そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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T&F共同演算型大規模術式

『後ろの鳥は俺たちで剥がします。その間に安全圏まで後退してください』

 

『疲れているところすまない……感謝する』

 

『構いません。後でこちらのピックアップお願いします』

 

鉱山の山頂から障壁を蹴り進み、空を駆ける。船のすぐそばまで接近してようやくパイロットと通信できた。どうやら魔法生物が内包する魔力によって、念話の通信に悪影響があったようだ。

 

「よし、あとは俺たちがやるだけだ」

 

「……ほんとうに、できるかな……」

 

この場にいるのは俺だけじゃない。作戦の要であるフェイトも一緒だ。

 

フェイトにはなるべく大規模術式に力を回してもらうべく、俺が抱っこして連れている格好になっている。

 

腕の中のフェイトの身体は、少し固くなっていた。

 

「フェイトはいつも通り、全力を尽くせばそれでそれでいい。後のことは俺がサポートする」

 

「……う、うん」

 

自分でそうは言っておきながら、気負うなというほうが無理がある。

 

空を黒く埋めつくすほどの数。露骨なまでの敵意。本能剥き出しに叫びながら迫ってくる様は、恐怖を誘うにあまりある。

 

鳥の群れに気圧されて心が引けてしまわなければ、いつもの精神状態で対峙できれば、無数の鳥が相手でも今の俺とフェイトの残魔力量で凌げる計算なのだ。

 

なら、俺のすべきことは決まっている。フェイトが『いつも通り』をできるよう、安心させてやればいい。

 

左手をフェイトの腰に回して支え、右手はバルディッシュを一緒に握る。

 

「フェイト。目、(つぶ)れ」

 

「え?……で、でも、見えなくなっちゃうよ」

 

「俺も術式の演算を手伝う。照準に関わる部分は全部任せてくれればいい」

 

椋鳥(むくどり)の大軍ならぬ大群が、強烈な羽音を響かせて接近してくる光景が怖いというのなら、いっそ見なくしてしまえばいい。

 

「頭をくっつけて、耳は胸にあててろ。心臓の音でも聞いとけ。ばっさばっさうるさい翼よりかは落ち着くだろ」

 

気でも触れているように甲高く叫ぶ鳥の声に気持ちが萎縮してしまうのなら、いっそ違う音に意識を向けてしまえばいい。俺の心音に耳と意識を傾けて落ち着ければ、自分のリズムを取り戻すきっかけになるだろう。

 

「徹の心臓……ばくばくいってる。徹も緊張するんだね」

 

フェイトは俺のことをなんだと思っているのだろうか。部隊の命運を預けられてなんとも思わないほど、俺の神経は図太くない。

 

「全然びびってるわけじゃないから。これはあれだから。フェイトがこんなに近くにいるからどきどきしてんの」

 

強がりみたいなことを言う俺に、フェイトはきょとんと目を見開いて、ふわりと頬を綻ばせた。

 

「あははっ、なにそれ」

 

これまで固く強張ってた表情から、縮こまって震えていた身体から、ようやく余計な力が抜けた。

 

張り詰めたように緊張していた雰囲気も氷解する。

 

「そうそう、笑ってろ。このくらい……あんな鳥の群れくらい、なのはと比べりゃ脅威でもなんでもないだろ?」

 

「うん、そうだったね。…………」

 

「ん?どうした?」

 

「……べつに。ただ、なのはとまたお話ししたいなって」

 

「そういえば、まだちゃんと会ってなかったな……」

 

管理局絡みの試験や煩瑣(はんさ)な手続き、地球での生活や学校編入のための繁雑(はんざつ)な各種書類申請や多岐に渡る勉強など、やらなければいけないことが椀子蕎麦(わんこそば)感覚で目白押しだったため、なのはと再会する時間を作ってやれていなかった。決して忘れていたわけではない。ええ、決して。

 

「生活が落ち着いたら家になのはを呼んで、ついでに他の奴らも一緒に呼んで、盛大にパーティでもしようぜ」

 

「うんっ、楽しみ。それならこのくらいの壁、乗り越えないとね。……任せて、もう大丈夫。できるよ」

 

