けてきているのだし、魔力の消費も抑えられているはずだ。

 

となれば、薄暗くて閉塞感のある狭い道が精神的に影響を与えているのか。しかしアサレアちゃんだけならともかく、俺以外全員、程度の差はあれど不調になっているのはおかしいだろう。

 

これといった解決策も出ないまま歩みを進めていると、少し開けた空間に出た。

 

「やっと景色が変わったな。同じような道をずっと歩いたせいでほんとに進んでんのかわからなくなるとこだった」

 

奥行きはおよそ五十メートルほどか。ドーム状になった空間で、横幅も同じく五十〜六十メートル程度はある。高さもそれなりにあって七メートルから一番高いところで十メートルといったところ。

 

相変わらず薄暗いし埃っぽいが、息が詰まるような閉塞感は幾分薄れた。

 

「ちょっと休むか。草原からここまでばたばたしてたしな」

 

「そうね。少し休みましょ」

 

「……はやく終わらせてこんなとこ出たいんだけど……」

 

「調べるにしたって素人仕事なんだ。時間がかかる。疲れてちゃ効率悪いし休もうぜ。どうせゆっくりやってもうるさく文句言ってくる上司がいるわけでもないんだから」

 

「ぼくもちょっと疲れていたので……休憩はありがたいです」

 

「それじゃ徹、作ってきたお昼ごはん?」

 

「おう、食べようぜ。みんなのぶんも作ってきたんだ」

 

背負っていた荷物を下ろして中身を探る。移動や戦闘でぐちゃぐちゃになっていなければいいけれど。

 

「徹ちゃんのお手製?」

 

「そう。フェイトと、フェイトの姉のアリシアも手伝ってくれたんだ」

 

「あら、フェイトちゃんもお手伝いしたの?」

 

「うん、手伝った」

 

「フェイトちゃんえらいわねぇっ!ちゃんとお手伝いしてるなんて!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

ランちゃんが褒めながらフェイトの頭を撫でていた。ランちゃんの性格、というか人格があれなので、フェイトも嫌がらずに受け入れている。褒められて嬉しそうだ。

 

その様子を見ていたクレインくんが小声で『見習ったら?』とアサレアちゃんに言って『うるさいっ』と脇腹を肘で小突かれているところを横目に、お昼ご飯を広げる。

 

「あら?これは……」

 

「サンドイッチ、ですか?」

 

取り出したるは、耳を切り落としたパンに軽く焦げ目がつく程度に焼いたもの。

 

それを見て、アサレアちゃんが反応した。

 

「パンだけ!具材が入ってないんだけどっ!」

 

「もちろんこれだけじゃねえよ」

 

パンだけでサンドイッチと言い張れるほど押しの強い人間でも常識のない人間でもない。

 

続いて箱を取り出す。

 

「パンに挟んで持ってきたら具材の水分を吸ってべちゃってなるだろ?だからわけて持ってきたんだ。自分好みに作れるし、そのほうが楽しいだろ?」

 

要するに、手巻き寿司形式のサンドイッチである。

 

「おもしろいですね。それになにより、すごくおいしそうです」

 

「そうだろ?ちなみに野菜の大部分は自家製だ」

 

「あんた家庭菜園やってんの?」

 

「俺が始めたんじゃないけどな。家族の趣味なんだ」

 

あかねの先導で始まったフラワーガーデン計画だが、あかねが管理できなくなってしまい、俺も家を空けがちになったので姉ちゃんが代理で花の水やりや雑草の処理などを買って出てくれた。当初恐れていたうっかりも発動せずに、熱心に手をかけてくれるのはいいのだが、奴は知らない間に食用を主として新しいものを植えていた。枯れ木も山の賑わいとは言い過ぎだが、家の庭はなんとも賑々しいことになってきている。

 

姉ちゃんが花だけではなく野菜にまで手をつけ始めたのは最近だが、あかねが土壌を文字通りに魔改造していたこともあってか生育速度がいやにいい。そろそろ食べなければいけない野菜もあったので、今回のサンドイッチの具材と相成った。

 

「はい、お手拭き。はやく食おうぜ。できれば景色のいいところ、草原とかで食いたかったけどな」

 

「あ、ありがとう……気が利くじゃない」

 

「こんな風情も情緒もないところで頂くにはもったいないくらいねぇ。じゃ、早速……フェイトちゃんはなんのお手伝いをしたの?」

 

「私はパンを切って、あとは野菜洗ったり、洗った野菜ちぎったり……」

 

「そう!どうりでパンもお野菜もおいしいのね!フェイトちゃんはお料理上手だわぁ」

 

「そう?……よかった」

 

素っ気ない口振りだが明らかに頬を緩めて嬉しそうに、フェイトはサンドイッチをつまむ。

 

それをにっこにこしながらランちゃんは眺めていた。もう一人の女の子とはずいぶん対応が違うランちゃんだった。人見知りがちなフェイトに対しての絶妙な距離感。もはや親戚のおばちゃんのようなそれだったが、黙っておこう。撃たれてしまいそうだ。

 

「料理上手って、そのくらいなら料理なんて呼べないでしょ」

 

「料理できないどころか手伝いもしないお嬢ちゃんが口にしていいセリフじゃないわねぇ」

 

