そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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冠雪したように生白く、美しい丸みを誇る二つの豊かな山

「不思議に思ってたんだ。なんで坑道の中、鉱山の中で新鮮な空気があるんだろうって。酸素が極端に少なくなったり、場所によっては有毒ガスが発生したりして、本来鉱山の坑道ってのは危険な空間なんだ。炭鉱のカナリアの話もあるくらいにな。でも実際は鉱山の中は妙に空気が澄んでいた。なんでだろうとは思ってたが、わかっちまえば簡単なもんだ。循環してたんだ」

 

「ジュンカン?」

 

土の階段を踏み締めて、螺旋階段のような構造をしている道をぐるぐると回りながら上っていく。

 

何があるかわからないので先頭に立って階段を上りながら、みんなに説明する。

 

「ああ。大広間の光る石の結晶、あれは……」

 

「ベロイヒタイン?」

 

「え?……あれ、ベロイヒタインっていうの?」

 

「そう」

 

説明の途中、フランちゃんの注釈が入った。魔力を吸収する金属(アブゾプタル)同様、光る石にもやはり名称があったようだ。いちいち呼びにくかったし、名前を教えてもらえたのは助かる。

 

「……で、光る石(ベロイヒタイン)の結晶は光を照射しているが、実際には光だけじゃなくて熱も放出してる。熱も放出しているのなら、本来ひんやりとしているはずの鉱山の中が過ごしやすい気温だったことの理由にはなる。だけど、熱の逃げ場のない大広間は蒸し風呂みたいになると思わないか?」

 

「なるほど……つまり、どこかにその熱の逃げる道があると考えたのねぇ」

 

「上昇気流?」

 

「そうだ、フェイト。よく勉強してるな」

 

「ふふ、そんなことないよ」

 

姉ちゃんとの勉強の成果だろうか。

 

果たして学年相応、年代相応の範囲にとどまっているのかどうか。あの姉のことなので、フェイトが勉強熱心なことに(かこつ)けて小学生で習う範囲外まで手をつけていそうだ。

 

「大広間で熱された空気が上へ逃げることで、俺たちが入ってきた穴や他の穴から空気を取り込むような形になってるんだ。換気扇みたいなもんだな」

 

フランちゃんを含む俺たちが今歩いているのは、大広間の天井裏とでもいうべきエリア。

 

光る石(ベロイヒタイン)の結晶の光で覆い隠された天井、そこに人が二人並べるくらいの穴があったのだ。そこからはずっと上りの階段が続いていた。

 

上っている階段は随分長い間放置されているようで劣化している部分もあるが、なんとか階段としての体裁は保っている。おそらく最初は大広間に熱が籠るのでそれを解消するために通気孔を空けたのだろう。そこから外部へのわかりやすい一本道として、活用していたように見える。でなければゴーレムが通れそうな道幅まで拡幅したりはしないだろうし、歩きやすいように階段を作ったりはしない。まあ、その階段は経年劣化の影響で坂のようになってしまっているけれど。

 

「壁沿いにあった土の板はもともと、天井の穴まで行く足場だったんだろう」

 

「ならどうして壊しちゃったの?楽で安全に外に出れる道なら置いといたほうがいいよね?」

 

「推測でしかないけど、多分昔は知っている人も多かったんだと思う。でも子どもが遊びで上ろうとして落ちちゃったとか、そういうなにかしらの事故があって隠すようになったんじゃないか?だから、子どもの目につくような位置の足場は破壊して、秘匿した。同じ事故が起こらないように……とかってところなんじゃね?」

 

「ありえそうな話ねぇ……。でもフランちゃんは知らなかったのよね?」

 

「うん。わたし、知らなかった」

 

「この道がいつ頃まで使われてたのかは知らん。ただ、壁の低いところには足場の痕跡はまるで残ってなかったし、残っていた足場も劣化していてとてもじゃないが体重をかけられない状態だった。かなり古いものなんだろう。そこから考えると、天井の裏道を知ってる人が不慮の事故か病気か何かで伝える前に亡くなって、天井の抜け道の存在を知る人がいなくなったとかって可能性もある。もしくはもっと単純に、基本的に大人は知ってるけど未成年には教えていない、とかって感じでフランちゃんにはまだ教えられていなかったのかもしれない」

 

「ふぅん、まだそっちのほうがありえそうね」

 

「ううん、それはないと思う」

 