「ああ、任せるよ。だからサポートはこっちに任せろ」

 

もう怯むような様子はない。いつもの、頼りになるフェイトだ。

 

「バルディッシュ。システムの中、ちょっと失礼するぞ」

 

『狭いところで大変恐縮ですが、どうぞいらっしゃいませ』

 

「すぅ、はぁ……。フォトンスフィア、展開」

 

フェイトの術式が始動する。

 

金色に輝くフォトンスフィアが大量に生成され、周囲に広がっていく。

 

俺はバルディッシュを介して実行される術式の演算に侵入して並列的に演算補助。同時に術式のプログラムを見直し、今のフェイトに適した配列にオプティマイズする。

 

演算を協力して行うことでこの大規模術式の第一の障害である準備時間を改善。術式に手を加えることで第二の障害である魔力消費量を緩和。

 

「次は……目標の捕捉」

 

サーチャーのプログラム配列にとある魔法を書き加え、周囲にばらまく。

 

ターゲットである椋鳥(むくどり)の座標を正確に把握し、サーチャーとフォトンスフィアを同期させることで第三の障害である命中精度を向上。無駄弾を減らす。

 

改良の余地はまだ残っている。次だ。

 

「んっ……と、とお、るっ……。な、なに、を……っ」

 

「魔力伝達時にロスがないように、俺がフェイトの中に入って最適な形に魔力圧を調整して省力化してる。と同時に俺とフェイトのリンカーコアを魔力で結んで共有もしてる。緊張しないで心を開いて全部任せろ。フェイトはフェイトの全力を発揮してくれりゃいい」

 

フェイトは片手でバルディッシュを握り締めながら、もう片方の手は俺の胸元の服を掴んでいた。上気した顔で、涙を蓄えた目で、俺を上目に仰ぎ見る。

 

「な、なんだか……お腹の奥のほうがもぞもぞ?する……っ」

 

「……し、次第に慣れるから頑張って」

 

時折漏れる甘く熱い吐息は意識しないよう意識してシャットアウト。

 

魔力圧の微調整と、術式の適時最適化による魔力の節約・消費の低減。並列演算補助による魔法構築の高速化。これらの工夫とフェイトとバルディッシュの粉骨砕身の尽力もあり、平常時を大きく下回るコンディションの中、本来三十八基だったフォトンスフィアを四十五基まで増設し、展開完了までの時間を三十パーセント近く短縮した。人間死に物狂いで取り組めば、限界や常識なんて案外飛び越えられるものである。

 

「ふふっ、あははっ。すごいね、徹と一緒ならなんでもできそうだよ」

 

『ご自身の魔法を行使してなお他の術式にリソースを回せる演算能力、顕微鏡で作業をしているかのような芸術的とさえ表現出来る精緻な魔力コントロール……人間の域を超越しています。素晴らしいという言葉すら空々しいでしょう。率直に驚嘆に値します』

 

「はっは……そうかい、ありがとよ」

 

二人とも褒めてくれていたが、俺としては大広間であれだけ動いていてなおもまだ残っているフェイトの魔力量や、これだけの規模で術式を編める魔法適性にこそ感服する。バルディッシュの演算速度と精度にも愕然としたものだ。

 

「……しかし、もはやこれはファランクスシフトとは別のものになりそうだな」

 

「名付けるとしたら?」

 

「ストームシフトってのはどうだ?」

 

『小鳥一羽残さず根こそぎ吹き飛ばす……効果に即した良い名かと』

 

「くすっ、不思議だね。徹が近くにいるだけで、ちっとも怖くない。すこしも負ける気がしないよ」

 

「そりゃ誇らしい限りだ。とはいえ俺も、これっぽっちも負ける気がしねえけどな」

 

鳥の姿がはっきりと視認できるほど、接近してきている。目は爛々と血走り、鋭利な(くちばし)からは耳を刺すような叫声が溢れ、翼が空気を叩きつける音は幾重にも重なり爆音にも似て、ナイフのような鉤爪は鈍く陽の光を反射させていた。そんな鳥が集まり、群れて、覆い被さって、まるで一つの巨大な生物のような威容だ。あまりの数に、遥か下、地面に大きな影を落とすほど。

