そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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完全体

 

一片の光も排除された暗闇の世界の中には、ふわりと柔らかい感触と甘い匂いだけがあった。フランちゃんが抱きついてきていた。

 

(なま)めかしく(よど)んだ声が、俺の耳朶(じだ)を叩く。

 

「わたしと、一緒にここで暮らそう。ここで……生きよ?」

 

低く、しかしどこか弾んだような上擦った声。フランちゃんのゴーレムの中に取り込まれたと気づいた時には、もう土の壁に覆われた後だった。出口が閉じられた後だった。

 

「ま、待てって、フランちゃん……俺は」

 

「王と……わたしだけの王と、一緒に、この国を……二人なら」

 

やはりフランちゃんは未練があったのか、国を捨てることはできなかったようだ。生まれてからずっと暮らしてきた国を出る決意なんて、そう容易く固まるものではないとは思っていたが、俺を拘束するのは想定外だった。

 

フランちゃんの願いは叶えてあげたいが、俺はここに骨を埋めるつもりはない。その願いは叶えてあげられない。

 

「っ……くそ、なんだ、これっ……」

 

とにもかくにもここから出ようともがくが、腕も足も途轍もなく重い。

 

俺の身体がずぶずぶと土の中に沈んでいく。振り払うこともできないほどに、呑み込まれていく。俺に抱きついたままのフランちゃんも一緒に、だ。

 

腕も足も土に食いつかれながら、ずずず、と緩やかな流れの川に身を任せたような妙な感覚に襲われる。

 

「う、動いて……移動してんのか!フランちゃん出してくれ!俺はここにはいられない!」

 

「王がいなくなったら、わたしはまた……。だめ。行かせない」

 

「本当に、やばいって……っ」

 

フランちゃんがどこに向かおうとしているのかわからないが、このままだと自由に身動(みじろ)ぎもできなくなる。魔法による拘束なら簡単に破壊できるが、純粋な物質的、質量的捕縛だと抵抗できない。力任せに引き千切ろうにも、くっついているフランちゃんまで傷つけてしまう。

 

逃げ出す手段を考える間にも、次第に俺とフランちゃんを覆う土の塊は移動していく。下りのエスカレーターに乗っているような、奇妙な体感。

 

どんどん深く潜っていっているのか、腕や足にかかる圧力が増していく中、毛色の異なる衝撃波が土中を伝播した。

 

どごん、どごんと腹の底に響く鳴動。

 

「残った人たちか……」

 

ぽそりとフランちゃんが呟いた。

 

爆音は断続的に発生して、ついに八回目のこと。

 

「うっぐ……耳痛え……。っ、光が……っ!」

 

これまでとは比較にならない音と衝撃。そのすぐ後、俺の後頭部を石の破片が小突いた。まだぎりぎり動かせる首を回して見てみれば、小さな穴から光が差していた。

 

「っ……」

 

暗闇を切り裂いて差し込んだ一条の光には、フランちゃんも当然気がついたようだ。

 

初めて俺から手を離し、欠落した部分を修復しようと両手を左右に広げる。

 

腕も足も土に絡め取られているが、フランちゃんが離れている今ならば力づくで動ける。この隙を逃せばもう、あとはない。多少痛かろうが、無理を押して脱出する。

 

「ぐっ、おぉっ!」

 

瞬間的に全筋肉を連動、両足に力を集約する。片足ずつではない、両足同時の襲歩。もはやこれは、足による発破に近い。

 

爆発的な推進力を以って、土の拘束を吹っ切って暗い牢から抜け出す。

 

「ぶぇっ、ぷっ、ぺっ!……あれ、ここ……大広間じゃねえか……」

 

ロケットのように土から勢いよく飛び出したせいで頭から満遍なく土を被った。口に入った砂を吐き出して周囲を見渡してみれば、太陽光に似た光が燦々と降り注ぐ大広間だった。

 