「あああんたはっ、知らないでしょランドルフ!わたしがどれくらい料理できるかなんてあんたは知らないでしょ!」

 

「どれだけできるかは知らないけれど、どれだけできないかは知ってるわよ?塩と砂糖を間違えるだけでも相当なのに、重曹と片栗粉を間違えた上に、油と洗剤を取り違えるなんて、どれだけ普段からキッチンに立っていないかよくわかるエピソードねぇ?」

 

「んなっ、ななっ……」

 

「料理下手なんてもんじゃないわよぉ、それ。もはや化学実験ねぇ」

 

「なっ!なんで!ランドルフがそれをっ?!わたしの黒歴史を知ってるのよっ!」

 

「…………」

 

言うまでもなく、俯いて冷や汗を垂らしているアサレアちゃんの身内が密告者だろう。

 

それに気づかないアサレアちゃんではなかった。

 

「クレイン兄っ!」

 

「ご、ごめんっ。ちょ、ちょっと口が滑って……」

 

「よりにもよってなんでこんなところで言うのよ!」

 

「自分の不出来を棚に上げて怒るのはみっともないわよ、お嬢ちゃん?」

 

「ぐぎぎっ……。そ、そういうランドルフはできるんでしょうね!料理!」

 

「一人暮らしが長いんだもの、徹ちゃんほどじゃないけれど自炊はできるわぁ」

 

「むぐぐっ……」

 

年頃の女の子が発していい声でも、浮かべていい表情でもない。

 

しかし、なんだろう。アサレアちゃんには悪いが、彼女とランちゃんのこういうやり取りは見ていてとても面白い。

 

「徹も最初はよく失敗してたって言ってた。だから気にすることないよ、アサレア」

 

「気にしてないわよ!気にしてるなんて一言も言ってな……わたしのこと呼び捨てにしてるこの子!」

 

「きっとお嬢ちゃんには敬称をつけなくていいって認識したんでしょうね。正しい判断だわぁ」

 

「非常識じゃない!失礼よ!わたしのほうが年上なのにっ!」

 

「そもそもお嬢ちゃんは人の呼びかた云々を注意できる立場じゃないでしょう?私のことは『ランドルフ』って呼んでるし、徹ちゃんに至っては『あんた』呼ばわりですものねぇ?」

 

「そっ……それは、ちがうじゃない!それはちがうじゃないっ!」

 

「どうちがうの?アサレア」

 

「それは、だから……って!アサレアって呼ぶなテスタロッサ!アサレア『さん』でしょふつうは!」

 

「フェイトちゃんに注意するなら、まずはお嬢ちゃんが徹ちゃんのことを『さん』付けで呼んでからすべきね」

 

「ぐっ……言えばいいんでしょ言えば!」

 

アサレアちゃんは目をつぶって大きく息を吸った。この坑道、光源なんて光る鉱石だけでかなり乏しいのに、それでもわかるくらいにアサレアちゃんの顔が真っ赤になっている。

 

「っ……と、とっ、徹さ……」

 

「ファーストネームで呼ぶんだね」

 

「……へ?」

 

「私のことはファミリーネームで呼んでたから、てっきり徹のこともファミリーネームで呼ぶのかなって思って」

 

「あ、あ……あっ……っ!」

 

フェイトの指摘に、アサレアちゃんは目をまん丸に見開いて口をぱくぱくと開閉していた。何か反論しようとしているのだろうか。そのわりにアサレアちゃんの口から言葉になって出てくることはないのだけれど。

 

「フェイトちゃん、だめよ、つっこんじゃ。お嬢ちゃんは徹ちゃんのことをファーストネームで呼ぶのが夢だったの」

 

「そうだったんだ。邪魔してごめんね、アサレア。……続きどうぞ」

 

「できるかぁっ!」

 

アサレアちゃんは涙ぐみながら、ごちゃごちゃした思いを込めて咆哮した。

 

どうやら休憩を取ったのは正解だったようだ。調子が下がっていたみんなもだいぶ元気を取り戻している。

 

それに一緒にご飯を食べればコミュニケーションも取りやすいだろうと期待していたが、期待を上回る成果も叩き出している。まあそこはランちゃんのおかげもだいぶあるだろうが。

 

持ってきていたサンドイッチを全部食べて、しばし談笑していた、その時だった。

 

「つっ……ん?なんだ、これ……」

 

後ろに体重を傾けるように手を置いたら、何か硬いものが手のひらに触れた。

 

手に取って確かめる。それが何なのか理解するまでに、脳が理解するまでに、多少時間を要した。

 

「っ……」

 

声が出そうになった。必死で声を噛み殺した。

 

骨。

 

骨だった。何の生き物かまではわからない。だが確実に、何かしらの生き物の骨だ。

 

背筋にぞくりと悪寒が走る。クロノから聞いていた事前情報が、不意に俺の脳内に過ぎった。

 

「……俺、片付けしとくわ」

 

「あらごめんなさい。気が利かなくて。私も手伝うわ、徹ちゃん」

 

「一人で充分だって。ランちゃんはお喋りに参加しといてくれ」

 

まだ、嫌な想像が正しいのか確証がない。片付けを装って内密に調べたい。不必要にみんなを不安にさせたくないので、できれば一人で。

 

