そんな結末認めない。   作:にいるあらと

22 / 195
2014.5.25 サブタイトルと細かいところを変更しました。


「【美女と野獣】か」

 太陽の色がオレンジに変わりつつある中、まだ少し冷える風を頬に受けながら高町家へと歩みを進める。

 

今は十八時を少し回ったところ、予想より早く話し合いが終わってよかった。

 

二人を送り届けて買い物に行ってもまだ余裕はある。

 

《やはり兄さんはもう少し、自分の身体を労るべきだと思うんです》

 

《そうですね、無理しすぎです。思えばバリアジャケットも身に着けていませんし》

 

 制服の胸ポケットから、ユーノが頭の上半分だけ出して念話を飛ばす。

 

レイハは学ランのポケットに入っている。

 

『徹の家に行く時もポケットに入れればよかったじゃないですか!』と、先ほど怒られた。

 

 さすがに外で、フェレットもどきと赤い宝石に堂々と喋りかける勇気を俺は持ち合わせていないので、念話でお話。

 

体調は万全ではないんですから、と念話すらたしなめてくるユーノを、大分時間経っているしもう大丈夫だからと押し切った。

 

 俺の部屋で、リンカーコアと俺の新たな武器について会議をしてからというもの、ユーノからずっと自愛せよとのお説教を受けている。

 

いやユーノだけじゃなく、レイハまで俺の心配をし出すので、さすがに不安になってきた。

 

俺そんなに無茶してんのか? ユーノは心配性だからわかるが……レイハまで俺の身を案じるとか相当なもんだぞ。

 

《無理してるって言うけどなぁ……今回はアルフと戦ったから怪我したってだけで、普段はなるべく危険とか面倒事から離れようとしてんだし……》

 

《ならなぜ……ジュエルシードの収集に協力してくれるんですか? これこそ危険で面倒なことなのでは?》

 

《手伝ったところで何か見返りがあるわけでもないですし、たしかに不自然ですね》

 

 ジュエルシードの収集に協力する理由……ねぇ。

 

たしかに紛れもなく危険だし、疑いようもなく面倒事だけど、俺はその手伝いを引き受けた。

 

一番根本にあったのは、なのはが手伝うと言い出して、なのはだけじゃ心配だから俺も付き添う形で始めた。

 

 ならやっぱり理由はこれしかないな。

 

《ユーノが真剣に助力を求めたからだ。一人で頑張って、それでも手に負えないから、なのはや俺に助けを乞うた。

 

説明も真摯にして、危険なものだからやりたくなければやらなくていい、という選択肢を提示しながらな。

 

だからこそ手伝ってやりたいと思った。

 

俺自身、頑張ってるやつを見捨てるようなことをしたくなかっただけ。

 

結局自分の為だ》

 

《……ぷっ、あははっ! やっぱり兄さんは兄さんです!》

 

《た、ただの格好つけたがりなだけでしょう。ツンデレです、男のツンデレなんて需要ないです……一部を除いて》

 

 自分の力で助けてやれるのなら助けてやりたいと思うし、助けを求めてきたやつを見捨てたら後で後悔するからやっているだけだ。

 

そりゃあ俺だって何でもできるような全知全能の神様じゃないんだから、俺の能力を超える難易度なら手伝えないし、菩薩でもないんだから不遜な態度で上から目線で頼まれてたら、手伝いはしない。

 

ユーノが平身低頭必死に頼んだから引き受けた、それだけのことだ。

 

 高町家に着くまで三人でしょうもない話を延々していた。

 

レイハが俺をバカにして、俺がそれに突っ込んで、ユーノが宥めるという不文律のような会話の流れ。

 

その時間が楽しくて、次第に歩くスピードも落ちてしまうほどだった。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

「おい、姉ちゃん。起きろ。なんで俺の部屋で寝てんだよ」

 

 今日は土曜日、特段早く起きる必要はないのだが習慣とは恐ろしいもので、いつも通り六時十分前くらいには目が覚めてしまう。

 