休んでいた小部屋から大広間まで近いことは近いが、まさか土の中をこれほど移動しているとは思わなかった。そしてそれ以上に、予想よりも深いところに潜っていたことに、そこはかとない恐怖を抱く。

 

「徹ちゃんっ!無事?!」

 

「ああ、なんとかな……。無理に脱出したせいで腕と足が付け根から引っこ抜けるかと思ったし、全身に土を被ったけど、(おおむ)ねなんともない。助かったよ、ランちゃん」

 

「お役に立ててなによりよ。土の中に潜られちゃった時はもう、ぞっとしちゃったけれどねぇ」

 

俺がフランちゃんに拉致された土中で聞いた雷鳴のような轟音は、ランちゃんの射撃魔法だった。

 

ランちゃんが飛んできた方向を辿ると、地面に大きなクレーターがいくつもできていた。おそらく手当たり次第にぶっ放して俺を探り出してくれたのだろう。一歩間違えれば俺ごとずどんといってしまう危うい作戦だけれども、結果的には成功したので感謝はすれど文句は言うまい。

 

「っ!徹っ!」

 

「うおっ……フェイト、危ないって」

 

「危ないのは徹のほう。……すごく心配したよ」

 

「……まあたしかに、今のもさっきのも危なかったのは俺だけど……」

 

ランちゃんがきた方角とは少しずれたところから物凄い勢いで飛来したフェイトは、ほとんど速度を殺さぬままに俺の胸に飛び込んできた。いつも楚々(そそ)として淑やかなフェイトがこうして抱きついてくるのはあまり例がない。お姉ちゃん(アリシア)のほうなら日常茶飯事なのだが。

 

どうやら残された四人はそれぞれ四方向に分かれて俺を捜索してくれていたみたいだ。すぐにアサレアちゃんとクレインくんも合流した。

 

「あいさっ……あんた!ほんとなにしてるのよ!あの子が情緒不安定だったのは見てればわかることだったじゃない!」

 

「まったくその通りだ……面目ない」

 

「事を急いたあんたにも落ち度はあるんだからね!」

 

「返す言葉もありません……」

 

「とかなんとか言っておりますが、逢坂さんが連れ去られた時は涙目でパニックになっていたんです。安心して強がりを言ってるだけですのでどうかあまり気にしないでください」

 

「うっさいわよクレイン兄!パニックにもなってない!ていうかテスタロッサ!あんたいつまでくっついてるのよ離れなさい!」

 

「お嬢ちゃん、徹ちゃんを取り戻せて嬉しいのはわかるけれど、ちょっと静かにしなさいな。今は戦闘中なのよ」

 

「わっ……かってるわよ!」

 

「そうだ……フランちゃんはどこに……っ」

 

俺が脱出した穴、その縁に小さな手がかけられた。まるで埋葬された死体が蘇り、動き出したかのような、緩慢なのに怖気のある動きでフランちゃんが這い出てきた。

 

ふらふらと揺れる身体に追従してなびく髪、精巧な銀細工のような瞳は、仄暗い憤怒の炎で熱されていた。明らかに、静かに燃え盛る敵意を示していた。

 

「取り返、さないと……」

 

一塊になっている俺たちを見据えて、両手を地面につけた。

 

いい予感などするわけがなかった。

 

「待て!待ってくれ!フランちゃん!俺は……っ!」

 

「……わかってる。あなたは、王じゃない。わたしを救いにきた王じゃない……でも、わたしに優しくしてくれた。言葉の通じないわたしと、関わろうとしてくれた。シュランクネヒトで襲いかかったわたしを許して、理解しようとしてくれた。壊れそうだったわたしを、助けてくれた。だから、それでいい。あなたがいれば、それでいい。わたしとあなた。二人でいい。ほかは、いらない」

 

「っ、この……」

 

「説得は、どうやら難しそうねぇ……」

 

あくまでも一方的、どこまでも一方的に言い放ち、言い捨てた。

 

どうにか会話を試みようとするが、その前にフランちゃんが動いた。

 

