そんな結末認めない。   作:にいるあらと

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学校のワンシーンだけで一話使うとは思いませんでした。


日常~和解~

 始業の鐘が鳴り、担任である飛田貴子先生が出欠確認をするそのタイミングで、我が親友、逢坂徹が教室に入ってきた。

 

 あいつがこんなギリギリの時間に登校するなんて珍しいな、いつもなら十分前には席に着いているのに。

 

「すいません、遅れました。まだセーフですか?」

 

「は、はいっ。今から出欠をとりますので。……あの、次からはもう少し早く席に着いておくように……」

 

「はい、気をつけます」

 

 飛田先生はなぜあんなに徹を怖がっているんだろうか。

 

顔が少々いかついというのはもはや自他ともに認められている事柄だが、それにしては怖がり過ぎだ。

 

他の生徒には優しくも毅然とした態度で接する良い先生なのに。

 

 徹は教室を横断し俺の後ろの席へと着く。

 

俺は窓際の壁にもたれながら徹の方へと顔を向けた。

 

「おはよう、徹。今日はどうした? ずいぶんとゆっくりだったな」

 

「あぁ……疲れが溜まっていてな、久方ぶりに寝過ごした。七時過ぎに起きた時には焦ったぜ、急いで姉ちゃん起こして飯食わせて叩き出した。おかげで今日は弁当作れなかったし」

 

「……母さんに徹の分も弁当作るよう頼んでおこうか? 喜んで用意してくれると思うが」

 

「大丈夫だって。今日は寝坊しただけで、普段はそれなりに出来てるんだからな。それに家のことで疲れが溜まってるわけじゃねぇんだ、気にしなくてもいいんだよ。ありがとうな、心配してくれて」

 

 徹の家には母親も父親もいない、両親とも交通事故で喪ったのだ。

 

苦労することは多いだろうに、こいつはちっとも俺たちを頼ろうとはしてくれない。

 

俺も俺の母さんも、徹と真守さんのことを心配しているしできることはしてやりたいと思っているんだが……逢坂姉弟は強情だ。

 

手伝いを買って出ようとしたらやんわりと断り、いつも最後に『心配してくれてありがとう』で締め括るせいで、そこから先へもう一歩踏み出せない。

 

あまり逢坂姉弟に気を使わせてもいけないと思い、結局こっちが黙って引くしかないという状況だ。

 

いつもこれではあまりにやるせない。

 

「……それなら無理にとは言わないが。しかし徹が疲れるって……土日になにやってたんだ?」

 

「あぁそれなんだがな……いや、この話は昼休みにでもしようぜ。俺たちが二人そろっておしゃべりに夢中なせいで先生涙目だ」

 

 最初は頭だけだったはずなのに、いつの間にか身体ごと後ろへと向けていた。

 

 いそいそと前の教卓へ視線を向けると、出欠簿を持ちながらうるうるぷるぷるしている飛田先生が口を真一文字に閉じていた。

 

「すいません……ちゃんと聞きます」

 

「すいませんでした。でも一応話は聞いていました」

 

 徹ならば喋りながらでも先生の話を聞けるからいいが、俺はそんなに器用ではない。

 

先生の言葉は一切頭に入ってきていなかった、俺としたことが……。

 

 俺たちの列の一番前の席に着いている忍が、小動物なら心臓麻痺を起こしそうな鋭い眼光でこちらへと咎めるような視線を投げ付けている。

 

後で休憩時間中に怒られることになるだろうけれど、素直に非を認めよう。

 

下手に言い訳しようものなら、その倍の質量の責め苦――責め句、とも言える――が圧し掛かることになるのは小学校、中学校で経験済み。

 

正直に謝るのが最善の手ということだ。

 

 どこからかはわからないが、『ヘタレ攻め』やら『もっと強気に迫らないとっ』などという言葉がかすかに聞こえたんだが……一体どこの誰が何の話をしているのだろうか。

 

 ホームルーム活動を終え、授業が始まる。

 

 疲れた感じでどこか寝不足のようだった徹だが、授業はいつも通り行えている。

 

行えている、というのは少し語弊があるかもしれない、『いつも行っていない』という方が正しいだろう。

 

今日も今日とて、教科書からノートから何から何まで持って来ていないのだから。

 