平日ならばこの時間に起きても、弁当作ったり朝飯作ったり洗濯物干したりと忙しいが、休みの日では時間を持て余すことが多々ある。

 

 昨日はユーノとレイハをなのはの元へ返して、晩飯の材料を買いに行き、家に帰ってきたと同時くらいに姉が帰ってきた。

 

先に姉ちゃんに風呂に入らせて、その間に料理を作り、最近では恒例のようになってしまっている晩飯の食べさせ合いで食事を済ませると俺は風呂に入って、後は各々自分の部屋で寝たはず……なのだが。

 

「んぅ~……ちゅーしてくれたら起きれるかもせぇへん」

 

「【美女と野獣】か」

 

「【眠れる森の美女】やろがぁ! そんじゃなにか、うちは野獣って言いたいんか! あほぉっ!」

 

 おぉ、やっと起きた、よかったよかった、ちょっとバロメーター振り切れてるけど。

 

「ほら、あれだって結局はイケメンになるんだし、褒め言葉として受け取ってよ」

 

「キスする前は暴れん坊の野獣やないか! むぅ……はっ! っちゅうことは徹がキスせな、うちは野獣のまま……つまり徹はうちにキスせなあかんゆうことか!」

 

「起きたら早く朝飯にしよう。今日も仕事あるんだろ?」

 

「つれへんなぁ、もう。おはようのちゅーくらい、けちけちせんでええやんか」

 

 どう考えてもおかしいだろう、寝ぼけていたとしても『あれ? 少しおかしくない?』くらいは思うわ。

 

だが直接姉には注意はしない。

 

近頃はどうも情緒不安定なところがあるから、無駄に突き放すようなことを言ってまた取り乱されては敵わないし。

 

それに一応この家の大黒柱だ、わざわざ機嫌を損ねるようなことを口に出すこともないだろう。

 

「つうか、なんで俺のベッドで寝てたんだよ。昨日は別々で寝てたのに」

 

「ほ、ほら、人間にゃあ人恋しくなる時ってのが……あるやん? それ?」

 

 いや訊かれても。

 

起きて一番最初に見るものが姉の寝顔というのは、眠っていた脳みそを目覚めさせるに余りあるインパクトだ。

 

「そんじゃ寝る前から言えばいいんじゃねぇの。なんでわざわざ寝込み襲うみたいに寝入ってから布団に潜り込むんだ」

 

「ねっ、寝込み襲うってっ?! 起きとったん?!」

 

「はぁ? 寝てたけど? 言葉の綾っていうか、ただの表現だろ。なに、俺が寝てる時になんかしたの?」

 

「いぃ、いや? な、なんもしてへんよ? あ、姉には建て前ってのがあんねん! 一緒に寝よ、なんて言い出されへんやろ!」

 

 こいつ……俺が寝てる時になんかやってたな?

 

声裏返ってるしあからさまに怪しいが、寝てる人間の顔に落書きとかするタイプじゃないし気にしなくていいか。

 

「まぁいいや、今日は仕事何時から?」

 

「ん~七時には出なあかんな」

 

 グダグダやってる時間ないじゃねぇか。

 

「朝飯作っとくから早く顔洗ってこい」

 

「あーい、今日はサンドイッチで」

 

 姉ちゃんは洗面所へ、俺はキッチンへ向かう。

 

 今日も注文が楽でよかった。

 

冷蔵庫を開けて材料の確認をする。

 

姉ちゃんは細っこい身体をしている割に意外と食うからな、二~三種類用意しておくのが無難だ。

 

ハムにチーズにレタスを発見、カツもあれば尚よかったが残念ながらなかった。

 

あ、ツナも見つけた、これも使おう。

 

最後に卵を取り出して作り始める。

 

 パンは耳の部分を切って軽く表面に焦げ目がつく程度に焼き、この間に卵を茹でて置く。

 