ぐぐっとフランちゃんの周囲の土が動き、盛り上がる。フランちゃんが扱える魔法はゴーレムを創り出して操作するもののみ。だが、この土の集まり方は、まずいほう(・・・・・)の使い方だ。

 

「全員飛べ!土石流がくる!」

 

ほぼ同時に、幼い子供が粘土で作ったような不恰好な手が形成される。手のようにぎりぎり見えるという程度の、部分展開されたゴーレムの巨大な手はまっすぐに俺たちへと伸びてきた。

 

鉱山全体に響き渡りそうなほどの音と振動。石飛礫(いしつぶて)と砂煙を撒き散らしながら追ってくる様は、見た目にシンプルなぶん、直撃した際のイメージも容易で余計に恐怖が沸き立つ。

 

「っ……ふ、ふんっ!じ、地面を這うだけの攻撃なんて、ちゅぃ……ちっとも怖くないわよ!」

 

宙に浮きながら、眼下を過ぎていった巨大な土の手にアサレアちゃんがそう評した。顔から血の気が引いているし声も震えているしで確実にいつもの虚勢だ。

 

割と本気で怖かったのだろうが、ただ、実際問題俺たちへの脅威にはなり得ない。

 

微々たるものとはいえ食事から魔力を補給できたのだ。坑道で魔力を根こそぎ奪われながら這々(ほうほう)(てい)で大広間に逃げ込んできた時とはわけが違う。

 

土石流じみた巨大な土の手も多少は上に持ち上げられるみたいだが、そう何メートルも高度は上がらなかった。飛行魔法を使えば、遠い相手を攻撃する手段のないフランちゃんではジリ貧だ。

 

そう考えていた。まるで浅慮だったとしか言いようがない。

 

自分でも認識していたのに。『部分展開』と。

 

「……ぜったい」

 

巨大な土の手は、俺たちに攻め込まれない為の、距離を詰められない為の牽制であり、時間稼ぎ。

 

「ぜったい、つれて行かせない……」

 

フランちゃんはポーチに手を突っ込み、中のものを引っ掴んで、見覚えのある金属を辺り構わず放り投げた。

 

卵のような形状の特殊な金属、アブゾプタル。

 

地面や壁に接したアブゾプタルを中心に土が集まっていく。

 

その様子はゴーレムを形成する時とはまったく異なる。

 

先ほどの部分展開と同規模、いや、上回る効果範囲だ。

 

「あ、アブゾプタルは使い切ってたはずなのに、どうして……っ」

 

かたつむり退治の際に、フランちゃんの持っているアブゾプタルはなくなった。ポーチの中も見せてくれた。確認もした。

 

なのに、なぜ。

 

動転した頭でふと思い返す。俺は元の人格のフランちゃんがあれを作るところを見ていた。大広間でフランちゃんと別れてから、ある程度は時間があった。その猶予で、アブゾプタルを精製していたのかもしれない。作った端から腰のポーチに入れていたのだとすれば、持っていたとしても不思議ではない。

 

「どこの道でもいい!逃げるぞ!」

 

「逃げるって……逃げてどうするのよ!出口はわかってないんでしょ?!」

 

「ここでさっきのでかい手で蠅みたいに叩き潰されるか、一か八か出口を見つけられることに賭けるか、どっちがいい?」

 

「うっ……」

 

「いかにここが広くて高さがあると言っても、逃げ回るには限界があるわぁ。……賭けましょうか」

 

「一番近い道は……あそこです!」

 

背後から聞こえる地鳴りに戦々恐々としながら、どこに繋がっているかもわからない暗い坑道を目指す。

 

「徹。私、先行して道を確認してくる」

 

「ああ、フェイト、助か……」

 

何かを忘れているような気がしていた。見落としているような感覚があった。大広間でフランちゃんのゴーレムと戦った時、俺は、何かを。

 

「フェイト!戻れ!」

 

フェイトの進行方向すぐ近く、泡立つように土が膨れ上がっていた。それは音もなく、すぐにゴーレムの形を成す。

 