いつも通りを心がけたつもりだが、ランちゃんは俺の些細な変化に勘づいたようだ。

 

すっ、とほんのわずかに瞳を細めた。

 

『な……かあっ、たの?』

 

即座に念話が送られてきた。俺の意図を読み取るのと配慮が的確なのが、本当に助かる。

 

しかし、なんだか念話の音声の伝達が思わしくない。魔力に反応して光る鉱石が周囲の土にたくさん含まれているからだろうか。いつもより念話が使いづらい。普段より魔力を心なし強めに込めておこう。

 

『生き物の骨を見つけた』

 

『骨、くらい……あってもよさそ……だけれ、ど……』

 

『ここまで坑道で生き物はいなかったし、生き物の痕跡もなかった。餌になるようなものも見当たらないこんなところで見つかるのは気持ちが悪い。ちょっと調べたいから、他のみんなが俺を気にしないように誘導頼む』

 

『わかっ……たわぁ。あとか……教え、てねぇ』

 

年下メンバーの世話をランちゃんに任せ、俺は適度に片付けながら、この付近をもう一度見回してみる。

 

これまではざっくりとしか目を配っていなかったから気がつかなかった。

 

ところどころ、地面が盛り上がっている箇所があることに気づく。

 

そこを、何気なさを繕いながら手で掘ってみた。

 

「っ……おいおい、話が違うじゃねえの……」

 

骨と焼け焦げた服が出てきた。

 

さっき拾った骨とは大きさがまるで違う。なにより、かなり明確に形が残っている。

 

細々とした白くて小さな骨と、細くて長い二本の骨。ちょうどそれらは、指の骨だったり、前腕部、橈骨(とうこつ)尺骨(しゃっこつ)に酷似している。

 

「怪我人しか出てないって話じゃなかったのかよ……」

 

こんな時に、嫌な記憶を思い出してしまった。前回のサンドギアの任務。俺たちが配属された部隊のもともとの隊長さんの言葉だ。

 

『司令部のクソ連中は一山いくらの兵隊が何人死のうが気にしねぇ!』

 

耳に残る嫌な力のある発言だった。続いて、死傷の理由なども上の人間が自由に改竄できるかのような言い回しもしていた。

 

俺たち嘱託に仕事が回される前に、『陸』の局員がこの地質調査の任務でこの世界に訪れたとクロノは言っていた。その時、体調不良者が続出したり、アクシデントがあったため、任務を断念したと。

 

実は、死傷者もいたのではないかと裏を勘繰らずにはいられない情報だ。

 

なによりもまずいのは、俺たちもまさしく、同じ(わだち)を踏んで進んでいるのではないかということ。

 

調査中に発生したアクシデント。正体不明の物体から襲撃されたというのも、こじつけの言い訳ではなく、事実なのではないか。

 

「……ここには、なにかある。長居はリスクが勝ちすぎるか……」

 

この坑道に入る際の鳥の群れの挙動を思い出す。腹を空かしているはずだったのに、俺たちがこの坑道に入った途端に追いかけるのをぴたっとやめた。あの鳥たちは本能で感じ取っていたのか、もしくは経験から学習したのだ。

 

坑道に入ったら、戻ってこられないと。

 

「みんな、一度ここを出よう。ちゃんと下調べしてからのほうがよさそうだ」

 

出直す。

 

それが最善だと結論づける。

 

リスクを承知で闇雲に進むより、時間をかけてでも安全を確保する。

 

本音は一日で終わらせたいが、別に二日かけても問題はないのだ。なぜか今回も隊の指揮を預かっている以上、安全を最優先しなければいけない。

 

「事情は歩きながら説明する。まずはここから……」

 

「ごめんなさいねぇ、徹ちゃん。文字通り、出遅れちゃったかもしれないわぁ……」

 

「ん?どういう……」

 

振り返ると、ランちゃんたちは背中を合わせるようにして円になっている。周囲を警戒していた。

 

一番見えやすい位置にいたクレインくんの視線を辿る。暗がりには土の壁しかない。何があったのかと問いただそうとした時、壁が動いた。

 

「な、なんだ、どうなって……」

 

もごもごと(うごめ)く壁を注視する。その壁は、壁ではなかった。いや、厳密には壁ではなくなっていたというべきか。

 

壁と同じような色、質感で動く、土の塊。体高はおよそ二メートル以上もある。横幅のある分厚い身体を支えるためか、下半身にあたる部分はそれに比して太くなっている。それこそ足など象のように太く逞しい。外観はまさしく、ロールプレイングゲームなどで登場するゴーレムを彷彿とさせる。

 

肩の両側からだらりと垂らされた両腕はやたらと長く、床につきそうなくらい。脚部より一回りくらい細い腕だが、それでも女性のウエストくらいは優に超えて太い。

 

姿形は人間に近いのだが、肩から上はない。人間で言うところの頭に該当する部分が存在しない。なので目もなければ耳もないし、鼻もない。どうやって物を認識するのだろう。そもそもこれは生物なのか、時の庭園にあった傀儡兵のような人工物なのかもわからない。

 

なるほど、確かにこれは『正体不明』としか形容のしようがない。そして情報通りであるのならば、この正体不明の物体は襲いかかってくるのだろう。

 