ハム、レタスは食べやすい大きさにちぎっておき、ツナは油をきってボウルの中へ入れてマヨネーズ、塩コショウを適量加えて混ぜる。

 

頃合いを見てオーブンを止め、茹で卵は細かく刻んでツナを入れているボウルの中へぽい。

 

あんまり卵が崩れるのは姉ちゃんの好みではないので、力加減をして混ぜて準備完了。

 

一方はパンにレタスを乗せてツナマヨ卵をどっさり入れる、もう一方はパンにマーガリン、マスタードとさっき作ったツナマヨ卵をうっすら塗って、レタスとハムとチーズを重ねてパンで挟む。

 

あとは三角形になるように切り、見栄えがいいように皿に並べて完成。

 

「よっし! もう目ぇぱっちりやで!」

 

 顔を洗ってきた姉ちゃんが、洗面所のある一階から上がってきた。

 

 今日も今日とて、元気が有り余っている姉である。

 

最近の暗い表情が珍しいだけであって、基本的に姉ちゃんはテンションが高いのだ。

 

 「先に食べててくれ。あと一品、デザートを作る」

 

 メニューがサンドイッチだったおかげでぎりぎり間に合ったな。

 

サンドイッチを並べた皿を、テーブルの上に置き、ブラックのホットコーヒーを隣に置く。

 

見た目は俺より年下に見えるくらいなのに、コーヒーはブラックで飲めるんだよな。

 

別に悔しいわけではないけれど……ないけれどっ。

 

「前のアレ? やったー! いただきまーすっ!」

 

 冷蔵庫からホイップクリームと何個かあったフルーツを取り出して、残しておいたパンの上に配置していく。

 

パンの上にホイップクリームをこれでもかと塗りたくり、フルーツ――今回は苺とミカンがあった――を乗せて挟むだけの簡単デザート。

 

今はラップをして冷蔵庫へ、食べ終わった時に食後のデザートとして出せばひんやりしていておいしいのだ。

 

姉ちゃんは甘いものも好きだからなー、俺も大好きだけど。

 

「ひょう、ほおるふぁ、はんかよへいあむの?」

 

「言ってることは理解できるが、口の中のもん飲み込んでから喋ろうぜ」

 

 ヒマワリの種を頬張るハムスターばりに、頬っぺたを膨らませながら俺に訊いてきた。

 

口の端にパンついてるし。

 

家を出ないといけない時間が迫っているとは言え、もう少しゆっくり食べれねぇのか。

 

ちなみにさっきのは『今日、徹は、なんか予定あんの?』と訊いていた。

 

あれでわかるのはまさしく、姉弟の以心伝心と言えるだろう。

 

 屈んで、姉ちゃんの口についているパンをつまんで、自分の口に放り込みながら質問に答える。

 

「今日は……特に何もないなぁ。恭也と遊びに行こうかと思ってたんだけど……家の用事があるらしくてな。たぶん今日は暇を持て余すことになる」

 

 昨日、なのはにユーノとレイハを返却した時に誘われた。

 

明日――つまり今日のことだ――家族で温泉に行くから一緒にどうか、と。

 

 この近くで温泉というと、全国的にも有名な月守台の温泉街だろう。

 

北の山を越えた先にあり、ここからだと大体一時間と三十分ほどの距離にある。

 

温泉だけじゃなく、宿泊施設や飲食店、土産物屋のほかに子供が遊べるようなところもたくさんあるので、家族連れに人気だ。

 

俺も何度か行ったことがあるが……うむ、小さい頃だったので記憶はかなり朧だな。

 

 誘ってもらえたことは純粋に嬉しいが、姉ちゃんは休みの日でも仕事があるので一人にするわけにはいかないし……高町家の家族旅行に水を差すようなことはしたくなかった。

 

いや……違うな……誘ってもらっておいてこんな考えを持つ自分に辟易するが…………他人の……家族の団欒を見たくなかったってのが一番の理由かもしれない。

 