 見た目の印象ではいつもより幾分ひどいかもしれない、今日は弁当を作る時間がなかったということで鞄すら持って来ていないのだから。

 

もう徹は何のために学校に来ているのかよくわからないな、恐らくは出席日数のためだろうけど。

 

 普段通りに徹は授業中に指名され、担当の先生から投げ付けられる苛烈で難解な問いに全問正解する。

 

その度に先生たちは、苦虫を口いっぱいに詰め込まれて辛酸と苦渋で飲み下した、みたいな表情を浮かべる。

 

そろそろ先生たちストレスで禿げるか、もしくは胃潰瘍でも発症しそうだ。

 

 正直な話、俺みたいな一般生徒にとっては無理難題にも等しいんだが……。

 

先生たちは、授業の進行度と照らし合わせれば明らかに進み過ぎている問題を平然と出してくるし、対する徹は教科書もノートもなしに泰然と答える。

 

やってる問題のレベルは高いが、程度の低いやり取りだ。

 

 口喧嘩の上位互換のごとき攻防戦ではあるが、今ではこのクラスの名物であり見世物のようになっている。

 

……当の本人たちは自分がピエロを演じていることに気付いていないが。

 

 午前の授業四コマを消化し昼休み。

 

 ちなみに一時間目の授業が終了したと同時に、忍から俺と徹の二人とも授業の合間の休み時間いっぱいお説教を頂いた。

 

鷹島さんが怯えた表情で忍を見ていたのがとても記憶に残っている。

 

 ともあれお昼休みだ。

 

俺の机を後ろに向けて徹の机にくっつける。

 

鞄から弁当を出して広げ始めたところで忍がやってきた。

 

近くの席の子が食堂で昼食をとるので、いつもその子の椅子を引っ張ってきて使っている。

 

「あら、徹のお昼ご飯がパンなんて珍しいわね、今日はお弁当じゃないの?」

 

「寝坊して弁当作る時間がなかったんだよ。だから家の近くにある馴染みのパン屋で買っといたんだ」

 

「……随分と量が多いな、そんなに腹減ってたのか?」

 

 鞄は持って来てないくせにやけに大きい袋を持って来ているな、と思っていたが全部パンとは。

 

見たこともなければ名前も知らないような多種多様なパンが、机に所狭しと並んでいる。

 

コロネやクロワッサンならまだわかるが……なんだろうか、この細長いの。

 

「久しぶりに行ったからさ、その店のおばちゃんに『大きくなったね~、背も高くなって顔つきも凛々しくなってま~! いっぱい食べや、ほら持って行き!』と、言われてな。実質俺が払ったのは、あげぱんとカルツォーネとシナモンロールの分だけだと思う」

 

「おまけの方が圧倒的に多いじゃない。あっ、これおいしそう! このデニッシュ貰っていい?」

 

「忍、弁当はどうするんだ? 徹、この細長いの貰っていいか? 気になるんだ」

 

「おお、持ってけ持ってけ。さすがに食べきれないし、残してダメにするのもおばちゃんに悪いし。恭也が持ってるのは、たしかグリッシーニって書いてあったな」

 

「やぁ、逢坂。おいしいパンにありつけると聞いて文字通り飛んできたよ」

 

「ひゃあっ!」

 

 同じクラスの長谷部真希さんが、教室の後ろの扉から驚異的な跳躍力で飛んで来たので忍が可愛らしい悲鳴を上げた。

 

 さすが女子バスケットボール部期待のホープ、選手としては上背が物足りないが脚力は尋常ではない。

 

机を二つほど飛び越えてやってきた。

 

「どこから現れたんだお前は。鷹島さんと話すときは不俱戴天の敵とばかりに睨みつける癖に、こういう時だけは友好的だなっ!」

 

「何を言うのさ逢坂、僕と逢坂はいつだってどこだって仲睦まじいじゃないか」

 

 赤みがかった茶色をしたショートヘアを手櫛で整えながら、彼女はあっけらかんと言い放つ。

 

徹の言葉通り、鷹島さんが近くにいる場合では親の仇とばかりに険悪な空気を醸し出すが、割と普段は仲が良かったりする。

 

姫を守る二振りの刀、その相方を交えて昼休みにバスケすることもあるくらいだ。

 

「真希……うるさい。食事中は静かにするのがマナー」

 