土の壁の全てがゴーレムだったのではないかと思わせるほどの量が、俺たちを。

 

「お、おい、クレインくん!こんな生き物が管理世界にはごろごろしてんのか?!だとしたら俺はこのまま魔導師の仕事を続けられる自信がないぞ!」

 

「安心してくださって結構です!こんな生物はどんな図鑑でも見たことありません!たぶん生物じゃないです!」

 

「そうかそれならよかった。全然安心はできないけどな!」

 

「ちょっ、ちょっと、この状況どうすれば……逢坂さん後ろ!」

 

久しぶりにアサレアちゃんに名前を呼ばれた。

 

急いで背後を顧みる。

 

「後ろっつっても、きた道と壁しか……っ?!」

 

土の壁は、いつの間にか音も立てず、気配もさせず、土くれのゴーレムになっていた。

 

巨体のゴーレムは、大木のような腕を振り上げる。上げたのなら、あとは下ろすほかにない。

 

「う、お……っ」

 

上体をそらして大木を回避する。顔のすぐ隣を通った。風を切る音で俺の耳はいっぱいになる。

 

打ち付けられた大腕は地面を揺らした。

 

「どんな質量してんだ……」

 

地面が拳の形に(えぐ)れていた。

 

こんなもん直撃したら、ちょっと前にごっつんこしたトラックよりも重い怪我を負うことになる。

 

「ん?……おー、なるほど……」

 

「あい……あんた!なにしてんの!早くこっちきなさいよ!」

 

「今度は『逢坂さん』って呼ばなかった」

 

「うっさいわねテスタロッサ!あんた!とりあえず下がって、様子を見なきゃ……ほら早く!」

 

「ちょっと確かめるっていうか、試したいことがある」

 

「は、はぁっ?!ちょっと!」

 

地面からごりごりと音を立てて引き抜かれる大腕はその先端、拳の部分の見分けがつかなくなっている。それだけ振り下ろしたその一撃には重さがあるということだ。

 

だとしても、当たらなければ意味はない。

 

「でかけりゃいいってもんじゃねえぞ」

 

踏み込んで土の巨体に手を添えて、短く息を吐く。

 

「ふっ……」

 

発破。全身の筋肉から凝縮された力は、ゴーレムの胴体に風穴をあけた。手に伝わる感触で、ゴーレムの強度は(おおむ)ね把握できた。

 

「やっぱりな。見てくれだけだ、立派なのは」

 

ゴーレムの拳が地面に叩きつけられた時にほとんど形が残っていないところを見て、もしやと思った。予想した通りだ。見た目の威圧感から連想されるほど頑丈なつくりではない。

 

この程度なら、魔力循環さえしっかりできていれば普通に殴る蹴るでどうにでもできる。とても魔導師の戦いとは思えないけれど。

 

「あとはどれくらいで崩れるかだけど……もう崩れたし」

 

人間などの生き物とは違う。たとえ上半身が吹っ飛ぼうが胴体に風穴が空こうが動きそうなものだが、ゴーレムは胴体に大きな穴が空いただけで、後ろに倒れこんでそこから動かなかった。そのまま、土の山となった。

 

どうやら俊敏性と強度の他に、耐久力にも難があるようだ。

 

「気をつけるのは……数の多さと、でかい腕くらいだな」

 

左右から襲ってきたゴーレムの腕をバックステップで躱して、ようやくアサレアちゃんたちに合流。

 

次いで、手に入れた情報をみんなに報告する。

 

「バランスが悪くて足はあげられない。攻撃手段は腕だけと見ていい。周りのゴーレムにあたるからか、大きな腕を振り回したりもしない。あくまで持ち上げて振り下ろすだけ。動きは鈍いし案外脆い。重量のある腕は怖いが近づきさえしなければ怖い相手じゃない。ただ風景と同化して見づらいから、そこだけ留意。……ん?」

 

注意事項を伝え終わったあたりで、きん、と甲高い音が聞こえた。きん、きん、と金属質な高音は遠ざかっていく。

 

何の音だろうと耳を澄ましたら、違う甲高い音に耳を(つんざ)かれた。

 

「ぁぁああんたっ!なにしてんの危ないでしょ!」

 

「耳が痛い……。どうにかしないといけないんだから、ゴーレムの情報は必要だろ?」

 

「それにしたって乱暴すぎるでしょ!?なんなの?!あんなに大きいよくわかんないの相手に、素手で殴るって!」

 

「蹴りだと細かい強度が測りにくくてな」

 

「そういう意味じゃないわよこのばかっ!なんで肉弾戦挑んでるのって話よ!」

 

「接近戦が徹の主戦場だもんね」

 

「フェイトの言う通りだぞ。距離が離れるにつれて、俺は人権を奪われていくんだ」

 

「あんたは頭のねじが外れてるし、テスタロッサはあんたに毒されてるし……もうっ!あんたは情報を手に入れただけで充分!だからあんたはわたしたちの真ん中で立ち惚けてなさい!」

 

「いや、俺も戦うって」

 

「あんた戦おうとしたら近づかなきゃいけないじゃない!」

 

「え?そうだけど」

 