 

威圧されてもおかしくないはずの迫力。だというのに、身を竦ませるような恐怖は感じない。

 

可能な限り引き寄せて、一気に、一息に、撃滅する。

 

「そろそろだ……やるぞ!フェイト!バルディッシュ!」

 

「うんっ」

 

『Yes sir!』

 

力強く応じる二人の声を追い風に、即座に起動する。

 

T()()F(フェイトによる)共同演算型大規模術式。フェイトの魔法による圧倒的物量と、俺の補助による精密射撃。

 

「疾風、迅雷っ……」

 

「全身、全霊っ!」

 

「フォトンランサー」

 

「ストームシフト!」

 

『Photon lancer storm shift, stand by ready!』

 

俺とフェイトを中心として広がった金色に輝く球体は、火を噴く瞬間を、獲物を食い散らす許可を、今か今かと待っていた。

 

そして、撃鉄を下ろす。引き金を引く。

 

荒れ狂う魔力の楔を解き放つ。

 

「撃ち砕け!」

 

「吹き荒べ!」

 

『Fire!』

 

魔法の封を解いた瞬間、目の前が真っ白に染め上げられた。

 

それもそのはず。

 

総数四十五基のフォトンスフィアから、秒間七発の連射が実に四秒間持続される計千二百六十発ものフォトンランサーの一斉射。全てを洗い流す掃射。まさしく魔力弾の暴風雨(ストーム)

 

魔法を行使した位置からでは、フォトンスフィアのマズルフラッシュが、フォトンランサーが射出された際の閃光が、一時的に術者の目を潰す。本来のこの術式の命中精度が良くない理由はここにもありそうだ。

 

あたり一帯、鳥の群れをぐるりと包むようにサーチャーを配しておいてよかった。サーチャーからの視覚情報を参照してフォトンスフィアの角度を小刻みに変更していく。

 

視覚情報をただ送信するだけの通常のサーチャーであれば、発射体四十五基の照準を制御して命中させるなんて芸当はできなかっただろう。鳥の数が多いので基本的に撃てば当たるとはいえ、外してもいいような弾は一発もないのだ。神経を擦り減らしながら調整する。一発で何羽巻き込めるか、どれだけ被害を広げられるかが要なのだ。

 

そんな無謀にも似た無茶な精密射撃を実現可能レベルに引き上げてくれたのは、サーチャーのプログラムに組み込んだ一つの魔法。鉱山に入る前に視た、ランちゃんが使っていた射撃補助の術式だ。標的への距離とレティクルが表示されるだけの魔法だが、その効果によりスフィア一つあたりの演算処理が簡略化できた。おかげで嵐が吹き止むまでの間、超高速演算状態(テンポルバート)を維持することができたのだ。

 

閃光瞬き、空気を裂き、一発一発が正確無比にして冷酷無慈悲に鳥の土手っ腹に刺さる。魔力的ダメージと電撃を深々とその身に受けた鳥は、ぴくぴくと痙攣するように次々と墜ちていく。

 

荒れ狂う嵐の後。一掃開始から数秒後、金色の嵐に揉まれてもまだ空にいた鳥は十羽もいなかった。

 

「六、七……ちっ。八羽残ったか。照準の調節が行き届かなかった……数発外した」

 

「ちょっと、徹……すごいっ、すごいよ!自分の魔法なのに、こんな繊細な使い方ができるなんて知らなかった!」

 

「おお……テンション高いな。慣れと訓練は必要だろうけど、やろうと思えばできるってことだ。……ただ、あー、ちょっとまずいな……」

 

「どうしたの?」

 

「音と光に誘われて他の生き物も寄ってきやがった」

 

大きな椋鳥(むくどり)みたいな群れはほぼ全滅。生き残った数羽は狂乱するように潰走した。

 

だが、群れを屠るために行使したストームシフトは激烈な音と光を周囲一帯に響かせた。付近にいた生物を呼び寄せても仕方がない。

 

「っ……はやくランたちを呼んで、船に……」

 

「……いや、間に合わない。フェイト、魔力の残りは?」

 

「もう……飛行魔法で精一杯。あとは残ってるスフィアを集めてどうにかするくらいしか……」

 