 いつの間にか俺の隣にその相方、太刀峰薫さんがラスクを両手で持ってかじっていた。

 

彼女も部活動をしていて、バスケ部とサッカー部の二つに加入している。

 

小柄な身体で小回りの利く機動をする選手だ。

 

 俺に気付かれずに隣にきて、その上勝手に徹のパンを食べてるなんて……不覚だ、まだまだ精進しないといけない。

 

「太刀峰さん……いつからそこにいたんだ?」

 

「真希に気を取られている隙に。後ろから……ダックインしながら机の影に隠れて近づいた」

 

 ダックイン……バスケ用語で、ボールを持った状態で姿勢を落としてディフェンスを抜くというもの。

 

身長が女子の平均より低いので、それはもう見づらいことだろう。

 

「逢坂……頂いてます」

 

「食う前に言えよ、別にいいけどさ。ほれ長谷部、お前はどれにすんの?」

 

「それじゃあ、このたくさんデコられてるパンを頂くよ」

 

「ブリオッシュっつうんだ。……店の中でもトップクラスに高いやつ選びやがったな」

 

「このパン本当においしいわね、今度お店教えなさいよ。あっ、これもおいしいっ!」

 

「忍それ二個目じゃないのか? もう弁当絶対食えないだろう。徹、俺も二つ目貰っていいか?」

 

「別にいいぞ、好きなだけ食え。太刀峰、鷹島さんにパンいるか訊いてきてくれ」

 

「うん……」

 

 いつの間にか俺と徹の机を囲んで小さなパーティーみたいになっている。

 

随分と人が増えたな、いつもより輪をかけて賑やかだ。

 

 母さんから持たされている弁当をつまみながら、新たなパンへと手を伸ばす。

 

これは俺でも知っている、ベーグルだ。

 

プレーンなタイプかと思いきや生地にサワークリームが練り込まれているようだ、ほどよい酸味がクセになる。

 

 ベーグルに舌鼓を打っていると、太刀峰さんが鷹島さんと手を握りながらこちらへ歩いてきた。

 

二人とも平均より背が低いので、制服を着ていなかったら中学生どころか小学生くらいに見えそうだ。

 

太刀峰さんは青みがかった黒色のセミロングの髪を、鷹島さんは肩にかかる程度のふわふわのボリュームのある栗色の髪を揺らしながら、てこてこと歩く。

 

「鷹島さんもなんか食う? 売るほどあるからなんでも持っていっていいよ」

 

「それじゃあ僕ももう一つ頂くとしよう!」

 

「……それじゃあ、わたしも」

 

「てめぇらに言ったんじゃねぇよ」

 

「ふふっ、仲良くなれたみたいでよかったです。それじゃあこの可愛いのを」

 

 鷹島さんが選んだのは小さくて丸っこいパン、鷹島さんにぴったりのこじんまりとした可愛らしいものだ。

 

 しかし、徹の馴染みというパン屋はどれほどの種類を作っているのだろうか。

 

いろんな国のパンがいっぱいあるし、そのどれもがおいしい。

 

この企業努力、翠屋も見習わなくてはいけない。

 

 手に持つベーグルから目を離して前を向くと、長谷部さんがパンをくわえながら徹にじゃれついている。

 

違和感を感じるな……昼休みのグラウンドとか鷹島さんが絡まない時は比較的仲良くはしていたが、今は鷹島さんが近くにいるのに敵対しないのか。

 

「えらく仲良くしているな、長谷部さんは特に。徹との間でなにかあったのか?」

 

「俺には心当たりはないな。ちょっ、重いっ!」

 

「女の子に重いとはずいぶんな物言いじゃないか。僕は綾音から聞かされただけだよ『逢坂くんはいい人です』って、具体例を添えてね」

 

「うん……わたしも、聞いた」

 

 どういうことだろうと思い鷹島さんに視線を向けると、鷹島さんは小さい丸いパン――徹曰くポン・デ・ケイジョというらしい――をはむはむと頬張っていた。

 

それを見て忍が口元を綻ばせながら鷹島さんの頭を撫でている。

 

 こちらに気付きそうになかったので長谷部さんに聞くことにした。

 

 要約すると、鷹島さんの妹さんが飼い猫を逃がしてしまい、徹が頑張って見つけ出しついでに妹さんを家まで送り届けた、という話。

 

