「……る、はよ……ぃや、徹」
誰かに呼ばれる声がして徐々に頭が覚醒する。
一度ぎゅっと、力強く閉じてそれからゆっくりと重たいまぶたを持ち上げていく。
目の前には姉ちゃんがいた。
「あっはは、なんやねんなその顔。今めっちゃおもろい顔してんで? 起きたらはよ朝ごはん作ってや、うちお腹すいた」
なんかあったかくて眠りやすいと思ったら、そうだった。
昨日は久しぶりに一緒に寝てたんだった。
昨日の話し合いの後、ひとしきり抱きしめあってお互いの気持ちを確認して晩飯にした。
多少冷めてしまっていたが、中学生の時のように食べさせ合っていたらそんなことは気にならない。
晩飯はすぐに胃袋に収まった。
さすがに小学生の時のように、一緒に風呂には入れないので交代で入り、上がったら俺の部屋で寝るまで喋ってた。
最近あったことや、おもしろいこと。
姉ちゃんの仕事場の話や、俺の高校の同級生の話、愚痴なんかも言い合って気付いたらお互い寝てしまっていた。
「顔洗ったらすぐ作るー」
「徹は寝てたら意外とかわいい顔してるやんな。なんで起きてもうたら凶悪な目付きになんねやろ? 不思議やわ」
姉ちゃんめ、俺より一足先に起きてたのか。
寝癖もないし目もパッチリ開いている、起きて一度布団を出て顔を洗ってまた戻ったのかよ。
そのまま起こせばいいものを。
部屋を出て、リビングを通り一階の洗面所へ向かう。
寝間着を脱いで洗濯機の上に置いて、その上にタオルを置く。
いつも通りに洗顔、洗髪、洗眼してタオルで拭く。
俺の黒くて短い髪をドライヤーで逆立てるように乾かして、完成。
目付きとこの髪形が合わさって外見が怖く見えるらしいが、この髪形が一番似合うし楽なのだから変えるつもりはない。
階段を上り、リビングへ戻ると座布団に座りながらテレビをみる姉の姿。
両手にはフォークとナイフを装備。
どうせリクエストはホットケーキだ。
「店員さん! ホットケーキをお願いします!」
ほらな。
「はいよ、少々お待ちくださいねー」
姉ちゃんの朝のメニューは日によってバラバラだ。
和食が食べたいと言って、その時に冷蔵庫にある魚の塩焼きにお味噌汁、納豆、海苔、白ご飯が朝食の時もあれば、洋食が食べたいと言って、具だくさんサンドイッチにコーンスープ、スクランブルエッグ、ハムなんてこともある。
エスニックが食べたい! と言われた時はさすがに準備出来なかったので断ったが。
なので今日のようにホットケーキの場合はすごく楽で助かる。
前もって言ってくれていれば、俺が試行錯誤の末に編み出した黄金比率のたねから作るホットケーキを振る舞えるのだが、突然言われても用意なんてできない。
仕方ないので市販のホットケーキミックスで作るが、これはこれで安定しておいしいのだから問題はないんだけどな。
姉ちゃんの分と、他に作るのが面倒だったので俺の分と焼いて皿に盛る、一人二枚ずつだ。
ここから一手間、生クリームを乗っけて、俺がデザート作りの練習で買っていた苺やブルーベリーをホットケーキの端っこに添える。
あとはミックスベリーソースをかけて完成、これで見栄えもいいだろう。
テーブルの前で、手ぐすね引いて待っている空腹の獣の目の前にホットケーキを置く。
俺と姉ちゃんは二人ともメープルシロップ派なので、これも一応テーブルへ。
姉ちゃんはきらきらと瞳を輝かせながら、まだかまだかと待っている。
自分の分をテーブルに置いて、姉ちゃんの隣に座り、手を合わせる。
「いただきます」
「いただきますっ!」
姉ちゃんは家では、これをしてからじゃないと食べない。
一緒にテーブルに座って『いただきます』しないと、どれだけ腹が減ってようが手を付けようとはしないのだ。
家訓だからな、二人きりになってからは家訓も増えた。
「姉ちゃん今日は仕事は?」
「……ごくん。十九時までには帰ってこれるんちゃうかな。晩御飯よろしく頼むで、リクエストはおいしいやつ!」
ちゃんと飲み込んでから喋る良い子な姉、もう二十一なんだけどな。
家の外にいる時はシャキっとした雰囲気なんだが、家の中だとどうも幼い。
一枚目のホットケーキはベリーソースを全面に塗りたくって、ぺろりと完食。
生クリームとメープルシロップをかけて、いざ二枚目って感じの姉ちゃん。