飛行魔法や跳躍移動で天井までは上ったが、螺旋状にぐるぐると上る階段で早々にスタミナが尽きたフランちゃんが俺に担がれながら否定した。

 

「なんでだ?」

 

「わたし、未成年じゃない」

 

「…………ん?」

 

足が止まる。

 

ちょっと、フランちゃんが何を言っているのかよくわからなかった。

 

くるくると頭を回転させて、一番ありえそうな答えを探す。

 

「あ、ああ……オンタデンバーグは成人年齢が低いのかー、なるほどな!」

 

世界的な比率なら、十八歳で成人とする国のほうが多い。日本でも成人年齢が引き下げられる運びになっている。一部に目を向ければ、十四歳で成人と定めた国もあるくらいだ。

 

オンタデンバーグ、フランちゃんのいた鉱山の国もそういった方針なのだろう。

 

「フランちゃんは幾つなんだ?」

 

「今年で二十三歳」

 

「にじゅうさん……二十三っ?!」

 

ちょっと予想と違いすぎた。というか予想をぶった切っていた。

 

「うっそだろ?!十三歳でも通るぞ!」

 

「あ、あらぁ……わ、私より年上なのねぇ……」

 

「じょ、冗談でしょ……」

 

「真守お姉さんより上なんだね」

 

「えっと、日付が十五日までしかないとか、一年が六ヶ月しかないとかそういうことでもなく、ですか?」

 

「ひと月は三十日前後。一年は十二ヶ月」

 

「ま、まじかよ……。背がやけに低いけど……」

 

「みんな背は低かった。わたしは平均より低かったけど、背の高い人でもそこの子と同じくらい」

 

そこの子、と指差したのはクレインくんだった。クレインくんでだいたい目測百六十センチくらいだろうか。背の高い人でそのくらいなら、もともと遺伝子的に背が伸びにくいのかもしれない。山の中という環境と、野菜中心という食生活も影響しているのだろうか。こればかりはさすがに見当のつけようがない。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。肌とかさ……きめ細かすぎない?!すっごい白いし!シミとかないし!ほんとに二十三なの?!」

 

「……そう言われても。みんなこんな感じだった。わたしはずっとシュランクネヒトにひきこもってたから、とくにそうだったけど」

 

光る石(ベロイヒタイン)の結晶があったろ?あれは太陽の代わりになっていたけど完全に同一じゃない。紫外線量はかなり絞られてるんだろうな」

 

紫外線は大量に浴びるとよくない。女性の大敵であるシミの原因になったり、長期間浴びせていれば物質をも破壊する。本の退色やゴムの劣化、家屋に使われている塗装をひび割れさせて雨漏りを引き起こしたりもする。

 

将来を考えると可能な限り避けるべきなのだが、しかし、人というものは紫外線を浴びなさすぎても支障が出てくるから困ったものだ。しかも農作物の生育にも紫外線は関わってくる。

 

そのあたり、ベロイヒタインの紫外線量は太陽光と比べれば微小だが、人体や植物には充分な程度の絶妙な量を放射していると見える。

 

「ただ、フランちゃんはちょっと怖いくらい白いよな。もうちょっとシュランクネヒトを脱いで外に出るべきだ。だから体力が幼児並みなんだよ」

 

「幼児は言いすぎ」

 

「…………」

 

「どうしたんだ、アサレアちゃん。疲れたか?」

 

歩くペースが落ちたアサレアちゃんに声をかける。彼女は俺を見ているが、どこか焦点があっていない。俺の背にいるフランちゃんに目をやっていた。

 

「……若く見えるのも、肌が白いのも、まあぎりぎり納得できたわ……。でも……は?」

 

「なんて?」

 

「っ!胸が大きいのはなんでかって聞いてんの!なんで?!お肉なんてここにはないのに!」

 

「…………」

 

アサレアちゃんが注視していたのは、俺の背にいるフランちゃんというよりも、俺の背中とフランちゃんの身体の間でむんにゅりと艶めかしくも蠱惑的に形を変える、二つの大きなマシュマロを見ていたようだ。

 

残念ながらその疑問については俺の口から答えを出すことはできない。なのでフランちゃんに任せた。

 

悩んだように身動ぎして、フランちゃんが答える。

 

「……遺伝。もしくは体質」

 

ぶちっ、と血管か堪忍袋の緒のどちらかが切れた音を聞いた気がした。

 

「降りろ!歩け!そしてその胸についている脂肪を消費しろぉ!」

 

