そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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「出口」

「フランちゃん!いい加減そのでかい人形から出てこいよ!顔突き合わせて話をしよう!」

 

まず、俺が正面からフランちゃんの操る巨大ゴーレムに接近する。足場用障壁を蹴り上がり、ゴーレムの肩くらいの高さまで。

 

「予想、通りだ……っ」

 

フランちゃんは、どういうわけか俺に執着していた。俺をこの地に留まらせようとしていた。

 

足音で座標を把握しているのならば個人の特定までは難しいだろう。問答無用で払い落とされる可能性もあった。だが、目で確認しているのであれば、彼女は俺を叩き潰そうとはしないはずだ。

 

ギャンブルに近かったが、その賭けには勝った。

 

フランちゃんは払い除けようとも握り潰そうともせず、ゆっくりと巨大な手を動かした。潰されないとわかっていても、正直、気が気じゃない。

 

両の手が合わされて拘束される寸前で、足場の障壁を蹴る。襲歩による高速移動。目の前にいたとしても捉えきれない速さ。巨大ゴーレムの頭部のどこかからこちらの様子を確認しているだろうフランちゃんでは、まず間違いなく目で追えはしない。

 

俺の姿を見失ったはずだが、ここでさらに保険をかけておく。

 

「クレインくん!アサレアちゃん!」

 

「はい!」

 

「流れ弾にあたるんじゃないわよ!」

 

俺が動いた瞬間、ゴーレムの顔を赤い花が覆った。俺がいなくなって動揺したところで、ウィルキンソン兄妹の射撃魔法で視界自体を奪うプランだ。この隙に、邪魔な腕を落とす。

 

俺が向かった先は巨大ゴーレムの右腕。

 

この巨大ゴーレムを形成し、維持し、操作することは並の魔導師では不可能だ。まず魔力が不足する。その問題点を解決するためのアブゾプタルだ。

 

これだけの質量ともなれば、腕一本にアブゾプタル一つでは済まない。脆くなりがちで、柔軟に動かさなければいけない関節部に配置するはず。その一点を打ち抜き、ゴーレムから弾き出せば腕はもう動かない。

 

「ふぅっ……はっ!」

 

全身の力を拳の一点に集約。発破を打ち込む。

 

大きすぎるゴーレムの肩のおおよそ中央、気持ち的には人間で言うところの肩甲骨と上腕骨骨頭の接続部あたりを狙った。

 

どうやら俺の予想は的中したようで、発破による破壊は土で作られたゴーレムの内部をぐずぐずに崩して、銃で撃ち抜いたように背中側へと爆散。四散する土塊(つちくれ)の中に、煌びやかに輝く光沢があった。

 

肩に埋め込まれていたアブゾプタルが排出されるや、肩から上腕の結合が解けるように瓦解していった。

 

腕だったものが落下するが、しかし肘の近くから先は崩壊していなかったところを見るに、肘関節にも埋め込まれているようだ。

 

「フェイト!ランちゃん!肩の真ん中あたりを狙えば……」

 

俺が担当したのは右肩だ。腕が一本でも残っていれば脅威の度合いは変わらない。そのため両肩を落とす必要がある。左肩はフェイトとランちゃんに任せていた。

 

「……って、もう落としてるし……」

 

俺が二人の方向を見やれば、爆煙を金色の閃光が上から下に引き裂いた後だった。手首を落とした時のように腕を根元から斬り落とすには、フェイトの魔力刃は短すぎた。だから、フェイトは二回斬りつけたのだろう。フランちゃんの視界を一時的にゼロにした後、手首の時と同様に下から上へと斬り裂いて、その裂傷目掛けてランちゃんが魔力弾を放つ。返す刀、というか返す刃でフェイトの二度目の斬撃。

 

なんとも力づく、されどなんとも正攻法。実力と自信があってこその芸当である。

 

賞賛と嫉妬が若干以上に渦巻くが、ともあれ。

 

「もう、君を守る盾はないぞ」

 

『っ……』

 

目も鼻も口も耳も、なにもない巨大ゴーレム頭部に言葉を投げつける。

 

頭部のどこかで、銀色に輝く光が見えた気がした。

 