相変わらず気持ちよく食べる、一口食べる度にふにゃっと笑うのが見てて面白い。
「おいしいやつって……『なんでもいい』と同じくらいに考えるの大変なんだけど」
「徹の好きなやつでええよっ。徹のご飯はなんでもおいしいからっ!」
「結局なんでもいい、になってんじゃねぇか」
まぁ、おいしいって言ってもらえるのは嬉しいんだけどな。
作り甲斐もあるし、頑張ろうっていう活力にもなる。
なにより、この笑顔を見ると次作る時、手間をかけてでもおいしくしようって思える
「そんじゃ、今日の晩飯は肉だな、決定」
「ええなぁ! しかし朝ごはん食べながら晩ご飯のメニュー考えるって、なんか食いしんぼさんみたいや」
その通りじゃないか、とは言わない。
あの小さなお手てが肝臓に突き刺さることになるからな。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでしたっ!」
ぱちっと手を合わせる。
姉ちゃん……そんなでかい声出さなくても隣にいるんだから聞こえるよ……。
「皿は流しに入れといて。洗濯物干してから洗うわ」
「そんじゃあうちが洗っとくわ」
本来、家事全般は俺の役目なのだが姉ちゃんは時々手伝ってくれている。
仕事に行く前に時間があれば掃除もしてくれるし、帰ってきて疲れてるだろうに一緒に洗濯物をたたんでくれたりする、優しくて気の利く姉なのだ。
身内褒めになってしまうが我が姉は、優しく美人なのに可愛くて、スタイルもいいし気が利くし、気立てもいいし愛想もいいので、職場でも可愛がられているらしいのだが、そういう接し方だとやっぱり勘違いする男が現れるようで。
そういう勘違いした馬鹿な男にべたべたされたりセクハラまがいのことをされると、一気に怒髪天を衝いて怒鳴り散らすという困った性格もある。
そのせいで優秀にも関わらず、何回も仕事を変えていたりするのだ。
あれ? 長所を言おうとしたはずなのに、いつのまにか短所の説明に。
姉についての考察を深めているうちに洗濯物は完了。
洗い物をすでに終わらせていた姉ちゃんが、お気に入りの座布団に座りながらニュースを見ていた。
近所で爆発事故のような事件があったとのこと。
ジュエルシードの思念体がやらかしたアレのことですね、俺に責任はありませんよ。
「徹、気ぃ付けえや。近くで爆発事故あったみたいや、巻き込まれ体質やねんから徹は」
もうすでに巻き込まれているとは言えなかった。
「そ、そうそうないだろ? こんな事件。気を付けるけどさ。そろそろ出るわ、恭也の家寄っていきたいし」
「もう行くんか……見送ったるわ、ついでに鍵も締めとく」
わざわざ見送ってくれるという姉が、階段を下りる俺の後をついてくる。
とくになにも気にせず玄関まで行き、上がりかまちに座って靴を履く。
すると突然、俺の後をついてきていた姉ちゃんが後ろから首元を抱きしめてきた。
背中の柔らかい感触に、一瞬心臓がはねた俺は多分死ぬべき。
「どうしたの? 姉ちゃん」
手を止めて、抱き付いてきた姉の頭を撫でる。
昔は俺がよく姉ちゃんにされてたんだけどな、最近じゃ立場逆転だ。
「はよ……帰ってきてな? うちも頑張って、なるべくはよ帰るから……」
また不安になってきたのか? 弱っちくなっちゃったなぁ姉ちゃんは。
「あぁ、姉ちゃんが帰ってくる時間には、俺が家にいるから。安心して、大丈夫だから」
「……わかった、いってらっしゃい」
まわしていた腕が解かれ、首が解放された。
靴を履いて振り返り、行ってきますと言おうとしたが、驚いて言えなかった。
姉ちゃんが、振り返った俺の頬を両手で優しく持って、額に軽くキスしたからだ。
上がりかまちの上から精一杯背伸びしていた。
「家族やもん、行ってらっしゃいのちゅうくらい当然やんなっ」
たぶん家族でも、行ってらっしゃいのちゅうはしないと思うんだけど。
特に姉弟ではしないと思うし、これまでやったことないし。
「そ、そんなもんなのか? まぁ……行ってきます」
おかしくない? とは思いつつも口には出せない。
満面の笑みで当然のように微笑むので、反論の言葉が引っ込んでしまった。
*******
恭也の家に寄る理由、それはユーノとレイハに会うためである。
一昨日に二戦して、実戦を経験して気付いたことや気になることについて教えてもらおうと思ったのだ。