「スフィア……これだっ!」

 

「なにか思いついたの?」

 

「ああ、成功する可能性は高い。失敗した時は、もうどうにもなんねえかもだけど」

 

「大丈夫だよ、徹なら」

 

「はは、ありがとフェイト。もうちょい、手伝ってくれるか?」

 

「うん、がんばるよ」

 

一秒たりとも迷わずに首肯してくれたフェイトに感謝しつつ、準備を始める。まだ浮遊しているフォトンスフィアを掻き集め、練り上げて、再び形にする。

 

最後の一手を準備しながら、俺は考えていた。

 

そもそも、不可思議というか違和感というか、気になっていたことがある。

 

なぜ鳥の群れは明らかに食べられそうにない管理局の艦船、輸送船を襲っていたのか。

 

そしてもう一つ、鉱山に入る前のこと。草原でとかげもどきと遭遇した時。とかげもどきは目の前にいる俺よりも、少し離れていたランちゃん、アサレアちゃん、クレインくんを狙った。俺がとかげもどきの視界にも入らないほどの雑魚だということなのかと憤ったものだが、しかし、この世界の特徴と魔法生物の生態を学ぶと一つの仮説が浮かんでくる。

 

この世界の生物は魔力をより多く蓄えたものこそが勝者だ。魔力を効率的に運用できてはじめて、生存競争を勝ち残れる。それゆえに、より強い魔力を感じられる方へと本能的に向かっていくのではないか。だとするなら、俺一人より複数人で固まっている方へ目を向けるのはごく自然とも言える。必ずしも俺がしょぼいというわけではない。

 

あくまで仮説だが、試す価値はあるし、やらなければ部隊員全員が無事に辿り着けない。可能性があるのなら、やるべきだ。

 

先程のストームシフトで頭が熱を持っているのを自覚するが、これが最後の仕事だ。弱音を吐きそうになる心に踏ん張れと鞭を打つ。

 

「収束、収束……なのはがやってたあれを思い出せ……」

 

魔力の残滓を引っ張り、一つに収束、集積、集約する。なのはは天性の資質で自然とやっていたが、模倣して参考にして下地にして、結果的に近似値を叩き出すことなら俺にもできる。

 

まずはあえて自分の魔力をコントロール下に置ける範囲で周囲に散布する。自分の魔力が溶け出し、スフィアや空気中の魔力残滓と混じり合わせられれば、あとは感覚的には糸を手繰り寄せるようなイメージだ。

 

引き寄せ集め、練り上げ固め、魔力の塊を作り出す。この魔力塊をフェイトの雷槍に組み込む。これなら効率よく、かつ短時間で最大限の出力を期待できる。

 

「す、すごい……」

 

努力と工夫のほどを実感できたようで、フェイトがぽそりと呟いた。

 

「ここから、仕上げだっ……っ!」

 

集約された魔力を食んで形作られた槍は膨張して肥大化している。ここから更に圧をかけ、フェイトが取り回ししやすいサイズに再構成。

 

無駄に大きくある必要性はない。あくまで必要なのは、狙ったポイントへ放れる操作性と、逃げる暇を与えない速度。頑健な防御を貫く瞬間的な破壊力。見た目に派手な破壊力こそが今最も重要だ。

 

「これが……今の最高だ。フェイト、投げろ」

 

「で、でも……いろんな方向からきてるよ?一番大きいのを狙えばいいの?」

 

くるりと、全方位から迫る生き物たちを確認したフェイトが言う。

 

迷うフェイトに、俺はただ一点を指し示す。

 

そこは輸送船とは反対の方角の地面。

 

「大きな鳥に向けなくていいの?」

 

「ああ、いいんだ。やってくれ」

 

せっかく最大限に集約した雷槍を、なぜなにもないところに投擲するのか。おそらくそんな疑問は浮かんだだろうが、フェイトは戸惑いながらも頷いてくれた。

 

「スパーク……っ」

 

腕を掲げ。

 

「……エンド!」

 

振り下ろした。

 