脅し、のつもりはなかったがフランちゃんはどう捉えたのか。

 

とりあえず、予定通りに俺への注意を向けることはできたようだ。

 

俺のすぐそばにゴーレムが湧き出る。巨大なゴーレムの体表からさらにゴーレムが生えてくるという気持ちの悪い光景がここにはあった。

 

一度巨大ゴーレムの肩から離れ、壁へと飛び移る。すぐに、付近の壁がもぞもぞと蠢いた。単に周りから土をかき集めてゴーレムを形作っているだけなのだが、まるで土の壁の中を大きな虫が這いずり回っているように見えて、嫌悪感を隠せない。

 

土の壁と障壁とを交互に蹴って、わらわらと伸びてくるゴーレムの手に捕まらないよう逃げ、いつか奈良は東大寺で観た大仏と同じくらいの規模の巨大ゴーレムの頭部、その後ろへと回り込む。

 

「フェイト!準備はいいか!」

 

「いつでもいけるよ」

 

俺は巨大ゴーレムの背後から、フェイトは正面から、同時に巨大ゴーレムの首を狙う。フランちゃんは俺にばかり注意していて、他への警戒が疎かになっていた。

 

ここまでうまく運ぶことは予定外だったが、予定通りだ。あとは俺が首を蹴り飛ばし、フェイトが斬り飛ばす。頭部と胴体で分断されてしまえば、宙に浮けないフランちゃんでは抗いようがない。防がれたり頭を落とした時にキャッチされないよう、多少危険を冒してでも両腕を落としたのはこの瞬間の為。

 

全ては予定通りだ。予定通り、だった。

 

『や、めて……わたしからとらないでぇ!』

 

多少くぐもってはいても、フランちゃんの悲痛な悲鳴がはっきりと聞こえた。

 

「なっ?!」

 

「これじゃあ……っ」

 

悲鳴とともに俺たちに立ちはだかったのは、ゴーレムの壁。巨大ゴーレムの首をぐるりと一周するように、通常サイズのゴーレムが展開された。

 

勢いをつけて首を落としにかからなければいけないのに、ゴーレムが壁になっては攻めかかれない。取り巻きを排除してから仕切り直すような余裕はない。取り巻きを無視して首を直接狙おうにも、返り討ちにあう可能性のほうが高い。俺一人ならともかく、今回はフェイトも付き合わせている。フェイトにもリスクがある。

 

作戦強行か、中止か。判断できず逡巡していた俺の耳に、刺々しい元気な声が飛び込んできた。

 

「いきなさいよ!」

 

「終わらせてください!」

 

俺とフェイトの視界を横断するように、アサレアちゃんが右から、クレインくんが左から飛翔する。魔力を振り絞るように放たれた二人の赤い魔力弾の雨は、巨大ゴーレムの首、正面と背面から生えるゴーレムを根こそぎ撃ち砕いた。

 

「アサレアちゃん、クレインくん!」

 

「これで……っ、終わらせなさいよね」

 

「あとは、お願いします……」

 

かなり無理をして魔法を使ったのだろう。巨大ゴーレムから離れるアサレアちゃんとクレインくんはみるみる高度を下げていく。そのまま地面まで落下しそうだったが、寸前のところでランちゃんが二人とも拾い上げた。

 

二人は大丈夫。

 

なら今度は、俺たちが頑張る番である。

 

「フェイト!」

 

「うん!」

 

声を張り上げ、名を呼ぶ。それだけで、俺の意図を理解した。

 

俺が足場用障壁を蹴って()けると同時、フェイトは飛行魔法の出力を上げて()ける。

 

俺は回し蹴りの要領で遠心力を乗せ、フェイトは速度と魔力を纏い、突貫する。

 

「その首、落とす!」

 

ゴーレムを創り出す時、何もないところから出現させているわけではない。接している地面からゴーレムの肉体を構成するに足るだけの土、砂、石、岩を収集、集約し練り上げている。

 

だがフランちゃんは、自分の身を守るために首回りにゴーレムを展開し、あえなくそれらはウィルキンソン兄妹によって排除された。ゴーレムを生み出したぶん、巨大ゴーレムの肩は薄く、首は細くなっている。