学校に行くにはまだ多少時間がある、あいつらと話をする時間くらい取れるだろう。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「徹っ! 逃げろ! 今はだめだ!」
ノックして朝の挨拶をしつつ高町家の玄関へ入った時、恭也の悲鳴にも似た声が聞こえた。
俺の目が茶色の小さい何かを捉えたかと思った瞬間、アルフの蹴りもかくやというほどの衝撃を腹部に受けて、高町家へ玄関をくぐった瞬間に外に吹っ飛ばされた。
ずざささーっと地面を擦りながら倒れる。
勘弁してくれよ、もう制服の予備はこれしかないんだぞ。
「お、おはよう、なのは。今日も朝から元気だな……」
昨日リニスさんに治癒してもらっていなかったら、きっと致命傷になっていた。
俺のお腹のあたりに乗っかっているなのはへ、朝の挨拶をするが応答なし。
どうしたのだろうと顔を見ようとするが、なのはは俺のお腹に顔を押し付けていて表情がわからない。
「なのは? おーい」
「昨日……何してたの?……」
そこでやっと俺は思い出した。
昨日なのはに連絡するの忘れてた。
フェイトの仲間が、あと二人もいるってことを伝えとかないといけなかったのにな。
「昨日お兄ちゃんが徹さん休みだったって言ってて。携帯に電話しても出ないし、念話も繋がらないし、ユーノくんがやっても繋がらないし……心配してたのに。……お兄ちゃんがバイトも休むみたいだって言ってたからお母さんに聞いても、気まずそうに顔を背けるだけだし」
携帯の方には履歴が色んな人から入っていたから、なのはの電話に気付けなかったのだろう、念話に気付かなかったのはなぜかわからんが。
桃子さんは……いろいろ誤解してるんだろうな。
姉ちゃんが高町家の方にも電話したとか言ってた気がするから、俺が一昨日の夜、家にも高町家にもいなかったという情報は入手しているはずだ。
俺も誤解させるような言動、行動をしているので仕方ないと言えば仕方ないが。
「お兄ちゃんにもお母さんにも電話してるのに……なんで私だけなんにもないの? 心配してたのに……なんで?」
「ごめんな。でもここでは言いにくい、昨日の件は魔法が絡むからな。今日学校が終わったら説明するから今は我慢してくれ、な?」
上半身を起こしながらなのは以外に聞こえないように、耳元で音量を押さえて囁くように語り掛ける。
不機嫌なご様子なので、頭も撫でながらだ。
今はゆっくりと話す時間は取れなさそうなので、放課後へと後回しにさせてもらう。
「絶対だよ? 絶対だからね?」
「おう、俺が約束を破ったことなんてないだろ?」
それで納得してくれたのか、一度俺のお腹のあたりで深呼吸してから、やっと俺の上からどいてくれた。
俺から離れる前に、不可解な行動が挟まっていた気がするが。
「徹、生きてるか?」
「恭也ありがとう。あの注意喚起がなければ、俺の腹が風通しよくなるところだった」
「そ、そんなに強くぶつかってないもん!」
いや、あれで強くぶつかってないんだとしたら本気出したら大変なことになるぞ。
冗談でなく風穴があく。
「なのは、お前制服汚れてないか?」
「わ、私は大丈夫だけど、徹さんは……」
自分の制服についた砂を払いながら、なのはに尋ねる。
俺の方は多少汚れようが目立たないが、なのはの制服は白が基調になっているので目立ってしまうから大変だ。
「俺は別にいいんだよ。それより上がらせてもらっていいか? なのはとお話ししたくてな」
「学校行きのバスまでまだ時間はある、大丈夫だろう。俺が聞きたいことは登校中に聞くから構わんぞ」
「う、うん! 上がってっ!」
また高町家の玄関をくぐり、入らせてもらう。
「あら~、おはよう徹くん」
靴を脱いでなのはの部屋に行こうとした時、桃子さんに遭遇した。
「おはようございます、桃子さん。昨日はごめん、急に休んじゃって」
「いいのよ、やらなきゃいけないことがあったんでしょうし。……いろいろと」
意味深な言葉を付け加えるのを今すぐやめて頂きたい、なのはが訝しむような目でこちらを見ているので。
「なのは、すぐ行くから部屋で待っててくれ。桃子さんにちょっと話があるから」
「うん……わかったの」
「俺も学校の準備してくるか」
不承不承という感じだが、なのはは自分の部屋へ向かった。