そんな思いもあってなのだろうか、姉ちゃんに説明する時につい、『家族で温泉旅行』というのを『家の用事』と言い換えてしまった。

 

姉ちゃんだってもうそこまで気にしてないだろうに……気にしすぎだよな、俺。

 

「そ、そうなんや。せやったら買い物行ってきてくれへん? 明日も仕事やから行かれへんくて……徹の好みで選んでくれたらええんやけど」

 

 にわかに顔を赤くして視線を逸らしながら言う。

 

姉ちゃんのこんな態度は珍しいな、変なもんでも食ったか? って飯は俺が作ってるじゃねぇか、変なもん入ってねぇよ。

 

「あぁ、かまわんぞ。ん……俺の好み? 何がいるんだ?」

 

「下着を」

「それは是非ご自分でどうぞ」

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 絶賛暇を持て余し中である。

 

デザートまでおいしく食し、速攻で準備を済ませた姉ちゃんを玄関まで出て見送り――行ってらっしゃいのちゅうは拒否し切れなかった――俺も朝食を摂った。

 

サンドイッチとデザートのフルーツサンドまでちょうど半分ずつ、俺のために置いてくれてるところは姉ちゃんらしい。

 

そこからは食器を洗って、洗濯物干して、家の掃除をして、出されていた宿題を片付けて、トレーニングまで終わらせて現在十時。

 

さて、どうしよう。

 

 俺には趣味と呼べるものがない。

 

以前はあったはずだが最近は忙しなく動いていたので、趣味にかける時間がなかったとも言える。

 

が、時たまこんな風にぽっかりと予定が空いてしまうことがある。

 

大抵こんな時は恭也や忍と遊んだりするんだが、今日はそうもいかなかった。

 

 恭也は前述したように家族で温泉旅行。

 

もしかしたら忍も高町家と一緒に温泉行ってるかもなー、と思いつつも一応電話したら出た。

 

話を聞けば当初は、忍と、その妹であるすずかも高町家と一緒に温泉へ行く予定だったらしいが、すずかが体調不良でダウンしたので看病するため、今回は見送ったそうだ。

 

忍の家、月村家には二人のメイド姉妹、ファリンとノエルがいるんだから忍が介抱する必要はないんだが、やはり普段あんなのでもすずかの姉。

 

愛する妹を放って一人温泉旅行について行くことはできなかったのだろう。

 

結局何が言いたいかというと、忍も遊べない、ということだ。

 

二人の親友が所用で都合が合わず、遊び相手候補が完全に潰えた。

 

……あれ? もしかして俺……二人の他に、友達いない……の、では…………。

 

うむ……あまり深く考えてはいけないな、深く考えるほどに心に刻まれる傷も深くなる気がする。

 

 そうだ! 今の俺には使命があるではないか!

 

 魔法……これまでも、そしてこれからも使うであろう魔法に関して見直すべきことがあるのではないだろうか。

 

アルフ戦では、足元に障壁を配置し空中を移動する方法が……長いので跳躍移動としよう。

 

跳躍移動の燃費の悪さから魔力が尽きて、結果、それが敗北の原因となった。

 

この跳躍移動だけではない、他にも俺が使う魔法の術式を一から見直せば、魔法の燃費の悪さを改善できるかもしれない。

 

 俺はなのはと違い、魔力に恵まれている魔導師ではないのだから、いろいろ工夫してどうにかしないと今後、戦いについていけなくなるどころか足手まといにすらなりかねない。

 

 せっかくできたこの時間、無為に垂れ流すのは勿体ない。

 

未来の自分に楽をさせるためにも今努力しよう、うむ、それが一番効率的だろう!