 

当初の予定では俺とフェイトによる同時攻撃の後、足りなければアサレアちゃん、クレインくん、ランちゃんによる集中射撃の算段だったが、俺とフェイトだけで落とせるかもしれない。

 

いや、落とさなければならない。三人が戦線を退いた以上、俺とフェイトだけで。

 

「う、おおおおっ!」

 

太い首目掛けて、全身全霊で、振り抜く。

 

足に何か硬いものがあたったという感触は、意外なほどになかった。ただ、一瞬手応えが、かすかに押し返されるような、または詰まるような感覚があっただけ。その後は素振りするようなものだった。

 

血肉の代わりに土と石を蹴りの軌道に沿うように、一閃散らす。

 

無意味な破砕はない。まさしく斬るような一蹴だった。

 

「フェイトは……完璧だな」

 

振り返れば、美しいとさえ思わせるフェイトの残心。バルディッシュを振り抜いた姿勢、そのまま惰性で身体が流れていた。

 

俺もフェイトも、お互いミスのないこれ以上ない一撃だった。今出せる全力を、間違いなく出し切った。

 

「くそっ!まだ残ってる!」

 

ただ、純粋な間合いだけが問題だった。

 

俺は足、フェイトは鎌。どれだけ懸命に伸ばしてもリーチには限界があった。

 

首の真ん中。頚椎(けいつい)のように伸びた首の中央部分が、胴体と頭部を繋げていた。首の土を蹴り取られ、斬り取られた頼りないその首は、しかし落ちなかった。

 

「まだっ……終わりじゃない!」

 

全速力の飛翔から斬撃を加えた直後だ。フェイトの体勢は不安定だった。

 

だがそれを神懸かり的な飛行魔法の制御技術と空間認識能力、柔軟性、体幹で、安定状態にまで持っていく。一度二度回転すると両足で壁に着地。すぐさま壁を蹴り、反転。ぶぉん、と俺の耳にまで届くほど風切り音を鳴らし、鎌を振るう。

 

距離が開いている位置から投擲された金色の魔力刃は高速回転しながら、心細くもしっかりと頭部を支えていた首を()ねた。

 

最後の支えがなくなり、もはや球体にしか見えない頭がぼろぼろと崩れ、剥がれながら、数十メートルを落下していく。

 

水に溶かした角砂糖のように表面から崩壊していく頭部の中に、フランちゃんの姿を見つけた。

 

障壁を蹴りながら降下し、フランちゃんをキャッチする。落下する恐怖からか、それとも敗北によるショックか、抱えてからしばしフランちゃんは呆然としていたが、やがて現実を認識したようだ。

 

俺の服を掴み、顔を押しつけて(むせ)び泣いた。

 

 

 

 

 

 

さすがに抵抗するのは諦めたようだ。空中で俺がキャッチしても、そこから地面に降りても、フランちゃんは暴れも何もしなかった。

 

ゴーレムの維持も諦めたのか疲れたのか、巨大ゴーレムは大量の土と煙を巻き上げながら崩壊した。

 

残ったのは、荒れ果てた大広間、ぐちゃぐちゃになった畑、土砂で埋められた坑道、巨大ゴーレムを形成していた土の山、そして多少埃っぽくなった俺たちだ。

 

「一応聞くけど……なんで俺たちを襲ったんだ、フランちゃん」

 

「……捨て、られるから……。また、わたし、一人に……」

 

「捨てられるって……。はっきり言ってしまうけど、ここに残ってももう……どうにもできないだろ。一人でこの鉱山を管理するには無理がある」

 

「だ、から……あなたをここに、引き留めようって……」

 

「俺にも帰らないといけない場所がある、から……」

 

「……あれ?ちょっと待って、徹ちゃん。なんだか話が……」

 

「どうしたんだよ、ランちゃん」

 

なるべくフランちゃんを怖がらせないように配慮して、俺の斜め後ろにいたランちゃんが一歩前に出る。

 

「フランちゃん?もしかして、一人だけこの山に置いていかれると思ったの?」

 

「……は?ランちゃんなに言って……俺、ちゃんと説明して……」

 