「あんたが言ったんでしょうが!近づかなければ怖くないって!注意した本人が近づいてどうすんの!あんたは真ん中で私たちに指示出してればいいの!わかった?!」

 

「お、おお……了解」

 

「ふふ、私の後ろにいてね。守ってあげる」

 

「ずいぶん大きく出たな、フェイト。それなら今はゆっくりさせてもらうとするか」

 

四人の中央に移動する。地鳴りを響かせてゆっくりと接近するゴーレムに煌びやかな色の魔力弾が突き刺さる。四方八方でゴーレムが爆ぜ、土や石、ゴーレムを構成していた破片が飛び散った。

 

全員が並の魔導師よりも優れた射撃魔法を操れるのだ。鈍重なゴーレムなど、ただの的でしかなかった。

 

「んー、足や腕が吹っ飛んだだけだと崩れない……胴体じゃないと崩れないのか?なにかもっと要因があるのか……」

 

「ねぇ、徹ちゃん?」

 

四人がゴーレムをばったばったと屠っていく中、俺が陣形の中央でのんびりしているとランちゃんに声をかけられた。

 

ランちゃんがトリガーを絞るたびに頭の後ろにある紫色の尻尾がふらりふらりと揺れていた。周囲に鋭く目を向けていて、こちらは見ていない。

 

「んあ?なに?」

 

「ゴーレムを倒すのは難しくないけれど、このままだと消耗する一方よ。逃げるにしてもこう囲まれていると動けないし、それにどこがきた道だったかもわからないし……」

 

「引き返すんならあっちだ」

 

「なんでわかるの?」

 

「動いたぶんの歩数と歩幅と方向を覚えてるからな」

 

「相変わらず人間離れしてるわね……」

 

「……褒めてるんだと受け取っておこう。あっち、撃ってみてくれ」

 

「はぁい」

 

大型拳銃(デバイス)のマガジンを取り替え、引き金を引く。

 

先程までとは異なる発砲音、マズルフラッシュ。俺が指差した方向に飛んでいく魔力弾の大きさも、着弾した際の爆発も、何もかも違った。爆発の勢いで近くのゴーレム数体が纏めて吹き飛んだほどだ。榴弾なのだろうか、相変わらず凄まじい威力だ。

 

ともあれ、視界を遮っていたゴーレムの山は掃けた。これで出口へのルートも開いた。

 

そのはずだった。

 

「塞がってる……」

 

「あらぁ……私のせいかしらぁ?」

 

「いや、さっきの爆発で崩落はしていない。あんなに綺麗に道が塞がるわけはない」

 

「徹ちゃんの記憶違いってこと?」

 

「魔法の術式すら一目見れば憶えられるんだ。道を忘れるなんて、それこそもっとありえない」

 

「そう、よね。……ということは」

 

「誰かが道を塞いだのか、あのゴーレムで埋めたのか、オカルトに近いけどこの坑道自体が道を消しているのか……。なんにせよ、進む以外に道はなくなった」

 

退路がないのなら違う道を探さないといけない。幸い、この空間にはまだ生きている道が数本ある。それらのいずれかは外部へ通じるものもあるだろう。

 

ゴーレム退治していないぶん、働かなければ。

 

サーチャーを飛ばして出口への道を調べる。その前に、起きた。

 

綻びが、突如として。

 

「っ……はぁっ、はぁっ……もう、なんで……」

 

鮮やかな赤色の弾丸の群れが、ゴーレムを貫く前に掻き消えた。届くものも一部あったが、ゴーレムの巨体を吹き飛ばすほどの火力が出ていない。せいぜい表面を浅く抉ってノックバックさせるくらいしかできていない。

 

「アサレアちゃん、どうし……アサレアちゃんっ!?大丈夫か?!」

 

「はぁっ、んぐっ……はぁっ。だ、だいじょう、ぶ。……ちょっと、魔力の調節ミスっただけ……」

 

アサレアちゃんに駆け寄ると、顔色がかなり悪くなっていた。息は荒く、冷や汗もかいている。デバイスさえ重そうにして、腕をだらりと下ろしていた。明らかに体調に異常をきたしている。

 

この症状は、魔力欠乏時のそれに近い。

 

休憩する前も体調を悪そうにしていたし、ぶり返したのか。しかし、これほど症状が悪化するほど魔力は消費していないはずなのに、どうして。

 

「アサレアちゃん、ちょっと休んでてくれ。俺が前に出る」

 

「わ、たしは……まだ、いけるわ」

 

彼女の強がりも、今は覇気がない。

 

「いいから。自力で動けなくなるほうが困るんだ。自分の足で歩けるくらいには体力を置いといてくれ」

 

「っ……」

 

輪の中央、俺がいた場所にアサレアちゃんを座らせる。肩を掴んで移動させたのに、抵抗もしないほど弱っていた。

 

「休んだぶんは働くぜ」

 

ゴーレムの前に躍り出て殴りつける。破壊するにはなんら問題はない。

 

順調に土の山に還していくが、徐々に数が増えてくる。というより、左右から押し寄せてくる。

 

「くそっ、なんでこうわらわらと……。ああ、そうだった……。アサレアちゃんだけじゃなかったな……っ」

 

一旦四人の元まで退く。

 

「はぁっ、くっ……」

 

「っ……ふぅっ、ふっ……」

 