 なるほど、徹らしい逸話だな。

 

その本人は照れ臭そうに頬杖を突きながら窓の外を見ていた、たぶん恥ずかしいのだろう。

 

「前はなんで嫌ってたんだ? 徹に何かされたのか?」

 

「さらっと失礼なこと言ってんじゃねぇ、なんもしてねぇよ」

 

 徹は口を尖らせながら反論する。

 

もちろん俺も本気で言ってるわけではない、悪口という着物を着たただのコミュニケーションだ。

 

 長谷部さんは整った顔に苦笑いを浮かべながら口を開いた。  

 

「僕も最初の頃は、噂を話半分で聞いていたのだけど……悪い噂ばっかりだったからさ。いくつかは本当の話もあるんじゃないかと思ってしまったんだ」

 

「実際に……三年生を殴り飛ばすとこ、見ちゃったし。他の噂の真実味、増しちゃったし……」

 

 長谷部さんの言葉を太刀峰さんが引き継ぐ。

 

 まぁ確かに……徹のことをよく知らない人なら誤解しても仕方がない。

 

初日に先輩殴り飛ばして、お礼参りにやってきた三年生達も蹴り飛ばして、二年生三年生の合同討伐チームすらも薙ぎ払った。

 

ひとけのないところで行われたとはいえ、さすがに人数が多かったので見ていた人はそれなりにいる。

 

鬼とか悪魔とか鬼神とかデーモンとか人非人とか邪神とか、その他いろいろな噂が立つのも致し方ないことか……最後の方は徹もヤケクソみたいなテンションになっていたし。

 

「そこからすごく……あはは、なんて言えばいいかな。その……女性に対して手が早いとかって噂も流れてね。僕も薫も信じちゃって」

 

「だから……綾音に近付かせないように、警戒してた」

 

 徹が机に突っ伏してしまった。さすがにそこまでの悪質な与太話が流されている、というのは想像を超えていたのだろう。

 

机の上でうつ伏せながら拳を握ってぷるぷるしている。

 

そんな真実からかけ離れたデマを流布される要因を作ったのは徹自身なので、怒りの矛先をどこにぶつければいいかわからない……と、まぁそんなところか。

 

「でももう噂は信じていないんだろ? それで良しとしようじゃないか。元気出せ、徹」

 

「綾音の言葉の方が信頼性が高いからね。それに抽象的な理由じゃなく、具体的な根拠を提示されたんだから。もうあんな流言飛語なんて信じるに値しないよ」

 

「不良が、捨てられた動物を拾う……的なギャップもあって、逆に好印象」

 

「……他にも信じてる奴、もしかしたらいるんじゃねぇの? 別にいいけどさ……俺の持論は『親友二人がいればいい』だからな」

 

 右腕を枕にして物憂げな表情で窓の外を、ぼーっと見ている。

 

全然持論の説得力ないぞ、滅茶苦茶気にしてるじゃないか噂話。

 

「あははっ、意外と繊細なんだね逢坂。傍若無人に見せかけて豆腐メンタルなんていいギャップだよっ。可愛いところもあるじゃないか」

 

「大丈夫……わたし達からも、あんな話は嘘だって言っておく。……大丈夫、大丈夫」

 

「やめろ長谷部、暑苦しいんだよ。あと撫でんな太刀峰。俺は撫でられる側じゃねぇ、撫でる側だ」

 

 長谷部さんは脱力するように徹の背中にもたれかかり、太刀峰さんはくっつけた机の横から手を伸ばして頭を撫でている。

 

口では嫌がっているが、されるがままで動こうとしないということは少なくとも気分を損ねているわけではない、それどころか満更ではない様子だ。

 

 俺は徹と長いこと付き合っているので知っている。

 

徹は落ち込んでいる時、弱っている時に人の体温や温もりを感じさせればすぐ調子を取り戻す。

 

単純にできていると言えばそれまでだが……そうなってしまった理由には一つ……大きな原因がある。

 

「よし、逢坂の新たな一面も見れたしそろそろ行こうか」

 

「うん。早く、行かないと……授業遅れそう」

 

「長谷部さんも太刀峰さんも、今からどこか行くのか?」

 

「やっと解放された……」

 

 徹から少し離れて二人は顔を見合わせながら話す。

 