恭也は気を使ってくれたみたいだ。
言いにくいし心苦しいが、言っておかないと後々迷惑をかけることになるかもしれないから……今言っておくほうがきっといいだろう。
「それで、話って何かしら?」
「自分勝手で本当に悪いと思ってるんだけど……しばらくバイト、休ませてもらえないか?」
俺はこれから時間が無くなると思う。
魔法の練習に時間を割かないと、あいつらと同じ土俵で戦えないから。
それにジュエルシードなんていう危険物を、そのへんに散らばらせておくことも出来ない。
いつ世界が崩壊するかわかったものではない。
可能性は低いとは思うが、俺が翠屋で働いているせいでもしかしたら迷惑をかけることになるかもしれない。
芽を摘むという意味でも徹底して損はないだろう。
「うふふっ、昨日も言ったけどやっぱりなにか見つけたのね。徹くんがそんな目で言うんですもの。大事なことなんでしょ? わかったわ、しばらくお休みにしておきます」
「ほんとごめんなさい、ありがとう。忙しいときは言ってくれ、手伝いに行くから」
桃子さんは理由も聞かずに了承してくれた。
いきなり期限なしで休みをもらうとか非常識だし大変だろうに。
話は終わったし早くなのはの部屋へ行かなくては。
予想以上に時間が押している。
「なのはも最近楽しそうにしてるから、それも関係あるのかしら? あと徹くん? 徹くんが器用なのは私も知ってるんだけどね?」
桃子さんに呼び止められた、まだ話はあったのだろうか。
「それでも二股はいけないと思うのよ」
「大いなる勘違いなんで、気にする必要は全くないです」
なんてことを言うんだ、たしかに断片的な
実際、姉ちゃんにもそうやって嘘を吐いちまったし。
でも二股というのはさっぱり訳がわからない。
「だって徹くん彼女いるんでしょう?」
「うむぅ……」
ここで彼女などいない、と本当のことを言ってしまうと齟齬が発生する。
桃子さんと姉ちゃんはとても仲が良い。
どこかで情報が渡る可能性はかなり高いので、俺は黙るほかない。
「ほらね? なら、なのはとその彼女さんとで二股になっちゃうんじゃないかしら」
「それがわからない。なんでそこで二股になるんだよ、なのはと俺はただ仲が良いだけだ」
「あれ? ヤっちゃってなかったの?」
「もう少し言葉を選べよっ!」
母親がなんてこと言ってんだよっ!
どこでそんな誤解が生まれたんだか。
恭也がいなくてよかった……いたら俺の首が落ちていただろうから。
「ならなのはのことは捨てちゃうのね、散々弄んでおいて」
「俺の風評を貶めるような発言をするな。そんな事実は一切ない。ただ仲が良いだけで……そのライン以上のことはしていない」
ふとなのはを俺の家に泊めたことを思い出して言葉が詰まったが、はっきりと言い切る。
嘘を吐くときは自信をもって堂々とすることが大切だ、いや嘘吐いてないけど。
「いずれちゃんと話をするから、あんまりあることないこと言わないでくれよ?」
「約束は出来ないわね~」
そこは約束して欲しかった。
「まず俺となのはじゃ年の差とかありすぎるだろ、なんでくっつけようと画策するんだよ」
「あら、年の差なんて愛の前では些細な問題よ? なのはは徹くんと一緒にいる時が一番幸せそうだから。これ以上の理由なんてないわね」
それでもいくらなんでも小学三年と高校一年では問題だろ。
それに俺となのはの関係も普通とは言い難いしな。
家族が忙しくて寂しくて沈んでいた時に、傍にいたのが俺だったから懐いているというだけだろう。
好意を向けられているという自負はあるがそれは、likeであってloveではないと思う。
「小学生に手ぇ出すとか周りの目がやばいって。俺、太陽の下歩けなくなっちゃうぜ」
「もう、面倒な倫理観ね。なのは可哀想だわ、中学生になるまでお預けなんて」
常識というものさしで測ってほしいな。
中学生でも問題なのは変わらねぇよ。
「いずれにしても今は俺の気持ちは変わらねぇの。じゃ、そういうことで」
「そうね、『今は』変わらない。その言葉だけで良しとしておくわ」
今、という単語が強調されたのがすごく怖い。
今はそうでもこれからはわからないわよ? みたいな言い方じゃねぇか。
なのはは俺の妹も同然、手を出すなんてことは万が一にも……百が一、五十が一くらいにしかないっ!