 

 

 

 

 

 互いに近付いては離れ、離れては近付いてを繰り返したすれ違いばかりの二人が今、念願叶い一つになり……重なり合った状態で天を仰いでいる。だがそれも泡沫の恋……触れ合った温もりも、伝え合った想いも、ただ一緒にいたいという儚い願いすら、二人を取り巻く環境がそれを許さない。もう間もなく、二人は引き離される。落花流水の情すら断つ、規則規則とうるさい周囲。一方は邪恋に身を焦がし、一方は別れの間際に呟く。私たちは所詮……及ばぬ鯉の滝登り。

 

 

 

 

 

 つまるところ現在十二時、たった今十二時一分になったところである。

 

あまりに暇すぎてポエムっぽい詩まで作ってしまった。

 

 術式を吟味し、自分に必要のないところは削り、戦闘スタイルに合う部分だけ残して強化する。

 

 例題として挙げるなら防御術式。

 

密度変更型障壁のように防御範囲を削り、強度を上げる。

 

メリットは強度を上げることにより、俺程度の適性でも壊れにくくなること。

 

防御範囲が狭まったことで、相手の攻撃に障壁を合わせに行かなければならないので気を使うが。

 

合理化・能率化して消費する魔力を少しでも減らし、限りのある魔力を節約しようと苦心しているのだ。

 

 ユーノに教えてもらった術式は本当に基礎的なもので、適性が満足にある者ならそれでも十分に使えるのだろうが、俺のようにへっぽこ適性だと、そのまま展開させようものなら容易く割られてしまう(これについてはフェイト戦で実証済みだ)からな。

 

 そして使えるすべての魔法の術式を俺好みに書き換えた。

 

元より知っている魔法が少なかったおかげで時間はそうかからなかった……のだが、ここで違う問題が噴出した。

 

改造した魔法を試せない、正確には試せる場所がないのだ。

 

 ひと気がない場所、と考えて真っ先に想起するのは広大な敷地を有する自然公園だが、平日ならともかく、今日は土曜日、世間一般では休日だ。

 

いかに木々生い茂り、広漠という言葉が過言にならない自然公園といえど、休日ではどこに人の目があるかわからない。

 

あそこはリア充が……失敬、カップルがデートコースによく選択する場、奥深くに足を踏み入れたとしても、見られるという可能性を捨てきれないのだ。

 

 はぁーあ、ユーノに結界の術式を教えてもらっておけばよかったと、アルフと一戦交えた時も思ったはずなのに……二の舞を演じてるじゃねぇか。

 

仕方がない、試すのはまた今度にするとして、今日何をするか考えよう。

 

 昼を回りお腹もすいてきたのだが、どうも自分の飯となると作ろうというモチベーションにならない。

 

 折角の休みだ、街まで行って料理の勉強って意味も込めて外食しよう、そうしよう。

 

決まったらすぐ行動、俺はファッションセンスの欠片も見えない服をタンスから取り出し、着替え始めた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 海鳴市随一の繁華街、休日の真昼間なのでかなり人も多く、それに伴いカップルもかなり多く、一人で来ている俺がすごい場違いなんじゃないかと思えてくる。

 

かっ! リア充……リア充共め。

 

街を歩く装い華やかな女性二人組は俺の方をちらちらと見て、こそこそと話をしている。

 

自意識過剰かもしれないが、馬鹿にされてるのでは、と被害妄想を膨らませてしまうのは服装に自信がないからか。

 

 ジーパンに白のインナー、ジャケットという出で立ちなのだが、ファッションセンスがないのは自負している。

 

 もうこのまま表通りを歩くのは気疲れする、裏に入って隠れ家的なお店を探すとしよう。

 

どうせ今日は時間があるんだ、それにこの時間帯は有名な飲食店は人が多いだろうし混雑しているだろう。

 

路地裏に入りながら適当に気の向くまま歩く。

 

 そのうち穴場のような知る人ぞ知る、みたいなお店が出てこないかなぁなんて思っていると、なにやら奇怪な場面に遭遇した。

 

高級車ですよ、と吹聴して回るようなリムジンの頭を押さえるかたちで、ミニバン――少し遠いので分かりづらいが恐らくセレナ――が停車されている。

 