ただそれだけで、飼い主から命令を受けた忠実なる金色の下僕は一直線に飛翔する。空を翔け、空気中の塵や埃を焼き払って通り道に火の尾を残し、フェイトが目掛けた地点にまさしく目にも留まらぬ速度で突き刺さる。と、同時にスパークを撒き散らして大爆発した。

 

「うっお……豪快だな……」

 

まず俺たちに浴びせられたのは大音量の爆発音。まるで壁のように広がる耳を(つんざ)く音が通り過ぎたかと思えば、全身を打ち付ける衝撃波。和太鼓を力一杯叩いた時のようなびりびりとした感覚を百倍強くしたような衝撃波が、かなり距離が離れていたはずの俺たちにまで届いた。

 

爆発によって巻き上げられた砂煙と砕かれた石や岩が、まるで火山が噴火したかのように散乱飛散する。

 

噴煙立ち込める中でもわかる。地面には、巨人が拳で殴りつけたかの如き大穴がぽっかりと大口を開けていた。穴の奥に薄らと見えるのは、水だろうか。地底湖でもあったのかもしれない。上部の岩盤を容易く貫通し、その下にあった地底湖まで雷槍は食い込み、蓄えられていた水を瞬間的に蒸発させ水蒸気爆発を引き起こしたのだろう。

 

俺はわかりやすさを求めてフェイトに狙わせる場所を指示したのだが、岩盤を砕くとも、その下に地底湖があるとも思わなかった。知らなかったこととはいえ、被害規模が物凄いことになっている。

 

さっきの雷槍を多少下回るとはいえ、ファランクスからの雷槍のコンボを力づくの正面突破で防いだ魔導師が実在することには、戦慄を禁じ得ない。しかもそれが齢九歳の女の子(なのは)だというのだから、もうなんか一周まわって笑いさえ込み上げてくる。

 

「っ、はぁっ、ふぅ……。言われた通りやったけど……これでいいの?」

 

「おっけ。よくやった。みんなを呼んで船に乗ってさっさと帰ろう」

 

「でも鳥が……あれ、こない?」

 

俺とフェイトに近い方角から飛んできていた鳥や馬鹿でかい虫も、まるで誘蛾灯に惹きつけられるように俺たちを見向きもせず雷槍が着弾した地点へと我先に向かっていた。

 

俺の予想は、どうやら正しかったようだ。

 

「ここの生き物は魔力に引き寄せられる。いくつか魔力の反応があればより強い反応にな。もう戦えるほどの魔力は俺たちに残ってないから、さっきの雷槍は奴らの本能を欺く上等な餌ってわけだ」

 

「そうだったんだ……まったく気づかなか……っ!」

 

喋っていた途中で、唐突にフェイトの魔法が不安定になった。がくんと高度が下がる。

 

「お、おいフェイトっ!」

 

落下する前に抱きかかえる。そうしてようやく、フェイトの疲労の深さを知った。

 

「ごめんね、徹……。ちょっと、疲れちゃった……」

 

「いいんだ、フェイト……俺こそ悪い。頼りっきりになっちまった」

 

「ううん、いいんだよ。仲間、だもんね。頼ってくれて、私嬉しいよ」

 

冷や汗をかいて、呼吸を荒くして、それでもフェイトは気丈に微笑んでみせた。

 

いくら効率よく展開しても、省エネルギーに勤しんでも、どうしたって限界はある。

 

回復しきらないリンカーコアと、短い休息のせいで戻らない体力。度重なる戦闘で磨耗していく集中力。万全とは程遠い体調で大規模術式を使えば、魔力も気力も体力も底をつくのは明白だ。気が回らなかった自分に腹が立つ。

 

それでも、フェイトは命綱である飛行魔法が不安定になるほど、意識が途切れそうになるほど、空っぽまで力を尽くしてくれたのだ。その健気な姿勢に、献身的な精神に敬意を表するとともに、感謝する。

 

包み込むように抱える。金色の髪に顔を埋める。

 

「ありがとうな……助かった。あとはやっとくから、今は休んでてくれ」

 

「うん……任せ、るね……」

 

風音でも搔き消えそうなほどの声を漏らすと、細く脆い身体から力が抜ける。軽いけれど、確かに腕にかかる暖かな重みを感じた。

 