*******
「念話が使えない……ですか?」
桃子さんとの話が終わって、今はなのはの部屋。
この部屋に入るのはかなり久しぶりだな。
「なのはから聞いたんだが、昨日念話で俺に呼びかけたんだろ? 念話が来たような感覚はなかったし、さっきなのはとも試してみたけど届いてないみたいだった」
思いもよらぬところで時間がかかってしまったので、本来聞きたかったことではなく、さっき浮上した疑問を解消することにした。
必要な時に念話が使えないとなると、窮地に陥る可能性もある。
なるべく早く解決しておきたい。
「調べてみます、ちょっと待ってくださいね」
「頼むわ」
机の上にいたユーノが椅子を伝って下りて、なのはのベッドに座っている俺を駆けのぼり頭に辿り着いてそこで調べ始めた。
毎回調べる時は頭に上ってるけど、これ必要不可欠なのか? 省いてもいいんじゃないの?
「一昨日、自然公園で戦った後にあの子の仲間とも戦ったんだよね? 怪我とかしなかった? 大丈夫だった?」
「おう、戦って負けてジュエルシードは向こうに渡っちまったけど、もう一人の仲間に傷は治してもらったからな。身体に傷は残ってねぇよ」
『傷を治してもらったとは……マスター、徹はスパイの可能性があります』
たしかにスパイと疑われても仕方ないとはいえ、俺の心配よりも先に情報漏えいの危惧って薄情じゃない?
「相手の情報を入手したのにそんな言い様とは……お手入れは延期だな」
『このっ……怪我がなくて何よりですねっ徹!』
いやいや言ってるというか、やけくそみたいになってるぞ。
こいつお手入れには弱いな、まだ一回しかやってあげてないのに。
「仲間の人……やっぱりいたんだね。どんな人だったの?」
「使い魔だ、って言ってたな。俺が戦ったのがアルフっていう狼耳、助けてくれたのが猫耳の人だった」
「女の人なんでしょ、にやにやしてるもん」
なのはが半眼でじとっと見てくる。
失礼なことを言う、俺はいつだって真剣な顔をしてるのに。
『諦めましょう、マスター。この獣は相手が女とみると見境がないのです。前だって眠っていたマスターに』
「それ以上言ったら窓から投げ捨てるからな! 約束はどうした!」
『徹がお手入れを逆手にとって、私をいいように使おうとするからでしょう。勘違いしてはいけませんよ、私が黙っているおかげで、あなたはくさい飯を食わずに済んでいるのですから。ふふふ』
首を傾げながら俺とレイハの話から取り残されているなのは。
中心人物なのに置いてけぼりという、ある意味ドーナツ化現象。
いつかレイハの弱みを握らないと、こいつつけあがるな。
「兄さん、一昨日だいぶ魔法使いましたか?」
診断が完了したのか、ユーノが質問してきた。
そうだなぁ、一昨日は……。
「使いまくったな、限界ギリギリのギリまで使い切った。息切れして頭くらくらするくらいに」
「九十九%それが原因ですね。リンカーコアが疲弊しているんです、しばらく休めばまた使えるようになりますよ。あまり無理しないでください、魔力の過剰消費で亡くなったという報告もあるんですから」
命に係わるのかよ、これからはちょっとだけ気をつけよう。
そんなことで無駄死にしたくない
リンカーコア、ねぇ。
これについて聞きたかったから、朝早くに来たんだがもう時間がない。
念話が使えない理由がわかっただけ良かったとしようか。
「そうか。休肝日、でもないがあまり使わないよう心がける。まだ聞きたいこともあるから学校が終わったらまた来るわ。なのは、いいか?」
「うん、いいよ! ぜんぜん大丈夫! 私も早く帰れるようにするからっ!」
「ぼくでわかることならなんでも聞いてください」
なのはもユーノも構わないみたいだ。
今日の予定が早くも埋まっちまった。
さて、面倒だがそろそろ学校行かねぇとな。