今回の書いた場面が、映画が始まってだいたい三十分くらいのところ。
三十話目で三十分、およそ四分の一……もしかしたら百話という峠を越えても無印編書き終わってないかもしれないという驚愕するほど遅い進み具合です。
なんということでしょう、笑っちゃいますね。
王莽が時、太陽が地平線の彼方へ沈み始め、空がオレンジ色と灰色を混ぜたように染まり、そろそろ人工の明かりがないと顔も見えなくなる時間に迫りつつある中、俺たちは
いや、『俺たちは』と表現するのは少し間違っているか。
俺がベンチに座り、俺の頭の上にユーノがここが定位置だと言わんばかりに鎮座して、レイハはネックレスの台座にくっついてなのはの胸元に、そしてなのはは俺の膝の上にちょこんと座っている。
つまりベンチに座っているのは俺だけなのだ。
遠くから見たらシルエットは一人分だろうな、独り言喋ってるとか思われないかな? 思われないか、まず人が通らないし。
もともとあまり使う人がいない公園でしかもこの時間帯、誰も通らないし誰も入ってこない。
なのでユーノには結界を解除するように言っておいた、結界使い続けるのも案外疲れるし。
「それでねっ、レイジングハートと一緒に考えて砲撃の威力の底上げがんばったの!」
「すごいなぁなのは、えらいぞ。でも俺は死ぬかと思った、消し炭になると本気で思った」
「あははっ! 大丈夫だよ、スタンモードに設定してるんだから」
『だからあれ程必死な表情だったのですね、あのような反応をするから、こちらも実戦をやっているような気分になってしまったのです。要するに徹の所為ですね』
「流れ作業で俺の責任にするな、お前からは確固たる悪意を感じたぞ」
模擬戦闘が終わってベンチに座ってからここまでずっと、なのはが俺の胸板に後頭部をこすりつけて『褒めて褒めて?』とアピールしてくる。
喋る時は俺を背もたれにして顔を上げて俺の顔を見るものだからもう、何が言いたいかというと……可愛くて仕方がない。
くりくりとした大きな瞳や、上をつんと向いた小さなお鼻、そしてふっくらしていて柔らかそうな唇が俺の顔のすぐそばにある。
模擬戦闘という極めて激しい運動をした直後なのに汗臭さなどはなく、どんな香水をも凌駕するような馥郁たる香りが俺の思考力を削り、身体全体でなのはの微かな重みと体温を感じる。
二人っきりだったらいろいろまずかったかもな、小学生に手を出したりはしないと自分を信じてはいるが、このままでは遠くない未来になにかやらかしてしまうかもしれない。
なのはが落ちないように左手をなのはの腰にまわし、右手で頭を撫でているこの状況だけで人によっては『手を出している』と判断する可能性も無きにしも非ずだが。
「そろそろ始めていいですか? お楽しみのところ申し訳ないんですけど」
「あぁすまんな、始めよう。帰る時間が遅くなってもいけないし」
『二人っきりにして誰にも邪魔されないシチュエーションを作ったら徹はどこまでやるのか、一度試してみたいですね』
速やかに会議を始めよう、レイハの恐ろしい計画が実施されないことを切に祈りながら始めよう。
「まずはなのはの批評からやっていくか」
「にゃっ! わ、わたしから?」
「そうですね、なのはに関してはたくさん見つかりましたから。良いところ悪いところ両方ですが」
『ここから先は遠慮など抜きで話しましょう、気を使って悪い点を言わない等はマスターの為になりません』
レイハの言葉にユーノも俺も頷く。
至らない所を注意されるのは耳が痛いが、注意されないまま大事な場面で……それこそ戦闘中などでボロが出たらそっちの方が痛い、耳が痛いどころじゃ済まなくなる。
だからこそ、つらくともしっかりと聞いて理解して、弱点や穴は直して埋めていかねばならない。
今だけは気遣いなんて無意味どころか逆効果だ。
瑠璃の光も磨きから、いくら才能があったとしても努力しない人間は決して大成しないのだから。
*******
「ん~、見つからねぇな」
「少しだけど反応は感じるから近いと思うけど……見つからないね」
ビルとビルの間を行ったり来たりしながら目を光らせる。
この付近にあることは確かだと思うんだけどな……。
現在俺たちは都市部周辺で雑居ビルに囲まれながら、仕事帰りのサラリーマンやOLさんをかき分けてジュエルシードを探している。