そんなわけないだろと笑い飛ばそうとしたが、フランちゃんはこくりと頷いた。

 

「ってええ?!あれ?!俺説明してなかったっけ?!」

 

「徹話してたよ。でもフラン、あの時……」

 

「そう、ですね。フランさんは冷静に話を聞ける状態ではなかったように思います……」

 

「……あ」

 

そうだった。

 

フランちゃんが人格解離を発症した原因を、その現実を突きつけた後に話していたのだ。どう考えても俺の言葉を吞み込める精神状態ではなかったろう。

 

と、いうことは。

 

「……勘違い、か?」

 

「勘違いねぇ」

 

「わぁお」

 

勘違い。気持ちのすれ違い、認識の行き違いであった。

 

俺はフランちゃんを保護した上でこの鉱山を出ていくつもりだったが、フランちゃんは自分一人を置き去りにして俺たちだけで出ていくと思い込んだのだろう。また一人ぼっちで孤独の中暮らしていかなければいけないのだと悲観した彼女は、俺をこの山に留めようとした。

 

だからこそ、フランちゃんは無理矢理、ほぼ拉致のような乱暴な手を取ったし、俺に『捨てるの?』と尋ねた。

 

今ならわかる。あの『捨てるの?』というセリフは『国を捨てるの?』という意味ではなく『わたしを()捨てるの?』というSOSのサインだった。救いを求めていたのだ。

 

「……俺がもっと、わかりやすく丁寧に何回も言ってりゃ戦う必要はなかったのか……」

 

「や、だからって無理矢理捕まえて閉じ込めるのは間違ってるでしょ。置き去りにされるって思い込んでて、でもそれが嫌ならちゃんと嫌だって話してればよかっただけなんだから。それにわたしたちも傍観して、丸投げしてた。あいさ……あんただけのせいじゃないわよ」

 

「……ありがとな、アサレアちゃん」

 

「べ、べつにっ?!常識の範疇よ!」

 

「お嬢ちゃんに語れるだけの常識があったのねぇ。よかったわぁ」

 

「素直に褒められないの?!わたしいいこと言ったじゃない!」

 

「自分で『いいこと言った』とか言っちゃうところがもうお嬢ちゃんね。安心したわぁ」

 

『なによほんとのことじゃない!』とヒートアップしていくアサレアちゃんをクレインくんが(なだ)めていた。アサレアちゃんがフォローしてくれたのは嬉しかったし、少しは気も楽になったが、俺の言葉足らずのせいでフランちゃんに辛くて苦しい思いをさせ、三度(みたび)戦闘になってしまった。その結果大きすぎる問題も発生してしまった。悔いても悔やみきれないが、ひとまずそちらは脇に置くとしよう。

 

フランちゃんを見捨てるというのは勘違いだったが、故郷を捨てさせるというところは間違いでも勘違いでもないのだから。

 

「フランちゃん、君をここに一人で残したりはしない。でも……俺たちも一緒にここに残れるわけじゃない。だからフランちゃんにはこの鉱山を一緒に出てもらうことに、なる……。故郷から、生まれて育ったこの国から出ることになるけど……」

 

「かまわない」

 

「そうだよな……すぐに決心なんてつかなええっ!?いいのか?!もうちょっと考えたほうがいいぞ?!俺が言うのもなんだけど!」

 

即決だった。なんなら食い気味だった。あまりの迷いのなさに俺のほうが動転したほどである。

 

「いい。一人で生きるくらいなら、知らないところでもだれかと一緒にいたい。……それに」

 

「そ、それに?」

 

「わたしはもとから、あまり、仲のいい人いなかった、から……。引きこもりがちで、ずっとシュランクネヒトの中にいた」

 

友人が少ないとは、まるでどこかの俺のようだ。

 

「……そ、そうか。なら、一緒に行こう」

 

「でも徹ちゃん、どうするの?その……あてはあるの?」

 

ランちゃんは明言を避けたが、有り体にフランちゃんの引き取り手はあるのかと聞いていた。本人の前で口にするのは躊躇(ためら)われたのだろう。

 

一応、あてというか、伝手(つて)はある。というかコネだろうか。

 