「今から食堂に行ってお昼ご飯食べてくるよ」

 

「「まだ食うのかよっ!」」

 

 徹と声がそろってしまった。

 

それぞれ三つもパンを食しておいてまだ食うのか、この二人。

 

運動部だから、という言い訳が使えるとはいえ、いくらなんでも食べすぎな気がする。

 

「六時限目体育だからね、エネルギーの補給は大事だよ。それじゃ逢坂、ごちそうさま」

 

「逢坂、ありがとう。ごちそうさまでした」

 

 言うや否や、バイタリティー溢れる二人は教室を飛び出して食堂へ向かった。

 

まぁ……いいか、あれだけ動いてるんだからきっと両者ともに相当燃費が悪いんだろう。

 

ただ授業風景を見る限り、摂取した燃料が頭へと送られている様子がないのが残念だが。

 

「わひゃあっ! し、忍さん、なんでほっぺた触るんですか? こそばいですっ」

 

「ごめんね綾ちゃん、パンついてたから。ふふ」

 

 鷹島さんと忍を見たらまだいちゃついている、こっちもこっちで仲良くなったんだな。

 

二人の周囲に真っ白な百合の花が乱舞した気がするが……見間違いだろう。

 

 ここでふと朝の件を思い出した、訊いて先延ばしになったアレだ。

 

「徹、朝の話なんだが、なんで今日は寝過ごしたんだ? いつもより疲れてる感じだし」

 

「そうそう。いつも生気に欠ける目をしてるけど、今日は殊更に濁ってるわよ」

 

「忍さんひどいですよ? でもたしかに疲れているように見えます、大丈夫ですか? 六時限目は休んだ方が……」

 

「大丈夫だよ鷹島さん、筋肉痛が残ってるだけだから。忍はもう少し俺を労われよ、いちいち毒を吐かないと喋れねぇのか」

 

 俺が徹に尋ね直すと、忍が鷹島さんを抱っこしながら会話に入ってきた。

 

鷹島さんを後ろから抱きしめ、ふわふわの髪の上に顎を置いて頬を緩めている。

 

忍は可愛い物・人が好きだからな、可愛い生き物の代名詞と言われ始めている鷹島さんはドストライクだったんだろう。

 

「昔通っていた道場の時の知り合いに偶然会ってな、土日の二日間稽古付けてもらったんだ。それがハードでな……全身の筋肉を酷使したせいで体力使うわ、筋肉痛になるわでもう大変だ」

 

 土日……俺の家は温泉旅行に行ってゆっくりしてた時に、徹は正反対に動きまくっていたんだな。

 

「そういえば土曜日電話してきてたわね。暇だったの?」

 

「あぁ暇だったよ。わかったからその人を小馬鹿にした顔やめろ、腹立つから」

 

「あの道場の……。なんか技でも教わったのか?」

 

「……私には…………電話、来なかった……」

 

 こいつのことだ、見せられた技を根こそぎ盗んでいても驚きはしない。

 

体育の授業でバスケットボールをした時は、バスケ部の生徒がやっていた技を見ただけでその技を使いこなせるような人間だ。

 

その超人的なまでの運動センスは部活に入っている生徒を凌駕するほど、そのせいで傷付く人も少なからずいる。

 

「二日やって習得できたのは一つだけだったな」

 

「っ! お前がか? 珍しいな、いつもはあっさりこなすのに」

 

「すっげぇ難しかったんだ、さすがに俺もちょっとへこんだよ。その知り合いに物覚えが良いとフォローされてさらにプライドが傷付いた。はぁ……ちょっと寝るわ、五時限目始まったら起こしてくれ」

 

 徹はいくつか余ったパンを袋に戻してまた机に突っ伏し、そのまま昼寝へ移行した。

 

 忍と鷹島さんはお互い近寄ってなにやらこそこそと話している。

 

『もっと強気に……』とか『ボディタッチを……』など不穏なワードが聞こえる。

 

聞こえなかった振りをしておこう、どうせ大変な思いをするのは目の前のこいつだから。

 

 徹は五時限目の総合理科学でも、六時限目の体育でもあまり率先して動かずに省エネモードだった。

 

放課後に運動する予定でもあるのだろうか。

 

体力を温存・回復させるように常に呼吸を一定のリズムで保ち、常に動きもゆっくりとしたものだった。


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