公園で長い時間をかけてこれからどういう方面を伸ばしていくか、どういう所を直したらいいかを話し合い、俺の魔法についても説明をしていたら日がとっぷりと沈んでしまった。
意見の交換できついことを言われて精神的にもダメージがかなりあったが、有意義な意見も多かったので良しとしよう。
公園灯の明かりだけが俺たちを照らすような、ずいぶん遅い時間になってしまったので高町家へ今からなのはを送り届けることを連絡するため携帯を出して電話しようとした時、かすかにジュエルシードの反応を捉えた。
しばし話し合い、全員でジュエルシードを封印しに行くことになったので高町家へ――電話に出たのは桃子さんだった――なのはの帰りが遅くなる旨を告げ、俺たちは遅い時間にもかかわらずこんな場違いなところへとやってきたのだ。
正直なところ、もうすぐ二十時になるくらいの時間なのでなのはは帰したかったがジュエルシードが発動してしまった場合、俺では封印できないので泣く泣く連れてきた。
違う懸念もある、こんな時間におまわりさんに見つかったら補導待ったなしだ、しかも小学生を連れ歩くとか犯罪臭がする、どうかおまわりさんが通らないことを願う。
つい先日、彩葉ちゃんとここの近くを歩いて今日はなのはと(ユーノとレイハもいるが)歩くとか、俺どんだけ小学生を遅い時間に連れ回してるんだろうか。
いつまでたっても見つからないジュエルシードに辟易して下らない事を考えていると、突如空に暗雲が立ち込めてきた。
急激な天候の変化、肌を刺すようなピリピリとした感覚、誰かが魔法を行使した気配だ。
「兄さんっ、魔法の反応ですっ。こんな人の多いところで……」
「慌てんなユーノ、どうせすぐにまた発動される。次は結界がな」
一応ユーノは声のボリュームを落として話しているが、仕事帰りの大人の雑踏と都会の喧騒の中にいるので、小さなフェレットもどきの声に疑問を抱くような人はいなかった。
どんよりとした黒雲の中に金色の稲妻が見え始めたくらいで、俺の予想通りに結界が展開された。
もちろんこの結界は俺が発動させたものではない、俺の頭の上から落ちないようにぺったりと頭に張り付いているユーノでも、いつになく真剣でどこか喜んでいるような色を表情に浮かべるなのはでもない。
徐々に街を覆っていく結界の色はフェイトの金色でも、アルフのオレンジ色でもない、淡い茶色のような色。
結界魔法の展開の速さや、結界に触れたことで頭に流れ込んでくる緻密な術式、そしてその強度から考えるに恐らくはリニスさんが発動させたものだろう。
あの人は性癖に多大なる難があるものの、魔法に関してはかなりの実力者のようだったからな。
猫耳猫尻尾完備の家事万能、一般常識も備えていてスタイルも良く顔だちも整っているというパーフェクトな女性なのに……あの常軌を逸したレベルの
「徹さん、なんですぐ結界が張られるってわかったの?」
「あいつらの中に一人、後方支援の得意な人がいるからな。それにジュエルシードを集めようとはしているが、一般人に危害を加えることは本意じゃないと思うし。なら結界を使うことは容易に考え付く」
『さすが斥候、敵勢力に潜り込んだ甲斐がありましたね』
「素直に褒めてくれよ、なんで棘を刺す必要があるんだ。斥候なんてしてねぇよ」
「それじゃあ金色の少女と兄さんの言っていたオレンジ髪の女性を加えて、今回は敵は三人いるんですね。気を付けましょう」
頭上の雲からごろごろと腹の底に響くような轟音が鳴り響き、とうとう金色の閃光が降り注ぎ始めた。
俺たちを狙った攻撃ではない……? じゃあ何を、ジュエルシードか? ……正確な場所が分からないからジュエルシードに魔力をぶつけて強制的に発動させ、場所を特定しようとした……ということか。
それならジュエルシードをすぐに見つけることができる、たしかに一考する価値のある方法だがリスクが大きすぎる。
ジュエルシードの強制発動ということはとどのつまり、暴走状態に移行させるということに他ならない……迅速に封印処置をしなければいけないんだ。
「なのは、ジュエルシード封印しに行け、なるべく早く。レイハ、なのはをよろしく頼むぞ。ユーノは一先ず俺と一緒に来い」
「うんっ、ばっちりやってくるからね!」
『マスターをお守りし、マスターの力を最大限引き出すのが私の役目です。言われずともやってやりますよ』