昼休憩前、不調を訴えていたのはクレインくんとフェイトも同様だ。二人ともアサレアちゃんほどではないにしろ顔色が悪くなっている。

 

クレインくんは照準の精度が甘くなっているし、フェイトはフォトンランサーの発射体をとうとう引っ込めた。それだけ魔力に余裕がなくなってきているのだろう。

 

なのはほどではないらしいが、フェイトだって俺とは比べ物にならないレベルで保有魔力は多いはずなのに。

 

「クレインくん、フェイト、きつかったら休んでていい」

 

「すいませ……なんでか、すごく……身体、重くて……」

 

「っ、なんでだろう……なのはと戦った時よりも、魔法……はぁっ。使ってない、のに……っ」

 

「……そうだな。フェイトのこんな姿はめずらしい」

 

「……くやしい」

 

「はっは、守ってくれて楽させてもらったぶん、今度は俺が守ってやるよ。……だから、次はフェイトが楽しとけ」

 

「ごめんね、徹……」

 

申し訳なさそうに俯くフェイトの頭をわしわしと荒っぽく撫でる。

 

「いいって。また後から活躍してくれ」

 

フェイトには格好つけたものの、正直厳しい。ゴーレムの数は落ち着いてきているが、またじわじわと湧き出るように増えている。

 

ランちゃんが動けているぶん今はなんとかなっているが、これからどうなるか。見通しは暗い。

 

「ランちゃんは大丈夫か?」

 

「そうね……はっきり言うと、あんまりよろしくないわね」

 

「ランちゃんもか……まずいな」

 

「マガジンがなくなれば魔力依存の魔法になるから……私もそれほど長くはもたないかもしれないわ」

 

「……そのデバイスで使ってる弾って実弾なのか?」

 

「いいえ、前もって魔力を込めているだけよ」

 

「なら今は、その貯金を切り崩してるってことか……」

 

「まさかここまでがっつり戦闘になるなんて予想しなかったものだから、あまりマガジン用意してこなかったのよ。重いんだもの。でも、今はちょっと後悔してるわ」

 

「誰もこうなるなんて読めてなかったし仕方ないな」

 

俺としても、まさかこんなジリ貧な戦況になるとは、まるで予測できていなかった。戦闘になってもフェイトに丸投げすればいいやって皮算用してたくらいだ。

 

それもこれも、この坑道に入ってからだ。有害なガスでも発生しているのだろうか。俺にはまったくこれっぽっちもなんともないけれど。

 

『しばし、よろしいでしょうか』

 

「うおっ、バルディッシュか。どうした」

 

『魔法の構築には支障ありませんでした。しかし、術式の維持が大変不安定で、そのぶん魔力を余分に消費することになったのです。その点に、なんらかの原因があるかと』

 

「魔法の維持が難しい、と……。ありがとう、バルディッシュ」

 

『お役に立てたのであれば、幸いです』

 

魔法を維持することが難しく、普段より余計に魔力を注いでいたから、自身の保有魔力に依存しているアサレアちゃんやクレインくん、フェイトは、魔力を消費しすぎて、結果ばてた。ランちゃんは事前に準備していた弾を使っているから三人よりも症状の進行が遅れているのだろう。

 

いや、だとしたら自身の保有魔力に依存していないランちゃんは俺と同じくらい平調でなければおかしい。そもそも坑道内を進んでいた際、ランちゃんも調子が悪そうにしていたのだ。

 

「ちっ……とりあえずサーチャーで脱出経路を探すのが先か」

 

魔法が不安定になる原因は判明していない。だが、既に体調不良が三名、行動不能も一名出ている。任務の続行は現実的ではない。原因の究明より、先に脱出するべきだ。

 

「っ?!……なるほど、構築はできるけど維持は難しいってこういうことか……」

 

サーチャーを展開するが、うまくいかない。水の中に角砂糖を入れたような感覚。周囲から魔法が溶けていくような印象だ。平原でもサーチャーは使っていたが、その時とは魔法を使う感覚が違いすぎる。

 

このまま無理に維持して魔法を行使しようとすれば、消費魔力は通常の倍では効かない。

 

こんな環境の中、射撃魔法を使い続けた三人のポテンシャルに、逆に驚くくらいだ。

 

「はぁ……困ったな」

 

俺の魔力量では三人のように強引に使い続けるなんて芸当、到底できない。つまりは、道を探せない。

 

「ちっ……そろそろ枯れろよ、泥人形め」

 

一体を粉砕している間に、横から近づいていたゴーレムが大槌のような巨腕を掲げる。

 

単調で、ワンパターンな攻撃。回避は容易だが、腕が大きいため当たる範囲が広い。無理に躱そうとして躱しきれなければ一大事だ。掠めただけでも命取り。まともに動けるのは俺だけなのだから。

 

なので、無理せず受ける(・・・・・・・)ことにした。

 

「鮫島さん直伝……」

 

発破と似た理論。しかし、対極、正反対。

 

叩きつけられたエネルギーを全身の筋肉で吸収し、受け流す。

 

トラックに突撃された際に決死で(もしくは臨死で)使ってものにできた技術。

 

「『風柳』……ほんっと、習っておいてよかったー」

 