どちらもぶち切れたらしい。

 

「お嬢ちゃん、今回ばかりは気持ちがわからないでもないけれど、あまりにもみっともないわぁ。やめときなさいな」

 

「アサレア。成長する見込みが限りなく低くても、可能性はゼロじゃないんだから諦めちゃだめだよ」

 

「うっさいわぁ!わたしの成長の見込みを、なんでわたしよりもぺったんこのテスタロッサに言われなきゃなんないのよ!ていうか限りなく低いとか言うな!言われるまでもなく諦めてないわぁ!」

 

アサレアちゃんが()えた。

 

フェイトは今のところアサレアちゃんの言葉通り、アサレアちゃんよりも起伏に乏しいが、母親のプレシアさんを想起するにとてつもなくご立派に成長することだろう。いつアサレアちゃんにフェイトが追いつき追い越すかわからないが、その暁にはアサレアちゃんは憤るあまりに我を失ってしまいそうだ。現時点で相当自分を見失っていることだし。

 

そんなちょっと緩い会話を繰り広げながら、長い階段をひたすら上っていく。

 

外に出られる道を発見できたからだろう。序盤こそみんなの表情も声色も明るいものだったが、あまりにも長く辛い階段を上っていくにつれて、息は切れ、言葉数は減っていった。それもそのはず、鉱山の出口へ続く直通の道といっても、道中は魔力を奪われるというこの鉱山の脅威に晒されることに変わりはない。残り少ない魔力を奪われないように、体表を覆う魔力の膜をオフにしている以上、肉体的な疲労は蓄積されるのだ。

 

一応、俺みたいに体内の魔力循環量をコントロールすればさほど疲れはしないぞ、と教えてあげたのだが、みんなから『そんなんできへんわあほ』といったようなニュアンスで口々に突っ込まれてしまった。良かれと思って教えてあげたのに。

 

一時間ほど上り続けて、この道は本当に出口に続いているのだろうかと疑い始めた時だった。

 

人一人がどうにか通れるほどの穴が見えた。背中を押すように生温い弱い風が吹いて、おそらくは穴のほうへと抜けていく。

 

鉱山を循環していた風の出口。つまりは、俺たちの出口だ。

 

「……光だ」

 

「ふぅ……。ようやく出口なのねぇ……長かったわぁ」

 

「はぁっ、ふぅっ……はぁっ」

 

「アサレア、大丈夫?」

 

「てすた、ろっさ……あんたの、目にはぁっ……大丈夫にっ、見えんのっ?!」

 

「……見えない」

 

「ならぁっ、言わ、はふっ……ないで……」

 

「アサレアも徹に抱えてもらったらよかったのに……」

 

二人並んで歩くのが限度な道幅、一列になって進んでいたが道中でフェイトが遅れ始めたので抱えて歩いていたのだ。循環魔法の出力をあげていたので背中にフランちゃん、片腕にフェイト、もう片腕でアサレアちゃんも抱えられたのだが、彼女は断固として首を縦には振らなかった。なにかしらのこだわりかプライドがあるようだ。

 

「外、確認するわ。二人とも、降ろすぞ」

 

屈んでフランちゃんとフェイトを地面に立たせ、俺は出口の穴へ近づく。

 

ばたばたとはためく服を抑えながら、顔を外に出す。眼球に突き刺さる光に目を細める。

 

風景を切り取るように(そび)える鉱山の、およそ頂上にいた。

 

「壮観だな……」

 

空から見下ろした光景とは一味違う。

 

高空からではキャンパスを塗り潰したように草原は緑一色、動物たちは緑の中をちょこまかする小さな点でしかなかった。

 

しかし、ここからの景色は広く見渡せるが遠すぎることはない。手を伸ばせば雲に触れられそうで、足を前に出せば(ふもと)の草原を踏み締めることもできそうだ。

 

景色も素晴らしいのだが、そちらよりなにより。

 

「すぅ……はぁ……。久しぶりの魔力の感覚だ……」

 

標高もあるのだろう。山の中と比べると、ひんやりとした風。

 

気温を忘れさせるくらいに、冷気の中の充溢した魔力素が骨身に染みる。体内に取り込まれた魔力素が、まるで渇きに渇いたリンカーコアを潤すようだ。

 

「徹?外、大丈夫?」

 

「お、悪い。久し振りのシャバの空気がおいしくて忘れてた。足元以外には危険はないっぽい」

 

「お勤めご苦労さまぁ」

 