リムジンの動きを止めているセレナは、ガラスにフルスモークのフィルムを貼っており、ナンバープレートも少し歪みが見える、状況から推察する限り犯罪の匂いがぷんぷんするな。

 

 さ、面倒なことに巻き込まれる前に撤退するとしよう。

 

犯行自体を見たわけではないがこうやって目撃してしまっている以上、俺になんらかの形で火の粉が飛んでくる可能性もあるのだ、厄介事はもうお腹いっぱいである。

 

 来た道を引き返そうと踵を返す寸前、人の姿が見えた。

 

黒っぽい服に身を包んだ男二人が、黄金色の長い髪の少女の手を掴み、車に引きずり込もうとしている。

 

少女は恐怖からか、涙を流しつつも懸命に抵抗しているようだが力に差がありすぎる、その悪足掻きにさほど効果があるとは思えない。

 

その奥にもう一組、ちらりとだが見えた。

 

服装の統一でもしているのだろうか、これまた全身黒っぽい服装の男二人が、白髪の男性に相対している。

 

白髪の男性はその服装から察するに少女の執事か何かなのだろう、助けに向かおうとしているが多勢に無勢、少なからず武道に心得があるようには見えるが、黒の男二人の相手をするのに精一杯の様子だ。

 

 あぁ、くそっ……さっさと引き返してりゃよかったのになぁ。

 

なのはや彩葉ちゃんくらいの歳の女の子が誘拐されそうな光景を見て『俺関係ねぇし、トラブルなんかごめんだし』と、ないがしろにすることなんてできない。

 

なによりも、黄金色の髪の少女は泣いていた。

 

女の子が涙を流している――それだけで俺は、火の中に飛び込む理由にさえなる。

 

ちょーっとおいたが過ぎるよなぁ、貴様らは。

 

 あまり整備されていないのだろう、ひび割れたアスファルトを力強く踏み込み、女の子の元まで一直線に駆ける。

 

予想以上に加速したことに自分でも驚きつつ接近し、男たちと少女の前方四~五メートルほどでジャンプし、少女を車へ引っ張り込もうとしている男二人の顔面に、片足ずつの飛び蹴りを叩き込む。

 

ぱきっという音が足越しに聞こえた、たぶん鼻の骨でも折れたのだろう。

 

少女の方に気を取られていたし、男二人がいい具合に近かったのでとても蹴りやすかった。

 

空中で男達の顔面を足場にするようにして踏み、後方に一回転して着地する。

 

男達は跳び蹴りの勢いそのままに、少女を残して車の中に吹っ飛んだ。

 

 悪事を働いているのだ、それくらいの怪我を負う覚悟はあるだろう。

 

鼻から口から血を流しているが、良心は全く痛まないな。

 

それどころか俺の心の中の悪魔が『もっと痛めつけてやれ』とそそのかしてくる。

 

おい、俺の優しい部分も出て来いよ。

 

 華麗に着地を決めて、少女が怪我をしていないか確認する。

 

涙が頬を伝っているがそれ以上に今の状況がのみ込めていないのか、少女は呆然としながら俺を見ていた。

 

太陽に照らされ、黄金に輝く綺麗な長い髪を腰のあたりまで伸ばして、頭の両側でちょこんと短く髪を結っている。

 

目鼻立ちのはっきりした顔貌を、今は流れる涙が濡らしてしまっている。

 

 しゃがんで目線を合わせ、少女の乱れてしまった髪を手櫛でざっくり整えて、今も溢れて止まらない涙を手で拭ってやる。

 

「もう大丈夫だからな、安心していい。君の連れを助けてくるから君は少し離れてて」

 

「っく……、うん……っ」

 

 しゃくりあげながらもちゃんと返事をしてくれた、うむ、強い子だ。

 

少女の頭を撫でてもう安全だということを理解させ、残りの誘拐犯グループを確認する。

 