ゴーレムからぶつけられた運動エネルギーは、滞ることなく俺を通り抜けて地面へと送られた。

 

「……よし。使った感じスムーズだな、問題なっ……っと。な、なんだ?地面が……」

 

ゴーレムの巨腕は、鮫島さんとの特訓の成果を遺憾なく発揮して防いだ。俺にはいささかの怪我もない。

 

だが坑道内部は、その地盤は、無傷では済んでいなかったようだ。床が、ほんの僅かとはいえ確かに沈んだ。

 

ゴーレムは主に壁や床から湧き出るようにして出現している。その度に出現地点から大量の土を抉り取って、その巨体を構成している。そうやって床や壁の強度を削っているのに、さらにその太い腕を床に振り下ろす。それらが繰り返されて、地盤を少しずつ傷つけていたのだろう。

 

おそらく、俺たちのいるドーム状の空間の下には空洞か、もしくは道があるのだ。

 

今でさえ帰り道がわからないのにこれ以上深く潜れば、それこそ生きて帰れない。

 

これ以上、ゴーレムの力を受け流すのはやめたほうがよさそうだ。

 

「あーもう、鬱陶しい!なんでこいつらは動いてんだよ!」

 

巨腕をくるりと回転して躱し、遠心力を乗せて薙ぎ払うように足を振るう。

 

片腕を吹き飛ばされても元気に動いていたゴーレムは、胴体を切り離すような蹴撃でようやく動きを止めた。

 

「生き物じゃない、時の庭園で見たような傀儡兵でもない……ちっ」

 

この空間では魔法はまともに機能しない。何らかの魔法か、侵入者を検知したら作動するようなシステムなのか。どんな手段だろうがどんな技術だろうが、魔力を動力源としているはずなのに、なぜこの空間で動き続けられるのか。

 

「…………」

 

ちら、と背後を振り返る。

 

フェイトの身体は、こちらを向いている。きっと俺を心配そうに見ていることだろう。

 

ここは薄暗い。ごく間近まで寄らねば、顔ははっきりとわからない。顔色も、表情も、例えばそう、瞳の色とか。

 

「なるべく避けたかったんだけどな……」

 

左目のカラーコンタクトを外す。

 

フェイトにばれるようなことは避けたかったのだが、もう他に手がない。

 

光を映さない、くすんだ灰色の左目。この瞳は、光を映さない代わりに魔力を細部まで映す。日常生活では不便なこともあるが、こういう時には便利でもある。

 

「ゴーレムは、やっぱり魔法で動いてる。……ん?魔力が、異常に放出されてる……」

 

ゴーレムが魔力を原動力としていることははっきりとした。

 

ただ、どうにもおかしい。

 

魔導師には身体の表面に微量の魔力の膜のようなものがある。それに似たようなものなのか、ゴーレムの体表にも魔力が張られていた。その上、ゴーレムの体表からは魔力がだだ漏れになっている。空気中に溶けていくように、放出され続けていた。

 

外気に垂れ流され続ける魔力を追うと、ふわふわと漂って床や壁、天井へと吸い込まれていく。

 

「そういう……。ちっ、だからか……」

 

ゴーレムの詳細は分からず終いだが、なぜここでは魔法が使いづらいのか、そのヒントは掴んだ。

 

魔法が使いづらいというのは、あくまで副次的な効果だ。この坑道の性質は、空気中に浮遊する魔力を、魔力の素を根こそぎ搾り取るところにあった。

 

思えばおかしかったのだ。いくら魔法の維持に余計な魔力がかさむからといっても、ランちゃんたちは並の『陸』の魔導師を凌ぐ魔導師たちである。たったそれだけで体内の魔力が枯渇するわけがない。なのにこの速さで魔力欠乏寸前にまで至ったのは、魔法に加えて身体の表面に纏っている魔力までどんどん奪われていたからだ。

 

俺は少しでも節約しようと体表に魔力が出ないようにしているが、そんな瑣末(さまつ)な量の魔力を気にしなくてもいいランちゃんやフェイトたちは、言うなれば源泉掛け流しみたいなものだったろう。魔力は流出を続け、加えて魔法を使うたびに無駄に浪費するのだから、いずれ枯渇する。

 

わかったところで根本的な解決にはならないが、みんなの体調がこれ以上悪化しないようにはできる。

 

近寄ってきているゴーレムをあらかた払って、四人の元へ戻る。

 

フェイトに左目を見られないように注意しながら俺の仮説が正しいかどうか四人を確認したら、予想通りだった。フェイトなら金色の、アサレアちゃんならピンクに近い明るい赤色の魔力が蒸気のように、全身からふわふわと放出されていっている。それらはやはり、壁や床が飲み込んでいっている。

 

「みんな、魔力を抑えろ。身体の表面に張ってる魔力をどんどん奪われてる」

 

「な、なにそれ……どういうこと?」

 

「えっと、どう言ったらいいんだろ?浸透圧みたいなもんで……」

 

「シントウ、アツ?」

 

「や、忘れてくれ。……そうだ、気温の低いところにいたら身体の表面から冷えていくだろ?それと同じなんだ。この坑道は空気中の魔力が少ないから、魔力があるところから、つまり俺たちから吸い取ろうとしてるんだ」

 