大槌のような腕を、振りかぶった。

 

「くっ……」

 

襲歩でフェイトまでの距離を踏み潰す。

 

失念していた。アブゾプタルはあくまでバッテリーに近い役割でしかない。この大広間以外の場所で魔法を使おうとすれば維持することもままならないが、こと大広間に限れば魔法の展開も維持も阻害されることはない。フェイトたちが問題なく飛行魔法を使えているのと同様に、フランちゃんも魔法を使える。

 

ゴーレムに組み込まれていたアブゾプタルは、ゴーレムの創造に必要不可欠というわけではない。

 

「きゃっ……」

 

「ぃっ……こっちのタイプはやっぱ重いな……」

 

少々無理をしてフェイトのもとまで駆けつけるや片手で抱きかかえ、ゴーレムの拳を片手で防ぐ。大きな拳を受けた腕がみしみしと軋む。

 

「ちっ!」

 

腕を払って力をいなし、ゴーレムの胴体を踏み台にして坑道から再び大広間に戻る。

 

「徹、ごめんね……ありがとう」

 

「いいっての。俺も想定しておくべきだった」

 

「でも徹ならゴーレムを倒してこの道を進むことも……」

 

「いや……出遅れたみたいだ」

 

「出遅れた?どういう……」

 

「徹ちゃん!フェイトちゃん!」

 

まだ離れたところにいるランちゃんが大声で呼んだ。

 

フェイトに状況を説明する間も無く、さらに場は混沌としていく。

 

大広間に戻ろうとする俺とフェイトの背中を、強い風が押した。

 

「っ、な、なにっ?」

 

「思ったより随分と早い……」

 

風に吹き上げられた砂塵を突き抜けると、そこは数秒前よりも明確に薄暗くなっていた。

 

原因は、大広間を照らしていた光る石の結晶の覆い隠す、巨大すぎる影のせいだ。

 

「な、なっ……っ!なによこれぇっ?!」

 

アサレアちゃんじゃないが、俺もそう叫びたい気分だった。

 

野球場がまるまるすっぽり収まるほどに広大で、高さもあるドーム状の大広間。その天井すれすれにまで、巨大な影は迫っている。ちょうどゴーレムの頭部が光る石の結晶に重なってシルエットを作っていた。

 

巨大ゴーレムの腕だけを部分的に展開して土石流のような攻撃を繰り出せるのなら、その気になれば部分展開ではなく、足も胴体もついている巨大ゴーレムの完全体もできるのだろうと予想したが、ここまでのサイズは想像の埒外だ。

 

「おいおい……でかすぎだろ、いくらなんでも……」

 

以前、フェイトやアルフ、リニスさんが海鳴市で住んでいたマンションと、背丈はだいたい同じくらいだろう。こうやって首が痛くなるくらい見上げたことを覚えている。

 

この大きさと戦うなどと考えるほうが馬鹿げている。しかも満足に距離も取れない鉱山の中だ。モビルファイ◯ーを寄越せとまでは言わないから、せめてこちらにもなにかしらの兵器がないと話にならない。エス○バリスやヴァルキ○ー、いや贅沢言わない、ボ◯ルでもいいから用意してくれよ。じゃないと交渉のテーブルにもつけない。

 

そんな現実逃避に近い状態で唖然としていると、俺とフェイトがついさっきまでいた坑道から巨大ゴーレムが腕を引き抜いた。

 

俺たちが逃げないよう、先んじてフランちゃんが道を封じたのだろう。岩や石、砂がぽろぽろと降り注ぐ中、またしても巨大ゴーレムはその巨腕を持ち上げ、振り抜いた。

 

恐ろしく大きいのに、意外なほど軽やかな身のこなしだった。

 

風を切る、などという表現では足りないだろう。拳を壁に叩きつける、ただそれだけの動きで気圧にすら影響を及ぼしているかのようだ。

 

巨大な拳が叩きつけられた瞬間に走った衝撃と轟音。足元から掬おうとするような風圧。次いで、風に運ばれて全身を打ち据える、壁に等しい細かな砂礫(されき)