「マルティス・ノルデンフェルトさん、憶えてるか?前のサンドギアの任務で指揮官代理をやってた人。あの人を頼ってみようと思う」

 

「ああ『陸』の……まだ交流があったのね」

 

「せっかく築いた数少ないコネクションだからな。そう無駄にはできねえよ」

 

仮にそちらのあてが外れても、その場合は我が家へ招待するだけである。幸いにして部屋はたくさんあるし、姉ちゃんなら大歓迎だろうし。

 

「話はついたわよね?それじゃここから出る道を教えてもらってはやく出……」

 

相当この鉱山から出たいのだろう。アサレアちゃんは不自然極まりない手際で話をぶった切った。

 

ただ、全文を言い切る前にフリーズしてしまった。どうやらアサレアちゃんも気づいてしまったようである。

 

再起動した彼女は、青褪めた顔で、震える唇で。

 

「こ、ここから……どうやって出るの……?」

 

そう、それである。

 

 

 

 

 

 

俺たちのいる大広間は数多くの坑道と繋がっていた。

 

俺・フェイト・アサレアちゃんが通ってきた道しかり、ランちゃん・クレインくんがやってきた道しかり、外敵(かたつむり)退治に向かった道しかり。他にもいくつもの道がハブ空港ばりにこの大広間に続いていた。

 

厳密にそう、続いていた(・・)

 

「ごめん、なさい……」

 

「いや、仕方ない。あの時はパニックみたいなもんだったろうし、それに終わっちまったことだ。切り替えよう」

 

お目々ぐるぐる状態だったフランちゃんは、俺たちが逃げないように巨大ゴーレムを操って坑道を塞いでしまった。唯一最後まで生きていた道も巨大ゴーレムが崩れて土塊に戻る際に倒れて、埋もれてしまった。

 

ハブ空港は経営破綻である。

 

「ええっと、フランちゃん。他に道ってあるのかしら?」

 

頬をひくつかせながらランちゃんが尋ねた。

 

対するフランちゃんの表情は暗かった。

 

「……ない」

 

「ちょ、ちょっと!どうすんのよ!」

 

ふらふらと揺れる白髪に取り乱したのは、淡い赤髪。

 

「なに、わたしたちここまできて出られないの?!」

 

「落ち着きなさいな、お嬢ちゃん。道が埋まったのなら、掘り返せばいいだけでしょう?問題は落盤に気をつけながら作業して、食料が壊滅して飲み水も危ういこの状況でどれくらい時間がかかるかわからないことくらいかしらぁ?」

 

「やよ!や!何日もここでモグラみたいに土を掘れっての?!そんなのっ……っ!」

 

ちら、とアサレアちゃんがこっちを見た。意味ありげな視線である。

 

「そ、そんなの……長い、間……ここで一緒……。あ、ありかも……」

 

急に意見がひっくり返った。なんかもう考え方が五百四十度くらい変わってる。わずか数秒の間でアサレアちゃんにどんなパラダイムシフトが行われたのか。

 

「基本的にここは薄暗いのに、アサレアちゃん的にはありなのか?」

 

「だっ……大丈、夫っ……じゃないけど大丈夫……」

 

「ぎり大丈夫なんだ……。でも俺は大丈夫じゃないんだよなー……。学校あるし」

 

非常に困ったことになった。

 

どの道が出口に繋がるかもわからない。

 

その上、道はこんもりとたくさんの土砂で埋まっているし、それらを取り除くのにどれほど時間がかかるのかは見通しが立たない。出口までの道が通じたところで山を出るまでの道は魔力を抑えて行動せねばならず、仮に脱出できたとて輸送船と合流するまでの間、魔力が枯渇した状態で魔法生物と渡り合わなければならない。加えて、学校に間に合うようにしなければいけないという時間制限つきだ。

 

「あれ、もしかしてこれもう詰んでる?」

 

「ね、ね、徹」

 

「ん?どうしたフェイト、使えそうな道があったのか?」

 

「ううん、それは探してもないんだけど」

 

「探してすらないんだ……」

 

「飛んでる時に思ったんだけど、壁沿いに土の板?みたいなのがあったんだ。あれってなんのためにあるんだろう?わかる?」

 