「っと、危ねえ。バルディッシュもお疲れ」

 

フェイトの手から滑り落ちるバルディッシュをなんとかキャッチした。

 

話しかけると金色の球体部分がぴかぴかと明滅する。

 

『お疲れ様です。ご一緒できて光栄でした』

 

「俺もだよ。さすがに優秀だ、助けられた。ありがとう。なんかお礼するよ」

 

『お構いなく、仕事を果たしたまでですので。……ですがやって頂けるのでしたら、お手隙にでも磨いて頂けると望外の喜びです』

 

「はっは、おっけおっけ。オイルも込みできっちり綺麗に磨いてやるよ。さて、フェイトが休んでる間は俺が預かっとくから、よろしくな」

 

『はい。お任せ致します』

 

バルディッシュがそう発生すると、球体から光が溢れ出した。閃光がひと瞬きすると、バルディッシュの形状が変わり、二等辺三角形のような形になった。

 

落っことさないようにしっかりとしまって、鉱山を見やる。

 

「さっさと船に向かうか……。餌にいつまでも引っかかってくれるとは思えないしな」

 

鉱山の頂上で待機しているはずのランちゃんたちに念話を送る。

 

『これから短時間なら生き物たちに目をつけられない。今のうちに船に乗り込むぞ』

 

 

 

 

 

 

「……ちゃん、とお……起き……」

 

「……っ、んあ?」

 

記憶が飛んでいる。どうやらいつのまにか寝ていたらしい。

 

妙に両腕と足が暖かく心地良かったが、声をかけられながらゆらゆらと揺すられたので、仕方なく重たい瞼をこじ開ける。

 

「もうすぐ着くわぁ。起こしたくはないけれど徹ちゃん、起きてねぇ」

 

間近にランちゃんの顔があった。おかげで微睡(まどろ)みたい欲求も眠気も吹っ飛んだ。

 

「うおおおおはよう!」

 

「ええ、おはよう。できればゆっくり休ませてあげたかったけれど、もうすぐ到着するから降りる準備しておかないとねぇ」

 

「そっか。ありがと。……あれ、俺いつ寝たんだっけ?」

 

「寝たっていうか……寝落ちしてたわねぇ」

 

ランちゃんから教えてもらったところによると、安全を確保して輸送船にみんなで乗り込むや、俺は糸が切れたようにばたりと倒れ込んだらしい。

 

抱えていたフェイトまでばたんといってしまったのではと危ぶんだが、ちゃんとフェイトを押し潰さないよう仰向けに倒れ込んだようだ。よくやった俺。

 

一時は船内が騒然となったみたいだが、俺がただ寝てるだけだとわかったら落ち着いたとのこと。輸送船内のバックドアランプ前で転がしておけないので、今俺がいる場所までランちゃんが担いで移してくれたようだ。壁を背もたれにして座って寝ていた。いらぬ手間をかけてしまって申し訳ない限りである。

 

そういえば結局なんだかんだで、やることや気になることが次から次に出てきてしまっていたせいで仮眠できていなかった。輸送船に逃げ込めたことで一気に気力のブレーカーが落ちたのだろう。

 

「悪い、すっかり寝ちまってた」

 

「いいのよぉ。今回も徹ちゃんに任せっきりになっちゃったもの。起きたのなら、次はその両隣と足元の子を起こしてもらえるかしらぁ?」

 

「両隣?うおっ……」

 

「すぴー……くかー……」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「なんか暖かいなって思ってたんだ」

 

「起きなかったことにも驚いたけれど、気づかないことにもびっくりよぉ」

 

俺の肩に頭を置くようにして眠りこけているアサレアちゃんと、腕を抱き枕みたいにして器用にフランちゃんが寝ていた。目線を下げれば、俺の足の間に身体を挟むようにして、フェイトがすっぽり収まっていた。

 

本当によく目を覚まさなかったものである。

 

「とても心配していたわよ。フランちゃんもお嬢ちゃんも、クレインちゃんもね。疲れて眠っているだけってわかったら、今度は安心して徹ちゃんの隣で寝ちゃったのよ。徹ちゃんの邪魔にならないか心配だったけれど、その様子ならかえって良かったみたいね」