 

「フェイト。目、(つぶ)ってろ」

 

「徹?」

 

抱えたままだったフェイトを庇う形で、飛来する砂礫の壁を背で受ける。まだ距離のあったランちゃんたちには砂礫は届かなかったみたいだが、近くにいた俺たちにはテーマパークのウォーターアトラクションばりに浴びせかけられた。危うくフェイトの顔に傷をつけてしまうところだった。姉ちゃんにしばき回される。

 

「ちっ……。これは完璧に逃がさない気だぞ……」

 

「どういう……あ。道、が……」

 

俺たちが向かおうとしていた道は一発目で通行止めに、続いて振るわれた二発目はその隣の道だった。物の見事に落盤、封鎖されていた。

 

「道全部潰されんぞ……フェイト、牽制を」

 

「うんっ」

 

「ランちゃん!あの腕落とせないか?!」

 

「もうやってるわ!でも……あの腕あまりにも太いし予想以上に頑丈で、抉るくらいしかできないのよ!」

 

フェイトの魔力弾は巨大ゴーレムに全弾命中しているが動きを阻害するには至っていない。ランちゃんの弾丸もゴーレムの腕の中でも最も細いところを的確に狙撃するが、断つには弾の数が足りていない。

 

「……フェイト、降ろすぞ」

 

「う、うん……なにするの?」

 

「このまま好き勝手やられたら帰り道がなくなる。その前に『本体』を止めてくる。フェイトはできる限り援護してくれ」

 

「無理しちゃ……だめだよ?」

 

「ありがと、気をつける。すぐに掘り出してくるからな」

 

不安げに見上げるフェイトに、心配ないよとの気持ちを込めて頭を撫でる。心配してくれるだけで、頑張ろうとの気が奮う。ガ◯ダムがなくても、裸一貫で巨大ゴーレムに突撃するだけの勇気が湧いてくる。

 

巨大ゴーレム目掛けて駆け出す。その途中で、アサレアちゃんとクレインくんにも指示を飛ばす。

 

「フランちゃんは足音で場所を掴んでる!なるべく飛行魔法で移動、できれば撹乱(かくらん)射撃!」

 

「っ、りょ、了解です!」

 

「わ、わかっ……って、逢坂さん!なんで近づいてっ……」

 

アサレアちゃんの戸惑いの声を振り切って、巨大ゴーレムの股の間を走り抜ける。背後に回る。

 

フランちゃんの姿は見えない。つまりはこれまでと同様にゴーレムの中に入っているということだ。

 

前回の戦闘時と同じ。フランちゃんにとっての安全地帯はゴーレムの中だ。

 

あとは、この巨大なゴーレムの身体のどこに潜んでいるのか。それも大体あたりはついている。ゴーレムに入るところ、ゴーレムから出るところ、どちらも直接目にしている。

 

「でかかろうが小さかろうが、ゴーレムの背面、胸の……裏側」

 

食事以外で魔力の回復が見込めない以上、なるべく魔法は使いたくない。足場用の安い障壁すらけちって、体内の魔力循環量を増やして壁を駆け上っていく。

 

高さを稼いだところで、人間で言うところの肩甲骨の間付近に取りつく。手、指先に力を込め、巨大ゴーレムに突き刺す。

 

「っ……硬、い……」

 

通常サイズのゴーレムとは比較にならない硬度だった。マンションじみた巨体を構成するのだから強度も必要だろうが、少し、頭の端っこで少し、引っ掛かりを覚えた。

 

妙な感覚を振り払うように掘り進めるも、まるでかけらもフランちゃんに辿り着かない。厚みもあるし、胸の裏側といっても捜索範囲はかなり広い。だとしても。

 

「これは、おかしいだろうが……」

 

指先がじくじくと痛むほど掘ってもフランちゃんは見つからない。

 

「くそっ……ここじゃないとしたら、どこに……」

 