「俺も悪いんだけど服役してたみたいな言い方やめて」

 

「まぶしっ……。でも……あー、魔力ってこんなに偉大だったのね……」

 

「本当だよね……。当然のように思ってたけど、こんなに貴重なんだね……」

 

アサレアちゃんとクレインくんが、感動するようにしみじみと呟いた。

 

今回は全員が『生命維持に関わるほど魔力がない』という状態を体験した。俺は割と頻繁に経験する感覚だが、というかなんならその状態さえ飛び越えたことがある逸材(笑)だが、他のみんなにとってはそうそうない機会だったことだろう。これらの経験を『ああ、危なかったな』で終わらせず、魔力の省エネや術式の効率化などといった魔法運用を見直す機会にしてくれたら嬉しい。

 

「王はどうやってきたの?」

 

全員が魔力素が含まれる新鮮な空気を深呼吸で体内に取り込んでいる中、フランちゃんが尋ねてきた。

 

ずっと山の中にいた彼女にとって目新しい、というかまさしく初めての光景だろうに、フランちゃんにはあまり変化がない。感情が揺さぶられたりはしないものなのだろうか。

 

「ああ、フランちゃん。俺たちは管理局の艦船で……」

 

「どうしたの、王?」

 

「いや……フラン『ちゃん』って呼ぶの、よく考えると失礼かなって思って。俺より年上だし、あと俺王じゃないし」

 

「なれちゃったから。フランちゃんって呼ばれるのも、王って呼ぶのも」

 

「そう?ならいいか」

 

「この中で一番年上だけれど、外見的にはフェイトちゃんの次くらいに若く見えるんだもの。ちゃん付けでも違和感はないわねぇ」

 

「これは『若く』って表現していいの?」

 

「どちらかというと『幼く』のほうが適切かもしれませんね」

 

「……部分的には育ってるけど、ね……」

 

恨みがましくフランちゃんの胸部をアサレアちゃんが凝視していた。

 

何の話をしているのか気づいたらしいフランちゃんは、人目とか警戒心とか、まるで意に介さずに。

 

「……重いだけなんだけど」

 

たわわに実った果実を腕を組むようにして支えた。

 

フランちゃんが着ているのは、ゆったりとしたシルエットのワンピースだ。腰に回されたベルトだけでもはっきりと顕示されていたのに、下から支えるように腕を組んだことで、男の理性を直接鈍器で殴りつけるような暴力的なまでのプロポーションが強調された。

 

首回りの緩いワンピースから胸元がのぞけてしまった。冠雪したように生白く、美しい丸みを誇る二つの豊かな山には実に視線を奪われる。いやはや、鉱山頂上からの眺望と肩を並べるほどの絶景である。

 

「見ちゃだめ」

 

「へぶっ……鼻が……鼻が……」

 

「クレイン兄もガン見すんなこのむっつり!」

 

「くぴゅっ……」

 

俺はジャンプしたフェイトに鼻っ先を手のひらでぱちんとされ、クレインくんはアサレアちゃんに強引に首を回されてか細い悲鳴を漏らしていた。

 

「フランちゃぁん。女の子なら……というよりも女性ならもう少し振る舞いを気にかけないといけないわぁ」

 

「……?」

 

俺とクレインくんが苦しんでいるうちに、ランちゃんがフランちゃんに女性としての常識をこんこんと説いてくれていた。痛い思いはしたがいいものを見られたので差し引きプラスである。

 

「それで、王たちはどうやってきたの?」

 

無防備すぎるフランちゃんを見かねてランちゃんがジャケットを貸していた。

 

フランちゃんはランちゃんに対して敵対的な態度も多かったが、今は服を借りても平気なくらいに気を許しているようだ。

 

「そうそう、そうだったな。俺たちは管理局の艦船(ふね)できてて……」

 

「そういえば帰りの足は?帰りの船っていつくるわけ?」

 

「当初のプランだと昨日俺たちがここについた時間と同じ時間にピックアップしてもらう予定にはなっていた。ちなみに今のところ念話は通じてない」

 

「心配ねぇ……なにかあったのかしら?」

 

「行きででかい鳥に襲われたからって、びびって逃げたんじゃないでしょうね」

 

「ない。と、思いたい……」

 

「職務放棄はなくとも、非常事態に陥っているという可能性は充分ありますよね……」

 

「それが一番あり得て嫌になるなー……」

 

「……クレインの予想通り、かも」

 