 

「ああ、ぐっすり休めたよ。ランちゃんは一人で起きてたのか、悪いな」

 

「いいわよん。ちょうど本も読み終えるところだったから。私は向こうでクレインちゃんを起こしてくるわぁ。そっちの三人はよろしくねぇ」

 

ランちゃんが一人静かに寝息を立てているクレインくんに向かったのを見て、俺も三人を起こす。

 

「おーい、起きろー、もうすぐ降りるみたいだぞー」

 

「おきる、おきるってば……おき……」

 

「うにゅ……んっ、んん……」

 

「すぅ、すぅ……」

 

「……誰一人として起きねえ……」

 

小さく反応はしたものの、目覚めることはなかった。ちなみに寝言はアサレアちゃん、フランちゃん、フェイトの順だ。

 

寝起きが悪いアサレアちゃんは覚悟していたが、まさかフェイトまでだめとは。それだけ魔力を使い切った疲労は根深いということか。

 

心を鬼にして三人を強めに揺らして、どうにか自分で座れるくらいまで覚醒させる。目元をこすったりあくびしたり背伸びにしているうちに、輸送船が船着場に接岸した。

 

一眠りしたことでスタミナが戻った俺は、みんなのぶんの荷物を背負って船を降りる。

 

今回の任務は体力的にも魔力的にも大変厳しかったためか、さすがに船を降りてからもみんな元気がなかった。

 

まだ睡魔に取り憑かれている様子だったアサレアちゃんはしばし寝惚けて俺の腕を掴んでいたが、(アサレアちゃん)よりかは体力を取り戻した(クレインくん)が手を引いて帰路に着いた。ちゃんと別れる際に挨拶をするあたり、できたお兄ちゃんである。

 

俺としてもクレインくんを見習ってこのまますぐに家に帰りフェイトとともに泥のように眠りたいが、まだやることが残っている。大事なことが、残っているのだ。

 

「ランちゃん。悪いんだけど、フェイトを送れるとこまで送っといてくんない?」

 

「え?ええ、それは構わないけれど」

 

「ランちゃんも疲れてるのにすまん」

 

「いいえ、徹ちゃんよりも休めてるもの。大丈夫よぉ。でも徹ちゃん、フェイトちゃんと一緒に暮らしているんでしょ?一緒に帰ったほうが手間はないんじゃないかしら?」

 

「俺はフランちゃんのことでちょっと話をしに行かなくちゃいけないからな」

 

俺の左手を握って、こっくりこっくり銀色の頭を揺らす少女に目をやる。少女といってもそれは外見年齢であって、実年齢は俺たちの誰よりも年上なのだが。

 

「前の任務のノルデンフェルトさんを訪ねるのよね。それなら時間もかかるでしょうから、フェイトちゃんは先にお家に帰って休んでいた方がいいわねぇ」

 

「つまりそういうこと。じゃ、フェイト、ランちゃんが送ってくれるからついていって先に帰っててくれ」

 

「……徹と帰る」

 

「どれだけ時間かかるかわかんねえから、先に帰っとけ。もう起きてるのもつらいだろ?」

 

「……ん、わかった」

 

「じゃ、ランちゃん頼むな」

 

「ええ、頼まれました。今回も助かったわぁ、ありがとねぇ。また一緒にお仕事できる日を楽しみにしてるわぁ。あ、前に渡すの忘れちゃったけれど、これ私の連絡先よぉ。なにかあったら気兼ねなく連絡ちょうだいね?」

 

「ああ、ありがとう。俺のほうこそ助かったよ、またな」

 

ふらふら、と笑顔で手を振って、ランちゃんは半分寝ているフェイトの手を引いて歩いていった。

 

「……さ、フランちゃん、行こうか」

 

「どこに行くの、王?」

 

「フランちゃんがこれから生活するために、諸々のことを知り合いに相談しに行くんだ」

 

「わたし、王と一緒にいられないの?」

 

「……わからない。どうするべきか、どうしたほうがいいのか、なにができるのかも相談してみよう」

 

ありのままそう伝えると、俺の手を弱々しく握るフランちゃんは少し悲しげな瞳で小さく頷いた。

 


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