「逢坂さん!ゴーレムが!」

 

アサレアちゃんの言葉ではっとする。フランちゃんを探すのに必死で警戒を怠っていた。

 

背中についたゴミでも摘み取るような挙措で巨腕が迫る。

 

「やら、せないっ!」

 

大きな土の手が俺を捕まえる前に、金色の雷光が一閃、迸った。フェイトがバルディッシュを鎌の形態に変化させ、巨大ゴーレムの手首の切り裂いた。

 

魔力弾をちまちま当てるより、直接的な斬撃のほうが有効打を与えられると判断したのだろう。

 

事実、費用対効果は高そうだ。魔力弾では表面を浅く抉るだけだったが、鎌による斬撃は手首を三分の一ほど切り込んだ。

 

これなら、と思った頃には続けざまに輝線が走っていた。

 

フェイトが切れ込みを入れた傷口に、的確にして正確にランちゃんが弾丸を撃ち込んだ。表面でならともかく、内側で爆発されるとさすがに形を保てなかったようだ。一〜二秒ほど薄皮一枚で繋がっていたが、揺れと重みに耐えきれずに手首から先が落ちた。

 

「さんきゅ、助かった」

 

「ううん、いいよ。それより、フランは見つかった?」

 

「いや……いなかった。ここにはいなかった」

 

「それならどこに……」

 

「……フランちゃんを捜すのは一時中止して巨大ゴーレムを潰す」

 

「こ、これを……?こんな大きいの、どうやって……」

 

「方法ならある。この空間ならアブゾプタルはいらないのに、フランちゃんはわざわざ大量のアブゾプタルをばらまいていた。それはなぜだ?」

 

「……っ、必要だったんだ。……この大きさのゴーレムを作るには、自分の魔力だけじゃ足りなかった……だから」

 

「そうだ。ほかに理由なんて考えられない。魔法の発動が阻害されなくても、この巨体を動かすのは燃費が相当悪いんだ。埋め込まれたアブゾプタルを取り除いちまったら維持できずにその重量で自壊する」

 

「でも、どこに埋め込まれてるか外からじゃわからないよ?」

 

「……一応予想はつく。かなりの強度と重量を持つ土の身体でこれだけ動くなら、関節部分に負担がかかっているはずだ。きっと肘とか肩とかに……っ、フェイト離れろ!」

 

「っ……」

 

浮遊していたフェイトのすぐ近くの壁から、重力に逆らうようにゴーレムが真横から生えてきた。

 

突如出現したゴーレムにもフェイトは速やかに対応した。拳を振るわれる前に鎌を払い、ゴーレムを腹から一刀に断った。

 

一息つきたいところだが、そう悠長にもしていられなかった。

 

「なっ、なくなった腕で!」

 

フェイトに斬られ、ランちゃんに撃たれ、手首から先がなくなったはずの腕から指が生えていた。

 

いや、指だと思ったものは、断面から創り出された三体のゴーレム。上半身だけを展開された三体のゴーレムが、俺を捕まえようと腕を広げていた。

 

怖気が走る。妙に、気持ちの悪い光景だった。

 

「っ、くそっ……」

 

フランちゃんを見つけ出せない以上、いつまでも近くにいてはリスクしかない。壁から出現するゴーレムと巨大ゴーレムの動きにも注意して、一旦距離を取る。高度を下げて、フェイトとともにランちゃんたちと合流した。

 

「まずいわぁ、徹ちゃん」

 

「なんだ?これ以上悪くなるのか?もしかして……残弾が?」

 

「そっちも危ないけれど、それよりも大変なことね。見る限り、生きている坑道が巨大ゴーレムの足元の一本しか、もうないわ」

 

「……アサレア、なにしてたの?」

 

「うっさいわね!ちゃんとかく乱はやってたわよ!でも魔力の残りを気にしながらじゃいつも通りにできないの!こっちだって万全の体調じゃないだから!」

 

「虫を払うように手を振るわれただけで風圧がすごくて、まともに飛んでいられないんです……」

 