「よし、そんなら各々自分の役目を果たすとすんぞ。はい散開、ユーノ落ちねぇように気を付けろよ!」
「わわっ! ちょっと待ってくださいっ、掴むものがなくてっ!」
なのはと俺は同時にアスファルトを蹴る。
なのはは空中へ飛翔しビルを飛び越えて一直線にジュエルシードの元へ、俺はなるべく魔法を使いたくないので魔力付与を身体に巡らせて身体強化を施し、車もトラックもなにもかも一切通らない車道を走る。
既に発動してしまったジュエルシードを封印することは俺にはできない、俺でもできるのは発動前のジュエルシードを封印することだけなので、そちらはなのはに任せるしかない。
だが俺の予想では、相手側はフェイトをジュエルシードの回収にあてると思うので、この配役は適切だと考えている。
実際ジュエルシードを強制発動させたのはフェイトの魔法だったし、それなら封印と回収もフェイトが担当するという推察は間違っていないだろう。
なのはもまたフェイトと会いたそうな顔をしていた、フェイトの魔法を見た瞬間顔が輝いたからな。
……別に自分が疲れているからなのはに丸投げした、とかそういうわけでは決してない。
昨日と一昨日にアリサちゃんの家で鮫島さんにしごかれまくって筋肉痛だとか、つい先ほど行われたなのはとの模擬戦で魔力使いすぎてしんどいとか、そんなことは決して。
それに一応俺にも役目があるのだから、それをきっちり果たそうとはしているのだ。
今回の俺の仕事は、なのはがジュエルシードを封印するまでの間、邪魔が入らないようにフォローすることだ。
要するにフェイトとタイマン勝負をさせる、ということである。
まぁ裏を返せばフェイト以外の相手をする、ということにもなるのだが。
「ユーノ、障壁頼むわ」
「はい!」
俺の頭の上で精一杯髪を引っ掴み、必死に落ちないようにしていたユーノが薄緑色の障壁を展開させる。
防御魔法の発動を完了した直後、オレンジ色の塊が障壁に勢いよくぶつかった。
視界の上端部分で微かに影が見えたので防御が間に合った。
ユーノに障壁を頼んだのは、自分の魔力を温存しておきたかったという自堕落な考えからである。
薄緑色の障壁に阻まれ奇襲が失敗したオレンジ色の塊は障壁を蹴り、俺たちの前方の道路に着地した。
額に赤い宝石みたいな石をつけ、肉食獣特有の凛々しい目を持ち、二房のたてがみが風に揺らし、艶やかで触り心地の良さそうな赤っぽいオレンジ色の毛をした狼……俺には分かる、あの毛並みの維持にはかなり力を入れていて気を配っているということが……。
しかし狼……なんで日本に? この空間にいるということはフェイト達の仲間か? ……なんだこいつ、ご存知ねぇよ。
「お前なんだこらぁ! 動物は超好きだけど敵対すんなら容赦しねぇぞ! モフらせろやこらぁ!」
「兄さんっ! 落ち着いてください! 願望が、願望が口からこぼれてます!」
いけないいけない、普段俺に近付いてくる動物なんていないからテンションが上がってしまった。
鷹島さん家のニアスはやけに俺に懐いてくれていたが、基本的に俺は動物から好かれることがないのだ、だからこの溢れんばかりの愛情はいつも俺から動物への一方通行なのである。
犬でも猫でも大きくても小さくてもなんでも好きだ、目の前の狼も多分に漏れず可愛いし格好いい、その上毛並みも良いとくればこれはもうモフるしか選択肢はない。
「この姿を見せるのは初めてだったね、あたしだよ、徹。今日は一段とおかしいじゃないか、元気そうで何よりだよ」
オレンジ色の狼が光に包まれたかと思ったら、胸元が菱形に開いている女性が現れた、ていうかアルフだった。
「アルフっ、お前狼耳狼尻尾ってだけじゃなかったのか! もう一回狼にもどってくれ、そして触らせてくれ!」
「兄さんっ! あれは敵ですっ、ジュエルシードをめぐって戦っている勢力の一人ですよ! なにを言ってるんですかっ」
お前こそ何を言っているのだと言いそうになったが咄嗟に飲み込んだ、きちんと説明してやるか。
「あのなユーノ。これは俺たちにとっても好都合なんだぞ? あ、アルフは狼モードになってちょっと待っててくれ」
「ど、どういうことですか?」
「あたしは狼の姿になるのが前提なのかい? べつに構わないけどさ」
狼モードになったアルフへ近づき存分にモフモフしながらユーノとの話を続ける。