「で、でも徹ちゃん、魔力を抑えるって……どうやって?」

 

「意識しろ。胸の奥にあるリンカーコアは魔力を全身に巡らせてる。その魔力が、身体の各部位に流れてる感覚を掴め。胸の奥から魔力が溢れて、心臓をポンプの代わりにして勢いよく全身に流れていく。胸から下半身へ。腹、腰、太もも、膝、ふくらはぎ、足首、爪先。同じように胸から上半身へ。肩、上腕、肘、前腕、手首、指先。そこまでできたら身体の表面、皮膚……そんなふうに魔力の流れに意識を傾けて集中すれば、操ることは難しくない」

 

みんなは目をつぶって集中している。

 

だがその間にもゴーレムどもは重たそうな図体を引きずって接近してくる。時間を稼ぐためにも、周囲を駆け回って近い順に打ち砕いていく。ランちゃんも前線から離れているせいで、さすがにじわじわと包囲が狭まっていく。

 

ゴーレムが湧き出てくる速度が速すぎるのだ。俺一人だと、ゴーレムの波状攻撃を押し返せない。打開策を講じないと、本格的にまずい。

 

「誰かできたか?!そろそろ手伝ってほしいんだけど!」

 

「……できないわ、徹ちゃん」

 

「ちょっ……なんで!?」

 

「魔法で使う魔力量の細かな調節さえ難しいのに、魔法ですらない純粋な体内の魔力の流れを意識的に操作するなんて……」

 

「……こ、こんなの、すぐにできっこない……」

 

「そ、そんな……っ、フェイト……」

 

縋るような思いでフェイトを見るが、フェイトは首を横に振った。

 

「ごめん……ごめんね、徹……」

 

「おいおい……。これができなきゃ、この鉱山に喰われるだけだぞ……」

 

こんなよくわからないゴーレムに囲まれている上、魔力の調整が不安定な場所でなんてやりたくないが、みんながすぐに感覚を掴めないのなら他に方法はない。最終手段だ。

 

「……俺が魔力をコントロールして誘導する。それで感覚を掴め。まずはランちゃんからだ」

 

「えっ、私?」

 

「他の三人は戦えるような状況じゃない。今は少しでも戦力がほしい」

 

「ちょ、ちょっと待って。徹ちゃんが何をするつもりなのか……」

 

「今から俺の魔力を通してランちゃんの魔力を外部からコントロールする。ちょっと気分は悪いだろうけど、じきに慣れる。時間がないんだ。あとは自分で理解してくれ。いくぞ」

 

「ちょ、ちょっと待って、心の準備が……」

 

「大丈夫、準備できてても、できてなくても、結果は変わらないから」

 

「ちょっと徹ちゃ……うっぐ……っ」

 

ランちゃんに魔力を送り込む。

 

体表付近のランちゃんの魔力を俺の魔力で押し退け、俺の魔力を引っ込めてランちゃんの魔力が体表付近に広がるのを待つ。その工程を再び行う。そうすることで、体表付近に魔力がない状態を感覚的に覚えてもらう。

 

魔法の術式をいじったり、リンカーコアに直接ハッキングするほどではないので、こんな不安定な環境でもまだなんとかなる。

 

「……こう、だ。わかったか?言葉にするのは難しいんだけど」

 

「そう、ね……はぁ、っ……なるほどね。ようやく理解できた気がするわぁ……。ふぅ、あら……だいぶ楽になったわ」

 

「そりゃそうだろうな。今まではずっと魔力を抜き取られ続けてたんだから。そんじゃランちゃんは迎撃よろしく」

 

「ええ。足引っ張っちゃったぶん、働くわよん」

 

「よし。じゃあ次は状態が悪いアサレアちゃんを……」

 

「徹っ!」

 

フェイトに呼ばれてはっとする。

 

急いで振り向けば、ゴーレムがその巨腕を振り下ろさんとする、まさにその瞬間だった。

 

焦るあまりに失念していた。

 

ゴーレムはその質量ゆえに動作は鈍重で、歩くだけでも床と擦れて音がするし振動もある。だが、出現する際は打って変わって異様に静かなのだ。

 

「くっそ……っ!」

 

回避はできない。俺のすぐそばにはアサレアちゃんがいる。受ける以外に選択肢はない。

 

なるべく使いたくはなかった。ただでさえダメージが積み重なった地盤はゴーレムが湧き出たことで周囲の土がごっそり抉り取られている。しかも、ここは開けた空間の中央。支えがなく、強度も一番薄くなっている。

 

こうなる可能性があることは考慮していた。危ぶんでもいた。同時に、どうにか耐えてくれと願ってもいた。

 

「っ、ふっ……っ」

 

両手を重ね、手のひらを土の腕に向け、受ける。普通に受ければぺちゃんこ必至だ。なので仕方なく衝撃を『風柳』で受け流す。

 

願いは報われなかった。

 

がごん、と不吉な音と不穏な揺れ。

 

「きゃあぁっ?!」

 

「ひゃっ……な、なにっ?」

 

「っ……やばい!みんな、すぐにっ……」

 

言い切る前に崩落が始まった。唐突に浮遊感が訪れる。

 

俺たちは、暗く深い地の底へと引き摺り込まれた。

 


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