「直撃すれば一発でお陀仏だからな、安全第一でいい」

 

「安全第一、ねぇ……。巨大ゴーレムの手が届かない端っこなら安全だけれど、上下左右どこの端でも普通サイズのゴーレムは出てくるもの。あれだって、なんの対策もなしじゃ危険よ」

 

「あんなに明るかったのに急に暗くなるから悪いのよ!」

 

「暗い?薄暗いくらいだと思うよ」

 

「テスタロッサうるさい!も、物陰からいきなり出てきたりとかしたら気づきにくいの!」

 

みんなの話を聞いていて、ふと疑問が生じた。俺たちが今どうやってこの場にいるかを考えれば、すぐに、もっと早く気がついても良さそうなものだったのに。

 

「……みんな、飛行魔法使ってるよな?」

 

「は?なに言ってんの?見ればわかるじゃない。あんただけよ、使ってないの」

 

「ずっとだよな。地面に足つけたりしてないよな?」

 

「ええ。前の戦闘ほど魔力は逼迫(ひっぱく)していないもの」

 

「そうか……くそっ、油断した……思考停止してた」

 

「え?ど、どういうことですか?」

 

「フランちゃんは今回、地面の振動で俺たちの居場所を把握してるわけじゃなかった!」

 

考えてみれば当然だった。自身が搭乗しているゴーレムが馬鹿でかくて微細な反応を感じ取りにくい上に、坑道を破壊して発生させている音や振動も異様に大きい。人一人の足音なんざ聞き取れるべくもない。

 

そもそも俺たちは地面に触れていない。居場所を察知できないはずだった。

 

しかし飛び回っているウィルキンソン兄妹を的確に払い、俺を捕まえに腕を背中に運び、壁際にいたフェイトの近くにゴーレムを生み出した。

 

俺たちのいる場所を正確に捕捉する、その方法。ある種単純で、かえって気づけなかった。

 

「あの巨大ゴーレム、おかしいと思わないか?普通サイズのものと明確に違うところがある」

 

「……お、おおきさ?」

 

「たしかに大きさは全然違うけれど、この流れではそういうところじゃないでしょ」

 

「うぐっ……じゃあなにがちがうってのよ!」

 

「他のゴーレムに、頭なんてあったか?」

 

「あ……」

 

最初俺は、ゴーレムの身体が大きすぎるから前かがみになって見下ろしているような体勢になっているのかと思っていた。でもそれならゴーレムのサイズを調節すればいいだけだし、なによりこれまでつけていなかった頭部をわざわざここにきて作る理由がない。

 

これまでのゴーレムにはなかったのに、巨大ゴーレムには頭がついている。それも、光る石の結晶を覆い隠せるくらい大きな頭が。

 

つまり、巨大ゴーレムには頭部を作る理由があったのだ。作る必要が、あったのだ。

 

「天井を気にして屈んでるとかじゃない。見下ろしているような(・・・)とか曖昧なもんじゃない。実際に見下ろしてるんだ。フランちゃんは前回の戦闘で学習した。地面を伝う振動で位置を把握していると俺たちが学習したことを、学習したんだ。だから違う手段を考えた。俺たち五人を同時に捕捉するために、俯瞰するって方法を」

 

「それじゃあ、フランは」

 

「ああ……頭の中だ」

 

まるで、往年の名作巨大ロボットアニメの搭乗口のようである。

 

「でも……どうやってあの高さまで行くんですか?適当に腕を振り回されるだけでも厄介です。近くを通るだけで波に揉まれる小枝みたいに、風圧でもみくちゃにされます……」

 

「直撃なんてすれば、そのままこの鉱山がお墓になっちゃうわねぇ……」

 

「そうだ。近付くリスクと防がれるリスクを避けるために、まずはあの両腕を根本から……落とす」

 

「落とすって……簡単に言うけど、そんなのどうやって!」

 

「考えはある。みんな疲れてるだろうけど、もう一踏ん張り頼む」

 


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