敵対勢力であるアルフにも聞かれてしまっているが、まぁ大丈夫だろう、細かいことは気にしなさそうだし。
「まずユーノが言う敵の勢力、アルフたちの戦力だが、現状の俺たちの力を超えているのはわかるか?」
「そう……ですね。
「言っとくけどリニスは、あたしやフェイトよりもぜんぜん強いよ? あぁっ、そこいいっ。徹は撫でるの上手だねぇ」
二房に分かれているたてがみに指を通しながら、もう片方の手でアルフのあごのあたりを撫でる。
素晴らしい毛並みだ、指が一切引っかかったりしない艶のある肌触り、クセになりそう。
「でもアルフはフェイトと共にジュエルシードの方に向かわず、俺たちの方に来た。きっとアルフは俺たちの足止めが任務で、フェイトの邪魔をさせないようにするのが目的なんだろう。それならその作戦に乗っかるのが一番都合がいい。つまりは代表者同士の一対一の勝負だ。なのはが勝てば俺たちに、フェイトが勝てば向こうにジュエルシードが渡る。別にここで無理して戦う必要はねぇんだよ」
「総力戦では僕たちに勝ち目がないから、ということですか……。ぐうの音も出ませんね、自分に力がないのを悔やむしかないなんて……」
「あぁ、そういえば徹の言うとおりだね。なんでリニスはこんな作戦にしたんだろう? ま、いっか。どうせフェイトが勝つだろうし、あたしは徹とお喋りできるし。もう一回徹と戦ってみたかったっていう気持ちもあるけどね。あははっ、そこはこそばいってばっ!」
「俺はそうそう何回も戦ってらんねぇよ、またの機会にしてくれ」
首付近は弱いようだ、発見した。
しかし撫で甲斐のあるいい毛質だなぁ、アルフのお腹の辺りを枕にして顔を埋めて寝たいレベル。
「そういえば徹の頭の上に乗ってるそいつはなんだい? 徹の使い魔?」
「僕は使い魔じゃないよっ!」
「こいつは俺の依頼主、ユーノっていうんだ。食べるなよ?」
「食べないよ、あたしをなんだと思ってんのさ。そういえば前にちょろっと聞いた気がするね、そんなこと」
なんだと思ってるって……今は狼じゃねぇか、思いっきり捕食対象だろう。
ユーノは少し憮然とした態度で俺の頭の上に座っている、この状況がやるせないんだろうな。
しかしここは我慢してもらうしかない、総合的な戦力を鑑みれば俺たちが負けるのは目に見えているんだから。
「リニスさんはどこにいんの? 結界が発動してるんだからこの戦域にはいるんだよな?」
リニスさんの姿が見えないので聞いてみた、あの人が背後にいたりしたら身の危険を感じるので場所を把握しておきたい。
「どこか高いところであたしたちを見てると思うよ。あっ、あそこにいた、ほらこっち見てるよ」
この辺りの建物で一番背の高いビル、その屋上にリニスさんがいた。
結界を維持しながらこちらにも目を向けていたようだ、視線が合った時に身体に寒気がしたのはパブロフの犬的なあれだと思う。
俺の身体が恐怖を憶えているんだな、もちろん身体だけじゃなく記憶でも当時の恐怖を憶えているけども。
そんな内心の動揺をおくびにも出さずにアルフをもふもふしながら聞き込みを続ける。
「なんでリニスさんが戦わないんだ、強いんだろ?」
「さぁ? もしかしたら修行の一環かもしれないね、あたしもフェイトもリニスに戦い方を教えてもらったからさ」
「戦わない理由はわかりませんが、戦闘に参加されるとこちらが困るのは決定的ですね」
「それを言うなよ、虚しくなるだけだろ」
「そろそろ戦いも終わるんじゃないかい? 見に行っ……ッ!」
ゴオォォウンという、突然の轟音と閃光。
魔力の奔流がビルのガラスを叩き割り、それらが雨のように俺たちの頭上へと降り注ぐ。
雑談をしながらなのはとフェイトの戦いが終わるのを待っていた俺たちに届いたのは試合終了のゴングではなく、青白い光と凄まじいまでの衝撃だった。
「うおぉッ! おいおい……なんだこれっ……」
「ジュエルシードの……暴走……? 大変だ……この規模は…………」
「フェイト……? フェイトっ!」
ビルに阻まれているせいで光の発信源は視認できないが、ビルの高さをゆうに超え雷雲を貫いて天へと昇る、青白い煌めきを放つ柱が視界に飛び込んできた。
その光の輝きと大きさは畏怖を通り越してもはや呆然とするほどのスケール、まるで天より来たる……断罪の光のようだった。