「どういうことだ、フェイト」

 

一人遠くを眺めていたフェイトが、とある方角を指差した。

 

「ほら、徹。あっちの空」

 

「な、んだ?」

 

澄み渡る青空と、まばらに浮かぶ白い雲。その一部分に、小さいが黒い雲があった。どうやら俺たちのいる山へと近づいてきているらしい。

 

「なにあれ?雨雲?」

 

眩い太陽に手で日影を作り、目を細めながらアサレアちゃんが呟く。

 

正直に言ってしまうと俺も雨雲か何かだと現実逃避したかったが、一陣の風が吹いた。強めの風は、結われて纏められたアサレアちゃんの明るい赤色の髪をなびかせた。黒い雲の方向へと、なびかせていた。

 

「風向きが逆だ……。雲にしては足も早すぎる。よし、最悪だ」

 

「ここのところいつも最悪だね」

 

まだ距離はかなり、およそ数キロほどはあるだろうか。姿をはっきりとは確認できないが、だいたいのところ予想通りな展開だろう。

 

「ランちゃん、()えるか?」

 

俺が言う前からデバイスを突き出し、魔法を展開していた。鉱山に入る前に視た、射撃補助の魔法だ。望遠と彼我の距離を映し出すだけの、ほとんど術者の射撃の腕に依存した術式。

 

数キロメートル程度は、余裕でその補助術式の有効範囲内のようだ。

 

「……ええ、確認できたわぁ。(おびただ)しい数の鳥。それがあの黒い雲の正体のようねぇ」

 

「それだけであの規模の群れがあの早さで飛ぶとは思えない」

 

「もちろん黒い雲の先頭には輸送船が飛行しているわぁ。えぇっと……状況はどうあれ、ちゃんと迎えにきてくれてよかったわねぇ」

 

「最大限ポジティブに考えたらそうだな」

 

「ばかなこと言ってる場合じゃないでしょ!どうすんのよ!」

 

「どうするって言ってもな。最高速で航行中の船、かつ背後から狂ったように食欲全開の肉食鳥が追いかけてくる中、スムーズに乗り込める自信はあるか?」

 

「き、厳しいですね……」

 

「なにかしらの問題があれば、誰か死にかねないわねぇ」

 

「わ、わたしを見るなランドルフ!」

 

「フランも抱えて行くわけだし、リスクはあるよね」

 

「……ごめんなさい」

 

「あ、う……そういうつもりじゃ……。そ、それに、大丈夫だよ。徹がどうにかしてくれるから」

 

「ど、どうにかって……」

 

フランちゃんに向いていたフェイトの視線が、俺に向けられる。つられるように、フランちゃん、ランちゃん、ウィルキンソン兄妹も、俺を見る。

 

信頼を寄せられるのは嬉しいが、そう熱い期待の眼差しを向けられてもこの状況で応えるのは難しすぎる。

 

「むう……」

 

まあ、考えてはみるけれど。

 

飛行魔法を使えないフランちゃんを担ぎながら、限界をちょっぴりオーバーした輸送船に乗り込む。それだけならまだ手伝いながらいけばなんとかなるだろうが、腹ぺこの巨大椋鳥(むくどり)の群れは、まず間違いなく邪魔をする。あんな鉄の塊の船より、わかりやすく美味しそうな肉のほうを狙ってくるだろう。こちらに追いつけなくとも、後ろからぎゃーぎゃーと喚かれていては精神的なプレッシャーから重大なミスをしないとも限らない。

 

そもそも俺たちは巨大ゴーレムとの戦闘で疲弊している。最高速を維持して船に乗り込むだけの魔力が残っているかもわからない。

 

「みんな余力はどんなもんだ?」

 

一応各々の魔力残量を確かめておこう。

 

「私は、そうねぇ。デバイスのマガジンは今入っている分でおしまいよ。自前の魔力はフランちゃんを抱えて飛行するくらいはあるかしら?速度はあまり期待しないでもらえると嬉しいわぁ」

 

「ぼくは自力で飛ぶくらい、でしょうか」

 

「…………」

 

「アサレアちゃんは?」

 

「ち、近づいたときに乗り込むくらいなら残してるわよ!」

 

「……えっと、つまり……」

 

どう表現しようか悩んでいると、フェイトが引き継いで俺の代わりに言ってくれた。

 

「つまり、アサレアは魔力残ってないってこと?」

 