白髪の男性……老人と形容してもいいかもしれないが、そちらと相対していた男二人を潰せばそれで終わりだ。

 

「お前はそのじじいやっとけ、俺はあの餓鬼の相手をする」

 

二人の男の内の一人、やたらごつく俺よりも上背のある厳つい男がリーダーなのか、もう片方の男に命令した。

 

「邪魔してくれてんじゃねぇよ糞餓鬼。もうすぐ(しま)いっつうとこまで来てたってのによぉ」

 

「笑わすな、小学生の女の子一人攫うのに男四人がかりってか。ガキ一人に邪魔されて潰れるような計画立てんなよ」

 

 リーダー格は余裕の笑みを顔に貼り付けながらもこめかみがぴくついていた。

 

「部外者には手を出すなって指令だったが関係ねぇわ、ぶっ殺す!」

 

 俺という横やりが入ってからずっと苛立っていたんだろうな、挑発したらすぐ乗ってきた。

 

 リーダー格は踏み込むと同時に右の裏拳を、俺の顔面を払うように繰り出す。

 

身体が大きい分、踏み込みの一歩も大きく、そしてその体格からは予想外な程の速い攻撃。

 

俺のそれよりも一回り位大きそうな拳を上半身を引くことで躱す。

 

 風を引き裂きながら振るわれ、ぶぉんと音を立てていたが俺の心境になんら変化をもたらすものではなかった。

 

魔法を知ってから経験した実戦、それらと比べると児戯にも等しく感じてしまったからだ。

 

フェイトやアルフと戦う前なら少なからず恐怖を覚えたかもしれないが。

 

「こっ、この餓鬼!」

 

 躱されるとは思っていなかったのか、さらに怒りを募らせたリーダー格は、右腕を力の限り振ったせいで崩れた重心のまま、左拳を俺へ向ける。

 

 速度ならフェイトの、力ならアルフの方が遥かに上、彼女らと比べたらこんなもの止まっているも同然だ。

 

俺はリーダー格の拳を右手で掴み、身体に触れるくらいに接近し左の拳を、がら空きになったリーダー格の腹部に叩き込む。

 

近いとはいえ身体のひねりを加えた一撃だ、相応の威力がある。

 

 油断していたところにボディブローを受けたリーダー格は、身体をくの字に折った。

 

そのお陰で絶好の位置まで下りてきたリーダー格の顎に、膝を合わせる。

 

 がぐんっと奇妙な音、顎あたりの骨がずれたのかな?

 

脳が揺れ姿勢を保つこともできずにリーダー格は後ろへ、あお向けに大の字で倒れた。

 

一応力加減はしたので死んではいない……はず。

 

『とどめをさせ』と俺の心の中の鬼が言う。

 

俺の中には悪魔と鬼しかいないのか、天使は駆逐されたのか。

 

 リーダー格が負けたことで残った最後の一人、白髪の執事と戦っていた黒の男が任務を諦め、リーダー格を背負って車へ乗り込み素早く逃げて行った。

 

別に捕まえようとも思っていなかったので、その辺りは好きにさせた。

 

 これで一先ず一件落着、怪我もなく終わり一安心だ。

 

さて……帰ろう、長居する理由はない。

 

「ありがとうございました。危うく取り返しがつかないことになるところでした。本当に、心から感謝いたします」

 

 執事さんに引き止められた、くそ、良識のある方のようだ、深々と頭を下げられて無言で立ち去るというのは俺の意義に反する。

 

「いえ、運が良かっただけです。たまたま鉢合わせたから助けたというだけで、感謝されるようなことではありません」

 

「……変わった方ですね。失礼、悪い意味で捉えないでください。あまり見ない、素晴らしい考え方の青年と思いまして」

 

 執事さんが顔を上げる、うむ……この執事さんの顔はどこか俺の記憶に引っかかるのだが……まぁいいか。

 