「土の板?ああ……そういやあったわ。いくつか移動のための足場にしたんだけど、案外脆くて使えなかったやつだ。あれって、フランちゃんが作った、とか?」

 

「板?知らない」

 

フランちゃんでもないらしい。ということは、ここの壁に沿って元から作られていたようだ。しかし、いったいなんの意味があるのか。なにか物でも置いていたのか。

 

「土の板……ぼくは見てないです」

 

「え?わたしは見たわよ?」

 

「そうなの?でもこの辺りの壁にはないけど」

 

「あ、ほんとだ。なんでだろ?場所によって作ってたり作ってなかったりするの?」

 

「私も見てないわねぇ。……あら?ちょっと高いところ、わかりにくいけれど徹ちゃんたちの言う土の板があるわぁ。たしかに足場みたいねぇ」

 

「えっ?あ、本当だ。あった」

 

見上げればたしかにあった。普通に生活していればまず視界には入らない高さだ。六メートル、もうちょっとあるかもしれない。意識して探さないと、色合いも相まって見つけられそうにはない。その近辺を壁を目を凝らして探すと、同じような作りの板をいくつも発見できた。

 

「土の板、足場……たしかにそうだ。足場になってる。いや……足場ってより、むしろ……」

 

「徹、どうしたの?」

 

「ねえ、どうせすぐには出られないんでしょ?それならどこかで休まない?たくさん動いたからかな、なんだか暑くって」

 

「……暑い。たしかに、ちょっと暑いな……」

 

「たしかにねぇ。私も汗かいてきちゃったわぁ。水浴びでもしたいところねぇ」

 

「うん。私もお風呂入りたいな。ゆっくり湯船につかりたい」

 

「湯船?」

 

「お湯をためて、それに入るんだよ。徹の家に行くまでずっとシャワーだけだったけど、お風呂を知ったらもうお湯につからないと気がすまなくなっちゃった」

 

「あらぁ、それはとっても気持ちよさそうね!」

 

「ちょっとテスタロッサ、あいつの家での暮らしを詳しく聞かせなさいよ」

 

「……必死ねぇ」

 

「うっさい。どうにもならないなら情報収集するしかないでしょ」

 

「お休みの日は一緒にお庭で花や野菜の手入れして、疲れたら縁側で腕枕してもらって、一緒にお昼寝とかしてるよ」

 

「プライベート知れて嬉しいけどやっぱり羨ましいし悔しいし妬ましい!」

 

「自分から聞いておいてなにのたまってるのかしらねぇ、このお嬢ちゃんは」

 

「…………」

 

なんだか外野が騒々しい。

 

その喧騒から少々離れ、頭上を仰ぎ見る。

 

光る石の結晶が燦々煌々と輝いている。大広間全体を照らすそれは、太陽を直視しているみたいに眩い。まるで白飛びした写真のようで、結晶の周囲を光で塗り潰していた。

 

「ひとまず休めるところを探しましょうか。使っていたところが崩れてなければいいわねぇ」

 

「あっ?!わたしの荷物!」

 

「取り出せればいいけど……埋まってたら取り出すのも危ないよ?」

 

「アサレア、諦めたら?」

 

「新しく買った服も入ってるのよ!?ブランド物で高かったのに!バッグもいいやつなのに!」

 

「仕事なのに、なぜそんなものを持ってきているのかしらねぇ、このお嬢ちゃんは。旅行気分なの?合コンじゃないのよぉ?」

 

「わ、わかってるわよ!た、ただ、ちょっと……久しぶりだった、から……」

 

「久しぶりに会うから可愛い『わたし』を〜って?やっぱり男目当てじゃないの」

 

「うりゅるるるうるさい!」

 

「アサレアはやっぱりアサレアだったね。休んでた部屋が無事だといいね、徹。……徹?」

 

「……王?呼んでるけど」

 

休んでいた住居がある方向へと足を向けていたランちゃんたち、俺の服をつまんでなぜかずっと近くにいたフランちゃんが、俺を見る。

 

かくいう俺は目を細めながら天井を仰いで、答えた。

 

「出口……見つけたかも」

 

数秒の沈黙の後、みんなが声を揃えた。

 

『……は?!』

 


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