「うううっさいテスタロッサ!そういうあんたはどうなのよ!」

 

「私は飛行魔法だけなら余裕あるよ」

 

「なっ、なんで……」

 

「きっとご飯を好き嫌いせずに食べていたからねぇ」

 

「ぐぬぬっ……」

 

要約すると、戦闘可能なのはぎりぎりフェイトだけで、大広間の戦闘で頑張ってくれたアサレアちゃんに至っては船に乗り込むことすら危うい、と。

 

「方法……なにか、方法は……」

 

取れる手段が思いつかない。

 

極めて珍しいことに魔力の残量ならおそらく誰よりもあるが、俺の魔法のレパートリーの中に群れに対抗できるものがない。

 

ランちゃんはここまでの度重なる戦闘により残弾わずか。フランちゃんを運んでもらうことを踏まえると、本人の魔力も危険域だろう。これ以上の無理はさせられない。

 

ウィルキンソン兄妹はともに戦闘に割ける余力はない。アサレアちゃんに至っては乗り込めるかどうかさえ危うさがある。クレインくんにアサレアちゃんのフォローを頼まなければならないので、二人も選択肢から除外される。

 

フランちゃんの魔力残量はどうかわからないが、巨大ゴーレムを操った後だ。ほぼ底につきかけているだろうし、そもそも使える魔法に対空手段はない。

 

フェイトのフォトンランサー・ファランクスシフトが一番効果的で最も可能性が高く、考え得る限り唯一の打開策だろうが、さすがに今のコンディションで大規模術式を展開するには魔力量が不足する。あの術式は優秀に過ぎるフェイトを以てしても、その後の継戦能力に影響を与えるほどの消費魔力を誇る。平時でこれだ。今やろうとすること自体、無謀だ。

 

だが。

 

「……あ、もしかしたら……っ!」

 

一つ、閃いた。

 

サンドギアの街での任務で、ジュリエッタちゃんのお母さんを助けたときのことだ。同じ部隊の隊員だったニコル・メイクピースの治癒魔法がうまく機能しなかったところに手を加えて、協力して魔法を行使した。

 

それと、同じことができれば。

 

「フェイト、ファランクス使えるか?」

 

「え?ファランクスシフト?」

 

俺が頷くと、フェイトは顔を伏せて考え込む。

 

「できないことはないけど……展開率百パーセントで出せる自信はないよ。普段のパフォーマンスの五十……がんばって七十パーセントがせいぜい、かな」

 

しばし悩んで、フェイトは試算を出した。フェイトの性格を踏まえると、そのパーセンテージも限界を攻めた無理をした数字だろう。あまり無理はさせたくないのだが、今はフェイトのその頑張りに頼らざるを得ない。

 

「七十パーセント、それだけ出せる自信があれば充分だ」

 

「と、徹……もしかして」

 

「ああ。あの鳥の群れを撃ち落とす」

 

「あ、あんたっ、本気で言ってんの?!」

 

「いくら一羽一羽のサイズが大きいからって、船と比較してあの規模の群れ……雲と見紛(みまが)うほどよ。数百なんてもんじゃない、千に届く数よ。あの数を落とすなんて現実的じゃないわ」

 

「他の方法を考えましょう……逢坂さん」

 

「……フォトンランサーの大規模術式は対個人で想定してて、逃げ道も障壁も弾幕で圧し潰すのがコンセプトなんだよ。狙いの精度は他と比べて甘くなってる。もちろんほとんどはあたると思うし、あてるために努力はする。でも全弾を命中させるなんて……できないよ。もともと全てを命中させる想定の術式じゃないから」

 

「こう言っちゃ悪いが、命中性能が他の射撃魔法と比べて劣ってるのは見てたからわかってるんだ」

 

「っ……だったら、どうして?」

 

悔しげに下唇を噛んで、客観的な評価を呑み込んだ上で、それでも否定も言い訳せずに俺に向き合う。

 

なぜファランクスシフトの命中精度が落ち込んでいるのか、理由はわかる。今はまだフォトンスフィアの展開数と射撃数を上げて維持するという段階で、射撃精度の正確性にまで手を伸ばせていないだけだ。

 

ならば、問題の解決は簡単だ。フェイトの手が射撃精度にまで回らないのならば、外部からの補助でその落ち込んだ射撃精度をカバーすればいい。

 

そのカバーを、俺がすればいい。

 

「俺がサポートする。俺とフェイト……二人で協力して魔法を使う」

 


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