「構いませんよ、変わり者とは言われ慣れていますので。それでは……」

 

 『それではこれで』と帰ろうとしたら黄金色に腰の周りをぎゅうっと拘束された。

 

さっきの女の子だ。

 

「あ、ありがと……っ、ありがとぉ……。怖くて、本当に怖くてっ……もうだめかと思って……」

 

「いや、まぁ……うん。君が無事でよかったよ」

 

 まだ横隔膜が落ち着いていないのか、時々声が上擦ったようになってしまっている。

 

どうしよう、小学生の女の子を振り解くわけにもいかないし、ちょっと役得だなぁとか思っちゃってるし。

 

変に感謝されるのもどうかと思うから、早々に退却しようかと思っていたんだが。

 

 あの暴漢共を容易く退けられたのは、不意討ちしたという理由もあるが魔法によるところが大きい。

 

当然普通の人間相手に、魔力付与などの本格的な魔法を使いはしてないが、魔力が身体を巡っているため、ほんの僅かながら身体強化のような効果を及ぼしている。

 

抑えようとしてもこればかりはパッシブなので抑えようもない。

 

その恩恵にあやかっているからこそ、堂々と真っ正面から叩き潰すことができたのだ。

 

なので俺の力というよりは魔法のお陰なので、礼を言われてもいまいち受け取りづらい。

 

「アリサお嬢様、礼もしなくてはなりませんのでまずは帰りましょう。申し訳ありません、これから少しお時間頂けますか?」

 

「え、いやいや、そんなの必要ないから……」

 

「っ……そうね、一度帰るわ。鮫島、車をお願い。あなたもそれでいい?」

 

 強いなぁこの子、もう気丈に振る舞えるのか。

 

炎が宿っているかのような勝気な瞳、これがこの子の魅力なんだろうな。

 

 いやいや、なに女の子の品評しているんだ俺は。

 

このままではこの子の家に行かざるを得なくなる……ん? ……アリサって名前に聞き覚えが。

 

いやそれ以上に気になる名前が出た……鮫島?

 

 記憶をかすめる執事さんの顔、鮫島……!

 

「鮫島さん? 鮫島さんなのか?! 俺のこと憶えてる? 逢坂だけど」

 

「逢坂……逢坂徹くんですか? あぁ……! 大きく立派になりましたね」

 

 まさかこんなところでまた鮫島さんに会えるとは思わなかった、奇跡的な確率なんじゃねぇの?

 

「ちょ、ちょっと鮫島……? 知り合いだったの?」

 

「失礼しました、お嬢様。徹くんとは道場が同じだったのです。彼が道場をやめてからは会っていなかったので、つい懐かしく」

 

 急に会話に付いていけなくなったアリサちゃんが戸惑いながら鮫島さんに訊いた。

 

 昔、俺がまだ道場に通っていた頃、その道場に鮫島さんもいたのだ。

 

何回か稽古で手合わせしたが、あの頃の鮫島さんは洒落にならん位強かった。

 

なんであんな暴漢相手に苦戦していたのか疑問だ。

 

「それなら積もる話もあるんじゃない? うん、やっぱり家に来てもらったほうがいいわね!」

 

 この子可愛いだけじゃなくて結構頭も切れるようだ。

 

俺がアリサちゃんの家に行くのに難色を示していたの察知して、違う理由をつけてきた。

 

「それならお言葉に甘えさせてもらおうかな。昼食前で腹減ってるんだ。食事をもらっていいか?」

 

「うん! こっちで連絡しとくっ」

 

「それではお乗りください、安全運転でまいります」

 

 鮫島さんとも話したいし、アリサちゃんにもいろいろ訊きたいことがある。

 

昨日なのはに電話した時に耳に入った名前がたしかアリサだった。

 

たぶんなのはの友達なのだろう、なのはが学校でどうしているか知るチャンスである。

 

 図らずも今日の予定と、昼飯のアテがついてしまった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。